●かるい恋の翼で飛んできてしまいました 雨はまだまだ、降り止まない。 愛弓は黄色い傘をさし、黄色い長靴を履いて水たまりをパシャパシャはねあげて歩く。 幼稚園のバスはまだ、迎えにこない。 「今日はお母さんがお仕事にいったから、あゆみは一人でバスに乗るの。おりこうさんでしょ?」 にこりと笑って、紫陽花の葉の上でじっとしているアマガエルに声をかける。 カエルはけこ、と鳴いた。 水たまりがこぽぽ、と音を立てた。 愛弓は振り向いた。 そこにいたのは、アマガエル。 大きな大きな、アマガエル。 ●ああロミオ、どうしてあなたはロミオなの 「アマガエルだ」 開口一番『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)が告げた名前は、緑色の雨の使者。 「やつらのラブソングはちょっとジャジーなバラードさ。たまに聞くにはロマンチックだと思うけどね」 伸暁が指を鳴らし、映しだされるモニターの映像。 そこに踊るのは――そう、文字通り踊っているのだ。アマガエルが。 蓮の葉を傘にして、雨にけろけろろと歌い、そして軽やかに踊っている。 「ということで、今回はE・ビーストを退治してきてくれ」 リベリスタは席を立つ。――やってられるか。 「まあまあ、この際だから聞いてくれ。こいつらはもちろん、踊っているだけじゃない」 いま、らっていいましたか。複数形ですか。 「そう、こいつらがやろうとしているのは、一大ミュージカルだ。 演目は、ロミオとジュリエット――だから座ってくれって。帰るなって。 アマガエルのロミオが、幼稚園児のジュリエットに恋をしたのさ。 クラシックなノスタルジーだな。時にはノイジーなやつらのギグには似合わない。 このステージをぶち壊しにして、いたいけな未来の花嫁を連れて帰ってきてくれ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ももんが | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年07月03日(日)21:18 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 「けろ」 「わぁ! おっきなかえるさん! なあに?」 どこかおずおずとした様子で愛弓に向き合うアマガエルに対し、女児の反応は至って好意的だった。 その反応に勇気付けられたのか、綺麗な緑色をしたロミオのひんやりとした手が少女の腕を優しく握る。 ――その時。 「そこのカエル共、幼子を拉致ろうたぁいい度胸だな!」 周囲を覆った結界を感知し、警戒したアマガエルたちに向かって最初に走り込んで来たのは『首輪付きの黒狼』武蔵・吾郎(BNE002461)である。巨漢の、上半身を覆う毛皮は幻視によって隠されているが、それでも筋肉質な半裸の突撃はド迫力で、幼女は目を丸くした。 振るわれたバスタードソードが、愛弓を背後にかばうように立ったティボルトを幻惑し打ち据える。 その後方では『アクマノキツネ』九尾・黒狐(BNE002172)が、射手としての感覚を研ぎ澄ましながらショートボウをきりりと引き絞り、狙いをつける。 「げこっ!」 一早く状況を理解したのだろうロミオが愛弓を抱きかかえて大きく跳躍する。 ぴょーんと。 その高さおおよそ5mほど。 状況を理解していない幼女は、単純にその跳躍を楽しみ無邪気にきゃっきゃと笑う。 「ちょっと其処の蛙畜生! 愛弓ちゃんを放しなさい!」 着地したその身体を掴んだのは『畝の後ろを歩くもの』セルマ・グリーン(BNE002556)だ。 彼女は仲間の存在に気をとらわれた従者カエル二匹の間を縫うように駆け抜け、多少強引にでも引き離そうと愛弓の身を引っ張る。 「あわきゃ!? あええ? きゃはは!」 幼女の、緊張感に欠けた笑い声。 「アマガエル。日本のだから、ニホンアマガエル。 鳴いて踊る姿とか可愛いんですけど、ちょっと大き過ぎます」 どこか字余りの5・7・5っぽく、確認するように呟いた『蒼銀』リセリア・フォルン(BNE002511)。 