●戦わずして、敗れた者 「……私には、信じられない」 「フォルテ?」 「分かってるわよ」 少年の言葉に、苛立たしげに少女が答える。 情報としての信憑性が低いという訳ではない。 信じたくない、のだ。 情報そのものの信憑性は高い。 だが、今までの蓄積を考えれば……文字通り、『信じられない』情報だった。 それでも……冷静に考えれば……何より現状を省みれば、信じざるを得ない。 納得せざるを得ない。 楽団は敗北し、自分たちの指揮者は……失われたのだ。 しかも…… 「僕たちは……間に合わなかった」 少年は、何かを吐き出すように呟いた。 最初のリベリスタ達との遭遇で、思った以上に戦力を消耗したのが拙かったのかも知れない。 そう思った。 慎重に行動し過ぎた結果、戦力の増強に思った以上の時が費やされた。 それでも戦力は充分とは言えなかった。 アーク本拠地の襲撃のため、その時点で戦力の増強を打ち切り急いだものの……最新の情報を確認した時には、既に戦いは終わっていた。 自分たちがいたから、大きく戦況が変わったとも思えない。 だが、自分たちのように間に合わなかった者もいた筈だ。 三高平市への襲撃は、今までの楽団の事を考えればそれこそ信じられないほど急に決定されたものだった。 かつてない戦力が注ぎ込まれたのは間違いない。 だが、それでも全てでは無かったのではないだろうか? ……もちろん、その場にいなかった自分たちには……何も分からない。 できるのは、推測だけ。 浮かぶのは、後悔だけ。 何故、自分たちは、自分は…… 「……ピアニー?」 「……とにかく急ごうか? できるだけ早く、アークの勢力圏から離れないと」 少年の言葉に何か言おうとして口籠ったあと、少女は頷いた。 「……そうね、とにかく西を目指しましょ」 ●ピリオドの為に 「ケイオスの配下だった楽団員達を補足しました」 マルガレーテ・マクスウェル(nBNE000216)はそう言って、スクリーンにデータを表示させた。 「確認できたのは楽団員2名、そして2人の操る亡霊と遺体、計22体です」 フォーチュナの少女は説明しながら端末を操作し、表示されたデータを切り替える。 「楽団員たちは現在、人目を避けるようにして市街地から離れた森林部を移動しているようです」 方角的には三高平から離れるような形だろうか? 「襲撃した楽団員達の中に2人のデータはありませんので、何らかの理由で襲撃に参加しなかった集団だと思われます」 襲撃に参加してないにも関わらず現状の戦力と考えると、戦力を揃えるのに手間取り決戦に間に合わなかったのかもしれない。 「どうであろうと、放置する訳にはいきません」 厳しい表情で、マルガレーテは口にした。 死体や亡霊等を戦力として使用できる楽団員たちは、1人で戦闘集団を造り出せる能力を持っている。 ここで逃せば、集団は更にその戦力を増強していく事だろう。 他の楽団員達と合流するような事になれば……指揮者を失ったとは言え、協力し合う事が無いとは言い切れない。 「そうさせない為に……楽団員2人の討伐を、お願いします」 マルガレーテはそう言って、詳しく説明し始めた。 「楽団員達を補足できるのは、此方になります」 そう言いながら少女は端末を操作し、スクリーンに画像を表示させた。 地図と共に、森に挟まれるようにして存在する起伏の少ない草原が画面に表れる。 少女は画面を指し示しながら、楽団員たちは草原を通って森から森へ移動しようとしますと説明した。 「残念ながら、森の中をどのように進んできたのか? 反対側の森に入ってから如何進むのか? ……までは、分かりませんでした」 ただ、森から森に移動する際にその草原を必ず通る事や、いつ、どの地点に姿を現わすか、等は確認できたようだ。 