●おいでませ、王子様 「ニャッ」 在る夜、猫が一匹空から落ちてきた。 その猫はふわんふわんとした毛並みに覆われ、長靴を履き、シルクハットに蝶ネクタイ。そんな貴族な服を羽織るお猫様。 「みんにぁ、ボクは再びやってきたー!」 ニャァーッと両前足を広げるのだが、時間は夜。 しんと静まる道には誰も居ない。 以前落ちてきた時は色んな人に囲まれたのに――― 「寂しいにゃ。皆どこかにぁ……」 尻尾をしょんぼり、歩き出した猫はふとそこに小さな手鏡があるのを見つけた。 早速駆け寄ると迷い無く拾い上げ、前足で毛を梳き、耳を立てる。 石の塀に立てかけると、鏡に自分を映しながら肉球を前にポーズも取り、おもむろにシュシュッとシャドーボクシングを始めた。 「こうかにゃー。りべりすたの皆に強くなったボクを見せてやるのにゃー!」 『でもどうせなら凜々しいボクになってからが良かったけどにゃ』 「そうにゃー。銀のお月様みたいな軌跡を描く爪にー」 『素早く仕留める瞬発力――』 「そうにゃ!」 猫は顔を上げた。そこに居たのは――理想の自分。 シュっと細い顔。きりりとした瞳に、縦に長い身長にふっさりとした尾。 常に冷静である、冷徹さも籠めたような隙の無い瞳。 「……ボクにゃ」 『そう、ボクは理想のキミで』 「でもめろめろさが足りないにゃー! もっとかわいさもいいにゃ? あ、これはダメ。もうちょっとふっくら……ダメダメにゃー」 『………』 猫はどんどん増えていった。 鏡の中からどんどん出てくる『理想の自分』。 しかしどれもこれも完璧には一歩遠い気がして、延々、延々と増えていく―――。 ●猫めろめろ猫にめろ 「猫好きな人、手ぇ挙げてー」 ブリーフィングルームにリベリスタ達が入るなり、『あにまるまいすたー』ハル・U・柳木(nBNE000230)はこんな質問を寄越した。 その結果を見て、ハルは神妙に頷く。 「ごめん、今回ひどく辛い戦いになると思う……」 そっと目を伏せるハルにどよめくブリーフィングルーム内。 ハルはぐっと顔を上げた。 モニターに映し出されたのは人をメロメロにすべく生まれてきたようなふさふさきゅんなお猫様。 長靴を履き二足歩行をするその姿は、どう見ても別世界の住人、アザーバイド。 しかしまさか今回こんな猫を討てと言うのでは――リベリスタ達に戦慄が走る。 「そう、その通りだよ。……けど、討つのは本物のこの猫じゃない。この猫のコピー達」 「え?」 ハルによるとこうだ。 この猫が落ちてきた付近に、偶然アーティファクトである鏡が放置されていた。何故だか解らないが、正確にはポイ捨てされていた。 その鏡の効力は『理想の自分のコピーを生み出す』事。 「実はこの猫、以前もこの世界に来た事があってね。リベリスタに助けられてるんだ。そこで……その、強くなりたいと思ったらしくて」 画面が変わる。 鋭い爪、ヒトのような身長、隙の無い瞳、そして―― 「イケメェン!!」 超絶美猫。 ぶさかわいも良いよねなんて言えなくなるレベルで見目麗しい貴公子である。猫の王子様である。文句の付け所が無い。 「生み出されたのは全部E・フォース、つまり幻。このイケメン猫は理想が高すぎてフェーズ2相当の力があるんだ。素早いし、クリティカルヒット出しやすいから注意してね。それで後のコレがまた難問なんだけどー……」 画面が変わった。 「めろめろおぉぉ!」 「……」 リベリスタの声に、ハルは諦めたような顔をしている。 あざとすぎる顔、こびこびの態度、ピュアな瞳――そんな様々な可愛さフルマックスの猫達が首を傾げ、或いは転がっていた。 「……これも全部E・フォースだから。消してね」 鬼だ。今回の依頼は心を鬼にしないと生き残れない。 「で、当の本人……猫なんだけど、この状況を楽しんでるし、鏡もいたく気に入ってるんだ。多分、君達が向かっていけば、イケメン猫が自分の力だと言わんばかりに『勝負だ』って言ってくると思うし、自分のコピーを応援するよ。