●戦わずして、敗れた者 「……私には、信じられない」 「フォルテ?」 「分かってるわよ」 少年の言葉に、苛立たしげに少女が答える。 情報としての信憑性が低いという訳ではない。 信じたくない、のだ。 情報そのものの信憑性は高い。 だが、今までの蓄積を考えれば……文字通り、『信じられない』情報だった。 それでも……冷静に考えれば……何より現状を省みれば、信じざるを得ない。 納得せざるを得ない。 楽団は敗北し、自分たちの指揮者は……失われたのだ。 しかも…… 「僕たちは……間に合わなかった」 少年は、何かを吐き出すように呟いた。 最初のリベリスタ達との遭遇で、思った以上に戦力を消耗したのが拙かったのかも知れない。 そう思った。 慎重に行動し過ぎた結果、戦力の増強に思った以上の時が費やされた。 それでも戦力は充分とは言えなかった。 アーク本拠地の襲撃のため、その時点で戦力の増強を打ち切り急いだものの……最新の情報を確認した時には、既に戦いは終わっていた。 自分たちがいたから、大きく戦況が変わったとも思えない。 だが、自分たちのように間に合わなかった者もいた筈だ。 三高平市への襲撃は、今までの楽団の事を考えればそれこそ信じられないほど急に決定されたものだった。 かつてない戦力が注ぎ込まれたのは間違いない。 だが、それでも全てでは無かったのではないだろうか? ……もちろん、その場にいなかった自分たちには……何も分からない。 できるのは、推測だけ。 浮かぶのは、後悔だけ。 何故、自分たちは、自分は…… 「……ピアニー?」 「……とにかく急ごうか? できるだけ早く、アークの勢力圏から離れないと」 少年の言葉に何か言おうとして口籠ったあと、少女は頷いた。 「……そうね、とにかく西を目指しましょ」 ●ピリオドの為に 「ケイオスの配下だった楽団員達を補足しました」 マルガレーテ・マクスウェル(nBNE000216)はそう言って、スクリーンにデータを表示させた。 「確認できたのは楽団員2名、そして2人の操る亡霊と遺体、計22体です」 フォーチュナの少女は説明しながら端末を操作し、表示されたデータを切り替える。 「楽団員たちは現在、人目を避けるようにして市街地から離れた森林部を移動しているようです」 方角的には三高平から離れるような形だろうか? 「襲撃した楽団員達の中に2人のデータはありませんので、何らかの理由で襲撃に参加しなかった集団だと思われます」 襲撃に参加してないにも関わらず現状の戦力と考えると、戦力を揃えるのに手間取り決戦に間に合わなかったのかもしれない。 「どうであろうと、放置する訳にはいきません」 厳しい表情で、マルガレーテは口にした。 死体や亡霊等を戦力として使用できる楽団員たちは、1人で戦闘集団を造り出せる能力を持っている。 ここで逃せば、集団は更にその戦力を増強していく事だろう。 他の楽団員達と合流するような事になれば……指揮者を失ったとは言え、協力し合う事が無いとは言い切れない。 「そうさせない為に……楽団員2人の討伐を、お願いします」 マルガレーテはそう言って、詳しく説明し始めた。 「楽団員達を補足できるのは、此方になります」 そう言いながら少女は端末を操作し、スクリーンに画像を表示させた。 地図と共に、森に挟まれるようにして存在する起伏の少ない草原が画面に表れる。 少女は画面を指し示しながら、楽団員たちは草原を通って森から森へ移動しようとしますと説明した。 「残念ながら、森の中をどのように進んできたのか? 反対側の森に入ってから如何進むのか? ……までは、分かりませんでした」 ただ、森から森に移動する際にその草原を必ず通る事や、いつ、どの地点に姿を現わすか、等は確認できたようだ。 「時間の方は夜になりますが、月は出ておりある程度の明るさはあります」 ただ、その分それだけ見通しが効くという事にもなる。 「草原はだいたい膝くらいかそれより下の長さの草が生えています」 場所によって高さは違うが、だいたい草原を覆い尽くすくらいには繁っている。 大人でも伏せていれば身を隠すことは可能だろう。 とはいえ月や星である程度の明るさがあるとなると、用心深く観察されるようなことになれば発見される可能性もある。 