● その音色を何と喩えようか。 傷を受けたリコーダーは上手く音色を発せなかった。陳腐な演奏だと言われてしまっては少女はプライドを刺激され、怒りを露わにする事だろう。 幼稚な性質をした銀色の長い髪、浅黒い肌をした少女は唇を尖らせた。 握りしめて色白の手をぱ、っと離し、暇だわ、と言わんばかりに周辺を見回した。 「ケイオス様もモーゼス様も居なくなっちゃったんだってさ、あかいろちゃん、アークって面白いね」 「『そうだね、フュリ。でも、シアー様とバレット様はいるんでしょ?』」 「そう、バレット様は楽しかったのかな、シアー様は哀しかったのかな。 即興演奏(アドリブ)でも良いから追加公演(アンコール)をするなんて」 用意されていない楽譜(スコア)。アークとの戦いで敗退した楽団員たちは散り散りになっていた。だが、その中でも未だ存命の『第一バイオリン』と『歌姫』が行う追加公演は多数の楽団員たちによって再び日本に恐怖を与えようとしていた。 彼等の演奏――破と名付けられた楽章――で楽団員たちの勢力が勝った場所があった。近畿、中国、四国、沖縄。彼等はその場所でアークへと追加公演を行おうと言うのだ。 傍迷惑な追加公演。少女――『木管パート』のフュリ・アペレースはアークの少女の死体と仲良く手を繋ぎ楽しげに笑っている。 「ねえ、あかいろちゃん、あたしね、暇が嫌いなの。死ぬのだって怖くないわ。モーゼス様やケイオス様も死んじゃった。あの人たちが死んじゃったんだもん、あたしだって、死んでも大丈夫」 「『そうね、フュリ。死んだら誰かが操ってくれるものね』」 「うん、ああ、けど、痛いのは嫌いかなあ」 くすくすと笑いながら少女が辿りついたのは兵庫県の加古川市。一度演奏を行いに足を踏み入れた場所で、少女は調子外れな演奏を繰り返す。 ● 「兵庫県に向かって欲しいの。少し聞き及んでいるかもしれないけれど、楽団からアンコールのお誘いよ」 ブリーフィングルームで真面目な表情を浮かべた『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)は宜しいかしら、と資料片手にリベリスタを見回した。 「『福音の指揮者』を倒して間もないと言うのに御免なさいね。情勢もそうは待ってはくれないみたい。 商業地区でも戦った――何度か交戦はしている『木管パート』のフュリ・アペレースというリコーダー吹きの少女が居るわ。何でリコーダーなのかはこの際放置しておいて、彼女が兵庫県の加古川市の市街地で遊んでいる様なの」 一度攻め込んだ場所である以上彼女にも土地勘はあるのだろう。放置しておけば一度諦めた加古川市にある刑務所に攻め込む事だろう。 「彼女たち楽団員の兵力は『死体』よ。先の戦いで疲弊したフュリが兵力を増やしながら遊んでいる、ただそれだけの話なのよ」 アンコールと言えど、彼女らの統率はほぼとれていないだろう。 何より、シアーとバレットが己の追加公演に誘ったと言うだけならば。 「フュリ・アペレースは楽しい事が好きよ。だから、好き勝手な演奏は彼女にとっての楽しみだわ。 何にせよ被害が生まれる前に彼女を倒して来てくれないかしら。敬愛する『扇動者』と『指揮者』が居なくなったことで彼女は更に自由気ままに遊ぼうとしているわ」 子供っぽい行動ね、と浮かぶ苦笑の後、世恋は一度瞬いてもう一つのお知らせよ、と紡いだ。 「桐生 千歳さんもどうやら連れているみたい。『あかいろ』ちゃんと呼んでいるわ、彼女の死体も良ければ連れて帰ってきてあげれないかしら。私の、我儘なのだけど……」 小さく呟いた後、リコーダーを吹く少女を想い世恋は溜め息をつく。 