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暗闇

●暗い所に鬼が出る
 男は掘っていた。
 大切な物を隠したかったから。
 周りの誰も信用できなかったから。

 隠したかった。隠したかった。
 誰にも見えない場所に。誰にも届かない場所に。

 誰も信用できなかった。
 隠そうとする男の背後に忍び寄り、大切な物を奪う気がした。
 見えない様に、見付からない様に、暗い中でずっと掘り続けた。

 真っ暗。真っ暗。真っ暗。

 男と大切な物がどうなったのか、誰も知らない。
 誰も男と大切な物を見付けられなかったから。


●鬼は出て来て人を食らう
「そんな噂があるんだよ」
「……で、それがここってか」
 二人の青年が、洞窟のような暗い地下への入り口を覗き込む。
 山奥にある元豪邸。住人が失せて早幾年、人のいない家はあっという間に朽ちて崩れた。
 人嫌いの主人が住んでいたというそこは、夏場には格好の肝試しスポットとなっている。
 入り込んだタチの悪い若者の誰かが、床板の一つを踏み壊した事で最近明らかになった地下への入り口。
 日中ですら余りにも暗いその地下道は、何故か入った途端に明かりが使えなくなるという曰く付き。
「どうせ単なる地下室だろ。なんもねーって」
「やー、だってさ、こういう場合お宝とかありそうじゃん?」
「カネとか? 湿気で腐ってるんじゃねーの」
「宝石とかなら腐んねえだろ。なかったらなかったで写真撮影でもして帰ってこようぜ」
 例え宝があったとしても彼らに所有権などないはずなのだが、そんな事を言って笑い合う。
 大型の懐中電灯を手に、彼らは地下へ続く階段へと踏み込んだ。
「……あ?」
「あれ?」
 揃って声を上げ、消えた手元の明かりに目線をやった。やったはずだ。見えないが。

 数歩下がって地上へ戻る。明かりがついた。
 首を傾げてもう一度。
 また消えた。
「……おい、マジかよ」
「……でもさ、ちょっとだけ進んでみねえ?」
 声と共に、空気が動いた気配がした。
「え、おい、暗すぎんだろ普通に。待てって。どこだよ」
「こっちだよ」
「どっちだよ? 戻ろうぜ」
「俺何も言ってねえぞ」
「ばっか、どこ行ったんだよお前、動くなよ。こっち」
「嘘つくなよ、出口こっちだぜ」
「は、だからどっち」
 段々と、青年の声が苛立ちを帯びてくる。
 それは怒りではなく、不安からくる苛立ちだ。
 声へ向けて、早足で歩み寄る。

「右だよ」
「右ってどっちだ」
「右は右だろ。アホかお前」
「誰がアホだよ。なあ本当、お前どこだよ!」
「左だって」
「お前こそ何で俺の真似してんだよ!」
 悲鳴にも似た口調で、青年は声の方向へ手を伸ばした。
 柔らかいものに触れて、安堵する。
 が、それが異様に冷たい事に気付いた瞬間に――彼は生暖かいものに上半身を包まれた。
 それが自分の首から流れ落ちた血である事を認識する前に、彼は死んだ。
「なあ、なあ、……おい、どこだよ……」
「……こっちだよ」
 何かが倒れる音に怯えた青年に、声は、答えた。

●人は鬼を――
「暗い所、平気?」
『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は集まったリベリスタにそう問うた。
「今回行って貰う場所は、とある廃墟の地下。そこにいるE・フォースの討伐をお願いしたい」
 でも、少し厄介。
 紡いだ少女は資料を配り、詳細を説明し始める。
「そこに書いてある噂話。それは半分嘘で半分本当。自分の財産を隠す為に、地下に穴を掘った男がいたのは事実。けれど男は家で普通に死んだ。財産も彼の遺族に普通に分配された。――でも、財産を隠そうとした男の心は、他人を信用できない心は、そのまま地下に留まって革醒し、形を成した」
 地下に蟠り続ける闇。それは男の心そのものとイヴは言う。
 続く暗闇の中、知り合いの声が耳元で囁く。
 こっちだと誘い、そっちじゃないと導いて。
 何事もないような声音で、思うように操って、殺そうとする。
「地下は本当に真っ暗。――満ちる闇、それ自体もE・フォースの一部。明かりは本当は点いたまま。だけれど、E・フォースが全て覆い隠すから消えたように見える。『闇』はこのエリューションの能力の一つで、こちらの世界の明かり、それに類する特殊器具は勿論、暗視も利かない。地下道に関しては地図や見取り図の類もない」
 即ち、何の力も持たない一般人同様、リベリスタも手探りで暗闇の中を進まねばならないという事。

