●ブラン・デ・ヴァニーユ 穏やかな春の日。 一連の騒がしさも遠ざかったアーク内の一室にて、少年は地域広告雑誌を広げていた。 ページを捲る音だけが響く部屋。感じるのは静けさの中に宿る平和。顔を上げた少年はゆっくりと瞳を閉じると、柔らかな春の陽射しが降り注いでいるであろう外を思い浮かべる。そうして彼は雑誌を片手に立ち上がり、いつもの仲間の元へ向かった。 「買い物に行こうよ、買い物」 麗かな春の日、『サウンドスケープ』斑鳩・タスク(nBNE000232)は単刀直入に皆を誘う。 彼の話によれば、三高平の商業地区の一角に新規店舗が幾つかオープンしたらしい。なかなか雰囲気の良さそうな店だからどうだろう、と告げた少年に対し、『ジュニアサジタリー』犬塚 耕太郎(nBNE000012)も乗り気な様子。 「そういえば、俺も春物の服を見に行きたいと思ってたんだよなー」 わくわくと想像を巡らせる耕太郎は、タスクが持ってきた雑誌を覗き込む。そこには『服飾店WhiteDays』『雑貨屋キャットタイム』『カフェ櫻』の三店が紹介されていた。 服飾店ではメンズとレディースの両方を扱っており、アクセサリーも置いてある。 雑貨屋では日用雑貨を中心にした品揃えであり、猫のぬいぐるみや雑貨がイチオシ商品のようだ。 カフェは落ち着いた様相でお勧めは店主自慢の珈琲。他にも春苺のケーキセットやバニラパフェが開店価格でサービスされている。 また、商店街の近くには春らしい緑に満ちた小さな公園もある。 買い物帰りにベンチに座ってのんびりしても良いし、咲いた野花を摘んでみたり、公園の遊具で少し遊んでみるのも悪くはないだろう。今は何処も平穏な時間が流れているのでゆっくりと過ごせるはずだ。 「……思えばホワイトデーの事もすっかり忘れていたからね」 「え、それヤバいじゃん!」 後ろめたそうに呟いたタスクの言葉に耕太郎が更なる追い討ちを掛ける。ちなみに耕太郎自身はバレンタインに貰ったのが家族や犬塚病院関係の人からだけだった為にさくっとお返しを済ませたらしい。 「まぁ、ほら。俺と同じように手が回せなかった人も居ると思うから、この機にお返しを選んだりデートしたり、色々すればいいんじゃないかな。良い機会だと思って」 自分に言い聞かせるように告げたタスクは気を取り直し、こほんと咳払いをして誤魔化す。 「よし、それじゃ早速出掛けようぜっ!」 耕太郎も尻尾をぱたぱたと元気良く振ると、意気揚々と街へと踏み出した。 いつも通りの平穏が戻った三高平。 新たな季節の色に満ちたこの場所で過ごす一日は、きっと――良い春の日になる。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:犬塚ひなこ | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年04月01日(月)23:14 |
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● 春の陽射しに包まれる商店街は、いつも通りの賑わいを見せていた。 平和な空気と穏やかな心地。三高平に訪れた新たな季節に思いを馳せ、人々は街の時間を楽しむ。 祝いと労いを兼ね、仲間達は喫茶店に集う。 ジェイクが店のデザートを一通り頼んだことで、彼等のテーブルは春色の甘味に満ちていた。机上の賑わしさを楽しげに眺め、琥珀は紅茶のカップを軽く掲げてみせる。 「日々の戦、お疲れさん!」 「まずは御疲れ様でした。厳しい物でしたが此処の誰かが犠牲になる様な事が無く、良かったです」 クラッドも倣って乾杯代わりの挨拶とし、ティエとジェイクも同様にティーカップを手にして互いを労う。仲間が集まれば自然と賑わっていくテーブル。まだ知り合って間もなかったり、会話を交わしたことのない者同士もいるが、これを機に仲良くなるのも良いことだ。 「そういやティエはいつも鎧で暑くないのか? 