●演ずるものとして (……初めて撮影に臨んだのはいつだったかなぁ……。今じゃ『昭和の名俳優』なんて持て囃されてるアイツが、初めて出演したのと同じときだったかな。 主役なんかじゃなくって、ただの斬られ役だったっけ) 暗い倉庫の中、彼は昔を思い返していた。 人気がまったくない倉庫。周りには映画やドラマの撮影で使うであろう拳銃やら刀剣類やらが雑多に並んでいた。所謂、小道具の数々だ。 真っ暗な闇の中彼が出来ることと言ったら、昔を懐かしむことくらいだった。 (悪党もたくさん斬ったし、正義の味方に斬りかかった事もたくさんあったなぁ……。つっても全部お芝居の中だけど。 あぁ、俺も歳を取ったな……。せめてこの身体が壊れる前に、もう一度舞台に立ちたい……!) 光が差し込まない倉庫の中、彼は延々と想いを巡らせていた。 ●いざ、晴れの舞台へ ブリーフィングルームに呼び出されたリベリスタを迎えたのは、なにやら数冊の本に目を通していた『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)だった。読んでいた本を閉じ、一同に向き直る。 「……失礼しました。さっそくですが、次の任務について説明をします」 閉じられた本には『今から実践・名俳優への道』とあった。疑問符を浮かべる面々。 「先日、ある映画会社の小道具倉庫にある日本刀……もちろん模造刀ですが、それが革醒しました。 と言っても何かに害をなすというわけではなく、その倉庫内でおとなしくしているのですが」 「人畜無害なら可愛いものだね」 「ですが、やはりこれを放置するわけにも行きません。 どうやら当該エリューションは、最期にもう一度舞台に立ちたいと強く願っているようです。この願いを叶えてあげれば無に帰るとのことでした」 「見上げた役者魂ですね。でも小道具倉庫にあるなら、誰かが使うんじゃありませんか?」 確かに、あまり長く放置するわけにもいかないが、その意見ももっともだろう。 「ところが、当該エリューションはかなり以前に作られた小道具で、少々ガタがきているのです。通常のドラマや映画では扱われず、倉庫の中にずっと収められている状態です」 「なるほどなぁ……。で、俺たちは何をすればいいんだ?」 任務の内容がなかなか見えてこない。ここまで説明しておいて和泉もまさか、真っ二つにヘシ折ってこい、とは言わないだろう。 「撮影現場を一つ、アークの経費で貸し切りました。皆さんで撮影に臨んで下さい」 「……は?」 何故か笑顔の和泉。対照的に、一同はぽかんと口を開けたままだ。 「誰か一人が当該エリューションである模造刀を持って撮影に臨んで下されば、誰も傷つくことなく本件は解決できます」 「え……そ、そりゃそうかもしれないけど」 「皆さん、頑張ってください。公開する予定はありませんが、機会があれば上映会を催してもいいかもしれませんね」 そんなのごめんだ、とは言い出せず、任務は開始された。 ブリーフィングルームから出てくる面々の手には、和泉から貸し出された演技の指南書がしっかりと握られていた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:恵 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年04月25日(木)23:39 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●『江戸の町並み』 「いらっしゃいませ。あらお侍様、どうなさいました?」 『波金屋』と屋号を掲げた店に、一人の若侍が入る。古風な刀を佩いた侍だ。名を『流れ人』新城・拓真(BNE000644)と言う。更に拓真の傍らには、一人の美女が寄り添っていた。 「ここはなぁに? しんじょう」 「この店は鉄物を商いしているかと思うのだが、刀の手入れはできるだろうか?」 しかし拓真は、横の美女、『重金属姫』雲野 杏(BNE000582)の言葉に耳を貸さない。 「あ、刀のお手入れですか。刀でしたらお母さん……じゃなくて、女将を呼んできますね。女将さーん!」 女将の娘なのだろうか。