「この闇はジャミングと同様の力もある。要するに、とことん他者との接触を絶とうとする性質を持ってるの。……本体というべき形を持ったものは、四体。実質的なダメージをこちらに与えられるのはその四体だけ。そしてこちらがダメージを与えられるのも、その四体だけ」
 暗闇に潜む四体。
 傍らにいる仲間の声で呼び寄せて、与えるのは疑心と苦痛。
「さっきの通り、『闇』はこのエリューションの特性。皆の能力で燃やす事はできるだろうけど、炎や光による明かりは期待しない方がいい」
 つまり、どこまで行っても真っ暗闇。
 その中で、隣の仲間を、自分を信じ、エリューションを討たねばならない。
「家ごと地下を壊したい所だけど、地下の最奥の部屋に男の人が一人いる。すごく、運良くE・フォースのいる場所を避けて、そこへ辿り着いたみたい。まだ生きてる。……でも、E・フォースがいる限り、彼は無事に帰れない」
 一度目はうまく避けられた。それは確かに運が良かったが、二度目も運良く行く可能性は限りなく低い。
 暗闇の中、ひたすら怯えて走った道を覚えているはずもない。
「今すぐ出かければ間に合う。倒せば暗闇は晴れるはずだから、可能なら救出してあげて。廃墟に入り込んだのは自業自得。でも、死ななければいけない程の事じゃない」
 一つ息を吐き、白の少女はリベリスタを見た。
「最初の通り、少し厄介。でも、皆なら倒せると信じてる」


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:黒歌鳥  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2011年07月05日(火)23:14
 暗闇で僕と握手! 黒歌鳥です。

●目標
 E・フォースの撃破。
 青年を助ける場合はすぐに向かって頂く事になるので、準備は余りできません。

●状況
 地下の部屋へと続く道。山奥+地下なので携帯類の電波は入りません。
 侵入時間の昼夜を問わず、地下では全員回避と命中に大きなペナルティがつきます。
 少し進むと四つに分かれており、一つの道は二人が並んで歩ける幅です。
 そこから道によって枝分かれしたり合流したりします。
 別の道に進んだ仲間と、途中でかち合う場合もあるでしょう。
 地下室に辿り着くまでの通路のどこかに四体のE・フォースが潜んでいます。

●敵
 ・E・フォース『疑心暗鬼』
 地下に満ちる闇そのものであり、本体である四体の形状は恐らく人型。
 侵入者の声を真似て自身の方へ誘導する性質があります。
 攻撃範囲内に入った場合、触らずとも攻撃はしてくるのでご注意下さい。
 攻撃方法は単体近接のみ。形成不利になっても逃げません。
 それぞれの個体の能力自体はそれほど高くないです。

 内部では敵味方の判別方法により、味方への攻撃も起こり得ます。
 同士討ちによる全滅はないと思いますが、
 対策が甘かった場合は対象を誤る危険性が上がります。
 味方内で作戦に対する認識が一致し、連携が取れていれば危険性は減少します。
 回復・付与系スキルの効果は味方にだけです。

●備考
 今回の依頼に限り、近接攻撃の範囲から外れての攻撃は命中がマイナスされます。スキルによる+補正もありません。射撃武器を近接で使うのは問題ありません。
 また、手やロープでお互いを繋いで進む場合、繋いだ人数(自分は除く)×5の回避ペナルティが追加されます。
 つまり全員で繋いだ場合は、回避-35、二人で手を繋いで歩く場合は回避-5です。
 持ち込める物品についてはコンビニやホームセンター等で入手可能な一般的なものに限ります。
 暗視・テレパス類以外のスキルの使用は可能です。色々工夫してみて下さい。

