● ようやく膨らみはじめたつぼみの下で揺れるものがあった。 ぶらりぶらぶら。 螺旋をかいて踊るつま先の下には真新しい衣服と黒いランドセル。 小さな手が闇の中から伸びてきて冷たくなった素足を押した。 ぶらりぶらぶら。 「嘘つきね」 冬は去り、春がまた巡ってきたというのに。 「嘘つきね」 まぁるい夜の風に転がされ、つぼみがゆっくりと開いていく。 あかくあかく色づいて。 「望みをかなえてあげたのに」 首吊りの木に桜が咲いた。 「わたしはまた望みをかなえてもらえなかった」 涙ポロリ。 躯枯れ、幻の花が散る。 少女は赤いランドセルのフタを開くと、舞い落ちる花びらを中に吸いこませた。 あきらめるのはまだ早い。 まだ春はこれからなのだ。 「もう一度探して連れてくる」 また一年、貴女と土の下で暮らすのは嫌だから。 子供になりたいなんて願ったわけじゃない。 ただもう一度、死に損なって醜くなる前から人生やり直せたらって思っただけなのよ。 ● 「赤いランドセルの少女と首吊り桜の討伐」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、リベリスタたちに背を向けてモニターを見つめていた。 「……お願いするのはこれだけ」 ややあって、渋々といった感じで振りかえりながら、「そのほかのこと、いろいろ聞く?」とリベリスタたちに問う。 無言のうなずきを返されて、イヴはため息をついた。 「赤いランドセルの少女は覚醒者なの。黒ヤギのビーストハーフで名前は友利うらら。怨念に取りつかれた桜の木で首を吊ろうとしたことが彼女にとって最大の不幸になった。自殺を行おうとした当時の年齢は24歳」 自殺の理由は不明。 桜の木に首を吊るまでは、覚醒したことを世間に隠してひっそりと生きていたようだ。神秘の力を使って事件を起こした形跡はない。少なくともアークのデータバンクには記録がない。 そんな彼女の消息がぷっつりと途絶えたのは5年前のことだという。 「万華鏡が捉えた未来では、うららは身代わりを首吊り桜に差し出して元の姿を、ううん、きっかり5年分老けた姿を取り戻している。万華鏡にその姿が映ったからいろいろ分かったんだけど……」 桜の木にとりついた怨念の正体は、6年前にその桜の枝で首吊り自殺したシングルマザー。小学校に上がる前の子供を自らの不注意で事故死させてしまい、それが原因で精神を病んだ末に自殺したらしい。 死んだ女の魂はE・フォースとなって桜の木の傍に留まった。俗にいう地縛霊というやつだ。 ここからはただの推測、とイヴは前置きをして、 「春が来るたびに女は桜を見によって来た子供を捕まえていた。捕らえた子供と仲良く暮らそうとするのだけれど、そんなことは不可能で、子供は桜の散る頃には死んでしまう。1年に1回、それもほんの数週間だけの歪んだ親子ごっこ。そこへうららがやってきた」 運命を得て覚醒した者ものはそう簡単には死ねない。案の定、運命の介入が起こりうららの自殺は失敗に終わった。 隠れてようすを見ていた女は、首を吊っても死ななかったうららに興味を持った。 「うららが呟いたのか、気持ちを読みとったのか分からないけど、女はうららから時を奪って若返らせた。自分と一緒に暮らすことを強いて。それからは毎年、春が来るたびにうららが人を攫っていたみたいだね。逃げ出したいという一心で」 この5年間は失敗続きで、うららは身代わりを得ることが出来なかった。今年は2回目の狩りで、人生をやり直したいと願うフィクサードと出会えたようだ。しかし、それではうららのかわりにそのフィクサードがなるだけのこと。また悲劇は繰り返される。 「首吊り桜の周辺には結界が張られていて一般人は近づけない。