●灰色の戦域 周囲の視界が突如として暗転し、灰色の世界へと塗り変えられていく。 目の前には見知らぬ男の姿。感じるのは殺気。リベリスタの青年はとっさに身構え、幻想纏いを起動させて武装した。しかし、一体何が起こったのか理解出来ぬまま、青年は男を見据える。 「ようこそ、俺のバトルフィールドへ。なーんてな」 すると男が口を開き、意地の悪そうな笑みを湛えた。 その手には四角い箱のようなものが握られており、何かのアーティファクトのようだった。即座に相手がフィクサードだと気取り、青年は問う。 「何だこの場所は。僕に何か用か?」 十メートル四方の真四角の空間。見渡してみても、ここが現実世界とはかけ離れたものだと解る。 「このボックスで作った特別な戦闘領域だ。面白いだろ?」 「何が目的だ」 「はは、怒んなよ。お前らリベリスタってのは何時も群れてるんだってな? それだと俺らは太刀打ちできねェワケだ。だが、こうして一人ずつ隔離すりゃ……」 リベリスタに剣を向け、フィクサードの男は空間の床を蹴る。 猛スピードで突っ込んでくる相手の速さに驚きながらも、青年も武器で以て攻撃を弾こうと構えた。刹那、剣の一撃が青年を襲う。 強い、と感じた瞬間には彼の身体に無数の切り傷が出来ていた。 「――ッ!?」 「こうやって対等に戦えるだろ。そんでもって、この空間では俺の力も増幅されるから――」 喋り続ける男に言葉を返すことも出来ず、青年は次々と繰り出される攻撃に翻弄される。 彼も敵に刃を返しはするが、終には完全に押し負け――その場に崩れ落ちた。 「ほらよ、俺の勝ち!」 男が笑い声をあげ、青年が戦闘不能になった瞬間、灰色の空間が暗転する。 辺りの景色は街の裏路地へと戻り、フィクサードは満足気に地面に倒れた青年を見下ろした。 「ま、命までは取らないでやるぜ。その代わり、お仲間に告げろよ。『僕は敗北しました。とても強いあの方々は誰の挑戦でも受けると言っていました』ってな! あはははは!」 そして男は踵を返し、その場から去っていく。 動けぬ青年は遠くなる影を悔しげに見送り、痛みと悔しさに呻き声をあげることしか出来なかった。 ●六人の箱庭 とある街中、ごく普通の喫茶店にて。 その一角には男女入り混じった学生グループが何やら会話をしていた。 「聞いたよ、一守。ついにリベリスタと接触して勝ったんだってねぇ?」 「おう、スゲェだろ。もしかしてと思って奴を箱ン中に招き入れたら武器を出しやがってよ。ピンときたってワケだ。先越しちまって悪ィな、千恵」 千恵と呼ばれた少女に、一守が笑って答える。 その手元には例の箱が握られており、千恵の方も鞄から四角い箱を取り出して眺めた。 「別に良いよ。アンタのお陰で、アタシ達も楽しい戦いが出来そうだし。巧と真衣もそう思うよねー?」 「ああ……」 「わたしは何かを弄り殺せれば、なんでもいい」 千恵が同じ席に座る二人に話しかけると其々の反応が返ってくる。寡黙な巧と物騒なことを無表情でさらりと語る真衣。その背後から、今しがた喫茶店に入ってきた二人組が声を掛ける。 「おいおい、君達。声が大きいぞ。少しは控えてくれないか」 「あら、修二。別にいいじゃない。皆は遊戯(ゲーム)の話をしているのだから」 「まったく、紗代子まで。……まぁ良いだろう」 修二と紗代子と呼びあう二人も席に付き、いつもの六人が揃った。 彼等に共通するのは、全員が箱型のアーティファクトを所有していること。 そして――皆が皆、戦いを求める凶悪なフィクサードだということ、だ。 ●アーク内 ブリーフィングルームにて、フォーチュナの少年は事件の説明を始める。 先日、或るリベリスタが敵の襲撃によって重傷を負ったことで、“彼等”の存在は露見した。『サウンドスケープ』斑鳩・タスク(nBNE000232)はそう語り、フィクサード集団が持つ代物について告げる。 「アーティファクトの名前は『バトルフィールド・ボックス』。何もない亜空間作り出し、内部でのみ使用者の身体能力を強化。