● 唐傘の下で、少女が一人で泣いている。 枝垂れた櫻が花を雨の様に落とし続けていた。ぽたり、と土に落とされるのは彼女の涙だろうか。 ぽとり、ぽつぽつ。乾いた唇は小さく何かを口ずさむ。古くなったラブソングは掠れて彼女の喉の中で渦巻くだけだ。空っぽの言葉が、空っぽの想いを乗せて、空っぽを伝え続けるだけなのだから。 絵画の様な光景だ。唐傘を差した少女が泣いている。落ちる櫻の花は幻想的な雰囲気さえも纏っている。 「――……あの?」 異様な空気を纏った少女に、声を掛けた男はそのあとの事を覚えていない。 いや、覚える事さえできないのだろう。 血がぽたり、と落ちる。沈みゆく意識の中で日本刀を持った少女が泣きながら歌ったラブソングが鼓膜にこびり付いた。ごめんなさいとさようならを混ぜ込んだ哀しい恋の歌だけが、ただ聞こえていた。 「あいたかったの、もういちど……それだけなの……『 』」 ● 『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)が資料を捲くる。ブリーフィングルームに集まったリベリスタを見回して、お願いしたい事があると彼女は一言告げた。 「ノーフェイスの討伐をお願いしたいわ。彼女は躑躅。白い髪に赤い瞳の日本刀を手にした少女よ」 突如、ラブソングを歌い始めたフォーチュナに困った様に続きを促すリベリスタ。一度、瞬いて、それから、それからと言葉を選ぶようにフォーチュナは続けた。 「――この歌、知ってる? 失恋ソングなんだけど……彼女はそれをずっと歌い続けているわ」 「失恋でも?」 「恋は何時までも人を捕え続けると言うわ。一種の病みたいなものなのかしらね。 ……躑躅は一人の人を愛していた。桜の木の下で待っているから、と約束した人を待ち続けていたのね」 その時間は長いものだったのではないだろうか。逢いたいと一声出す事さえも彼女にとっては我儘の様に思えたのだ。黙り、ただ、その言葉を信じ続けた。何時しか焦る約束に、切なささえ覚えてしまうほどに。 「彼は来ないわ。もう亡くなっているの。彼女の作りだした彼の幻影が――E・フォースなんだけれど、彼女の元へ訪れる事で彼女のフェーズが進行する。 彼に一目会いたいと彼女はそう思っているでしょうね。長い間待ち続けたのだから。 ああ、けれど、無情にも運命が彼女を見放した後であるから……出会えても結末は同じだろうけれど」 ぽそり、と最後に付け加えた言葉の意味はリベリスタであれば簡単に理解できるものだろう。 運命に見放された躑躅は崩界に加担するバケモノだ。日本刀を手にした彼女は段々と狂気に飲まれて行く。言葉が届くのかは分からない。言葉が響くのかは分からない。時が少女を狂わせたのだろう。 「彼女は日本刀を――アーティファクトを手に桜の木の植わっている神社に訪れる人々を殺してる。 其処にE・フォースの『彼』が訪れる時、彼と出会うことで彼女のフェーズが進行してしまうわ。……出会うまでの猶予は3分。 彼女等を出逢わせないで欲しいの。彼女か、彼を先に倒してほしい」 切なげに、胸を抑えて世恋は紡ぐ。出会うことで、少女は本当の化け物に為り果てるだろう。せめて、その前に、殺してあげて欲しい、と世恋は続けた。 「彼女は狂ってしまっている、けれど、まだ何処かに躑躅としての想いが残っているわ。声をかける事は間違いではないと思う。彼女の想いは未だ、彼女の中に確かに存在しているのだから」 愛しい人を待ち続けた果て、運命に見放され、絶望が彼女の胸を締めつけた。手に取った神社の刀が彼女に狂気を与えたとしても、少女は運命に見放され死ぬ定めにあったとしても――未だに彼を愛しているのだから。 「ねえ、逢いたいって我儘なのかしらね」 小さく笑っていってらっしゃいと世恋は告げた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年04月11日(木)00:23 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 振り続ける雨が哀愁を誘うようだった。泥濘む地面を踏みしめ、石段を降りていく『墨染御寮』櫟木 鶴子(BNE004151)の色を灯す鮮やかなオレンジの瞳には不安の色が濃く映し出されている。 