● 「だ……すけっ……!」 ドアに首を挟まれた友人が、こちらを見て叫んでいる。 隙間に指を差し込んで、必死に抜け出そうとしていた。 俺は何もできないから、ただ、ぼんやり見ている。 顔が赤黒くなってきた。目が飛び出さんばかりに見開かれている。 今、後ろから頭を叩いたら漫画のように目がぽんっと飛ぶかも知れない。試しはしないが。 益体もない事を考えている内に、痙攣しながらドアを掴んでいた指が落ち、骨の砕ける耳障りな音と共に、首が落ちた。だらりと垂れた舌が、玄関の床を舐める。 簡易処刑道具にされたドアの一部は大きく歪んでいた。これじゃあちゃんと閉まらない。 溜息を吐く間に、『そいつら』が現れた。 何色あるか分からないけれど、様々な色の組み合わさった不可思議な姿。 現れたのは、数日前。突然現れたそいつらは、笑って、笑って、――俺の影の中に入り込んだ。 今しがた尋ねてきた友人の首を落とし、数日前の晩、夕飯を作っていた母の内臓を引きずり出し、帰宅した父の手足を砕いて五階から投げ捨てたそいつらは、けれど俺には何もしてこなかった。 肉を食う音が聞こえてくる。 人間を食うのが目的なのか、はたまた『俺の為』に証拠を消してくれているのか。 分からない。こいつらが何を思っているのかは知らない。 ただ、俺の傍は居心地がいいんだろうな、と思う。 ぼんやりとしたまま、立ち上がる。家にいても、する事がない。 スニーカーを履くついでに、床に零れた血さえも舐め尽されて、この世から綺麗さっぱりいなくなってしまった友人に呟く。 「……気にしなくて良かったのに」 体調不良を理由に休んでいた自分を心配して尋ねてきた友人。 顔色を悪くして部屋から出て来た俺を気遣った母。 明かりのついたリビングで、俺が一人床に座り込んでいるのに駆け寄ってきた父。 誰も俺に悪意なんか持ってなかったのに。 俺はずっと、何の気なしに、苦しんで死なないかな、と思っていた。 気付けば俺も、笑っていた。 ● 「さてこんにちは、皆さんのお口の恋人断頭台ギロチンです。再びここでお話しする事ができて何よりですが、それではいつも通り依頼の説明をさせて頂きますね」 薄い笑みを浮かべて、『スピーカー内臓』断頭台・ギロチン(nBNE000215)は持った赤ペンを回す。 「相手をして貰うのはアザーバイド。今回の相手は話も通じない敵性です。人を襲い食らうタイプなので、共存や自主的な帰還も望めません。速やかに殲滅して下さい」 モニターに映ったのは、鮮やかな色。 花が咲き乱れる広場、或いは晴天に向けて飛ばした水が降らす光の飛沫。 無数の色が組み合わさった『それ』は、外見だけ見ればとても美しいものであった。 「で、アザーバイドの付近にはこの少年がいます。彼はまあ……少々特殊な……願望、と言うのでしょうか。持っていたそれがどうやら、このアザーバイドの性質と馬が合った様子で。アザーバイドは彼の影を棲家とし、人を食らっています」 その願望とは何か。 問うたリベリスタに、ギロチンは肩を竦めた。 「――『周りの人間が、無惨に死ねばいいのに』」 凄惨な過去があった訳ではない。トラウマが存在する訳ではない。 残酷な写真や映像を好む訳でもなく――けれどただ、心の奥底で目の前の人間が死ぬ事を夢見る。 「……革醒していれば、もしかしたら黄泉ヶ辻や裏野部辺りに名を連ねていたかも知れませんね。けれど彼は一般人で、警察のお世話になるような行動をしないだけの常識と理性もありました。今も、彼自身は一切手を出していません」 少年はただ、見ているだけ。 無論、彼が何をした所で止められなかっただろう。上位世界の凶暴な生き物に対して、この世界の一般的な人間は余りにも無力だ。むしろ、変な生物に付き纏われ、家族や友人を殺された被害者と言えるのかも知れない。 ただ、彼は。 ぼんやりと、笑っている。 「……彼に関しては、特に何をしろ、という事はありません。無論殺す必要性はありませんが」 溜息。 「――アザーバイド、識別名『アクイ』の殲滅をお願いします」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:黒歌鳥 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年04月08日(月)22:48 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●夢想 夢を見る事があった。 