●歓喜の遠吠え キャンキャンキャン―― 檻の中の犬達は必死に何かを訴えていた。 悲しみと怯えを抱えて、最後の遠吠えを繰り返す。 目には死と絶望感が漂っていた。体力がなくてずっと寝ている犬。病気で目が見えなくなった猫や人間に足を切られて立てなくなった老犬。 保健所には老犬から生後2カ月の赤子まで大小様々な犬や猫が集められている。 動物たちは何日も餌を与えられていない。それは無理もないことだった。ここに集められた動物達はあと一時間ほどでガス室へと送られる予定になっている。 しばらくして青いジャージを着た作業員が檻に入ってきた。 「おい、お前ら静かにしろ!」 犬達は一斉に吠えたてた。作業員の男は必死になって、次に殺処分するはずの犬たちを選分けて小さなゲージに入れていく。 作業員は有無をいわずに作業を進めた。むろん、可哀想だと思う。だが、そんなことばかり言っていてはキリがない。 次から次へと飼えなくなった猫や捨てられた犬達が保健所に送られてくる。躊躇している時間はなかった。動物を管理する場所もスペースもなくなる。 そのとき、男は外で異変を感じた。なにか悲鳴のような音が聞こえた気がする。 ガシャアアアン! 突然、廊下の窓ガラスが割られた。 「ぎゃあああああああ」 作業員の男が悲鳴をあげる。 そこには、三首を持った犬の怪物――ケルベロスが立ちはだかっていた。 バリバリバリバリ 口から大きくはみ出した牙の間から人間の足が飛び出していた。血とよだれが滴り落ちて地面に大きな海ができている。 男は悟った。さっきの悲鳴はこのことだったのだと。 作業員はとっさに逃げようとして躓いて転んでしまった。 「あ、あ、あ、あああ」 目の前に大きな牙が迫ってきて男は失神した。 ――やがて、バリバリと咀嚼する音が廊下で響き渡る。 キャンキャンキャンキャン 檻に閉じ込められていた犬達が歓喜の遠吠えを上げ始めた。 ●冥界の番犬 「C県の動物保健所に今夜、E・ビーストのケルベロスが三体現れます。彼らの目的は檻に閉じ込められて殺処分を待っている犬や猫たちの動物を自らの手で救い出すこと。そしてそれを邪魔する保健所職員や警備員たちの抹殺です」 『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)が、集まったリベリスタたちに向かって予期された情報を説明した。一刻も早く現場に急行しなければ現場の人たちが襲われてしまう。 だが、説明を聞いたリベリスタたちは表情を曇らせてしまった。そのケルベロスはこの前の台風による事故で重傷を負いながら保健所から逃げ出した犬たちだという。逃げている途中にエリューションを覚醒して、三匹ずつが合体しケルベロスになってしまった。 「ケルベロスたちは、一緒にいた仲間たちを救おうとしています。このまま見殺しにすることなんてできない。自分たちは運よく助かってそのまま逃げればいいのに仲間を助けに戻って来てしまった。おそらくそれは人間に対しての恨みが強いからでしょう」 年間に殺処分される動物は約八千匹以上とも言われている。もう飼えなくなった動物や捨てられた動物。病気や怪我、人を噛んだという理由で保険所送りにされる。 それだけ多くの動物たちが人間の勝手なエゴで死に追いやられているのだ。 一緒に死を待つだけだったあの仲間たちを見殺しにできない。そういう想いがエリューションをついに覚醒させてしまったのだろうか。 もちろん本当に冥界や本物のケルベロスがいるわけではない。だが、この脱出した3頭を持つ犬達はいまや憎き人間に牙を向けて、一緒にあの世送りにしようとしているのかもしれなかった。 「動物たちには何の罪もありません。全ては人間が招いた罪です。けれども、ますます増える動物たちを生かしておくわけにもいけません。野放しになったら周辺住民が襲われることもあります。それにこのままだと保健所で働いている人たちが犠牲になってしまいます。その前にあなたたちの手で――ケルベロスを止めてきてください」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:凸一 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年04月16日(火)23:13 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●私たちの罪の証 夜の動物保健所は静けさに満ちていた。