 地下室の青年については、エリューションさえ倒せばとりあえず大丈夫です。
 恐怖と疲労に苛まれている彼は、戦闘音等で地下室の外に出てくることはありません。
 放って置いても勝手に脱出しますが、余裕があれば戦闘後に声を掛けて下さっても問題ありません。
 相談期間はちょっと短めです。
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
ナイトクリーク
ウーニャ・タランテラ(BNE000010)
プロアデプト
本条 沙由理(BNE000078)
スターサジタリー
ミュゼーヌ・三条寺(BNE000589)
ソードミラージュ
リュミエール・ノルティア・ユーティライネン(BNE000659)
プロアデプト
ヴァルテッラ・ドニ・ヴォルテール(BNE001139)
覇界闘士
蜜花 天火(BNE002058)
覇界闘士
葛木 猛(BNE002455)
デュランダル
有木 ダンテ(BNE002480)

●釜の縁
 底がない様に口を開く暗黒を前に、立つ影が八つ。
「科学で照らせない闇、っていうのはちょっと嫌よね」
 人類の叡智、科学を追及する学徒の一人、『プラグマティック』本条 沙由理(BNE000078)が眉を寄せた。ただの闇であれば、無数の明かりで駆逐さえもできるようになった昨今。照らし切れない闇は、火が乏しく闇が恐怖であった頃の人の本能を呼び覚ますものであろうか。闇を見通す目を持たない人の、察知できないものを恐れる心。
「さっさと助け出してオサラバしようぜ。気味悪ィったらありゃしねぇぜ」
 ぱし、と掌に拳を打ちつけて『蒼き炎』葛木 猛(BNE002455)が闇を睨みつけた。だが、そこにあるのは恐怖ではない。虚勢ではない、未知への対抗心。
「慎重ニ……ナ。不注意デハ神も微笑マナイ」
 気配を窺う様に狐の耳を軽く動かしながら、『音狐』リュミエール・ノルティア・ユーティライネン(BNE000659)が言う。覇気は薄い目だが、油断しているのかと問われれば否。これが彼女のデフォルトなだけである。
「人を信じられない思念の成れの果てか。……憐れと言うべきかな」
『鉄血』ヴァルテッラ・ドニ・ヴォルテール(BNE001139)が呟いた。言う『べき』かと考えているだけで、彼自身の心境はまた別としても、現象としてはそう言うべきなのだろう。思念が力を得て化した存在。それ自体に興味は湧けど、そこに到るまでの過程を考慮し慮る必要性は今回は感じられなかった。闇の中の不確定存在。それを識りたい。
「ええ。私達の真の敵も己の心の内、といった感じね」
 なら上等、と『鋼脚のマスケティア』ミュゼーヌ・三条寺(BNE000589)が微笑む。信ずる事のできなかった相手が敵ならば、皆との信頼によって討ち果たして見せよう。視界に加え、言語でのコミュニケーションも己はこれから絶たれるが、それがどうした事か。対策は皆で練っている。網膜を通じて得るのではない、熱からの判別方法も自身は持っている。信じられぬことなど何もない。
「信じられなかった人は、痛くて悲しかったでしょうね」
『クレセントムーン』蜜花 天火(BNE002058)が憂う。エリューションと化した思念と元の人間は異なる。理解してはいても、誰も信用できなかったという男の心を思えば胸が痛む。ならば救わねばなるまい。この闇を晴らして、今は亡き男の心をも晴らさねばなるまい。
 入る前に、仲間の顔を見てリベリスタは頷きあう。
 闇を抜け、再び会う前の最後の確認。一歩は踏み出された。

「いやー、何も見えませんなー!」
 一人楽しそうな『ノイジーイーグル』有木 ダンテ(BNE002480) の声。まるで遊園地のアトラクションに入り込んだかのように弾んだ口調だ。それは些か重くなっていた空気を払拭するものであったが、それが狙ったものなのか単に本気で言っているのかは定かではない。とは言え完全に行楽気分のはずもなく、彼のロープの先にはウーニャがいる。
 光の届かない闇。文字にすれば簡単だが、実際に味わうのは人のいる街においては難しい。日本では特に。そこに安寧を感じるのだろうか。秘める事なく自身の心を晒す『存在しない月』ウーニャ・タランテラ(BNE000010)にとって、あるかも分からない裏を疑い続ける人生の事など真に分かるはずもない。だから彼女は黙ったまま、ダンテと繋がるロープを軽く引いた。

