●蝋人形の屋敷 その屋敷の主人は、変わり者で有名だった。家族、恋人、友人、更には歴史上の偉人たちなど自分の気に入った人物を蝋人形の形で残すという奇妙な趣味があったのだ。元々、家が裕福だったこともあり金にものを言わせて作った屋敷の一室には、百を超える蝋人形が飾られていた。 そんな彼も、もう歳だ。齢90を超え、ここ最近は屋敷に籠って暮らしている。 彼を知る者は、影で「変わり者だ」と噂しながらも、引き籠って暮らす彼の健康や生活を心配していた。 彼を良く知る老婆は、定期的に彼の元へ赴き言葉を交わしている。直接出向くことが無理な時は、電話をかける。家族を早くに亡くした彼にとって、老婆は数少ない友人とも言える存在であった。 その日も、老婆は彼に電話をかけた。体調はどうだ。困っていることは無いか。などのお決まりとなった確認事項のためだ。しかし、その日、彼は電話に出なかった。留守電を残しても、時間を置いて電話をかけても、彼からの返事はない。 それが半日ほど前の話。老婆は自分の息子に、足を悪くした自分に変わって彼の様子を見に行くように言った。それが3時間前。 そして、今に至って尚、彼からの返事も、それどころか息子にすら連絡が付かなくなってしまったのだ。 それならば、と悪い足に鞭打って自分が出向くことに決めた。蝋人形の屋敷へ近づいた老婆だったが、屋敷の数十メートル手前で止められてしまった。 曰く「少々厄介な事になっているので、ここから先に通す訳にはいかない」と。 老婆を止めた男は、アークの関係者である。 蝋人形の屋敷で何が起きているのか、老婆がそれを知ることはないだろう……。 彼女はただ、年老いた友人と息子の無事を祈るばかりである。 ●沈黙の屋敷 「蝋人形の屋敷に巣食っているのはE・ゴーレム(キャンドル)。名前の通り、蝋燭から発生したE・ゴーレムよ。フェーズは2。その他にE・ゴーレム(蝋人形)が5体。こちらはフェーズ1。100を超える蝋人形のうち、E化したのはこの5体だけみたい」 モニターに映った映像は、小さな山の中腹に建てられた洋館のものだ。昼間とはいえ薄暗い山中。カーテンを閉め切り、電気の1つも灯っていない、不気味な屋敷がそこにある。『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)がモニターを操作すると、映像が素早く切り変わる。 次に映った映像は屋敷の中だろうか。カーテン越しに差し込むぼんやりした明り。その明りの向こうで動く人影が1つ。 否、人ではない。それは真白い蝋人形だ。マネキンじみた真白い人型。どろり、と表面が波打つと、それは一瞬で中年男性の姿へ変わった。 「これが(蝋人形)。他者に化ける能力、身体の形を変える能力を持っているみたい。熱に弱くて、高温に晒されると変身は解ける」 蝋人形の変化した中年男性は、恐らく老婆の息子だろう。本人が屋敷に来たことは間違いないが、生死不明、居場所不明、となっている。 「老婆の息子だけではないわ。屋敷の主だった老人も、生死不明の行方不明。屋敷内にいるのは確かだとは思うけど……。2人とも発見して来てね」 生きているにせよ、死んでいるにせよ、まずは発見しないことにはどうしようもない。それは、老人及び、老婆の息子両者に言える事だ。また、本人を確保せねば蝋人形に変化される危険も十分にある。 蝋人形が化けるのは、人だけではない。物に変化することも可能だ。とはいえ、あくまで蝋なので、変化した対象本来の機能は備えていない。 「それから、こちら」 と、モニターを切り替える。そこには廊下を這い進むどろりとした白い塊。