「時間の方は夜になりますが、月は出ておりある程度の明るさはあります」 ただ、その分それだけ見通しが効くという事にもなる。 「草原はだいたい膝くらいかそれより下の長さの草が生えています」 場所によって高さは違うが、だいたい草原を覆い尽くすくらいには繁っている。 大人でも伏せていれば身を隠すことは可能だろう。 とはいえ月や星である程度の明るさがあるとなると、用心深く観察されるようなことになれば発見される可能性もある。 ただ、その場合でも戦闘距離とはいわないまでもある程度近付かなければ発見される事はないだろう。 ●目覚めさせられし者共 「楽団員たちは自分たちの周囲を死者たちで固めるようにして、周囲を警戒しながら移動しているみたいです」 内訳は、死体と亡霊が10体ずつと強力な亡霊が2体。 「亡霊の方は、鬼達のものらしいです」 かつてアークと死活の戦いを演じる事となった、鬼道の者たち。 これまでにも鬼達の亡骸を操っている楽団員達が存在したが、この2人も戦いが行われた場所へと赴いていたのかも知れない。 「鬼の亡霊たちは、霧のような何かが形を持った……という感じの外見をしています」 半分実体化しているようで、普通に武器等の攻撃も効果がある。 「もちろん相手も、物理的な攻撃を行ってきます」 亡霊たちの攻撃手段は、霧のような腕から生やした鉤爪による物理攻撃と、胸を直接締め付けるような絶望と嘆きに満ちた呼び掛けによる神秘攻撃。 どちらの攻撃にも、対象に不吉をもたらす効果があるようだ。 「能力の方はバランスの取れたタイプのようです。また、麻痺無効や呪い無効に似た能力も持っているみたいです」 それを上回るのが、2体の強力な鬼の亡霊である。 こちらも、半分実体を持ったような存在らしい。 「2体のうちの一方は、肉体能力に優れた戦士系です」 力や耐久力に優れ、動きもかなり機敏なようだ。 デュランダルとソードミラージュを合わせたようなもので、それらのスキルに似た能力を使うらしい。 「もう一方は、肉体と精神の両面での強靭さを持つ防御型のようです」 攻撃技術という点では劣る部分はあるが、防御力も耐久力も高く、状態異常に対して極めて高い耐性を所持している。 「能力の方は、クロスイージスとホーリーメイガスのスキルに似たものを使用するみたいです」 生前、そういった能力を持っていたのかも知れない。 だが、残っているのは……そういった能力だけだ。 亡霊たちは、呻いたり嘆くように呟いたりしているが、既に理性のようなものは失ってしまっている。 「2体の強い力を持つ亡霊も同じです。護らねばと繰り返し呟いていますが、死んだ時の何かが固まったまま残っているという感じで……」 言葉を交わす事などはできない。 そして死体たちの方は、それすらない。 かつて生きていた、今は別の何かでしかないのだ。 「意思のようなものはなく、精神系の異常は受けません。それ以外の状態異常も効きにくいみたいです」 動きはそれほど機敏ではないが、力は強く耐久力も高いようだ。 攻撃は近くの者に対する物理的なもののみだが、強い毒を流し込む力を持っているらしい。 「死体たちの方は、攻撃よりも相手の攻撃を防がせたり進路を妨害したりといった盾役や壁役という形で行動させているみたいです」 移動中であっても数体が楽団員2人の近くにおり、庇える態勢を取っているようだ。 強力な2体の亡霊も楽団員たちの近くにいるらしい。 ただ、戦闘となれば如何なるかは分からない。 楽団員2人がどう動かすか、という処だろう。 2人は今のところ、見つからないように逃げる事を重視しているようだ。 性格なのか、状況がそうさせているのか? とにかく、かなりの警戒をしていることは間違いない。 ただ、相手を倒せると判断すれば死者たちに攻撃を重視させる可能性は充分にある。 例え1人であろうとリベリスタたちを倒せれば、自分たちの戦力を大きく高めることができるのだから。 ●双子のヴァイオリニスト 「楽団員は2人共、ヴァイオリンの演奏者です」 気弱な雰囲気を漂わせるピアニッシモという少年と、凛とした態度のフォルテッシモという少女の双子。 両者の持つヴァイオリンはそれぞれ異なる力を持ち、2人はその力を活かして死者たちを操り、自身も戦闘を行ってくる。 「少年の方は遠距離まで届く全体攻撃を行ってきます」 相手を直接傷付ける効果はないが、攻撃や防御の力、動きの機敏さを異状によって低下させる効果があるようだ。 「それぞれ1つの能力を大きく下げる力と、3つの能力を少しずつ低下させる力の4種を使いこなします」 少女の方も遠距離まで届く全体効果を持つ力を扱うが、こちらは攻撃ではなく支援の能力らしい。 「味方や自身の能力を向上させる付与の力と、傷を癒したり異常を解除したりする回復の力を使いこなすようです」 それらはアーティファクトである楽器の力によるものらしい。 もちろん、それを使いこなすだけの力が2人にあるという事でもあるが。 「その力によって操られる死者たちも、本来以上の力を与えられているようです」 少年によって死者たちの攻撃によって猛毒や不吉を招く力が施され、少女の力によって戦闘能力が強化されているらしい。 とはいえ逆に考えれば、どちらかが倒れる事でそれらの死者たちへの力の付与は失われる。 「2人はそれ以外にも、ネクロマンサーとしてのスキルも行使します」 使用してくるのは、霊魂を弾丸にして複数の敵を射撃し麻痺させる攻撃スキルと自身のドラマ値を大きく上昇させる付与スキルのようだ。 「……以上が、敵の戦力になります」 マルガレーテはそう言って、一旦話を区切った。 死者たちを全て倒す必要はない。 楽団員の2人さえ倒せば、死体たちは動きを止め、亡霊たちは形を失い消滅する。 だが、逆に自分たちの誰かが倒されるような事になれば……敵の戦力は増加するのだ。 「2人は皆さんを倒せそうと考えれば攻撃を重視してくると思いますが、倒せない、 或いは倒すにしても被害が大きき過ぎると判断すれば、逃亡しようとします」 逃亡する際もできるだけ戦力を維持しようとはするようだが、無理と判断するならば全ての戦力を足止めに使ってでも離脱しようとするだろう。 「それだけは、何としてでも阻止して欲しいんです」 その為に、今回2つのチームにお願いする事になりました。 フォーチュナの少女はそう言ってから、それぞれのチームに詳しく説明し始めた。 ●終わりし者に、鎮魂を 「こちらは主に、楽団員たちの操る死者たちへの対応となります」 マルガレーテはそう切り出した。 22体の死者たちが周囲を固めていては、楽団員を討つ事は難しい。 「ですので皆さんには、最初から敵と対峙し出来るだけ死者たちを引き付けるという役割をお願いしたいんです」 もちろん、倒してしまっても構わない。 ただ、全力で掛かっても全ての死者たちを倒すのは難しいとフォーチュナは説明した。 「最初から戦うのは此方の班だけですので、楽団員含め全ての敵の攻撃を引き受ける形になります」 その攻撃を受けながら、可能な限り死者たちを楽団員たちから引き離す。 別の班がいることに気付かれないように注意しつつ、だ。 もしもう一方の班が近くに隠れるという場合は、多少無理をしてでも自分たちに注意を引き付けねばならなくなるだろう。 とはいえ相手は充分な警戒を行っている。 無理に自分たちに意識を向けさせようとすれば……かえって怪しまれるような事になってしまうかもしれない。 「気付かれた場合、相手は恐らく撤退を視野に入れると思います」 相手に気付かれぬようにして、どれだけ死者たちを楽団員から引き離せるか? それによって、もう一方の班の成功率は大きく変化する事になる。 