登校して、笑って挨拶する友人の頭を鞄で殴り倒し、机を持ち上げて動かなくなるまでぶつけたらどうなるだろうか? 誰かの上に教卓を倒して、その上で自分が何度跳ねれば吐瀉物は血に変わるだろうか? 椅子の脚を目にねじ込んで体重をかけたら、眼球が潰れる感触や脳を抜けて頭蓋骨まで砕く感触を味わえるだろうか? 窓に腰掛けて談笑する彼らを突き飛ばしたら、半端な高さで死に切れず呻いて苦しむのを見られるだろうか? まあ、夢だった。自分の体力も腕力も極平均的。運動神経や頭脳に特別優れている訳でもない。 事を起こしたとして、腹の底のこれが落ち着く程の事ができるとは思わない。 不完全燃焼で終わるなら、やらない方がマシだ。そうすれば、何事もなく生きていけるのだから。 別に、誰かが殺したい程に嫌いな訳ではないのだから。 ●腹の底 それは、とてもとても綺麗だった。 色鮮やかな鳥の羽毛を幾枚も重ねた様な、或いは陽光で床に映し出された細緻なステンドグラスの様な、無数の色彩が組み合わさり重なって作られる不可思議の色。 細工として存在すれば多くを魅了するだろうその存在は――しかし、『アクイ』と名付けられた。 人の形をした、人ではないもの。 人の口に当たる部分には、暗い三日月。何もかも飲み込む黒が、なないろの牙を光らせて哂っている。 「ぱっぱらー伊藤参上!」 天井に指を向け、もう片手をクロスさせた謎のポーズを取りながら『いとうさん』伊藤 サン(BNE004012)が叫んだ。即座に腕を下ろし、アクイへとその指を向ける。 「そゆわけで敵を殺しに来ました。リベリスタだから悪いのは皆殺しだゾ!」 言葉が通じるのかも分からないが、それは宣戦布告。 応えるように、窓辺に座る少年の影から這い出た残りのアクイが立ちはだかった。 リベリスタを『障害』と判断したのか、それとも単なる『新しい獲物』だと思ったのか。 それすら分からない。彼らは違う世界の生き物だ。 いや、違う世界でなくとも。 「…………」 部屋に入ってきたリベリスタを振り向き、僅かに不思議そうに首を傾げただけで視線を窓の外に戻した少年に、『Scratched hero』ユート・ノーマン(BNE000829)は眉を寄せた。 アクイを見ても怯まないリベリスタを、少年がなんと思ったのか。分からない。 表に見えない裏の顔、仮面の奥ですらない、更に奥に隠した箱に満ちた心。 仲間を守る為に、向けられる悪意を払い除ける為に力を振るって来た彼には、少年の心中は理解の埒外だ。拒絶はしないが、共感もできない。 「……案外と、平穏な普通の日常に暮らしてる奴の方が人の生き死に対して気軽に受け止めてしまったりするもんなのかしらね」 目を細めながら己の周りに剣を呼んだ『下剋嬢』式乃谷・バッドコック・雅(BNE003754)の声も何とも言えぬ響きを帯びていた。リベリスタは知っている。命は余りにも簡単に喪われ、その埋め合わせは決して叶わないという事を。 必死で手を伸ばしても助けられない命がある。絶対に喪いたくなかったのに擦り抜けてしまったものがある。誰かの命を守る為に、自らの日常を擲ったリベリスタも少なくない中――その日常を享受する立場である少年が夢見るのは命を奪う事とは皮肉だろうか。 陽光に煌く様な金の髪を揺らし、曇り空の下に生きる『逆月ギニョール』エレオノーラ・カムィシンスキー(BNE002203)は油断なくアクイを見詰めながら、リミッターを一段階解除する。軽さを増した体で、唇が紡ぐ。 「ねえ、君。ソレは人間を襲って食べたいだけよ」 背に掛けた言葉。少年は答えなかった。 ただ、窓の外、楽しげに腕を組んで歩く二人、鳴った携帯を取るサラリーマン、子供の手を引く母、お喋りに興じる友人達……そんなものを眺めている。 悪意の欠片も持たない人間を、彼は知らなかった。人は真っ白な布では生きられない。例え生きる中で白々と輝く理想が、信念があったとしても、全てが清い存在というのは結局何処か歪なのである。 「伊藤ファイアー! 