●夜に響く旋律 真夜中に幽かに響くのは、彼が奏でる鍵盤の音色。 私達がいつも逢う場所は誰も居ない廃屋、棄てられたグランドピアノの傍。 調律もされていない鍵盤が奏でる音色は調子外れだったけれど、彼はいつも色んな曲を弾いてくれた。毎晩この場所で待ち合わせて、こっそりとピアノを弾いて、耳を傾けて過ごす。 それが大好きな彼と二人だけの秘密で、私にとってのかけがえのない時間。 或る夜、いつものようにピアノを弾き終わった後、彼――ユーリはふと問い掛けてきた。 「ねぇ、詩織。君は何処か遠くへ行きたいと思った事はないかい? 例えば、次元の向こうとか」 ユーリは時々、不思議なことを言う。 ――僕は、違う世界から此処にやってきたんだよ。 はじめて夜の公園で会った時も、そんな事を言っていたから今更驚きはしなかったけれど。またいつもの冗談かと思って私は軽く考えてみる。 「気にはなるけど……。戻って来れないような遠くだと嫌かな。だって、お父さんやお母さんと会えなくなっちゃうでしょ? 日帰り旅行だったら良いかもしれないけどね」 それにこの街が好きだから、と言ったらユーリは少し悲しそうな顔を見せた。何か悪いことを答えてしまった気がして、どうしたのかと問い返すと、彼は首を横に振る。 「いや、何でもないんだ。僕も平和なこの街が好きだよ。離れたくない気持ちは君と同じだ」 「そっか、それなら良かった」 「詩織。僕は決めたよ。ずっと此処に居る。だから……僕とずっと、ずっと一緒に居て欲しい」 いつになく真剣な瞳を見せたユーリは、そっと私を抱き締める。けれど、それはまるで小さな子どもみたいに、縋り付くような不安な色も交じっているように思えた。ユーリは親も兄弟も亡くしてしまったと聞いているから、きっと凄く寂しくなったんだろう。 「大丈夫だよ、ユーリ。約束してあげる。貴方が私を嫌いにならない限り、一緒に居るから」 彼を強く抱き返すと、仄かな温もりが感じられた。 「……それなら、きっと一生だね。僕は君を嫌いになんてなれないから」 「もう、また恥ずかしいことを言うんだから」 そこで漸く、彼はいつもの優しい笑みを浮かべる。 次はどんな曲を弾こうか。楽譜台に乗せられた五線譜の紙を捲り、ユーリは微笑んだ。 そのとき、何となく思った。こうして二人で過ごす時間がずっと続けばいい。ピアノと彼と私だけの時間。この時が続くことだけが、今の私のささやかな願いなんだ、と――。 ●異世界の少年 「彼はアザーバイド。見た目はこの世界の少年と何ら変わりはないけどね」 『サウンドスケープ』斑鳩・タスク(nBNE000232)はこの世界に紛れ込んだ異世界の存在について語り、今回の依頼についての説明をはじめる。 「君達にやって欲しいのはフェイトを得ていない彼――ユーリを元の世界に送還すること。ただし、それには色々と事情があってね。彼は、その……この世界の女の子と恋に落ちたんだ」 恋。それは実に厄介な問題だとタスクは言う。 アザーバイドの少年は、詩織という高校生の少女と夜な夜な街外れの廃屋で逢引をしている。その関係は実に初々しく可愛らしいものであり、少年は詩織をとても大切に想っているようだ。 「でも、二人は一緒に居てはいけない。このまま彼がこの世界に留まると崩界が進むから、ね。それに……今夜から明け方にかけて、彼が通ってきたバグホールが閉じるみたいだ」 そのことは少年も察知しているらしく、一度は詩織に曖昧に問い掛けてみた。 だが、彼女が街を離れたくないと告げてしまった所為で、彼はこの世界に留まることを選んでしまう。その意志は固く、生半可な言葉では説得できないだろう。 そこで、タスクは提案する。 