●浮世ノ地獄 青白い月が今宵の空に浮かぶ―― ひと際高い羅生門の屋根に、狩衣に烏帽子の美青年が現れた。 涼しい顔をして両手に笛を携える。 目を閉じて流れ出した調べは越天落今様だった。 幻想的な笛音に、青年の立っていた場所に五芒星が光輝く。 そのまま陰陽師の青年は空中に浮かんだ。 目を開けると、こちらに飛んでくる。 「臨、兵、闘、者、皆、陣、裂、在、前!」 陰陽師は九字を切る。 すると、手にしていた呪符が人の形に変身した。 式神たちが、寺を壊そうとしている工事現場の人たちをつぎつぎに襲って血祭りに上げて行く。まもなく現場は阿鼻叫喚の地獄絵図になった。 血を流しながら倒れる者。身体を引き裂かれ突っ伏す者。火に焼かれ消える者たち。 寺を壊す作業は中止される。 陰陽師の美しい青年は笛を吹き続けた。今様の調べが空高く舞う。 まるでこの地獄である浮世を祝福するように。 ●現代ノ陰陽師 「昨晩、京都の古刹の廃寺に陰陽師が現れ、寺を解体中だった工事現場の作業員を襲う事件が発生した。陰陽師の名は安倍行哉、まだ二十歳の色白の美青年だ。彼はアーティファクトである笛に操られている。それを撃破してくるんだ」 『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)が話をそこで一旦切った。物憂げに手を額に当てて窓の外を見遣った。その姿がアンニュイな雰囲気を漂わせる。黙っていれば伸晃もそれなりの美青年であるといえるかもしれない。 安倍行哉は代々陰陽師の家系が住職を務める古刹の跡取り息子だった。だが、父親が死んで寺の経営が難しくなり、廃寺がこのほど決まったという。それには有力な地元の政治家が関わっているらしい。 辺りは加茂川がちかく、このたび近くに商業施設を建設することになって、この大きな寺が邪魔になった。ちょうど父親が死んだこともあって、檀家を金で釣って強引に廃寺を決定させたという。 安倍行哉はなんかして、それを止めさせようと蔵に眠っていた門外不出の笛を持ちだした。それは呪殺の道具だった。陰陽の力を手に入れる代わりに、それを使用した者もやがて衰弱して死にいたるという危険な代物だ。 「彼はいわば現代に蘇った陰陽師だ。攻撃は式神を使って雷撃や風刃や火炎放射による攻撃をしてくる。できれば、一般人である安倍行哉は助けたいが、説得できなければ――彼を倒すことも仕方がないだろう。それでは諸君らの無事と健闘を祈る」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:凸一 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年03月26日(火)23:13 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●呪わば穴ふたつ 禍々しいほどの青白い月の光が羅生門を照らし出している。陽は暮れて辺りはすでに薄暗くなっていた。肌にあたる風が少し冷たい。 寺の解体作業はまもなく再開されようとしていた。恐れを知らない現場作業員が重機の試運転を開始しようとしている。彼らは昨日の惨劇をしらないわけではなかった。 だが、上からの命令に逆らうわけにはいかない。地元の有力な政治家が関わっているのだ。はやく寺の解体作業を終えてしまえば、こっちのものだと皆高を括っていた。 「汚れた他者……。特に政治家なんて職業の思惑が絡むと碌なことにはなりませんのね。ですがそれが罪もない一般人を殺していいなんて理由には成りえません。聞き入れて頂けなければ……致し方ありませんわ」 『フリアエ』二階堂 櫻子(BNE000438)がそんな彼らの様子を見て呟いた。幸いなことにまだ陰陽師の姿はどこにも見当たらない。 「やれやれ、気持ちはわからんでもないが……手段を違えるのはあまりよろしくないな。羅刹と化す前になんとかしてやりたいところだが」 『ピンポイント』廬原 碧衣(BNE002820)が難しい顔をして答える。 