● 降り注ぐ陽の暖かさに春が来たのではないかと感じた。雪解けを感じる様に、芽吹きだす花を見つめても一向に心には安寧が訪れないのだ。 冷たい鎧に触れている筈であるのに、その冷たさを感じる事が出来ない。 自身の肉体が失われている事に気づくまで暫く時間がかかっただろう。 がしゃん、と。空洞の体を動かした。鎧はぼんやりと靄の掛かる視界で主を探しまわる。 騎士の姿を見つけ、嗚呼、其処にいたのかと手を伸ばし、主が居ない事に動きを止めた。 がしゃん、がしゃん。 ――嗚呼、何処にも居ないのだと、知っている筈なのに。 外から響く鳥の囀りに、置き去りにされた廃墟で鎧は音を立てた。 虚しく響き渡るそれは泣き声である様にも感じられた。 主が未だ何処かに居ると、期待してしまっている愚かな自分が余りにも情けなかっただろう。 いっそ死にたいと思った。主の愛したこの場所を守って死にたいと、そう、思った。 ● 「エリューションの討伐をお願いしたいわ。殺しをお願いするって、なんだか不思議ね」 瞬いて、『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)はそれだけを告げた。 崩界に加担する存在を殺す事は世界を守るリベリスタ達からすれば当然の事だ。世恋の一言は何の変哲も無く、何の意味も込められてない様にも思えた。 もうひとつ、と唇がゆっくりと動く。お願いがあるの、と伏し目がちだった瞳が向けられる。 「敵はE・ゴーレムの鎧よ。それからE・フォースの騎士。生前の騎士は己の主を求めてそこで待ち続けているの。鎧はそんな騎士の傍にずっといた。彼等は共に同じ主を待ち続けているわ。 けれど、主はもう死んでしまった。長い銀髪の優しい主人はもう、『彼』の前には訪れないの」 その言葉に込められたのは何処か優しい色だった。世恋とて、同情しない訳ではないのだろう。唯、帰りを待ち続ける『騎士』に胸に湧き上がる思いを抑える様に唇をゆっくりと動かした。 「死してもなお、待ち続ける。けれど、彼は聡明だった。主君が居ない事にもう、気付いている。 ――だから、彼は主が愛したその場所を守って死にたいと思っているの」 資料を机の上に置き、鮮やかな桃色の瞳が映すのは少しだけの切なさと、遣る瀬無さ。 「皆には、悪者になって欲しい。倒さなければならない彼等が、主を愛し、主の為に戦って死んだととそう思わせて欲しい。――これは私の我儘かしら。……皆は、彼等を討伐する、其れだけでいいわ」 唯、普通に戦えばいい。リベリスタは『世界の為に死んでくれ』とでも言えばいい。やる事は何時もと一緒だ。世界の敵をこの世界から駆逐すること、ただソレだけなのだから。 「変な、お願いになっちゃったかしら。ただ、一言だけ言ってあげて欲しいわ。 主の為に戦った騎士だと、彼等を褒め称えてほしい。『お疲れ様』と彼等を送ってあげて欲しい」 一度、瞬いて、世恋は優しく、何処となく切なさを含んだ顔をして笑った。 「いってらっしゃい。ねえ、『ただ、あなたがいるだけでしあわせでした。私のあなた』――綺麗事、かしら?」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年03月30日(土)23:31 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
● それは暖かい日だった。春を感じさせる柔らかな太陽が美しい日だ。 月日に忘れ去られたのかと思う程に、残った雪が肌寒さを感じさせる廃墟があった。そんな中でも、太陽は優しく見守る様に降り注いでいたのだ。 「格好よかったよ、マイヒーロー」 風が吹く。大きな魔女帽を攫われない様に手で押さえ、『◆』×『★』ヘーベル・バックハウス(BNE004424)は小さく呟いた。10歳になったばかり。未だ年若い彼女は大きな紫の瞳を細めて笑う。 風が攫って行くのだ、全て。全て。 「私、綺麗事って好きですわ。だって夢が希望が理想が一杯詰まってるでしょう?」 まるで機械仕掛け。鮮やかな新緑のいろはただ笑った。