「不幸中の幸い、なのかな。ユーリが元居た異世界は戦いが全てを決する場所だったみたいだ。敗者は勝者の言うことに服従する。そんなルールが彼の身にも染み付いているらしい」 それゆえに少年に戦いを挑んで勝てば、送還の願い出も聞いて貰えるはずだ。 ただし、戦闘民族であったユーリの強さは相当なもの。全員で掛かってやっと互角程度のものなので油断してはいけない。行動不能の技はまったく効かないという特性を持っているので、相応の作戦を立てて挑まなければあっという間に返り討ちにされてしまう。 「ユーリの昼間の動向は分からないけれど、夜になると廃屋に向かうことだけは分かっている。今から向かえば詩織が訪れる一時間程前に彼と接触できるよ」 その間に何をするかは赴くリベリスタの自由。 すぐに戦いを挑み、服従させて早々にバグホールから送還するのが一番スマートな方法だ。 難度がかなり高いと解った上で詩織が訪れるまで待ち、二人が納得できるような説得を行っても良い。詩織が来る前に少年だけを説得し、人知れず還すのも悪くない。また、それらとは別の方法や選択を取ることも出来るだろう。 とにかく、少年を元の世界に返すことさえ叶えば任務は完了となる。 「最後に彼女に逢わせてやるのが良いのか、未練が募る前に逢わずに還った方が良いのかは俺にも分からない。だけど……どうか、君達が思い描く“最善”を尽くしてきて欲しい」 リベリスタが行う事は、二人の仲を引き裂くという結果を生む。 それを承知で向かってくれるかい、と。最後にそう問うたタスクは悲しげな色を瞳に滲ませていた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:犬塚ひなこ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年04月22日(月)23:16 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●旋律の夜 廃屋からは幽かなピアノの音色が響いていた。 おそらくは此方より先に部屋に入った少年が弾いているのだろう。整ってはいないながらも優しい旋律。その響きに耳を澄ませ、『blanche』浅雛・淑子(BNE004204)は部屋に踏み入る。 「ごきげんよう。あなたがユーリさんね。突然だけど、あなたには元の世界へ帰って頂きたいの」 少女以外の人間がこの場に訪れた事に驚く少年に対し、淑子は単刀直入に告げた。 世界の崩界を招かない為に。そう彼女が説明すると、少年ユーリは大まかな事情を理解したようだった。 「そう、貴方達は僕を異界の存在だと知っているんだね。嫌だ、と言ったらどうするの?」 「まだどうもしないさ。先ずは話を聞いて貰うだけだな」 窺うように問う少年に、『てるてる坊主』焦燥院 "Buddha" フツ(BNE001054)が答える。フツ達、リベリスタが決めたのは先ずユーリを説得すること。幸いにしてユーリが好いている少女が訪れるまでは時間がある。それゆえに、言葉で語りかける事を選び取ったのだ。 「ユーリ。俺たちの話を聞いて欲しい」 呼び掛ける名に思いを込め、『red fang』レン・カークランド(BNE002194)は告げる。此方が襲い掛かってくるとでも思ったのか、ユーリは意外そうな表情を見せながらも小さく頷いた。 自分達は少年が余所から来たことを知っている。この世界に来て、この世界で生活し、この世界を好いてくれているのも確かに知った。だが、だからこそレンには伝えたいことがある。 「この世界にとって、お前の存在は凶器だ。お前は、この世界を終焉へと招く」 「知っているよ。