直接楽団員を狙う訳では無いとはいえ、重要な任務であることは間違いないと言えるだろう。 「どの地点で攻撃を仕掛けるかというのも影響が大きいと思います」 マルガレーテはそう付け加えた。 もう一方のチームが草原内に潜伏する場合も影響はあるが、気付かれない事を重視して森に隠れる場合、襲撃に大きく間が開く可能性が出てくるのだ。 草原の中央近くで戦闘になれば、敵が森に逃げ込むのに時間が掛かるが、味方が森に隠れていた場合、敵に襲撃を行うまでに数十秒の時間が生まれる。 森から出てきた所やもう一方の森の手前で戦いとなれば、襲撃するまでのタイムラグは無くなるが、今度は敵に森に逃げ込まれ易くなる。 草原ならともかく森に逃げられると、姿を眩まされてしまう可能性は極めて高い。 もっとも、その辺りはもう一方のチームが如何するのかという点を考えなければ方針を決めるのは難しいだろう。 とはいえそれが決まれば、後は不自然にならないように気を付けて戦うのみとも言える。 「もちろん、何か他に良い作戦があるという事でしたら、そちらを実行して下さって構いません」 そう言って話を終えると、マルガレーテはリベリスタ達を見回した。 楽団員達を逃せば、再び潜伏され戦力を整えられてしまう可能性が高い。 そうなれば、アークの脅威となることは間違いないだろう。 何より一般人に多くの被害者が出ることになるのだ。 それだけは、何としても避けねばならない。 「……どうか、充分にお気を付けください」 マルガレーテはそう言って、リベリスタたちを送り出した。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:メロス | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年04月22日(月)23:23 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●終わりの為に この日本、三高平に楽団が及ぼした影響は大きい。 これ以上大切な人を失いたくない。 だから。 「戦おう」 『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)は呟いた。 (もう、アンコールは必要ないのだ!) 幾つもの命が失われた。 数え切れないほどの人々の命、そして……幾人かの、仲間たち。 アークのリベリスタたちの、命も。 「……俺も楽団と対峙することになるとはね」 (これも何かの縁、かな) 誰に言うでもなく『赫刃の道化師』春日部・宗二郎(BNE004462)は口にした。 (まあ、そんな縁はこちらから切らせてもらいたいところだけど) 内心呟き、戦いが始まったら雷音が庇える位置を取れるように意識して潜伏を続行する。 雷音も草原中央で伏せるように身を隠していた。 「間に合わなかったとか情けないよねー」 『断罪狂』宵咲 灯璃(BNE004317)が小さく呟く。 (アンコールに応じてる訳でも無さそうだし、後悔抱えたまま何処に逃げる心算だろう?) 「落ち武者狩りか」 『道化師』斎藤・和人(BNE004070)も呟いた。 彼も草原に馴染む色合いの格好で、同じように潜伏している。 (まー負けた側にはつきものの戦いだわねえ) 「んじゃ、しっかり摘み取るとしますかね」 「楽団との戦いも、フィナーレか」 (此処で負ける訳にもいかねえ、負かせてやろうじゃねえか) 『蒼き炎』葛木 猛(BNE002455)も周囲に響かぬよう、注意した小声で口にした。 (指揮者を倒したところで、面倒ごとが尽きないのが連中の嫌なトコロよね、本当に) 肩でも竦めるように内心で呟いてから。 (さぁ、人の迷惑顧みず、未だに安眠妨害して連れ回してる連中をぶっ飛ばすとしましょうか!) 