溶けた大量の蝋が廊下を這っているのである。 特定の形を持たない、強いて言うのならスライムに似たそれは、E・ゴーレム(キャンドル)だ。かなりの量の蝋で出来ている。体を伸ばせば、通路を塞ぐくらいは訳ないだろう。 「屋敷自体は2階建て。部屋は多い。二階の奥に蝋人形の部屋がある。老婆の息子、老人は居場所不明。また、キャンドルは広範囲に影響を及ぼす攻撃を得意としているので、注意して」 以上が、今のところ判明している現場の状況。 生死不明の一般人が2名。敵は合わせて5体。 「それでは、行ってらっしゃい」 そう言ってイヴは、リベリスタ達を送り出すのだった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:病み月 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年04月25日(木)23:45 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●蝋人形の屋敷 森の奥の洋館。人里から幾らか離れたその場所はじめっとした空気に満ちていた。およそ生気というものが感じられないその場所は、蝋人形屋敷と呼ばれている。屋敷の主である老人が、あり余る金にものを言わせ大量の蝋人形を作成、飾ってあるのだ。 「探索に戦闘、忙しい」 屋敷を見上げるツインテールの女性『無軌道の戦鬼(ゼログラヴィティ』星川・天乃(BNE000016)が屋敷の扉に手をかける。 「はぁ、蝋人形……ですか。百体以上も作るなんて、凄いですね」 感心したように溜め息を零す『Sword Maiden』羽々希・輝(BNE004157)が天乃に続く。その後ろから更に『無銘』阿久津 甚内(BNE003567)が屋敷へ足を踏み入れる。 「いーないーなお金持ち―。とはいえ、命あっての物種だよねー」 ゆるい笑みを浮かべた軽薄な態度とは裏腹に、彼の手には矛と盾が握られていた。彼女たちは、屋敷内に取り残された一般人を保護するのが役割である。 「手遅れになる前に、なんとか間に合うと良いのですが……」 目を伏せ、そう呟くのは『朔ノ月』風宮 紫月(BNE003411)である。千里眼で手に入れた情報は、すでに仲間達へと伝達済みだ。そして見つけた一般人の居場所へ、天乃達が急行する手はずになっている。 一足先に廊下を進んで行った3人を見送って、残りの5人も屋敷へと足を踏み入れた……。 ●不気味な屋敷と蝋人形 「人様の家にあがりこんでおいてなんだけど、薄暗い蝋人形屋敷って・・・ホラーよね? 私ならフィギュアとかプラモを並べときたいわね」 そんな事を言いながら、怯えた様子で周囲を見渡すのは『マグミラージュ』ソラ・ヴァイスハイト(BNE000329)だ。小学生と見紛うばかりの低身長を、更に縮こまらせて廊下を進む。 「古来より、人形には魂が宿ると言うわ」 壁や棚を指先でなぞりながら『鋼脚のマスケティア』ミュゼ―ヌ・三条寺(BNE000589)がそう言った。今回の敵であるE・ゴーレム(キャンドル)たちは蝋の体を活かして物に化けることもある。そのため彼女は、直接指で触れることでそれが本物か否か確かめているのだ。 「蝋人形の屋敷か。そういやそんな歌がどっかにあったな。まぁ、ぱぱっと片づけてしまおうか……気持ち悪いし」 屋敷の廊下には無数の写真が飾られている。その中には、蝋人形や球体関節人形の写真もあった。それをみて『双刃飛閃』喜連川 秋火(BNE003597)は表情を引きつらせる。 「物語の題材に良さそうな趣深い尾屋敷でございますね!」 