怖いから燃えてしまえ」 ド鉄拳を中空に向け、伊藤が放つは炎の矢。罪も何も滅ぼし尽くす業火が、一斉に部屋に降り注いだ。 罪。果たして何が、罪なのか。伊藤の目が細められた。 人の悪意も、自分の悪意も、嫌と言うほど知っている。小さな溜息と共に、『告死の蝶』斬風 糾華(BNE000390)は踏み出した。紅い視線は、一瞬だけ少年を向く。 「宿主の悪意に反応するのかしら? 彼が、私達を見て無惨に死ねば良いのにと思ったから襲ってくるのかしら?」 問う声は誰にか、他愛もない確認か。少年が振り返る。未来視の事も、リベリスタの事も当然知らない彼は、自分の心を見通されていると思ったのか。 死ねばいい。無惨に死ねばいい。死んでしまえ。それは何の脈絡もない悪意。 外見だけは美しく嗤う顔に溜息一つ。巨大な鎌を手に、音もなく滑り込んだ糾華がアクイに刻むのは死の刻印。命を奪う彼らの命を絶たんと毒を流す彼女の傍らに輝く蝶は、美しく主に沿う。 「余計なことを考えるのは後で良いのよ、斬風糾華」 今度の呟きは自分へと。何があるにせよ、全てはアクイを倒した後の事だ。 ユートと目配せをしあった『鏡文字』日逆・エクリ(BNE003769)が、彼を抱えた。同じ年頃の男性を持ち上げるには、エクリの小柄な体はいかにも頼りないが――神秘に属するリベリスタに、人一人の重さを支える事などは造作もない。 幸いだったのは、アクイが自らを抜けて少年の方へ向かうリベリスタに無関心だった事か。 だがそれは同時に、エクリの心を波立たせる。 「好きなように食い荒らして、宿主の生死には無関心……」 彼らの間に何らかの利害関係による関係でも生まれていれば、また違ったのかも知れない。けれどこれはたまたま少年の願望とアクイの本能が一致しただけで、そうでなければ一方的な搾取だ。 誰かの日常を踏み荒らすのが当然で、それこそ日常茶飯事の存在。 「ムカツク」 抱えたユートに聞こえないように口の中で小さく呟いて、翼を広げた。室内では元より高く飛べないが、一直線に少年の元へと。真っ白な翼を背に生やした少女に、少年も流石に瞬いた、半腰の状態で立ち上がろうとする。その目は、アクイと同じく『異質なもの』を見る目だ。 だけれど彼は矢張り、薄ぼんやりと笑っている。 「――何で笑ってるの?」 日常を、誰かが請うて止まない日常を謳歌していて、それを唐突に奪われたというのに――何故、少年は、まだ。日常からの逸脱を楽しむかのように、笑っているのか。 「踏み止まる良識を持ち合わせた事は、あなたにとって苦痛だったの?」 「……。……かもね」 僅かな沈黙の後、少年は息を吐いて再び座り込んだ。先の糾華の言葉からも、気付いたのだろう。リベリスタが彼の事を『知っている』のだと。 「……やれやれだ。せめて素直に逃げてくれりゃァ楽なんだが、仕方ねェ」 短い言葉だけを返して再び窓の外に目を向けようとする少年に押し付けられたのは、ユートの持ったスタンガン。肉体的には『ただのひと』に過ぎない少年の体はあっさりと痙攣し、倒れ込む。 「生き残ってなきゃ、話もできねぇからな」 振り返れば、アクイがぞろりと此方を見ていた。 違う。表と裏も、この生き物にはないのか。 何処から見ても、黒い口が笑っている。 降り注いだのは、なないろのひかり。 目眩く、目狂めく――正気を失わせる、悪意。 まともに浴びた『Average』阿倍・零児(BNE003332)の視界が歪む。平均的であろうとする少年の精神の均衡は失われ、心を占めるのは余りにも雑多な感情だ。 あの色を、美しいと思う。人によっては無上の輝きであろう、あの色。 けれどその色は酷く心を乱し、言い知れない憎悪さえ呼び覚ます。 何一つとて均等ではない。人の心は早々全て一律であるはずもない。彼がどれだけそうあろうと望んだとして、心の歪みが支配する。 それを拭い去ったのは、辛うじて直撃を避けた『Wiegenlied』雛宮 ひより(BNE004270) の清浄な光。真っ白な光は、目蓋の奥に残った七色の残光さえも焼き尽くした。 回復の為に最後に控えていた彼女は、幼い顔立ちに苦味を含んだ笑みを浮かべる。 「わたしは、七色のひかりを綺麗だとは思えないの」 手にしたすずが、ちりり、と鳴った。 ●醜悪な 起きてくれるなよ。 先に庇いに回ったエクリの後ろ、タイミングを見て部屋を駆け抜けたユートが扉の影に少年をそっと下ろす。この状況で少年を失うトリガーとなるのは、彼の影を棲家とするアクイであり、その七色に毒されたリベリスタだ。 悪影響が及ぶのは少年にだけではない。恐ろしいのは同士討ち。だからユートが専念したのは、その光を拭う事と――ナナイロに汚染されない精神を以って、味方を庇う事。 「……っ、殴ンのはよその仕事、ってな」 The RedFlash Ⅱを目前に掲げ、牙を剥き飛び掛かって来た一体の攻撃を流す。 ずりり、と靴の底がむき出しのコンクリートに擦れた。 幾度受けたかも分からない。けれど、それを塞ぐのはひよりの呼ぶ聖神の息吹だ。 数の多いリベリスタに対し、幾度も煌く光。なないろのひかり。それは実際の所、グラデーションも掛かって無数のいろに変貌しているのだろう。 けれど。そっとひよりは息を吐いた。やはり、美しいとは思えない。 それは、自らの心も相反した二面を共に紡ぐからか。醜悪であると突きつけるからか。 ひよりが美しいと思うのは、願うのは、迷いのない一色。どこまでも混じりけのない、至純の色。 「ねえ、まっすぐひとつのこころで生きられたら、とっても素敵なのにね?」 笑う少女は夢物語の妖精の如く無垢なようでいながら――彼女が生きるのは、綺麗なままではいられない現実と、望むままには在れない自分の心。 それでも優しく、彼女は些か拙い歌を口ずさむ。 「普通の少年が普通じゃなくなるって事はたいへんなことですから!」 そのユートに更に向かおうとした一体に、零児が向けるのは魔力の眼光。少年の目が一瞬だけ鋭く研ぎ澄まされ、アクイへと向かう。ぐねぐねと不気味に蠢いているようにも見えるそれは、自らの側へと誘っている様子でもあった。 やや離れた場所で弾けたのは、エクリの放った閃光弾。狭い室内では十全の力を発揮するのは難しいが、それでもひよりやユートのブレイクフィアーと合わさる事で、ナナイロに心を奪われた味方を傷つけず動きを止める事に幾度か成功していた。 「『悪意』が綺麗だなんてのも冗談みてえな話だぜ」 識別名アクイ。それが悪意から取られたのは明白で、凶悪な行動に反し外見は美しい。 時に悪意は人を魅了する危うい煌きを持っている――そんな事を言われた所で知るものか。雅にとってこれは人を害し世界を害する危険物、それも人の影に隠れて蠢くような気に入らない存在だ。 「さっさと消えちまいな!」 シキを手にした雅が敵に下す占いは、何時だって吉凶の凶。不運を告げる言霊は、アクイのナナイロさえも覆い尽くして呪殺を与える。 「よし、トッテオキの新技いくよー! 砕けて無くなれブチまけろ!」 トドメとばかりに伊藤が跳んだ、アクイの頭を引っ掴み、全身全霊の掌底打ちで床に叩きつけた。はじけて飛び散った残滓さえも、綺麗な綺麗なそんな色。 頬がひりひりと痛い。ナナイロは伊藤の目を、頭を何度も焼いている。正気の端を掴む度、悪意の光を弾け飛ばそうと頬を叩いた。憎悪がしばしば胸を襲う。全て飛び散りぐしゃぐしゃになって消えてしまえと思う。それでも。 「でも君達の事は嫌いじゃないよ」 呟いた言葉は本物だ。『悪意』はどうやったって、己の心にも存在するのだから。それを全否定なんてできやしない。死んでしまえ。そう思う事だってある。ほら今だってそうだ。苛々する。お前らなんて死んじゃえよ、悪い奴等。皆みんなしんじゃえ。 なあ、それは何処からが罪なのか? 知らない。そんなの知らない。 「昔から美しいものには気をつけなさい、って言われてるのよね」 そんな事を嘯きながら、数多を絡め取ってきた『綺麗な薔薇』はその棘を振るった。 美しいものは、望まずとも危険に晒される。だから自らを守る術を知っているし――場合によっては、その美しさを釣餌として『獲物』を食らう。 知っているとも。だって、ねえ? 天使の様な顔に微笑を浮かべ、放つのは虚をついた一撃。抉るナイフは何処までも鋭く実用に寄ったもの。 「食事なら自分の世界でするべきだったわ」 薄っすらとした笑みが、切り裂かれて消えたアクイに向けられた。 「そう。本来ならば、何も起こり得なかったのに」 糾華が目を細める。