動物達はみな大人しくして檻の中で最期の時間を過ごしている。年老いた犬もまだ生後間もない猫も虚ろな表情を見せていた。 傍では忙しそうに保健所職員が出這入りしている。これから処分するはずの動物の順番確認をしていた。そんな慌ただしい様子に動物達は何の反応もしない。抵抗の気力を失ったかのようにぐったりと床に寝そべっていた。 「魔獣ケルベロス……ですか。鎖に繋がれ、冥界の門を守護するとされている獣。罪人を自らその門の向こう側に送ろうとしますか。あなた達の怒りが理解出来ない、とは言いませんよ。ですが――それと、これとは話は別です」 『朔ノ月』風宮 紫月(BNE003411)がこれから現れる敵を思って厳しく発言した。ふだんは穏やかな紫月だが、やはり人の命が関わると話は別だ。 「生きるか死ぬかはいつだって、本人の知らない所で決まってる。人でも犬猫でも、エリューションでも一緒。殺す側の理由なんて、殺される側にとってはただの理不尽よ。でもだからといって好き勝手にさせるわけにはいかない」 『薄明』東雲 未明(BNE000340)も紫月に同意した。本当なら殺したくはない。だからといってこれ以上罪のない犠牲を増やすわけにもいかなかった。 「支配される弱者は何処にでも必ず居るのだろう。ただ、それを当たり前だとは思いたくないね。生きようとするのは当たり前。仲間を生かそうとするのも当然の事。彼らは決して間違っていないんだ。でも、オレは人の『日常』を守るよ」 『金雀枝』ヘンリエッタ・マリア(BNE004330)も先の二人に頷いた。 「処分方法がガスから戦闘による殲滅に変わったか。結果的により苦しい終わりになったが、ただ一方的な終わりを甘受するより納得いくなら付き合いもしよう。しかし、最後に怨む相手を間違えたのは哀れだな。職員は別にお前らの運命を決定づけた相手でもあるまいに」 『燻る灰』御津代 鉅(BNE001657)は煙草に火をつけてゆっくりと煙を吐いた。心を落ち着かせる。これから臨む戦いに徐々に神経を昂ぶらせていく。 「勝手なエゴって勝手じゃねーエゴなんてねーだろー。吠えてねーで力で通そうってのも良ーんじゃねーのー。だけど殺りに来たってことは殺られる覚悟はOKってことだよねー?」 『ハルバードマスター』小崎・岬(BNE002119)も戦闘準備は万端だった。百戦錬磨の愛棒を手に取りながら今かと敵の登場を待ちかまえる。 「飼えなくなった動物を捨てて増えすぎると困るから処分するのか。何故じゃペットというのは家族なのじゃろう? 会話が出来ぬから良心が痛まないのかえ? アークのリベリスタだけが特別な存在で人間というのは非道ばかりしておるのかえ? 分からぬ……可哀想なのじゃ」 『ガンスリングフュリエ』ミストラル・リム・セルフィーナ(BNE004328)はそれでも人間の理不尽さを想わずにはいられなかった。本当に怖いのはケルベロスではなくて人間の移ろいやすい身勝手な心のほうではないのかと。 「この動物さん達は皆捨てられちゃったんだね。仕方ない、か。そう言われたのなら仕方ないんだろうね」 『◆』×『★』ヘーベル・バックハウス(BNE004424)も動物達の気持ちを考えると可哀想に想う。捨てた飼い主たちはどんな事情があったのだろう。 「ソレでも、彼らはただ生きていたいだけで。私たちは私たちの都合で彼らも、彼らの助けようとした仲間も傷つける。コレからも、私たちの身勝手で。それならせめて、私たちの目に焼き付けよう――私たちの、罪の証を」 リベリスタの仕事をしている以上それは避けて通れないことだ。『月奏』ルナ・グランツ(BNE004339)は最後にみんなの気持ちを代弁した。気持ちを切り替えてすぐに陣地作成に取り掛かる。 キャンキャンキャン―― しばらくして、大人しくしていたはずの犬達が一斉に吠えはじめた。見ると、暗闇の向こうからケルベロスたちが姿を現した。獰猛な牙を持った3首のケルベロスが合計三体こちらに向かってゆっくりと近づいてきた。 ●ここで誰かかが止めないと へーベルが急いで保健所職員がいるところへ向かった。犬を探しに来たと言って安全な場所へと案内してもらう。保健所職員はへーベルを見てにこりと微笑んだ。そして檻のゲージの方へと移動する。 キャンキャンキャン―― 吠えたてる犬たちを宥めすかせるようにへーベルは動物会話を使用した。 『こんばんは、イービルヒーロー』 ヘーベルも憎き人間の一人、和解など出来ようはずもないだろうけど。 『良ければ聞かせて、あなた達の人間との思い出』 怨みや憎しみでもいい。