だから貴方達が来たんだよね」 ユーリはピアノの前に座ったまま、冷静な瞳を向け返した。 「聞いて、ユーリさん」 『雪風と共に舞う花』ルア・ホワイト(BNE001372)も一歩前に踏み出し、真剣な眼差しを向ける。そして仲間達はルアが語るのを暫し待ち、ただ静かに耳を傾ける。 「私はね、元々貴方と同じこの世界の害悪になる存在だったの。存在するだけで周りを『負』の方向へ崩落させるそういうモノ。でも、双子の弟が手を引いて逃げてくれたの――」 語られたのはルアの半生だった。 自分を守る大切な人、弟はどんどん傷付いた。ユーリにとっての大切な人は詩織。だからきっと同じ。大切な人が傷つくのを見るのがどんなに辛いか貴方には分かる? とルアは問いかけてみる。 「それは凄い話だね。だけど、僕は詩織と、その周りの人を守る力を持っているよ」 だが、少年は感情を揺らさずに首を振る。 ルアとユーリとでは立場も境遇も持っている力も違うのだ。少しでも共感を得られれば良かったのだが、ルアの話は一蹴されてしまった。 崩界の事実を知りながらも、想い人とその周り以外は切り捨てる。 少年はそんな決断を既に下しているのだと感じ、『怪人Q』百舌鳥 九十九(BNE001407)は胸中で思う。 (全く持って、世界は儘ならないものですな) 少年少女の恋を引き裂くと言うのは心苦しくもあった。だが、タイミングが悪かったのだろう。九十九は胸の奥に燻ぶる思いを口にはせず、説得を試みる仲間達を見守る。仮面の下の赤瞳は、ただ淡々と廃屋の光景を映し出していた。 しかし、ルアやレンの言葉は届かない。 きっと少年は頑としても首を縦に振らないだろうと察し、『Lost Ray』椎名 影時(BNE003088)はふとした疑問を投げかけてみる。一つ聞かせて欲しい、と影時は鍵盤上の少年の指先に視線を向けた。 「君の指先は、恋を奏でるもの? それとも、肉を引き裂くもの?」 奏でる旋律はできれば血塗られていないものであるべきだと影時は思う。その問いに対し、ユーリは「どうかな」と悲しげで曖昧な言葉を返して鍵盤に触れた。 そうして、幽かに奏でられた短い旋律は先程と同じように、優しく響く。 『ヴァルプルギスナハト』海依音・レヒニッツ・神裂(BNE004230)も、説得が届かぬと理解していた。 ――五線譜に綴るは恋の物語。だけれども、ソレはロストコードを綴る恋心。 「ね、幸せってなんだと思いますか?」 二人で一緒に過ごすことか。同じ時間を綴ることか。きっと、どちらも幸せの形だろう。海依音の言葉に少年が唇を噛み締め、言い表せぬ感情を燻ぶらせる。 「僕の幸せを壊すのが貴方達の役目、とでも言いたいんだね」 「ええ、世界なんて貴方達の間には無意味でしょう? だったら、無理矢理にでも服従させてさしあげます」 「……そんなことまで知っているのか」 ユーリが元居た服従の規律に触れた海依音は白翼天杖を構え、戦闘態勢を取った。既にフツや淑子をはじめとした他の仲間達も身構えており、ユーリ自身も戦いの気配を感じ取っている。 『Wiegenlied』雛宮 ひより(BNE004270)は少しばかり瞳を伏せ、ぎゅっと掌を握った。そして、ユーリを真っ直ぐに見つめて凛と告げる。 「あなたの存在は、わたしの好きな人を危険に晒す。だから見逃せない。お互いの愛のために勝負なの」 「そっか……。本当は戦いたくはないんだけどね。譲れないものの為に、戦おうか」 ひよりの声に少年が答え、戦いは幕を開けた。 好きな人といっしょに。この世界はただそれだけの想いが許されない。 だから、せめて――優しい思い出になるように。彼の恋を静かに眠らせて、終わらせよう。 ●其れは悲しい恋物語 巡りゆく戦いは激しく、リベリスタは少年の実力を目の当たりにする。 片腕を硬質化させた少年は影時へと拳を振るい、一撃で此方を圧倒させた。痺れるような衝撃が身体に響くが、影時はすぐに持ち直して何重もの気糸を放ち返す。きっと歴戦の手練れなのだろうと感じたからこそ、一欠片の油断もできない。 ルアも白金の刀身を構え、戦いへの思いを強く持った。 「貴方がこのまま詩織ちゃんと一緒に居るという選択を通すのなら、容赦は出来ないわ」 連続攻撃を打ち込んだルアに続き、九十九が魔力銃の引鉄を引いてユーリを狙い打つ。見事に命中した一撃は少年の身を僅かに揺らがせたが、まだまだ倒すには至らないだろう。 少年は一人だと云うのに、リベリスタ達に匹敵する力を持つ。仲間達が立ち回る中、攻防は続いてゆく。不意に魔力による旋律が奏でられ、此方を魅了しようとする中、フツはすかさずひよりを庇った。 「ありがとう、なの」 「お前さんが魅了されちまうわけにはいかねえからな」 礼を告げるひよりは聖神の息吹を発動させ、傷付き魅了された者を癒していく。仲間の陰に隠れて旋律を免れた海依音は反撃に転じ、周囲に魔方陣を展開した。 「その名の通りに捧げましょう、この矢を」 黒き杖を掲げた海依音の言葉と共に、聖なる魔力の矢が飛翔する。例え其処に在るのが甘く優しい恋物語の五線譜であっても、自分達はそれを破り捨てなくてはならない。世界に理不尽を与える存在は、存在してはいけない、と海依音は己の意志を貫く。 『世界が脅かされる』なんてこちらの都合でしかないのは承知の上。 奪われる事がどんなに痛いかは、よく知っていた。でも、だからこそ淑子は奪われないために奪う。 戦斧を振り上げた淑子は言葉を押し込め、少年に立ち向かった。武器が鮮烈に輝き、破邪の力を帯びた刃はユーリを激しく切り裂く。苦しげな声が漏れたことで、少年の体力が大幅に削られた事が分かった。 「……ごめんなさい」 淑子はただ、それだけを言うのがやっとだった。 反して、少年は闇色の眼差しを向けてリベリスタ達へと魔力の衝撃を与え返した。レンは響く痛みを何とか堪え、破滅を予告する道化のカードを作り出す。札を放ちながら、レンは果敢に呼び掛け続けた。 「考え直せ。大事な人が、好きだと言ったこの街に終りを告げることになるんだぞ」 「僕はそんなこと、させない」 レンが危惧する幸せの終わり。それに対して少年は短く答えた。 やはり一度は倒すしかないのだと唇を噛み締め、レンは更なる破滅の札を周囲に舞わせた。戦闘は長引き、徐々にリベリスタ達も押され始めている。前衛に立つ影時や淑子達は無論、九十九やレンも一度倒れかけ、意識を失いそうにもなった。しかし、運命をその手に引き寄せたリベリスタは立ち上がる。 淑子も懸命に破邪の力を振るい、仲間を支えた。 その間にも此方を魅了せんとする旋律が夜のしじまに響き渡り、フツ達を苦しめる。だが、フツは己の力で闇を振り払い、百闇の式符を打ち返した。 「つーかユーリ! 好きな女子がいるのに、他の女子を誘惑してんじゃねーよ!」 強く見据えたフツの眼差しに少年は複雑そうな視線を返し、首を振る。 勝つためには手段を選ばない。そんな感情が垣間見えた気がして、九十九は嘆息した。 「いやはや、浪漫の欠片も無い逢瀬で申し訳ないですのう。まあ私達も崩界を防ぐのに必死ですしな」 嗚呼、本当に唯々遣る瀬がない。そう感じながらも、九十九は攻撃の手を止めたりはしなかった。的確に敵の急所を狙い打ち、徐々に弱らせていく九十九は戦いを終わらせる為に動き続ける。 「僕は勝ち取る。詩織との時間を、終わらせたくない!」 