● かじかんだ枝を春の匂いのする雨が優しく叩いている。調べは優しく、やわらかく。 いまだためらいを見せる花の開きをそっと促すかのように。 ケイオス・“コンダクター”・カントーリオが箱舟の地に散って数日後、ファゴット演奏者クルト・ヴィーデンは瀬戸内海に面した都市にいた。 未だ日本に留まっているのは、『第一バイオリン』と『歌姫』からの連絡を待ってのことだ。ほかはともかく、あの二人に限っておとなしく日本を去るとは思えない。そう遠くない日に追加公演を行うはず。 ――そのとき自分はどうするだろう? 一緒になってアンコールで奏でるか、何もせず聞き手にまわるか。 軒下を借りて灰色の海をぼんやりと眺めていたクルトの耳に、雨の隙間から薄く細いホルンの音色が飛び込んできた。 顔を横向ける。 先ほどまで閉じられていた窓がほんの少し開かれていた。 「あたった!! ねえ、聞いた? いまのhighEにあたったよ?」 いや、ぜんぜんあたっていない、と独りごちる。 本来のホルンの音とは程遠い音色と音域、おそらく上唇をほとんど使わず楽器を下に向けて演奏しているのだろう。 ほかの楽器の音色もちらほらとクルトの耳に届きはじめていたが、どれも先刻のホルンと似たり寄ったりのものだった。 ――立ち上がったばかりのアマチュア楽団か。 どうでもいいが「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」をやるのは早すぎる。この曲を選んで練習させている指揮者はよほどの楽天家か、楽団員の実力を測れない大ばか者か。 まあ、ほんとうにどうでもいいことだ。 中の連中も好きでやっているのだろうから、外から技術不足をあげつらっても意味がない。 クルトの憂鬱なため息を合図に、雲の切れ目から淡い黄金色の日が差した。 やれ、やっと酷い音から解放される。 コンクリートの壁から背を離したクルトの前に、ファゴットを手にした少女が立った。 「あの……クルト・ヴィーデンさんですよね? ケイオス・カントーリオ私設楽団の……。あの、あの……」 わずらわしい、と無視を決め込んで、クルトは少女の横を通り過ぎた。 少女が自分の名を知っていたことにほんの少しだけ自尊心をくすぐられはしたが、足を止めて相手をするつもりはなかった。どうせサインをくれとか、そんなことだろう。 「ま、待ってください。事故のこと、とっても残念です。カントーリオさんや多くの楽団の方たちがお亡くなりになったとニュースで――」 事故。 そうか、アークはかの天才指揮者の死をただの事故死にしたか。 クルトはこみ上げてきた苦いものを奥歯で噛み潰すと、タクシーを呼び止めるためにまだ傷の疼く腕を上げた。 「待って、ヴィーデンさん! お願いがあるんです。もうすぐコンクールなのに先生が倒れて……お願い、わたしたちのオケで指揮をとってください!」 思わず振りかえってしまった先には、ファゴットの少女とそれぞれの楽器を手にした人々の姿があった。 ● 「敗走していた楽団員のひとりか見つかった。といっても発見のきっかけは万華鏡じゃない」 イヴの合図でモニターに映し出されたのは、中国地方で行われるあるクラッシック音楽のコンクールポスターだった。 箱舟一のフォーチューナーが手にしたレザーポインターでポスター下部を指し示す。 ――エントリー8番、瀬戸内まある楽団。指揮者、クルト・ヴィーデン。 「このポスターがきっかけとなって、クルト・ヴィーデンが地方の、それも立ち上がったばかりのアマチュア楽団の指揮をとることが新聞に取り上げられた」 記事の見出しはこうだ。 ファゴット演奏者クルト・ヴィーデン、ケイオス・カントーリオの死を悼み指揮者に転身か。 「コンクール当日は地元の人々にくわえて、日本中から音楽愛好家とマスコミが好奇心まんまんでやってくる。