祈る様に体内で練り上げていく魔力。誰かを喪う事に酷くなれてしまったような女は、喪服の様な黒衣をはためかせ、石段を見下ろした。 想いを交わす事が出来ればと願う事は間違いではないのだろうか。『告死の蝶』斬風 糾華(BNE000390)脳内にチラついた水色の少女が小さく名前を呼んだ。彼女と会えなくなるというのはどれ位耐え難い事であろうか。 「会いたかった……もう一度、ね」 崩れゆく自我の中でもがきながら願い続けた唯一の想い。愛や恋は糾華にとっては『綺麗なモノ』であったのかもしれない。未練という余りに澱んだ感情はその想いに似合わないとでも感じたのかもしれない。 彼岸ノ妖翅を手に彼女が召喚したのは運命を司る不条理なるルーレット。ひとえに死を与え続ける『死神』という冠に相応しいギャンブラーの笑みを浮かべ、糾華が指先を這わしたのは光を纏う翅を揺らす彼女の蝶々。 「私、他人の色恋の内情には興味ないけれど……少しだけお節介を焼きましょう」 くん、と鼻を鳴らし獣耳を揺らした『わんだふるさぽーたー!』テテロ ミーノ(BNE000011)はがんばろうね、と糾華の言葉に頷いた。暗い景色の中、湿り気のある空気を鼻で感じ耳を澄ます。 ぴこぴこ。本人曰く、ミーノミミレーダー。暗くて姿が見えなくても音は消せない――否、視認対象としてはおぼろげであれど、彼女の鼻は逃さない。 「みんなっ、くらいからきをつけてっ!」 ほわりと光る彼女に頷いて『先祖返り』纏向 瑞樹(BNE004308)は魔力のナイフを握りしめる。ミーノの与えた翼の加護は彼女らの足元をしっかりと補佐していた。 この任務に望んだリベリスタ達は皆、女性。其々が思う所があって集った者ばかりだ。誰かを支援する事に特化し、誰かを支え続ける事こそが何よりの至上であるミーノ。そして、何かを駆逐する事に掛ける思いはこの布陣の中で誰よりも強いであろう『シャドーストライカー』レイチェル・ガーネット(BNE002439)。 彼女の握りしめたCait Sithが不吉を告げる『黒猫』を表す。黒い耳を揺らし、その名前の通りの鮮やかな赤い瞳がゆっくりと細められた。 雨が彼女の眼鏡のレンズを叩いた。張り付く水滴を気にも留めずに彼女は真っ直ぐに石段を見下ろし息を吐く。彼女らの背後、神社に生えた桜の下で唐傘を差した少女が何を想っているのかをレイチェルも糾華を知っていた。 「逢いたい、は罪なのかな」 『愛を求める少女』アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)の言葉に少女達は目を伏せる。 ただ、もう一度だけ愛しい人に会いたかった。ソレは本当に純粋な少女――躑躅の気持ちだとレイチェルは識っていたのかもしれない。自分の片思いの優しい彼。もしも自分が彼と逢えなくなった時に願う事は同じであるかもしれないのだ。 「……それを赦してあげる事はできない」 「そうだね、これ以上は行かせる訳にはいかないんだよ」 はしばぶれーどを握りしめた『すもーる くらっしゃー』羽柴 壱也(BNE002639)の瞳に浮かぶ色は誰かの普通を『くらっしゅ』するよりももっともっと辛さを灯していたのではないだろうか。 石段を駆け下りていく彼女の目の前にぼんやりと男が一人立っていた。ゆっくりと石段を上がってくる男。彼をその二つの眸が映した時、彼女は身体のリミッターを外す。生命力を全て戦闘力につぎ込む気概は戦士の物であれど、彼女の心に浮かんだのはたった一人の『少女』としての想い。 「……こんばんは、あなたの普通をくらっしゅします」 何時もよりも声は小さく弱弱しいものだった。雨音に隠されてしまいそうなソレに男はぼんやりと丸い瞳を向けて俯いた。 ● 振り続ける雨が誰かの涙の様であると『戦奏者』ミリィ・トムソン(BNE003772)は形容する。頬を伝う水が、張り付く金の髪が、水を含む気に入りの洋服さえも今は気に為らないほどにミリィは果て無き理想を振り仰いだ。 今日の楽譜は最初から決まっていた。今はまだ奏でられない。聞いた事も無い恋の歌に思いを馳せては、切なげに金の瞳を伏せた。 「彼と彼女を出逢わせてはいけない、ですか」 『……何故』 少女の声にかかった男の声。それは世界に仇為すからだとレイチェルが一言添える。