叫ぶ少年が片腕を振り上げた先、ルアはとても悲しげな瞳を向けた。 「悲しませる事が分かっててそれでも一緒に居たいの? ……それは、ひとりよがりだよ」 ルアは刃を振るうが、少年も硬質化した腕でその身を穿つ。激しい衝撃はルアの身を弾き飛ばし、その身を傾がせた。立ち上がろうとしても既に一度、運命を消費した身。ルアは身体が動かぬ事に歯噛みしながら、その場に倒れた。 ひよりは回復が間に合わなかった事に悔しさを覚えるが、同時に感慨を抱く。 崩界は二人から選択肢を奪う。破綻は遠からずやってくる。それでも共に在りたいと願ったなら――。二人ぼっちの、より狭く閉じる世界にひよりは思いを馳せてみた。 「ああ、それはとても幸せね。でも、あなたは彼女が失っていくことを良しとできないでしょう」 幸せを守りたいと思うからこそ、彼の選択を尊重できない。 だから、せめて憤りの全てでぶつかってきて欲しいとひよりは願った。その思いに呼応するかのようにユーリは闇の視界でリベリスタ達を苦しめる。 消耗した仲間の代わりにフツが前に踏み出し、海依音も少年へと厳然たる意志を秘めた聖なる光を放つ。 眩い光にユーリが怯んだ隙、影時は素早く背後に回り込んだ。海依音が更なる攻撃の機を見出して魔力の矢を幾重にも打ち込む中、影時もまた気糸で少年を絡め取った。 呻いた少年はもう息も絶え絶え。 レンはこれが最後になると感じて前へと駆けた。そのとき、少年が弱々しく口を開く。 「教えてよ……。僕が恋をしたのは間違いだった? 彼女を好きになったのは、いけない事だった?」 リベリスタから明確な答えが返ってくるとは思ってはいないのだろうが、少年は問い掛けた。レンは瞳を僅かに滲ませ、首を左右に振る。 「悪くはない。誰も、お前も。だが――」 その先は紡がれる事はなく、レンは言の葉の代わりに止めとなる気糸を解き放った。 ●さよならの音色 少年が膝を突き、荒い息を吐く。 最早、彼に戦う力は残っていなかった。勝ったのはリベリスタ。後は勝者として命じるだけだ。 「貴方は力あるものに負けました、ワタシ達に従いなさい」 海依音はユーリの前に立ち、静かに告げる。覚悟を決めたらしき彼が顔をあげた先、刃を収めて歩み寄った淑子は、何よりも優先すべき事を口にした。 「元の世界へ帰って。それが私達の願いで、命令よ」 「……わかった」 予想していた命令にユーリが素直に頷く中、海依音はもうひとつの言葉を投げ掛ける。 「貴方の恋心を殺してしまいなさい。あの子のことを嫌いになりなさい」 「…………わかった」 僅かな躊躇の後、少年はしかと答えた。敗者は絶対服従という規律には従う他はない。ルアはそんな少年を見つめ、これで良かったのだと自分に言い聞かせた。優しさは今の彼には感傷でしかない。それゆえに少女に会うことも許さないと海依音が告げると、影時も頷く。 「詩織と最後に会いたいだろうけど、逢わない方がいいと思う。逢って、どうする?」 もし一緒に行くと言われても、彼は彼女を戦いの世界で守り抜くことは出来ないだろう。何故、少年以外の家族が死んでいるかという事実を見れば明らかなことだ。それは少年も分かっているらしく、彼はそのまま外のバグホールへと向かおうとした。 そのとき、ひよりは「待って」とその服の袖を引く。そして少女が願ったのは、ICレコーダーにユーリのピアノ演奏を残して貰うこと。同様に九十九も書置きを残して欲しいと少年に言う。 「お手紙と一緒に、ピアノの上に置いておくの。会えないお別れの、代わり」 「ただ居なくなっていたというのも、少し寂しいですしなあ。余計な未練を残したり、失恋の傷を与える結果にも繋がりますけど」 ひよりと九十九の言うことにも従った少年は、ペンを取った。 