●イエスかノー ねえ、どうして私じゃなくてあの女を選んだの? いつも彼のことだけを考えていた。彼の望むことなら何だってしてあげてきた。それが好きであるということの証だと思っていた。 他に彼が好きな人なんているはずないと信じていた。 だって私たちは恋人同士だったから。 それなのに裏切るなんて――許せない。 「先生、いる?」 突然教室に入ってきたのは、セーラー服姿の女の子だった。名前は東條玲奈。まだ幼い表情をしているが端正な顔立ちの可愛い女の子だ。 リボンの色から一つ下の中学二年生であることがわかる。 時刻は朝のホームルームが始まる直前だった。 中にいた生徒たちが一斉に後ろを振り返る。だが、その年下の可愛らしい色白の女の子は両手に重厚なマシンガンを持っていた。 ダダダダダダダダ―― 「きゃあああああああああ」 誰かの悲鳴が聞こえると同時に機関銃が火を噴いた。 一瞬にして教室は血しぶきが飛び散った。肉が飛び散る。 人間が蜂の巣になっていく。混乱が起きて大惨事になった。教室の出口に向かう生徒の背中に玲奈は容赦なく銃口を突き付ける。 ダダダダダアダダダ―― ほどなくしてクラスの半分以上が床に肉塊と成り果てた。 「ど、どうしたんだ、れ、玲奈――」 そのとき、教卓の後ろで腰を抜かしていた高城卓人が言った。 三年B組の担任にして他ならぬ玲奈の恋人だった。だが、玲奈の同じアーチェリー部員の先輩でもある西野花蓮と二股をかけていた。 それを知った玲奈は死ぬほどのショックを受けた。それから不登校になって、家でずっと引き籠って暮していた。玲奈にとって高城はこの世界そのものだった。 自殺も考えていたとき、死んだ元警察官の祖父が武器の骨董品屋を営んでいたことを思い出した。蔵には絶対に売買してはならなかった曰くつきの銃がいくつかある。 死のうと思って蔵で適当な銃を探していると例のマシンガンを見つけた。玲奈は一目見てそのマシンガンに魅了された。小さい頃に祖父に聞いたことがある。それで撃ち殺した誰もが自分の忠誠な下僕になるという。その時は冗談だと思った。 だが、なにげなく手にした途端、この世界を滅茶苦茶にしてやりたいという気持ちが猛烈に湧き起こった。気がつくと玲奈はそれを持って学校に走っていた。 「ねえ、先生。花蓮先輩と私どっちが好き?」 玲奈は高城の口に銃先を突っ込んでイエスかノーかを迫った。 ●歪んだ愛の凶行 「埼玉県のY私立中学校でアーティファクトによるマシンガンの乱射事件が発生した。死亡者重傷者共に多数。首謀者は同じ学校に通う中学二年生の東條玲奈だ。彼女はE・アンデッドになった生徒や先生らを引き連れて屋上に立て篭もっている。はやくそれらを倒してくるんだ」 『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)がいつになく焦った口調で喋る。伝え聞いたリベリスタたちも思わず唾を飲み込んだ。 まだ中学生の女の子が事件の首謀者だということに驚きを隠せない。 「生きている者はすでに退避したが、不幸なことに西野花蓮と高城卓人が人質に取られている。彼らは屋上の給水ポンプ塔の中に閉じ込められているようだ。ちょっとでも近づくと二人を容赦なく撃ち殺すと脅している。だから今のところ誰も近づけない」 玲奈は激高しているようだった。愛する先生に裏切られてかつ、殺人を犯した興奮で我を失ってしまっている。今の彼女ならあと一人や二人殺すことも容易だろう。 「でも、どうして玲奈はまだ二人を殺さないんですか?」 リベリスタが質問した。憎んでいるはずならさっさと殺せばいいのに、なぜ玲奈はまだ彼らを生かそうしているのか。何か理由があるのではないかと疑う。 「いい質問だ。玲奈はどうやら、彼らの口から罪を認めさせたいらしい。もちろん、マシンガンを使って殺せば忠実な愛の下僕にすることができる。だが、それでは彼女の想いが満足できないようだ。無理やりに好きにさせるのではなく、彼ら自ら進んで謝罪と愛の承認を言葉にしてほしい――玲奈は最後の可能性に賭けているんだ」 危険な目にあいながら敢えて立て篭もりを選んだのには玲奈なりの自尊心があった。おそらく彼女は我を失いながらも心の片隅で良心と戦っているのだ。 玲奈がやっていることは明らかに許されないことだが、相手が生徒相手に二股していた教師だということを考えると彼女ばかりを責めるわけにもいかない。 「とはいっても、彼らの返答次第ではいつ殺されてもおかしくない。