店の奥へと消える女中。 「あら、お手入れをしてもらえるの? 嬉しいわ、しんじょう」 「……拙者は『しんじょう』ではない、『あらき』だ。それに町中ではあまり話しかけないでくれ、お主の姿は他の者には見えないのだ」 「あらき? 何言ってるのしんじょう」 小さな声で杏に言うが、彼女は全く気に留めていない。そう。彼女は拓真の手にする刀『雷雲丸』に宿る精霊なのだ。持ち主である拓真以外には、彼女の姿は見えず、声も聞こえない。 程なくして、先ほどの女中と、店の女将が顔を出す。 「まったく、お鶴は騒がしいのぅ。よくきたの、武士殿。刀の手入れがご希望との事じゃが?」 咥えた煙管を手に持ちかえ、鋼・節(BNE004459)が拓真に声をかけた。 「最近手入れが出来ておらぬのでな、一度しっかりと頼みたい」 節へ見せようと腰の雷雲丸を外したその時だった。 「やあ、波金屋の女将さん。この間の払いは今日のはずですけれど?」 身なりの良い男が声と共に来訪した。男の半歩後ろには目つきの鋭い男が控えている。 「……伊丹屋さん。申し訳ないが、支払いはもう少し待ってほしいのじゃ」 「困りましたねぇ。それにお店もガランとしてしまって」 「何言ってるんですか! 貴方達が柄の悪い人たちを使って、お店に嫌がらせをしてるくせにっ!」 伊丹屋の言葉に、お鶴が声を上げる。 「はぁ、ゴロツキ……物騒ですねぇ、ふふ」 伊丹屋はお鶴の言葉を意に介していない様子だったが、後ろに控えていた『下っ端リベリスタ』三下 次郎(BNE003585)は主への言葉を看過できなかった。 「おい! そこのおん……なっ」 だが、最初こそ荒げていた声は勢いを失い、ぽかんとお鶴の顔を見つめてしまう。そして 「そこの見目麗しいお嬢さん! オレの嫁さんになってくれないか!」 飛び出た言葉がこれである。呆気に取られる一同だが、見かねた拓真が一歩近づく。 「お主ら、不埒な行いはやめるのだ」 「なんだァ、てめぇ!」 愛の告白を邪魔され、次郎が拓真へとにじり寄る。しかし、それを主に制されてしまった。 「落ち着きなさい、三下君。そちらの若侍さん、お名前をお伺いしても良いですか?」 「……拓真。新城拓真と申す」 満足そうに目を細め、伊丹屋は店を後にする。 「拓真だな、その名前覚えたぜ! 不死身の三下たぁ、俺のことだ。忘れんじゃねぇぞ! あ、お鶴さ~ん、さっきの返事ずっと待ってるんでよろしくで~す」 お鶴へ満面の笑みを向け次郎も伊丹屋を追って店を出た。 「……良ければ、話を聞かせてはくれないか?」 「しんじょうって、お節介よね」 ●『波金屋と伊丹屋』 「恥ずかしながらお鶴の言う通り、最近柄の悪い輩が辺りをうろついておっての……」 店の奥へと通された拓真に、節は訥々と語り始めた。 店だけでなく客にまで嫌がらせが及び客足が途絶えたこと、借金の利息があまりに法外であったこと、返済ができない場合店の利権を渡さなくてはならないこと。 「なんだか大変そうよねー」 「……。では僅かな足しにしかならぬだろうが、拙者が客となろう。先ほど言ったとおり、この刀の手入れをお願いしたい」 「助かるのじゃ。お鶴、刀をお預かりして奥の部屋に持ってくるのじゃ。わしは先に準備をしておくのでな」 「はい。ではお預かりしますね、新城様。……先ほどはありがとうございました」 「いや、気にしないでくれ。女将もお鶴殿も無事で良かった」 はにかんだ笑みを浮かべるお鶴。だが雷雲丸に触れた瞬間、何か得体の知れない感覚が駆け巡り、びくっと手を離してしまう。 「どうした、お鶴殿?」 「あ、いえ何でもありません。お預かりしますね」 「んー。もしかしたら、この娘もアタシが感じられるのかも。じゃ行ってくるわ」 「お、おい杏、なんだそれは……!」 杏がお鶴にも見えるのならば、話は少々ややこしくなる。しかしそれを問いただそうと声を荒げてしまった為、お鶴から怪訝な視線を向けられてしまった。 「……新城様、『杏』って、誰ですか?」 「な、なんでもない、気にしないでくれ」 「……そうですか」 すっと雷雲丸を手に持ち、お鶴は部屋を出て行く。後に残された拓真の胸には嫌な予感が渦巻いていた。 ●『会談』 豪奢な屋敷の、薄暗い天井裏。