ただ、その場合でも戦闘距離とはいわないまでもある程度近付かなければ発見される事はないだろう。 ●目覚めさせられし者共 「楽団員たちは自分たちの周囲を死者たちで固めるようにして、周囲を警戒しながら移動しているみたいです」 内訳は、死体と亡霊が10体ずつと強力な亡霊が2体。 「亡霊の方は、鬼達のものらしいです」 かつてアークと死活の戦いを演じる事となった、鬼道の者たち。 これまでにも鬼達の亡骸を操っている楽団員達が存在したが、この2人も戦いが行われた場所へと赴いていたのかも知れない。 「鬼の亡霊たちは、霧のような何かが形を持った……という感じの外見をしています」 半分実体化しているようで、普通に武器等の攻撃も効果がある。 「もちろん相手も、物理的な攻撃を行ってきます」 亡霊たちの攻撃手段は、霧のような腕から生やした鉤爪による物理攻撃と、胸を直接締め付けるような絶望と嘆きに満ちた呼び掛けによる神秘攻撃。 どちらの攻撃にも、対象に不吉をもたらす効果があるようだ。 「能力の方はバランスの取れたタイプのようです。また、麻痺無効や呪い無効に似た能力も持っているみたいです」 それを上回るのが、2体の強力な鬼の亡霊である。 こちらも、半分実体を持ったような存在らしい。 「2体のうちの一方は、肉体能力に優れた戦士系です」 力や耐久力に優れ、動きもかなり機敏なようだ。 デュランダルとソードミラージュを合わせたようなもので、それらのスキルに似た能力を使うらしい。 「もう一方は、肉体と精神の両面での強靭さを持つ防御型のようです」 攻撃技術という点では劣る部分はあるが、防御力も耐久力も高く、状態異常に対して極めて高い耐性を所持している。 「能力の方は、クロスイージスとホーリーメイガスのスキルに似たものを使用するみたいです」 生前、そういった能力を持っていたのかも知れない。 だが、残っているのは……そういった能力だけだ。 亡霊たちは、呻いたり嘆くように呟いたりしているが、既に理性のようなものは失ってしまっている。 「2体の強い力を持つ亡霊も同じです。護らねばと繰り返し呟いていますが、死んだ時の何かが固まったまま残っているという感じで……」 言葉を交わす事などはできない。 そして死体たちの方は、それすらない。 かつて生きていた、今は別の何かでしかないのだ。 「意思のようなものはなく、精神系の異常は受けません。それ以外の状態異常も効きにくいみたいです」 動きはそれほど機敏ではないが、力は強く耐久力も高いようだ。 攻撃は近くの者に対する物理的なもののみだが、強い毒を流し込む力を持っているらしい。 「死体たちの方は、攻撃よりも相手の攻撃を防がせたり進路を妨害したりといった盾役や壁役という形で行動させているみたいです」 移動中であっても数体が楽団員2人の近くにおり、庇える態勢を取っているようだ。 強力な2体の亡霊も楽団員たちの近くにいるらしい。 ただ、戦闘となれば如何なるかは分からない。 楽団員2人がどう動かすか、という処だろう。 2人は今のところ、見つからないように逃げる事を重視しているようだ。 性格なのか、状況がそうさせているのか? とにかく、かなりの警戒をしていることは間違いない。 ただ、相手を倒せると判断すれば死者たちに攻撃を重視させる可能性は充分にある。 例え1人であろうとリベリスタたちを倒せれば、自分たちの戦力を大きく高めることができるのだから。 ●双子のヴァイオリニスト 「楽団員は2人共、ヴァイオリンの演奏者です」 気弱な雰囲気を漂わせるピアニッシモという少年と、凛とした態度のフォルテッシモという少女の双子。 両者の持つヴァイオリンはそれぞれ異なる力を持ち、2人はその力を活かして死者たちを操り、自身も戦闘を行ってくる。 「少年の方は遠距離まで届く全体攻撃を行ってきます」 相手を直接傷付ける効果はないが、攻撃や防御の力、動きの機敏さを異状によって低下させる効果があるようだ。 「それぞれ1つの能力を大きく下げる力と、3つの能力を少しずつ低下させる力の4種を使いこなします」 少女の方も遠距離まで届く全体効果を持つ力を扱うが、こちらは攻撃ではなく支援の能力らしい。 