そこに桜の木があることすら忘れられている。うららが人攫いに現れるのは夜。だから神秘の秘匿を気にかけながら戦う必要はないわ。ただし、結界の中に入れるのはうららに時を遡らされて子供になった者だけ。あるいは小さな子供」 首吊り桜が要求しているのは、首を吊っても死ななかったうららの代わりだ。それがうらら解放の条件であり、一時的に結界が解かれる条件でもある。条件を満たすためには誰かが“桜の木に首を吊られて生き残るテスト”に合格しなくてはならない。 「大人になってから覚醒した人は“ほんとうに”首を吊っちゃ駄目だよ。子供に戻ってしまったら神秘の力は使えないから。最悪、運命が味方してくれない。あと、服。全部脱げちゃってるから。風邪ひかないように気をつけてね」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:そうすけ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年04月01日(月)22:56 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 「ねえ、大丈夫?」 『炎髪灼眼』片霧 焔(BNE004174) はふらふらと体を揺らしている『ファントムアップリカート』須賀 義衛郎(ID:BNE000465)に声をかけた。さっきから様子がおかしい。 「ええ、少し……いや、大丈夫です」 義衛郎の微笑みは曖昧でどこか気が抜けたような感があったが、本人が大丈夫というならば、と焔はそれ以上言葉を重ねなかった。それよりもいまは目の前の任務である。焔は公園を囲む生垣の一角からそっと顔をだしてあたりを見回した。 リベリスタたちがいるのはちょうど公園の門地で、右手側に小学校へ続く路地、左手側に線路に面する道が見えている。赤いランドセルを背負ったうららは恐らく右手側の路地からやってくるだろう。 「うららはただ子供の姿に戻りたかったんじゃなくて、革醒の無い平穏な日常を取り戻したかったんでしょうね」 「だろうね」 焔の呟きを受けたあと、『足らずの』晦 烏(ID:BNE002858)は袖をめくって腕時計に視線を落とした。まもなく最終電車が公園の前を走る。うららが現れるのはその後だ。 ほどなくして電車が通り過ぎていった。 「では、手はずどおりに。天城くんとヴォロシロフ少佐は結界が解けるまで頑張ってね」 烏はトレードマークともいえる赤い頭巾を脱ぐと、丁重に畳んでポケットに入れた。かわりにシュガーケースを取り出して、口にタバコを1本くわえる。 「あ、そうだ。これを二人に渡しておこう」 「これは?」 烏から白い布を受け取りつつ、『T-34』ウラジミール・ヴォロシロフ(ID:BNE000680)が問うた。 広げてみると、それは布の中央に頭を通す穴が開いているだけのシンプルな衣服だった。大人なら膝上、子供なら足元まですっぽり隠せそうだ。 「フェルトの貫頭衣。これなら、見せられないよって事にはならないだろ、うん」 ふふふ、とふたりに笑いかけて、烏は公園の入り口に止められた赤提灯へ向かった。 その背を見送って、焔は白い布を手にした男たちに声をかけた。 「あー、その……いま着替える? 私たち、後ろを向くけど?」 「どうかな。真夜中にフェルトの貫頭衣を着た男が二人……うららを警戒させるんじゃないか?」 『アウィスラパクス』天城・櫻霞(ID:BNE000469)が形のいい眉をひそめる。 普通に考えて変態である。自分がうららならまず避けて通る。 櫻霞は思ったことを素直に口にした。 「そうだな。