●とある報道番組 「……どうもこんにちわ、お昼のニュースです」 ニュースキャスターが頭を下げる。時刻は正午丁度。時報を跨いではじまった報道番組で、今日のトップを飾ったのは不運ながらもその中に幸運のあった話であった。 「本日午前9時に高速道路で発生した接触事故ですが、奇跡的に死者は0名という情報が先ほど入りましたのでお伝えさせていただきます」 手元に用意された原稿をちらりと見ることもなく、キャスターは続ける。 「なお、怪我人は双方の運転手のみであり、追突された乗用車が全壊であることを考慮すると今回の事件はまさに奇跡的とも言える事態でしょう」 ぺらり、と紙をめくる音が小さく鳴った。 「それでは次のニュースです。カルガモの赤ちゃんが産まれました」 …… ●1か、それとも 「『万華鏡』の予測によってエリューションの誕生が予知された」 その日、リベリスタを集めたのは変哲もない男のオペレーターだった。他のオペレーターの手が回らないのだろう、手短に済まそうと彼は書類形式に纏められた資料を配付する。 「対象となるエリューションはE・アンデッド1体とノーフェイス1名。厄介なことにアンデッドのほうはフェーズ3が近い」 ディスプレイのスイッチが入る。だが、表示されるのはゆったりとした服を着た女性1名のみ。 「知ってる奴も居るかもしれないが、つい先日の高速道路交通事故で発生したエリューションだ」 矢印が画面に追加され、1本は女性を、もう1本は女性の腹を示した。 「本来なら事故で死亡していたんだろうがな。事故の際、胎内にいた胎児は既に死亡しており、E・アンデッドになっていたらしい。その胎児の影響で軽傷のまま事故から生還、同時にノーフェイスに、っていう展開だ」 喋る口調はひたすら平坦に。なんでもない、ただ事実を突きつける調子で彼は続ける。 「相手はエリューションだ。しかもE・アンデッドのほうは防御以外にロクな行動がとれない……かのエリューションが産み落とされる前に対処を頼む」 リベリスタたちを沈黙が押し包む。 「対象は郊外の一軒家で1人暮らしだ。夫は出張中、時間を選べば押し入るのは容易い」 ディスプレイに地図が表示された。 「人間としての彼女、および配偶者への対処は事件解決後に処理班が行う。君たちリベリスタは、迅速にエリューションを排除してくれたまえ」 パン、と書類の束を机に叩きつける音が鳴り響く。 「これが今回の仕事だ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:Reyo | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年04月11日(木)00:20 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●来訪、あるいは宣告の音 その日、谷川・恵子は、日のあたるリビングで生まれてくる子供の名前を考えながら編み物をしていた。超音波検査の結果は女の子だった。元気で素直で、できれば美人でいてほしいと。ピンク色は好きだろうか。糸を手繰り寄せて編み上げるのは、乳児の頭にちょうど良いサイズの帽子。 ぴーんぽーん。どこの家にでもあるような少し間抜けたインターホンの音色。 「はぁい……よいしょ。どなたですか?」 糸と編み棒を机の上に。そろそろ確実な重さを感じさせるようになってきた腹部を気遣いながらゆっくりと玄関へと歩く。 誰だろうか。そういえば両親は初孫を楽しみにしていた。気の早い父が何か送りつけてきたのかもしれない。 ドアを開ける。そこに居たのは見覚えのない少女。 「えと……どちらさまでしょうか?」 「こんにちわ、谷川さんのお家であってますか?」 「ええ。あの、失礼ですが、あなたは?」 ニコニコと微笑みを浮かべた『◆』×『★』ヘーベル・バックハウス(BNE004424)がそこに居る。自分が何をしに訪れたのか、それをまるで感じさせないのは今回の依頼に向けた心構えがあるからか。 「ヘーベルと申します。事故の報道を見て、すごいなーって思って。もしよければお話を聞かせてもらえればって」 「事故の事? ……ああ、この前の。本当に、ただの偶然よ。でも、神様仏様がいらっしゃるなら、あの時はそういう方に助けてもらえたと思うことにしてるわ」 膨らんだ腹をなでながら恵子は応じた。