「味方や自身の能力を向上させる付与の力と、傷を癒したり異常を解除したりする回復の力を使いこなすようです」 それらはアーティファクトである楽器の力によるものらしい。 もちろん、それを使いこなすだけの力が2人にあるという事でもあるが。 「その力によって操られる死者たちも、本来以上の力を与えられているようです」 少年によって死者たちの攻撃によって猛毒や不吉を招く力が施され、少女の力によって戦闘能力が強化されているらしい。 とはいえ逆に考えれば、どちらかが倒れる事でそれらの死者たちへの力の付与は失われる。 「2人はそれ以外にも、ネクロマンサーとしてのスキルも行使します」 使用してくるのは、霊魂を弾丸にして複数の敵を射撃し麻痺させる攻撃スキルと自身のドラマ値を大きく上昇させる付与スキルのようだ。 「……以上が、敵の戦力になります」 マルガレーテはそう言って、一旦話を区切った。 死者たちを全て倒す必要はない。 楽団員の2人さえ倒せば、死体たちは動きを止め、亡霊たちは形を失い消滅する。 だが、逆に自分たちの誰かが倒されるような事になれば……敵の戦力は増加するのだ。 「2人は皆さんを倒せそうと考えれば攻撃を重視してくると思いますが、倒せない、 或いは倒すにしても被害が大きき過ぎると判断すれば、逃亡しようとします」 逃亡する際もできるだけ戦力を維持しようとはするようだが、無理と判断するならば全ての戦力を足止めに使ってでも離脱しようとするだろう。 「それだけは、何としてでも阻止して欲しいんです」 その為に、今回2つのチームにお願いする事になりました。 フォーチュナの少女はそう言ってから、それぞれのチームに詳しく説明し始めた。 ●ふたつの音色に、終幕を 「こちらの班には、楽団員たちへの奇襲を目的としてもらいます」 マルガレーテはそう言って、作戦について切り出した。 今回の任務には、2つのチームが投入できる。 一方のチームに敵戦力を引き付けてもらい、楽団員たちの周囲が手薄になった時点で、もう一方のチームが楽団員達を狙って攻撃を仕掛ける。 それが今回の作戦である。 「皆さんには、楽団員たちへの襲撃を行ってもらう形になります」 フォーチュナはそう説明した。 もう一方の班に最初の戦いは任せ、こちらは隠れて戦況を窺う。 そして楽団員たちを倒せると判断した時点で襲撃をしかけるのだ。 「何処にどのように隠れるか、どのタイミングで仕掛けるかで作戦は大きく変わると思います」 離れた場所に隠れれば発見される可能性は大きく下がるが、攻撃を仕掛けるまでに時間が掛かる。 近くの場合、襲撃前に発見される可能性がある。 「もう一方の班がどこで戦闘を始めるかも影響すると思います」 マルガレーテは付け加えた。 森に隠れた場合、草原の中央近くで戦闘になれば敵に襲撃を行うまでに数十秒の時間が生まれる。 森の近くで戦いとなれば、襲撃するまでのタイムラグは無くなるが、今度は敵に森に逃げ込まれ易くなる。 草原ならともかく森に逃げ込まれると、姿を眩まされてしまう可能性は極めて高いのだ。 「どうするのかは、皆さんでやり易いように決めて下さって問題ありません」 もうひとつの重要なのは、襲撃を行うタイミングだ。 あまり離れない内は勿論だが、無理に死者たちが離れたり倒されるのを待ち過ぎると、もう一方の班が消耗し切ってしまう可能性がある。 引き離すのが上手くいかない場合もあるし、上手くいっても全ての死者が楽団員たちから離れるという事は無いだろう。 「少なくとも数体は護衛として周囲を固めるのではと予測されます」 こちらが万全であっても、もう一方のチームがの消耗が激しければそちらを突破されて逃げられるだろうし……最悪、誰かが倒されて敵戦力が増強される可能性すらあるのだ。 そうなれば、此方が撤退するという事態に為りかねない。 逃げられないような戦い方も大事かもしれないが、襲撃前と襲撃開始が作戦の成否を左右すると言っても過言ではないだろう。 「もちろん、何か他に良い作戦があるという事でしたら、そちらを実行して下さって構いません」 そう言って話を終えると、マルガレーテはリベリスタ達を見回した。 楽団員達を逃せば、再び潜伏され戦力を整えられてしまう可能性が高い。 そうなれば、アークの脅威となることは間違いないだろう。 