現場に急行して玲奈の凶行を止めてきてくれ。歪んだ愛がもたらした後始末は、きっちり精算しなければいつか必ず厄災をもたらす。愛のリベリスタ戦士として事件の解決を頼む」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:凸一 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年04月03日(水)22:38 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●歪んでしまったもの 屋上へと続く階段の入り口はバリケードで封鎖されビクともしない。ドアの向こうからはマシンガンをぶっ放す銃声が聞こえてくる。 玲奈はよほど荒れているようだ。空に向かって意味もなく銃を撃ち続ける。はやくしないと人質がいつ殺されてしまうかわからない。玲奈に気づかれないようにバリケード前に密かに集まったリベリスタたちは作戦を着々と進行させていた。 「愛は人を変えてしまうと言うわ……だって、私が強くも弱くもなったもの。愛する人が世界の中心になっちゃうし、貴女の気持ちも分からなくはないわ。でもね。それは一般人の貴女には過ぎた玩具よ。これ以上罪を重ねる前に……私達が、止めてあげる」 『鋼脚のマスケティア』ミュゼーヌ・三条寺(BNE000589)がようやく愛用の銃の手入れを終えて言った。必ず玲奈の凶行を止めてみせると。 「セーラー服の女の子がマシンガン。昔、そんな映画あったわよね」 『氷の仮面』青島 沙希(BNE004419)が荒れ狂う玲奈を評した。沙希は舞台女優であり昔の有名な映画なら大抵知っている。だが、今回は映画やゲームの中の話ではない。沙希は舞台に立つとき以上に気を引き締めた。 「歪んでしまった物は正さなければなりません。その歪みがどれ程純粋でも、でございます」 『目つきが悪い』ウリエル・ベルトラム(BNE001655)も真面目に答える。だが、ちょっぴり中学二年生という響きにときめきを感じたのは言わないでおく。 「教師と生徒の禁断の愛ってシチュエーションにはちょっと憧れちゃうけど、浮気で痛い目を見るのは自業自得だよね」 『六芒星の魔法使い』六城 雛乃(BNE004267)がそんなウリエルの心の中を読んだかのような発言をした。 「高城の半端な気持ちと 銃さえなきゃな……」 『孤独嬢』プレインフェザー・オッフェンバッハ・ベルジュラック(BNE003341)も教師である高城卓人を許すつもりはなかった。 「個人的には、件の教師とやらにきついお灸を据えたい所であるが……。残念ながら、その暇は無いらしい。先ずはこの場を治めるとしよう」 『紅蓮姫』フィリス・エウレア・ドラクリア(BNE004456)も同じ意見だった。まだリベリスタとして経験は浅いが、強い決意をもって作戦にあたる気持ちでは誰にも劣ってはいない。 「情念とは歪めば容易く人の身を滅ぼすものなのだね。哀れではあるが……犯した罪は償わねばならない。その為には、簡単に死を選んでもらっては困るな」 『吹き荒ぶ砂塵』スィン・アル・アサド(BNE004367)は事後の玲奈のことを気にしていた。もし自殺するようなことがあれば必ず止めてみせると。 「そろそろ時間のようだ。それではくれぐれも宜しく頼む」 アディ・アーカーシャ(BNE004320)が仮面の奥からくぐもった声を出して仲間に指示を出した。囮役のリベリスタがその場をあとにする。 ほどなくしてミュゼーヌが地上に現れた。その様子を上から他のリベリスタたちが固唾を呑んで見守る。まだ、玲奈たちはリベリスタの動向に気づいていない。 ミュゼーヌが面接着と麻痺無効を使用して壁を登り始めた。 アーチェリーの一人が気づいて仲間に指示を送った。ようやく玲奈もそれを知って前線にもう一人のアーチェリーを増員する。 激しい弓矢が近づいてくるミュゼーヌを狙い撃ちにした。 ●立ち塞がる障害 「うぐうううううぐっ!」 弓矢で狙われたミュゼーヌは攻撃に堪えた。麻痺無効にしているが、それでもダメージを少なからず食らってしまう。 ますます激しくなる攻撃に歯を食い縛って堪えた。こんなところで負けるわけにはいかない。まだ道のりは遠かった。あと少し攻撃を引きつける。それまで絶対に倒れない。 そんなしぶといミュゼーヌを見かねてもう一人のアーチェリーがこちらに回って来て攻撃に参加した。あまりの攻撃の激しさにミュゼーヌも限界を感じる。 