興味本位に聞きに来るような者が居てもおかしくないような奇跡だったと、彼女はそう考えて、子供が生き残ったという幸せは、見覚えのない少女が突然訪ねてくることの不自然さも、どこかで報道されたのだろうという程度の認識へと濁らせる。 「体を丸めたのがよかったのかしら……ふふ、車は買い替えることになっちゃったけど、子供が無事で何よりなのよ」 幸せそうに、幸せそうに。恵子は笑う。己の宿すモノの真相など皆目知らず。 「本当にすごいですよね。ところで、お腹の子の名前はもう決まってるんですか?」 「ふふ、まだ候補がいくつか、ってところね」 その時、がちゃんとリビングから音が響く。 あら? と恵子が背後を見て、それを促すようにヘーベルが言葉を発した。 「何か、落ちたんでしょうか?」 「……ちょっと、すいませんね。様子を見てきます」 くるりと重そうに体をひるがえして、恵子がリビングへと歩き出す。 ――背後で、訪れた少女が扉を厳重にロックするのにも気付かずに。 ●殺せ、世界を救うために 時は少し戻る。 恵子がリビングから姿を消すのを待つリベリスタたちは、物陰に隠れて機を伺っていた。己の気配を遮断した『金雀枝』ヘンリエッタ・マリア(BNE004330)は他のものより少しばかりリビング近くへと陣取り、突入のタイミングを知らせる構えだ。 『クオンタムデーモン』鳩目・ラプラース・あばた(BNE004018)は家の間取りを改めて確認し塞ぐべき逃走経路を想定、その近くでは『バイト君』宮部・春人(BNE004241)と『ヴァルプルギスナハト』海依音・レヒニッツ・神裂(BNE004230)が念には念をと結界を張り巡らせている。手の届く範囲の逃走経路は既に塞ぎ終えている。 リベリスタ同士の間に会話はない。すでにやるべきこと、やらなければならないことの分担は終了し、あとは実行に移すだけだからだ。 インターホンの音は窓越しでも僅かに漏れ聞こえた。窓越しに恵子が立ち上がり、リビングから消えるのを待ってヘンリエッタは仲間へ合図する。 待ってましたとばかりに動いたのは『LUCKY TRIGGER』ジルベルト・ディ・ヴィスコンティ(BNE003227)。リボルバーのグリップでリビングと庭を隔てる窓を一部だけ割り砕くと、そこから手を突っ込んで鍵を開ける。大した物音も立てず、鮮やかかつ強引に行われる侵入劇。 手入れが行き届いているのだろう。音もたてず滑らかに開いた窓から次々とリベリスタが侵入する。まだ恵子はリビングに戻らない。 目線だけをあわせ、あばたと春人が素早く電話機を探す。恵子の座っていた場所の近くに子機が一つ。壁際に親機。手分けして春人が親機の電話線を切断し、あばたが子機を破壊した。他のリベリスタはこれから起こる、おそらく一方的な展開になるであろう戦闘に向けて己を強化する。 「……! あなたたちは一体!?」 突入から10秒程。手際良く外部との連絡手段を破壊され、戦闘の用意も終えたリベリスタ達のいるリビングへと恵子が戻る。 「……手短に、事情を説明しますか?」 首をかしげて仲間に問うのはあばた。その声に応じるように、盾と杖を持った『紅蓮姫』フィリス・エウレア・ドラクリア(BNE004456)が一歩前へ出る。 「不躾で悪いがお邪魔させてもらうぞ。要件は手短に言おう……あなた達を、殺しに来た」 「わりィな、突然。ちょっと殺させてもらうわ」 感情はなく、ただ事実を告げる事務的な口調。ジルベルトがまるで謝罪するように拝みながら銃口を向ける。 一息置いてフィリスは続けた。 「事態を理解をする必要はない。必要がないからな」 「長いよフィリスちゃん。ボクからもっと分かりやすく言うよ――やっほ、突然だけど死ね! 処刑人自ら断頭しに来てやったんだから覚悟して!」 楽しむような笑顔を浮かべながら『死刑人』双樹・沙羅(BNE004205)が続けて言う。言葉の中身は同じでも、対照的な2人の様子に恵子が怯える。 「殺しに? 死ね? 一体、一体何なんですか! 警察を呼びますよ!」 がたがたと震えながら、片手は腹を庇うように、もう片手が電話を求めて宙を泳ぎ……壊された電話機を見て、恵子の表情が真っ青な絶望に染まる。 逃げようと再度、踵を返した彼女の眼の前には、玄関から歩いてきたヘーベルの姿。