それと楽団の被害を受けた『六道』配下の地元フィクサードたちも」 さて、ここからは万華鏡がイヴに見せた少し先の未来の話し。 「『六道』のフィクサードたちはコンサートホールを包囲、瀬戸内まある楽団の出番を見計らって建物に火を放った。クルトも手持ちの死体を呼び出して防戦しようとしたのだけれど……」 演奏中、クルトは建物の外にいる死体たちに細かい指示を出すことが出来なかった。それでも『六道』を相手に4分ほど時間を稼いだのだから大したものだ。 「クルトは演奏をやりとげてすぐ逃げ出したところで、フィクサードたちから集中砲火を浴びて死亡。指揮者不在の授賞式の最中、瀬戸内まある楽団員たちとほかの参加者、観客たちも建物の中で煙に巻かれて焼け死ぬか、外に逃げ出たところをやはりフィクサードたちに殺される」 仲間を殺された悲しみと苦しみ、『楽団』を心底恨む気持ちはよく分かる。だが、この大惨事をアークは見過ごすことが出来ない。そのうえ、そのフィクサードたちが『六道』配下の者となれば、復讐以外の何かを企んでいてもおかしくはないだろう。 複雑な思いを顔に映してイヴはいう。 「『六道』フィクサードたちと楽団員の撃退……でも、人命優先でお願い。楽団員をみすみす逃してしまうことになるかもしれないけど、大勢の人の命と引き換えにはできないから」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:そうすけ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2013年04月13日(土)23:01 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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● 死者の大祭を演奏するのはカチンの森以来か。 クルト・ヴィーデンは舞台の袖からそっと照明の落とされたホール内を伺った。 舞台では一組前の楽団がエルガーの「威風堂々」を演奏中である。 客席は全て埋まっていた。薄暗い観客席を見渡しながら、その気になればすぐに500 体は確保できると算段する。後は順次増やしていけばいい。 だが、数の力で押し切るにも限りがあった。そう、出入り口を押さえられれば終わり。閉じ込められた中にいくら死体があっても意味がないのだ。だからこそ、今夜このときが一番危険だと解っていた。解っていながら逃げなかったのは―― 背に気配を感じて振りかえると、ファゴットを手にした望月静音が立っていた。 「クルト先生、もしかして? うふふ、プロの演奏家でも緊張することがあるんですね。あ、そうか、指揮ははじめてだし!」 なにを言い出すのかと思えば、くだらない戯言を。 ぞんざいに手をふって静音を下がらせた。 ふと、その手が微かに震えているのに気づき慌てて降ろす。 誰かに見られているような気がして視線をめぐらすと、闇に白い幻が浮かぶのが見えた。 ――ああ。笑うなよ、ケイオス。 誰も貴方と肩を並べるどころか、その影を踏むことすらできないのだから。だから偉大な指揮者どのよ、黙ってタクトを振るう愚かなファゴット吹きを見守ってくれ。 ホールに拍手の音が鳴り響き、瀬戸内まある楽団のメンバーがクルトの前に集まってきた。どの顔も緊張で強張っている。 「諸君、笑いたまえ。無理やりでもいい、笑顔を。そう……諸君らに運があればこれが最後の演奏にはなるまい」 受賞後のアンコールがある、とメンバーの誰もがクルトの皮肉を鼓舞の言葉として受け取り、胸を張って光の中へ出て行った。 ● 霧雨の中を火のついた矢が飛んでいく。 六道フィクサード、高原蓮はゾンビの相手を手下の二人に任せて自身はホールの焼き討ちに専念していた。