ズドオオオオオオンン バリバリバリバリバリ そのとき、バリケードが突如として音を立てて崩れ去った。 雛乃と沙希はドアもろともバリケードをぶっ飛ばす。即座にスィンが自身と前衛にファストブーストとハイバリアを施した。 「なんなの! あんたたち邪魔しにきたのね!」 激高した玲奈がマシンガンをこちらにむけてぶっ放す。 ダダダダダダダダアダ―― 激しい攻撃にリベリスタの周りが蜂の巣になっていく。必死にリベリスタたちは攻撃を避ける。だが、玲奈もかなり戦力が上がっておりなかなか隙ができない。 いつの間にかこちらが防戦一方となっていた。 かろうじて攻撃を避けることに成功したウリエルが戦鬼烈風陣を盾になっている生徒たちに叩きこむ。 容赦のない攻撃に何人かが倒れた。それでも他の生徒たちがまた襲いかかってくる。 「もうみんなまとめてぶっ飛ばしちゃうから。ガンガン撃ってくよ!」 雛乃がチェインライトニングを放つ。見事に撃ち抜かれたE・アンデッドの生徒たちが次々に倒される。 「あたしは……お前は悪くないと思う。悪いのはその銃、お前は恋をしてただけ。今ここで、お前の気持ちが一番本物だ。その気持ちを弄んだ事、絶対謝らせてやろうぜ」 プレインフェザーが玲奈に呼びかける。一瞬だけ玲奈は動揺したように見えた。その隙を狙ってトラップネストを放つ。 玲奈はなんとか横へ逃げようとするが、脚に攻撃を受けてその場に転んでしまう。庇おうとしてアーチェリーが前に出てくる。 「そうはさせまい! これでも食らえっ!」 スィンの放ったエル・レイが命中してアーチェリーが倒れた。残った生徒たちが一斉になって襲い掛かってくる。 「――魔力よ、その姿を変え、我が前に立ち塞がる障害を撃ち払え!」 フィリスが壁になっていた生徒たちをフレアバーストで巻き込んだ。 「ぐあああああああ」 悲痛な雄叫びをあげて生徒たちは崩れ堕ちていく。とうとう生徒たちは全て倒されて玲奈を守る者は誰もいなくなった。 ●恋を踏みにじった罰 「おい、お前らよくも可愛い生徒たちをイジメてくれたなあ。借りはきっちり俺が返してやるから。草葉の陰で見守っていてくれよ」 そのとき屈強な筋肉を盛り上がらせる体育教師が立ちはだかる。空手の構えを見せて敵を挑発した。あまりの威圧感にリベリスタたちも尻ごみする。腕をバキバキ鳴らしながら近づいてくる。 「貴様の相手はこの私がしてくれよう」 アディが一歩前に進んで体育教師と一騎打ちを申し出る。それを見た体育教師の男も負けじとアディに対して言い返した。 「ふん、いいいだろう。どちらが強いかここで決着をつけてやる!」 突進してきた教師にアディは腰を低く構えた。蹴りが入ると同時にアディはメガクラッシュを放つ。激しい攻撃がぶつかり合い両者とも後ろに吹っ飛んだ。 先に立ち上がったのは教師だった。立ち遅れたアディに対して回し蹴りを食らわしてふっ飛ばす。傷ついてようやく起き上がったアディにスィンが回復を施した。 「僕の治癒術も多少は役に立ったかな?」 「ありがとう。奴は必ず次の手でしとめてみせる」 スィンにアディは深く感謝してまた低い構えの体勢に移った。重心を低くしてやってくる体育教師に一撃を与える。今度はずれたらタダではすまないだろう。 だが、いまや回復を施されてアディは意気揚々としていた。 「憎むは神秘に在り、ヒトに在らず……斯の世の理不尽に取り憑かれし者よ、浄化してくれよう!」 アディは迫りくる教師に向かって渾身のメガクラッシュを放った。 「うわああああああああ」 教師は斬撃を食らって苦痛にもがきながら地面に突っ伏した。ようやく大きな敵を倒すことに成功したアディが一息つく。 ズドン! ズドン! 「みなさん、遅くなりました――」 そのとき、壁伝いに来たミュゼーヌがようやく顔を見せた。満身創痍ながらアーチェリーを駆逐してようやく這い上がることに成功していた。 玲奈は足を引きずりながらも最後の力を振り絞って攻撃しようとしていた。だが、味方を倒されてしまって反撃の余地がもうない。ついに非常手段に打って出た。 「こうなったらもうおしまい。先生も花蓮先輩もみんなぶっ殺してあげる!」 給水ポンプに向けてマシンガンをぶっ放そうとする。 そのとき、先回りしていたウリエルとミュゼーヌが両手を広げて給水タンクを庇う姿勢を見せた。 「そこどいて! じゃなきゃ、あんた達もまとめてぶち抜く」 玲奈はトリガーに指をかけた。 「貴方がするべきことは人質との対話じゃないの? 