秋火とは反対に、目を輝かせるのは『レディースメイド』リコル・ツァーネ(BNE004260)というメイド姿の女性である。装飾品などを眺めながら仲間達の後に続く。 まだまだ余裕のある様子の彼女らが敵と遭遇するのは、この数分後のことだった……。 紫月のくれた情報を頼りに、長い廊下を駆け抜ける3人。明りのない廊下ではあるが、窓から差し込む太陽光によって行動に問題が生じるようなことはない。しかし時折、床板が軋む。時折耳に届く軋んだ音に、天乃は眉をしかめてみせた。 そんな天乃の耳に、屋鳴りや呼吸音以外の音が聞こえる。自分たち以外の何かが、暫く先の部屋の中に居るようだ。 「闘争、としては物足りない、かもしれないけど……力を発揮できるのは、いいね」 タン、と床を蹴って前へ飛び出す天乃。鉄甲に覆われた拳を振りあげ、臨戦態勢を整える。次いで、甚内と輝が廊下を駆ける。 「お金持ちに恩売れればラッキー」 なんて、悪戯めかして甚内が言う。油断は禁物。片手の矛を掲げ、すぐにでも対応できるようにしている。そんな甚内の眼前、天井に飾られたシャンデリアがドロリと溶けた。 「高価な装飾品でも落としてってー? ゲームみたいに♪」 輝を先に行かせ、自分は盾で落ちて来るシャンデリアを受け止める。ドロリと溶けたシャンデリアは、落下しながら剣の形に形状を変化。恐らくこれが、蝋人形の変身能力なのだろう。 落下の勢いの負け、甚内は廊下に押し倒された。 真っ先に部屋へ飛び込んだ天乃が見たのは、ぐったりとして床に倒れる中年の姿だった。恐らく彼が、件の老婆の息子であろう。しかし、どういうわけかその数は2人。同じ容姿の男性が2人、床に倒れている。 「これは……。あ、貴方の名前を教えてください」 蒼氷色の長剣を構え、遅れて部屋に入ってきた輝はそう訊ねた。しかし返事は返ってこない。意識がないのか、それともしゃべる元気がないだけか。どちらにしろ、このまま放置というわけにはいかないだろう。 「さて、どうしたものでしょうか?」 警戒は解かないまま、しかし近寄ることもできず、輝は隣の天乃にそう訊ねる。 「少し、待って」 目を閉じ、耳の脇に手の平を添え天乃は口を噤んだ。意識を集中させ、鼓動や脈拍、呼吸を探っているのだ。 そして……。 「右……蝋人形、たぶん」 と、天乃は輝にそう告げたのだった。 全力で振り抜かれた剣での一閃が蝋人形の体を捕らえる。蝋の破片を振りまきながら、中年の姿は溶け、白いマネキンのような姿へ変わる。蝋人形本来の姿だ。 その隙に、と天乃は男性の襟首をつかみ、部屋の外へと引きだした。追ってくる蝋人形を阻むような形で、輝も後退する。 「おー。出口近いなら送ってあげてもいーかなー」 天乃から男性を受け取り、バトンタッチ。鉄甲振りあげ、天乃は今し方まで甚内が相対していた蝋人形へと踊りかかった。背後からの敵は輝が、正面の敵は天乃が迎え討っている。その間に、甚内は中年男性を抱えて、1人、元来た道を駆けもどるのであった……。 「下で2体、蝋人形と交戦中のようですね。残り3体と、キャンドルが1体。この屋敷は蝋だらけで、今のところ居場所不明です。ただ、人の姿も見えませんしやはり最奥の蝋人形の部屋へ行ってみるべきかと」 紫月の指示に従って、5人は廊下を進んでいく。向かうは2階の最奥、蝋人形の部屋と呼ばれている大きな部屋だ。そこには、百を超える蝋人形が飾られている。屋敷の主である老人が、趣味で作ったかのような部屋だ。 所が……。 「これは……? 蝋?」 部屋へと通じる通路は、奇妙な白い壁で封鎖されていた。ミュゼ―ヌがそれに触れてみると、どうやら蝋であることが分かる。 次の瞬間、5人は一気に数歩、後ろへ飛び退った。