● 胸に抱く感情の証明は如何したら出来るのか。 言葉にしてしまえば託すには余りに頼りないほんの数音で終わってしまって。 けれど触れ合うだけではその感情の意味さえ上手く伝え切れない。 貴方を追いかける目は、貴方を愛している証拠になるだろうか。 貴方の声に傾け続ける耳は、貴方を恋う証拠になるだろうか。 貴方に届けと言葉を紡ぎ続ける唇が、貴方を抱きしめたいと伸ばすこの腕が、それとも貴方を思えば早まるこの心臓が。 この、余りに短い、ほんの5文字で終わってしまう感情を証明するものになり得るのだろうか。 「如何したら信じてくれるの? もうわたしがあげられるもの残ってないの」 鮮血が零れ落ちていた。リボンが結ばれた真っ白な腕が一本。指輪の代わりに断ち切られた薬指ひとつ。 まだぬるりとした湿り気を保つ眼球と、もう何も聞こえない耳が寄添って。 断ち切られた舌が、そっと其処に添えられた。壁に背を預けて怯え切った青年の前で、少女は少しだけ、困った様に、小さな笑みを浮かべる。 思いつく限りの『証拠』はもうほとんど彼に『あげて』しまっていた。少しだけ考えて、ああそっか、と少女は呟く。 握っていた、刃毀れだらけのナイフが胸元に突き刺さる。ぐるりと抉って引き摺り出したそれは、未だ暖かく脈を打っていた。 これもあげる、と少女はわらう。怯えた様に振られた首に、酷く悲しげに残った目が細められた。 ねえ、何をあげたら。 あなたはこの気持ちに目を向けてくれるんですか。 ● 「……どーも。連日悪いわね、今日の『運命』聞いて頂戴」 纏められた資料を重ねて。『導唄』月隠・響希 (nBNE000225)は何時もの椅子に腰を下ろした。 「アザーバイドの、処理をして欲しい。識別名『アリウム』。少女型。この世界には受け入れられていて、普通にボトムの人間に混じって生活をしていた。 見た目も普通。言語も通じる。生活文化も限りなく、あたし達に近いわ。何の問題も無い存在の筈だった。……つい、この間までは」 浅い、溜息。困った様に視線が彷徨って。恋をしたのよ、と予見者は小さく呟いた。 「近くに引っ越してきた男の子にね。……殆ど全て、ボトムに適合していた『彼女』だけど、たった一つだけ、決定的に違う所があったのよ。 もう分かるかしら。……好意の伝え方よ。好きだ、って言葉だけじゃ足りないのなら、『彼女』達は証明しようとするの。 その想いを理解してもらう為に。信じて貰う為に。これだけ聞いてもまだ、理解が出来る範囲なのよ。でも、その方法がどうしようもなく問題でね」 あげるのだと、予見者は告げた。その感情の証明足り得るものを、幾らでも。何度でも。 「言葉では足りなくて、触れる事でも足りなくて。形のあるものにしようとするのかしらね。好きな人を追う瞳とか、その声を聞きたくて澄ます耳とか。 その人を想う心臓とか。みんな、好きな人にあげるんですって。でも死なないの。そう言う生き物なの。あげても、またいつか元通りになる。 ……あげた部位はね、好きな人の一部になるのよ。『彼女』達の世界ならきっと何の問題も無い事なんでしょうけど、ボトムではそうはいかなかった。 これを向けられる男の子は、アザーバイドの部位に寄生されて正気を失ったわ。あたしたちは間に合わない。だから、処理してもらうのは……『二人』」 詳しくは資料を見てね、と重ねられた資料が少し押された。 「まず、アザーバイド。マグメイガスに似た魔術を使用する。それ以外は普通だけど、強力な自己再生能力を持ってるわ。何らかの対策を打たないと厳しいかもしれない。 次に、男の子。彼はもう完全に狂ってる。アザーバイドの部位が体内にある事で強化されている。フェーズ2エリューション相当だと考えてくれていい。 前衛型、デュランダル系だけど、使用するスキルは良く分からない。武器はアザーバイドの持ってた鉈。自己再生能力は持つけれど、アリウムに比べれば控えめね。 でも、この子の厄介なところって其処じゃないのよ。……『感染』するのよ。この、狂気と異変が。他人に」 敵は増えるわ、と短く告げて。予見者は微かに眉を寄せた。 「時間経過につれて、現場となるマンションの住人に『感染』していくの。ただ、部位を取り込んでる訳じゃないから戦闘能力は比較的低め。でも、数が多いと思う。 