平和を愛し、それを壊すものを嫌う『ハングマン』アーサー エリス(BNE004315)らしい言葉だったのだろう。 鳥の囀りに『死刑人』双樹 沙羅(BNE004205)は伸びをして欠伸を一つ。 「それでどうなったんだっけね」 「嗚呼、そうですね――」 春風に紛れる様な小さな囁きは『幸せの青い鳥』天風・亘(BNE001105)のものだった。 想い出話を語る様に、唯、春の日は静かに降り注ぐ。 ● ――時はリベリスタが足を踏み入れた頃に遡る。 踏み入れた廃墟はしん、と静まり返り冷たい気配を発していた。何処か気味の悪さを感じながらも、背負ったグリモアールの肩紐をぎゅ、と握りしめた巴 とよ(BNE004221)は一人言る。 「主人の帰りをずっと待ってたのですか」 静まる廃墟に、蠢く気配が一つ、二つ。誰かを待ち続けるのは辛いことなのだと言う。ソレは誰にだって堪えられぬものだ。来ないと分かっているのに待ち続ける事はどれ位の苦痛なのだろうか。 「……お疲れ様を、言いに行くですよ」 グリモアールを背負い直す彼女の肩をぽん、と叩き沙羅が意地悪く笑った。釣り目がちな彼の赤い瞳がにい、と細められる。『死』刑人は張り切って悪役になる。ソレは元来の彼の性質なのかもしれなかった。 「さてっと、張り切って悪役やらせて貰うとしよう。殺しが許可された! なんて楽しい世界何だろう」 笑みを浮かべて握りしめた直死の大鎌。自身の役割は『廃墟荒らし』。張り切った『疾風怒濤フルメタルセイヴァー』鋼・剛毅(BNE003594)も『悪者』を演じるとやる気を漲らせている。 ブリーフィングでフォーチュナが告げたその言葉を実行するのだろうか。居心地悪そうに周辺を見回す『リング・ア・ベル』ベルカ・ヤーコヴレヴナ・パブロヴァ(BNE003829)は聞かされた情報――戻らぬ主を待つ騎士――に涙腺が緩み掛けている。 「い、いかん……涙腺が既にマッハである! な、泣くんじゃないぞ、私!」 握りしめたодин/два。彼女の声に小さく笑った亘が風を纏う。広げた翼が春空を裂く様に羽ばたいた。 かしゃん、と音を立てるソレ。リベリスタらの視界に入ったのはエリューションだ。ベルカの青い瞳が潤み掛ける、が、その前を駆ける亘のAuraが騎士の目前まで迫る。 「ふふ……急な訪問を失礼します。主が居ないと気付き、その人が愛した場所で虚しく過ごすのも飽きたでしょう?」 『お前は誰だ』 「――自分は貴方達の願いを叶えに来ましたよ」 にい、と浮かんだ笑み。彼の切っ先が向く先が騎士の愛する廃墟である様に見せ掛けたそれ、騎士の空洞の瞳に宿る光は亘への敵対であろうか。ソレでいいのだ、と彼は笑った。 ――『ただ貴方が居るだけで幸せでした』。 どれほど幸福であったのだろうか。傍に居てくれるだけで、満たされる。ソレだけで幸せになる。其れに似た気持ちを亘は知っていた。忠誠心か、恋心か。想いの違いはあるのかもしれない。けれど、同じなのはその存在が己の心を埋め続けると言う事。その人を喪えば、その空洞は誰が埋めるのだろうか。 そう、彼等の愛した人が、心の隙間を埋めてくれる人が何処にも居ない事は『夢に見る鳥』カイ・ル・リース(BNE002059)も知っていた。彼が仲間に与えた十字の加護。戦いに赴く意志を強める様に祈りを込められたその加護を受け、ベルカが放つ閃光弾。 「我らは貴殿の死を以って大義と為す必要がある。それが我らの務めなのだ」 『我らが貴様等の務めに関係があると?』 「うむ、その為に死んで頂こう」 ベルカの唇から舌が覗く。唇を舐めた舌先が戦いというディナーを待ち望む様に揺れ動いた。何かを語る事は彼女にだってできたのだろう。だが、あえて何も語るまいと決めていた。動きを鈍くする彼等の前に飛び出す剣の間をすり抜けて、直死の大鎌を手にした沙羅が地面を蹴り上げる。 「ヤッホー、古の執着心ちゃん達。この廃墟はボクらがもらったー☆」 にい、と浮かべた笑みは悪役のそれだ。役割に徹する沙羅は仲間の放ち出す苛む能力全てを弾きだす。鎧の前に滑り込んだ彼へ向けて鎧が振り下ろす剣の切っ先が鎌にぶつかった。 