おまけに鏡は中々手放さない。 鏡を手放さない間は、最悪コピーが増えていくって所も注意が要るね。 めろめろ猫軍団は纏めてさくっと一掃出来る弱さだけど、本人もコピーの中に紛れてるし、纏めて吹き飛ばされたらショックのあまり泣いて逃げる可能性も高い。だから猫を説得しつつ、ちょっとずつ消していくのが良いと思う」 更に問題のこの猫、人をめろめろにして言う事を聞かせてしまう、生まれ持った才能というか、能力があるという。幻にこの能力は無いが、幻が消される度にも猫は瞳をうるうる、鳴いたりもするだろう。 因みに紛れてはいるが、コピーは思考が一定パターンであるし、顔も皆微妙に異なる為、見つける事は出来るだろう。 「このめろめろは意思で振り切るしか無いんだ。めろめろになったらこの子の言う事を聞いてしまうようになるから、とにかく気合い、かな?」 以前、この猫が来訪した時の資料を見ると、成る程、きゅんと胸を打たれて惑わされたリベリスタも多かったとある。 ハルは息を吐いた。 リベリスタ達に掛ける言葉を探しているようにも見える。 「まあ、でも。最後はもふって遊んでくればいいと思うし、頑張って、リベリスタ諸君」 ハルさん、投げた。 それでも、猫はアザーバイド。この世界の常識に囚われず構ってあげると良いと、ハルは笑った。 「それじゃ、いってらっしゃい。アーティファクトの破壊も忘れずに頼むよ」 にゃあにゃあにゃあ――― モニターから愛らしい猫の声が反響し、ブリーフィングルームの中はいつまでも猫一色だった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:琉木 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年04月16日(火)23:11 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●にゃんこ、いっぱい ふにゃん、にゃにゃにゃあ。 夜の住宅街に不自然にたくさん響く、猫の声。 それは現場へと急ぐリベリスタ達の耳にもよく届いた。 「思い出すわ……あの王子様、また来てしまったのね。果たして耐え切れるかしら?」 聞き覚えのある声に、『薄明』東雲 未明(BNE000340)は笑う。けれどほんの少し、既にその声に惑わされそうになる。 みぁみぁと聞こえるその声は、甘かったり鋭かったり、様々なニーズにお応え出来るバリエーション。 (わたしは……) 『Wiegenlied』雛宮 ひより(BNE004270)は思う。 ――こころを眠らせて生きる為に、精神干渉を拒む術を得た。 ――けど本当は、強い輝きに奪われて、身も心も崩れ去ることを望んでたのかもしれない。 「根底から揺さぶるこの魅力、抗えない……!」 ひより、思わず言葉が口から出た。 そんな様子に可愛いなぁと『金雀枝』ヘンリエッタ・マリア(BNE004330)が口元を綻ばす。 「よくわかるよ。ねこはかわいいよね。オレももふ……いや、ともだちになりたいんだ」 男に憧れて、男たらんとする自分がそう簡単にもふもふしてはと思いもすれ、既に揺れているヘンリエッタの心はもちろん猫好きならば感じてしまうシンパシー。 「仕方ないわ。あの王子様はボトム以外で一番可愛いかもしれないもの」 「えっ」 未明がくすりと言えば更にヘンリエッタは惑わされる。彼は一体どんな猫なのか。 「にゃー、来たぁ! にゃべりすたのみんなーっ!」 「ニャンコちゃん可愛い!!」 居た。 イケメン猫と、もふもふにゃんこに囲まれて、一匹だけ嬉しそうにぶんぶんと前足を振っている。『月奏』ルナ・グランツ(BNE004339)が間髪入れずに叫んだのも頷けよう。 猫は会いに来た人間がリベリスタである事も全く疑っていなかった。 