到着時点で5名。その後、男の子始末しない限り増え続ける。能力は個人差があるわ。基本的には前衛寄り。自己回復能力はあるけど、オリジナルには圧倒的に劣るわ」 厄介な依頼だけど宜しく、そう告げた予見者は、小さく溜息をついて手をひらつかせた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:麻子 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年04月26日(金)22:57 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 好意と言う名前のそれは、『燻る灰』御津代 鉅(BNE001657)にとって身に覚えが無く酷く馴染まない感情だった。一筋の光さえ跳ね返さぬ長刀が指し示す倒すべき敵。夜より暗いいろが蠢いた。只管に殺意だけを研ぎ澄まされた一撃の行方を見守る事無く、その視線は少女へと流れる。 驚いた様に瞳が見開いたのは一瞬。即座に生えた腕が少年を守るように伸ばされる。その愛情を向けられた事はある意味で不運だったのだろうか。先の分からなくなってしまった答えを、見届けてやるつもりは何処にも無かった。 「続きはあの世でやってくれ。ここでは迷惑だ」 淡々と。吐き出された声の斜め後ろ。広がる気糸の網が、伸びかけた少女の指先ごとその身を捉える。何処までも正確に敵の位置を捉える『八咫烏』雑賀 龍治(BNE002797)の瞳は、僅かな揺らぎを映していた。 愛情の証明。好きだとか、あいしてるだとか。証拠は一体どこにあるのか。思考に沈みかける意識を、首を振って呼び戻した。任務だ。余計な思案など必要ない。けれど、胸の何処かがちり付くのだ。理由のわからないそれを飲み込んだ。 「暫し黙っていて貰うとしよう。……なに、あれらを始末するまでの辛抱だ」 「っだめ! なんでそんなことするのやめてよ!」 高い声。どこからどう見ても普通の少女と変わりない姿は、けれどこの世界の一般人とは明らかに異なるものだった。まさしく住む世界が違う。文化も、環境も、そして、ひとの心のありようも。周囲に舞う魔力を取り込んで。『金雀枝』ヘンリエッタ・マリア(BNE004330)はちいさくこい、と囁いた。 恋。恋愛。情緒的で親密な関係を希求する感情。彼女が、そしてフュリエと言う存在が知らない、こころのいろだった。鮮やかな瞳が瞬く。性の差異が生む感情。相手を希う感情。 「……恋とは、とても怖いものなんだね」 揺らめく感情のいろを感じ取って。そっと胸に手を当てた『月奏』ルナ・グランツ(BNE004339)は望まぬものをはじき出す為の術式を組み上げながらやはり、己の知らない感情を探す様にその瞳を伏せた。 誰かを愛する事は知っていても、その意味は未だ知らない自分達。こいをする、とはどんな事なのか。どれ程聞いても馴染まないその言葉の意味はきっと、自分のものに出来る日は未だ遠いのだろうけれど。 それでも、伝えられる事はある筈だから。ルナは手を伸ばす。紡ぐ言葉が場を構築していく。その力の煽りで、黒い髪がふわりと揺れた。身の丈に合わぬ大刀が雷撃と共に既に自我を失った少年へと叩き付けられる。紅の血が大量に飛び散った。 握り締める柄が軋むのを感じながら『すもーる くらっしゃー』羽柴 壱也(BNE002639)は少年を、そして少女を見詰める。好きだ、と言う感情は、儚いものだった。そして、あまりに難しく理解出来ないものだった。 何故なら。其処に理由は存在しないからだ。何処が好きで、何処が愛おしくて。けれどそれは理由ではない。ただ心のどこかが只管に訴える好きだと言う感情の証明は、あまりに難しすぎるものだと、壱也は思う。 「……想いって、自分が想っても、それ同等が全部返ってくるわけじゃないんだよ」 どれくらいすき、だなんて聞いたって。本当の事は本人にしかわからない。伝える術は言葉や温度しかないのにそれらでさえ全ては伝えてくれない、受け取れない。不安定で不確定でけれどやめられない感情。其処に完全などないのだと、少女は如何したら気付くのだろうか。 ● 赤と黒が軽やかに舞った。寸分の狂いも無く、少年から伸びる3本目の腕を撃ち飛ばして。