『炎髪灼眼』片霧 焔(BNE004174)は自身に気合を込める。 暗視能力を使用する彼女の瞳には、昼と大差のない視界が広がっていた。 彼女の見つめる視界の先の森……そこから現れるはずの楽団員たちは未だ姿を見せてはいない。 その楽団員たち2人を、逃がさないように引き付ける。 「頑張らないと……」 内からこみ上げる震えを抑えるようにして。 『やわらかクロスイージス』内薙・智夫(BNE001581)は自身に言い聞かせるかのように呟いた。 ●草原の開幕 『蒼銀』リセリア・フォルン(BNE002511)も音を立てないように注意しつつ、仲間たちと共に草むらに潜伏していた。 森の間の草原で待ち伏せし、陣地を作成し囲んだのち、別部隊と挟撃し一気に畳み掛ける。 それが今回の作戦である。 暗視ゴーグルを準備しカモフラージュ用の装備を身にまとった智夫も、草原の中央付近に身を潜めていた。 待ち伏せしている8人の殆どが暗視能力を用意し、それ以外の者もゴーグル等で不足を補っている者が多い。 猛はそれに加え、聴覚をも強化した状態で、前衛に位置が取れるようにと身を伏せていた。 仕掛けるタイミングは、敵集団が草原の中央付近に来た際である。 頭の中で優先順位を確認する。 もう一方の班との連絡は皆に任せ、和人は静かに待機していた。 音で気付かれれば、全てが無駄になるかもしれないのだ。 焔も物音等を立てないように注意する。 ここまでくれば、後はタイミングを合わせて仕掛けるだけだ。 そして……もう一方の班から連絡が入って少しの時が流れた後……草木がざわめいた。 森の中から草原へ、ひとつの集団が姿を現す。 無言で這うような足音を響かせ、あるいは僅かな呻きのみを零しながら……死者たちの軍勢が歩みを進める。 灯璃は能力によって聴覚を強化し、楽団員たちの会話を盗聴しようとした。 まだ動きはしない。 森から充分に離れた状況で襲撃を行うために、今はギリギリまで引き付ける。 聞こえてくる言葉は、あまり意味のない掛け合いだった。 どこか不安定な感じの少女を落ち着かせるように、少年が短く言葉を返すという感じだろうか? もう一方の班から能力によって情報が送られ、智夫がそれをハイテレパスを用いて皆に伝える。 楽団員の一方が暗視能力を持ち、もう一方が陣地作成に対処可能な知識を持っているらしいという情報も入ってきた。 その場合、使用は最初の1回のみ。 (──さあ、今宵の喜劇もここでフィナーレだ) アンコールは存在しない。 「終演の舞台を共に作ろうじゃないか」 決して聞こえぬようにと呟きながら、宗二郎は戦闘衣である道化師の服をまとい、半分だけの道化師の仮面を被る。 集団は少しずつ距離を詰めてくる。 その時、灯璃は気付いた。 楽団員の少年が、なにか怪訝そうな呟きを発したのである。 智夫に短く伝えた直後、死者たちの動きが一瞬止まった。 攻撃の間合いにはまだ、入っていない。 それでも。 全員が、一斉に動く。 智夫は頭の中で連絡について再確認した。 別班に行動開始を頼むのは、相手が逃げようとした場合か、此方に2人以上の戦闘不能者が出た場合。 そして、陣地作成を完了した時だ。 宗二郎が飛び出し、続いた雷音がその後ろに隠れるようにして陣地作成を開始する。 「さて、んじゃまぁ……今回も派手に一暴れするとしますかねぇっ!」 そう言って前に出る猛に頷いて、リセリアも戦闘態勢を取った。 「幾ら日本が狭いといっても、各地に展開して移動を徒歩に頼れば遅参もしましょう……」 (まあ、そちらの事情は知った事ではありません) 「――ただで逃げれるとは思わない事です」 セインディールを構え、少女は静かに口にした。 その兵隊、そして貴方達の首か要たる楽器。 「置いていっていただきましょうか」 ●虚実の中で 直後、リセリアは動いた。 