ゾンビの攻撃をかわしながらで、しかもこの雨のせいで思うように火の手が上がらなかったが、いまの一矢でやっとエントランス部分がくすぶりだした。あともう少し。炎の赤い舌が建物を舐めるようにして踊りだせばよし。楽団員の退路を一つ断つことが出来る。 蓮は近寄ってきたゾンビを蹴り倒すと、煙を吐くホール入り口に向けて燃える矢を放った。 矢は突如飛び出してきた白い影によって叩き落された。 ゆるりと半身を返して『閃拳』義桜 葛葉(BNE003637)がホール入り口を背負う。 「生憎と、放火などはさせる心算は無い。止めさせて貰うぞ!」 「どっから湧いて出てきた、クソリベリスタぁ!」 蓮は葛葉とゾンビに向けてインドラの矢を放った。 「クソとはご挨拶だな、六道の。悪いがここは通行止めだぜ?」 淡い輝きを帯びて飛ぶ魔矢を、『墓掘』ランディ・益母(BNE001403)が高速で旋回させたグレイヴディガー・カミレでゾンビごとなぎ払う。 だが、全てを落とすことは出来なかった。背後の葛葉をかばう形で矢を受け、ランディは濡れたアスファルトに膝をつく。体勢を崩したところへ六道の覇界闘士の鋭い蹴りが飛んできた。 「させるか!」 葛葉が手刀を無数に繰り出して覇界闘士を牽制する。 その葛葉に背後からゾンビが襲い掛かった。首筋を噛みつかれて葛葉が悲鳴を上げる。ランディは立ち上がると獲物をふるって葛葉にとりついたゾンビの背を割った。 『蒼き祈りの魔弾』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)の十戒より放たれた閃光が、地に落ちてなお葛葉の足にすがりつくゾンビを貫く。 「おさがりください!」 葛葉は左へ、ランディは右へ。リリの攻撃範囲から出た。 「天より来たれ、裁きの焔よ。六道、滅ぶべし」 リリの召喚した浄化の炎は、六道の覇界闘士とホーリーメイガス、そしてゾンビたちを捕らえて燃やした。 ゾンビにとっては六道もアークもない。動くものは全て倒せとマスターであるクルトより命じられている。ゆえに―― 「ちぃぃ、鬱陶しい死体どもめ!」 蓮は3方をゾンビに囲まれていた。 スターサジタリーは遠距離攻撃においてその力を発揮する。近づかれてしまうと圧倒的に不利だ。妹たちと合流して態勢を立て直さねば。 蓮は腐った手を払いのけると、唯一開けていた東へ向かって走り出した。 「行かせないよ!」 『アメジスト・ワーク』エフェメラ・ノイン(BNE004345)と『ヴァルプルギスナハト』海依音・レヒニッツ・神裂(BNE004230)が蓮の前に立ちはだかった。 「お前たち楽団に復讐しに来たんじゃないのか? なあ、手を組もうぜ。日ごろの恨みは忘れて。死体をかたして一緒に奴を丸焼きにしようじゃないか」 「生憎、楽団への意趣返しを考えるほど暢気に生きてねぇよ」、とゾンビの首を切り飛ばしながらランディが答える。 「あ? じゃあ、何しに来た」 「外道からか弱き人々を守るため、でございます」 にっこりと微笑んで海依音が中型魔方陣を展開する。 「一人の楽団員をやっつけるために一般人をこんなに犠牲にしようなんてっ!」 新たに取得した怒りの感情を爆発させてエフェメラが叫ぶ。 光の矢と球が蓮に向かって同時に撃ちだされた。 フィクサードは背後のゾンビを巻き添えにして吹っ飛んだ。それでも蓮は左右の腕をゾンビにとられながら立ち上がる。 「楽団が憎いんだろ? なにが何でもぶっ殺したいって思ってるんだろ? なら、やれよ。偽善者面で半端するんじゃねぇ!」 「偽善者、大いに結構。俺たちには、その名を被るだけの信念がある」 葛葉は握りしめた拳を胸の前でがつりとあわせた。 「ほざけ! 奴と一緒に焼き殺される人がかわいそう? てめーらはただ甘いだけなんだよ!」 「ぺらぺらとよく回る舌だこと。しかし、貴方の戯言はもう聞き飽きました。