『断罪狂』宵咲 灯璃(BNE004317)は呆れたように肩を竦めて見せた。たった一つの方法で、愛情を証明する事等不可能なのだ。 アイシテルだなんて言葉も信じて貰えないのなら虚しいだけで。毎晩愛し合った所で求めるものが心なのか身体なのか見えなくなるばかりで。どれ程必死に伝えようと伝わったかもわからなくなっていく証明方法は心を摩耗させていく。 たったひとつきりの愛情表現に拘り続けるのなら、それは独り善がりの押し付けに過ぎなかった。まさにこの少女の様に。きっと永遠に分かり合えないであろう愛情表現を押し付けた所で、はじめから通じる筈も無かったのだ。 「ねぇ、アリウム? この子が壊れたのは誰の所為だと思う?」 「壊れちゃったんじゃないわ、大丈夫だもの、きっとわかってくれるもの!」 嫌々と子供のように振られる首。逃避を許さず、灯璃は笑った。君のせいだと、その唇は告げる。今さっき撃ち落とされた、少女の腕が。与えたものが全て、少年を壊していくのだ。人から外れさせていくのだ。突き付けられた現実から耳を塞ぐことも出来ない少女を横目に、振り上げられる大鎌。 「──さあ、終幕の時間だ。貴様にこれ以上の生は許されない。悪く思うな」 道化の仮面を被った『赫刃の道化師』春日部・宗二郎(BNE004462)は告げる。これ以上の喜劇は必要なかった。必要なのは無慈悲な結末。生死を別つ一撃が、其の儘首を落とさんと言わんばかりに振り下ろされる。 同情が無い訳では無かった。この少年に非はない。けれど、同情だけで見逃してやれる訳では無いのだ。隔絶された空間の中で繰り広げられる戦闘に、唐突に飛び込んで来た影がひとつ。透き通る青い髪を照らす魔力の光弾が、蠢く感染者の下で炸裂した。 すき、という気持ちは、やはり『アメジスト・ワーク』エフェメラ・ノイン(BNE004345)にもまだ理解が出来ないものだった。でも、それでも分かる事がある。この、愛情の伝え方は絶対に間違っているのだ。だって。 「想いは押し付けるものじゃないよっ! ましてモノで無理やりなんて、そんなの相手のこと考えてないっ!」 そんなのは気持ちの伝え方ではない。分からないなりに何処までも真っ直ぐに投げかけられた言葉に、少女は答えなかった。否、答えられなかった。死を誘う影が、精密すぎる程の射撃が少年を傷つけ血を失わせていく。癒しを阻む呪いを切らさないと言うリベリスタの作戦の前では、どれ程の自己再生力も無意味。 見え始める死の気配を嫌がりながら、けれどその身の拘束を解く事が叶わない少女はただ只管に泣き叫ぶのだ。離してと、もうやめて、と。喉が裂けてしまいそうな絶叫を聞きながら、龍治は僅かにその眉を寄せた。銃を握る手を休めることなく、けれど自然と開いた口は小さく、如何にもならないのだと呟いた。 「そのやり方が、この世界の理には、――あの男には受け入れられんものだった。ただ、それだけの話だ」 どれ程に泣き喚こうとそれはもう変えように無い事実だった。もしかすれば結果を変える答えをくれたかも知れない少年は、もう語る口を持たない。倒す以外に方法は残っていない。けれど何故か零れてしまった言葉に、誰より戸惑いを隠せないのは龍治自身だった。 例え自分が何を言って、この少女がそれを受け入れ悔いたのだとしても。やらなくてはいけない事は変わらないのだ。常日頃であるならばきっと無意味と切り捨てる筈の言葉に、彷徨う瞳が見つけた答えは、愛しい後姿。 何処までも懸命で、純粋な瞳を知っている。只管に自分を愛し自分を追う姿を。危うさこそ無いけれど。彼女の在り様は少女と何処か似ていて。 「……ああ、やりにくい」 思わず零れた言葉に続きそうになった溜息を飲み込む。それでもやらなくてはならないのだと、手入れの行き届いた銃器にかける指先に、力を込め直した。 ● ぶつり、と皮膚に食い込む灼熱の痛みは一瞬。足元が崩れる感覚と回る視界。只管に少年の回復を阻み攻撃の手を緩めなかった鉅の意識が薄れていく。血の味が滲む喉は言葉を探すように小さく鳴って。掠れ切った声が、悪いと思っていると挑発では無いそれを小さく吐き出した。 こうして傷つけ壊す以外の方法が取れない事に思う事が無い訳ではなかった。けれど、それ以外を探すだけの時間がない事も分かっている。