 地下道へと続く階段は二十六段。誰ともなしに数えたそれの最後で段差は終わる。後は緩やかな坂か。下り坂。冥府への道へとも、暗い暗い心の底へと降りて行くとも取れる坂。
 誰かが柔らかいものに躓いた。それが人である事に誰かが気付き、溜息を吐く。
「行こうか」
 しっとりと落ちた声は誰のものだったのだろうか。
 けれど、それが仲間のものである事は間違いない。
 彼らは四つの口へと分かれていった。

●疑念、一
「こんなに掘るのは大変だっただろうにねえ」
 ぎりりと壁に矢印を描きながら、ダンテが肩を竦めた。
 返事がないのは分かっている。彼女はもう事前の打ち合わせ通りに声を発しないが、偶に少し引っ張られる感触からして、いるのは間違いない。ウーニャからは、ダンテの体温を通して彼が見えているはずだ。ならば不安になることなど何もない。
 ウーニャとダンテが纏うのは、グレープフルーツにも似たシトラス系の香り。特別に嗅ぎ分けられる鼻は持っていないが、今の所別の香りが漂ってくるのは感じられない。
 だとすれば、この道はまだ他とは合流しないのだろう。
 指先でなぞった先に自身や他のメンバーが付けた跡がないのを確認し、先に進もうとしたダンテのロープが先程までよりも強く引かれる。何か見付けたのか。尋ねるより先に、強く肩が掴まれた。
 それは合図。敵を見付けたとの、声を発さぬ彼女からのサイン。
「どうしたの。こっちだよ」
 そして声。
 自身の声帯は震えず、唇さえも開いていないのに確かに聞こえた自身の、ダンテの声。
 振り向きながら躊躇なく、ダンテは太刀に闘気を迸らせて叩き付ける。手応え。手応えか。揺らめく緞帳を切ったような、重さはあるが薄い手応え。これが敵か。
 ウーニャには見えていた。人型に冷えていた空気。本来の人間とは対極の色合で見えるそれは、敵でしかありえない。鬼さんこちら。通じないだろう。だが、軽く手招く仕草は敵には見えたはずだ。
 こんなもの怖くない。隠れていたって自分には見える。闇に身を隠さねばならない相手を恐れる筋合いはない。無言で振るわれた彼女の印から糸が伸びた。二人を繋ぐロープよりも強固に『闇』を縛りつけようとするそれは払われた様子だったが、ダメージは通っている。ならもう一度だ。
「違うよ。そっちじゃないよー」
 場違いに明るい声。ざくりと切り裂かれた感触にダンテが目を眇める。どうやら読みは当たった。ウーニャの声を発しないならば、己は刃の先を間違えない。そしてダンテと敵の判別方法を持ちえるウーニャの攻撃も同様。
 閉ざされた視界によって距離感は多少狂うものの、それでも負ける要素は、ない。
「鬼さんこちら、手の鳴る方へ」
 期せずして、ウーニャの心をダンテが告げた。
 
●疑念、二
 ミュゼーヌとリュミエールの二人から流れるのは、清潔感のあるすっきりとした花の香。気温は低くも湿度の高い地下道の中、慣れた鼻にもたまにふわりと香る同行者のそれは一種の清涼剤でもあった。ミュゼーヌの腕には時折ふさふさとしたリュミエールの自慢の大きな尻尾が触れ、互いの存在を確認する。
「白百合の香りは、好キダナ」
 ミュゼーヌは判別の為に口を開かず、ぽつりと呟いたリュミエールも無駄な事はあまり喋らないとなれば自然、注意は音へと向く。衣擦れの音、足元の小石を蹴る音、息遣い、ミュゼーヌの鋼の足が時折立てる金属音。違う道へ進んだメンバーの会話すら聞こえてくるような気がして、リュミエールは目を凝らす。と。
「……そこにいるのかい?」
 聞こえてきたのは、ヴァルテッラの声。
 答えずミュゼーヌは手を鳴らす。一度。
「どこにいるのか、教えて貰って良いかな」
 手拍子の答えはない。
 少し踏み出し、リュミエールが香りを嗅ぐ。カビたような湿気たにおい。そこに人工的な香りはない。念の為、もう一度の手拍子。
「そちらかね?」
 答えはない。確定。
 三度の声で場所は大体察知できた。尻尾を揺らし、リュミエールが跳ぶ。ざらざらとした岩壁を蹴り、無数の弾丸をあらゆる角度から撃ち込んだ。怯む声は上がらない。驚く声すら上がらない。
「どうしたんだ。私はこちらにいるよ」
 銃撃音。ウーニャと同様、周囲よりも異様に温度が低い場所にミュゼーヌが魔力を伴った銃弾を打ち込んだ。少し揺らいで見えたそれは、すぐにまた同じ形となる。腕に走った痛みは、研がれた爪のような鋭さだ。
「……っ」
 小さく声を零し、構えを整える。と。
「私はこっちよ?」
 答えた。ミュゼーヌが。
 それがリュミエールへの何よりもの合図となるのを悟り――気高い少女は、微かに笑った。