「君の相手はボクだよ?」 だが、彼の鎌が狙うのは宙を浮く剣たちだ。振るったソレから放たれる衝撃が剣を飲みこんでいく、ついでキッと睨みつけたとよが放つ炎が定点的に明るく照らし出す。ちり、と鉄の体が燃え、剣が炎から逃れるように氷の雨を降らし続ける。 「あなたたちは邪魔なのですっ」 「ほらよ! 俺の相手にぴったりじゃないか。疾風怒濤フルメタルセイヴァー、参る!」 漆黒解放で闇を纏い、剣を手にした剛毅が魔力剣を振るう。剣へ向けて放たれる暗闇。悪役を見せ掛けるには黒き瘴気を纏うのが一番だと剛毅は豪快に笑った。 「貴方方は護りたい物を守って下さいまし。私達も護りたい物を守って見せますわ!」 護りたい物はただ世界だった。愛しい世界を崩壊させる犯罪者がアーサーの目の前にいる。 そのことには何ら変わりは無かった。体内で廻る魔力にアーサーは笑う。相手は騎士だ。己は執行人だ。 互いが為すべきを行うだけ。お互いが死力を尽くすのみ。悪意が無くとも、誰かの害となるならば―― 「ワルモノって、殺すだけじゃないじゃん? ボクは唯殺したいだけ。ボクはそれを悪いとは思わないしね」 蹴り上げたタイル。滑る様に走る真空の刃が剣の切っ先をかけさせる。沙羅を目掛けて振り下ろされる暁の火が、彼の体を焦がしても、沙羅は緩やかに笑うのみ。 きん、と亘の刃が氷の腕に弾かれる、騎士を見据えて笑う亘は彼の兇字全てを受け止める気でその場に立っている。 「主亡き今も帰りを待ち続けル……か。君は『主を守って死んだ』のダ? それとも――」 『主を――主は……ッ!』 「そこに居ったか、我が敵!」 廃墟内に一つだけ残されていた。古臭い肖像画。長い銀髪の女だ。それを目にしたヘーベルは一寸した悪戯を仕込んである。 ヘーベルの声が響き、彼女が指差す先には作り出した超幻影がいた。光の粒子でできた長い銀髪の人物。 『――主……?』 「覚悟すると良い、最早そこまでだ!」 聞えぬ様、囁いたのは己のヒーロー――仲間達の強さを誇る言葉だ。 (大丈夫、だってマイヒーローだって強いんだから!) 『主に仇為す者だというか! もう一度主を殺すと――』 騎士の声が、反響する。何れにしても、もしも護り切れずに死んでしまったのなら、次は今度こそ守りきれるように彼がこの場で本気を出してくれればいい。 カイだって護りたい物がある。大切な家族を思える。護るべきものが無い世界なんて存在しても意味が無い。彼の心を埋めるのはそれほどに大切だと思えるものだから。 もしも護りたかったものが世界に拒絶されたなら――大切な子供達が運命の寵愛を得ずに身体に因子を宿したならば。 「そんな世界などこちらから拒絶してやル。そして全てを敵に回しテ、消えてゆくのダ」 我輩なら、きっと。 其処まで紡ぎ、彼は仲間達を癒す歌を歌い続ける。カイは大きなオレンジの瞳で騎士を捉えた。三人の可愛い娘が、居なくなれば自身も騎士の様に抗うのか。 「愚問なのダ」 答えなど、言わずとも、決まっているというのに! 彼の背後から黒き瘴気が剣を掴みとる。唸り声と叫び声。相手は騎士と鎧。己の相手として不足なし。 「うぉぉぉぉお! 唸れ! 俺のダークネスブレード! セイヴァーダークネスバーストオオオ!」 放たれる黒き瘴気。正義に生きる剛毅としてこれが悪であるかは愚問であった。これは正義だ。誰かの正義に対するのは悪ではない。別の正義が正義を壊すのだ。 暗黒の瘴気を漏らす甲冑。振るう魔剣は地獄に誘う闇の真髄だ。彼の背後、仲間達を支援するベルカは前衛へと飛び出して、己の銃剣を楽しげに振るっていく。 沙羅を巻き込む光。彼を苛まないソレは鎧の動きを止めてしまう。 「ははっ、死刑に処してあげるよ。君は騎士が愛用して、騎士を守ってた鎧かな? 忠実なのはいいことだね」 にたりと浮かぶ笑みは厭らしさを感じさせるほどに悪童の笑みである。鎌を握りしめ、冷え切る様な赤の瞳が鎧を見つめる。 「ほら、死線ギリギリスレスレで護りあおうよ? 超過激なイきそうになるスリル最高だよね! お前が護るのはこの場所と騎士! ボクが護るのはボク自身だ! 壊されてたまるか、強くなるまでは!」 