事前情報として手に入れていた敵の能力の中に、壁や天井に擬態する、というものがあったからだ。 しかし……。 「背後からも2体……。前の壁がキャンドル、後ろのマネキンは蝋人形で間違いありません」 エネミースキャンで得た情報を仲間へ伝える紫月。弓矢を構え、すでに戦闘体勢に入っている。眼前の白い壁が溶けて、巨大なスライム状の蝋の塊へと変化。どろどろとしたキャンドルの巨体が、通路を埋め尽くす。 「回復なら私に任せときなさい。みんなが倒れないようにちゃんと支えてあげる」 グリモワール方手に、ソラは言う。後衛に立って、前後の状況に目を配る。傷ついた仲間を癒すのが彼女の役目だ。 そんな彼女とは正反対に、蝋人形達へ向かって飛び出す影が1つ。マスケット銃を担いだミュゼ―ヌだ。鋼の脚で床板を蹴って、飛び上がった。 2体の蝋人形は腕を伸ばし、蝋の塊を射出する。弾丸のよな威力のそれをミュゼ―ヌは避ける事無く体で受ける。溶けた蝋が彼女を拘束しようと広がるが、しかし体の表面を滑り落ちるだけでそれは叶わない。 「そんな物で、私を封じられるとお思いかしら。私の歩みは……その程度じゃ止められないわ!」 銃口から撃ち出される無数の弾丸。蜂の群のような弾幕が蝋人形を襲う。 「キャンドルってーかスライムだよなぁ、これは」 両手に小太刀を持って飛び出す秋火。閃く刃にキャンドルの火が反射する。ドロドロとしたキャンドルの体表から、蝋の弾丸が撃ち出される。 「範囲の的とならない為にも、味方同士の距離感には注意を!」 鉄扇広げ、リコルが前へ。メイド服の裾を翻し、秋火を庇う。リコルの受けた弾丸の一部は反射し、キャンドルへと襲いかかった。 反射する弾丸に紛れ、小太刀振りあげ飛びかかる秋火。流れるような動きで、キャンドルを切りつけた。一閃、二閃と続けざまにキャンドルへ斬撃を浴びせる。 「遠慮なく撃たせてもらいましょうか……」 紫月の放った正確無比な一矢が空を裂き、キャンドルに突き刺さった。ドロリとした巨大スライムのような外見なので、果たしていかほどのダメージを与えることができたのか、見た目だけでは良く分からない。 「……っち。気持ち悪い」 小太刀の1本が、蝋の体にめり込み、止まる。受け止められたのだと悟った時には既に襲い。高速回転を始めたキャンドルに弾かれ、秋火の体が背後へと吹き飛ばされた。 秋火だけではない。リコルもまた、キャンドルに弾かれ廊下を転がっていったのだった……。 「意識があるなら、安全な道教えて退避して貰うんだけどねー」 意識がないのだから仕方ない。安全な場所まで、甚内が背負って連れていくしかないだろう。そんな最中、彼の目の前に現れたのは紫月であった。どうして紫月がこんな場所に? と、首を傾げたその瞬間、甚内は紫月によって切りつけられた。見ると、片腕が刃のようになっている。瞬間、これが蝋人形だと気付いた。 それから先、甚内は中年男性を背負ったまま逃げ続けていたのであった。戦闘に移ると、男性を危険な目に合わせることになってしまう。攻撃を受けながらも彼は、逃げ続けるしか無かった。 「あーもー」 背中を切られ、血を流しながらも甚内は駆ける。男性を抱えて、窓ガラスを突き割って外へ飛び出した。 ガラス片が彼の体に突き刺さる。蝋人形が追ってこないのを確認し、男性を樹影に横たわらせた。 「ほんじゃーもー一仕事ありますんでー★」 AFからポケットバイクを取り出し、それに乗る。一旦、玄関に回り込み屋敷へと最侵入。廊下をバイクで駆け抜けながら、矛を突き出す。正面には先ほどの蝋人形。その姿は、元のマネキン状態へ戻っている。 「ここで終わらせてもらうよー?」 