指定した対象一人を閉じ込める能力を持つ。……こんなところかな」 調べによると襲撃を行ったフィクサードには仲間がいるらしい。 彼等は六人組。普段は普通の人間を装っているが、戦って誰かを倒すことを生き甲斐とする。それが正義の方向へと向けばいいのだが、生憎ながら六人は善悪など関係ないとばかりに一般人を弄ったり、酷い時には殺してしまっている。 「そんな事を繰り返しているうちに、彼等はいつしかリベリスタの存在を知ったんだろうね。戦いを挑むのに最適だとでも思ったのかな。命知らずというか、大胆不敵というか」 タスクは溜息を吐くと、顔をあげた。 負傷した青年リベリスタは『誰の挑戦でも受ける』と男が言ったと語っている。 つまり、向こうはリベリスタと戦うことを待ち望んでいる。このまま放っておけばその矛先は一般人に向いてしまう為、何れにしろ誰かが赴かねばならないだろう。 行ってくれるかい、と問うたタスクは真っ直ぐに仲間達を見つめた。 そして、少年フォーチュナは敵の資料を渡して告げる。 「君達にやって貰うことは至極単純。一対一で殴り合って、勝つだけだ」 未来視と情報によって、六人が現れる場所は分かっている。 六人は徒党を組んではいるものの、事件を起こす時は別々の場所をテリトリーとしているらしい。だが、彼等の見張る領域に入れば、確実に一人一人がアーティファクト内の戦域に迎え入れられるため、余計な下準備などは要らない。 「ただし……たった一人で戦わなければならない事をちゃんと覚悟して。 戦闘領域は、使用者か君達のどちらかが倒れて戦闘不能になるまで解除されないからね」 誰にも頼れず、ただ己の力を信じて戦い抜くしかない。相対する敵も戦場内では戦闘能力が強化されている為、戦いはとても厳しくなるだろう。そのうえ、フィクサードを一人でも倒せなければ敗北の後に逃走されて失敗となってしまう。 つまり、リベリスタが負けることは許されない。 気を付けて。そう告げた言葉に信頼を込め、タスクはふと思い出す。 「それから……六人は知らないようだけど、かのアーティファクトは使用者が負けると同時に壊れて、持ち主の命を奪うんだ。事実を彼等に教えるか教えないかは自由だよ。まぁ、聞く耳持たないと思うけどね」 そういって少年はリベリスタ達を送り出す。 皆が勝利することを静かに願い――そして、無事に戻ってくることを信じて。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:犬塚ひなこ | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年04月11日(木)00:25 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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●ツァインVS修二 眼の前に広がる灰色の世界。 其々が向かった先にて、リベリスタ達フィクサードが操るアーティファクトの領域に招かれていた。 「アンタが俺の相手かい、そんじゃおっ始めようぜ!」 ツァイン・ウォーレス(BNE001520)は自らの肉体を防御に特化させ、あらゆる攻撃に備えるべく石倉・修二の動向を見据える。まずはお手並み拝見。技量は如何ほどかとツァインは窺う。 「おや、防御を固めたのかい。懸命な判断だな」 すると此方の様子を眺めた修二も己の能力を強化した。次手は互いに攻撃に移ると感じ、ツァインは獲物に破邪の力を込めて斬りかかる。同様に相手もその動きを鋭く読み、隙を突く攻撃を加えた。衝突しあう衝撃に体勢を崩されながらも、ツァインは問い掛けてみる。 「なぁ、お前の計算する勝率はどれ程だ?」 「五割と言った所か。まぁ、その方が面白くて良い」 修二から返って来たのは互角だと判断した旨の答え。ツァイン自身も同じくそう考えていた為、成る程、と薄く双眸を細めた。