鎌から伸びた黒いオーラが、鮮やかな色を覆い隠した。 さあ砕け。『悪意』を砕き、巣食った『アクイ』を殺してしまおう。 何もかもが、手遅れになる前に。 一色が、無数の色を覆い隠した後――そこにはもう、何も残ってはいなかった。 ●誰も彼も 少年を揺り起こす。時間にすれば僅かな間だ。 気を失っていた彼は、並んだリベリスタにぼんやりと視線を向けた。 「……もうあいつらは居ないから。元通りにはならないけれど、早く日常に戻る事ね」 エレオノーラが告げたのは、簡潔な事実。 化け物は死に、いつもの日々が帰ってきました。辛いけれど乗り越えて生きていきましょう。 言葉にしてしまえば薄情かも知れないそれだが、人ひとりの今後までどうにかできるものではない――そう考えるから。 けれど伊藤は、少し考える仕草をして、その前に屈みこんだ。 「ねぇ君。人の命って平等で重くて尊いんだって。だから、なくなっちゃえ~って思ったりしないでね」 「…………」 返ってきたのは無言。それは分かっていた。だってこんなの、 「ホント綺麗事だよね。僕もそう思うよ」 幾ら言われたって、抱いてしまうものは仕方ないのだ。思ってしまうのだ。 「なあ。あんた。いつからそういう風になったんだ」 「さあ」 雅の問いにも、気のない返事が戻るのみ。『そういう風』が何を指すか、分からない訳ではないのだろう。ただ、日常の中で歪に育ててきた願望の芽がいつ種として植えられたかなんて――恐らく本気で、本人にも分からないのだろう。 「理性が働いてるんならまだいいがよ、あんまりずっと抱えてると何時か呑まれるぜ」 「……またアレが出てくるって? だったら何、俺が死ねばいいの?」 茶化すように告げた少年に、ユートが溜息を吐く。 「要は実際に手を出すな、って話だ。……逆だよ、長生きしろ。正直テメエはダチにしてェタイプじゃねェが、生き残ったのには変わりねェんだ」 性根がどうであろうが、行動に出さねば問題はない。そうすれば、一つの命が続くのだ。積極的に奪いたいとは思わない。我慢してそれで未来が作れるのならば、そうして欲しいと、ユートは思う。 目を細めて笑う少年に、エクリが屈みこんだ。 「ねえ。獣性なんて形は違えど誰にでもあるよ。飼い慣して別の事に昇華できれば、あなたが亡くした人たちと心の底から笑い合う未来だって築けたはずだよ」 例え奥底の欲望自体は、誰にも誇れず、口にはできなかったとしても。 使い方さえ間違えなければ、それはきっと生きる為の武器となったはずなのに。 「それを不躾に暴いて利用されて、悔しくないの? あいつらはあなたの理解者じゃなかったのよ」 少年の口から笑みが消え、ぼそりと呟く。 「……じゃあ、あんたらは『違う』の」 あんな化け物と戦う力を持って、倒す力を持って、それで殺したいと思わないの。 問いに、遠巻きに見守っていた零児は天井を仰ぐ。平均を目指す彼の感性では、共感は叶わない。 ゆっくりと、ひよりが寄った。微かに、笑う。 「ねえ。おにいさん。ご両親や、お友達の事をきらっていたわけじゃないのよね」 「……?」 「普通に好きで、大切だったとおもうの」 それと。無惨に死ねと願う事は、相反するのだろうか。二つの心を紡ぐ妖精は、そうは思わない。 好きだ。大切だ。けれど死んで欲しい。酷くされて死んで欲しい。 成り立つこともあるのだろう。と、思う。 「おにいさんの悪意に負けないひと、わたしたちの住んでる所にはたくさんいるの」 だから、来たらいい。一人で抱えないで、負けずに生きられる人と生きればいい。 それは少年の『願望』とは違う形かも知れないけれど、恐らく傷付かずに済む方法。 黙りこんだ少年に、糾華はそっとアークへの通信を繋げた。 その悪意を解きほぐす手段を探す為に。胸に抱えた、渦巻く感情を緩やかに消し去ってくれた場所で、彼が『アクイ』と戦えるように。 「殺しても殺しても、出て来るものだとしても、ね……」 大なり小なり、飼わずには、生きて行かれないものだから。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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