彼らから直接、話を聞きたいからこんなことしてるんでしょ。目的を見失わないで」 沙希がすんでのところで玲奈に言った。 瞬間、玲奈の手が止まる。それを沙希は見逃さない。 「きゃああああ」 沙希のギャロップレイを受けてマシンガンに衝撃が走る。勢いあまって玲奈も後ろに飛ばされた。ダメージを受けたがなんとか立ち上がる。 「あんたたちになにがわかるの! 先生たちは私を裏切った。だから先生も花蓮先輩も死をもって償うべきだわ。私の恋を踏みにじった罰として」 ダダダダダダッダ―― 狙いは完全に給水タンクの方を外れていた。 もはや玲奈の動揺は誰の目にも明らかだった。焦点が定まらず無差別攻撃をただ繰り返す。 「殺すって脅しながらじゃきっと本当の言葉は聞けない。このまま正当な裁きも受けさせずに、一瞬で楽にさせていいのかよ? コイツが悪い事をしたって誰も知らずに、お前一人が悪者になるなんて、駄目だ……だから、考え直してくれ。頼む」 プレインフェザーが必死になって玲奈に呼びかける。すでに我を失っているようにみえる彼女に言葉が届くかどうかわからない。けれど心の片隅で良心と戦っているはずの玲奈ならきっと分かってくれるはずと信じた。 「好きな相手を殺しちゃったら本末転倒だと思うの。ヤンデレが得するのは二次元の世界だけだよー? 誰か殺したくてムシャクシャしてるんならあたし達で相手になるよ? それからでも遅くないんじゃないかな」 雛乃も優しい言葉を玲奈に対して声をかける。これ以上犠牲を出させない。きっと玲奈も葛藤している。だから打ち勝って! 雛乃はそれを信じて説得した。 「自らの望みの為に周りを切り捨てるならば……あの愚かな男にも劣ってしまう」 スィンがそう言ったとき、ついに玲奈の目尻が熱く迸った。 「私は――私は――」 玲奈の手からマシンガンが零れ落ちる。 「今よ、狙い撃って!」 ミュゼーヌの掛け声に、スィンとフィリスが同時に攻撃を放つ。激しい攻撃を受けたマシンガンはついに粉々に破壊された。 ●確かな一歩 全ての事が終わって無事に人質は救出された。給水タンクに長時間浸からされていた高城卓人と西野花蓮はひどく衰弱していた。だが、命に別条はない。しばらく入院する必要はあるが大事にはならなそうだった。 「斯の様なことになったのは、貴公の軽薄な行為によるものだということを理解しておけ、もしも、貴公の不埒を改めず、また同じ過ちを繰り返すようならば、其れ相応の報いを受けることになると思え」 だが、アディはそれで終わらせるつもりはなかった。助け出された卓人にむかって厳しい言葉を突きつける。あまりの迫力に卓人は再び気を失った。 「高城 聞こえてるか? ああ、ダメだこりゃ。お前にもっと誠意がありゃ、こんな事件は起こらなかったんだぜ」 プレインフェザーも同意見だった。 「しかし、高城卓人……一発小突いてやりたい気分でございます」 だが、無抵抗の人間にこれ以上攻撃を加えるのはよくないと思い留まった。それにアディがきつくお灸を据えたからこれからは姿勢を正すだろう。 玲奈はずっと屋上で一人佇んでいた。卓人や花蓮が助け出される場面もそちらの方はまるで関心がないというように見向きもしなかった。 誰が誘っても決して降りてこようとはしない。ずっと沈みこんだままだった。時折嗚咽をもらしている。 玲奈はまだ中学生だった。無理もない。 「私もう――生きててつらい」 玲奈がふと漏らした。 「殺して解決しないのに、死んで解決するわけないでしょう」 そのとき、後ろから沙希が言った。どんなにつらいことがあっても死んでしまっては意味がない。死ぬことなんて誰にもできる。だからどれだけ苦しくても生きている限り人は動き続けなければならない。私も信じていた人に騙されて殺されかけたことがある。それでも堪えてこうして今頑張ってる。年若いあなたが私より先に死ぬのは許せない。それに簡単に殺してあげる程、私は優しくはないわ。 「朝が来て太陽が昇る様に、チャンスは訪れる。一度失敗したのなら、次はもっといい男を見つけると良いのだぞ?」 フィリスも横から優しく問いかけた。ようやく玲奈がその場を立ち上がる。 口を閉ざしたままだった。まだ目には涙が浮かんでいる。 それでも玲奈は確かな一歩を踏み出した。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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