そして彼は相手の癖や呼吸を体で覚え、耐え切るべく戦いを続けていく。 剣と盾と鎧でガードを固めるツァインの得手は耐えること。 戦闘論理者たる敵とてそれは把握した様子。ならば削り取るだけだとばかりに修二はツァインが予測しえない不意打ちを狙った。だが、彼の強固な守りと防御を突き崩すのは至難のもの。 「なぁ、今の勝率はどれ程だ?」 刃を振るい上げたツァインが問いかければ、修二は鮮烈に輝く一閃を受け止めた。 「……三割だ」 先程より率が減っている。それは徐々に形勢が此方に向いているということ。 そう、防御型のタイマンは計算型の戦いに似ている。己が何手耐えられるか、相手を何手で倒せるか。爆発的な攻撃力が無ければ長期戦になり、計算も単純化する。一度開いた差を取り戻すのが難しいが――今、差を付けているのはツァインの方だ。 (俺はなぁ、そんな闘いをずぅーっとやってきてんだよ。計算野郎、お前はそんな時どんな答えを出す?) 言葉にしないまま、青年は自らの身を癒した。 次第に修二の表情が曇り始める。群れて戦うのを嫌う彼らの気持ちも分かった。だが、力を増幅して遊戯と称するのは群れて有利に戦うのと何が違うのだろうか。鋭く身を貫通した気糸の衝撃を堪え、ツァインは地面を踏み締めた。 「なぁ……勝率は今、どれ程だッ!?」 そして、問いかける。三度目の質問と同時にツァインは雄々しい声をあげ、刃を振り下ろした。その閃きは修二を真正面から切り裂き、一瞬で最期を与える。 「零、だ……」 苦しげに呻いた敵が崩れ落ち、最後の計算結果を口にした。創られた世界が元に戻って行く中、ツァインはアーティファクトに命を奪い取られた青年に語りかける。 「手を下すまでもねぇ、テメェの遊びのツケを払え。似合いの末路だ……」 そうして踏み潰された匣もまた、粉々に砕け散った。 ●霧音VS千恵 同時刻。別の匣領域でも戦闘が始まっていた。 「千恵、だったかしらね。貴女の相手は私。楽しませて貰えるかしら?」 自らに影を纏わせた『禍を斬る緋き剣』衣通姫・霧音(BNE004298)に対し、紺野・千恵も速度を上げる。攻撃の先手を取った相手が高速で跳躍し、霧音を横手から襲った。 「あは、アンタこそ楽しませてよね!」 鋭いナイフの斬撃で斬り込まれるも、霧音も破壊のオーラで反撃する。アーティファクトの効果によって実力は同程度。否、それ以上か。彼女の持つ刀に下げられた桜の飾り紐が激しく揺れ、衝撃が身体に響く。 「意外と……やるじゃない」 「当たり前でしょ。アタシはすごーく強いんだから」 防御の姿勢を取る霧音に千恵が双眸を細めて笑う。だが、負けるわけにはいかない。霧音は櫻嵐の柄を強く握り締め、決意をあらたにした。 「でも、ソードミラージュの技はよく知っているの。……彼女の記憶がね」 霧音は緋桜の袖を翻し、速度重視で向かって来る千恵に薄く笑いかける。尤も彼女と貴方は違うけど、と呟いた霧音は持久戦へ持ち込む戦法へとシフトした。速度に乗せた一撃で次々と相手の身を貫いていく中、千恵は嘲笑うような声をあげる。 「ほらほら、耐えてばかりじゃ負けちゃうよぉ?」 おそらく敵は自分が勝てると思っている。しかし、この戦いが一対一である以上は相手がどう出るかの読み合いでもあった。自身も守りは得意ではなかったが、霧音はしかと反撃の機を窺っていたのだ。 その間も霧音は相手に敢えてアーティファクトの真実は伝えないままでいた。 (……死に物狂いでかかられる方が怖いもの、ね) そして、一瞬だけ瞳を伏せた霧音は機会を掴む。消耗によって霧音の攻撃が緩んだ瞬間、一気に反旗を翻した霧音は雪崩の如き連続攻撃を繰り出した。油断しきっていた千恵は均衡を崩しかけ、わ、と慌てた叫びをあげる。其処へ霧音は更に容赦の無い追撃を見舞った。 「痛いなぁもう! さっさと倒れちゃいなさいよ」 続けて千恵が怒りのままに振るった一撃は、霧音の体力を零まで削り取る。 だが、運命を引き寄せた霧音は妖刀を斬り返して凛然と駆けた。この一閃が敵を屠ると直感し、ただ真っ直ぐに目の前の娘を見据え、そして――。 