● 夜は1人で出歩くんじゃないよ。 何が起きるかわからないんだから。 世の多くの子どもたちは、親兄弟からこのような言葉を聞いたことがあるのではないか。 歩き慣れた場所であっても、夜という時間の中では、そこはまったくの別世界。 日が落ちた後、照らすのは、月、街灯、窓から漏れる蛍光灯、道行く車のヘッドライト……。 いずれも、そこにずっと留まってはくれない、ある意味では、弱々しい光。 そうした小さな光にすら照らされずに形作られる影の数は、1つや2つではない。 夜の「闇」を体現するかのようなその影は、何者かが潜むには、うってつけである。 変質者? 強盗? そういったものが潜んでいる可能性を、誰が否定できる。 それらともまったく一線を画すものが、手ぐすね引いているのを、誰が否定できる。 ● 景子は、大学の夜間授業に出席した後、幼い弟と妹の待つ自宅へと急いでいた。 両親の出張のため、帰らなければ家には姉弟二人きり。このご時世、子供だけで夜を過ごさせるわけにはいかなかった。 帰宅には電車を使う必要があり、その電車は終電が早かった。駅へ行くには、雑木林を大きく回りこむ必要があった。 街灯がなく、人通りもほぼ無いが、林道を突っ切れば確実に間に合う。 一気に走り抜けよう。そう決断し、ここに至っていた。 林の中は、夜間とはいえ殊更に暗かった。僅かに差し込む月の光。多くを占める、木々の影。 林道の中程だった。 「い、たっ」 小走りに進んでいた景子は、何かに蹴躓いて前のめりに転倒した。 月明かりだけとはいえ、躓くようなものがあれば、見えたはずだが……。 不審に思いつつ、起き上がろうと地面に手をついた。 ついた手が、抑えつけられた。 ぎょっとした景子が手元に視線を移すと、驚くべき光景が飛び込んできた。 黒い、大きな犬が、前足を景子の手に抑えつけるように載せていたのである。 景子は、とっさにその場から逃れようとした。しかし犬が間髪入れず、彼女の動きを封じるようにのしかかった。 息絶え絶えにもがく景子の上で、犬が遠吠えした。 その遠吠えに応えるかのように茂みががさがさ、と揺れ、ぬっ、と人影が立ち上がった。 何が起きたのかわからずに混乱しながらも、景子は、反射的にその人影を見上げた。 次いで、絶叫した。トレーナーにジーンズというラフな服装の、小柄な人影……いや、人影とは呼べなかった。人というには、極めて重要な部位が欠如していたからだ。 首から、上が。 よろ、よろ、と茂みから歩み出たそれは、ゆっくりと犬が吠える方へと、つまり、景子のもとへと向かってきた。頭が無いのだから、聞こえるはずがないのに。 おぼつかない足取りながら、確実に、こちらへと向かってきた。頭が無いのだから、見えるはずがないのに。 景子の目前まで迫ったところで、それは歩みを止め、がくん、としゃがみこんだ。 『それ は ぼく の?』 頭の中に突如声が響いた。少年の声だった。 その日、同市では、老若男女問わず、暗がりで首をもぎ取られるという『首狩』事件が続発していた。 あまりにも短時間に起きた事件だったため、近隣住民が異変に気づき、メディアがそのことを取り上げるのは、翌日になる。 ● 「アンデッドは、回復能力が凄いけど、特別な攻撃手段は持ってない。掴まれないようにだけ、気をつけて」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)が、リベリスタ達に情報を伝えている。終電に急ぐあまり、普段人の通らない林道を通った女学生を襲った、首のない少年の姿をしたエリューション・アンデッドの討伐依頼だ。 「犬のエリューション・ビーストが一体。体格もいいし、頭もいい。戦う時にやっかいなのは、こっちの方だよ」 黒い犬型のエリューション・ビーストは、小型の熊のような巨体を誇り、その体躯から生み出される怪力と、それに似合わぬ敏捷性が武器だという。 「アンデッドの方は、どうやって彼女を認識したんだ?」 リベリスタの問いに、これが一番やっかいなんだけど、と前置きして、イヴが答える。 「近くに3体、別のエリューションがいる。それ自体の戦闘力はほとんど無いんだけど……アンデッドと、リンクしているの」 雑木林の中、アンデッドからそう離れていないところに、失われた感覚器官の機能を代行する、小型のエリューションが3体、身を潜めているというのだ。 「仕組みはわからないけど、その3体の感覚を通して、アンデッドは見て、聞いて、動くみたい。