●白鶴 映写機が輪転する。 スクリーンに映る映像は古めかしいカラーフィルムで、ざらりとした粒子感に味わいがある。 3、2、1――。 一対七。 中華風の酒場にて、黒い拳法着の集団に包囲されているのは、白鶴の仮面の少女であった。 仮面の少女は悠然と包拳礼を捧げ、両手を胸の前で開いてゆるやかに柔らかく構える。 白鶴拳。 鶴の形意を元に女性によって編み出された拳法であり、太極拳にも似た柔拳系なれど、その緻密にして苛烈な戦いぶりで知られている。短橋狭馬。腕は伸ばしきらず鋭い突きを主体とし、歩幅を狭くとって立つ短拳の流派でもある。リーチの短い分、遠い間合いを得意とする長打より、短打の白鶴拳は挙動が小さく鋭利である。 クォォォという鶴の鳴き声のような独特の呼吸法で気功を練り上げ、少女は佇む。 キェイと奇声をあげ、一斉に黒衣の集団が仕掛けた。 集団は前方二名の前蹴りを基点に、背後や側面より打撃を狙ってきた。動じず、少女は細やかに裁く。二つの前蹴りのうち、左方を避けつつ右方を肘打ちで裁く。敵の軸足を踏み、力の逃げ場がない状態を作りつつ、体重を乗せて発勁を決めたのだ。 「くっ」 よろめいた右方の黒着が地に足をつくと、ボロ椅子の脚が壊れるように男は崩れ落ちてしまった。 痛々しい悲鳴が響く。 発勁とは、運動量の伝達技法だ。勁とは、運動量のことを示す。重心移動、体裁き、呼吸法によって、手や足といった一箇所の筋力ではなく、身体全体の運動エネルギーをスムーズに最小限のロスで伝達させるのだ。腰が入る、という表現もある。小手先ではなく、全身のバネに活かして最大限に威力を伸ばす技法は、大なり小なり誰でもやっている。 十全な発勁は、最小の所作であっても全重に等しい衝撃を発生させ、無駄なく浸透させるのだ。 「一(イー)」 少女は小さくバックステップを刻み、後方に飛び退いて黒着の包囲網を抜ける。 ここからは電光石火の戦いであった。 追撃してきた二名の拳撃を裁いて、少女は敵の懐にするりと踏み入る。その所作は流れる水の如く優雅だ。さらに一歩を踏み込み、その勢いを乗せて左右同時に首元へ鋭い一突きをねじ込んだ。発勁。食鶴の嘴がずぶりと肉沼に沈み、頚椎を抜き去った。 「クォォォ……。二(アル)、三(サン)」 少女への戦慄ゆえか、雄たけびをあげて男が掴みかかってくる。血塗れた骨を顔へ投げつけ、ひるんだ一瞬のうちに、ふわりと舞うようにショートレンジに詰める。そして臓腑を爆ぜんと掌底をぴたりと胴に宛がい、着地と共に震脚した。木床がへこむ。男は吐血した。目立った外傷こそないが、内部に浸透した衝撃は頑強な皮膚や筋肉を素通りして内臓を破裂させていた。 「四(スゥ)」 四方より、一斉の殴打が迫る。巧みにかわして前方の敵の顎を掌底で打ち上げる。骨のひとかけらも砕くことなく、脳髄を衝撃で揺さぶり、昏倒させる。するりと男の裏にまわって追撃を防ぎ、突き飛ばして防壁にする。 「五(ウー)」 ものの数十秒にして、残るは二人。 恐怖におののき、一名が背を見せて逃走を計る。少女は長机を蹴飛ばして扉を塞ぎ、さも行きがけの駄賃とばかりにもうひとりを掌底で昏倒させた。 「六(リュウ)」 跪き、男は床に頭を擦りつけ必死に命乞いをした。 少女は、脚を天井へ届かんばかりに掲げた。断頭台の刃の如く。 「七(チー)」 ● 作戦指令本部、第三会議室。 『悪狐』九品寺 佐幽 (nBNE000247) はのんびりと飲茶を愉しんでいる。 今しがた上映されていた血生臭い映像を肴に、よくも桃まんを食んでいられるものだ。そうして飲食する合間にも、手錠の擦れ合う音を絶えず響かせている。 「アザーバイド『クレイン』の送還、もしくは撃滅。それが今回の依頼です」 貴方たちは手渡された資料に目を通しつつ、佐幽の話に耳を傾ける。 「クレインの在るべき世界をイメージするには、ぜひ香港映画をご覧ください。