「無理矢理に追い出されようとしただけなら、同情もしたわ。でも、選んだ手段は呪殺なんでしょう?」 蔵守 さざみ(BNE004240)も二人と意見はほとんど同じだった。 「自分の家を守りたいという気持ちは何となく伝わった。けどよ、その手段を間違えてるぜ。人を呪わば穴二つって言葉がピッタリな状況だが、その通りにする訳にもいかねぇな」 鷲峰 クロト(BNE004319)は行哉のことも少し同情した。このままでは行哉自身も命の危険がある。だから何としても任務を成功させないといけない。 「大切な物を守るために武器を取る……その気持ちはすごく分かります。でも、行哉さんは無関係な人を傷つけている。それじゃ駄目なの。そうやって守っても、行哉さんが笑顔になれないから」 『ルミナスエッジ』セラフィーナ・ハーシェル(BNE003738)はなんとしても行哉の笑顔を取り戻したいと考えた。別の方法で行哉を助けたいと心から願う。 「九字を切るか……正に現代の陰陽師か。しかしその身を照らすのは凶星。正しき星の位置に、戻さなくてはね」 『祈花の導鴉』宇賀神・遥紀(BNE003750)もセラフィーナの言葉にうなずく。 「羅生門に陰陽師、まるで平安時代です。陰陽師の笛にちょっと興味がありますが……。人命優先、作業員とできれば安倍さんを助けましょう」 『魔術師』風見 七花(BNE003013)は周りを見回しながら興奮気味に語る。 「初依頼で初実戦……あたしにどれぐらいの事ができるかわからないけど。それでも戦わなきゃいけないのはわかるから。それに安倍さんも止めないといけない」 『見習い戦闘管理者』虚神 ミレア(BNE004444)は誰が見ても明らかに緊張していた。初めての実戦で不安がよぎる。けれども、側にいる仲間が優しく接してくれて少し落ち着つくことができた。 自分のできることを精一杯やるだけだと心に誓う。 ●羅生門に立つ陰陽師 笛の音が闇から聞こえてきた。越天楽今様の調べが天に高く響く。リベリスタ達が一斉に振り向くとそこには烏帽子に狩衣をきた陰陽師がいた。 安倍行哉は羅生門の上に立っていた。 青白い月を背景に目を閉じて笛を吹いている。 「まずは守りを固めないと……」 ミレアが初手にディフェンサードクトリンを使用する。少しでも皆の役に立てればいいと渾身の力を込めて放つ。 「俺からも援護するよ。敵は手強いからくれぐれも気をつけて」 遥紀が翼の加護を施した。これで足元を気にせずに戦えるだろう。遥紀が気持ちよく仲間を戦線へと送り出す。 「此処は危険です、今すぐこの場から逃げてください」 櫻子はいまだ現場に留まる作業員に向かって大声で呼びかけた。その声を聞いて工事現場の人々はようやくざわめきだす。 「逃げてください! 上からの指示です」 七花も必死になって呼びかけた。 作業員は羅生門の上に現れた陰陽師をみて慌てて逃げ出そうとしていた。なかには腰を抜かして動けなくなった者もいる。それを見たセラフィーナがうまく避難ができるように誘導に向かった。 「臨、兵、闘、者、皆、陣、裂、在、前!」 行哉はそうしている間に九字を切る。 すると、手に持っていた呪符がヒトガタに変身する。すぐに等間隔に散らばって行哉のまわりに展開した。瞬く間に陰陽師側の臨戦態勢が整えられる。 見るからに隙のない構えだった。だが、陰陽師の方は相手の出方を伺って攻撃は仕掛けて来ない。どうやら相手の攻撃をまず見極めようとしているようだった。 「来ないならこっちから行かせてもらうぜ」 避難がひと段落したところで、クロトが幻影剣でもって攻撃を繰り出す。それを見た陰陽師が何か呪文を唱えると、クロトの所に二体の式神が張り付いた。 式神は容赦なくクロトの攻撃をまともに食らう。一瞬、倒れたかにみえたが、紙のようにふわりと起き上がった。 「気をつけて! 式神は攻撃したものに集中的に攻撃を繰り出すみたい!」 ミレアがクロトに注意した。エネミースキャンを通してなんとなくだが敵の動向がわかった。おそらく式神はこちらの攻撃を見てやり返すように仕向けられている。 