何より一般人に多くの被害者が出ることになるのだ。 それだけは、何としても避けねばならない。 「……どうか、充分にお気を付けください」 マルガレーテはそう言って、リベリスタたちを送り出した。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:メロス | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年04月22日(月)23:23 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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●序曲 「かける情けはありません」 『贖いの仔羊』綿谷 光介(BNE003658)は静かに口にした。 もっとも、それ故に発された言葉は大きな重みを漂わせている。 普段の穏やかで少し気の弱そうな彼を知る者であれば、何かを感じずにはいられないだろう。 それだけのものを……楽団員たちはもたらした、ということだ。 (敗走中でも容赦するわけにはいかない。楽団だけは) 「彼らが死者の安息を脅かす限りは……絶対に」 強い決意と共に、少年は静かに言葉を紡ぐ。 『破壊の魔女』シェリー・D・モーガン(BNE003862)の想いは、もっと端的だった。 (楽団は一人残らず、激情のままに滅するのみ) 唯、それだけである。 「かのケイオスも倒れ、楽団との戦いも……終わりを迎えますか」 『朔ノ月』風宮 紫月(BNE003411)は呟いたのち、とはいえ油断はできませんと付け加えた。 彼らもまた、後がない。 (それ故に……全力で抗って来るでしょう) 「目の前の敵を倒す事に全力を振り絞りましょう」 敵の戦力は戦闘によって消耗していないが故に、十分ともいえる。 「こんな風に徒歩で移動してた為に決戦に間に合わなかった楽団の残存戦力、どの程度残っているのやら……」 『星の銀輪』風宮 悠月(BNE001450)も周囲に響かぬよう、小さな声で呟いた。 ――特に、彼ら楽団は個人で相当数の部隊を作り出す。 「確実に無力化していかねばなりませんね」 楽団員たちが集結するようなことになれば、その戦力は飛躍的に増大するのだ。 とは言え逆に考えれば、それだけの戦力が残っていたということでもある。 (なすべき時に、なすべき場に居られなかった事は確かに不幸な事でしょう) 「……例えそうだとしても、築いた死山、汚した生のつけは払って貰いますが」 『祈りに応じるもの』アラストール・ロード・ナイトオブライエン(BNE000024)の呟きを耳に入れながら…… 『陰陽狂』宵咲 瑠琵(BNE000129)は指揮者について、楽団員たちについて、想いを馳せた。 完璧主義者たる指揮者が功を焦ったのか。 或いは楽団員は完璧足り得なかったのか。 「その答えは疾うに出ておる――」 混沌組曲は未完に終わり、幕は下されたのだ。 瑠琵は、宣言でもするように呟いた。 「お主らも指揮者の下へ送ってやろう」 ●徐々に、強く 6人が潜伏したのは楽団員たちがいる側の森だった。 後の挟撃を考えてのことである。 陣地を作成し敵を閉じ込め挟撃するというのがリベリスタ達の作戦である。 もっとも、それで発見されてしまっては意味がない。 紫月は楽団員たちの進路から自分たちの位置がずれるようにと注意して潜伏場所を想定し、シェリーも悟られ難いようにと充分に距離を取った。 そこへ更に瑠琵が、超幻影を使用しての偽装を施す。 彼女は風などで木々が揺れぬような場所を選定し、周囲の風景に馴染むように幻影を作り出した。 その場所から、悠月が千里眼と暗視の能力を駆使して索敵行動を開始する。 不用意に音などを立てて気付かれぬようにと細心の注意を払いつつ、彼女は楽団員たちの姿を探していた。 6人のうちで千里眼や暗視の能力を用意した者は他にもいるが、両方を用意してきたのは彼女のみである。 瑠琵も暗闇を見通す事はできても、木々の茂る彼方を確認することはできない。 悠月の千里眼で敵の進行ルートを探り、敵に見付からぬよう潜伏してやり過ごす。 それが作戦の第一段階だ。 