拳法の上位世界『武竜三界』には、卓越した武術の使い手が数多く存在するようです。 特筆すべきことに『武竜三界』のアザーバイドの一部は、己の支配する隔離空間を作り出すことができ、多くは“拳法に反する攻撃”を無力化することができます。 ――マグメイガスやスターサジタリーの皆さん、まだ生きててもいいですよ」 要するに、だ。 この依頼、とにかく「カンフーっぽさ」が大事らしい。 「クレインは今現在、ストリートファイトで倒したフィクサードを捕まえて門弟にすることで、とある拳法道場の跡地に小勢力を築いているそうです。目的は不明瞭ですが、アザーバイドの勢力拡大を見過ごす訳にもいかない。そこで皆さんの出番だそうです。 が、多勢に無勢、二十数名の門弟とクレイン双方を正面きって倒すのは下の下です、そこで」 差し出されるのは“果たし状”。 「試合で白黒つけてみては?」 ●7対7 1/2 白鶴堂、稽古場。 門弟である二十数名の覚醒者は一同に集い、緊張の面持ちで首魁を見守っている。 「七対七、か」 白鶴面の少女クレインは文を丁重に畳み、一考する。 二日後、七対七の格闘試合をアークが申し込んできたのだ。大胆不敵この上ない。 「――良い機会だな」 白鶴はフッと仮面の下で一笑した。 「ホアッタァ! ホアチョー」 「カンフーなーう!」 「……うるさい」 双子の青猫アオンと藍猫アイン、陰鬱なる紫猫シエン。ビスハ猫の三姉妹は各人のパーソナルカラーに合わせた拳法着で演舞を披露している。なぜ、この三姉妹が道場にいるのか。 それは語れば長い話である――。 「ラーメンごちデース!」 「食い逃げなーう」 「……にぼししょうゆ味」 と、屋台のおじさんから逃走中の泥棒ネコたちの目前に立ち塞がったのがクレインだ。 「斬られたくなきゃソコノケ!」 「撃つべし撃つべし!」 双剣と双銃を手に牙を剥くアオンとアイン。哀れ、ものの数秒でばったんきゅーである。その隙に逃げ遂せてようとしていたシエンさえ白鶴に捕まってしまった。 「……どうする、つもり?」 「――鍛えてやる」 白鶴は屋台の店主にシエンの財布を投げて渡すと、三匹の尻尾を引きずり連れ去っていった――。 紆余曲折、そんなこんなでイマイチな泥棒猫三姉妹も今や道場のナンバー5、6、7である。 「師匠は良い人だけどキビし~にゃー」 「おかげでレベルアップなーう!」 「……修行うんざり」 ●7対7 2/2 「遅くなってすみません、会議が長引きまして」 夕刻、道場に遅れて尋ねてきたのはどこにでもいるサラリーマン風の中年男性だった。 “石くれ”石田 準一。道場のナンバー2だ。 やたらに低姿勢で、ぺこぺこと他の門下生に頭を下げながらいそいそと入ってくる。 「血の匂いが残ってるぞ、石田」 身長二メートル前後の大男は、熱した石粒の中に手刀を突き入れながら言葉する。 “山斬り”桐山 四郎。序列は四番手だ。 幻視を用いているものの、熊の因子を孕んだ凶暴な原型は見るものが見れば歴然としている。 「そうですか? 仕事柄、匂いには気をつけているのですが」 「俺は鼻が利くんだ。気をつけな」 そこへどたどたとやってきたのは、山ほど買い物袋に食材を詰め込んだ少年だ。 「みなさん! 買出しおわりましたよ! ブイッ!」 “川流れ”川瀬 らっこ。三番手。 エプロンのやたらに似合う少年だ。なぜか女子力が高い。 『うおぉぉぉっ!』 と轟音をあげて道場は盛り上がる――。 夜の縁側。 クレインはひとり、月夜を見上げている。 そこに熱燗を盆に乗せた川瀬がやってきて、遠慮なくそばに座った。 「……なんだ」 「用がなければ、隣に座っちゃいけませんか?」 「……好きにしろ」 時はたゆたい、夜空は凪いでいた。 仮面の底で、少女は何を闇宿す。 ●資料 以下は、敵チームの情報である。