● 夢が覚めなければいいと思った。 届く訳がないと自嘲気味に笑った指先が、届いてしまった『優しい夢』だったのだから。 唇から零れたのは想いを伝えようとした甘い言葉だろうか。 泣き出しそうになる程に淡く幸せな夢。 言葉にすると何だか消え失せそうで、長く浸りたいと胸の内に閉じ込めた夢。 一生このまま、この夢の世界に居たいとも思える甘い余韻。 それが誰かにとっての幸せであったとしても、不幸を産み出す事はある。 泣き濡れて、明かす夜はもう要らぬと誰かが望んだ夢の果て。 小さく光る水晶がその願いを叶えるように鈍く光った。 ● 「唐突ですが、初恋も未だな世恋さんにも大切な人は居ます。例えば、愛世――私の妹ね。それに、響希お姉様……それから、皆だってそうよ。皆大切な私のお友達なの」 本当に唐突に『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)の言った言葉にリベリスタは首を傾げずには居られなかった。相変わらず、突拍子も無く物を言いだす女であるのだ。 「壊してほしいアーティファクトがあるの『可惜夜』という名前の水晶なんだけど……これはその人の命が尽きるまで夢を見せ続けると言う代物よ。 例えば、響希お姉様と楽しい一日を過ごす夢を見たとする。それが一番の幸せだったとするでしょう? そうするとその夢に一生閉じ込められてしまうの。 それって、幸せだけど、もっと幸せになりたいから私は遠慮したいんだけど……」 もっと幸せになりたいという言葉にリベリスタが瞬いた時、我に返った様に世恋は慌て、そう言う代物があるのと声を張る。 「ええと、一晩限りの夢を見せてくれる。アーティファクトが皆に夢を見せてくれるわ。 それは、どんな夢かしら――大切な人がまるで其処に居て、その人と共に居られるような様な錯覚。 私達が望む『幸せ』の錯覚を見せてくる。それを振り払わないとアーティファクトには辿りつけないの」 酷い夢ね、と小さく笑った。大切な人との幸せな夢を見続けられるならどれ程幸せなのであろうか。 「……夢の醒まし方は唯一つ、その幸せな夢の中で、相手を殺す事。 生半可な気持ちではいけないわ。大切な人なのよ? 簡単に殺せるかと聞かれたら――そんな事は無いでしょう。だって、大切な人なのだもの。 でもね、殺さないといけない。殺す事を戸惑うかもしれない……それでも、壊さなくちゃ何時か誰かが犠牲になる。そんな代物なのよ。厳しい事を言っていると思うけれど、でも――」 けれど、醒めない夢は無いのだから。『明けなければ良いのに。そうすれば貴方とずっと一緒なのに』――そう感じてしまったら、夢に囚われてしまうのだから。 「『可惜夜』って言葉があるんだけど。つい、思ってしまうわ。嗚呼、このままなら、幸せでいられたら、って。 ……そうはいかないんだけどね。さあ、悪い夢を醒まして頂戴?」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年04月15日(月)23:19 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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● 水晶玉が鈍く光る―― 汗が掌に滲んだ。息を吐き、覚悟を決めた時に、誰が来るかなどブリーフィングからはっきりと自覚していた。膝が震える。今、大切な人が誰であるか、彼女は良く分かっていた。 自分が誰であるか――『骸』黄桜 魅零(BNE003845)は自分が自分であることを良く知っていた。 悪意に傷つけられ、善意に怯え、人の怖さをその身に刻みこんだ魅零にとっての大切な人は自分自身であったのに、皮肉なものだ。フィクサードに売買されていた。其れが彼女に刻みつけた痛みはどれ程のものであったか。 唇から漏れだす「きしし」という笑い声。悪戯に身体を弄ばれたと。そう思った。助けられても、それでも歪み切った性質は変わる事が無く……否、変わったのかもしれない。