こうやって自分が戦うだけの力を失うように。仲間が倒れていけば被害は広がるだけだ。非情にならざるを得ない此処で、僅かに自嘲した。 「ある意味、お前の方が人間的なのかもしれん。ただ、人間的でない方法だっただけで、な」 ただ救いようもないほどにすれ違ってしまった価値観が生んだ悲劇とでも笑えばいいのだろうか。そのままブラックアウトした意識を取り戻す事無い鉅と同じく、前衛として少年を狙い続けた宗二郎にも危険は迫っていた。半分だけの道化の仮面から覗く表情は明らかに疲弊して。けれどそれでも、その手は大鎌を手放さない。 己の物ではないような、けれど確かに己が振るう刃の重さを感じながら、困った子だ、と零れた声は激戦を感じさせぬ穏やかさを取り戻しているような響きを持っていた。 「そんなことしてまで確認しなきゃいけないほど自信がないなら、人を好きになる資格はないよ」 「じゃあほかにどうやって確かめるの? 教えてよ、この世界で誰かと誰かの愛を確かめる方法は一体なに?」 叩き下ろされた大鎌がついに少年の意識を奪って。物言わぬ死体になったそれに上がる金切り声。偶然解けた拘束から抜け出して、少女の指先が宗二郎を示す。放たれた魔力の貫通弾が容易く運命ごとその意識を断ち切る。即座にその身体を後ろに下げた壱也から彼らを受け取って。ルナは静かにその青い瞳を細めた。 「私たちは貴女と、戻れなくなってしまった彼を止めに来たの」 知っているのだろう、と囁いた。この世界が、違うものであることを。少女が、そして自分自身がいる世界とはあまりに違う場所であることを。そっと、目を伏せた。どれだけ、時を重ねても。あの世界にいる限り知ることはきっとなかった感情があった。 怒りを知った。憎しみを知った。強さを得て、そうしてこの世界に来て。まだ知らないものは幾らでもあった。例えば、少女が抱える気持ちのようなそれも。けれど。それでも、これだけは知っている。 「誰かに気持ちを伝えることに、形はいらないんだよ? だって」 此処は、私たちの世界ではないから。想いは言葉にしなければ伝わらず、すれ違い傷つけあい理解し合えず。ひどく不自由な世界はけれどルナにとっては悪いものではなかったのだ。 「……形なしで、どうしたらいいの? 言葉じゃ足りないの、触ってもわからないよ、ねえ、どうして平気なの?」 この世界はこんなにも不確かで不安ばかりなのに。ゆらゆらと、少女の瞳は揺れていた。当たり前が当たり前でないのだとして。それじゃあどうすればいいのか。ただただその答えを求める少女の前で、エフェメラもまた首を振る。 「どの位この男の子のことが好きだったのかは、ボクには分からないよ」 だって、そんなに人を好きになったことなんてない。恋を知らない。どうにかなってしまいそうなほどに誰かに焦がれる感情を知らない。でもそれでも、エフェメラは間違っていると首を振るのだ。 「でも、その好きな人をこんな風にするのが、アリウムさんの愛情の伝え方なの?」 「そうよ、ねえ何がおかしいの。何が間違っているの。それもきちんと口にできないのに、否定ばかりで何も知らないのはあなたのほうだわ!」 不安に揺れる瞳を染めたのは苛立ち。この世界ではそれをきれいごとと言うんでしょうと吐き出された声を聞きながら、ヘンリエッタは知らないものだ、と緩やかにその瞳を細めた。 そんなにも激しい愛情を知らない。この世界での心の伝え方も、言葉と行動以外に知り得ない。思えば伝わる世界では無いのだ。自分とは違うものと、分からないものばかりに満ちている世界だったけれど。それでも、ヘンリエッタにでも分かるのだ。これは、間違っているのだと。 「言葉が信じられなくて行動で示した。……それは理解できる」 けれど、この世界で生きていたなら。彼を見詰めて居たのなら。気付けたはずなのだ。彼がそれを求めていない事に。この世界にはこの世界なりの、不確かだけれど確かな愛情の伝え方がある事に。気付けなかったのか。気付こうとしなかったのか。それはヘンリエッタには分からないけれど。 「受け容れて欲しかったのなら、大切なのは証明する事ではなくて、まず相手を理解する事じゃないかな」 泣き叫ぶばかりの少女に、まだ知り始めたばかりの少女は差し出すのだ。違う理の中で生きる相手との生き方を。