不明瞭な点が多いため、留意されたし。 また敵チームの順番は未来予測によって確定している。 ・【先鋒】“川流れ”川瀬 らっこ ・【次鋒】“藍猫”アイン ・【五将】“青猫”アオン ・【中堅】“山斬り”桐山 四郎 ・【三将】“石くれ”石田 準一 ・【副将】“紫猫”シエン ・【大将】“白鶴”クレイン ・【先鋒】“川流れ”川瀬 らっこ ジーニアスの少年。ナイトクリーク。実力は高い。 流水のような掴みどころのない動き。状態異常を狙ってくる。 ・【次鋒】“藍猫”アイン ・【五将】“青猫”アオン ・【副将】“紫猫”シエン 三姉妹。実力は不明瞭だが、以前よりパワーアップしているらしい。狙い目。 アオンとアインは機動力、シエンは破壊力と防御重視。 アインはトンファー、アオンはクロー、シエンは鎖鉄球を使ってくる模様。 ・【中堅】“山斬り”桐山 四郎 ビーストハーフ:熊の大男。覇界闘士。実力は高い。 強烈なパワーだけではなく、独自の手刀技をダイナミックに繰り出す。 ・【三将】“石くれ”石田 準一 ジーニアスの中年。サラリーマン風の怖い人。覇界闘士。実力はクレインに次いで高い。 戦い方はクレインと同一の白鶴拳。アザーバイドでない分、かなり見劣る。 ・【大将】“白鶴”クレイン 『武竜三界』のアザーバイド。強さは折り紙つき。単独での撃滅はかなり難しい。 ただしルール上は「場外」で勝てるため、工夫次第では試合に勝つことはできなくもない。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:カモメのジョナサン | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年04月22日(月)23:02 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●第一試合 ~流水と鉄壁~ 「砕いて見せて下さい」 双盾。 「ねじ伏せて見せて下さい」 鉄城。 「この絶対鉄壁を!」 『絶対鉄壁のヘクス』ヘクス・ピヨン(BNE002689)は歩く城塞と評すべき少女だ。 可憐な装いに反して、重厚な双盾がヘクスの堅牢さを物語る。 道場の試合場。両端には双陣営が控えている。首魁たる少女クレインは黙して悠然と座している。 そして審判役は――。 『灼熱ビーチサイドバニーマニア』如月・達哉(BNE001662)、その人だ。 「本当に僕が審判役でいいのか?」 「土産の桃饅頭、しかと馳走になった。故郷を思い出す、懐かしい味だった。礼儀を知る者であれば公正に判断を下せるはずだ。違うか?」 「……これは責任重大、だな」 ネクタイを正すと、達哉は主審として舞台に立つ。 「どうも、さっきはごちそーさま」 青いサテンの拳法着の美少“川流れ”川瀬 らっこは明るく可憐に笑ってみせた。 「さて、と。あなたは桃まんほど甘ふわカナ?」 「かじってみたらわかりますよ」 対峙する両者。 「はじめ!」 即座に先制する川瀬。唇と唇が触れそうなほど一瞬で切迫する。メルティーキス。盾の合間を縫い、死の刻印を手刀で刻みつける。直撃だ。 が、不沈艦は沈まない。遅れてヘクスは完全鉄壁の構えをとる。木漏れ日のような淡い緑光が湧き上がる。その光輝は刃の鎧も同然だ。さらにヘクスの超再生が向上、すぐに傷口は癒えてゆく。筈だった。 「これは……」 腹部の傷口が、紫に黒ずみじわりと痛む。猛毒と致命。そう、浴びたのは毒手だ。 「すみませんね。ボクは砕いたり、ねじ伏せたりするのは苦手なんで」 湧き出でる影。川瀬は恐怖すべき意志ある影を纏い、次の一手を仕掛けようとする。 「これで勝ったつもりですか?」 黒ずみが自然消滅する。へクスの強い意志の力と超再生は猛毒さえも克服した。 全力防御。今度は巧みに盾で弾いてみせた。 