色めく思いは『少女らしさ』をとり返したのだろう。 「……来ると、思ってたよ」 誰が来るかなんて、解っていた。恋をしたのだ、あの緑色のフォーチュナに。 今まで一人で生きてきて、その中で恋情などに左右されるとは思わなかった。優しく笑い手を差し伸べてくれる王子様の様な彼に恋焦がれたのは魅零にとっての必然であったのかもしれない。 誰よりも自分が大切だった。それなのに『大切な人』が現れるこの場所に彼が来るなんて。 (――最悪だ) それなのに、胸が弾むのだ。何処に至って彼と一緒に居るだけで幸せに感じるのだから呆れてしまう。魅零の赤い瞳が常の殺意を忘れ去って優しげに揺れ動く。公園でもカフェでも何処でも良い。 ――隣に君が居てくれるだけでいいんだよ? それで全て忘れられるのだから。辛い事も、哀しい事も、全部、全部。全てを壊して見せる。 どうしたのと掛けられる声に慌てて笑った。頬が緩み、小さな溜め息が漏れる。仕方ない、幻想だって解っていても好きなことには違いなくて、大好きで、傍に居たいのだから。 「……壊そう、かな」 ぽつりとつぶやいた言葉に目の前の少年が瞬いた。ラディカル・エンジンがぶん、と鳴る。 抵抗が無い訳が無かった。好きな人だから、壊す事なんて、傷つける事なんて出来ないのだから。 震える手で握りしめるチェーンソーがぎゅん、と鳴る。唇を噛む、ブレる決意を固める為に頬をたたいた。 「私ね、君を殺せでも、何でもして見せる。アークに拾われなかったら玩具だったんだ。 命令、依頼の条件は成功させなきゃ……これが恩返しだから。何よりね、君と出逢えたんだよ」 ソレに感謝したい。震える指先がきゅ、と強くラディカル・エンジンを握りしめる。 「君が未来を視る為に産まれてきたのなら私はダークナイトとして不穏な未来は断つ為に生きる。 ねえ、使命の為に生きるってちょっとしたお揃いだね」 それだけで、嬉しくて、たまらなくて。 だから、運命の為ならば、課された使命の為ならば、今はどうか笑って私を見送って。 幻想の愛しいきみ。 自分をどれ位無力だと思ったことか。『ピジョンブラッド』ロアン・シュヴァイヤー(BNE003963)は手にした懐中時計を見詰めて溜め息をついた。 神様に愛されても、傷だらけになっていくあの娘を見てる事しか出来なかった自分が如何して神を好きになれようか。 憎くて憎くて仕方がない。神様、僕はリリを奪った貴方が憎くて仕方がないんだ――! 「リリ、此処を一緒に出ようか。麓の町で色々過ごして、それから、色んな物を見よう。 大道芸人(パフォーマー)とか、素敵な飾り細工もいいね。沢山の人との出逢いだってきっと素敵だ。 そうだね……それから、恋に落ちて新しく家庭を築く、君が愛する人の手をとって僕の元から離れていくのだっていい。花嫁衣装を着て『また』と手を振ってくれるのも幸せだね」 語り続ける言葉に頷く様に、微笑んで、そうしましょうと言ってくれる妹がとても愛しいと思った。 何処にでもいる普通の兄弟になろう。狂った矜持を植え付けるこの教会や街から出よう。 そうしたらずっと二人、幸せだよ。叶うなら何時までも。 (……酷い夢だ) 手を繋いだ幼い兄弟。鏡の様に見詰めて、触れられない鏡面に指先に這わし続ける。何度も見た悪い夢だ。幾ら夢を見ても所詮は叶わないのだから。 痛みが、彼女に与えた傷は大きかった。包帯を巻いて、手を引かれて戦いに向かう彼女を見つめていた時の無力さが今は想い出になったのかもしれない。泣きながら彼女の小さな体を抱きしめた昔の自分。 「あの子は大切なことを知って、大切な人を得た。僕もまた……巡り合わせって不思議だね」 あれほど恨んだのに、彼女が革醒して無ければ彼女は幸せを得てない。 彼女を助けたいと祈って運命に愛された自分もまた彼女と共に箱舟に訪れなければあの娘と、グラデーションショコラの髪をした優しい子と出逢う事は無かったのだから。 指先が鏡面を叩く。あの頃のまま変われなかったら今の僕は居ないんだ。 糸がぎり、と音を立てる。幾度も幾度も鏡を叩いた。強くなれたのは現実に居る二人のお陰。