狙いはフォルテッシモ、撹乱し初動を乱すのが目的である。 地を蹴り、駆けるように低く飛び、少女は楽団員の片割れを強襲した。 それを妨害するように、楽団員を庇うように死者の1体が立ち塞がる。 リセリアは斬撃を見舞い、一旦距離を取った。 智夫は突破されぬよう他の前衛たちと横に並び壁を作るように位置を取る。 最優先は、仲間が倒されぬ事。 次に、こちらの班に敵の注目を惹きつける事。 仲間の前衛たちの位置取りに気を配りながら、智夫は翼の加護を皆に施した。 「御機嫌よう、良い夜ね」 焔は腕に炎を纏わせながら、呼びかけた。 「こんなに素敵な夜なんですもの、私たちと遊んでいってもらいましょうか」 ねぇ、楽団の演奏者さん? 加護によってもたらされた翼で低く飛びながら、敵の前衛を固める死者たちへと襲い掛かる。 「なんで……こんな!?」 「……流石アーク、カレイドシステム、という事だと思うよ」 少女の言葉に少年が応え、強力な2体の鬼の亡霊たちが2人の傍らに位置を取った。 「あぁ、くそ、このままじゃ……強引にでも押し込んであの面叩きに行くか…?!」 直線上の死者たちを薙ぎ払うように飛翔蹴りを繰り出した猛が、焦るような声色で口にする。 さも、単独で突撃するかどうか、と悩んでいるかの様に。 そんな前衛たちに向かって、鬼の亡霊たちが嘆くような、呪い恨むような呻き声を向け始めた。 それらを堪えながら和人も前衛に立ち、そのやや後ろ、中衛的な位置に前衛をフォローするような形で灯璃が位置を取る。 そのまま彼女は赤と黒の刀身の双剣を投擲し、一帯に斬撃の嵐を巻き起こした。 「下がれるか?」 「大丈夫なのだ」 宗二郎の問いに雷音が答える。 青年は頷くと、雷音を庇うように徐々に後退しながら全身に破壊の闘気を漲らせた。 死体の半数ほどが前進し、前衛たちに攻撃を仕掛けてくる。 残りの一部は楽団員2人を庇うように位置を取っていた。 「敵は此方に向かってきているようだな。なかなかに厄介なのだ!」 陣地を作成するための力を蓄えつつ、雷音が呟く。 念の為にAFは、別班と繋げてあるのだ。 リベリスタ達の動きを窺いながら待機していた2人は、少なくとも即座に逃げようとは考えていないようだった。 とはいえ、油断している様子もない。 ただ、少年は警戒しているものの、少女は攻勢を考えている様子だった。 少女がヴァイオリンを奏でるようにして自分たちの力を高め、少年が霊魂で作り出した弾丸で前衛たちを薙ぎ払う。 機敏な動きで直撃を避けたリセリアは、再び地を蹴り一気に距離を詰めた。 楽団員の2人は、死体たちに守られている。 その近くに控える防御を重視した鬼の亡霊に一撃を浴びせ、彼女は素早く後退した。 回避能力も決して低くはないようで、直撃はしていない。 直撃させたとしても撹乱は容易ではなさそうである。 続く智夫は邪気を退ける力を放ち、仲間たちを蝕み自由を奪う霊魂たちを浄化した。 動きを取り戻した焔は戦いながら仲間たちと連携するようにして後退し、猛も攻撃を繰り出しながら死者たちを引き離すために下がってゆく。 「よっしゃあ! 狙い通……って、おいおい。随分と数が多いじゃねえか……大丈夫かよ、これ?」 「このままでは押し切られてしまうのだ!」 弱気っぽそうな発言をする猛に、雷音はそう続けながら……力を蓄え終えた。 蓄えられた力が解放され、周囲を包み込むようにして雷音の陣地が形成される。 こうして作戦は、次の段階へと移行された。 ●佳境、本編へ 「──あぁ、くそ、演技だとか苦手だっつーの。ンじゃ、始めようぜ、楽団」 こっからが、命賭けた本気の喧嘩だぜ。 猛がビッ、と親指で首を掻っ切るジェスチャーをしてみせる。 警戒したのか、亡霊たちは前進を止め、距離を置いたままの攻撃を開始した。 代わりに、死体たちに混じるようにして強力な鬼の一体が前進してくる。 