そのバスタードソードが今度はティボルトを幻惑し、色黒な肌を浅く切られたティボルトが仰け反る。 だがティボルトはお姫様(?)の前で失態は演じれぬと踏みとどまり、戦場を確認する様に睨み回すと魔道書を手に意識を集中させている『プラグマティック』本条 沙由理(BNE000078)に狙いを定める。 「げこぉ!」 「けろよーん!」 ティボルトとマキューシオが一瞬目を合わせ一声を交わす。そこには深い信頼と理解、そして因縁が込められていたのだが、傍で聞いているリベリスタには牧歌的な鳴き声でしかない。と言うかあまりに間延びした空気にリベリスタ達の一部は噴出すのを必死に堪えていたりする。 とはいえカエルたちは真剣なのだ。リベリスタの反応にはまるで興味を示さずに、マキューシオが大きく下品に口を開け舌をびよーんと伸ばす。舌の伸びる先には、愛弓を抱えたセルマがいる。 「ぐうッ……! 蛙は大人しく田んぼで鳴いていればいいのに……」 愛弓をかばうことを第一としている現状、彼女にソレを避けることは出来ない。しなる舌に脇腹を強かに打ち付けられ、苦痛と共に悪態を吐く。その横でマキューシオはリセリアへ舌による打撃を加えようとするが、これは危なげなく避けた少女の銀髪を一房揺らすのみ。 「げこっ!」 ロミオの悲痛な叫び(※けろけろ)が響き渡った。巨大化したアマガエルとは言え、所詮は人間の子供サイズ。力負けし、愛しのジュリエット(※幼稚園児)をセルマに奪われたのだから、当然といえば当然だ。 許せないとばかり、鞭のように振るわれた舌を、しかしセリアはあえてその身で受ける。下手に避ければ愛弓に当たる――危険な状況には違いないのだ。 「大丈夫? あいつらはとても危なくて悪い奴なの。 おばさん達が来たからもう大丈夫よ。お化け蛙なんてすぐにやっつけるわ」 痛みに顔をしかめそうになるのをこらえ、出来る限り優しい声と笑顔で愛弓に語りかける。 「かえるさんなのに?」 幼女の返答はとんちんかん。 カエル達はリベリスタを攻撃しているが、リベリスタ達もまたカエル達を攻撃している。見た目で相手を判断せず、疑う事を知らない幼稚園児は、今の所どちらの応援をするわけでもなく、むしろなぜ戦っているのかを疑問に思っているようだった。 「その子から離れろ!」 『為虎添翼』藍坂 久遠(BNE000269)が、走りこんできたままの勢いでティボルトに肉薄し黒いオーラでその頭部を打ち据える。同様にディボルトに走りより、己の影に呼びかけ立ち上がらせたのは『蛇巫の血統』三輪 大和(BNE002273)。 彼らは少し遅れて戦線に立つことと引き換えに、偽物の工事中看板と赤いコーンを仕掛けていたのだ。 これで少しの間だけでも幼稚園バスを足止めできるだろう。 「この矢に紡いで、撃つ……!」 新たな敵達に気の行ったティボルトの隙を、後衛から黒狐が放った矢が襲う。 「けろけろーん!」 仲間の危機に、マキューシオがいきり立ち焦りと友情の篭った真剣な叫びを上げる。 シリアスさの有無については取りあえず横においておいて、茶色のひんやりぺとぺとした肌を、変温動物のはずなのに少し赤味がかった色に変えたカエルはその体を高く宙に舞わせた。 「悪いな。俺らはその恋を悲恋にしなくちゃなんねぇ。怨むなら怨んで良いぜ」 その驚異的なジャンプ力を生かした踏みつけを、しかし吾郎は正面からバスターソードで受け止めた。武器越しであってもその衝撃は軽くなかったが、黒狼の称号を持つ男は一歩も下がらずに押し返し、マキューシオを地に叩き付ける。 ティボルトもまたその身を大きく宙に舞わせる。彼は跳ねる前の一瞬、愛弓を抱くセルマを睨んだのだが、愛弓に余波が行く事を恐れたのだろうか。実際に狙ったのはリセリアだった。 「げっこ!?」 だが、彼が着地したのは狙っていた銀のポニーテールではなくアスファルトの水たまり。素早く回避したリセリアの前で、ティボルトはべしょり、文字通り潰れた蛙の様である。 「お嫁さんが欲しいからって、拉致するのかい? ダメダメ、女性にはやさしく接しなきゃ」 身を起こすティボルトの耳に届いたのは、少し気取ったナイスガイ・ボイス。 何……だと……? とばかりに眼を向けるカエルの前に姿を見せたのは、インコ頭の『ラテン系カラフル鳥』カイ・ル・リース(BNE002059)。