けれど、少女は受け入れない。涙でいっぱいの、もう元通りになった瞳がきつくヘンリエッタを睨み据えた。 「本当のわたしは見てもらえないのよ、この世界の在り様に沿うのなら。ねえ、綺麗に塗り固めたことばを渡すのがあなたにとってのこいなの?」 常識が違うと言う事はある意味でもう致命的な瑕疵なのかもしれなかった。寄り添い合わぬまま投げ捨てられる言葉と言葉。重ねられた言葉はどこまでもこの世界の常識だった。この世界の正しさだった。けれどそれをそのまま突きつけて理解しあえるのかと言われれば。 そうではない事を、リベリスタは一度目にしているはずだったのだ。もう何も聞きたくないのだと少女は首を振る。分かり合えるかもしれなかったタイミングはもうとっくに過ぎていた。 ● 気づけば敵の影はもう殆ど残っていなかった。殲滅に十分な戦力は勿論だが只管に寄生や感染の影響を受けていそうな部位を叩き落とし続けた灯璃の尽力は相当な戦果を上げていた。最後の一人の頭を貫いた双剣を引き戻して、少女の顔をした断罪狂は燃え立つオレンジを細め首を傾げた。 「あの子が部位をくれなかったからあげ続けていたのかな?」 少女は答えない。物言わぬまま、けれど逃げる事も出来ずにリベリスタの攻撃を受け続ける少女に、灯璃は肩を竦める。郷に入れば郷に従えとこの世界では言うけれど、少女がもう少しだけ勤勉だったなら。もう少しだけ、純粋とも言える心を変えることが出来たなら、この話の結末は変わっていたのだろうか―― 「――言葉、だったんじゃないのかな」 思考を断ち切ったのは、やはり少女の声だった。大刀を握り締めたまま、少女と対峙した壱也は迷うように視線を揺らして、少しだけ、困ったようにぎこちなく、その面差しに笑みを乗せた。 きっと少女のほしかったものは、身体でも、心臓でもなかったのだろうと思うのだ。たった二文字。心から紡がれた、すきの言葉だけが、欲しかったのではないのだろうか。その心は見えないけれど、似た感情を知っていた。 「無償の愛って言うんだろうけど、そんなの無理だよね」 見てほしかった。愛してほしかった。双方向の愛情がほしい、ただそれだけなのにうまくいかなくて求めて手に入れてけれどそれでも足りない。人はどんどん貪欲になっていくのだ。好きと言えればよかっただけなのに手を取りたくなって、抱きしめたくなって、口付けたくてそれでも足りなくて。 もう十分すぎるほど幸せなはずだとわかっているのに、止められないのだ。理由なんてわからなかった。満たされないから飢えて、もっと欲しくて、伝えてみてけれど届かないから、伝えてしまうのだ。好きだと、愛しているのだと、もっと、こっちを向いてほしいのだ、と。 少女の瞳が瞬く。ほしかったの、と囁く声は小さかった。それに、もう一度笑みを浮かべ直して、壱也は刃を向ける。大丈夫だよ、と囁いた。 「大丈夫、もう十分伝わってるから。寂しくなんかないから。一人じゃないから。……彼のところへ、送ってあげるよ」 伝えるべき大切な5文字を彼に伝えればいい。欲しかった筈の言葉はもう此処では得られないけれど。先はあるかもしれないから。振り上げられた刃に、少女は緩やかに目を伏せる。鈍い音と共に、大量の紅が地面へと零れ落ちた。 気づけば日は落ちていた。少しだけ肌寒い外の空気を感じながら、相棒を収めた龍治はひどく複雑そうに、少女だったものが倒れ伏す其処を見つめる。ひたむきに真っ直ぐに。自分を愛す、愛しい彼女。 もしも。本当にもしもの話だけれど。彼女がもしも、こんな風にその愛情を証明しようとしたのなら。自分は如何応えるのだろうか。如何、応えてやるべきなのだろうか。歪んでいるようで真っ直ぐ過ぎる愛情表現は重たかった。 出ない答えに首を振る彼の横で、壱也はそっと、己の髪を飾る紅のリボンを引き抜く。さらさらと、黒い髪が流れ落ちた。そっと、握り締めた紅に額を押しつける。 「――そばにいてね、」 いとしいひと、と。囁いた声は含まれたいろごと、まだ冷たい風に攫われていった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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