●疑念三、死
 沙由理と天火の後には、軽い甘い香りがさながらお菓子の家からの帰路の様に溢れている。
 綿菓子のような匂いに包まれながら、可愛らしい外見の二人が今はその姿を闇に浸していた。
 かりかりと沙由理の描く矢印の後を、天火がふにふにした指先で追う。その音が止まった。
「……道が分かれてるみたい」
「あれ、じゃあ右手の方ですね」
 沙由理の零した声に、天火が首を傾げる。
 が、そこに聞こえてきた足音に二人が一瞬息を止めた。明らかに、左手の闇の方から何かが近付いて来ている。仲間ならいい。だが、エリューションである可能性も否めない。そうである可能性の方が高いかも知れない。知らず知らずに互いのロープをくんっ、と引っ張り合う。
 警戒しているのは相手も同じなのか、声は聞こえない。
 意を決して、沙由理が手を叩いた。
 ぱちん。間を置いて、ぱちん。手拍子は整った、が、まだ油断はできない。
 あれを言うべきか――逡巡の間に、声があちらから降って来た。
「え、えーとあー……ま、真白イヴたん?」
「マジウサギ!」
 少し躊躇うような猛の声に、天火が元気よく答えた。
 猛と自分は同じ様な表情をしているだろうなあ、と思いつつ沙由理が安堵の息を吐く。
 くん、と匂いを嗅いでみれば確かに声の聞こえた方向も香りが漂っている。
「どうかな?」
「はい、大丈夫だと思うですよー。匂いの元は二つ、ちゃんとあります」
 ひそひそと天火に問うてみれば、犬にも劣らぬ嗅覚を持つ彼女からはしっかりとした答え。
 ヴァルテッラと猛が歩いた後には、ムスクベースの強い香が残っていた。沙由理らと違い、絡みつく様な重みと甘さのそれは普段香水を使用しない男二人には少々辛いものだったが、判別の際の分かりやすさを重視した結果となれば仕方ない。
「そちらは不作かね?」
「そうですねー」
「今の所、何もないわ」
「早く殴っちまいたいんだけどなぁ」
「あれ、そっちにいたの?」
 口を開く四つの仲間に加わった、ダンテの声。
「ナンだ、揃ってここにいたのか」
 もう一つ。リュミエールの声。
 彼らの相棒は、共に喋らない。ならば、一つの声自体は不自然ではない。だが彼らは、合図を伴っていない。二つの香りが混じるこの場所は、他の香りを辿るには些か不向きではあった。しかし。
「――においがしません!」
 それを嗅ぎ分けられる天火の声が、周囲に確信を齎す。
「……私達はダンテ君を」
「私たちはリュミエールちゃんの方を」
 囁きあった声は、仲間へ向けて。
 
「やっとおでましか、会いたかったぜ!」
 喧嘩と言う名の削りあいに、猛が吼える。今は見えぬ炎を纏い、拳が声のした方を打ち付ける。打ったかどうか。空気の詰まった布を打った様な感触。引かれるロープに場所を推察し、ヴァルテッラのチェーンソー剣が振り下ろされた。直撃。決して重くはないが、確かに『入った』手応えに老紳士は目を細めた。
「どこ行ってんのー?」
 なるほど、声だけは同じだな、とヴァルテッラは心中で思う。だが、合図を知ってそれを真似る程の知能はない。となれば少々質の良い木霊に過ぎない。状況を把握し、工夫をした知恵に敵うような相手ではない。
 とは言え、攻撃を受ければ痛むのはどんな敵でも同じ。いざとなれば仲間を庇って倒れるのも辞さない。
「見えなかろうがなんだろうが、ビビった方が喧嘩は負けんだよ!」
 威勢良く啖呵を切る頼もしい若者への注意は絶やさぬまま、ヴァルテッラは好奇心と作戦の狭間で薄く笑った。