教えて、あなたの事――。 へーベルが事件稼ぎをしている間、ようやくルナの陣地作成が整った。だが、すぐ目の前にはケルベロスがすでに迫っていた。 火炎球をすぐさまリベリスタ達に向かって吐きつけてくる。 「右端のケルベロスはあたしが抑えるわ!」 一番早く攻撃を避けた未明が右端の個体の前に躍り出る。獰猛な牙を唸らせながら突進してくる敵に未明が両手でがっちりと牙を抑えつけた。 「じゃあ、左のやつ頂くね。狩りの時間だねーぶっ殺すよー、アンタレス!」 岬が左端のケルベロスに愛棒を突きつける。それを見た敵が一層口を大きく開けて岬の小さな身体を飲み込もうとした。 だが、岬も負けてはいない。刃で牙を抑えつけながら、じりじりと鍔競り合いを繰り広げる。徐々に押されながらもそれ以上の進撃は許さない。 「どうした、処分方法の変更がお好みなら、喜んで手伝わせてもらうぞ。周囲のお友達も一緒の方が良いか?」 鉅が残った真ん中のケルベロスに向かって挑発した。なるべく後ろで陣地作成しているルナや保健所職員たちに意識を向かせないようにする。 ガルルルルウ―― ケルベロスは鉅の挑発に引っ掛かって猛ダッシュで襲ってきた。連続的に火炎球を放つ。 「くううううう!」 後ろに攻撃が行かないようにブロックしたため、攻撃をまともに浴びてしまう。だが、鉅はなんとか堪え切った。お返しとばかりにギャロップで呪縛を狙う。攻撃を受けたケルベロスはその場で苦しむようにもがいた。 「多少動きが早くとも、これだけ的が大きければ……狙いは外しません!」 紫月が魔弾を放つと、ケルベロス本体に見事に命中した。容赦なくダメージを食らった一体のケルベロスは三匹の犬に分裂する。急いでルナの方へ逃げようとする犬達に向かって今度はヘンリエッタが弓を大きく構えた。 「逃げるなんて負け犬のすることだ。ルナには手をださせはしない!」 グアアアアアオン ヘンリエッタの射撃によって犬が同時に二匹倒される。もう一匹がルナのほうへ向かってきた。すぐさま自分にハイバリアを張って攻撃体勢に移る。 「うん、分かってる。コレは必要なことなんだって。此処で誰かが止めないと、沢山の人が傷つくんだって」 ルナは自分に言い聞かせるようにやってきた犬に向かって、エル・レイを放った。避けきれなかった犬は攻撃を受けてその場に倒された。 やっつけた犬を見て一瞬、ルナは罪悪感を覚えたが、すぐに気持ちを切り替えた。まだ未明や岬が抑えているケルベロスがいる。はやくしないと彼女達にも危害が及んでしまう。これ以上仲間を傷つけられないのは自分も一緒だった。 ●失敗した仲間の救出 「うわあああああっ」 岬がとうとうケルベロスの火炎球にダメージを食らって後退した。仲間を殺されたケルベロスは怒りを露わにしていた。牙で容赦なく岬に襲い掛かる。 「ケルベロスよ、お主はそんな姿になっても仲間を救おうという気持ちはとても良いものじゃと思う……だけど此処の人間を殺しても何の解決にもならぬのじゃ」 ミストラルが岬を援護するように後ろからエルバーストブレイクを放つ。攻撃を受けたケルベロスは後ろに吹っ飛ばされた。危うい所で岬を助けることに成功する。だが、案の定、ケルベロスは3匹の犬に分裂していた。すぐに起き上がって今度は別々の相手に向かって火炎球を放ってくる。 「少しは気を引けましたか? 私を倒さない限り、延々と続きますよ」 檻の方を攻撃されないように立ち回っていた紫月が攻撃を繰り返しながら徐々に人気のないほうに犬たちを誘導していく。そしてキリのいいところで今度は弓を大きく構えてインドラの矢を放った。 ガアアアアアアアア 声にならない犬の遠吠えが辺りに響き渡る。紫月の矢を受けて犬が業火に巻かれてのたうち回った。 「ぐはあああっ」 未明がそのとき、ケルベロスに腕をかまれていた。それまでずっと対峙していた敵に押し切られてしまう。出血がひどく徐々に体力が奪われていく。 「がんばって、マイヒーロー! お願いしっかりして!」 舞い戻ってきたへーベルがピンポイント・スペシャリティを放ち、ケルベロスを後退させる。そして傷ついた未明や岬に回復を施す。 「ありがとうね、へーベルちゃん」 ようやく立ち上がることに成功した未明と岬は再びケルベロスに対峙する。 だが、その間に生き残った犬達は一か所に集まって大きなケルベロスになっていた。6首をもつケルベロスはこれまでにない大きさだった。常に首が動いて敵の動向を探り、死角が少ない。 「くそっ、ついに合体したか。なかなか手強そうだな。