白くて清楚なワンピースが似合うと思うんだけどな」 「……薄々わかってはいたが、鎧姿はおかしいのか」 琥珀がふと思っていたことを零すと、ティエは自分の鎧を見下ろして呟く。今度買いに行こうか、と提案する青年に頷き、クラッドも同意した。 「何れは買い物に出てみるのも良いかと思いますよ、勉強にもなるでしょうしね」 世界は広くて面白い、興味深いと思える物はきっと沢山ある。そんな風に語る彼の言葉を聞き、ジェイクも笑みを浮かべた。きっとティエもクラッドも良い奴なのだろうと感じ、ジェイクは目の前の甘味を差し出す。 「クラッド達もパフェどうだ? 結構うめぇぜ?」 楽しげに向けられる眼差しを感じ、クラッドも笑みを浮かべて好意を受ける。 フルーツタルトを食べていたティエもパフェに興味を示して、様々な甘味を楽しんでゆく。噂の大人買いを実感できた小さな感動におかしさを覚え、ティエは広がる心地を素直に受け止めた。 その間に琥珀がクラッドの犬耳に触れながら、問い掛ける。 「ジェイクってオフはどう過ごしてるんだ?」 「俺のオフか? そーだなぁ、本とか読んでるぞ。こんでも戦術学とか勉強してるしよ」 知らなかったことを聞き、またひとつ友人のことを知ることが出来た。皆が交わす他愛のない会話に耳を傾けていたクラッドは小さな感慨を覚え、不思議な暖かさを感じる。そうして、琥珀はやや遠巻きだった彼を呼んで明るく笑いかけた。 「クラッドも、もっと笑えばイケメン度が上がるぜ!」 「そんなに難しい顔ばかりしてますかね? 自覚、あまりないんですが」 真面目に返すクラッドの態度に、ティエ達も思わず双眸を緩める。甘い心地と何気ない時間。仲間が出来た事は何よりも嬉しく、心が温かくなっていくものだ。記憶も過去も、失ったならばまた作っていけば良い。 今日という日が新たな記憶になって行くことを感じ、仲間達は過ぎ行く刻に身を委ねた。 日頃、現場でばかり顔を合わせる二人と、今日は誘い合わせてお出掛けの日。 普段の二人を少しでも知れたら嬉しいと期待を抱く光介は、注文したメニューがテーブルに運ばれてくる様にも普段以上の心地良さと楽しさを感じた。 「喫茶メニュー、お二人は何がお好きですか? 売り切れになる前に頼んでしまいましょう」 そうして彼等が注文したのは春苺のケーキセットにガトーショコラ、パフェ。それから珈琲と紅茶。 アールグレイにブラック、お勧めの春珈琲飲み物にもそれぞれの好みが出て実に様々だ。甘味を囲む和やかさにシビリズも目を細め、今だけはいつもの血腥い光景を忘れようと口許を緩めた。 そこに七花がふとした疑問を投げ掛ける。 「そういえば、綿谷さんはブックカフェをなされているのですよね」 自分はコズミックホラー小説をよく読むと語る七花に光介は大きく頷いた。 「おー! 人智の及ばぬ未知への恐怖、ですね」 「本、か。普段はあまり読まぬが、私は歴史本を読む事がある。時代の流れを読むは面白いぞ」 シビリズも興味深く話しに加わり、三人は話に花を咲かせてゆく。ゆったりと流れる時間に交わすのは他愛ないことばかりだけれど、それもまた会話の醍醐味。 「今度、お店にお邪魔させていただいてもよろしいですか?」 七花が問えば、光介も快く答える。 「ホラーも歴史書も揃えてますから、今度ぜひ遊びにきてくださいね」 「有難いことだ。しかし七花の好みも気にはなるな。……どういう雰囲気の本なのかね?」 シビリズもコズミックホラーというジャンルに興味を示して、質問を告げてゆく。すると、七花は読書中の本を鞄から取り出し、おすすめですよー、と内容の紹介をはじめた。 「そうですね。私が読んでいるのが、オカルト探偵さんが主役のこれなんですが……」 嬉しげな彼女の声と、頷いて話を聞くシビリズ。 そんな二人を微笑ましく見つめながら、光介は何でもないひとときを噛み締める。特別なことがなくても、流れていく時間は別の意味での特別。 