これを着用するのは友利女史を説得して味方につけてからでも遅くはない」 「じゃあ、私たちも配置につきましょう。……と来たわよ!」 ゆったりと落ち着いた足取りでウラジミールと櫻霞は公園を出てった。 焔は後に残ったメンバーを順に見渡した。少し離れたところでひとり、義衛郎が体をふらつかせている。 大丈夫だろうか、本当に。 焔は義衛郎から視線を外すと、胸の奥へ不安を押し込んだ。 ● 「ああ、もう嫌だ」 ウラジミールの肩に腕をまわしてもたれながら、櫻霞は嘆いた。 「両親が俺を残して死にさえしなければ、こんな世界に関わる必要なんて無かった!」 「そうだな。大いに同感する、同志よ。確かに、この運命の残酷さには耐え難いものがある」 目前に迫った小さな影には気づかぬふりをしてふたりは互いをいさめ、愚痴をこぼしあう。 覚醒によって奪われたもう1つの未来。ちょっぴり退屈をもてあましていたかもしれないごく普通の平凡な人生。それが幸せなことだなんて、失ってしまうまで気づきもしなかった、と。 「いっそ子供の頃にでも戻してくれ」 櫻霞の叫び声に応えるように、タ、タ、タ、とゴム靴がアスファルトを蹴る音が響いた。 「ほんと? お兄さんとおじさん、ほんとうに子供のころに戻りたい?」 赤いランドセルを背負った黒髪の少女が、思いつめた表情でふたりを見上げていた。 肩ベルトをぎゅっと握りしめ、急いた口調で話しかけてくる。 逃げないで、逃げないで、お願いあたしの話をきいて。 「わたしはうらら。子供に戻してあげる。ずっと子供のままでいられるわ。でも、条件があるの――」 肩に回された櫻霞の腕をゆっくりと解くと、ウラジミールは膝をかがめてうららに微笑みかけた。 「話を聞こう。我々はアークのリベリスタだ」 「え? なに……あーくって?」 うららは怯えた様子で後ろへ一歩下がった。 オッドアイにぬくもりを湛えて櫻霞がうららを呼び止める。 「あとで説明しよう。友利うらら、俺たちは味方だ。信じてくれていい」 「協力をお願いできないかね?」 ● 濃紺の影にぼんやり浮かぶ赤提灯に客がひとり。屋台の台に前腕を置き、冷酒の入ったコップを目の前にかざして見入っている。「なんでこうなっちまったかなぁ。ああ、ガキの時分に戻りてぇ」と酒臭い息とともに零した声には痛々しい響きがあった。 「どうしたい、景気の悪い顔をして」 「あん?」 堤 秀昭の横に腰を降ろすと、烏は頭の禿げ上がった屋台のオヤジに熱燗とおでんの大根、牛スジを頼んだ。仮面のない横面に秀昭の強い視線を感じたが、わざと無視してオヤジから徳利とお猪口を受け取る。 「ん、てめぇ、まさかリベリ――」 「はいはい、今夜は野暮なことは抜きにして呑もうじゃないの。まずは乾杯」 烏の惚けた口調に気をそがれた秀昭は、思わずコップを差し出していた。 カチ、と小さな音をたててグラスとお猪口が触れ合う。 「どう、堤くんも。おでん?」 まだ僅かに理性が残っているのだろうか。秀昭は据わった目を細めて烏を睨んだ。リベリスタといえば敵だ。うん、敵。敵……だったよな確か? 危ない、今すぐ逃げろと叫ぶ声が遠くに聞こえたような気がしたが、それもすぐに酔いに流されてしまった。 「おごりか?」 「もちろん。悪いと思ったけど、話は後ろで聞かせてもらったよ。子供に戻りたい、か。おじさんもその気持よく判るなぁ」 フィクサードとリベリスタ。お互い立場は違うけど、どうしてこうなった、と血に染まった己の後ろを振りかえり、心ちぎれ乱れる夜があるのは同じじゃないか? 「いや、むしろフィクサードたちも悩むことがあるんだなぁ、ってね」 生まれついての善人がいないように、生まれついての悪人もいない。中には楽団員のように良心まるごと落として生まれてきたような連中もいるが、これは少数派だろう。