でも逆にいえば、敵が一か所に集まってくれて好都合というものだ。それじゃ、最期の仕上げにかからせてもらうぞ!」 鉅がケルベロスに向かって突進していく。気がついた大型のケルベロスは容赦なく火炎球を連射して鉅にダメージを食らわしていく。 「ぐぬうううう。やられてたまるか!」 鉅が歯を食いしばりながらバッドムーン・フォークロアを放つ。一瞬すきをつかれたケルベロスは攻撃を受けて逃げようとした。 そこへ待ちかまえていた岬がアンタレスを振りかぶる。 「途中で逃げる程度なら最初からくんなよ、負け犬!」 岬が不敵の笑みを浮かべて、ケルベロスの巨体を切り裂いた。 グアアアアアアアン ケルベロスが激しい痛みによって地面を転がりまわる。 「判断を誤ったわね。あんた達は何より先に、仲間を救出するべきだった」 そのとき、未明が後ろからギガクラッシュを放つ。背後から攻撃を受けたケルべロスはもちろん避けることができない。 ガアアアアオオオオンン―― 世にも奇妙な遠吠えを残してケルベロスはついに動かなくなった。 ●新しいご主人様 ルナの陣地作成のお陰で保健所職員や施設には大きな被害が出なかった。ケルベロスも逃亡させずに倒したことで周辺住民も無事だった。 紫月が任務完了をアークに連絡しようとしたとき、ミストラルとルナがお墓をつくってあげたいと言った。 倒されたケルベロスはそれぞれが元の犬に戻ったまま死んでいた。このまま何もせずに立ち去るのはあまりに可哀想だ。紫月は二人の提案に優しく頷いた。 みんなで手分けして施設の片隅にささやかなお墓を作る。手を泥だらけにして作った墓は決して立派なものではなかったが、それでも気持ちを込めた。 「恨みを深めた理由の1つに、もし人を信じた過去があったとしたら。いえ、だとしても変わりないわね」 未明はぽつりと呟いた。この犬達の運命は最初から決まっていたのだろうか。だとしたらあまりに残酷すぎる。だからせめて今だけは安らかに眠ってほしい。 「のぅ、何故簡単に家族を捨てられるのじゃろうか……」 ミストラルは少し泣きそうだった。願わくば、今度はちゃんと飼ってくれる優しい飼い主のところに生まれてきてほしい。これ以上人間を恨んだりしないように手を合わせて祈りを込めた。 「御免ね。君たちも、君達の仲間も助けられないお姉ちゃんで」 ルナも悔いていた。もしかしたら今日この中で一番ケルベロスたちを殺すことを躊躇していたのは彼女かもしれない。それでも殺さざるをえなかった。言い訳はできない。ルナも丁寧に手を合わせてずっと祈っていた。 帰り際、ヘンリエッタとへーベルはちょっと保健所のゲージに立ち寄りたいと言って二人で居残った。そして保健所職員に連れられて犬たちを見て回った。そこには殺処分を待っている大勢の犬達がいた。 『君達のヒーロー、居なくなっちゃった。うん。死んじゃった。ねえ、ヘーベルと一緒にお外に出ない? 牧場っていう動物さんがいっぱいの場所。皆のんびり過ごしてるのよ。暴れないって約束してくれるなら、一緒に暮らそう?』 へーベルの問いかけに犬達は諦めたように吠えた。もう体力がなくて生きる元気そのものがないように見えた。へーベルとヘンリエッタは職員に引き取りたいという要望を出したが、ここにいる動物達は重病持ちや人を噛んだことのあるという理由で許可は絶対に下りないという。二人はねばったが、仕方なくひき下がった。 二人は意気消沈して外に出た。 キャンキャン―― そのときだった。二人の前に小さな子犬が現れた。真っ白くて、まだ産毛の生えた小さな雑種の犬。利発そうな子だった。どこから迷い込んできたのだろう。もしかしたら今回の戦闘でどこからか逃げだしてきたのかもしれなかった。 「おまえ、どこからやってきたんだい?」 ヘンリエッタがやさしく声をかける。子犬は抱きかかえられて嬉しそうにじゃれついた。ぺろぺろと彼女の頬を舐めた。へーベルが持参した動物の餌を与えながら動物会話を試みる。 「ふうん、タロウっていうんだ。男の子なんだね! わたしたちへーベルとヘンリエッタっていうんだ。よかったらお姉ちゃんたちと一緒に来ない?」 タロウは、喜んで尻尾を振る。 そしてワンワン、と新しいご主人様に向かってあいさつした。 「こら、タロウくすぐったいよ」 舐められながらようやくヘンリエッタも笑顔を見せた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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