何故なら――大切な仲間となら、雑談でさえこんなにも楽しいのだから。 ● 服を変えれば気分も一新。偶には違う服を試すのもお洒落の醍醐味。 言われて見れば一張羅、もとい同じ様相の服しか持ち合わせていないのが実情だと気付き、雷慈慟は雷音と共に洋品店を見て回っていた。 「若草色のストールが似合うと思うのだけれども、いかがだろうか?」 雷音は雷慈慟の胸元へと手に取った品を合わせ、首を傾げる。元より服装の知識に疎い彼はどのような様相が良いかも見当が付かず、少女が持ってくる品々を眺めてほう、と感想を零す。 「ふむ……普段と違って迷彩効果も高そうだ 悪くない」 「では、この色にあうジャケットとシャツも選ぶのだ。アースカラーで統一すると……うん、、バランスが良い」 雷音は雷音で、服選びを任された責任を抱いて佳い物を選ぼうと懸命だ。気に入ってもらえるだろうかとドキドキする気持ちは抑え、少女は青年をコーディネイトしていった。 「中々に新鮮だ」 着慣れぬ服なれど、普段は戦闘服か作業着を着ることしかない雷慈慟は興味深く服を見つめる。 「やっぱりストールは赤か。むむ、しかし普段と変えた方がいいのだろうか」 彼の様子に気付かず、雷音は真剣そのもの。彼女が真面目に選んでくれている姿に青年は微笑ましさを覚え、自分もこういった事に興味を持つべきなのかも知れないと思い至った。 そうして二人は春の装いとして新しい服を購入し、帰路に付く。 「今日は楽しい一日になった 感謝する」 「こちらこそなのだ。喜んでもらえたならば、ボクだって嬉しいのだ」 雷慈慟から述べられた礼に雷音は素直な笑みを返し、過ぎて行く今日という日の楽しさを思い返した。 今日は糾華の十四歳の誕生日を祝してのお買い物デートの日。 オーダーメイドのドレスを仕立てる為、氷璃は自分のめいっぱいの気持ちを込めて事に当たろうと決めた。 「悪いような、嬉しいような……えっと、ありがとうございます」 「ふふっ、私が満足したいだけなの。糾華。このドレスは如何かしら?」 糾華の言葉に氷璃は笑みを零し、試着用の展示サンプルを示して見せる。糾華の為のドレスなのだから妥協は一切許されない。生地の肌触りやレースの柄、細々としたすべてに拘りを持って決めていかなければならないだろう。 「ここのフリルを少し強めだと……」 贈られる本人の糾華も遠慮はそこそこに、真剣に服選びに向かう。そんな彼女を微笑ましく見つめた氷璃はドレスの全体像を仕立て屋に注文してゆく。 「デザインやアクセサリーのモチーフは蝶と亜麻の花を。配色は黒と紫を基調としてワンポイントに水色ね」 「あれ? 何だか、その……デザインや配色ってあの子の……あぅ」 嬉しいけれど恥ずかしくて、糾華の頬が淡く染まる。妹のような存在の彼女を一瞬、愛娘と言いそうになったことは秘密にして、氷璃はくすくすと笑った。 「私はね、糾華達が幸せになってくれるだけでとっても嬉しいの」 「ええ。私達、幸せになってみせるわ。お姉ちゃん?」 「あら、そこはお姉様にして頂戴」 互いに微笑みを浮かべ、二人は視線を交わす。自分を妹と呼ぶ彼女といつか対等に立ちたいと願うのは生意気かもしれない。けれど、今はこれが一番心地良い距離感なのだと感じて糾華は双眸を緩めた。 春のユーヌたんを彩るゆるふわモテ系ファッション巡り。それが今日の竜一が目指す何よりの目的だ。 「春物ということで明るめな色が一番だよね!」 「私はセンスが良くないからな。変なものを選ぶよりは、どうせなら竜一が気に入る格好のほうがいい」 洋品店内、自分の服選び以上にはしゃぐ竜一を見遣り、ユーヌは自然と楽しさを感じた。 落ち着いてふわふわした雰囲気の森ガール仕様。 ユーヌのしっかりとした雰囲気にマッチしたモノトーンでタイトなイメージのコーディネイト。 それからフード付きパーカーも女子らしくてとても愛らしい。 竜一が運んでくる洋服を着るユーヌは宛ら着せ替え人形のよう。