「遊びで殺し合いに手を出したのが運のツキよ。来世の教訓にするのね」 別れの言の葉が紡がれた瞬間、敵がその場に伏す。 「あれ……アタシが、負けちゃった……?」 一瞬で灰色の空間は現実へと戻り、千恵に死が訪れた。 何も知らず無為に命を落とした娘。その亡骸を見下ろした霧音はただ一言、「さよなら」と告げた。 ●彩花VS紗代子 他者との競争に勝つ事に喜びを覚える感情。 それそのものは正常であり、社会で生きる上で必要なものだと『ライトニング・フェミニーヌ』大御堂 彩花(BNE000609)は思う。ただし、それはあくまで確固たる目的の上での話。静かな怒気を滲ませる彩花に対し、花村・紗代子はくすくすと笑んで魔力を紡ぐ。 「あら、その瞳……まさに戦う者の眼ね。そういう人はとても好きだわ」 「余裕で居られるのも今の内だけです」 彩花は間合いを越え、相手を地に叩き付けようと肉薄した。避けられないと察して身構えた紗代子もまた、痛みを覚悟の上で零距離からの魔毒の弾丸を撃ち込む。ショックと毒を互いに与えあった彩花達は鋭い視線を交わした。 相手はただ他者を踏み躙る行為に喜びを感じるだけの者。 本当の強さとは、勝利という物の本質は何なのか。胸に燻る思いを抱え、彩花は凛と敵を見据えた。その間にも紗代子から四色の魔光が打ち込まれる。肌を焼く痛みに耐えた彩花は挑発を投げ掛ける。 「ほらほら、もっと頑張らないと日が暮れてしまいますよ?」 「ふふ、生意気ね。弄り殺してあげたいわ」 しかし、相手も態度を崩さない。巡る攻防の中、此方も攻撃を当てているが敵の体力は相当に底上げされているようだった。彩花は削られた体力を回復すべく、森羅の呼吸で体勢を立て直す。そこへ魔方陣を展開した相手が魔力弾を解き放ち、彩花の身が倒れかけた。 「まだ倒れる訳にはいきません」 即座に運命を引き寄せた彼女は全ての呪縛を振り払って立ち上がる。敵は余裕を見せているが、攻撃の手は消耗から先程よりも弱まっていると感じられた。これが好機に転じる瞬間だと感じた彩花は蹴撃で真空の刃を生み出して対抗する。幾度も攻撃を重ねる中、流石の紗代子も眉を顰めた。 「またその攻撃なの? つまらないわね」 「面白くない戦い方だと思われます? 生憎ですが、」 魔弾と真空が衝突し合う中、彩花は次の一手に全てを賭ける。今や己の力も尽きそうだったが、それすら堪えて駆け抜けた。二人が肉薄する瞬間、紗代子が身を逸らそうと動く。 「私に貴女を楽しませる義理はありませんので」 だが、言葉の続きを紡いだ彩花は拳を振り上げ――雷牙でひといきに敵を貫いた。 「……嘘。私が負けちゃうなんて、嘘よね」 信じられない、といった表情を浮かべた紗代子が膝を突く。そのまま意識を失った彼女は眠るように死に絶え、その生を終えた。そして、周囲が街の裏路地へと戻って行く。 射し込む陽の眩さに事に目を眇めた彩花はただ、何も言わずに横たわる娘の姿を見下ろしていた。 ●ぐるぐVS巧 誰も見ていない、自分達以外には誰も居ない空間。 『歪』殖 ぐるぐ(BNE004311)は目の前に現れた早川・巧を真っ直ぐに見つめて問い掛ける。 「殺される覚悟があるって事でいーんらね? この檻の中じゃ止める人は居ない。ギブアップは無いよ?」 「………」 しかし相手は答えず、守護結界を張っただけ。 変な人、と呟いたぐるぐは尻尾をぱたりと振ると、覚悟してようがしてなかろうが関係ないとばかりに先手を打つ。まるで主人と遊ぶ犬のようにじゃれつき、高速で残像を作り出した。 「じゃあ、あしょんでー!」 隙を作ろうとぐるぐが動く中、巧も式符を闇の鴉へと変えて対抗する。この寡黙な相手はどれほど強いのか。面白い人ならば良いと密かな楽しみを覚え、ぐるぐは巧へと告げる。 「油断しなさんな、招き入れたのは肉食獣ら」 遊んでと語りながらも、その瞳に映っていたのは獲物を狙う獣の如き鈍い光だった。 正直を云えば、ぐるぐにとって依頼の成否はどうだっていい。