彼もまた、赤いコーンで通行止めを作っていたのだ。その姿は一般人である愛弓や住宅街の奥様方を気遣い、プレイボーイなハンサム顔(※幻視)。口調と声色もまた、それに合わせたイケメンスタイル。 「姫のハートを射止めるのは、カエルじゃなくって王子様だよ」 気障にウインク。エレガントに振り上げるは鉄槌。ラテンワイルドに打ち下ろすはヘビースマッシュ。 「所詮は報われぬ恋だと気づきなさいな。目を覚まさせてあげるわよ」 一撃で深い傷を追った仲間。それに気を取られたロミオとマキューシオを焼くのは沙由理の放った厳然たる意志の光。呆然としているティボルトに、壁を蹴り高く跳んだリセリアのバスタードソードが襲い掛かり――セリアが、黒いカエルの死に様が愛弓の目に入らぬようぐっと抱き抱える。 「げこぉ……!」 逼迫した状況に、ロミオがシリアスな(シリアスったらシリアスな)呻きを漏らす。 しかし、恋する男は諦めない。その澄んだ瞳に決意を漲らせたロミオは、その喉を膨らませ、高らかに歌い始めた。優美なその歌声は正に悲恋の名作に相応しく―― けーろーけーろーけーろーけー 「「「「「「「「その歌は!?」」」」」」」」 全員が叫んだ。 叫ばずには居られなかった。 何せその歌、明らかに知名度の高い、日本人であれば誰しもが幼稚園辺りで習うあの歌だったのだから。 しかも。 けーろーけーろーけーろーけー(けーろーけーろーけーろーけー) 「輪唱した!?」 誰が叫んだのかわからなかっった。 ある者は絶句し、ある者は驚きにかられ意味もなく周囲を見回す。 世界中のほぼ誰もが障害に一度は挑戦してみようとして諦めたことがあるであろうあの技。 ひとり(一匹)輪唱である。 どのように発音しているのか、原理不明!しかも四重輪唱である。 ――四重? 「しまった! これがけろけろ四重奏!?」 予想外すぎたあまりの牧歌的さに、セリアは驚愕の声を上げる。 唯一、膨らんだ頬袋を警戒していた黒狐は既に矢を放ってしまっており、次の矢を番えるには時が足りない。 避ける猶予も防ぐ余裕も与えず。不吉な不協和音と化した音波がセルマを包み、抱えられた愛弓には一切の害を与えること無くリベリスタの身体のみを瞬時に傷めつける。傷口から流れでた血が愛弓の顔にかかるが、セルマの体内を廻る毒と奪われた自由に、それを拭う事もできずに倒れ伏す。 「おばちゃん? おばちゃん!」 目の前の事態に、さすがの愛弓も泣きそうな顔でその身を揺さぶる。 「この……! そんな強引なナンパなんて流行んないよ!」 「こんなこと、したらだめ…」 倒れた仲間の姿に、久遠が怒りの声を上げ、黒狐が淡々と非難を口にした。それらの言葉にか、或いは愛弓の泣き顔にか。ロミオは少し怯んだ様子を見せるが、そのロミオをマキューシオが庇う様に立った。 忠心か、友情か。 ロミオの前に立つマキューシオは獅子奮迅の働きを見せた。 久遠の投げかける黒いオーラが頭部を狙うのを掻い潜り、その動きを阻害しようとする黒狐の精密に射ち放つボウの矢を舌で逸らしてみせ、返す舌で久遠の脇腹に一撃を見舞う。 「っ……なかなかやるね、両生類くん」 走る痛みと体を回る毒に、不敵に笑いながらも、久遠の頬には冷や汗が流れている。 だが、そこまでだった。 久遠に気をとられていたマキューシオの、茶けた肌を気糸が縛り上げる。 「ここに蛞蝓がいれば蛇と蛙で三竦みですが、ここに蛞蝓はいません。 蛙さん方、お覚悟はよろしいですか?」 ギャロッププレイでマキューシオを縛った大和の、響かせたのは蛇の声。鱗こそ服の下に隠れているが、本能だろうか、何か感じる所があったらしいマキューシオの顔には油売りのガマの如きだらだらとした汗。 そんなカエルの従者を、吾郎の幻影を纏った剣が容赦なく切り裂いた。 致命傷を受けてよろけたマキューシオは、偶然の悪戯だろうか、ティボルトの亡骸の直ぐ傍らに倒れる。 絶命した黒と茶色の二匹の姿はまるで一枚の絵画のようにも見えた。カエルでさえなければ。 「愛弓ちゃんのエリューション化は何としても阻止するのダ!」 倒れたセルマに代わり、決意のインコ声も高らかにカイが邪気を退ける光を放ち仲間の毒を癒す。 