そう割り切り、彼女は静かに時を窺う。 シェリーもカモフラージュ用のマントを羽織って森の中に潜伏し続けた。 視界の都合でテレパス系が難しいならアクセスファンタズムでの連絡もと考えていたが、何とか連絡は可能だった。 索敵を仲間に任せた紫月は、千里眼を駆使することでハイテレパスを活用し、仲間たちと別班への連絡のすべてを引き受ける。 もう一方の班が草原に潜伏していたお陰で、目視は充分に可能だった。 声を発さずとも意思の疎通が行えるというのは大きかった。 やがて悠月が、森の中を進んでくる一群を発見する。 すぐに紫月はそのことを皆に連絡した。 悠月の方はそのまま偵察を続け、敵の位置と動きを確認し続ける。 それらの情報もすべて紫月によって他の者や別班へと伝えられた。 千里眼を使用した光介は、集団が草原に出るのを確認し、その中から楽団員たちの姿を探す。 最優先は、魔術知識に類する能力を持っている者がいないかどうかの解析だった。 もう一方の班で使用する陣地作成の能力への耐性を知るためである。 戦闘が開始される前にと光介は楽団員たちに意識を集中させる。 彼の分析や悠月の偵察の結果を、紫月はハイテレパスを使用して皆と共有し合った。 それらの邪魔をせぬようにしながら、アラストールや瑠琵は状況を把握し、動く準備を整える。 仕掛けるタイミングは、もう一方の班が陣地作成を発動させた直後の予定だ。 その前に、光介はシェリーの意見を聞きながらスキャンを行い、確信した。 楽団員の一方、ピアニッシモという少年は……彼が警戒していた能力を、用意しているという事を。 ●開幕へ向けて すぐにその事を連絡してもらうと、光介は作戦を再確認した。 陣地で捕らえ切れない場合、布陣を整えた戦闘より楽団員への接敵を優先するべきである。 誰かが抑えに回らなければ逃げられてしまう。 リベリスタ達は充分に警戒し、状況を窺った。 楽団員率いる死者の集団はすでに森を抜け草原に入り、別班の潜伏する草原中央に近付きつつある。 フォルテッシモという少女の方が、暗視の能力を用意しているようだ。 アラストールも状況を再確認した。 別班が死者たちを引き離すか戦況がやや不利になった時点での介入を考えていたが、陣地による封じ込めができないとあらば、迅速に行動に移る必要があるだろう。 死者の集団の動きが一瞬止まった……そう思った次の瞬間、潜伏していたリベリスタ達が姿を現した。 6人が見守る中、2つの集団が戦いを開始する。 シェリーは魔陣を展開すると、慎重に森の中を移動し始めた。 挟撃のために、できるだけ最短距離を確保したい。 他の者たちも、静かに行動を開始した。 楽団員たちが戦闘に意識を傾けていると判断した悠月も慎重に魔方陣を展開し、自身の魔力を増大させる。 紫月も極限の集中によって動体視力を高めたのち、続くように動き始めた。 いきなり相手が逃亡した場合なども想定していたものの、流石にそれは無さそうである。 状況を、情報を確認しながら6人は急ぐ。 別班の動きは素早かった。 リベリスタ達が回り込む前に、陣地作成を完了した旨の連絡を紫月がキャッチする。 6人はその場から後背を突くようにして行動を開始した。 「……2つある、むしろ2つしかない指揮命令の要」 (此方の速攻による数十秒、何処まで状況を理解し迅速かつ正確な対応が出来るものか) 「態勢を整える前に畳み掛けさせていただきます」 悠月は静かに呟くと、仲間たちと共に駆け出した。 ●レクイエムは、フィナーレを目指す 一斉に森から飛び出すと、リベリスタ達は草原の中央を目指した。 距離はそれほど遠くない。 すぐに6人は別班の1人が作成した陣地内へと突入した。 離れた場所で、リベリスタたちと楽団員率いる死者の軍勢、死体と亡霊たちの集団が戦いを繰り広げている。 死体たちは半数ほどがリベリスタ達と前衛で対峙し、残りは楽団員2人の近くに控えていた。 2体が護衛でもするかのように、2人を庇えるように位置を取っている。 亡霊は殆どが、前衛を固める死体たちと楽団員たちの間に位置していた。 それ以上は近づかず、離れてリベリスタ達を攻撃しているようである。 やはり少数は残って楽団員たちの近くにいるらしい。 