逆に言えば、それらを先に倒せば、アンデッド自体の危険度は弱まるよ」 戦場となるのは、暗く視界の悪い林道の中。急いでも、景子の救出には間に合わないが、エリューション達がそこから離れる前に到着することはギリギリで可能である。野放しにしておくわけにはいかない。 リベリスタ達は、雑木林へと急ぐのだった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:クロミツ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年04月03日(水)22:45 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● リベリスタ達が林道に入ろうかという時だった。 押し潰されたかのような、くぐもった声が前方から……現場から飛んできた。 それは、人間が通常出すような声では到底なかった。 文字にして表すのであれば「ぐええっ」「ぐぶぇっ」となるのだろうか。 それは、断末魔の叫び。首なしのエリューションアンデッドに捕らえられた女性の、最期の発声。 次いで、大きな肉を力ずくで引き裂くような、不快な音が響いた。 林道入口から現場までは100mほど。8人は、全速力で馳せる。 懐中電灯の明かりは、林道入口から既に、「それら」を照らし出していた。 大した距離ではない。10秒少々で、全員がそこにたどり着く。この時点で、敵方との距離は約10m程だった。 牙を剥きだし、雷のような唸り声をあげ、到着したリベリスタの前に立ちはだかる、熊のような黒く巨大な犬型のエリューションビースト。 その奥で、その所業は、行われていた。 「それは、あなたのじゃない。探しても、ここにはないのよ」 はっきりと言い放った『大食淑女』ニニギア・ドオレ(BNE001291)の声にも構わず、肩までの身長が140cm程のアンデッドが、自分の首があった箇所に、景子の頭を載せていた。 そのシルエットは、おそらくもとは小学生くらいの少年だったのだろう。女性とはいえ大学生だった景子の頭は、その身体には明らかに大きかった。 単に強引に載せられただけの彼女の頭は、アンデッドが少し身を起こそうとしただけで、ごろりと転がり落ちてしまった。 敵方の一連の動きを見、『眼鏡置き』小崎・史(BNE004227)が歯噛みした。未来が見えていても、全てを未然に防げるわけではない。解ってはいたが、この光景はあまりにも悲惨だった。 「もうここで、終わりにするぜ」 皆と共に武器を手に取り、戦闘態勢に入りながら、そう呟いた。 アンデッドの足元には、それと同じように首が無くなってしまった、真面目な大学生だった遺体が、血だまりの中で横たわっていた。 何の罪もない、幸福なはずだった女性のその姿を見た『月奏』ルナ・グランツ(BNE004339)の胸は痛んだ。これ以上、誰かが犠牲にならないためにも、ルナたちがなんとしてもここで彼らを討たなければならない。 犬が唸る後ろで、転がり落ちた頭を蹴飛ばしてアンデッドが立ち上がる。その視聴覚を司るエリューションフォースも、この近くで鳴りを潜めて彼らを観察しているのだろう。 目的は、エリューションの完全討伐。 おもむろに右腕を振り上げ、リベリスタ達を不躾に指さしたアンデッドからのテレパスが伝わってくる。 『ぼく の?』 それが号令代わりだった。 ● リベリスタ達を指さしたエリューションアンデッドは、数秒、その場に静止していた。その間、エリューションビーストの方も、これといった動きを見せなかった。 これまでの被害者達に対しては、一様に1人でいるところを襲ってきていたという。複数の「獲物」を前にするのは初めてということで、8人いるリベリスタの中の、誰を的にするのかを品定めでもしているのか。その意図は定かではなかったが、いずれにせよその数秒間の間は、リベリスタ達にとっては絶好の好機であった。 攻撃の優先順位は全員で打合せた通り、どこかに潜み、アンデッドに視聴覚を擬似的に与えている「目」及び「耳」の形をしたエリューションフォースの撃破である。 数名のライトによって照らしだされているとはいえ、闇に包まれた林道の中では光源は十分とはいえない。せいぜいが、アンデッドとビーストの位置をはっきりさせる程度の効果であった。 一刻も早く、闇に潜むエリューション達を見つける必要がある。