「ねぇ、見て。ボクはこんなに強いし、かわいくなったよー」 喉を鳴らす猫に、リベリスタ達は思わずその場で抱き締めたくなるのを我慢する。 「こんばんは、王子様。それじゃ勝負をしようか」 「そのつもりだ!」 ヘンリエッタの声に猫は大いに胸を張った。 「でも、この人数で戦うならばもっと広い場所でやらない?」 「うん。近隣住民の安眠妨害になるのはよろしくないの。イケメンらしく公園に場を移しましょうなの」 未明とひよりに言われ、決定権が自分にあると感じた猫は、子供じみて不敵に笑った。けれど。 『白銀の鉄の塊』ティエ・アルギュロス(BNE004380)が真っ直ぐに此方を見ていた。騎士を思わせる鋭い瞳。硬い意思を感じさせる赤い瞳。 それもその筈、ティエは誘導に失敗したら強制的に誘導も考えていた。 具体的に言うと、アッパーするつもり。 「いいい行く。行くにゃーよ!」 猫、慌ててぴょこんと走り出す。 「あ、待って! 後ね……もし私たちが勝ったらその鏡、譲ってくれないかな?」 抱き締めたいのを我慢して、鏡を指さし、ルナは言う。猫は「え」と渋い顔をした。そしてもぞもぞと毛並みの中に隠し込む。それは丁度玩具を取られるのを嫌がる子供のようだった。 それでも移動するのに不満は無い。 ぞろぞろ歩き出す猫軍団+リベリスタを見ながら、ティエは神妙な顔をした。 (最近思うのだが、この世界は来訪者が多すぎだろう……どれがこの世界の動物なのか分からなくなる不具合があるんだが) 「にゃん?」 コピーの猫が振り向いた。やはり二足歩行をして歩いている。 「私は惑わされないぞ」 「にぁ……」 硬い意思の声に、コピーはしょんぼり尻尾を垂らしてしまった。 一方公園では、三人のリベリスタが先回りしていた。先回りというか―― 「にゃんこまだかなにゃんこ! 今日はモフモフするんだ、魅了なんかよりもモフモフして満足したいんだよ最近殺伐し過ぎてたし、癒し成分を思う存分充填したいの!!!」 「俺も猫は好きだからって理央君、落ち着いて!?」 「落ち着けない!」 にゃんこ大好き、四条・理央(BNE000319)の期待度はフルマックス上昇中。『赫刃の道化師』春日部・宗二郎(BNE004462)もたじろぐ程の猫パワーが既に放たれていた。 「でも、わかるなぁ。にゃんこー! 待ちきれないかもって、にゃんこ来たー!」 「「ええっ!」」 『アメジスト・ワーク』エフェメラ・ノイン(BNE004345)も葛藤はどこへやら、見えてきたもふもふ軍団に思わず叫ぶ。勿論三人皆其方へ向いた。 にゃにゃんとリベリスタ達と一緒に歩いてくるのは、猫、猫、ねこねこにゃんこ。 「かわいいにゃんこがいっぱいって、はっ! だめだめ、あれは倒さなきゃいけない……」 「突撃するよ! もちろん攻撃として!」 「え、え、ちょっと理央ちゃんもう!?」 エフェメラが理性と戦い、ルナが杖を振りかざすよりも早く、むしろ猫軍団が公園に踏み入れるか踏み入れまいかのそんな瞬間に、理央はもう走り出していた。 ●にゃんこ、バースト 「にゃー! ボクのかわいさとカッコよさにもうめろめろにゃー? どうだ、勝負はもう始まってるにゃー!」 楽しげに小さな前足を突き出す猫は、鏡を持ったままぴょんとコピーの群れに潜り込んでしまった。 勝負と言うにはただ無邪気に遊んでいるようにしか見えない。しかし勿論、それは一部のリベリスタ達も同じ事。 「ああもうモッフモフゥ――!」 「みにゃん、にゃにゃぁ!」 理央はもふもふに埋もれていた。コピーに微量な攻撃力があったって、その大装甲は貫けない。元より、猫の意思は『可愛さで魅了する事』なのだから、それはもう理央に思いっきりたかっていた。 「なんか、本物も理央さんもどこにいるかまったくわからないの。ず、ずるいの……!」 翼で飛びながら、ひよりがぽつんと言った。思わず本音も零れ出た。 