覚醒してリベリスタとなるか、フィクサードとなるか。実は運命の女神が気まぐれにふるった采配の結果かもしれない。 烏はしんみりと酒をすすった。 「よし、呑もうぜ、リベリスタの……って、あんた、なんて名だ?」 「姓は晦、名は烏。稼業、昨今の役戯れ者で御座いってな」 「おう、仁義切りいいねぇ。オヤジ、熱燗もう一本だ!」 ● 「ふたりだけでいいの?」 うららは不安を隠さなかった。周りを囲むリベリスタたちの顔を順に見渡す。 『刹那の刻』浅葱 琥珀(ID:BNE004276)はそんなうららの目をしっかりととらえると、ぽんと拳で胸を叩いた。 「大丈夫さ。できれば俺も子供の頃に戻ってみたかったけどね。思い出も何も空っぽだから……」 「広いよ、桜の庭。もしも、攻撃が届く前にまた子供に戻されちゃったらどうするの?」 「それは考えていませんでしたな」 『怪人Q』百舌鳥 九十九(ID:BNE001407)は仮面の下に指をあてた。 「ですが、私の狙撃の距離なら。敵の射程外から攻撃出来そうです。首吊り桜が友利さんのランドセルから能力を取り戻す前に倒しきるか、さもなくば……」 『朔ノ月』風宮 紫月(ID:BNE003411)がうららの背負ったランドセルに指を滑らせる。 「このランドセルをすみやかに破壊するか、ですね。やっかいなのはアーティファクトを壊しても首吊り桜の『時を奪い取る』能力が封じられなかった場合」 「いまさらあれこれ考えてもしょうがない。結界の外ギリギリで待機して、結界がとけて首吊り桜が見えたと同時にダッシュしよう。50メートル走か。子供のころ、俺も小学生のころはやったんだろうなぁ」と琥珀。 50メートル走、懐かしいですね、と紫月は口元を袖で隠して笑った。 「最悪、20メートルほど走って近づければなんとかなりそうです」 「ふむ。では、天城さんにヴォロシロフさん、申し訳ないですが。囮、頼みましたぞ」 任せてくれ、と暗がりから出てきた二人はすでに烏が用意した貫頭衣を着用していた。 紫月がふたりの姿をみてくすりと笑う。 「ごめんなさいね。でも……」 紫月の横で琥珀も苦笑いしつつ目測で丈を計る。 「子供のときはいいとして、もとに戻ったらあんまりハデに動かないほうがいいかもな」 櫻霞が腕組をして琥珀を睨んだ。 「琥珀、やっぱりお前も一緒に子供に戻れ。ただし貴様の分の貫頭衣はないがな」 「え!? フル……いや、それは、レディーが3人もいることだし。遠慮しておくぜ」 「そのマント、腰に巻かれてはいかがでしょう?」 どうするの、とうららが焦れた。 「うん、最初に打ち合わせたとおり、ここは櫻霞氏とウラジミール氏に任せるよ」 「じゃあ、ランドセルを開くわね。ほかの人たちは遠くまで下がってて」 櫻霞とウラジミールをその場に残し、リベリスタたちはうららが充分と判断するまで離れた。 カチリ、と小さな音とともにランドセルのフタが開かれた。 薄紅色の花びらが夜に舞い上がる。 さらさ、さらさら花吹雪。 つつみ込んだ地上のふたりから時をうばって流れてゆく。 きらり、きらきら月明かり。 さくらまばゆく輝く中で、ふたりの時が戻る。 一面に敷き詰められた花びらの上に、黒髪紫目の子供と紅顔で細身の子供の姿があった。 「か、かわいい♪」 「まあ、ほんとうに。御二人とも桜の精霊か、または月の精霊か、と思うほどお美しいですわ」 焔と紫月がしきりに誉めそやすと、ウラジミールは少し照れた様子で呟いた。 「この姿に戻ることになるとはな…。」 「ああ、まったくだ。人生、何が起こるかわからぬものだな」 貫頭衣に回したヒモの位置を直しながら櫻霞がいった。 「よし。それでは任務を開始する。