敵の視聴覚を断つにあたってカギを握るのは、こちら側の視覚。 「さて、何処に隠れているのやら……ね」 『アウィスラパクス』天城・櫻霞(BNE000469)の紫と金の眼が、何処かに潜む、別の目を探し始めた。暗視とイーグルアイを併用することで、その両眼は暗闇の中でも平時以上の視力を発揮できる。普段右眼に着用しているモノクルも、鷹の眼の前には一時的に不必要となる。 いかに初動が遅れたとはいえ、敵方の待機時間はものの数秒間。アンデッドが上げた手を下ろすとともに、ビーストが唸り声をあげた。 「来るわ!」 いち早く伝令したニニギアの声に、すかさず進み出たのは、黒衣に身を包んだ、精悍な金髪の男……『Friedhof』シビリズ・ジークベルト(BNE003364)である。 おもむろに、猛然と、走りだしたビーストは、当然のようにもっとも近いシビリズに狙いを定めた。距離にして10m。大きな獣が勢い良く走りだせば、瞬く間に間合いは詰まる。 鋭い牙を剥きだし、犬のそれとは思えないほどの太さの前脚を振るい、彼を大地に組み伏せんと襲いかかった。 がぎん、重々しく響く金属音の一瞬後、巨大な鉄扇に弾き返されたビーストが後ろ向きに1m程も、地を滑るように後退する。本来は攻防両用の鉄扇だが、今回その能力を全て防御に注ぐと決めていたシビリズは、コートの下に装備した大装甲も相まって、さながら鋼鉄の壁のように、両者の間に立ちはだかっていた。 「私より後へ通す訳にはいかん。全て耐え抜くとも。攻撃は皆に全て任せ……」 「シビリズ君、カッコイイところ期待してますよ♪」 言いかけたシビリズのすぐ背後から『ヴァルプルギスナハト』海依音・レヒニッツ・神裂(BNE004230)の弾けるような声が割り込んだ。夜闇に紛れ、ライトの僅かな明かりに照らされる程度でも、味方へ翼の加護を授ける彼女の赤いシスター服は、ひときわ存在感を放っているように見えた。 ビーストは体勢を立て直すと、腹立たしげに身を震わせ唸った。と見るや、再度弾丸のような勢いでシビリズへと突進を仕掛け始めた。今度は前脚を振り上げずに、頭から真っ直ぐぶち当たる。先の一撃よりも全身の体重がかかった、重い一撃。今度はシビリズが僅かに後方へと突き飛ばされた。 ビーストの後方から、ゆっくりと、確実に、小さな影も近づきはじめていた。 「見た目に違わぬ力だ……急がなくては」 海依音が中衛についているとはいえ、前衛がシビリズ1人では荷が重い。『ピンポイント』廬原 碧衣(BNE002820)は瞬時に分析した。片手には、味方が示してくれる標的をはっきりと映し出すためのライトを、もう片方の手には、その目標を確実に仕留めるための魔導書を用意し、攻撃の機会を待つ。 最初の機会は、すぐに訪れた。 「見つけた。アレだ」 櫻霞の示した方を碧衣と海依音達が照らす…よりも早く、もう一本の光が、5m程の中空、広葉樹の枝の隙間に浮かぶ大きな目玉を1つ、照らし出していた。 「さぁ、始めましょう……櫻霞様」 まさに阿吽の呼吸というものだろうか、『フリアエ』二階堂 櫻子(BNE000438)の赤と蒼のオッドアイが、驚くほどの早さで櫻霞と同じ対象に真っ直ぐに向けられていた。 櫻霞の拳銃「ナイトホーク」と「スノーオウル」から、連続で銃弾が発射された。鷹と梟、2種の猛禽の口から放たれた銃弾は、正面の目玉エリューションだけでなく、更にシビリズへ体当たりをかけようとしていたビースト、更に横をすり抜けて鉄扇に掴みかかろうとしていたアンデッドにも襲いかかった。 ハニーコムガトリングによる銃弾は、シビリズの横を飛び抜け、ビーストの肩口を捉え、アンデッドの脇腹を掠めたが、ふらふらと浮遊する目を捕らえることはできなかった。もとい、捉える必要がなかった。 「初お披露目の武器ですのよ、的になっていただきますね」 にっこり、微笑んだ櫻子の魔弓が、魔弾……この場合はさしずめ魔矢とでも言うだろうか……を、正確無比に発射したからである。それは目の真芯を捉え、果たして、ひと撃ちのもと、地に落としたのであった。 櫻霞の銃弾を受け、一瞬顔を歪めたビーストだったが、全力防御を続けるシビリズへの頭突きによる猛攻の勢いが弱まることはなかった。 「良い攻撃だな、犬よ!」 正面からひたすら力任せにぶち当たるその攻撃に知性は感じられなかったが、コンクリートの電柱で殴りつけられるかのような衝撃は、シビリズをその場に釘付けしていた。そして、その非常に強い衝撃は、防具の内側のシビリズ自身の身体に、鈍い痛みを蓄積させつつあった。 