その狭い空間に一つの小柄な影が身を潜め、ずらした天井板から様子を窺っていた。伊丹屋と、藩の重役である毒花姫が、部屋には居た。 「元気そうね、伊丹屋?」 「毒花姫様もお変わりの無いようで……さて、毒花姫様をこのような場末の店にお呼びした以上それ相応の手土産が必要でしょう」 すっ、と伊丹屋から差し出された箱は、黄金色の光が漏れていた。 「ふふふ。伊舟屋、お主もなかなかの悪よのぉ。それで、波金屋はどうなっているのかしら?」 「一人、新城拓真という若い侍が客としていましたが、奉公人にも暇をやって、今は母子二人のようで。三下君、いるかい?」 「へい、若旦那」 「ねぇ、三下君。一人娘しかいない、ですって」 ぴくっと次郎の肩が震える。 「まあ、そういう訳ですよ。宜しくお願いしますね」 「……へい、若旦那」 搾り出すような声で返事をし、ぴしゃりと襖は閉められる。 「何かあったら藩の力も貸して上げるわ、あははは」 「頼りにしていますよ、毒花姫様」 部屋に響く、二人の笑い声。 いつの間にか天井板は元に戻され、天井裏の小柄な影も消え去っていた。 ●『急転直下』 「これは……?」 お鶴の姿が見えないので、店内を探していた時だった。拓真の目に一つの簪が目に入る。 「武士殿、お鶴はおったかの?」 奥から女将も顔を出す。が、拓真の手にある簪を見て、はっと青ざめた。 「そ、それはお鶴の簪! ま、まさかお鶴の身に何か……!?」 「これは、伊丹屋の仕業か!」 「ぶ、武士殿! どうか、どうかお鶴を助けてほしいのじゃ!」 「勿論だ。しかし居場所が解らねばどうする事も出来ぬ。一体、どうすれば……!」 簪の他には何も落ちていない。伊丹屋へ押し入ったとしても、相手も馬鹿ではあるまい。人質を店に隠すようなことはしないはずだ。 「……お鶴さんの居場所、知ってるよ。潜入の手助けをする代わりに協力してくれないかな」 突然、拓真に声がかけられる。見れば、小柄な少女がそこに立っていた。 「ボクも伊丹屋さん達に用事があるんだ。どうかな?」 年端も行かぬ少女の申し出と考えれば、確かに怪しい点も多かった。しかし拓真には、少女の言葉を信じるしかない。 「己は、刀を振るう事しか出来ぬ。この技が、誰かの為になるというなら喜んで力を貸そう」 「ありがとう、そう言ってくれると思っていたよ。ボクは安寿。よろしくね」 ●『活劇の屋敷』 「では毒花姫様。牢に捕らえました娘の処遇はお任せしますので」 「ふふふ、ご苦労様、伊丹屋。あの娘がどんな風に鳴くのか楽しみだわ」 薄暗い部屋の中、伊丹屋と毒花姫が笑う。だがその密談は、突如として巻き起こった雷鳴に打ち切られる。 「な、何事だい?」 ばっと襖を開ける伊丹屋。見れば庭園に、一人の侍が刀を手に立っていた。 「此処に、探し人ありと馳せ参じた次第。隠し立てをするならば、容赦はせぬ」 「な、何だ、あの時の若侍か。たった一人で何が出来るというんだい!」 「あら、貴方が噂のお侍さん? まったく、怖いお侍さんねぇ。でも数には勝てなくってよ……者共、奴を串刺しにしなさい!」 毒花姫の号令に応え、多くの侍が屋敷の奥から飛び出してくる。拓真の手に持った刀が、蒼い雷光を纏った。 「さぁ、やっておしまい!」 主の命を受け、一斉に刀を構え拓真へと駆けてくる。しかし拓真の動きは素早いものだった。白銀の刃をやり過ごし、雷が侍達を貫く。 次々と倒れていく手勢に痺れを切らした毒花姫の手に、短筒が握られた。 「ふふ、いくら強いお侍さんでもこの短筒には勝てない筈、死ね!」 次々と襲い来る侍達の相手をしている拓真は、毒花姫に気付いてはいない。短筒の銃口が、ぴたりと拓真を捉える。 ――だぁん!! 大きな音に、座敷牢に囚われているお鶴はびくりと肩を震わせた。 「……お母さん……大丈夫かな。新城様も、何事もないといいけど……」 自分が捕まってしまって、さぞかし心配をかけてしまっているだろう。 その時、ギィと耳障りな音を上げ、座敷牢の戸が開かれる。思わず身を強張らせるお鶴。そのお鶴に、一人の人影がゆっくりと近づく……。 拓真に向けて放たれた銃弾は、しかしその身に突き刺さることはなかった。激しい火花が蒼に彩られた庭園に混じる。 