二体の式神はクロトに向かって一斉に風刃を放ってきた。 「ぐはあっ!」 クロトはまともに攻撃を食らって後退する。 「隙ができたわ! これでも食らいなさい!」 さざみが一瞬のすきをついて、マグスメッシスで攻撃する。陰陽師は笛を狙われたと悟るや否やすぐに式神一体を刺し向けてブロックした。 行哉はようやく目を開けた。依然として涼しい表情を見せている。クロトの作りだした隙をさざみによって付かれそうになったが、それよりも式神の方が早かった。 しかし、その式神はクリティカルヒットを受けて消滅した。 「ちょこまかと動いても無駄だ! 私には通用しない」 碧衣は目の前にいた式神にむかってハイパーピンポイントで正確に狙いうつ。まともに急所を撃たれた式神はさらに数を減らした。 ●同じ犠牲を出さぬために 「安倍さん聞いてください。もう……こんな事やめてください。確かに貴方にとって寺がすごく大切なのはわかります。だけど貴方が今やってる事は決してお父さんは許してくれないと思います。今、貴方がやっている事は他の人にとっての貴方の寺を壊すのと同じ事。貴方が殺してるその人達にも家族はいる……貴方みたいな人を貴方自身が増やしているんです」 行哉の手が止まった所でミレアが前に出てきて喋った。必死の説得に行哉の目つきが徐々に変わっていく。 どうやら完全にアーティファクトに支配されているのではなかった。まだ操られながらも心の片隅で行哉は良心と戦っている。 しかし、行哉は想いを振り切るように再び笛を口にした。残った式神たちが一斉にリベリスタ達に向かって襲い掛かる。 これまでの守り重視が嘘のように攻撃に転じた。雷撃と風刃と火炎放射を四方八方から同時に打ち放つ。 櫻子がアーリースナイプで目の前の敵に集中砲火する。式神は突っ込んでくるだけだったのでまともにダメージを食らって消滅した。 「このままでは安陪さんが死んでしまいます、彼を離して下さい。ここは貴方のいた時代ではありません」 七花は行哉を操っている笛にむかって問いかける。まるで笛は怒ったかのように笛音が高く響いた。攻撃の激しさが増す。 七花も攻撃を避けつつ、フラッシュバンを放った。式神は協力して攻撃をブロックするが一体はまともに攻撃を食らって弾き飛ばされてしまう。 「式神の数が足りないわ!」 七花が突然大声で叫んだ。 現在残っている式神は四体だった。目の前の敵に夢中になっていつの間にか一体を見失ってしまっている。 「うしろだ! 気をつけろ」 遥紀がすばやく気がついて仲間に知らせた。 式神はちょうどさざみの後ろにいた。さざみが振り返るよりも早く、式神は攻撃を集中砲火させる。 突然後ろに現れた式神になすすべなくさざみは突っ伏した。 慌てて遥紀が回復を施しにいく。 「ねえ、みんな ! あの高い笛の音は横からの攻撃の合図だよ!」 セラフィーナは気がついた。行哉は、たまに攻撃の途中に高い音を鳴らす。それは決まってサイドアタックからの集中砲火だった。もしそうだとしたら、式神が一か所に集まった隙をついて笛を狙えるかもしれない。 セラフィーナはグラスフォッグで近い敵を攻撃して引き付けた。 「じゃあ、私がいく!」 回復したばかりのさざみがブロックを受けて立った。クロトのまだ無理はするなという制止を振り切って勇敢にも立ち向かっていく。 「碧衣さん、あとは任せたわよ」 さざみは碧衣に向かってそれだけを告げた。 碧衣もわかった、と短くうなずく。 行哉は笛を高く鳴らした。セラフィーナが言っていたサイドアタックがまもなく襲ってくる。さざみはすでに先回りしていた。 「ぐはあああ」 式神の一斉攻撃をさざみはすべて身体で受けとめる。 「もっと他にできる事があるはずです。こんな悲しみを増やす事以外にもきっとあるはずなんです。だから、お願いです。もう、こんな事はやめてください。もうこれ以上家族を……貴方みたいな人を増やさないでください」 ミレアが行哉に向かって問いかけた。 はっと我に返ったように行哉が動揺する。ミレアの説得に動揺した。