その一方で、足を止めざるを得ないシビリズのもとに、銃弾が掠めたことにも構わず、ゆっくりと、ゆっくりと、アンデッドは近づいていた。 ルナ達は、目標を他の感覚器官へと切り替えていた。残すは、もう片方の目と、耳。 「近くにいるよ!あの木の向こう側!」 ルナが、感情探査の結果を伝えた。それを受け、史と碧衣が歩道から外れた樹木の裏側へと即座に回り込む。 そこにもうひとつの目が浮かんで……いなかった。近距離に多数の感情が存在する場合、精度が著しく低下してしまうのが感情探査の弱み。 「大体の位置が分かりゃ十分だ。ちょっと下がっててくれ!」 史が暗視ゴーグルで素早く周囲を伺いながら、碧衣に言った。意図を察した碧衣は、即座に距離をとり歩道側へと移動した。 「居所を暴いてやるぜ! シビリズ、悪ぃが、ちょっと巻き込むぞ!」 「一向に構わんっ! 存分に撃ちこみたまえ」 和装四ツ目綴訳本「ごゑてゐあ」を片手に、猛攻に耐えるシビリズへもそう伝達した上で、史が手加減なしの巨大な魔炎を召喚した。召喚された魔炎は次の瞬間炸裂し、無差別に放射された。 瞬時に周囲は赤く照らしだされ、草木が炎上する。そしてめらめらと燃える魔炎に煽られ、先程と同様、直径5cm程の眼球と、全長10cm程の片耳が、ふらふらと歩道の上へと浮き出てきた。 「有難い。これで、よく見える」 「ええ♪ 感覚、完全にぶち壊して差し上げましょう」 炎に焼かれ、小さなエリューションフォースたちは既に動きが鈍っていた。碧衣と海依音にとって、その姿は、最早、ただの的であった。 碧衣が一点集中で放った気糸は、的の中心を捉えるかのように目の中央へと吸い込まれ、後方まで貫通した。海依音の展開した魔方陣から放たれた魔力の矢は、耳を地面へと打ち付けた。両者の活動は、完全に停止した。 史から放たれた魔炎は、アンデッドとビースト、そしてシビリズをも容赦なく襲っていた。 ビーストはその灼熱の炎を前に、ついに怯んでシビリズの前から飛び退いた。手が届きそうな間合いにまでいつの間にか接近していたアンデッドも、熱風に煽られその場でうつ伏せに転倒した。 もとより、自分ごと攻撃して構わないと皆に伝えていたシビリズは、全身を襲う痛みも厭わず、体勢を立て直した。 「は……シビリズさんっ! すぐ下がってっ!」 後方、空中から、切羽詰まったニニギアの声が聞こえた。 次の瞬間、左の足首に、鈍痛が走った。 確かに、アンデッドの視聴覚は完全に絶たれていた。 しかし、見えなくとも、聞こえなくとも、手を伸ばすだけで触れられる、触覚のみで十分な間合いにまで、接近されてしまっていた。 アンデッドが魔炎に煽られ転倒したおかげで、胴や首に手をかけられるのは免れた。しかし、その万力のような握力を誇る両手は、うつ伏せに倒れたことで目と鼻の先……皮肉な響きではあるが……にまで近づいた、シビリズの左足にかけられたのである。 シビリズの足首が掴まれてから「ばきっ」という鈍い音が響くまでは、2秒少々という非常に短い時間だった。彼の骨をへし折って尚、アンデッドは締めあげるのを止めようとしない。肉が裂け、裾から鮮血が滝のように流出し始めた。 更に、アンデッドを手伝おうとでも言うつもりか、シビリズを引き倒そうと、再びビーストが彼に向かって飛びかかった。 しかし、ビーストの目論見は敵わなかった。雨と降り注いだ火炎弾が次々と炸裂し、その巨体ごと大きく後方に吹き飛ばされたからである。 「違う、違うよ! ソレは君のモノじゃないの。此処をドレだけ探しても見つからないんだよ!」 語気を強めて言うルナから引き続き放たれたエル・バーストブレイクによる火炎弾は、アンデッドにも同様に降り注いだ。その強烈な連撃は、足首を締め上げる力を緩めた。 その隙にシビリズは、痛みを堪えながらも足を引き、距離を取る。すかさずニニギアが、癒しの微風を生み出した。 「酷い傷だわ、あとは皆に任せて……」 「この程度で倒れて成るものか!」 ニニギアから回復を受けながら、シビリズは鉄扇を杖代わりに立ち上がり、尚も最前線へと進み出た。地に伏すアンデッドとは、回り込み十分に距離を取りつつ、である。 視聴覚を失い、手近に触れられるものもなくなったアンデッドは、もはやまともに動くことすらできず、這いつくばったままじたばたともがくばかり。 リベリスタ達は、起き上がったビーストに狙いを定めた。 