強力な鬼の亡霊たちは、1体が楽団員2人の傍らに控え、もう1体は前衛でリベリスタ側の前衛と相対しているようだった。 敵戦力の半数よりやや多めの数が引き付けられている、という処だろうか? とはいえ敵も其方に完全に気を向けているという訳でもなさそうである。 突入してきた6人を見て、驚いた様子は見せたものの、すぐに対応に動き始めた。 その戦いの最中に、味方前衛の1人が膝をつく。 だが、すぐに別のリベリスタが倒れた者を後衛へと下がらせた。 悠長なことはしていられない。 一丸となって進んできた瑠琵はそのまま駆け続け、敵の1体を抑えるべく前衛に位置を取った。 守りを固める鬼の亡霊は何となく知っている感じがあったが……それは正解だったようである。 後鬼、と呼ばれていた鬼のはずだ。 もっとも、そう呼ぶ者も既にいないだろう。 ならば自分だけでもと思いつつ、瑠琵は印を結び、疑似的に四神の玄武を創り出した。 狙うのは、楽団員たちの周囲を固める死者たちだ。 悠月も拡散する雷で、亡者たちを薙ぎ払った。 そのまま前衛に、死者たちの動きを妨げるように位置を取る。 光介は後衛で、仲間たちを治療するために癒しの力を生み出した。 6人に対処するように、鬼の亡霊たちの半数ほどが動き出す。 それらを視界に収めつつ、紫月は楽団員たちの周囲を固める死者たちへと狙いを定めた。 「狙い撃たせて貰います、御覚悟を……炎獄、舞いなさいっ!」 気迫の声と共に放たれた炎を纏う矢がその数を増やし、死者たちへと襲い掛かる。 (彼らさえ倒してしまえば、この場の敵は消え去ります) 庇うにしても限界はある。 「迅速に、事を終わらせてしまいましょう」 静かに口にし、紫月は次の矢をカムロミの弓に番えた。 シェリーも楽団員2人の様子に気を配りつつも、まずは2人を庇う死者たちの撃破を優先する。 複数を巻き込めると判断し、彼女は亡者たちの眼前に、魔炎を召喚し爆発させた。 技術的には、決して高位の魔術ではない。 だが、彼女自身の魔力と彼女が揮う術杖の力が、その術式を圧倒的な破壊の技へと昇華させていた。 ダメージの蓄積していた1体が、形すら残さず灰となって消滅する。 「投降をお勧めしましょう、ただ、あくまで逃げるなら容赦なく討つ」 聖骸闘衣を纏ったアラストールが静かに、毅然とした態度で呼びかける。 楽団員達はそれに応じることなく、行動を開始した。 集中させた戦力を使って、リベリスタ達の包囲を突破しようとしたのである。 早々に撤退を決めたという事だ。 フォルテッシモと後鬼が癒しの力を揮い、ピアニッシモが霊魂の弾丸でリベリスタ達を薙ぎ払う。 「この手は止めません!」 能力による耐性で霊魂の束縛を逃れながら、光介は断言した。 (いまに限っては生者ではなく死者のために) 「彼らの――亡き家族の安寧のために」 止まるわけには、いかないのだ。 ●最後の、 「決戦に間に合わず、戦わずして敗れた者よ。此処から逃げ出せば生涯悔いが残るじゃろう」 他のアンコールと共に潔く散るのも一興じゃよ? 痺れる身体を気にせぬ様子で、瑠琵は語りかけた。 霊魂の弾丸はリベリスタ達を倒すほどの威力はないが、戦力を減少させるという点においては大きな効果を発揮している。 無事なのは、英霊の加護によりあらゆる異常に侵されぬアラストールだけだった。 その状態を打破すべく、光介は詠唱を開始した。 高位存在の意思を読み取り、その力の一部を癒しの息吹として具現化させる。 「術式、迷える羊の博愛!」 一帯を柔らかな風が包み込み、リベリスタ達の傷が塞がり麻痺した身体が癒されてゆく。 それを許さぬと言わんばかりに亡霊たちが怨嗟の声を響かせた。 紫月が業炎を帯びた矢で死者たちを穿ち、シェリーも味方の陣形を確認しながら魔炎を召喚する。 アラストールは前進し、物理に特化した強力な鬼、前鬼の亡霊と対峙していた。 死者たちは少しずつ数を減じ始めたが、それでもまだ、楽団員たちには届かない。 ブロードソードに破邪の輝きを宿し、アラストールは亡霊と向かい合う。 その状態で、再び楽団員たちは突破を試みるべく攻撃を仕掛けてきた。 それを阻止すべく、大きく回り込んでくる一人の姿をリベリスタ達は確認した。 対峙を続けている別班の者が、此方側を突破しようとする敵を確認し、援護に向かってきたのかもしれない。 