「どうしました? へクスは防御してるので好きなだけ殴って良いですよ」 爛々と輝く眼鏡。 「よかったですね、可愛い顔に傷もつきません。傷つくプライドも無いんでしょう? 守るだけの相手に手も足も出ず、判定勝ちを狙うしかなくても平気ですよね?」 挑発に、しかし川瀬は朗らかに微笑み返した。 「すごい防御ですね。いやぁ、ボクも見習いたいなぁ」 集中。 「けど、僕らが鍛錬してるのは何も力と技だけではないんです」 集中。 「日頃より磨いてますよ、心もね」 集中。 約一分間、両者は一歩も動かなかった。 へクスは不覚を悟った。完全防御の構えは「攻撃してもらえる」ことが前提だ。攻める手段もつもりもない以上、集中の累積を止める手がない。 集中開放。 極限の一撃が、ヘクスの胴体を貫いた。 双盾を構えて試みた防御は、影によるフェイントに空回り、完全に毒手は決まっていた。 決定打を受けてもなお、ヘクスは倒れない。が、起死回生の一手もない。集中を重ねた一撃必殺“であるはずの”の毒手は、幾度となく繰り出された。反射で受けた川瀬の傷さえ、メルティーキスの微弱な回復に相殺される。 勝敗は決した。 争点は、もはやヘクスが最後まで立っていられるか、だ。 「そこまでだ!」 やがて試合終了を審判の達哉が告げる。 「勝者、川瀬らっこ!」 勝利者たる川瀬は、しかし驚愕していた。 敗北者たるへクスは、しかし微笑していた。 ――絶対鉄壁の名に偽りなし。 ●第二試合 ~藍猫と魔拳~ 「トンファービーム!」 藍猫アインの第一手は旋棍から射出された気糸による先制の不意打ちであった。戦術論者プロアデプトと同系統の、撃ち貫く気糸裁き。 が、気糸は紙一重で外れる。 「なっ!」 蔵守 さざみ(BNE004240)は内気功を練る仕草で魔陣展開、淡く立ち昇る燐光を纏った。 「それは予測済みよ」 ステップを刻み、手甲による拳打を叩き込む。が、旋棍に阻まれる。 「にゃはっ! 軽い軽いちっとも威力が――」 「魔曲・四重奏《カルテット》」 炸裂する魔光四連撃。毒、血、縛、凶。四つの呪詛を秘めた魔術によるラッシュが決まった。 「え、ちょ、ま!」 反撃もできない。アインの両腕は呪詛による魔法文字の戒めに封じられていた。 さざみは緩急自在の鋭くもゆるやかな動きで残像を生み、翻弄しつつ、至近距離をキープする。 アインは防戦一方だ。さざみの猛攻がつづき、アインは直撃を避けるので精一杯になる。ようやく呪詛から自然回復した頃には毒と流血もあって朦朧としている。 「ここから反撃なう!」 電光石火。旋棍が閃く。さざみの上段ガード。 「トンファーキック!」 強烈な蹴撃を胴に貰い、大きく弾き飛ばされる。コンセントブレイクだ。 「くっ」 大きな隙を晒した刹那、追撃が迫る。手甲で打撃を裁こうとさざみは構えるが、瞬時にアインは右の旋棍を鎌の如く用い、引き倒して姿勢を崩させ、左トンファーで強打する。 連撃。左の追撃をかわして後方へスウェーした刹那、ブーメランの如く投擲された右旋棍を胸に食らい、さざみは一時呼吸困難に陥る。 「けほっ、けふ」 反撃に転ず。しかし拳撃による魔曲・四重奏をアインは次々と弾き返す。 ――威力が激減している。魔陣展開が打ち消されていることをさざみは悟り、焦った。 藍猫猛攻。 立て直しの間を与えぬ怒涛のラッシュ。不意の連撃に応じられず、大きく姿勢を崩す。 「ッ!」 不意を突かねばペースを奪い返せない。マグスメッシス。死神の鎌を手にするや否や巧みに棒術を披露、左腕を切り裂く。血飛沫。いや、浅い。魔力の減退が大きすぎた。 「グッドラック!」 左の旋棍を防いだ瞬間、飛散する血がさざみの視界を奪った。 右の旋棍が臓腑を抉る。意識が消し飛ぶ。 決着だ。 「勝者、アイン!」 達哉はあくまで審判に徹していたが、試合後は別だ。 「クレイン、双方の手当てをさせてくれないか?」 