かつては利口な犬だったのかもしれない、しかし今となってはその面影など全くないそれは、獰猛に唸りをあげると、再び一直線に駆け出した。狙いは、ダメージの蓄積しているシビリズだった。 「防御に徹するなれど、私の全力はここからだ!」 ビーストは先程同様、頭から体当たりを仕掛けようとする。吹き飛ばされた距離分、助走がついているためより威力と衝撃力は大きくなっていた。骨折した左足を物ともせず、鉄扇を構えて再び全力防御の構えをとったシビリズだったが、やはり踏ん張りが効かず、今度は彼のほうが後方へ弾き飛ばされることとなった。 ビーストの勢いは止まらない。シビリズを弾き飛ばした勢いもそのままに、海依音に向けて突っ込んだ。重装備のシビリズを弾き飛ばした怪力が、彼女に向けても容赦なく発揮される。頭からぶち当たられた海依音もまた、大きく弾き飛ばされ……同時に、ビーストの身体が眩い光に飲み込まれた。 まともに相手の攻撃を受けながらも、そのタイミングに合わせて神気閃光を放っていた海依音は、僅かながら飛行することで地に叩きつけられる衝撃を和らげていた。 「……攻勢ホリメ、舐めないで、くださいませ……っ」 肩で息をしながらも、不敵に言い放った海依音を前にして、さしものビーストも蓄積したダメージに苦痛と焦りを感じているように見えた。苛立たしげに唸り、一歩、二歩と後ずさる。攻撃から、自衛に転じようとしていた。 この状況で、戦意を失えば、どうなるか。 「タフだろうがなんだろうが、やる気がもう無いのなら……」 ビーストがその声を認識した時には、櫻霞の銃から、針穴をも通すような精度で放たれた2つの弾丸によって、両目を同時に打ち抜かれていた。次いで、鼻、口、喉笛と、上から下へ、絶え間なく銃弾が叩き込まれる。 「蜂の巣にしてやるまで、ですよ?」 櫻霞の言葉を継いだ櫻子が、引き絞った魔弓から、再び強力な魔矢を放つ。矢はビーストの眉間に深々と突き刺さり……その巨体をどっと横たえさせた。断末魔を叫ぶいとまも与えない、やはり見事な連携であった。 その場には、のたうち回るアンデッドだけが残った。 弱体化したどころか、もはや反撃どころかまともに動くことすらままならないこの状態では、戦闘として成立すらしないだろう。 服は燃え尽き、ほぼ全裸の状態で、四つん這いになり、地を掻き、手当たりしだいと言わんばかりに腕を振り回すアンデッドの姿は、哀れですらあった。 「何の為にこんな事をしたのかは知らないけれど、止めるのは、お姉ちゃんの役目だから」 「ナくしたモノは戻らねぇ。……お前にも、そいつを教えてやるよ」 大きな光球と、四色の魔光が、夜の闇を切り裂き、そこに潜んだ不死なる者を焼き尽くす。次第に炭化しながらも、尚も闇へ逃げんともがくアンデッドの首の付根に、一本の気糸が突き刺さった。極めて正確に放たれた気糸は、その身体を貫き、腰まで貫通した。 「……もう、終わりだ」 呟いた碧衣の前で、ついにアンデッドはその動きを永遠に止めたのであった。 ● そして、碧衣とルナの2人は、周辺の調査を始めていた。 「無事終わりましたね。早くお家に帰りたいですぅ」 煙草に火を灯し一服していた櫻霞の服の端を掴み、櫻子は尻尾をふりふり微笑みかけた。 「ふぅ、これで大丈夫か……」 あわや延焼という状態になりかけていた周辺の草木は、史がマジックミサイルで数本の枯木を倒すことで防いだ。 「ずっと前で頑張ってくれて、ありがとう、シビリズさん。海依音さんも」 ニニギアの言葉と、彼女の聖神の息吹は、ダメージを受けた2人にとり、非常な安らぎとなった。そして2人の回復を終えたニニギアは、無残に横たわる景子の遺体のもとへ歩み寄り、手を合わせた。 「……間に合わなくて、ごめんね」 その言葉に、応えられるものなどいないと分かっていても。言わずにはいられなかった。 ● 数日前に起きた、一家惨殺事件。被害者となった3人家族の一人息子は、押し入った狂人によって首を執拗に斬りつけられ、完全に身体と頭部が切り離されてしまっていた。 安置されるまでの過程で、息子の遺体が忽然と消えた。それが発覚した際、首を斬られていなかったはずの両親の遺体の首が、ねじ切られていた。 ……一家を惨殺した犯人は、未だ、逃走中だといわれている。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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