「ジュリエットを連れて行くことは、あきらめなさい。現実はつまらない結末で終わるものなのよ」 ワナワナと震えるロミオの右肩、その関節の弱い部分を沙由理の気糸が的確に撃ち抜く。 再び壁や電柱を蹴り、一気に間合いをつめたリセリアが袈裟懸けに左腕を斬る。 ――カエルの命運は尽きようとしていた。 だが、それでもロミオは諦めない。 それは愛ゆえか、それともただの執着か。 「けろぉおお!」 ファイトと言いたげな叫びを上げて、気合一発。ロミオが高く宙を舞う。 向かうは愛しきジュリエット。まだなんとか動く右腕で彼女を抱きしめてリベリスタ達から逃げ切る。それが満身創痍の彼に残された最後の希望。 何としてでも愛弓を取り返したい。だからこそロミオはセリアに得意の歌を向けたのだ。 今、愛弓を守ることのできる位置に居るのは大和のみ。 その障害さえ飛び越えてしまえば、愛は永遠となるはずだ―― しかし、彼は跳び過ぎた。 人の身の3倍を舞う超跳躍とて、すでに見て知ってしまっていれば防ぐ事は不可能ではない。 愛弓に手が届く直前、ロミオは大和の気糸に身動きを封じられて地に引きずり落とされた。 「弱みにつけ込むみたいで、悪いわね」 だが、手加減はしない。 沙由理のその言葉を皮切りに、リベリスタ達の容赦のない追撃がロミオの身を襲う。 既に満身創痍の身は、誰のみにも明らかな致命傷を負った。 「げこ……」 彼はそれでも、手を伸ばす。 気糸に縛られたその身は動かず。 右腕は少しずつ動かなくなり、左腕は斬れ落ちる寸前。それでも。 「……かえるさん」 セリアと、そのセリアが倒れてから戦いの傍らで声を掛け続けた大和の言葉、そして何より今までの風景で、愛弓にもこのカエルが危険な存在だと言う事は理解できていた。 それでも、幼く優しい女児は、緑色も無残に汚れたカエルのぼろぼろの姿に大粒の涙をこぼす。 頬の涙を、蛙の舌が拭った。 手も足も出ないけど、舌は出た。 毒を持つアマガエルの、精一杯の優しさ。 それでおしまい。 ……アア愛弓、ドウシテ ボクハ かえるナノ…… カエルは言葉を喋らない。 死んだカエルならなおの事。 だからその言葉はきっと、感傷が生んだ、ただの空耳。 ● ロミオとジュリエットは、そもそもどういう物語なのか。 争う者同士のの間に生まれた悲恋の物語だと、人は言うだろう。 恋に堕ちた若者たちを引き裂く運命の物語なのだ、と。 ――だが、しょせんは人間同士。種族の違う愛よりは救われる方法もあったろうに。 「アマガエルのロミオには、可愛らしいジュリエットはちょっともったいなくて、とてもじゃないけどあげられないわね」 「一目惚れしたから誘拐って……人間でも立派な犯罪者だよ? あの大きなカエルは危険な生き物だから、今後は気をつけるように言っておかないと。 ……多分もうこんな目には合わないだろうけど…… ――ううん、もうこんな目にあってほしくないっていう願望……かな」 少ししみじみと呟く沙由理に、久遠がどこか遠くを見るような表情で返す。 「人と人ならざるモノの恋物語には悲劇の結末が多々あります。 ハッピーエンドの物語ならまだしも、悲劇で幕を閉じるロミオとジュリエットを選ぶなんて……」 「花嫁にしようとか一体どういう事なのか。謎です……なんというか世界の神秘的な」 さっきまで愛弓に、ここで見たことはないしょだからね、とお願いしていた大和が考えこむような声を漏らし、リセリアがそれに頷いた。 ――彼は本当に幸せになりたかったんだろうか? もしかしたら、最初から、自分と愛弓は結ばれない運命だと知っていたのだろうか。 気を失ったままのセルマをいち早く帰還する吾郎に任せ、カイが愛弓を肩車した。 「ほら、高い高い。白馬の王子様ならぬ、王子様の白馬だよ」 「きゃー!」 愛弓の歓声が響く。 いつの間にか雨は止んでいた。 空には虹が。 もうすぐバスも来るだろう。 <了> |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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