「鬼さんこちら、手の鳴る方へ……ってな」 和人はそれを抑えるように位置を取り、破邪の力を帯びさせた鈍器を叩き付けた。 同じく前衛たちのやや後方で後退していた灯璃も攻めに転じる。 銃撃ではなく斬撃で嵐を生み出していた彼女は、何とか守りの鬼を引き離せないかと画策していた。 (回復が必要な状況になれば出て来るかな?) そう考えたのだが、今のところ護鬼は2人の傍らに位置したままである。 「死よりなお昏い闇を」 宗二郎は己の生命力を暗黒の瘴気へと変換し、死者たちへと向けた。 陣地作成が完了しても、為すべきことは変わらない。 もっとも相手の動きは変化し始めていた。 死体たちはそれ以上前進せず、前進していなかった他の全ての死体たちが楽団員たちの周りを固めるように動き始める。 強気だったフォルテッシモの方も、警戒を強めたようだ。 灯璃はそんな印象を受けた。 もっとも、攻撃の手を緩める様子はない。 霊魂の弾丸が前衛たちを襲い、死者たちも引き続き攻撃を仕掛けてくる。 特に、智夫と宗二郎の2人が厳しくなった。 宗二郎は元々回避より攻撃を重視しているため、直撃やそれ以上の攻撃を受ける可能性がどうしても高くなる。 智夫は回避する技術は持っていたが、他の前衛たちと比べると耐久力の面で一歩及ばなかった。 とはいえ他の前衛たちにも余裕はない。 和人も強力な亡霊との対峙によって負傷を蓄積させていた。 リセリアは敵に圧力をかけるように攻撃を続け、別班に連絡した智夫は回復に専念し前線を支える。 癒しの福音を響かせながら、彼は亡霊たちに視線を向けた。 知っているような、そんな気がする。 けれど……言葉は届かないだろう。 (その人達は守る相手じゃないよ。貴方達が守るべき鬼角はもういないんだ) それでも、そう呼びかけたいという衝動がこみ上げてくる。 前鬼と後鬼、そんな名だった筈だ。 和人と相対するその一方に、焔が炎の拳をふるって殴りかかる。 陣地を作成した雷音も、結果として回復に専念する形となっていた。 射線に注意している為に狙われる事はないが、それだけ前衛たちに攻撃が集中しているのである。 天使の歌を響かせながら、彼女はできるだけ皆が効率よく戦えるようにと戦況を分析し皆に動きを伝える。 和人は幾度か攻撃を続け相手の付与された術を解除すると、使用する能力を変更した。 灯璃は攻撃を強力な全方位攻撃から正確な狙撃へと切り替える。 彼女は楽団員の傍らで守りを固め、癒しの力をふるう鬼へと双剣を投擲した。 「おっと。そう簡単に通すほど俺は甘くないぜ?」 宗二郎は後衛が狙われぬように注意しながら剣を振るい、瘴気を放つ。 楽団員は最悪別働隊に任せよう。 そう割り切って、彼は自分にできることに専念していた。 リベリスタ達の戦い方を見た楽団員たちは、攻撃の一部を回復役の智夫に集中させるものの、青年はそれを運命の加護を得て耐え凌ぐ。 何とか戦線を支えている状況で、楽団員たちが後方に警戒を向けた。 6人のリベリスタ達が新たに戦場に突入したのである。 ●ひとつの、結末 リベリスタ達は勿論、楽団の側にも大きな損害は出ていなかった。 それでも2人は即座に撤退を決意したらしかった。 それを妨害すべく、リセリアは待機し敵の動きを観察する。 智夫は変わらず回復に専念する形になっていた。 実際に戦っている時間は極めて短い。 それでも、揮う力の大きさ故に消耗も大きかったのだ。 回復役の1人である事と前衛であったことで、攻撃が集中していた。 (その分……皆への攻撃は軽減されたのかな?) 怨嗟の声に胸を締め付けられるようにして……智夫はついに、ひざを折る。 その分を支えるように焔は前進し、消耗を気にしながら腕に纏わす炎の大きさを調節した。 考える事は、それくらいだった。 死者たちがどんなに耐久に優れていようと関係ない。 (私はこの拳で全てを通す) 「元より私にはコレしかないんだから」 心にそれだけ決めて、焔は拳を振るう。 前衛たちが麻痺で動きを封じられた時を利用して、鬼の亡霊が後退していた。 猛は其方には構わす、雷を纏わせた魔力鉄甲で前衛を固める死者たちを薙ぎ払う。 雷音は詠唱によって福音を響かせながら戦況を確認した。 自分たちと向かい合う死体たちは立ち塞がったままだが、亡霊たちの半数ほどが別の班に向かったお陰で、何とか回復は間に合いそうだった。 とはいえ、それだけもう一方の班に負担がかかるのも事実である。 「間に合わないとか、あなた何しに日本へ来たの?」 灯璃は挑発するように声をかけた。 「慎重と言えば聞こえは良いよね? 臆病者さん? ほら、かかってきなよ」 負けた理由を実感させて上げるから。 彼女の挑発に少年は答えず、寧ろ傍らの少女の方が激情し怒声を発する。 (――視界の悪い戦場、展開の早い状況で何処まで的確に指揮出来るものか) 敵の動きを見ていたリセリアは、迂回するようにして逃走を阻止するための移動を開始した。 2人は戦力の一部を集中させ、後方……別班の者たちが遮る側を突破しようとしているようだ。 彼女が向かったことで、前衛が更に減少する。 それでも、残った4人の前衛で前線は安定していた。 焔が仲間の位置に注意しながら、業火を帯びた腕で周囲を薙ぎ払う。 猛は強力な能力の連続使用で力の限界が近づいていたが、鍛えられた熟練の格闘技術で敵の前線を打ち崩しつつあった。 「來來氷雨!!」 前衛たちが落ち着くまで回復を行うと、雷音も呪力を帯びた凍てつく雨で前線の死者たちを攻撃する。 「こんどこそ本当のピリオドを打つのだ!」 涙も血も流れて欲しくない。 笑顔や命が失われていい筈がないのだ。 亡霊たちの攻撃を意に介さず、和人は後退した鬼の亡霊へと接近するように戦いながら前進する。 攻撃を行いながら、灯璃は楽団員たちの会話を耳にした。 「僕が残るから、フォルテは逃げて」 少年がそう、口にしたのだ。 続いたやり取りは短かった。 楽団員の片割れが亡霊に守られるようにして一角を突破し、それを追いかけるように2人のリベリスタが駆けてゆく。 其方は任せるしかなかった。 残った別班の者たちと回り込んだリセリアが更なる突破を妨げる間に、残った6人は総力を挙げる。 猛と焔が死者たちを打ち倒し切り開かれた戦線を押し出すようにして、和人は再び強力な鬼、前鬼の亡霊と対峙した。 これもまた大切なお仕事だ。 (やらなきゃやられる訳だからさ) 「悪く思うなよ」 改造銃を鈍器のように、膂力を爆発して叩き込めば、亡霊は機敏な動きで直撃を回避し朧な武器を振るう。 戦いの中、宗二郎は残った楽団員の少年へと距離を詰めた。 死者たちの力は、途中から弱まり始めていた。 攻撃が軽くなり、こちらの攻撃に耐える力も弱まっている。 それが何を意味するのか考える前に、宗二郎にはやるべき事があった。 仲間たちが死体や亡霊たちと対峙している間に……直死の大鎌を構え、全身の闘気を爆発させる。 青年の動きに対応しようとした少年を、魔術師の弾丸が貫いた。 それでも奏でられる音色が、宗二郎の何かを傷付ける。 それを、運命の加護で耐え忍んで……再び刃が振るわれた。 少年が動きを止め、微かに唇を震わせ……崩れ落ちる。 それに続くように死体たちが崩れ落ち、亡霊たちがうつろい始めた。 それが……戦いの終わりを示していた。 ひとつの終わり。 けれどそれは…… 誰かが、唇を噛んだ。 それは、もうひとつの始まりを意味していた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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