さあ、『お祈り』を始めましょう」 蒼と金に彩られたリリのストラが霧雨の中でたなびく。 その横に緋色の修道女服の海依音が横並んだ。 二人の間でエフェメラが魔弓を構える。 「両の手に教義を、この胸に信仰を、罪なき人の子に救いを」 「アーメン!」 ● 「琥珀、ヘラヘラせず気合いを入れろ!」 肢体に雷光をまとった『紅蓮の意思』焔 優希(BNE002561)が風となって戦場をふきぬけ、ゾンビともどもホーリーメイガスをなぎ倒した。返す拳で背後に迫ってきていた高原末弟の顔面を叩く。 「いてぇ!」 折れた鼻を手で隠してうずくまった錦の頭に、優希は怒気を含んだ声を落とした。 「復讐という行為の重みは知っているか。命を狩るならば、狩られる覚悟も併て!」 無情に振り上げた優希の腕を、泉の放った炎の矢が撃ち抜く。 「なんで邪魔するのよ! あんたたちだって楽団が大嫌いなくせに」 地に伏したまま、錦を回復させようとしていたホーリーメイガスに『刹那の刻』浅葱 琥珀(BNE004276)がジョーカーを飛ばしてトドメを刺した。やることはきっちりとやる琥珀である。 その隙に、『金雀枝』ヘンリエッタ・マリア(BNE004330)の願いを受けたフィアキィが優希の傷を癒した。 当のヘンリエッタはうずくまる錦に走って近づくと、小さな尻を思いっきり蹴り上げた。 ぎゃっ、と尻を抱えて飛び上がる錦をみて、ぷっと吹き出したのは街多米 生佐目(BNE004013)だ。 「私は楽団の方々も、主流の方々も、何をしようと構いませんが……」 普通の人を手にかけない限りはですけど、と生佐目は己の命を暗黒の呪いに換えて泉を撃つ。 「はぁ? じゃあなに、あんたたち、蓮兄ぃが立てたこの完璧な作戦が気に入らなくて邪魔をしてるわけ?」 爆音を轟かせ『蒼き炎』葛木 猛(BNE002455)がバイクでゾンビを跳ね飛ばした。泉の横で急ブレーキ、急ターンをきめて、白いワンピースに泥混じりの水飛沫をかける。 「楽団やりたきゃ、人のいないとこでやれ。迷惑だ!」 「馬鹿じゃないの、あんたたち! たかが千や二千の凡人が死んだところで何が問題なのよ? それで楽団が殺せるなら安いじゃない」 インドラの矢を放とうとした泉の腕を、琥珀の気糸が縛り上げる。 「兄姉弟で復讐か、不謹慎だが絆が羨ましい……と思ったけど。泉も錦も間違ってるよ。それじゃあ、楽団のやったことと違いないじゃないか」 「いっしょにしないでよ!」 泉は渾身の力をこめて腕に絡まった気糸を横へふった。琥珀をゾンビにぶつけて腕を解放すると、リベリスタたちに向けてハニーコムガトリングを叩き込む。 魔弾に踊るリベリスタとゾンビに向けて、錦が破壊のイメージを炸裂させた。 「そうだそうだ! 偉そうなこというな、バカリスタ!」 泉が慈悲のかけらもない残酷な笑みを浮かべて、地に倒れたリベリスタたちを睥睨する。楽団だけでなくアークのリベリスタたちまで倒したとなれば六道の中でも箔がつく。さらに楽団のアーティファクトを持ち帰れば――!? 「え? 蓮……兄ぃ? うそ?」 泉は双子の絆を通じて片割れの死を感じ取った。 やや遅れて琥珀のAFに南制圧の報が仲間たちから届いた。 「姉ちゃん? 蓮兄ちゃんがどうしたの?」 空白を捕らえた優希の拳が泉の華奢な胴にめり込む。血を吐きながら、大地に叩きつけられようとしていた泉を生佐目の“かっこいいかたな”が切り裂いた。 「のこりは私たちにお任せを! 優希たん、貴方は北へいっちゃいなYO」 「ま、任せた」 優希はAFからロードバイクを呼び出すと、北側のソードミラージュを倒しに向かった。 「ヘンリエッタ、後ろへ! 俺たちは西へ行くぜ!」 「あ、まって」 ゾンビたちが二手に分かれて2台のバイクの後をのろのろと追っていく。 残ったのは琥珀と生佐目、そして錦の三人。 「生佐目氏、俺……」 「はいはい、お先に中へどーぞ。