「好きにしろ」 一礼した達哉はさざみを手当てしようとするが、本人に制止された。 「思う存分やり合えた、この痛みはその証」 そう、清々しく。 「ねえ!」 アインが丁寧に包拳礼を示す。 「またやろーね!」 ●第三試合 ~青猫と銀腕~ 火花散る。 試合は中盤、互角。 『銀の腕』一条 佐里(BNE004113)は眼鏡越しに鋭い眼光で青猫アオンを威嚇する。 「ずいぶん怖い顔するにゃあ」 「人を食らう化け猫が相手ですから」 「あ、ソレ信じるんだ?」 「ウソである確率は限りなく低いはずです」 「ご明察~、人を消すには一番だよ、食べてしまえば遺体が出ない」 鈍く輝く、鉄爪。 「はじめて食べたのは、父親だよ」 衝撃の告白に、場が凍りつく。 「リベリスタでね、世間じゃ聖人扱い、ロクに家に帰ってもこないで仕事にかまけて母親に愛想つかされて、世界を守るためには仕方ないんだ、つってた。ある時、妹のシエンがノーフェイスとして革醒してね、あたし達はそれを隠してた。 シエンの誕生日、プレゼント片手に帰ってきたパパは秘密を知っちゃってさ。 で、――仕方ない、て」 嬉々として語る。 「願ったよ、この神に魂を売った聖人の臓物をバラせる力を、と。そしたら運命つきで革醒できてさ、パパは大喜び。挙句、命じるんだ。『これは神のくれた試練、シエンを愛する者の手で葬ってやりなさい。人間として死ねるうちに』――にゃはっ」 舌なめずる。 「だったら人外でいいや」 熾烈に激突する。 「にゃはっ! 怒ってる?」 「あの時とは、違いますっ!」 脚払いを決め、バランスを崩す。 「刻印します!」 魔力剣・閃赤敷設刻印が紅の三日月を描く。鮮やかな軌跡が、混乱の呪詛を刻む。 我を失ったアオン。 “近くの”相手である達哉を切りつけようとして回避されるや否や、今度はベンチへと挑みかかってゆき――。 「場外! 勝者、一条 佐里!」 「……にゃ?」 ハッとアオンが我に返った時、そこは完全に舞台の外であった。 「なっ! ずるい! まだ決着が……!」 「そうですね、これで全ての決着がついたとは、私も思いません」 一条 佐里は凛と佇む。 「だから」 堂々と、私は人間だと物語るために。 「次は、戦場で会いましょう」 ●第四試合 ~泰山と悪童~ 『ヤクザの用心棒』藤倉 隆明(BNE003933)と“山斬り”桐山 四郎の戦いは熾烈だった。 互いに直球勝負だ。 超幻視を解除した桐山はまさしく化け熊、泰山の如く巨大。それでいて素早いが為に凶悪だ。 蒼穹の拳が、胴を抉る。 しかし絶妙に衝撃を逃がしている上、金剛陣で硬質化した巨躯はその威力を大きく削ぎ落とす。否、通じてはいる。この拳の重さは本物だ。最上の一撃、それで勝負は決する。 「ぬんっ!」 四本貫手、地獄突き。隆明は回避し損ね、肩口を切り裂かれる。否、狙い通りだ。超直観を働かせ、細かく動作の機微を先読み、回避力を補い直撃だけはうまく避けている。 「貴様、ただのチンピラかと思えば存外やるな」 「よく言うぜ、はじめっから油断ひとつ見せないクセによ」 「オレは鼻が利くんだ。気をつけな」 「ご忠告ありがとよ森の熊さん」 拳打と貫手の応酬。 紙一重だ。互いに消耗が激しくなってきた。一発の直撃が、勝負を決するだろう。 間合いが離れる。 一拍、緊張の沈黙。そして猛然と桐山が動いた。速い。好機は今しかない! 「ソオラァ!」 スラックスに隠していた砂利をぶちまけ、目潰しを浴びせる。決まった。横にステップを刻んで回避体制に入りつつ、レバーを狙って右腕を引く。 今だ。 全力で、ド直球の鉄拳を炸裂させ――。 臓腑を抉る、貫手。マスクの中に血反吐が溢れる。なにが起きたのか。 『オレは鼻が利くんだ。気をつけな』 嗅覚だ。超反射神経と優れた嗅覚によって潰された視界を補ったのだ。 意識が、遠のく。 