フュリ・アペレースには死を尊ぶ感情は無い。彼女は死者を操るのだ。その能力、性質上、死は『友人』である。『死』は彼女にとって『恐怖』とは別の位置づけである以上、彼女に『死の恐怖』を教える事は不可能に近いだろう。 「彼女は死ぬ事を恐れない。けれど、感じる痛みには恐怖を覚えるかもしれない。私達とは根本的に考え方が違うのね。死者は彼女にとって、ただ『其処にある』モノでしかない。 言葉で撤退や、投降を促す事は限りなく不可能に近いと思うわ。分からず屋なのよ、彼女。 ……――どうぞ、ご武運をお祈りして。お帰りをお待ちしているわ」 何処か、祈る様にフォーチュナは呟いて、笑った。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年04月03日(水)22:47 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● その音色を何と喩えようか。少女の奏でるリコーダーの音色が、ぴたりと止まる。 「――また逢ったのう、フュリ。さて、決着を付けようかぇ?」 『陰陽狂』宵咲 瑠琵(BNE000129)が握りしめた天元・七星公主の銃口が真っ直ぐに少女へと向けられた。ゴシックロリィタのドレスを揺らした楽団員、フュリ・アペレースはにんまりと笑った。 瑠琵の前を過ぎ去る様にAuraを握りしめた『幸せの青い鳥』天風・亘(BNE001105)が風を纏い、光の飛沫をあげて死者を切り裂いた。『最悪の組曲』に閉幕を。舞台を終わらせる為に彼は真っ直ぐに死者を切り裂くのみ。 周辺に展開された守護結界の力、超直観で見据えていた瑠琵の瞳が細められる。亘が進む先に居る死者を押し潰す様に呼びこまれる水気。 災いを押し潰そうとする中、アンサングを振るう『戦奏者』ミリィ・トムソン(BNE003772)はこの場では唯一の『指揮者』であった。そう、この追加公演(アンコール)に指揮者はいない。好き勝手にリコーダーを奏でるフュリ・アペレースは指揮者不在のアンコールを一人で行っていた。 「分からず屋は私達のやり方で止めるだけ。彼の指揮者は既に不在――為らば私と貴女で奏でましょう?」 仲間達に与えた防御の効率動作。亘の目前の死者を振り払う様に投擲される閃光弾。だがしかし、フュリが呼びだし続ける死者の数は彼女の本来のペースよりも衰えている物の十分の驚異を持っている。相変わらず面倒な能力だとミリィは唇を噛み締めた。 死者の中を掻き分けて進む彼女らにとって継続的に呼びだされ続ける怨霊達は厄介でしかないのだから。 「桐生さんを返して頂けますか。他ならぬ姉様の頼みと……桐生さんの兄上の為に」 キッと睨みつけた『白月抱き微睡む白猫』二階堂 杏子(BNE000447)は展開された魔法陣から魔力を取り込みながら、己の手首から溢れる血を鎖に変えて死者を呑みこむ。しかし、彼女を庇う『紅玉魔女』桐生 千歳(BNE000090)に気付き杏子の視線はより一層厳しい物になった。 その前方、進みながら亘を補佐する『妄獣先輩』街多米 生佐目(BNE004013)が三/三/三を手に黒き瘴気を吐きだした。同じく、暗闇を力に『狂奔する黒き風車は標となりて』フランシスカ・バーナード・ヘリックス(BNE003537)は真っ直ぐに突き進む。 「素敵ね。黒い力。あたしの追加公演へようこそ!」 「楽団の追加公演ね……正直いらないんだけどな。折角のチケットだけど、お断りしたいレベル!」 振るわれるアヴァラブレイカー。フランシスカの可憐な外見からは想像もつかない巨大な鉈は闇の瘴気を吐きだしていく。 