「そ、そんな、わたしの短筒が外れるなんて……!」 「しんじょう、余所見してたら危ないわよ?」 どうやら杏が、雷を使い銃弾を逸らしたらしい。拓真にしか見えぬ美女が、手に雷を帯び、優雅に佇む。 「かたじけない……! しかし、さすがにこの人数は骨が折れる……」 拓真が、己を囲う包囲網を苦々しげに周囲を睨んだ、その時だった。 「拓真ァ! この程度で苦戦してんじゃねぇよ!!」 怒号が響き、包囲網を飛び越え次郎が拓真の横に降り立つ。その手には、お鶴が横抱きにされていた。 「じ、次郎!? それにお鶴殿! 無事だったか!」 「三下! 貴様、裏切る気か!」 「わりぃな、若旦那。オレにもオレなりの信念があるんでね!」 言うが早いか腰の刀を抜き、手近な侍の胴を薙ぐ次郎。華麗な拓真の太刀筋とは逆の、力強く激しい一撃だ。 「……まったく、馬鹿な男だ。助かる! お鶴殿、無事で良かった」 「あ、新城様。……私の為に危険な目に合わせてしまって……」 お鶴の目に涙が溜まる。安堵と、申し訳なさからくるものだ。 「お鶴殿が気に病むことではない。女将も待っている。拙者の傍を離れないでくれ!」 「はい!」 「拓真! お鶴さんを泣かせてんじゃねぇよ! ふん、やっぱ刃物はオレにあわねぇ。そろそろ拳を使わせてもらうぜ!」 刀を放り出し、握り固めた拳を飛び掛ってきた侍に叩き込む。後ろにいた侍を巻き込みながら、まるで冗談のように肢体が吹っ飛ぶ。 破竹の勢いで暴れ続ける二人に、鬼気迫る表情の毒花姫がカッと目を見開く。同時に袖から漆黒の鎖が飛び出した。 鎖は雷を弾き、寸分違わずお鶴へと駆ける。しかし、お鶴の身を庇うように人影が飛び出す。鎖は深く重く、その身に突き刺さった。 「次郎!!」 「ぐっ……! お鶴さんをしっかり守れよ!」 「馬鹿な、わたしの鎖を……!」 「へっ。漢はな、たとえ見向きされなくても、たとえ報われない恋だと判っていても、惚れた女の為に命を張ることくらい、訳ねぇんだよ!」 そこまで言い、血を吐く次郎。とてもじゃないが、無事ではない筈だ。 「三下様!」 「オレの心配なんかしてる場合じゃねぇ……だろ? お鶴さん、拓真の傍を離れちゃダメだぜ……」 駆け寄ってくるお鶴に、にやりと笑ってみせる。お鶴に心配させまいと。 「この、愚民の分際で生意気な!」 その時だった。屋敷の門を破り人がなだれ込んでくる。先頭にいるのは安寿だ。 「藩侯の御下命である。すでに証拠は押さえた。大人しくお縄につけ!」 引き連れているのは藩の捕り方だった。安寿の手には、何かの証文と思しき書類が握られている。 「伊丹屋、毒花姫。両名とも、不正な取引があったことはこの証文によって明白である。これ以上の抵抗は自らの首を絞めるだけと知れ」 観念したのか、糸の切れた人形のように膝をつく伊丹屋。だが 「くっ……!」 小さく唸り、毒花姫は屋敷の奥へと駆ける。 「拓真さん、毒花姫をお願いします! ボクは伊丹屋を」 「承知!」 鋭く応え、拓真は屋敷に駆け込む。次郎もまた、お鶴の肩を押した。 「ふ、不死身の三下がこの程度でくたばるはずねぇだろ? 行けよ、お鶴さん」 「……は、はい」 次郎の後押しを受け、拓真を追うお鶴。 「へへ……まったく、そんな役回りだぜ……」 次郎が、静かに瞼を閉じた。 ●『刀の精』 「待て! 大人しく縛につけ!」 奥まった部屋で、拓真はついに毒花姫に追いつく。もう逃げ場はない。 「黙れ愚民! 私が黙れと言うのだから黙りなさいな!」 放たれる銃弾。しかし拓真は小さい動作で弾丸をかわす。直後小さな雷鳴が轟き、毒花姫は崩れ落ちた。 「……ふぅ。これで万事解決、か」 「いいえ? さあ、止めを刺しちゃいましょ」 だが拓真にそんな気はない。 「何を言う。命まで奪う必要はない」 「まったく、甘いんだから。仕方ないわね」 ふわり、と杏が拓真の背後に回る。雷雲丸を持つ手に、杏の手が重なった。辺りの空気が冷たく、重いものへと変質していく。抗えないほどの強い力にじりじりと切っ先が毒花姫へと近づく。 「あ、遊びはやめろ、杏……!」 「遊びじゃないわ。本気よ」 ついに雷雲丸が振りかぶられ、そして刃が振り下ろされた――その時。 