「舐めんじゃねぇぞクソダボが! タイマンは負けるわけにゃいかねぇ、意地があんだよなぁ!」 乾坤一擲。 零距離で、今度こそ鳩尾を撃ち貫いた。双方、共に倒れ伏す。 達哉は、どちらも立ち上がれぬさまを見届け、審判を下す。 「この勝負、引き分けとする!」 ●第五試合 ~虎鶴と仮面~ 大誤算が生じた。 『あるかも知れなかった可能性』エルヴィン・シュレディンガー(BNE003922)の第一手は、集中。次いで魔力銃によって不吉と不運の呪詛を狙うこと。 ガンパウダーが舞う。 「ッ!?」 しかし銃弾は幻のごとく立ち消えてしまった。ここがクレインの特殊空間だと失念していたのだ。驚愕するエルヴィンの表情を隠す仮面を、石田の鋭い短打が破壊する。右半分が大きく欠けてしまった。 石田の白鶴拳が冴え閃く。彼の実力は第二位。虎鶴双拳ともいわれる白鶴拳は、鶴の秀麗さと虎の獰猛さを併せ持つ。怒涛の攻めがエルヴィンを速やかな敗北に誘う。 形勢逆転を計るメガクラッシュも場外狙いが見え透いているために決めきれない。 食鶴の掌底が、顎を打つ。衝撃がロスひとつなく脳髄に至り、エルヴィンの意識を漂白した。 「勝者、石田 準一!」 エルヴィンが目覚めた時には、すでに決着はついていた。これは試合、実戦ではない。だからこそのシビアさ、ルールに対する不理解の招いた自滅。これが四敗目という事実が重く圧し掛かる。 立てない。 「おなか減ってるの?」 『まだ本気を出す時じゃない』春津見・小梢(BNE000805)がひょいとエルヴィンを引きあげる。 「……すまない」 「うん、じゃあ罰として馬鈴薯の皮むきね」 「は?」 「ひっくり返した寸胴のカレーは、もう食べられないんだよ」 「いや、だから」 「そういう時は、落ち込んでないで作り直さなきゃ美味しいカレーは食べられないよ?」 「……覆水盆に返らず、と言いたいのか?」 にこっと微笑み、春津見はちらりと達哉に目配せする。 「そうだな、腹が減っては戦もできぬ。昼飯でも作るか」 ●昼食 「僕は天才だ。なに気にするな、ここまでは計算通りだ」 『ジーニアス』神葬 陸駆(BNE004022)は縁側であんかけ五目炒飯(日の丸旗つき)をもぐもぐしつつキリッとする。 「おべんともーらい」 ほっぺの米粒を横取る春津見にりっくんレーザー(眼つけ)。 「どうしたエルヴィン? 藤倉? 貴様らなぜ食わん」 「そりゃお前」 「……仮面だからだ」 納得である。 急にはじまった昼食会は、道場側にしてみれば戦勝祝い同然だ。厨房では、達哉が川瀬と意気投合しつつ料理の腕を競っているらしい。 なお、春津見のみカレー五目炒飯である。 「で、この先どーするの天才さん?」 「駄フォックスが“大将に勝てばチャラ”という約束を取りつけてる以上、まだ希望はある。相手するのは僕だ。つまり勝つ。よしんば負けたとしても」 「しても?」 「クレインはいずれ死ぬ」 「え?」 「試合中、僕はずっとヤツを観察してた。藤倉、お前はなにか気づいたか?」 「ん、ああ、わざわざボトムで弟子とって何がしたいのか、そこがわっかんなくてなぁ」 ふんすと鼻を鳴らして陸駆は腕組し、 「凡才にしては上出来だな」 と偉ぶった。 「仮面で隠しているが、呼吸に違和感があった。AF通信で胸毛狐を問い質したら白状した。近いうち勝手に病没するそうだ。弟子を育てる理由は明白だな。自分の拳法を誰かに遺しておきたいのだろう。 この依頼の真意は、つまるところ後に残る道場を新たなフィクサード組織としないため、楔を打つことだ。あわよくば懐柔し、戦わずしてアークに引き込もうというのが駄狐の意図だ。柔よく剛を制す。 ――本当に恐ろしいのはアイツだ」 熱々の五目炒飯を振舞い、達哉はすっかり道場側に馴染んでいる。 「ふー、ふー」 猫舌のちびっこ、紫猫シエンが懸命に冷ましていると達哉はうちわで扇いだ。 