『尽きせぬ想い』アリステア・ショーゼット(BNE000313)の広めた強結界が周囲を取り囲む。無用な犠牲を出さない為にアリステアは徹底して戦闘に望んでいる。祈る様に体内へと取り込んでいく魔力。鮮やかな紫の瞳に浮かんだのは決意と、寂しげな笑みだった。 「――ねえ、もう終わったんだよ。だから、あなたの遊びに付き合うのも最後」 何時までも遊んでいた。それは三回目の邂逅になった『灼熱ビーチサイドバニーマニア』如月・達哉(BNE001662)も良く分かっている。彼女は、フュリ・アペレースという少女は何時までも遊んでいたのだ。笑みを浮かべて、月の下で踊る様に遊んでいた。 「今回は忘れたとは言わせないぞ?」 「――御機嫌よう。さあ、遊んで頂戴な」 暇は毒でしょう。その言葉と共に放たれた霊魂の弾丸。交わる様に達哉の気糸が死者を捉える。彼等の動きを制御する其れは彼等を薙ぎ払う事は叶わない。革醒者の死体は彼の気糸を交わしその腕を振るった。 ● あかいろちゃん、と呼んだ声に、声帯を振るわせて『なあに』と変えさせる。お人形遊びを見詰め、虫唾が走るとフランシスカは思った。 その様子を見つめ、この場で唯一の指揮者が指揮棒を振るい奏でる音色に合わせ、死者を振り払い一直線にフュリの元へ向かうリベリスタ。楽しくて仕方が無い様に少女は笑う。 「返して頂けますよね?」 杏子の放つ黒き鎖が千歳の物と混ざり合う。互いに捕まえたソレは、痛みを内包し続ける。切り刻む様に前進する亘が息を吐く。傷が痛むのだ。だがしかし、フュリは目前なのだ。 続く戦闘の中、千歳さん、と名を呼んだ。虚空を映す瞳が優しげに笑う。 『なあに?』 たどたどしく紡がれたその声がリベリスタの胸を締めつけた。其処に命はない。生気の籠らない彼女の体を操るのは背後にいる少女なのだ。幼い外見をした死霊使いはリベリスタを見つめて、ねえ、と紡ぐ。 「迎えに来たんでしょ? 『あかいろちゃん』は死んだって居場所があるんでしょ? 痛くて辛くて怖くて、死ぬって恐ろしいっていうけど、でも死んだって寂しくないわ!」 「でも死んだ身体を動かしたって、其処に心は宿ってないでしょ? 生きた人間を相手にしなきゃ……」 それは寂しいままだよ、とアリステアの叫ぶ声にフュリは首を振る。この布陣の中で一番の防御力を誇る彼女はその身を守る力と同等に、思いも強い。何よりも彼女がその身を守る力を身につけているのは喪う人がいない様に、だ。 「全員無事で帰るの。おねぇちゃんも連れて。返して! その人を大事に思ってる人だっているんだよ!」 その言葉にフュリは微笑んだ。死んだら誰かが操ってくれる。求められるのだから、彼女にとって死は恐ろしいものでは無かった。死者を操る死霊使いである彼女は実感したのだ。 こうして『返して』と言うのだ。彼女の兄も現れた。死しても必要にされている事が、彼女の目の前で『証明』されてしまっているのだから――! 千歳が繰り出す葬操曲・黒がリベリスタの身を苛んだ。フュリの弾丸も合わさったソレは痛みを齎し続ける。 「返しなさいよっ!」 フランシスカが黒き瘴気を吐きだして、傷を抑えて声を荒げる。唇を噛み締めて運命を燃やし上げる。痛みは彼女らダークナイトの『武器』だ。痛みなんて、気には止めなかった。想いが先行した訳ではない、ただ、戦えと『風車』が告げるのだ。 「千歳とは一度一緒に依頼をこなしたの。それだけ。それだけの縁だけど、仲間なんだ。連れて帰りたいんだ!」 だから、倒す、とアヴァラブレイカーを振るう。黒風車の意思を込め、血を求める様に振るわれる切っ先。フュリを狙う其れを死者が庇う。 闇を吐きだしながら、漏れだす唸り声を其の侭力にした。