せめて目についた火は消して行ってくださいな」 「ごめん」 琥珀は生佐目に向かってぺこりと頭を下げると、マントを翻しながらホールの中へ入っていった。 「私の次の一手はペインキラーです」 そういって生佐目が刀を振ると、姉の亡骸を前でぼんやりとしていた錦の目に憎しみの炎が灯った。 「やっぱり頭悪いなバカリスタ。回復役もいないのに。反動プラス僕の攻撃でお前死ぬぞ」 「最後にお姉さんが『計算じゃ出せない答え』があること教えてあげましょう」 錦はかっと目を見開くと、雨に濡れたアスファルトを蹴って生佐目に襲い掛かった。 生佐目は真っ直ぐ突き出された錦のこぶしを皮一枚でかわし、通り過ぎていく小さな背に呪いを刻んだ。 ● 「あ、待って」 葛葉とリリ、それに海依音の三人はすでにエントランスに入って消火活動をしている。エフェメラが呼び止めたのはランディだ。カスタムバイクに跨るランディに駆け寄るとハイバリアをかけた。 「お、サンキュ」 「北には回復してあげられる人がいないから、せめて……」 「ん、あっちは優希が先行している。俺が行けばすぐにケリがつくさ」 それより東へ行って生佐目の手当てを頼む、と言い残しランディはバイクを発信させた。 エフェメラが遠ざかっていくテールランプを見送っていると、拡声器で大きくなった海依音の声がエントランスから流れてきた。 「火事がおこりましたので急いで此方へ。押さずにゆっくり確実におねがいしまーす!」 瀬戸内まある楽団の演奏が終わったようだ。ひとり、またひとりとリリたちの誘導された人々がホールから出てきた。 「ボクもいかなくっちゃ」 ● 光さす舞台の上。観客席に背を向けて男がひとり、指揮台の上の譜面をめくっている。 逃げる人々でごった返す正面入り口を迂回して右通路の側から大ホールの中に入った琥珀は、舞台の中央にクルトの姿を見つけて驚いた。もう逃げ失せたとばかり思っていたのだ。しばらく様子を伺った後、琥珀は魔道書をAFに収納してゆっくりと階段をくだっていった。舞台のしたで楽団員に声をかける。 「大勢の人の前で指揮をして感謝を貰うって、死者を操るより楽しいだろ。今日の思い出を胸に、楽団からも表舞台からも身を引いてくれないかな?」 クルトからの返事はない。 譜面をめくる音がやけに大きく響いた。 「なあ――」 「待ちたまえ。まだ全員揃っていない」 琥珀に背を向けたまま諭すような声でクルトが言った。 階段を下りてくるかすかな足音を耳にして、琥珀が首を後ろに向けると3段上にリリが立っていた。そのすぐ後ろの段に海依音と葛葉が並んで立っている。舞台に立つ男の背に向けたリリの蒼い瞳の奥には、死霊術士への軽蔑と憎しみの念が吹雪いていた。 「外にはまだ仲間が居ます。火の手もあります。一般の方に手を出さないなら、今回に限っては攻撃も追撃も致しません」 リリの言葉を継いで、海依音がフィランディアを歌う。 Oi, nouse, Suomi, nosta korkealle♪ 「祖国の夜は明けてもクルト君、貴方の夜は明けません。……と言いたいところですが、遺憾ながら貴方もまある楽団と逃げて頂いて構いません」 クルトが振りかえった。 「シスター?」 「LOVEテロリスト、やんやん・アラサー海依音ちゃんです」 「……シスター・海依音。後半2音外している」 「なんですと! てか、そこ、いま指摘する!?」 笑い声が響いた。 笑ったのは西側の非常口で優希が肩を抱き合って立っているランディだ。そのうしろから猛とヘンリエッタもホールへ顔をのぞかせている。 「楽団の生き残りが酔狂なこった」 「……これで全員か?」 「はいはーい。クールな生佐目さんとチャーミングなエフェメラさん、東より参上つかまった! 構ってくれなきゃ御菓子はあげないよ」 クルトは生佐目を素で無視すると、中央階段の葛葉と目をあわせて軽くうなずいた。 