ほんの少しだけ行哉の姿勢が揺れ動いた。 その隙に碧衣が斜線を確保した。一瞬全ての敵が目の前からなくなる。 「これ以上、仲間を傷つけられるわけにはいかない!」 碧衣はこれまでチャージしていた分をすべてつぎ込んだ。集中力を最大限に高めて行哉の持った笛目がけてハイパーピンポイントをぶっ放す。 その瞬間、笛が凄まじい攻撃を受けて木っ端微塵に吹き飛んだ。激しい攻撃の衝動で行哉が羅生門から崩れ落ちていく。 「危ない!」 七花が落下する行哉をすんでのところで抱き留めた。 ●星より確かに導くもの 七花に抱き留められた行哉は奇跡的に無事だった。とはいっても、先ほどの攻撃の一部が彼自身にも及んでしまって気絶していた。 櫻子と遥紀が回復を施すとようやくリベリスタたちは安堵した。 工事現場にはもう式神の姿は見当たらない。アーティファクトである笛を破壊することに成功して消滅してしまった。 幸いなことに一般人も怪我人は出ていない。さざみは怪我をしてしまったが、二人のすばやい介護でなんとか無事だった。 「これでお仕舞いです……」 櫻子がすべて終わったようにつぶやいた。行哉はまだ意識を取り戻さないが、命に別条はない。じきに目が覚めるだろう。 そう思ってその場を後にしようとしたときだった。 「わ、私は……いったい」 行哉が目を覚ました。突然意識を取り戻して混乱しているようだった。戦闘中のことはなんとなく覚えているが、はっきりとは思いだせないらしい。 「行哉さん。ここで作業員に怪我を負わせたら、貴方が守りたいものは守れません。そんなことをすれば、このお寺は呪いのお寺と呼ばれます。今壊されなくてもどんどん寂れて行きますよ。今まで守ってきたお寺の名誉も地に落ちてしまいます。それに、貴方が死んでしまってはお寺を継ぐ人がいなくなってしまいます」 セラフィーナたちが事の顛末を喋ってようやく行哉は状況を理解した。 「私は、寺を破壊する者たちを止めたいだけだった。しかし、こんなことになって本当に申し訳ない。意識したことではないとしても、罪のない人たちを多く傷つけてしまった。これではもう言い訳はできない。廃寺はもう免れない……」 行哉は暗い面持ちでそう答えた。烏帽子に狩衣姿の美青年は、まるで意気消沈したように言葉を失った。俯いたまま顔を上げようとしない。 「由緒ある寺、姓名、父上との想い、裏切り。背負うものは重く、貴方を悼ませるだろう。其れが愛おしくあるほどに、なおさら。けれど罪の無い人の命を奪う事は赦されない。地獄の門を開く事は、決していけないんだ。君と共に寺を守り、志半ばでご逝去された父上が浮かばれない。形は無くとも守れるもの、其れを君は継がなかったかい。其れが星よりも確かに、君を導くものだ」 遥紀が諭すように行哉に問いかけた。これから罪を背負っていけばいい。その誓いを胸に聖職者として多くの人々を救っていけばいいのだと。 「バカな事って言って悪かったな……けどよ、そんな事して、一体誰が喜ぶんだよ? 人の命を奪ってまで守る居場所に価値はあるのかよ? 少し、頭冷やせよ」 クロトも行哉に気遣いの言葉をかける。 「檀家の皆さんにお願いしに行きましょう。一人では難しいのなら、私も一緒にお願いに行きます!」 セラフィーナが優しく声をかけて行哉はとうとう嗚咽を漏らした。彼女の優しさに触れて今まで自分がしてきたことが愚かだと知った。 まだ間に合うかもしれない。行哉は努力する決意を胸に秘めた。これだけ自分を応援してくれる人がいる。それに応えなければならない。 行哉に向かってミレアは最後に言った。 「話しを聞いてくれてありがとうね」 「あなたたちのお陰で目が覚めました。これからは人のために役に立ちたい。こちらこそ本当に――ありがとう」 行哉にはいつの間にか笑顔が戻っていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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