そう、この場に居る誰もが彼等を出逢わせたいと思っている。願わくば幸福が良いと、そう思っているのだから。 口の中で漏らした言葉は悲しみを堪えたものだった。 逢いたいのに、逢えない。逢わせたくても、逢わせられない。 前者が彼等のものであれば、後者はリベリスタ達の物であった。出来る事なんて唯一つだけ。ソレは常に決まっていた。アンサングから果て無き理想。称えられないものから掴むものへと変じたそれを手に、彼女が告げるのは常なる言葉。 「――さあ、戦場を奏でましょう?」 その言葉と同時、泥濘む石段を蹴り、羽を得たレイチェルが高く跳躍する。その姿や正に猫。脳内で弾けるように続けられる計算が驚異的な集中領域が最初に弾きだした演算は周辺に舞う花弁を狙う事だった。神秘の光が周囲を包む。暗がりの中に光り輝いたソレに目を伏せながらも向き直り、フリルがあしらわれたゴシックロリータのドレスの裾を揺らした糾華がたん、とステップを踏む。 浮き上がり、袖口から滑りだす蝶々が花弁に誘われるように――否、その花弁をも切り裂く勢いで蝶々は弾丸の様に飛び交い続ける。 「何故、でしょうね。初めまして。私は糾華。貴方の名前は、何かしら?」 ブリーフィングでみた資料には彼の名前は載って居なかった。糾華は彼を知らない。糾華が知っているのは彼が躑躅の『想い人』であり想いの続く先の『なれのはて』であっただけ。 『っ……』 「名前、教えてくれないの? ……でもね、如何あっても貴方を彼女に、躑躅に合わせる訳にはいかないんだ」 赤い月が石段の上から登る。アンジェリカの瞳が不安を映しながらも登らせる其れが花弁をじわじわと蝕み続ける。用意したラジカセ。彼が何か言葉を漏らすならそれを全て録音するとそう決めていた。 唇を噛み締める。雨の中、ちらりと犬の顔が浮かんだ。まーちゃんと小さく言葉を漏らし続ける。雨の中誰かを待ち続けたその姿が彼女の脳裏にはちらつくのだ。 「ボクは――ッ、ここから先に貴方を通す訳にはいかないんだ……!」 本当は逢わせてやりたかった。いつか、飼い主に置いて行かれた犬が居た。鳴きながら飼い主を待っていた犬に自分の姿を重ねた事があった。どうか、もう鳴かないでほしいと願ったことだってあった。 その時に殺した姿を想いだして、アンジェリカの気持ちが揺らぐ。彼女の気持ちを表す様に揺らぐ赤い月に重なる赤い月は瑞樹のものだった。 「全てが報われる訳じゃないって判ってる。そんなこと、何時だって、綺麗事だらけじゃないって知ってる」 知らないけれど、知っていた。其れが彼女の胸に宿る何かであろうか。長い黒髪が揺れ、大きな蒼い瞳が細められる。髪で揺れる陽光に何処か、日向で笑う様な暖かな名前を持った青年を思い出し、息を吸う。 「心が磨り減る事があるんだって、ねえ、アナタもそんな気持だったの?」 『どういう意味だ』 「ここで約束した人が、いるんだよね?」 問いかける様に聞く壱也が石段を踏みしめる。翼を得た彼女は自由自在の動きを見せる様に、元来からのバランス能力を生かし攻撃を展開していた。 瑞樹の言葉に一瞬の隙を見せた男の下に、だん、と踏み込んだ足。はしばぶれーどの切っ先が『想い人』の頬すれすれに存在した赤い花びらを捉える。雷撃を纏ったソレが花弁を散らし、壱也がアンジェリカと瑞樹の登らせた疑似的な赤い月の中くるりと身体を反転させた。 糾華の蝶々が舞い踊る。前線に飛び出した壱也を支援する様にも見える赤い月と蝶々の中、凛とした口調で彼女は良い放つ。 「逢わせる訳にはいかないんだ。あなたも、彼女も」 どちらも、その想いが変わらぬ様に。 壱也の体をすり抜けて、周囲の赤い花びらを散らしたのはミリィの神秘の閃光弾だった。名前も知らぬ男に対してその攻撃を振るうことは決して辛いとは言えなかった。奏でる様に振るう果て無き理想が振り下ろされる。 「御機嫌よう、名前も知らぬ彼女の想い人さん」 『彼女を知っているのか』 「ええ……。彼女が彼女で無くなってしまう事を避けたいから。私は貴方を心から先には進ませません」 言葉に、攻勢を示そうとする男をすり抜けて祈る様に奏でる音は澄み渡る。鶴子が込めた四種の想いは慈愛か、愛惜か、哀惜であるか、それとも――使命感であるか。全てが花弁を捉えては離さない。 