戻らなくちゃ、護れなくなる。護るべきモノがあるのは辛いけれど幸せで―― 『ほら、ロアンさん、いこっ?』 差し伸べてくれる指先を振り払う事なんてできない。現実を生きる彼女が何より大切だから。 二人を護り切らなくては。簡単じゃ無くて半端な覚悟じゃできなくて。辛い事も多いけれど。 それでも、まだ戦ってる二人を置いて微温湯の様な世界で、朝の来ない場所でじっと夢を見てる訳にはいかない。 ヒュン。 音が立つ。がしゃん、と音を立てて崩れるガラス片の中で、昔の妹が「さよなら」と笑った。 ● 大切な人と出会えると聞いた時に『目つきが悪い』ウリエル・ベルトラム(BNE001655)は真っ先に楽しそうだと思ったのだ。 居なくなった人とも会えるのか、そう思って訪れた教会。光に包まれたその先に居たのは白いサマードレスを着た黒髪の少女だった。未だ幼さを残すかんばせが緩められて小さく笑う。 「……お久しぶりでございました」 隠した翼。ゆっくりと歩みより。延々と続く緑の草原の中で彼女の隣に腰掛けて膝をぽん、と叩いた。 ゆっくりと膝の上に乗る彼女に優しく笑って黒い髪を撫でつけた。あの時から変わらない可愛い彼女の姿。ウリエルの心を締めつけるのはあの時、自ら死を望んだ恋人を殺したという過去だった。 運命(かみさま)は何時だって気まぐれだ。死(おわり)は何時だって必然だったのかもしれない。 唯、静かに吹く風の中、見回す限り緑の草原の中で、自分の事、過去の事、そして、あのとき聞けなかった想い出をゆっくりと告げていく。 「貴女が夢だと言うなら……私の望む幸せを与える夢ならば、応えて下さいますか」 静かに告げた言葉に大きな瞳を瞬かせて首を傾げる。 彼女のワンピースがふわり、と揺れた。黒髪が揺れて、膝の上、向き直った彼女がじ、っと見上げてくるその視線からウリエルは目を逸らさない。 14歳までの少女を愛するウリエルにとって、15歳程である目の前の彼女はある意味で聖域(サンクチュアリ)。思えば思うほど、愛しくて堪らない存在なのだから。彼の長い髪をその白い指先が撫でつける。 「キミはあの時、本当に死にたかったのですか?」 ざあ、と風が吹く。 少女の言葉が風に掻き消された。赤い唇が小さく動き、ウリエルに告げた言葉に視線を細めた。 (死こそ『キミ』の幸いで、貴女の幸せこそ私の幸いであり望み――) それならば、夢の中でも彼女を幸せにしなければならないのだから。突き立てたナイフが少女の白い指先に握られる。 「――死にたく、なかったよ?」 そう言って欲しかった訳では無かった。胸が痛む。もう一度会える幸福の中、彼女がもしも死にたくなかったと答えた時、自分は本当に狂い無くナイフを突き立てられたのか。 なんと、薄情なのだろうと自分を嘲笑う。 「……いや、だよ」 その言葉に囚われる様にウリエルは目を伏せる。嗚呼、大丈夫、幸せな夢は何時までも続けよう。 君が死にたいとそう言うまで、何時までも。 運命を支払って、何時までも抱く痛みを刻みつけて置こうではないか 「――」 名前を呼んだ。血に塗れた彼女が目を伏せる。 しあわせを、ちょうだい? は、と目を開けた『◆』×『★』ヘーベル・バックハウス(BNE004424)が目の前で椅子に腰かけ名前を呼ぶ母親を見つめる。母の膝へと走り寄り、ねえ、と小さく笑い掛けた。 「ヘーベルね、この前、ヴァチカンって所に行ってきたんだ」 ギィ、と母の椅子が音を立てる。そう、と頭をなでられる幸福に、嬉しくて。 見詰めた母はやはり美しく優しい面影を持っていた。ヘーベルにとって髪も瞳も優しく素敵な母と同じである事が自慢であったのだから。 背中をぽん、と叩く母に優しく笑って想い出を紡いでいく。母が言っていた。ヒーローが居るんだよ、と。期待に胸を膨らませ、ヘーベルは沢山の出来事をその大きな瞳に焼き付けた。 「アークってところに入ってね。皆すっごくカッコいいんだよ! お母さんが教えてくれたヒーローみたいな人がいっぱいなの!」 「ヘーベルはそのヒーローが大好き?」 