だが、彼女自身もいつしか着替えが楽しくなっていることに気が付く。そうして、次に着てみたのはフリル多目な姫君スタイルの服。 今年に流行するというシースルーのレイヤードも外さず、竜一は感嘆の息を吐く。 「はああん! ユーヌたん、どれも似合ってかわいいよお!」 「ふむ、似合っているか? 気に入るならいいが……ん、ありがとう」 「よし、ユーヌたんのために全部買おう」 結局はどれかひとつには決められず、竜一は品々を購入しようとレジに向かおうとした。だが、ユーヌがすかさず彼を試着室の中に引っ張り込み、それには及ばないと首を振る。 「大量に買わせる趣味はないぞ。どうしてもというなら、下着でも選んでもらおうか」 凛と大胆なことを告げるユーヌ。 縞パン以外で、という注文を聞いているのかいないのか。竜一は先程以上に張り切る様子を見せた。 暫し後。下着売り場にて、仲良く悩む二人の姿が目撃されたとか――。 オサレ。もといお洒落。年頃の青春男子の洋服選びは賑わしく、寧ろ騒がしいと表した方がしっくりくる。 「パーカーとか重ね着してさー、パンツの色と合わせて春っぽい感じで決めたいよな」 「お、いいじゃん。俺はジャケットが欲しいと思ってたんだ」 夏栖斗と耕太郎が春の装いを選ぶ中、火車も適当な棚の前に立って服を物色していた。 「服なぁ……大体何時も依頼から帰ってくっとボロッボロなんだよなぁ。おい、クソ坊主。アドバイスしろ」 カジュアルで動きやすい服が良いと火車が注文をつけると、夏栖斗は悪戯っぽい笑みを浮かべてスーツを勧める。だが、すぐに似合わないと吹き出した彼を火車が全力で蹴り、慌てて止めた耕太郎が巻き込まれるという惨事が繰り広げられてゆく。 気を取り直し、いつものパーカーを選んだ火車達はアクセサリーを眺める。そんな中で夏栖斗が思うのは可愛い彼女と妹達。 「ホワイトデーのお返しはアクセにするのもいいかな」 選ぶの手伝ってよ、と夏栖斗が耕太郎に意見を求めると火車もちゃっかり口を挟む。 「なんだオマエ、まだお返ししてねぇの? オレとしちゃ食い物とか遊びに行くのも良いと思うが」 「それも良いと思うぜ! とにかく気持ちで三倍返しは必須だよなー」 男子三人、寄ればおかしな楽しさも巡ってゆく。 確かに三高平はダメージを負ったけれど、人の心は折れていない。こんな日常があるからこそ、また誰かを守る力が沸いてくる。なんてね、と夏栖斗が冗談めかして語る言葉は何処か実感が籠もっていた。 それを聞いた火車もふと息を吐き、そして――いつも通りとりあえず彼を殴る。 だが、そんな遣り取りも日常のひとつだったりするのだ。 ● 普段からの冬路の服装は軍服仕様。 しかし、そればかりでは駄目だとうさぎに誘われ、冬路は春物の服選びへと訪れていた。 「何時も何時も同じじゃ駄目ですよ。もっと色々着飾るべきです」 「普段からこの服装じゃからの。気にしてはおらぬというのに」 うさぎの指摘に、冬路は特に困らないと返す。しかし、うさぎは良いから、といつもの無表情を湛えたまま彼女を女性服売り場へと連れて行く。 「さ、可愛いのを選びましょー。ほら、そっちのタイトスカートとかどうです?」 「スカートは落ち着かぬのじゃよ、あの隙の多い感じが、のう」 春色の新色スカートを勧められるも、冬路はどうにも乗り気になれなかった。それでもうさぎは押し切る形でそれを渡すと、とっておきの言葉を送る。 「あの方、タイトスカートが好きらしいですよ?」 「え? ぐ、ぐぬぬぬ。そうか……喜んで貰えるなら、頑張ろうかのう」 想い人の話題を出せば効果覿面。途端に反応が良くなった彼女の様子を眺め、うさぎは流石だと感心した。そうして、二人は様々な服を見てゆく。 「自分で選ぶと……どうしても、目立たない感じのになるのう」 「……ま、二人で選べば丁度良いバランスになるかも知れませんよ」 冬路の試着予定ストックはまだまだあり、うさぎは次々と見立てをしていく。セクシー系や地味にならないものなど、選ぶのは難しい。