どこか悲しげな表情をしたヘーベルは、あばたと軽く目配せをし、呆然とする恵子を容赦なく気で編まれた糸で拘束した。 「ごめんね、救いはないんだ」 誰なら、どんなヒーローならこの物語を幸せに終わらせられるのだろうか。心中で問いながら、ヘーベルは仲間を見る。今はあばたと共に恵子を拘束し続けるのが、課された仕事。やるべきことはやったと、その目線が仲間を動かす。 ニヤァ、と笑顔を浮かべ、沙羅は鎌を振り回す。狙いは腹部。気糸で縛られた恵子を容赦なく鎌が刺し貫いた。 「ふぐっ!?」 ずぶりと、肉を刃物が断ち割る鈍い音。腹部を割り開かれた恵子のくぐもった呻き声。 ばちゃばちゃと水の落ちる音がする。粘り気はないが、赤く染まった水が恵子の股座から零れ落ちる。血は母のものか子のものか、そもそも既に死した赤子は血を流すのだろうか。 「やめ……て、くだ、さい。お腹の、子が……」 身動きもままならない状態で、懇願するように恵子が言葉を絞り出す。口元からは酸化し黒ずんだ血。 「あっれぇ? 子供だけじゃなくて胃とかまで傷つけちゃった? ごめんごめん。でもどっちにしろ殺すから問題ないよねぇ」 沙羅が笑いながら話す。苦い顔をしながら狙いを定めたジルベルトが、引き金に指をかけた。銃口の先にいる相手に恨みなどない。世界に弾かれ、命運が尽きてしまっただけの、不幸な母子がいるだけだ。 「新しい命の誕生だが、生憎祝っちゃやれねェんだよな。怨むなら怨んでくれていい、それぐらいは引き受けてやる」 覚悟を検めるように言葉を絞り出し、引き金を引いた。銃声は重く、引き裂かれる肉と血はびしゃりと床にぶちまけられ、対照的な軽い音を立てる。恵子の腹部には既に鎌による刺し傷と銃創。常人ならば既に失血は気絶していておかしくない量。 「心苦しいけど……ごめん……こうするしか、ないんです」 春人の放った魔力の矢が恵子の腹に突き刺さる。苦しげな言葉とともに放たれても、威力に寸分の手加減もなく。それがきっと、リベリスタとして春人ができる母子への最大の手向け。 「やめて、もう、やめて……! せっかく、助かったのに……!」 呻く声をこらえながら恵子が懇願し、それを黙殺するように海依音がセイクリッドアローで腹部を射る。語りかける言葉はないと、海依音はただ無言で攻撃の手を止めない。母子にとって自分達リベリスタが悪であるのなら、ただ理不尽として彼女たちを屠るのみ。今日この場所には誕生の神秘を嘲笑う神が居るだけで、かつて信じていたような救いをもたらす神はない。 「万物に宿りし、力の原子よ。今こそ、その姿を変えその威光をしめしたまえ!」 全てを都合よく終わらせる、そんなカミサマが居れば良かったのにと思っても、今この場にはエリューション化した母子と自分たちのみ。思いを言葉にすることはなく、詠唱により霊光を発し、フィリスの魔力が弾丸となって恵子の腹部を襲う。 「死んでしまう、子供が、死んで、しまう……」 弾丸、刃、魔矢魔弾。手傷は既に致命傷。自分が死なないことを不自然とも思わず、恵子はただ宿した命のことだけを考える。 その様子にかける言葉もないまま、ヘンリエッタの放った氷の魔力が恵子の腹部を取り巻き、傷口を凍らせ、内部まで浸透してその絶対零度でアンデッドと化した赤子までもを氷漬けにする。 自分は今どんな表情をしているのだろう、と氷漬けになったエリューションを見ながらヘンリエッタは思う。そっと指先で触れてもよくわかず、けれどガラスや鏡に映して確認するほどの勇気は、ヘンリエッタにはなかった。 恵子は力を失って項垂れる。零れるのは「子供は、子供だけは」という呟きのみ。気糸による拘束を振りほどく気力も力もなく、リベリスタに嬲られる。、気糸でつりさげられるようになった体躯のうち、腕は腹を庇おうと揺れ、背は曲がり腹を隠そうとするが、失血で力が抜け、なおかつ縛りあげるヘーベルの手はそれを許さない。 腹部の傷はもはや致死を超え、下手な実習生が捌いた解剖献体のような有様。でろりと傷口から漏れるのは腸か。気糸を破る様子もない恵子にあばたも攻撃機会を得て、彼女の最大火力が腸ごと傷口をえぐる。 もう、肉か体液かすら区別のつかない何かがリビングに飛散した。 ●後処理 「……チェックメイト。せめてあんたの来世が、ラッキーでありますように――Ciao」 重苦しい銃声とは裏腹に最期の音は軽やかに。