血が溢れる。 いたい、と感じる。フランシスカは楽団が嫌いだ。だからこそ、此処で倒し切りたい。 『――楽しいですか? お人形遊びは』 頭に直接響く声、首を傾げるフュリへと生佐目は続けた。ゆっくりと、問いかける様に、冷静に。 『死の覚悟の結末。人形にする価値は十分でしょう。しかし、フュリさんは自らの末路をどう意志しますか?』 「どういう意味かしら」 くす、と笑うリコーダー奏者に生佐目は暗闇を放ちながら笑った。反動の在る攻撃から身を守る様に癒すアリステアがじ、とフュリと生佐目の会話を見つめている。唇がゆっくりと動かされる。 『心から死に抗わなかった死者など、人形にする価値などない、そうは思いませんか?』 「死者の違いなんて分からないわ。唯其処にあって、そこで動くもの。違うの?」 死霊使いにとっての死者は武器であり、そして道具だ。ソレに違いは無い。生佐目は死者の意志の強さこそが死者を操る時の楽しみだと、死者への冒涜こそがその行いの理由だと、暗に告げたのであろうか。しかし、フュリにとってはただの道具なのだ。 首を傾げる彼女は正しく『分からず屋』だ。攻撃を続けるリベリスタ達の中から、亘がす、と消える。速度を纏い、フュリの背後に回り込んだ彼が浮かべた表情は悲痛そのもの。 「貴方に湧く楽しいという感情は、それは貴方の魂に強く響き震えるものですか? 自分も震えるんですよ」 「何かを奏でているの? 貴方」 「そうですね、死者を弄ぶ貴女を斬り伏せて縛り付けられた魂を解放しろと、震えるのです」 逃走阻止に、痛みを堪え、攻撃を行う。しかし、奏でている亘へと尽きぬ興味を向けたフュリの攻撃が、千歳の葬操曲・黒が亘へと放たれた。運命など幾らだって支払おう。己の翼は己が想いの為に空を掛ける為にあるのだから。 「死ぬのが怖くない……そう言ってましたよね。幼さか、死に慣れ過ぎてその末を知っているからか、果たして」 「ねえ、あたしがおとなだったら殺したの? こどもって得ね」 常識なのだ、と死霊使いは言った。死者を扱う事は冒涜では無い。幼さからでは無く、ただ、単純に彼女は死しても誰かが操ってくれると思いこんでいるのだ。 少女は笑う。痛みを与え続ける亘が強い意志を込めて振るう切っ先を受け流し、血を流しても、痛みを感じながら笑い続ける。ちらりと見せた恐怖の下に、分かり合えない絶望を真っ直ぐに出して。 死者を尊ぶならば、即ち、考え方の違いが前面に出る事になるのだ。 「孤独嫌いな分からず屋よ。わらわの下に来るが良い!」 「――だから、言ってるじゃない。あたしと遊べなくなるのがいやだったら」 フュリ・アペレースは死霊使いだ。其れがどういうものであるのかを楽団との応戦を経たリベリスタが知らぬわけがない。彼女が幾ら幼い外見をしており、幼い内面的な特徴があれど彼女は人を殺したフィクサードなのだから。 「あたしに殺されたら?」 そしたら、永遠に一緒よ、と少女はくすくすと笑う。瑠琵に向けて放たれる霊魂の弾丸。亘の刃がフュリを捉える。瞬間、その攻撃を避けた所に不吉が笑った。 瑠琵の占いが災いを齎す事で傷だらけの千歳が攻撃を全て受け、段々とその体力を失っていく。 祈る様に回復を続けるアリステアが千歳を見つめて、唇を噛み締めた。返してほしい、出来れば傷も無く、彼女のそのままで、返してほしい。 「ねぇ、攻撃されたら痛いでしょ? 誰だって痛いんだよ? 貴方が傷つけてきた人も皆痛かったんだよ?」 「痛いわ、それから――怖いわ」 アリステアを見据えて放たれる死者の攻撃に唇を歪めた杏子がその行動を阻害した。色違いの瞳が鮮やかな色を灯し、悪戯に唇が歪められる。 