この場のリベリスタ全てが任務を全うする事のみを考えていたとしても鶴子は手を差し伸べただろう。それ以上の手を差し伸べてはいけない等と聞いたことが無い、それは定められた常識(ルール)に当て嵌まらない行動(エゴ)であるのだから。 「彼女の想いを受け容れる、受け容れない。それはどちらでも構いません。どんな言葉であれ、貴方で在る事が大切なのですから」 その言葉に男が詰まる。リベリスタの少女達は彼への攻撃を控えていた。言葉を全て伝えきる。それが『お節介』であると知っていても、だ。傷ついた仲間を癒す様にミーノが祈りを捧げていく。 仲間達の攻防が全力であった様に、ミーノの『さぽーと』も全力だ。 「むむっ……! みんな! みーののちからをわけてあげる!」 糾華を支援する様に送りだす『力』の源に糾華が振り仰ぎ礼を漏らす。ルーレットが当たりくじを示した時こそが彼女の本領発揮だ。美学主義。ギャンブラーが選び取った『正解』を蝶々が切り刻む。 「語りたくない。語れない。そういう想いがある事を知ってるわ。 それでも貴方の手は彼女に届かない。言葉を直接交わす事も出来ないわ。なんて、残酷なのでしょうね」 彼女の言葉が思い人へと突き刺さる。彼は残響。何て残酷な世界だろうか。理不尽にも程があるソレに、糾華は目を伏せる。何時か始まった物語の幕を閉じるそのときなのだ。 「私、終わりを亡くした悲恋に終わりを告げに来たの。それが死神でしょう」 想いを吐きだしてもいいのよ、と手繰り寄せる言葉。彼女に向けて放たれた一撃が糾華の体を切り裂いた。溢れる血に慌てるミーノは仲間達を無傷で返す為に癒しを乞う。 「……諦めて下さい。でも、それは恋を諦めと言う訳ではありません」 レイチェルが近寄り続ける。目の前で、赤を向けたまま、石段の上から散る桜の花びらが彼女の視界にチラついた。 「――何か、ひとことでも」 アンジェリカのラジカセがジジ、と音を立てて言葉を得た。 ● きっと何時か、この場所で会おうね。 その約束を何時までも待ち続けた女が居た。躑躅と言う名前の、可愛らしい女だ。 彼女の目の前に、現れたリベリスタ達はどれも雨の中での戦闘で、普段よりも沈痛の表情を浮かべている様に見えた。 「――躑躅さん? あなたに意識があるなら、なんでも応えてあげる。だから、最初に聞いて」 あなたは彼に逢ってはいけない。 そう告げた壱也の声に躑躅は目を見開いた。日本刀の切っ先が彼女を捕え、花弁がリベリスタへと襲い来る。 「わたしは嘘をつかない。それがわたしにできる事なんだよ」 誰かが覚えておかなければならない。誰かが彼を知らなければならない。彼はもうこの世界に居ないのだから。痛みを孕む傷口を癒すミーノが「がんばって!」と背後から励ます声を耳にして、舞い散る桜の下でゆっくりと少女に相対した。 戦闘行為は慣れたソレだったのだろう。ミリィやレイチェル、糾華の攻撃が抑えに回り、ミーノがそれを支援する。間を掻い潜る様に鶴子が与える光に合わせ、瑞樹とアンジェリカが照らすその中で、真っ直ぐに躑躅へと向かう壱也がいた。 彼女等は誰も迷いはしていなかった。 「……何を遣ってるんでしょうね」 小さく漏れた笑みは自分らしくない優しさと、其れでも攻勢を弱めない己の本質に向けた嘲笑で会ったかもしれない。とても滑稽で、とても、哀しい。 捕える様に、罠が彼女の体を離さない。唇うから薄ら漏れたレイチェルのこの場所で一番心の籠ったものであったのかもしれなかった。 「……私も、もし死んだらこうなるのかな」 逢いたい逢いたいと願うのだろうか。手を伸ばし、笑ってくれる愛しの人。その手をとることが未だ未だ叶わずとも何時かとそう思ってしまうのだから。 例えば、約束したとしよう。何時か、この場所で逢いましょう、と。そうだ、それから―― 「あの人は、逢いに来てくれるのかな」 嗚呼、なんて、滑稽なのだろう。そんな事今考えても仕方ないというのに。思考を支配し続ける『彼』に小さく笑みを漏らして、切り裂く様に罠を展開した。 言葉を漏らす事は鶴子はしなかった。彼女から伝える言葉は何もなく、只、彼女はその四色の光を纏うソレに反撃する様に躑躅から放たれた攻撃。傷つく鶴子を癒すミーノの瞳に浮かぶ焦りは辛く感じる様なものだ。 