「ソコか?」
「天火さんが、全部受け止めてあげるのです!」
 リュミエールの声と共に、風を切る音。天火はざくりと己の胸が裂かれる音を聞いた。しかし、彼女は引かない。振り下ろされた手と思しきものを掴み、カウンターのように冷気を纏った拳を打ちつける。
 敵が拒絶の権化だというならば、自分は全て受け止めて見せよう。この暗闇から、この闇自身も解放してあげよう。闇の先へ、光へと。少女の決意は固く固く、闇の手を握り締めた。
 天火の動き。流れる空気で大まかな位置を把握して沙由理は周囲に罠をばら撒いた。動けなくなれば、後は同じ場所を狙えばいい。
「ここよ?」
「――私の声真似は止めてね。気持ち悪いもの。酷い目に合いたいなら別だけど」
 ロープの引かれる先から聞こえたのは、沙由理自身の声。
 天火は香りがない相手を沙由理とは認めない。そして沙由理自身にはその声は目標にしかならない。
 掲げた魔道書。呼ばれるかの様に伸びた鋭い糸が、敵を貫いた、気がする。
 沙由理の罠を踏みぬいたのか、動きの止まった敵に向けて天火が拳を振り上げる。
「一緒に光の世界へ還るですよ!」
「暗い場所に隠れっぱなしのヤツになンか負けねぇよ……!」
 背を向けた側から聞こえてくる猛の声。
 己の拳を武器とする二人の戦士の攻撃は共に思念を打ち据えた。

 重ねる攻撃に、声にノイズが混じりだす。
 掠れたような声に変わる。
 最後の一言は、簡単だった。
「私はここだよ」
 誰の声でもなかった。
 真似さえもできなくなったのか、思念の元となった男の声であったのか。
 声は消えた。
 気配も消えた。

 暗闇で慎重に黙り込むリベリスタの内、ごそごそと天火が持ち物を探る。 
「あ、つきました!」
 嬉しげに笑う少女の顔を、安堵する仲間の顔を、懐中電灯の光ははっきりと照らし出した。
 駆けて来る足音は、きっと他の仲間のものだろう。
 信頼によって闇を打ち払ったリベリスタの間に、疑念はもう存在しなかった。
「無事ダッタカー」
 耳と尻尾を揺らし、リュミエールが顔を覗かせる。体の各所を裂かれてはいるものの、傷は浅そうだ。
 横に立つミュゼーヌは、もう喋っても大丈夫ね、と笑って口元に手を当てた。
 次いで、戦闘音を目指してきたらしいダンテとウーニャも現れる。
「真白イヴたん?」
「……マジウサギ」
 ニヤッと笑うダンテに、微かに苦笑した猛は答え、軽く拳を打ち合わせた。

●日の当たる場所へ
「やっと出られたわね」
 沈みかけた太陽を視界に捉え、ミュゼーヌが目を細めた。
 入り口傍では地下室から連れられて、外へ出て安堵しへたりこんでしまった青年に対し、天火と猛が弁当や水を差し出している。恐らく最初に躓いた人の体が彼の友人だったのだろうが、ウーニャの気遣いでそれは見せない様にされていた。
 遠からず知る事にはなるだろうが、今は安堵だけに浸らせても良いだろう。一部自業自得とは言え、笑っているならばその方が良い、とダンテはぽっかりと口を開ける土の道を振り返る。
「んー、カラオケ行きたいな、カラオケ!」
 今まで黙っていた分、溜まった鬱屈を晴らすようにウーニャが伸びをして叫んだ。
 既に只の穴と化した道を見詰めるヴァルテッラの視線の先。
 夜の闇が再びここを覆うとしても、晴れない闇は、もうない。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
 色々工夫して頂き楽しかったです。なるべく詰め込めるようにしました。
 不利部分もだいぶ補えております。
 お疲れ様でした。