しかし本物がコピー軍団の中に埋もれた今、イケメンは今フリー。 猫の理想通りに、惑わされず、媚びもせず、きりりと凜々しく爪を出す。 「ビーストハーフと思えば何とか、ね」 抑えに回ったのは宗二郎一人。 此方の理想は『強いボク』。頷くイケメンに、騒ぐ背後とは全く別のシリアスな空気が流れていた。 「さっ、なんだかもう勝負は始まってる気はするけど、ニャンコちゃん達勝負だよ!」 ルナが魔力増幅杖 No.57を天に掲げた。 月の光を反射して、ルナのその護りを強化する。 「皆を残して早々に倒れるわけには行かないからね!」 「オレも。宗二郎さん、そっちは任せたよ!」 ヘンリエッタが授けるのは宗二郎への強化。一人イケメンと対する間に、残りの皆でこの猫軍団を何とかする―― 「にゃあ?」 「くっ」 コピーが可愛らしく首を傾げてヘンリエッタを見た。心が揺れる。 「い、いや。男たるもの心に決めた一人……この場合は一匹に。そのひと……ねこ? 以外には靡いたりしないものだそうだから大丈夫。オレは男になる身なんだから!」 だから大丈夫大丈夫。ヘンリエッタは自己暗示。 同じようにコピーの群れを見ていたひよりは、魔力を高めながら首を傾げる。 「ううん、どれもこれも埋もれちゃってるの……」 猫、猫、ねこの山。埋もれているのは理央だろう。もふーとか中で聞こえるが、どの猫もにゃあにゃあ群がっていてイマイチ本物が発見出来ない。 ひよりはこっそり煮干しを取り出した。 「一気に消す時は言ってなの。煮干しをばらまくのー」 「ずるいっ!」 のんびりしたひよりの言葉を消すのはエフェメラのちょっと憤慨した声。正直攻撃したくないから後ろへと下がったけれど、猫軍団から離れたその距離がちょっぴり憎い。 「依頼をこなさなきゃいけないし……心を鬼にって言うかみんな飛び込んでもふもふしすぎっ! 嫉妬心からのバァーストブレイクーっ!」 「にゃにゃー!?」 エフェメラ、嫉妬の火炎弾。 雨あられと降り注ぐその業火は、とりあえず理央に張り付いている猫達だけをターゲットにしてみたが、その炎の雨に本物が飛び上がる。同じように理央に抱き付いていたのか、またぴょんとコピー群に逃げてしまったようだ。 「怖いー怖いにゃー! やだにゃー!」 「わ、わぁぁごめ……いや、魅了されるわけにはっ! でも罪悪感がっ」 苛まれそうになるのはこれから攻撃しようとしていた未明も同じ。 炎を受けた事で既にうるうるしている猫(本物)が、未明に気付いて飛び出した。 「おねーさぁん、助けてにゃぁー!」 「く、正に戦争は数……じゃなくて止めて、本能に負けふるもっふしに行ってしまう!」 「みにぁん」 「王子様、どいて!」 「ひにゃー!」 真正面から両手を広げてうるうるする王子に未明、理性と本能の天秤がとても危うい。しかし、耐えた。未明耐えた。 走ってくる猫をひらりと交わしせば、つまり後ろは全部コピーと言う事。 未明は高速での斬撃でコピーを蹴散らしたが、また後ろで猫が鳴いた。 振り返ると――ぐすんぐすんとしている猫の手鏡が光っている。 猫が、増えた。 因みに理央は―― 「にゃんこ! モフモフ天国! ふわふわ!」 猫いっぱいにたかられていた。もにっとお腹を踏む猫の足。無遠慮に顔に肉球を押さえつけられる事もあれば、ふさふさの尻尾が腕に当たる。 「にゃんこー!」 とても幸せそうだ。 しかし打って変わって程良く真剣なのが、イケメン猫。 「何も無いよりかましだろう、多分」 ティエが掌を翳せば、世界の生命力がゆっくりと宗二郎に宿っていく。しかしそれをイケメンは意に介さない。 「にゃ!」 踏み込んで一閃。 銀色の軌跡を描いて宗二郎を引き裂いた。 「にゃにゃ!」 連なってもう一度。たたらを踏む宗二郎の姿にも、やはりイケメンは動じない。 猫が望んだ『冷静な』性質をそっくり反映していたからだ。 