「どうぞ」 「……ありがとう」 佐里のスプーンが止まる。 「……天然だとしたら、かえって恐ろしいですね」 「戦わずして勝つ。それが最上の護身術、か」 緑豆を皿の隅に押しのけて。 「しかし剛よく柔を断つ。そして試合に勝って勝負に勝つ。僕は天才だからな」 ●最終試合 ~白鶴と天才~ クレインの熾烈な猛攻に、陸駆はひたすら防戦一方であった。 『お子様と見くびると大やけどをするぞ、僕は天才だからな』 大言に偽りなし。陸駆は端に後退しつつ巧みにクレインの鋭い打撃を防いでいく。 「ここだ!」 反撃に転ずる。絶対零度の眼光が、氷河の底に閉ざされたようにクレインを縛す。 「りっくんファントム!」 高速の拳が、不可視の刃を生む。四方八方、縦横無尽。半ば金縛り同然のクレインは防ぐこともままならず、華奢な少女が血の華を咲き乱れさせる。 「僕は闘将だ、貴様の相手にふさわしいだろう」 優勢だ。陸駆のラッシュがはじまり一転してクレインが防戦に徹したまま、時が経つ。 (まさか、見抜かれているのか!?) 陸駆の手が止まってしまった。傷だらけのクレインは、まだ余裕がある。呼吸には依然として違和があり、そうスタミナがある筈もない。が、だ。 クレインは過去一度も技らしい技を披露していない。その理由が、今ようやく分かった。 クレインのクォォォという鶴鳴、独特の呼吸法、それは覇界闘士のスキル“森羅行”に近い、錬気による回復だったのだ。無闇に大技を使わなければ、その分をすべて回復にまわせる。 一方、強力な技を連発した陸駆は開始三分もせずして消耗させられていた。 「貴様、やはり僕と等しく天才だな」 「忠告を素直に実行しただけだ」 しかし陸駆は早めに気づき、勝利に必要な一策を実行する余力を残した。いざとなれば吸血だ。 「お遊びはここまでにするか……、確かに貴様は強い」 丹田で気を練る。昇り立つ闘気。 「だが僕には天才という才が備わっているのだ」 「――なら、試してやる」 応じる鶴鳴呼吸。 次の一合で、勝負は決することだろう。審判役の達哉が、息を呑む。 緊張の沈黙。 陸駆は一気に迫る。そして“砂利”を蹴った。藤倉の砂利が、まだ少々残っていた。仮面のクレインに目潰しは通じない。しかし、その砂煙を見事にクレインの呼吸の合間に蹴り放ったのだ。 「く、かふっ」 そしてスライディングで真下を潜り、背後を――。 「させるか!」 陸駆の伊達メガネを踏み割る、震脚。脳天が消し飛びそうな衝撃。狙うは場外。真裏を奪って弾き飛ばす一策は、完全に潰えた。 このまま敗北するのか。 (否、天才とは、最後まであきらめないから天才なのだ!) 思考の奔流を、闘気を、爆裂させる。 真下より真上へ。 間欠泉の昇るが如く、道場の天井を貫く。 「名づけて、りっくんゲイザー」 誰もが唖然とする中、達哉は最後の審判を下す。 「場外! 勝者、神葬 陸駆!!」 ●番外試合 ~紫猫と華麗~ 「菜花少林拳、華麗の型」 「白鶴拳、綱真黒の型」 カレー皿と猫缶を手に、春津見と紫猫は誰もいない道場でじゃれついている。 「いやー試合なかったね」 「ね」 「対決する?」 「……ロスタイム」 「だよねー」 「バニーガール対決で」 舞台暗転。 「ちゃ~ちゃちゃっ! ぷゎ~んぷゎ~んぷゎ~ん」 「……審判、バニー大好き如月さん」 「は?」 なぜか椅子に縛られた達哉、頭上には不吉な金だらいonカレー。 「さぁ」 片や、おとぼけフェイスに豊満なふとももが網タイツに映える春津見バニー。 片や、ミステリダウナーでつるぺたすぎて犯罪フレーバー漂うシエンバニー。 『どっち?』 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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