「義桜くん、だったかな? いつぞやは失礼した。……さあ、アンコールを始めようか!」 「狂ったか、クルト?」と優希。 「よせ! 破界器をアークに預けることで意思を示してくれるなら、その後の人生は俺達も追わない! 片田舎で指揮を振うとかそんな道も有る筈だ」 琥珀の言葉を受けて、クルトは全身から狂気をあふれ出させた。その本性をむき出しにして死霊術士が叫ぶ。 「破界器に選ばれ、ケイオス“コンダクター”カントリーオに認められた楽師を舐めてくれるな! 自分たちが何をしてきたのかはちゃんと理解している。いまさら吐き出したツバは飲み込めんし、それが叶うとしてもするつもりはない。この『死祭者の歓楽器』を欲するならば、わたしを殺して奪うがいい」 クルトの腕の中で炎が揺らめき、緋色のファゴットが姿を現す。 「上等!」 ランディの啖呵を合図に、観客不在のアンコールが始まった。 ● 六道相手に消耗していたとはいえ一人で、しかも死体なしで倒せるほどリベリスタは甘くも弱くもない。それも一度に10人を相手取るのだ。アンコールを始めてすぐにクルトは劣勢に陥り、舞台の端に追い込まれた。 リリの強い魔力と楽団への憎しみで作られた呪いの弾がクルトの左肩を吹き飛ばす。一度は膝をつきながら、ふらふらと立ち上がり、『死祭者の歓楽器』を構えるクルトへ、海依音の白翼天杖が発した光の矢が撃ちこまれた。ランディ、優希、生佐目と切れ目なく攻撃がつつく。既にクルトの体はズタズタだったが、その手にしたファゴットだけは傷一つ負っていない。 エフェメラ、ヘンリエッタが放った光の弾をうけてよろめくクルトを猛が蹴りあげる。後ろへすっ飛ばされると同時にクルトはリベリスタたちへ電撃を放った。口の端から血を流しつつ、壁に背を押しつけてなおもクルトは立ち上がろうとする。 「聞けッ!!!」 突然、琥珀が怒鳴った。毛を逆立て、体を怒りで大きく膨らませた琥珀の迫力に飲まれ、全員が動きを止めた。 「聞け。……なあ、クルト氏。あんた、俺たちより耳がいいだろう? なら、聞こえてるよな。あんたを探す、まあるたちのあの声が」 ――せんせーい! クルト先生―! 「ふっ。わたしには日は昇らぬ、とそこのシスターがいったではないか。薄明かりの中に置き去りにされるぐらいなら、このまま永遠の闇に沈もう」 琥珀を押しのけ、倒れた仲間たちの体を飛び越えて、葛葉が『死祭者の歓楽器』を壊すべく無数の拳を繰り出した。とっさにクルトが楽器をかばう。が、葛葉の拳はクルトに当たらなかった。否、当てなかったのだ。 「ぐちぐちと女々しい奴め。朝日が来ないと嘆く前に、己の足で歩いていけ! 己の手で扉を開け!」 そういい捨てると、葛葉は踵を回して舞台をおりた。 「彼らに免じて此度は見逃そう──だが、今回だけだ。次もまた、軽々しく姿を現した時は容赦しない」 「はい、撤収!」 生佐目がパンパンと手を叩く。 「この図、見てごらんなさい。これじゃまるで私たちのほうが悪い人ですよ。追加でご褒美もらっても割があいません」 「そうだな。警告はした。行こうぜ、琥珀」 優希が琥珀の腕を取って歩き出した。ランディと猛が後に続く。エフェメラとヘンリエッタ、海依音が立ち去り―― 「シスター・リリ、何を躊躇っている? 早くやりたまえ、彼らがここ来る前に」 「躊躇、なにを? アークに投降しなさい。でなければ即座に日本の外へ。もっとも、後を選べば今度こそ貴方に生はありません。世界最強の“バチカン”が早々に貴方を狩るでしょう」 私としてはそのほうがいいのだけれど。冷たい声をクルトの前に置いてリリは静かに立ち去った。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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