一抹の不安は吹くが、その向こう側はと言うと―― 「にゃにゃ、怖いにゃー!」 「そ、そんな悲しそうな目で見ないで!? お姉ちゃんも心苦しいんだからっ!」 ルナがぶんぶんと首を振る。 やっぱり緊張感無く戦いは続いていた。 ●にゃんこ、強い! 「うーん、やっぱり本物が一番なの。それにうちねこで鍛えたマッサージテクでおもてなししたいけど、こんなに居たら指が疲れちゃうの」 ひよりがチラチラッと猫へ向けば、猫は戸惑って群れに隠れようとする。 動揺しているのが丸わかりだ。 「このおやつも、みんなで分け合ったらちょっぴりになっちゃうの。どうしたらいいかなあ?」 「ふにゃああ猫缶!」 猫がぱっと飛び出した。 その隙にヘンリエッタが光を放つ。ぽぽんっと消えていくコピー達ににゃぁっと泣きかけて振り返る猫に、ヘンリエッタは微笑みかけた。 「……王子様、聞いてもいいかな。それがキミの理想だというのは分かったよ。ただ、それはこの後どうするんだろう?」 「えっ、えと、」 猫が口籠もる。 たくさんのコピー達。 たくさんのめろめろな自分達。けれど、自分では無い猫達。 「みんな、ソウジロウさんちょっと危ないかも!」 エフェメラの声に、フィアキィのキィが飛び出しその傷を癒していく。イケメンの鋭い爪は隙を逃さず宗二郎を追い詰めていた。 「可愛い猫さんっ、その手鏡、こっちにくれないかな? あんまり悪戯しちゃダメだよっ?」 本当はこの後話しかけようと思っていたけれど、手鏡を手放さない事に猫も少し動揺しているようだった。 だからエフェメラも畳み掛ける。 ふにゃ、と困ったように猫は未明を見上げた。 怒ってないわと、未明は笑いかける。 「でもね、もしあたし達に憧れてくれたのなら、それは倒す為じゃなく守る為に戦った結果だったのだから、勝負をしかけて力を誇示するのではなく、誰かを守れる猫なって欲しいかな」 未明のバスタードソードが流れると、またコピーが消えていく。 「私もリベリスタに救われたから、気持ちがわからなくはない」 ティエは宗二郎の援護に走っていた。一人で受けていた爪を、黒い刀身のグラトニーソードで受ける。成る程、強い。が、 「オマエは自分の力ではなく鏡の力を認められたいのか? 借り物ではなくオマエの力を認められたいなら、鏡を手放すべき」 猫はじっと考えていた。 減ってきた猫にそれでもモフモフとしながら、困ったように理央も撫でる。 「モフモフ、すっごい良かったよ~。でも、やっぱり本物の毛触りが一段といいよ」 猫の額を撫でてやると、猫はしょんぼりふんにゃり尾を垂れた。 そして、きっと前を向いて、鏡を抱いて走り出す。 それは逃走では無く、コピーから離れるという行為であった。コピーを消す事に同意したのだ。 「うん、良い子。名残惜しいけどそれじゃ最後、コピーはボクに任せてもらおうかな。モッフモフと一緒!」 理央はようやくジャベリン片手に、古びた盾を片手に自分を巻き込んで光を発動した。 巻き込まれてぽんぽん消えていくコピー達を見ながら、さよならと小さく口にして。攻撃より防御が高いからこそ出来る特権に、消えていくコピーを最後までもふっと理央は抱き締めた。 猫は鏡をぱたんと地面に伏せた。 「もう、止めるにゃ。ボクはただ……強かったり、かわいいボクを、りべりすたの皆に褒めて欲しかっただけなのにぁ……」 叱られた小さな子供のような猫の態度にヘンリエッタはくすりと笑う。 「ねこ、かわいい。良い子」 ヘンリエッタも猫を抱き締めたい誘惑には抗いきれなかった。思わずぎゅっと抱き締めて、それからイケメンに立ち向かう。 「助かる」 ティエが短く言った。 イケメンはお月様の瞳を爛々とさせていて、隙を狙っては何度も爪を振るっていた。 「にゃ、にゃ! 違うにゃ。ボクはみんなを傷つけたかった訳じゃ無くて!」 けれどコピーは止まらない。 「危ないの、おいで」 「にゃあー……」 自分も何かとウロウロし始める猫は、はっきり言って危なげ極まりない。