もっとも、到着には至らない。 後鬼を抑えるように立ち塞がっていた瑠琵は、運命の加護を手繰り寄せるようにして亡霊たちの攻撃を耐え凌いだ。 霊魂の弾丸の直撃を受けはしたものの、今度は麻痺を振り払い動きを取り戻し、彼女は術式を組み上げる。 庇うものが残っている間、楽団員たちに干渉するのは難しい。 今は唯……術式で押し潰すのみ、だ。 玄武の力によって生み出された圧倒的な水氣が、亡者たちの力を奪い、動きを鈍らせる。 光介は再び癒しの息吹を呼び寄せものの、全員の麻痺を解除するには至らなかった。 悠月も動きに注意しながら、属性の異なる魔術を連続で組み上げ、四色の魔光を楽団員に向ける。 組み上げられていた陣地は、既に時が過ぎ消失していた。 もっとも、存在していたとしても双子の片割れ、ピアニッシモの方はそれを破るだけの知識を所持していることが判明している。 油断など、できるはずもない。 再び楽団員たちが突破を試みようとしたところで、回り込んできたソードミラージュの少女も逃走阻止に加わった。 ピアニッシモが何か口にし、フォルテッシモが激高した様子で否定の言葉を叫ぶ。 少年が更に、窘めるように口にすれば、少女の顔に浮かんだ表情が変化した。 亡霊たちの攻撃が、瑠琵と悠月に集中する。 瑠琵が倒れ崩れた一角を、亡霊に庇われるようにして楽団員の片割れが突破しようとした。 抑えがいなくなった護鬼の亡霊も、それに付き従う。 残った少年が悲しげな、戦意を挫くような音色を奏で始める。 ブレイクイービルと迷いはしたものの仲間たちの傷を慮って、光介は聖神の息吹を具現化させた。 悠月とアラストールが、逃がすまいと駆け出してゆく。 危険はあったが、それでも残った敵戦力も無視できなかった。 紫月は敵の攻撃を運命の加護で耐え抜きながら……業炎の矢の狙いを、死者たちに守られた少年に向けた。 別班の者たちも、壁となっている死者たちを切り崩し楽団員に近付きつつある。 此方の残った戦力では、これ以上の突破を阻止するだけでもギリギリだった。 それでも、出来るだけのことはしなければならない。 シェリーは魔方陣を展開しながら、機を窺い詠唱を開始した。 片割れの制御を離れたせいか死者たちの戦力は減少しているように見える。 動く死者たちは更に数を減らしつつあった。 もっともそれは、今まで攻撃が拡散し蓄積していたという事なのかもしれない。 別班の者が楽団員の少年に接近できたのを確認したシェリーは、攻撃を援護すべく魔術師の弾丸を創り出した。 「かの演目、我等だけなら敗北したでしょう」 アラストールは、変わらぬ口調で語りかけた。 「楽団の敗因、貴公等は敵を作りすぎた、そして侮りすぎた」 「うるさい、うるさいうるさい!!」 怒鳴るような声と共に霊魂の弾丸が放たれる。 逃げ出したフォルテッシモを追ったアラストールと悠月は、森の中で戦いを繰り広げていた。 2人を振り切れないと考えた少女が、2体の亡霊と共に攻撃を仕掛けてきたのである。 一方は強力な鬼の亡霊だ。 アラストールは剣に破邪の光を宿し、悠月は魂を砕く虚無の手で対峙したものの……戦況は厳しかった。 運命の加護で何とか攻撃を耐え凌いでいた悠月が限界を迎える。 劣勢ではあった。 だが、楽団員の少女には時間を掛けられないという訳があった。 対するアラストールも、庇った姿勢のまま迂闊に動けなかった。 仲間だからというのも勿論だが、死はそのまま相手の戦力の増加へと繋がる。 それに、悠月が動けない状態での追跡は難しかった。 「……絶対に許さない」 「それは私とて同じです。ですが、憎悪に縁って振るう刃を私は持ち合わせていません」 フォルテの視線を正面から受け止めて、アラストールは静かに答えた。 表情をゆがめた少女が、亡霊たちを連れ姿を消す。 同時にアラストールは警戒を解かず引き、悠月を守るようにして仲間たちの許を目指した。 森の中は闇に覆われたままである。 夜明けは未だ……遠かった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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