マネキンの胴を矛で突き刺し、そのままポケバイの勢いに任せ廊下を突き進む。 「貴方達を作ったことに、何か理由があるのでしょうか? 聞いてみたいですね」 大上段から振り下ろされた一撃が、マネキンを大きく後ろへ吹き飛ばす。ドアが破れ、部屋の中から大量の本が溢れ出た。本の山に埋もれたマネキンがゆっくりと起き上がる。両腕を刃に変え、それを頭上に振りあげた。 「蝋人形……ですか」 自在に形を変える蝋の体を見て、そう呟いた。蝋人形が床を蹴る。と、同時に輝も前へ。2人の体が交差したその瞬間、輝の剣から紫電が迸った。ギガクラッシュ。雷を纏った剣による一撃だ。蝋人形の刃が溶け、床に滴る。 「はぁっ!!」 気合い一閃。輝の剣が、蝋人形を真っ二つに切り裂いた。飛び散る蝋が輝の体に纏わり付く。床に崩れた蝋人形が、再び動き出すようなことはなかったものの、しかし輝の体は蝋に捕らわれ、その動きが封じられてしまう。 「これは……」 もう暫くの間、輝が戦線に復帰することは出来なさそうだった……。 輝が蝋に囚われている頃、天乃は蝋人形をある一室へと追い詰めることに成功していた。 「さ……踊って、くれる?」 頬や肩、首筋から血を流す天乃。ここへ追い込む際に負った傷だ。蝋人形を追いこんだこの部屋は、どうやら客間か何かのようだ。簡易ベッドの他には何もない。 ベッドを踏み台にして、蝋人形が天乃へ飛びかかる。伸ばした腕が鋭い刃へ。天乃は鉄甲でそれを受け流そうとしたが、しかし間に合わない。刃はそのまま、天乃の脇腹を貫いた。 ぼた、っと大量の血が床に滴る。 「………爆ぜろ」 天乃が呟く。腕を伸ばし、指を繰った。いつの間に、だろうか。気付くと部屋中、十重二十重に気糸が張り巡らされていた。天乃が指を動かすと、その気糸が蝋人形の体にきつく巻き付く。ギリギリと締めあげる度に、蝋の破片が床に落ちた。 「………」 無数の気糸に切断されて、蝋人形はバラバラに。床に崩れて、動きを止めた。蝋人形を討伐したことを確認した天乃は、傷口を抑え、その場を後にする。 ●蝋人形の主 「さて……。悪いわね、私の手番は終わっていないのよ」 グリモアールを広げて、ソラは言う。瞬間、淡い燐光が瞬いて秋火とリコルの体を包む。傷口を包む燐光が2人の傷を癒していく。 立ち上がる2人を見送って、ソラは視線を反対側へ。そちらには、2体の蝋人形と交戦するミュゼ―ヌの姿があった。回復はまだ必要ないだろう。と、その時、ソラのAFに甚内から連絡が入った。一階の敵は討伐完了、男性の避難も完了したということだ。 「あとは老人の救出と、キャンドルの討伐ね」 遅かれ早かれ、蝋人形は倒れるだろう。 そう確信し、ソラは一旦、AFを仕舞う。 「あなた達がどうして革醒めたのかは分からない。お爺様に何か伝えたかったのかも知れない。それでも……その灯火、消させてもらうわ!」 蝋人形の接近を許さない弾丸の嵐。体中に弾丸を浴びながらも、蝋人形は歩みを止めない。ボロボロの蝋人形が、ついにミュゼ―ヌの眼前に迫る。蝋人形が刃を振り下ろすのと、ミュゼ―ヌが鋼脚を振りあげるのはほぼ同時だった。交差する脚と刃。ミュゼ―ヌの肩口に刃が突き刺さる。鋼脚に蹴飛ばされ、蝋人形は数歩、後ろへ後退した。 「い、った……」 血の流れる肩を抑え、呻き声を上げる。流れる血が止まらない。徐々にだが、身体から力が抜けていくのが分かる。 そんなミュゼ―ヌを庇うように、紫月が前へ。 「蝋であるなら、火に弱い……と」 紫月が矢を放つ。撃ち出された矢は、一瞬で炎に包まれ、空中に展開。無数の火矢が、蝋人形へと降り注ぐ。まるで、炎の雨だ。インドラの矢。