思わず最後尾のひよりが呼び寄せれば、猫は素直に走り寄っていった。 「フゥッ、アオ!」 「チッ!」 イケメンが月を仰いで鳴く。 なんだかよくわからない衝撃波がリベリスタ全体に襲い掛かれば、ティエがひより、そして逃げていった猫を庇う。 「みんな、大丈夫っ?」 「お姉ちゃんにも任せなさーい!」 すかさずエフェメラとルナのフィアキィが舞えば、その傷も剣を振るう原動力も満たしていく。 「ボクは強い。強い猫だ」 イケメンが言う。 「目標を立てるのは良いと思うけど、そろそろやめておこうか」 ヘンリエッタがにこりと笑って弓を引き絞る。光を伴い、イケメンを撃ち抜けば、 「これが、誰かを守る剣の力よ!」 未明が全身の闘牙を爆発させた。裂帛の気合は猫の目をまん丸くさせる。 「にゃべりすた……」 猫が呟くその先で、鏡が割れるような音を立てて、ニセモノのイケメンは光と消えた。 ●にゃんにゃん、にゃんこ! 「ご、ごめんにぁさい……」 ひよりの影に隠れて、猫はこっそりしょんぼり顔を出す。 おずおずとする猫に、未明はやっぱり「怒ってないわ」と声をかける。そうすれば元気になる程に実直なこの猫は、にゃーいとリベリスタ達に走り出す。 「わーい、本物ー! モフモフー!」 「にゃー!」 「私にももふもふさせて! コピーも可愛いけど、今の王子ちゃんが私は一番好きかな」 フルモッフ天国な理央に、猫もどーんと飛びかかっていく。続いたルナにも猫、ふてぶてしく前足の肉球をぱぁっと広げてうぇるかむ。容赦の無いふるもっふー。 「王子様、オレはヘンリエッタだよ。此方へ来て、ひとりで寂しかったのなら一緒に遊ぼう」 「さ、寂しくにゃんてっ」 ヘンリエッタに言われて猫は思わず尻尾が膨らむ。ぷるぷると何故か意固地にしているその姿が可愛くて思わず噴き出すヘンリエッタ。 ふと見上げればひよりがじっと猫を見ていた。 「撫でたいのにゃ?」 猫が近付いてくる。 「わたししってる。ねこの「ころん」は、本当は「どすん」なの。えんりょないの。下にいたらぐえってなるの。だまされない! かわいいけど!」 「にゃあー!」 「ぐえっ」 ころんというか体当たりというか。 猫、容赦なくひよりに可愛さアピール。 「さ、王子様。手鏡は破壊してしまいましょう?」 未明が手を差し出せば、猫はうんと頷いて手鏡を拾ってきた。鏡は表に向けないまま、 「えい、にゃーっ」 ぱん。 未明と小さな掌が、一緒に鏡を砕いて、この騒動は終わりを告げる。 「次は普通にもふれるといいな」 撫でてくれる未明に、猫はやっぱりゴロゴロ喉を鳴らしている。 「そうだよ。にゃんこ、運命を得たからこの世界に住んでも大丈夫なんだよ!」 理央ががばっと思い出したように言う。猫は耳を尻尾を跳ね上げて「ほんと!」と嬉しそうに笑顔を広げた。 「でも、ボクにもオウチがあるから、帰らなきゃ。次はお泊まりセット持ってくる! 父上は連れてきていいにゃー?」 「それはっ……わからないけど!」 うずうずするリベリスタ達に、猫はぴょこんと立ち上がる。 長靴と蝶ネクタイ、シルクハットを整えて。 「ふふん。今日は楽しかったにゃー。いっぱい遊んで、いっぱい撫でてもらって、ボクは満足」 「ボクもだよ! また遊びに来てねっ♪」 エフェメラともしっかり握手を交わして、猫の王子様は再び穴の向こうに消えていった。 猫の余韻を残して消される暗い穴。 「猫まみれで心地よさそうではあったがな」 ティエは異界に繋がる穴をじっと見つめた後、目を閉じた。 目を閉じれば未だ耳ににゃあにゃあと、猫の声が聞こえる気がした。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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