声を張り上げ、振るう鎌は血を吸い上げる。次第に赤く染まる鎌が彼に力を与えるようだ。痛みがその小さな体を劈いても沙羅は止まらない。 「死刑人自らが断頭してやる。覚悟しててよ? それがボクだ」 『死』刑に処す。唯、ソレだけだ。彼へ迫る剣をベルカの銃剣が弾く。首輪を外された自由な犬――否、狼の本質だろうか。獲物を逃す事無く、その隙間に入り込む。 「皆さん、気をつけて下さい。すべて刈り取ってあげます――!」 氷像の瞳が、彼等を苛んでも沙羅だけは動きは止めない。追ってカイの癒しが彼等を苛むものを取り払う。首を傾げて、機械が動く様に微笑んだアーサーがステップを踏む様に不幸を笑う。 「私から不吉をお届け致しますわね! やだ、遠慮なんて結構ですわ! さあ、恨みっこなしで宜しいかしら?」 くすくす、浮かぶ笑みに向けて剣の切っ先が真っ直ぐにその眸を目指していく。緑の瞳すれすれ、アーサーが捉えたのはその一瞬だ。瞳のすれすれで止まった剣。絡みついたのは彼の気糸。 「――私は恨まれても構いませんけれども」 うふふ、くすくす――浮かぶ笑みはあくまで優しいものだった。彼等の気が張れるならそれでいい。 前衛で戦う沙羅の体力を気遣ってへーベルが歌う。誰かのために尽くせる騎士や鎧もヒーローであるけれど。 それでも自分のヒーローたちが倒れる事は納得できない。歌い、支援を行うヘーベルが祈る様に支援し続ける。 「見事な戦いぶりだな。あ奴をこの手で仕留める事が出来ぬとは……! 忌々しき兵、名を何という!」 ヘーベルの声に騎士は応えずに剣を振るう。その剣を受け止めて亘の脚が一歩下がった。 方向を変えて彼の背を刺そうと飛ぶ剣をとよの炎が行く手を遮る。ついで、ベルカの銃剣がその剣を地面に落とした。 動かなくなっていく剣の中、鎧との攻防に沙羅が笑みを浮かべる。くすくすと笑い続ける彼が鎌を軸に身体を反転させ、ついで鎧へと接近する。 「たのしーね? いいね、もっと過激に戦おうよ! 強いのって大好物だから、さぁ!?」 『死刑とやらに処してみたまえ、少年』 鎧の声に笑った沙羅が鎌を振るう。支援を行い続けるカイとヘーベル。その隙間。全ての剣が無力化され、ベルカの切っ先が騎士を捉える。行く手を遮ろうとする鎧へ向けて、炎と、光がその動きを遮った。 「ほら、首が落ちるよ」 ぱん、と鎌が鎧の頭を吹き飛ばす。空洞のソレはからん、と音を立てて廃墟の床を跳ねた。 「――甘い甘い死を差し上げましょう? ねぇ、ミスタ?」 くす、と笑みを浮かべたアーサーの声が静かに響く。甘い死は『死』刑人と執行人の手で訪れる。 騎士がそれに気づき猛攻する。亘の体を切り裂く剣に、全てを苛もうとする其れに、リベリスタとて負けはしない。 「騎士よ。お前の名を聞かせて頂こうか!」 演じる様に言うヘーベル。瞬時、接近した騎士の声が彼女の耳元でささやかれた。一度、開いた瞳、ついで、彼女が避ける攻撃はベルカが受け止めた。 身体の傷に立得る様に己の傷全てを掛けて、身も心も削り取る様に正義をぶつけた。 「疾風怒涛、一刀両断! 騎士よ、永遠に眠るがよい!」 亘の背後、何処までも直向きな剛毅の正義が騎士の体を劈いた。騎士から漏れる息が、次第に弱弱しくなっていく。 ぐらりと揺れる身体を目にし、眼鏡の奥で細めた瞳が、緩やかに微笑んだ。 「ご安心ください、この場所はこの刃が――この手が届く限りはこのままにしておきます。 自分は貴方達に誓います。何処まで保てるか判りません。けれど、出来る限り此処を守る」 青い軌跡を残す切っ先が、穏やかな陽気を受けて鈍く輝いた。伏せた瞳に、優しい笑みは亘の想いを現したようだった。悪人に徹する様に、ただ、ひたむきにしてきた彼の『少年らしい』笑顔だ。 「だから安心して主の元へ行って下さい」 切り裂く様に、光の飛沫をあげて騎士の体を裂いた。其処から溢れるのは暖かな陽光だ。鮮やかな光は血の飛沫よりも美しく亘の目の前できらきらと輝いた。 「貴方は私にとって犯罪者でしたけれども、貴方はご主人にとって誇るべき騎士だったのでしょうね、ミスタ」 『―――』 消えゆく視界で騎士が捉えたのは機械の男だった。