「だめです、新城様! ……杏さん!」 「!?」 お鶴の悲鳴が響く。虚を衝かれた杏を、拓真が振りほどく。刃は毒花姫の腕を薄皮一枚斬っただけだった。切っ先を濡らす、極々少量の血。 「ふふっ。あははは! 面白いわね、お嬢さん。アタシの事、やっぱり見えてたのね。 少しだけだったけど、やっぱり女の血は美味いわね! アタシは刀に封じられていた妖怪なのよ。これで力を少しだけ取り戻すことが出来たわ。 またね、あらき、楽しかったわよ」 高らかに笑い、呼び出した雷で屋根を突き破り、杏は空高く舞い上がった。 「ま、待て! 杏!」 笑い声を残し、雷雲丸を携えた杏は夜空の彼方へと消えた。 ●『流れ人』 「お鶴、無事で良かったのじゃ!」 「お母さん、心配かけてごめんなさい……」 安寿の連れてきた役人に手当てをした毒花姫を引き渡し、三人は無事に波金屋へと戻ってきた。 「ボクは、藩主お抱えの忍なんだ。お陰で藩の膿を取り除けたよ。それにしてもいい腕だね。仕官するつもりはない?」 「……拙者は流れの身。一つの場所に留まる事は出来ませぬ」 申し訳なさそうな拓真だが、安寿はくすりと笑う。 「多分そう言うだろうと思ってたよ。じゃぁ、達者でね」 淡い笑みと共に、安寿は背を向ける。 「武士殿、本当に、なんとお礼を言って良いのやら……」 「気にしないでくれ。それよりも気がかりなのは、雷雲丸のことだが……」 節は不思議そうにしているだけだったが、拓真の言葉に、お鶴も頷く。 「愛刀に罪を重ねさせるわけにはいかぬ。然らば、ごめん……!」 「新城様、どうか、ご無事で……!」 朝日が昇る道を、新城は一人で歩き始める。腰に佩くのは、亡き友、次郎の刀。愛刀・雷雲丸を探す道のりは始まったばかりだ。 ●クランクアップ 「お疲れ様でした!」 最後のシーンを撮り終えたと同時に、皆の歓声が上がる。 「いやぁ、慣れない事だったけど、意外と楽しかったねぇ」 「ふふふ、たまには悪役も良いものですね」 伊丹屋を演じた『永遠の旅人』イシュフェーン・ハーウィン(BNE004392)と、同じく毒花姫を演じた『ヴァイオレット・クラウン』烏頭森・ハガル・エーデルワイス(BNE002939)の悪役コンビが楽しそうに笑う。 「でも沙希さんはさすがだね」 「アンジェリカさんも、とても良かったですよ」 安寿とお鶴――『愛を求める少女』アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)と『氷の仮面』青島 沙希(BNE004419)も、お互いの健闘を讃え合った。 「さて、わしらの劇はどうたったかの?」 節が拓真の手にある刀に問いかける。 『いやぁ、面白い舞台だったよ! それにお嬢ちゃん、出番のない時に裏方に回るなんて、偉いじゃないか』 節は役柄上、殺陣の場面には登場しない。それ故、裏方の仕事を手伝っていたのだ。 『本当に楽しかったよ。なんだか、このまま眠れそうな気がする。俺ももう長くはない身体だし、いい思い出が作れたよ』 「ん? 何言ってるの」 眠そうな声をあげる刀に、杏が言う。 「あんな終わり方じゃ、続きの話があるに決まってるじゃない。まだまだ引退なんてさせらんないわよ? といっても撮影所には置けないわよね、アタシのとこに来るといいわ」 一瞬ぽかんとする一同。だから、刀の精たる杏は、あんな終わり方を望んだのか。 『ははは! こりゃ一本取られたよ! そうだな。お嬢ちゃんさえ良ければ、厄介になろうかな。皆、ありがとう、お疲れ様……!』 徐々に声がフェードアウトしていき、もうこれ以上刀が意思を持つ事はなかった。 「ありがとうございました。……さよならは言いません」 沙希が大先輩に、深く礼をする。 「お疲れ様、お休みなさい」 アンジェリカもまた、刀のこれまでの奮闘を垣間見、一滴の涙を落とす。そして、彼が安心して眠れるよう、清らかな歌声を風に乗せた。鎮魂の歌声と共に、刀は安らかに眠った。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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