台に置かれていた古びた楽譜を手に取ったユーリは九十九の言葉を深く受け止め、考え込む。 「未練……。だったら、僕が書くべきことは――」 さらさらと何かを書いた後、少年は言われた通りに曲を演奏して、記録として残した。そうやって全ての事柄を終えさせたリベリスタは少女がこの場に現れない内に、と次元の穴へと向かう。 レンは最後に本当に言いたいことを少年に告げてゆく。 自分の中で大事なものは何か。お前がいなくなることで彼女の笑顔が曇ってしまうこともあるだろうけれどお前が彼女の笑顔を奪うことになるより、もう一度会える可能性に賭けて欲しい、と。 「奇跡は起きるんじゃない、お前に起こして欲しいんだ」 「それも、命令?」 「いいや。俺が戦闘に勝ったから言ってるんじゃない。この世界にそんなルールはないからな」 二人が生きている限り奇跡は起こせる。そう信じているから、必ずまた戻って来いとレンは言った。フツも同意し、この世界のフェイトを得て来いと語る。 「そうすりゃこの世界が崩界することもねえし、つまり、オレ達がお前さんと戦う理由はなくなる」 「でも……」 「フェイトの得方がわからん? アレだ、愛だよ」 想いを心の五線譜に書き込み、魂のピアノを奏でる。彼女へと繋がる愛の軌跡を描いてみろ、と強く告げたフツの様子に少年は幽かに笑んだ。 きっと、無理だ。そんな言葉は押し込め、ユーリは目を細めた。 そうして、影時も口を開く。 「つよくなったらまたおいでよ。それこそ少女一人守れるくらいにね」 そうして、彼女を連れ去りにまた来れば良い。僕達の命令で折れる恋なら終わってしまえ、と極論を口にした影時を見つめ、少年は肩を落とす。 「還れと言ったり、戻って来いと言ったり……貴方達の言う事は滅茶苦茶だね」 次元の穴を背にした少年は泣き笑いの表情を浮かべた。しかし、その言葉に嫌悪のような感情は籠っていない。少年はフツや影時達の優しさをちゃんと感じ、知っていた。 「また、逢おう」 「………」 影時が言葉をかけるが、少年は何も答えないまま薄く笑み――次元の向こう側へと消えて行った。 やがて、海依音の手によって次元の穴は破壊される。 「人の恋路の邪魔をするのはなんとやらと申しますが、気分のいいものじゃありませんね」 踵を返した海依音達はこの場に少女が現れる前に自分達も去ろうと決めた。帰ろう、とフツが仲間を促し、ルアとレンも遣る瀬無い思いを押し込める。 最後に、九十九は廃屋に置かれたピアノを見遣り、少年が記していた文面を思い出す。 『君の事が嫌いになりました。さようなら。』 それは、未練を残さぬようにと配慮された、本来の思いとは真逆の言葉だった。 楽譜の最後に記された手紙を読み、記録された曲を聴いた少女は何を思うだろうと、ひよりは考える。正反対の言の葉に隠された優しさを感じられるだろうか。 その答えを求めず、見届けることもしないまま、淑子は夜空を仰ぐ。 「わたしは、あの恋よりもこの世界の方が大切だった。けれど、決してこのことは忘れない心算よ」 赦されなくて良い。恨まれても良い。 世界を越えて芽生えた恋。とても甘やかで素敵な物語。それがただの物語でさえあれば良かったのに。 其々の胸に生まれた思いと夜の静寂を感じながら、リベリスタ達は夜の廃屋から遠ざかってゆく。 其処に残されたのはピアノと、彷徨う想い。 そして――五線譜に綴られた恋は今宵、静かに終わりを告げた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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