頷いて、たまに彼等が手を下す『酷い事』だって仕方ないんだよ、と紡いだ。箱舟のリベリスタの正義はある意味では歪んでいるのかもしれない。けれど、ヒーロー達は素敵な物語を見せてくれる。傍で見れる幸せを、ヘーベルは今まで見つめてきた物語を全て語っていく。 「ソレにね、泣かないようになったんだよ。ちょっとずつだけど強くなった。お母さんも護ってあげるね! だから……ずっと一緒に居てね?」 その言葉に、母が浮かべた笑みが寂しげであった事にヘーベルは気付き、母へと手を伸ばす。座った母の体をぎゅ、と抱き締める。背を撫でる指先が優しくて、涙が溢れだした。 ずっと、泣かない様にしてたのに。強くなって「ヘーベルは偉いわね」と褒めて欲しかったのに。 お母さんの大好きな物語を聞かせて、手を繋いでお昼寝をしよう。優しく笑って、名前を呼んで。 とても幸せで、とても、尊いけれど。 「ねえ、お母さん」 もっと幸せになりたくて。 「お母さんは、どうして死んじゃったの?」 もっと笑って、頭を撫でて。名前を、呼んで――? 溢れる涙に頭を撫でてくれる母の幻に甘える様にすり寄って、母に手を伸ばした。 この『夜』が嘘であると知っていた。明けない夜は無いのに、惜しむべく夜は常に続き続けるから。 「ねえ、お母さん、ずっと一緒に居てくれる?」 偽物でも母を殺す事はできない。けれど、母はそれを受け入れる様な人では無かったから。母は、厳しく律し、優しく諭してくれる人だったから。 「ヘーベルはヒーローが好きでしょう。ヒーローを応援する貴女が弱気で如何するの?」 「……でも、一緒が良いよ」 「お母さんは何時でも一緒よ。嘘を裁き続けなさい。私の可愛いヘーベル」 貴女が弱気でヒーローが笑えるの、と母は叱った。慰める様な指先に優しく笑って。ヘーベルはうん、と母のてのひらを頬にあててへにゃりと笑う。 頬に残る涙の軌跡は今はもう気にしない。 「ヘーベルはお母さんの娘だもん。だから、ずっと見ててね」 がしゃん、と母の幻が崩れていく。だいすきだよ、ほんとは、壊したくなんて、なかったよ? ● 手触りの良い黒綾薔薇。質の良いレースのチョーカーに織り込まれた模様が大輪の薔薇を確かめるように這わした『天の魔女』銀咲 嶺(BNE002104)が小さく揺れた。 鶴の羽を象ったチャームのついたЖуравликに触れて決意を固めて踏み込んだ幻に、嶺は予想通りだと小さく笑みを零す。 参ります、と零した言葉は自分の決意の筈だったのに。目の前で笑う恋人が赤茶色の瞳を細めておかえりなさいと笑っていた。 「今日は夜勤だった?」 「え、ええ……」 共に暮らす様になってから数カ月。父の居ない隠し子して生を受けたその時に己の味方が母だけしか居ないのだと孤独を感じたことだってあった。母を喪った『あの日』にどうしようもない絶望がその心に過ぎった事だって未だ記憶に新しい。 後継人として面倒を見てくれた人も母の面影がある自分を玩具の様に扱い続けた。家族が、居ない事をその身を以って知ったのだ。 「珈琲でも淹れましょうか」 笑いかけて頷く彼の背を見つめる。初めてできた家族に近い存在。彼の性格は何処か子供っぽくも思えて小さく笑う。明るい髪に指を這わせて撫でつけようか、そんな事を想いながらキッチンに立った。 独占欲が強い性質なのだろうか。近付く男性を悪い虫だと攻撃する彼が如何しても愛らしい。惚れた弱味と言う奴か。 のんびりとした日々を過ごす中で、危険が其処に無い事に嶺は直ぐに気付いてしまう。 望んだのは確かに優しい彼との死の恐怖も、互いが別つ事無い穏やかな日々。心の中で常に己を律せと響き続ける音は死を思わせる不安なのだから。 「……おかしい」 「どうかした?」 いえ、と首を振る。嗚呼、けれど、何て穏やかな日なのか。有り得ない位に静かな日々。 神秘も、悪意も何もない。革醒者であるからして手を取った嶺と義衛郎であるのに。如何してだろう――不安が無い幸せが嬉しい筈なのに、怖くも感じた。 嶺は己が死んだら彼を一人にしてしまう不安を常に胸に抱いていた。彼はどうなってしまうのか。嗚呼、彼が死んだら自分はどうなるか。 