ジルベルトの放った弾丸にぺしゃりと音を立て、もはや吹き飛ばされる肉も血も削げ落ち、人だったソレはだらりと気糸からぶら下がるのみ。完全に力を失ったその姿を見て、ヘーベルとあばたが拘束をほどいた。 ぱちゃ、と水音を立てて亡骸が崩れ落ちる。残ったのは、薄赤い血溜りに倒れた母だったものと、切り裂かれ銃弾で穿たれた臓器の曝された腹部から手だけをのぞかせた胎児。 絡めとられた母親は碌な抵抗もできず、ただ我が子の死だけを思いながら殺され、母の胎内で一度死した赤子はその生誕を迎えることもなく化け物としての死を迎えた。世界を守るという題目を背負った者にその幸せを蹂躙され、己が世界の敵であったことすら知らずに去っていく。それが、居るはずもない神が用意した筋書きだ。 「……エイメン。かくあれかし」 逆十字を片手に祈りを呟く海依音。その言葉が何重の仮定と虚偽を積み重ねても意味をなさないことは彼女が一番知っている。 「あ、子供の名前聞くの忘れてたなぁ……まぁいいや。赤ちゃん誕生日おめでとーう、ついでに命日で残念だったねぇ」 血と羊水に濡れた鎌を片手に沙羅は相変わらず笑顔だった。躊躇いなく殺すために力をふるい続けたのは、ある意味彼だけかもしれない。 「わたしそっちが本職ですから。足手まといにはなりませんよ? それに、これをどう誤魔化すのかには興味がある」 あばたは携帯電話を取り出しアークへ任務完了の報告をしており、そのついでに処理班の仕事への同行を願い出ている。漏れ聞こえる声から、他のリベリスタには今回の事件が「金銭目的の強盗」による犯行として処理されることが聞いてとれた。 処理班は到着後、徹底的に家を荒らし、リベリスタの痕跡を削除するとともに、残された夫にも警察を装って接触、別の案件で取り押さえたノーフェイスの死体を犯人の代わりとして差し出し、それを結末とするという。 ある程度予想は付いていたのか、あばたは合流時間や人員を確認すると電話を切った。戦闘中とは違う、また別の仕事の顔を顕わにさせながら。 「……なぁ」 「なぁに、ヘンリエッタ」 「アークの戦士は、義の執行者ではないって、実感したよ」 「……どんなヒーローなら、幸せな結末になったんだろうね」 「……解らない。もっと力があれば、とかそういうのじゃなくて……オレは、かける言葉を見つけることすらできなかったから」 どこか呆けた表情でヘンリエッタとヘーベルが言葉を交わす。フィリスもその輪に加わり、言葉を発する。 「端から、天国のカミサマとやらは、あの母子に手を差し伸べなかったんだ。せめて世界を壊す前に、リベリスタとして出会えた。それが今回の結果だろう」 ため息をついてフィリスは続ける。 「彼女らが、次は、来世は、幸せな母子として生きてほしいと。それを世界に嘆願するのが、数少ない出来ることだろうさ」 「………」 黙り込む3人。リベリスタとして為すべきことが決して勧善懲悪だけでないということが、ヒーローでも救えない物語があることが、ただ見送るしかできなかった母子への思いが、その沈黙を重く彼女らの心に刻んだ。 「ああ、でも、何事もなく仕事が終わってよかった。今回の任務は、成功ですね」 ほっと溜息をついて春人がやっと緊張を解く。 やったことは幸せな家庭をひとつ、無残にも打ち砕いたこと。けれどそれによって世界は救われた。破滅の可能性を一つ、芽の段階で摘み取ることができた。 そう、リベリスタにとっては、ただ当たり前のように世界を守っただけの事。 何も悔いることも何も恥じることもなく、彼らはこう胸を張る権利を持つ。 『私たちは世界を守ったのだ』 ●ある日のニュース番組 事件解決から、数日後。 「みなさんこんにちわ。夕方のニュースです」 ニュースキャスターが頭を下げる。時刻は夕刻、18時。時報を跨いではじまった報道番組で、今日伝えられたのは、類稀な幸運と不幸を得た家族の話。 どこにでもあるような、世界を救うための、小さな小さな犠牲の話。 それを知るのは世界を愚直に守るもののみ。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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