降り注ぐ業火を避けることも叶わず、蝋人形は矢に貫かれ、溶けていく。 溶けながらも、前へ前へと進む蝋人形の進行を阻んだのは、ミュゼ―ヌの撃った弾丸だ。 「さぁ、覚悟を決めて頂きましょう」 「芸術品としても見ごたえがあるのだけどね」 崩れていく蝋人形を見つめながら、2人はそう呟いた……。 小太刀で切りつけても、鉄扇で殴りつけても、ドロドロの蝋の体はそれを受け止め傷も再生する。ダメージが通っていないということはないのだろうが、効いているのかどか判断に困る。 「一般人様方が御無事であれば良いのですが……」 振り回される蝋の腕を受け止め、リコルは顔をしかめる。瞬間、再びキャンドルが高速回転。リコルと秋火はそれぞれ別の方向へと弾き飛ばされた。 リコルが飛ばされたのは、廊下奥の大部屋の方向。重厚な木扉を破って、部屋の中に転がり込んだ。 「い、っつつ」 頭を振って起き上がる。と、その時、リコルの目はあるものを捕らえた。それは、部屋の中央に置かれた安楽椅子だ。そこに、誰かが座っている。 「あれは……」 予感めいた胸騒ぎ。背後から聞こえる騒音は、秋火やソラがキャンドルと交戦している音だろう。本来ならば戦場への復帰を優先すべきなのだろうが、リコルは安楽椅子へ近づいていった。そこには、死後数日は経過しているだろう老人の遺体が腰かけていた。眠るような穏やかな顔だ。だが、しかし生きている者特有の活気や生気が感じられない。 まるで、老人を囲むように配置された蝋人形のようだ。 「皆様、老紳士様はすでにお亡くなりです! 早急に、終わらせましょう!」 キャンドルや老人の想いは、今となっては分かりようもない。しかし、このまま放置しておくわけにはいかないのである。リコルは鉄扇を握りしめ、キャンドルへと駆け出した。 キャンドルの体が溶ける。廊下を埋め尽くすそれは、まるで白い津波のようだ。壁や床を削りながら、津波が迫る。慌てて秋火は後退。その後を白い津波が追ってくる。逃げられない、とそう思った、次の瞬間、秋火を庇うようにリコルが間に割って入る。 両手で大上段へ振りあげた双鉄扇を、全力で、叩きつけるように津波へぶつけた。一瞬、津波の進行が止まる。 「よしっ」 その隙に秋火が反転。天井付近まで飛び上がる。次の瞬間、津波がリコルを飲み込んだ。 蝋に包まれ、意識を失ったリコルが廊下に転がる。通路に広がった蝋が集まり、キャンドルの姿へ戻っていく。ドロドロのスライム状の体、その最頂部には火が灯っている。 「頼みます!」 意識を取り戻したリコルがよろけながら立ち上がった。鉄扇を広げ、キャンドルの逃走を阻む。無言で頷く秋火。キャンドルの頭上へ飛び降りた。 「やれやれ……。こんな気持ち悪い館はさっさと帰るに限るな」 二刀小太刀を交差させ、秋火はスライムの上へ着地。一閃、二閃と目にも止まらぬ斬撃の嵐。 飛び散る蝋。欠けて、砕けるキャンドルの体。最後に、灯っていた火が消えて、キャンドルの動きが止まる。溶けた蝋そのものとなって、廊下に広がった。冷えて固まるその体が、再び動き出す事はない。 「遺体を回収して、帰りましょう」 傷ついたリコルを助け起こしながら、ソラは言う。蝋人形を作った意味も、キャンドル達がE化した理由も、当事者たちがすでにこの世に存在しないので、不明のままだ。 しかし……なんとなく、だが。 キャンドル達は、老人の遺体を守っていたのではないかと、そう思うのだった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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