それでも、これが誰かの為となるのならば、それほど苦ではないように思えた。 今日は三人で互いの服を選ぶ会。 旭に亘にタスク、それぞれに自分が思う友人のコーディネイトをするという、仲良しの休日がはじまる。 「タスクは瞳の色と近いグリーンのスキニーパンツとか。旭さん、女性目線でどう思いますか?」 亘が少年にパンツを手渡し、意見を求められた旭も選んだ服を手にする。 白のワイシャツに前立てが紺と赤バイカラーラインのアイボリーのカーディガン。それから、と小物を足す旭に言われるがまま、タスクは勧められたものを試着してみる。 「……似合ってるのか分からないけど、どう?」 「わぁ、タスクくんさわやかさんなの。大丈夫、ちゃんと似合ってるよねぇ」 普段、自分では選ばない服は新鮮に映る。旭が亘に同意を求めれば、勿論です、と快い返事が戻ってきた。じゃあこれを、と早々に服の購入を決めたタスクは次に二人の服選びを手伝いに回る。 「旭さんには一度ボーイッシュ系を着て欲しいですね」 「俺も同じく。いつもの女の子っぽい様相も結構好きだけどね」 カーディガンやベスト、更にキャスケット。着て欲しい服が多過ぎると嘆く亘に真面目に選んで旭に試着を進めるタスク。そんな二人に笑みを返し、旭も亘の服を選んでゆく。 「ありがとー。じゃあ亘さんは、かっちりめの服多い気がするから、やらかいカンジがいーなぁ」 ワイン赤のTシャツに、タイトなベージュのVネック。下はジーンズでカジュアルなスタイルに。あまり見ない雰囲気で纏められると自然と気持ちも浮き立つ。 「二人とも試着してきなよ。今日はとことん付き合うからさ」 少年が旭達に告げ、二人も快い気持ちで試着室へと向かった。 皆で色んな服を試着して、新しい服を買って――。きっと、今日一日は笑って楽しく過ごせる日になる。 雑貨屋の一角にて、エーデルワイスは一人きり。 どうせぼっちだと零す彼女は並べられたぬいぐるみ達を眺め、それぞれの品定めをする。 「猫のぬいぐるみがほしいなぁ、ものすっごく頑丈な!!」 エーデルワイスの目的は日頃のリア充への思いを晴らす為の対象を探すこと。どれがいいかと考えを巡らせた彼女はとても良い笑顔で店員へと問い掛けた。 「ということで、ボディーブロー練習用の頑丈な猫のぬいぐるみをくださいな♪」 「す、すみません……当店ではそのような品は扱っていなくて」 漂う負のオーラに店員が戸惑いを見せ、エーデルワイスは残念そうに片目を眇める。そうして結局、今日も独りで店を彷徨うことになるのだった。 店内をぐるりと見渡し、シェリーは服を見て回る。 適当に見繕っては試着を繰り返し、近寄ってくる店員は追い返し、少女は我が物顔で買い物を楽しむ。 「うむ、気付いたぞ。センス云々の前に、何を持って“良し”とするかだな」 シェリーは人目を気にして着飾ることなどないと気付き、小さく頷いた。自身は見知らぬ者達のファッション評価なの歯牙にもかけないが、知る人々に評価されたいと最近思いはじめたのだ。 「親しき者でも連れてくればよかったの……」 最も親しくしている者を思い浮かべ、シェリーは少しの後悔を覚える。次こそは誘ってみようか。 そんなことを考え、がら、少女はてくてくと帰路に付いていった。 ● 「ほら、こっちですよっ」 服屋の一角、とよは霧音の手を取って洋服のコーナーへと引っ張ってゆく。霧音は持っている洋服が少ないと言っていたから、今日は素敵なものを選んであげる心算だ。色々着て貰うのです、と張り切る少女に霧音は誘われるまま付いていく。 「引っ張らないの、ちゃんと行くから」 瞳を緩めた霧音の前には、とよが選んだミニスカートやジャッケットが並べられた。脚が綺麗だから、と勧められた服は霧音にとって新鮮なものばかりだ。そこへふと、彼女はとよも折角だから色々着てみないかと誘ってみる。 「フリルたっぷりなロリータファッションとか、可愛くないかしら」 「わたし? そんなの似合わないですよ。