友利女史、案内を頼む」 「こっちよ、ついてきて」 桜の花びらに導かれ、うらら、櫻霞、ウラジミールが丘に向かって歩き出した。 濃紺の路地を桜の花びらが鮮やかな薄紅色が染め上げていく。 ゆっくりとした3人の歩みは次第に速度を増し、自然にほころんだ笑顔と笑い声をともなう駆け足となった。 うふふ、あはは。 なんだろう、楽しいね。うん、楽しいな。 「む。これはいかん。私たちも走りましょう。ん~。しかし、楽しそうですな」 赤いマフラーをなびかせて九十九が駆け出した。 「そうだね。俺も子供に戻してもらえばよかったかな?」 琥珀が後を追いかける。焔、紫月と続き―― 額に浮かんだ汗を手の甲で拭い、荒い息をつきながら義衛郎は仲間の背中を見送った。 ● 「これは見事だな」 桜の枝は概して細い。ヒモをかけて首をつるほどの太さがあるかといえば怪しい。 果たして首吊り桜はなかなか立派な桜木だった。しかし、これほどの太さ、枝振りであれば名所として有名なはず……。 まるで櫻霞の疑問を読み取ったかのように、ウラジミールが事前に調べておいた背景を説明しはじめた。 「仮移設らしい。もともとここに生えていなかったそうだよ。2、3年ほどで元の場所に戻される予定だった。だからこの桜の木が見えなくなっても誰も気にしなかったのだ」 「よく知っているわね。坊や」 かけられた声に3人が一斉に振りかえった。 ぼんやりと闇に浮かぶエプロン姿のこの人こそ、8年前にここで首を吊って死んだ女性の霊、E・フォースだ。 「坊や、と呼ばれるとくすぐったいものがあるな」 首吊り桜は慈愛に満ちた眼差しで、子供たちを見下ろしている。 「ねえ、おかあさん? あたし、もう行ってもいいかな? 1度に2人も子供ができたんだもの。寂しくないよね?」 「ううん、ごめんね。うららちゃん。まだこの子たちが本当にわたしの子になれるかわからない。うららちゃんと同じじゃないとダメなの」 まだ帰せないと、首吊り桜は顔に貼りつけた笑顔から冷たい声でいった。 枝からするりとロープが下ろされた。 自ら環を作り、櫻霞の前に垂れ下がる。 「いいだろう。そのテスト、受けてやろう」 櫻霞は小さくなった手でロープを掴むと環に首をとおした。 とたん、ロープが勢いよく上へあがっていく。 「ぐっ!」 小さな足が地面からゆうに1メートルは離れ、ひくと空を掻いた。 が、それも一瞬のこと。 櫻霞は息苦しさを感じる前に酸素を立たれて意識を失っていた。 30秒、1分……、2分…………8分 ウラジミールは焦りだした。フェイトを使うといっても限りがある。あまり長引かせると、本当に死んでしまいかねない。そう、自分はこんなときのためにおとり役に志願したのだ。子供に戻れば運命の加護が得られないと分かっていながら。 ウラジミールはAFからКАРАТЕЛЬを呼び出して両手で握った。櫻霞の頭の上、白いロープに狙いをつける。スキルは使えないが体で覚えた射撃の技は使えるはず、と信じて。 引き金を引こうとしたそのとき、うららが叫んだ。 「おかあさん! 10分たったわ、櫻霞くんを降ろしてあげて!」 ロープが下がり、櫻霞が地面に横たえられた。 首吊り桜が抱き起こすと、櫻霞は喉をかはっと短く鳴らし、ついで息を大きく吸い込んでむせた。 「ロープの後が首に……ごめんなさい坊や。痛い思いをさせてしまったわね」 はらはらと目から桜の花びらを落としながら胸に櫻霞を抱き寄せる。 「さあ、上でまっていて。次はもうひとりの坊やの番よ」 「その必要はない。ウラジミールも俺やうららと同じ覚醒者だ。運命の寵愛を受けている俺たちはこんなことでは死なない」 覚醒者? と首吊り桜は首を傾げた。 「うそじゃないわ。この子も死なないよ。