あの日、船の上で魔女を目の前にしたアプサラスは不安で堪らなかったのだ。 「……この夢は中々に楽しかったですよ。けれど、味気ない。100点満点なら55点でしょうか」 躊躇いを覚えることなく連打するピンポイント。まやかしでしかない事に気付いているから。 けれど、焦がれる平穏に囚われる事が無く、恋人を殺そうだなんて薄情者かと自分を笑った。 微温湯がぴちゃん、と音を立てる。崩れ去る筈の平穏で恋人が手を伸ばして嶺を抱きしめた。血に濡れた筈の恋人は変わりない。 大丈夫だよ、とあやす様な指先に、彼じゃないと拒絶を覚えても、幾度壊そうとしても、望んだ幸せは捕えようと彼女へと手を伸ばす。55点の夢はまやかしだと気付いても壊れない。まやかしだと宣言された空間で、如何に幸せを振り払うか。彼女の手が弱まる。 「薄情じゃない」 嗚呼、なんて、悪い夢――抱き締める腕の中、そう、と小さく声を漏らした。 神は無慈悲だ。望む心が何処かにチラつく以上、籠の中に捕える事を是とするのだろう。 『ヴァルプルギスナハト』海依音・レヒニッツ・神裂(BNE004230)は神様を恨んだ。踏み入れた教会で、崩れた壁に傾いた十字架が存在している事を見詰めて彼女は祈る。彼女にとっての癖なのか。嫌になると小さく笑みを漏らして夢を見る。 「……願いも祈りも届く筈なんかないのに」 零した言葉は誰にも届かない。『夜』は彼女にとっての沼だった。沈む様な意識の中、海依音と呼ぶ声に目を醒ます。 「嗚呼、神父様……」 大切な誰か。誰が来るのだろうとそう思っていた時、目の前に居た神父にほっと息をつく。 父と母が望んだ通り。未だ幼い海依音にとっての幸福は両親の理想に沿う自分のことだったのかもしれない。克肖女と認められた海依音は誰からも愛された。優しい神父、手を引いてくれる両親。 「シスター、こんにちは」 牛乳を分けてくれる牧場主や実りの恵みを分けてくれる農夫。 彼女の周りにいる人すべてが優しい時間をくれるのだ。優しくて、羽毛の様に己を包み込んでいく『夜』に酔いしれて。 「海依音。今日もお祈りに往こう」 手を引く両親とともに慣れ親しんだ境界に足を運び、神父の大きな手がよく来たねと頭を撫でる。 ソレだけが幸福だった。幸せであったと思う。 ――何時までも其れが続かないと知っていたけれど。 「神様、ねえ、神様?」 震える声で十字架を見据える。気付けば周囲には誰も居ない。微温湯の様な世界だった。身体を蝕む様に幸福が手招き続ける。悪い夢だと気付いていても、決意が揺らぎ続けるのだ。 「うそ」 海依音の唇から漏れだす乾いた笑い。どうしてワタシから全てを奪ったのですか。 応える声は無いのだ。父と母と一緒に祈り続ける事も神は許さなかったのだ。あの日、全てを奪ったのは神だ。 ふらつく足で立ち上がり、手を差し伸べて幸福をと笑う彼等に首を振る。 まやかしだと知っていた。其れを裏付けるように己の首に揺れる十字。失った信仰が邪魔をしてまやかしの幸せに溺れることができなくて。 「父様、母様、神父様……貴方達はもう居ません。ねえ、驚くでしょ? ワタシはこれほどまでに冷静に大切な人を殺せる人間に為りましたよ」 くつくつと喉を鳴らす。緋色は血の色。なんて自分に似合うのか。全て壊してしまいたい衝動が胸を過る。 嗚呼、神様! 何て理不尽な世界か! 林檎を剥いたナイフが果汁で滑る、其の侭突き立てた其処に噎せ返る果物と血の臭い。 「変わらずにはいられないんですね――Amen」 ぼんやりとリベリスタ達は『可惜夜』を見詰めた。 幸せな夢に囚われ続ける仲間達も居ても、それでも、その中には居られない事を知っているから。 夜が明けなければ共に居れるのに。 願わくば、あなたの共に―― その言葉を想いだし、ヘーベルがきゅ、と身体を抱きしめる。 振り下ろされる海依音の拳が叩きつけられ、水晶玉が崩れていった。 「ありがとうございます。素敵で残酷な夢でした。アレルヤ!」 |
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