「……何処を見てますの? 戦場で余所見などありえませんね」 くす、と笑った彼の攻撃が死者を捉える。同時、黒き瘴気を放つフランシスカにより、千歳が無力化される。庇い手を喪ったフュリへ向けて、踏み込んだその足で、赤く染まった武器を一気に振り下ろす。 「フュリ! お前はここで消えろ!」 「――ふふ、ばぁんっ」 アヴァラブレイカーを受け止めて、赤く染まる洋服の裾を見つめてフュリが放ったのは目の前のフランシスカへの一つの暴力。霊魂の弾丸が彼女へと襲いかかる。彼女は避ける事があまり得意ではない。そして攻撃の反動により、痛んだ其れは命を蝕む攻撃によっても癒しは間に合わなかったのだろう。傷を癒し続けたアリステアが声を漏らす。ふらつく足で一歩引いたフランシスカは前衛で果敢に戦っていた。彼女を狙う死者が戦闘を行う意欲を奪う。 紫の瞳が閉じられ掛けた時に、ぐい、と彼女の肩を押し前線へと繰り出した生佐目が漆黒の霧でフュリを内包した。見開かれた瞳、痛みに苦しむ様な呻き声にミリィが目を伏せる。 「痛いでしょう? 解りますか? それが私達への死への想い。私達の感じる、その痛みこそが死への恐怖です」 奏でる様に振るうアンサング。強まる視線に、凍りつく様に身体が止まる。彼女は何度だって立ち上がる。狙う様に、瑠琵が彼女にかかった『おまじない』を取り払おうと不吉を占った。 「のぅ、フュリよ。操ってくれる誰かは誰でも良いのかぇ? 生憎とわらわ、死体や怨霊の類は操れなくてのぅ」 殺すと遊べなくなるなんて、残念だとにんまりと笑う瑠琵の唇から零れる牙。誰かに操られた彼女と遊んだって詰まらない。操るならば自分が良い、そうでなければ彼女が良い。自分か彼女かのどちらかじゃないと嫌なのだ。我儘な笑みに答えないまま、死者を操り続けるフュリは苦痛を訴える様に顔を歪める。 「音を楽しむから音楽と言うんだ。人の持つ音を歪めてまで奏でようとは思わんよ」 「――そう」 達哉が仲間達に与えたインスタントチャージ。アリステアを励ますソレは彼女が仲間を癒し続けるには大切な行為である。達哉の言葉に曖昧に返したフュリへと達哉は一つ問いを掛ける。彼女と共に居たクラリネット奏者の行方だ。墓石に囲まれた中、楽しげに笑った少年の姿を探す様に視線は揺れ動く。 「僕から見たらハリューチェはお前の兄か友人の様に見えたがな」 達哉の言葉に興味もなさげにフュリは視線を逸らす。クラリネットを吹く彼はフュリにとっては唯の手駒でしかないのだろうか。 「ハリューチェちゃんは、唯の同じパートの人。あの子の往く場所とか」 興味無いもん、と笑った後に、少女は大きな瞳を細めてミリィを見詰めた。 手を取り合ってみたかった。其れが我儘だとミリィは知っていた。寂しがり屋だと、フュリを見て思ったからだ。幾度も彼女に手を差し伸べようとした。そのたび払われた指先を彼女は覚えている。 「貴女を許しません……!」 これはミリィの想いで在り、彼女らリベリスタの結論であった。 リベリスタらの消耗は激しかった。回復手の多い戦場で死者からの攻撃に確かに耐え続けた。だが、フュリを殺さずと考えるメンバーの多い中では、その戦力は十分に発揮できていない。 幼さに甘えてはいけない。フュリ・アペレースは人殺しだ。一般人を大量に殺し続け、フィクサード達も殺し、彼女らアークのリベリスタを殺し、その死体を遊んだのだ。悪逆非道の果て、彼女は『分からず屋』であるのだから、優しく差し伸べる手を彼女が素直に捕る筈なかった。 「許さないなら、殺してよ」 何れにしても分かり合えないのだから。貴女は悪くないと口にしても、何処か死者を弄ぶネクロマンサー達を非難するのではないかとフュリは知っていた。