ずっとお母さんと一緒にいてくれるから!」 だから、とうららは懇願する。 結界をといて、あたしに時を返して、と。 「……わかった。いままでありがとう、うららちゃん。時々は遊びにきてね。坊やたちも喜ぶと思うから」 泣き笑いの顔で首吊り桜が手を振った。 ――さようなら。 まるで透明な卵の殻が割れるように結界が天から砕けていく。 砕けた結界の欠片が、桜の花びらとともに舞い散る。 身につけていた服が消えて、うららの足が黒ヤギのそれとなった。一旦は地に下ろしたランドセルを引っつかむと、蹄を鳴らして一目散に走り出す。首吊り桜からなるべく遠くへ。リベリスタたちの下へ。 「櫻霞さんたちがまだ子供のままです! 早くランドセルを壊してください!」 きっちり首吊り桜から30メートルで立ち止まり、膝を折ると九十九は魔力銃を構えた。その右手に、紫月が位置どる。 「くっくっく、一方的に撃たれる恐怖。他人に理不尽を強いた報いとして、よーく味わうと良いですよ」 「確かに後悔はあるでしょう、確かに未練はあるでしょう。けれど、自ら死を選んでしまった以上──それ以上を望むのは…分不相応かと」 九十九と紫月は同時に魔弾を撃った。 神秘の力を秘めた魔弾は舞い仕切る桜の花びらを弾き飛ばし、風のあと残しながら無数の弾が首吊り桜を目指す。 真っ赤な花びらが、首吊り桜の背から突き出した。 驚きに目を見張る首吊り桜の前に、長い髪をゆらして焔が立ちふさがった。 「貴女の戯れも、今夜で終りよ。貴女は望みを叶えた心算かもしれないけれど、ソレは単なる貴女の思い込み……」 拳に業火をまとわせ、怨念砕けよと振り下ろす。 首吊り桜は炎に包まれた。が、櫻霞を胸にきつく抱いていたまま離そうとしない。 「『離しなさい!』」 僅かな隙を捉えて九十九と紫月が魔弾を撃ち込むも、致命傷を負わせることができなかった。 焔は首吊り桜の背に回って拳を打ち込み続けた。 「だましたのね!?」 怒り狂った首吊り桜は、銃を構える幼いウラジミールの顔を殴りの飛ばすと、大量の花びらを舞い散らせた。 「みんな子供に戻るがいい」 「させるか!!」 頭上に高々と魔道書を掲げ上げて琥珀は叫んだ。 赤い月の光が太い柱となって、うららが投げ出したランドセルの上に落ちた。 圧倒的な破壊力がアーティファクト化したランドセルを砕く。 櫻霞とウラジミールに時が戻った。 「こんな不幸の連鎖は望む所では無い筈だ。いま苦しみから解放して、子供の元へ送り届けてやるからな!」 琥珀は魔道書を開いて道化師のカードを作り出し、首吊り桜の首めがけて放った。 カードはさっと、首吊り桜の首をかすめて後ろの木の幹に刺さった。 一拍の間。 ざっと音をたてて首吊り桜の体が四散した。 ● 「大丈夫かい?」 烏は余った腕を道に伸びていた義衛郎の体に伸ばした。もう片方の腕で酔いつぶれた秀昭の肩を抱いていたため、義衛郎を立たせるのに思いのほかてこずった。 「楽団の後始末でここんところずっと大変だったみたいだね、お役所も」 目を伏せてうなずく義衛郎に、無理はいけないよ、と笑いかける。 「まあ、よかった。首吊り桜も無事退治したようだし、友利君もみんなに説得されてアークに身を寄せるみたいだし。あ、ここにいる堤君もね」 一旦は歩き出しておきながら、くるりと振りかえり、そうそう、と惚けた口調でいってポケットから手書きの領収書をとりだした。 義衛郎の胸にとんと、突きつける。 「これ、払い戻しよろしく♪」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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