大きな新緑の瞳が待ち遠しい春の様で、騎士は笑う。嗚呼、主が好きだった春の気配だ。 「……もしも私が貴方のご主人に会えたなら、きっと――きぃっと迷わずにその人に言いますわ。 素晴らしい人に思われていたのですね、って」 アーサーの言葉に何かを紡ごうとして、騎士は目を閉じる。嗚呼、彼が主に逢う事は無いかもしれないけれど、けれど、主に相応しい己で居れたのであれば、主に相応しい騎士で在れたならば騎士はそれを幸運と笑うだろう。 「そんなに想われる貴方も――主様も素晴らしい方なのでしょうね、って」 『嗚呼、主は素晴らしい』 「ええ――さあ、もうお休みなさいませ」 光の粒子が、手を伸ばした亘の掌で小さく光った。ふわり、と揺れる様に、唯、消え行くソレに目を伏せて。 最後、開いたその掌からゆっくりと光の粒子は解けて、消えた。 「……おやすみ、―――」 静かに名前を呼んだ。彼の名前はへーベルに最後、聞こえるように言われただけだったから。 誰だって彼女のヒーローだった。けれど、この場の誰よりも一番強く、格好良いヒーローは彼だったのかもしれない。 ● 春風が吹く。脱帽し、長い銀髪を春風に揺らすベルカはせめてもの心の慰めになればと騎士たちの行く先を想う。 擽ったい風に瞬いた沙羅は鎌を手に静かに窓の外を眺めていた。 しん、と静まった廃墟の壁は崩れ、新緑と暖かな日差しが差し込んでいる。残った雪は、次第に解けて行くだろう。彼等の心が『此処を守りたい』と張り詰めていたからか、その想いが解け、優しい時がきっと、訪れる筈だ。 「ゴッドスピード! 良い旅を、名も知らぬ騎士よ。願わくば、貴殿のゆく道に安らぎあれ!」 かの主は銀髪であったという。唯、其れしかわからない。唯、その事しか知らない。 ベルカとて主とその面影が似るとは思っていない。目を伏せて、祈る様に心の慰めになれればと騎士を呼んだ。 未だ残る雪の中、カイは周囲を見回した。彼等が護りたかった場所を見て置きたい。そうすることが彼らへの手向けになるのかもしれないのだから。 「うム、いい場所、なのダ。騎士もこの場所を愛したのだろうナ」 まだ残る雪も次第に解けるだろう。主はこの廃墟の何が良いと言ったのか。ソレは今になっては解らない事だろうかと周辺を見回した。 端に残る小さな墓。かすれて見えなくなった名前にとよは目を凝らす。この隣に眠らせてあげよう。消えてしまったけれど。もしもその体が、何かが残るなら最後まで彼等へ弔いを。 「……お疲れ様でした、ですよ」 唇を噛んだ。お疲れ様を言いに来た、けれど、その辛さに触れてしまっては、それ以上の言葉を与える事ができなくて。 ぎゅ、と握りしめた肩紐についた皺。ぼんやりとしたとよの表情に浮かんだのは少しの笑みだろうか。春が来たら思い出せるかもしれない。背負ったグリモアールは彼女の記憶を束ねる様に頁を増やすのだろうか。 メモリアル。小さな思い出を閉じ込めて。 ヘーベルが拾い集めた剣が主の傍に添えられた。実体のない彼等は唯動かぬものになって主の傍に置かれた。アーサーはそっと座り込み、その様子を見つめる。 「ねえ、護りたい物がもう存在しないって、ものすごく哀しいことなのでしょうね。 護りたい物が存在している有難さを、私……私、噛み締めて生きていきますわ」 撫でつけた鎧から暖かな陽光が小さく漏れる。光の粒子と鳴って消えた其れが、何処か、彼に答えを齎したように思えた。 「これデ、ずっと一緒に居られるのダ。最後まであなたを守った騎士を褒めてあげて欲しいのダ」 応えるように、静かに雪解けを溶かす春の日が彼等の元へ降り注ぐ。 ざあ、と吹いた風が運んだのは青々とした葉――『春』であったのかもしれない。からん、と騎士の刀が主の墓石へと凭れかかる。 その場を去る手前、最後、振り向いたヘーベルが魔女帽を押さえつけて、振り向き手を振った。 「また、ね。おやすみなさい、マイヒーロー」 そんな、穏やかな日だった。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|