心を入れ替える事等彼女には出来ない。アークに共に行ったとして最初にやる事は一つだけだ。 「あたし、一緒に行ったら安心した頃、皆を殺すよ。いいよね? 友達だもん、許してね!」 許せるわけが無いと、燃えるミリィの瞳に少女は笑う。そうだ、死しても操れば済む話。瑠琵の言う『一緒に遊ぶ』事だって、少女にとっては死んでからでも容易いのだから。お人形遊びをすればいい、ただそれだけだ。 「私はもう失わないと決めたのです――!」 「残念ですね。誰かの死に凭れかかるままでは、意味が無い」 くすくすと笑い続ける『木管パート』のリコーダー吹きに対して放たれる生佐目のペインキラー。痛み全てを込めたソレがフュリのリコーダーを掠め――弾けた。 ● ことん、と音を立ててリコーダーの部品が地面に落ちた。ああ、と小さく零し、一歩、少女は後ずさる。 「フュリ、言ったじゃろ? 力付くでも連れて帰る、と」 瑠琵が一歩、近付いた。殺さないと口にする瑠琵と斬り伏せると決める亘。果たして意思が強いのはどちらであろうか。生かすと明確に意志を現した瑠琵の目はじ、とフュリを見据えている。 地に伏せた仲間を庇う様に杏子は立っていた。ミリィやアリステアも喪う物が無い様に――共に帰れるようにとフュリの一手も逃さぬ様に彼女を見張る。 しんと静まったその場所で傷だらけの少女から弾きだされる霊魂の弾丸。亘を狙うソレを彼は避け、真っ直ぐにフュリを斬りつける。光の飛沫に少女は目を伏せる。 痛みに溢れる血を堪え、狙いを定め近寄る瑠琵へと少女は言葉を吐き出した。痛みを吐きだす様に震えた声音は少女が示した恐怖であったのかもしれない。 「――殺してよ」 とん、と千歳の背が押される。ふらつき操り手を喪った人形は宙を舞う様にアスファルトに倒れかかる――その前に受け止めた杏子はほっと息を吐いた。 「……お帰りなさい、桐生さん」 受け止めた時に、泥だらけになった千歳の体を見つめて杏子は溜め息を吐く。ポケットから取り出したハンカチで汚れを拭いながら、彼は色違いの瞳を伏せる。 「決着をつけましょう?」 死と言う隣人に寄り添う様に少女は唯、立っていた。一人殺して、死しても必要とされる事に気付いてしまった。痛みが怖くない訳では無かった。だが、死に対する考え方は明らかに違っていたのだから。 「私は貴女と決着をつけなくちゃいけない。それが確かなのです。……私と奏でた音はお気に召しましたか?」 「優しさって時に悪戯に人を惑わすのね。あたし、中途半端に生かされるのって御免だわ」 助けようと差し伸べた手に、殺そうと振るわれた刃に。どっちつかずのまま、決着を求めた指先を振り払い、フュリは寂しげに笑った。戦闘が終わり、静まり返った住宅街に、壊れたリコーダーだけが転がっている。拾い上げ、ひゅう、と小さくしか音を鳴らさないソレにフュリは目を伏せる。 「もう二度とお会いする事は無いわ……Addio、リベリスタ」 「待つのじゃ。わらわの下に来ればずっと一緒に遊べるのじゃぞ!」 傷だらけ、それでもとどめを刺す気が無かった瑠琵の前で彼女は背を向ける。待てと、伸ばした彼女の指先は楽団員の少女に届かない。 「だいきらい、よ。そういうの」 嗚呼、今日の夜は何時もより深く思う。雲に月が隠されてしまったからだろうか。 分からず屋、と零した瑠琵の言葉は深い闇に飲みこまれた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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