強者が生き残るというこの世界のルールを垣間見られる気がして、アーティファクトで強化された力をこの目で見てみたかったのだ。 「……」 喰らいつくように仕掛けるぐるぐだが、巧も決して譲らない。相手は相手を最大限に弱らせてから攻撃に移るタイプらしく、徐々にぐるぐの能力が下げられていく。鈍化に呪縛、そして時折混ぜられる式符が戦場に舞い続けた。しかし、攻撃の手を休めないのは此方も同じ。 攻防を繰り返す間にも少女は相手の予備動作を覚え、つぶさに観察していた。 「おにいさんは特別な技は持ってないの? そんで、いつになったら本気出すらー?」 体力を削られながらも、ぐるぐは余裕も焦りも見せないまま問う。 侮っている心算は無かった。ただ死ぬ瞬間まで、より強く狡猾になる瞬間を待ち望んで挑んでいただけだ。おそらく、その態度は巧にとって心外だったのだろう。無表情だった彼の眉間に皺が寄り、無数の鳥符が浴びせかけられるようにぐるぐを襲った。 しかし、結局はそれも極普通の技に過ぎない。 ぐるぐは倒れそうになる身体をはっぱで支え、自らの運命をその手に掴んで体勢を立て直した。 「あーもうつまんない、マジKYだよおにいさん。がっかりだよ!!!」 次の瞬間。隙を突いた幻影の一閃が巧を貫く。 「――!」 苦痛の声すら上げず、青年は最期まで一言も発することなく呆気なく倒れた。そうして血溜まりが地面に広がって行く最中――匣庭領域は崩れ去り、戦いの終わりを告げる。 「ボク達は強い人が好きらからな。弱い人には興味ないんら」 現実の景色に戻った路地裏。ぷい、と屍から視線を逸らしたぐるぐは呟き、その場を後にした。 ●アーリィVS真衣 別の灰色領域の中、対峙しあうのは少女と少女。 即座に戦闘態勢を取った大浦・真衣が距離を詰めてくる中、『ゲーマー人生』アーリィ・フラン・ベルジュ(BNE003082)は気糸を放ち返した。一人での戦いは少しばかり怖かったが、きっと気持ちで負けていたら勝てない。必ず勝って現実空間に戻ると心に決め、アーリィは更に身構えた。 「逃げないでよ。あなたを切り刻んであげるから」 「……駄目、自分だけ優位な間合いを取るのは難しいみたいだね」 真衣から距離を取ろうとするアーリィだが、敵は黒刃を具現化させて近接するので無駄足だ。 相手は必殺に特化した戦士であるため、他と比べて打たれ弱いアーリィとは少しばかり相性の悪い敵だった。ならば、とアーリィは天使の歌を紡ぎ、失った力を回復しようと動く。 「後手に回ると危ないよ。私の攻撃、痛いから」 回復に移る少女へと真衣がぽつりと告げた。助言にも聞こえる言葉の後、軽やかに踊るような斬撃がアーリィに襲い掛かった。回復は確かに身を癒すが、削られる体力との誤差が出てしまっている。 「だったら……倒される前に攻めるだけ!」 此処からは攻撃に特化しようとアーリィは決めた。 途端に気糸が放たれ、真衣の身を麻痺させる。これで猛攻に移れる、と射線上を鋭く狙い撃ったアーリィの一撃に敵の身が揺らぐ。だが、次の瞬間。 「痛かった。けれど私の方が強いみたい」 麻痺から回復した真衣はカードの嵐を周囲に舞わせ、その一枚を掴み取る。 来る、とアーリィが感じた時、死の一撃が身を穿って体力を零にした。運命を手にしようと足掻くアーリィだったが、必殺によってそれも叶わぬまま――少女は戦う力を失ってしまう。 もし、最初から距離を気にせずに戦っていたら。回復よりも攻撃を優先することを早く決めていたら、勝機も掴めたのだろうか。後悔と痛みに思考を支配されながら、アーリィはその場に倒れた。 この後、真衣は自分を殺そうとするだろう。 そう確信した時、真衣が急にはたとして箱庭領域を閉じた。その時のアーリィは知る由も無かったが、真衣は同型のアーティファクトが消えた気配を感じた事で、他の仲間が誰かに敗北したと気取ったのだ。 「殺したいけど殺さないでいてあげる。ばいばい」 踵を返した真衣が足早に去っていく。 結果的に命拾いしたアーリィだったが、朦朧とする視界は歪み、身体は酷く傷付いている。 (ごめんね……皆の事も気になるけど……今は少しだけ、休ませてもらうね……) そして少女はゆっくりと瞳を閉じ、一時的に意識を手放した。 ●クロトVS一守 「よお、リベリスタの野郎だな。俺の世界へようこそ!」 不敵な笑みを浮かべる藤原・一守を見据え返し、鷲峰 クロト(BNE004319)は即座に身構える。相手の目を見たクロトは、彼が単純に戦いを求めて自分達に挑戦しているのだと悟った。 「さぁ、やることは分かってんだろ」 「いいぜ、相手になってやるよ。ついでに飛んでるネジも締め直してやるか」 クロトは全身の反応速度を高め、一守が持つ箱を見遣る。洒落た箱だと皮肉交じりに彼は呟く。そんなもので囲わずとも果たし状一枚で喜んでタイマンしてやるのに、と。 そして、戦いは始まる。 幾度も敵から電撃の一撃が見舞われるが、クロトもその度に幻影の剣を振るい返す。 「なめてんのか? それともそんな箱に頼らねーと戦えねぇビビリか?」 「バァーカ、俺は勝つのが好きなんだよ。その為には何でも使うぜ」 意地悪く笑った一守が更なる斬撃を繰り出した。二人の攻防は平行線を辿っており、先程から感電の衝撃がクロトの身を蝕んでいる。此方も敵の弱点を突いてはいるが、継続する痛みはじわじわと響いた。 相手の消耗を誘う為、クロトも全力防御を混ぜ込んで空振りを誘導する。だが、相手は力で押し切るタイプだ。何度も回避したとはいえ当たった時の衝撃は大きく、クロトの体力は敵よりも下回り続けていた。 「かなりの力みたいだな。だが、ぶっ飛ばしてやるから覚悟しな」 「やれるもんならやってみろよ!」 クロトは痛みを堪え、まだ勝機は見出せると信じて刃を向ける。 空間内での力がほぼ互角な以上、勝敗を決するのは戦略か。もしくは時の運かもしれない。激しい勝負が続く中でクロトは相手の信念が知りたいが故に、隙を見て匣が持つ効果を伝えた。しかし、相手は彼の言葉を嘘だと一蹴する。 「俺をビビらせようったってそうはいかねぇぜ」 「もし覚悟を持って真剣勝負に励んでるのなら何も言わねぇ。けどよ」 ただスリルを味わいたいだけならば悪い事は言わない。そうクロトが告げようとした、次の瞬間。 「ゴチャゴチャうるせぇよ!」 激昂した敵が鋭い一撃を見舞い、クロトの身が傾いだ。 「なめるなと言った筈だぜ!!」 しかし、運命を消費して堪えた彼は幻惑の武技で一守を斬り返した。それにより体力を消耗していた敵も崩れ落ち掛けるが、立ち上がったのは相手も同じ。 おそらくは後一撃。勝負の決め時を感じた二人は刃を向け合う。既に互いに技を繰り出す余裕はない。それでも気合で勝つ、と己を鼓舞したクロトは最後になるであろう一撃を見舞おうと駆けた。 だが――伸ばした拳は届かず、一瞬先に一守の刃がクロトを貫いていた。 「ほらよ、俺の勝ち。ま、俺は他の奴と違って殺しは趣味じゃねぇんで見逃してやるよ」 そして、男は用は済んだとばかりに匣の領域を解除する。苦しげに呻くクロトは何とかして敵を追いかけようとしたが、身体は言う事を聞かず、その場に弱々しく倒れ込んだ。 ●顛末 誰もが全力を尽くして勝負に挑んだ。 だが、結果は四勝二敗。勝利と時の運を勝ち取ったフィクサード達は何処かに去ってしまった。 やがて、敗北したクロトとアーリィは戦いを終えて駆け付けた仲間の手によって介抱を受け、事なきを得た。ぐるぐや彩花は去った二人の探索を続行したが、姿を眩ませた足取りは杳として知れないまま。ツァインは悔しげに頭を振り、霧音も死した者と逃げた者を其々に思って複雑な感情を抱いた。 きっと彼等はまた違う場所で誰かを襲い、匣庭で遊戯を続ける。 その行方は分からずとも――それだけは確かに予想でき、現実に成り得る未来のひとつだった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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