「っ、みーのはふたりがしあわせになるおてつだいをするの!」 鶴子の運命が刈り取られる。嗚呼、それにミーノが痛ましげに目を細めても、鶴子は緩やかに微笑んでいた。死は彼女にとっては怖くは無い。旦那様の――愛しの人へと近づくだけのことなのだから。 「おてつだいをするから、だから、がんばろう!」 「ええ……私達が彼女へと想いを伝えるのみ。力を持って想いを示してくれた彼に変わって」 花弁を全て散らす様に聖なる光が広がった。花弁を散らし続けたミリィの視線が優しげに細められる。攻撃を行う時に厳しくなる視線。その前をふわりと舞ったのは蝶々だった。 「真実を伝えに来たの」 終わりを告げる様に、鮮やかな色を灯して、桜の花びらの下で舞い踊る様な糾華のステップをミリィはじ、と見詰めている。 そう、ここには真実を伝えに来たのだから。願わくば彼の言葉が真実であれば、と二人は想う。 「……ボクたちは伝えたかったんだ」 ラジカセが音を立てて流し続ける。 雨の中、膝をつき泥まみれになる少女を見つめアンジェリカの指先がかた、と揺れた。意志を固めて握りしめていたLa regina infernaleが雨によって滑り落ちそうな感覚に、息を吐く。 雨が醜さ全てを洗い流してくれればとそう願う。首から掛けた幻想纏いが揺れる。頭の中に浮かび続ける犬の顔。 (まーちゃん……) 小さく呼んだそれ。彼女の願いを壊した。狂気に染まって信じ続けた約束を壊しに来たのだ。アンジェリカの心は辛いと叫ぶ。誰かを待ち続ける不安も、誰かを想う辛さも全部知っていた筈なのに。 「躑躅はボクと同じ――ううん、逃げ出したボクよりも強くて、凄いのにね」 約束を守って現れた人がいた。『もう一人のボク』だと思った彼女には迎えがあったのだ。ソレに何処かで嫉妬した。自己嫌悪ばかりが彼女を見るたびに溢れだす。 「……ボクは、ただ、羨ましかったんだ」 言葉とともにラジカセが一言だけ吐き出した。彼の声で、唯、一言。 躑躅、傍に行ってあげれなくて、ごめんね。 その言葉に躑躅が立ち上がる。ふらつく足で切り裂く様に壱也へと近寄った躑躅を避け、はしばぶれーどが彼女の腹を抉り込む。 逢いたいって言っても、いいんだよ。 壱也の言葉に躑躅が目を見開いた。彼女の手から滑り落ちた日本刀。慌てて掴もうとしたソレを払う様にはしばぶれーどが少女の首筋にひたりとあてられる。 「彼を待ってたあなたはそんなもの持ってなかったよね?」 「ッ、う……」 ねえ、と優しく浮かんだ笑みが悲しみの色を灯していたとしても。唇が静かに囁き続ける。 「逢いたいって言っても良いんだよ。寂しいって、我慢じゃないよ。それが好きって気持ちなんだもん」 誰かを好きになる事は悪い事じゃないと壱也は知っていた。 その想いは言葉にするにはどう『表現していいのか』判らなくて。古臭いラヴソングに乗せた思いを聞いた時に同じだと思ったのだ。彼女が彼女である為の大事な気持ちをどうか穢さないでほしい。 雨が壱也の頬を伝う。張り付いた前髪から滴る雫。雨垂れに混じる暖かさが一つ、ぽつりと泥濘に吸いこまれる。 「本当の彼は、きっとあなたを待ってるから」 土を握りしめる様に躑躅の掌に力がこもる。ゆっくりと近づいて、瑞樹は小さく微笑んだ。彼女が握るべきものは人を殺める武器では無くて、きっと、あの優しい想い人の掌だったのではないだろうか。 「もういい、もういいんだよ……? 貴方は十分に待ったんだよ。だから、これ以上苦しむのはやめよう」 その掌をぎゅ、と握りしめた。震える手は、彼女の白くなっていく指先を掴んで離さない。 「もう、……彼の所に行こう?」 さようなら、と一言だけ漏らした。躑躅の花が散っていく。 嗚呼、彼の所にいけるのね――? ふわりと、彼女に舞い降りる花弁が彼女の頬を掠めた。 目を伏せて、少女は歌った。古くなった哀しいラヴソング。静かに口ずさむソレは雨の中で響き渡る。 瞬いて、ミリィは唇をきゅ、と結んだ。湿った風が小さく木々を揺らし続ける。桜の花びらがひらりと舞った。 ――さよなら、いとしいひと。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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