でも……う、うーん着てみるだけですよ?」 突然の申し出にとよは戸惑うが、興味がないわけでもないらしい。着物はもう少し大きくなったらかしら、と微笑む霧音は逆にとよを着せ替え人形にする勢いで色々と服を選んでいった。 そうして、二人は同じブランドのワンピースを購入して店を後にする。 「これを着て、姉様と一緒に歩いたらまるで姉妹みたいです」 ショップバッグを抱えたとよが微笑みを向け、霧音も不思議な居心地の良さを感じて緩やかに頷いた。 「姉妹……そうね。悪くないものだわ、こういうのも」 こうして過ごす時は何だか楽しくて、二人は自然と手を繋いで街を歩いてゆく。 元気の良い明るい笑みを浮かべ、ルナは耕太郎を誘う。 「耕太郎ちゃん、耕太郎ちゃん! 一緒にデートしよ!」 「えっ、デート!?」 その言葉の響きに年頃の少年は一瞬だけ面食らうのだが、当のルナが男女で買い物をすることをデートと呼ぶのだと微妙な勘違いをしているのだと気付き、嬉しいような悲しいような気分に陥る。 それはさておき、ボトムの服装に疎いルナは全てに興味津々。 一緒に選んで欲しいという願いに快く答え、耕太郎はルナと共に服飾店へと向かった。 「ルナは桜色のチュニックが似合いそうだと思うぜっ!」 「わぁ、良いかも。じゃあ私は後で耕太郎ちゃんにアクセサリーを選んであげるね!」 少年なりに懸命に選んだ服を受け取り、ルナは喜んで試着室へと向かった。いってらっしゃい、と見送った耕太郎は少しどきどきしながら暫し待つ。 だが、そんなとき。試着室の中から困惑したエフェメラの声が響いた。 「えーっと……これどうなってるんだろ? え、あ、あれっ?」 戸惑う彼女は試着室からひょこりと顔だけを出し、そこにいた耕太郎を手招く。 「コウタロウさんっ、丁度良かった。これどうしたらいいのっ!?」 「ちょっ、わ……服着てないじゃん。エフェメラ、ストップ! ルナ、助けてやってくれ……!」 一部、服が着れていなくても羞恥心を感じていないらしきエフェメラ。彼女の肢体から視線を外し、耕太郎はルナを呼んであわあわと慌てた。 そんな悶着があり、三人はそれから一緒に服を選んで回ることになる。それでも、皆で一緒に遊ぶ時間はとても心地好くて――淡い春の一幕として巡っていった。 来年度はいよいよ大学四年生。 就職活動に向けて色々揃えることも必要な時期だ。快は三回生になる悠里を誘い、紳士服売り場へとスーツを見繕いに出掛けていた。大人ともなるとスーツ選びは必須。快は尖らず、しかし没個性でないバランスの組み合わせを求めて、暫し悩む。 織柄入りの白のシャツに青系のネクタイか。淡い青系のシャツに黄系のネクタイか。どちらが良いかと問えば、悠里は少し考えて織柄入りのそれを指差した。 「シャツは白の方がいいかな。柄は……合わせてみたらどうかな?」 「白か。じゃあ青系に白のドットパターンに決めた」 快が礼を告げると、悠里もスーツを一式揃えるべく棚を眺めていく。グレーと黒を着回すならばシャツは白無地より柄物か淡色系がいいはず。アドバイスを返した快の意見を参考に、悠里も買い物を進めた。 そんなとき、ふと快が問う。 「で、お前最近エンジェルとどうなのよ」 「どうって……。仲良くしてるよ。僕には勿体無いくらいの女性だし、大事にしてると思うよ」 やはり話題は互いの相手の話へと。そっちはどうなの、と悠里に問い返され快も彼女の顔を思い返す。 「こないだ卒業祝ってきた。進路はちょっと、離れちゃうね」 男同士、何気ない会話を交わす時間。 其々の思いを胸に抱きながら――穏やかな休日は何事もなく、とても平穏に流れてゆく。 ● おにぃちゃんと一緒にお茶をするのはバレンタイン以来。 仕事で話をすることもあるけれど、気がついたら二人で会う機会が増えていた気がする。 「ホワイトデーには遅れちゃったけど、て言うのは言い訳かな」 アリステアをカフェの席にエスコートし、涼は穏やかな笑みを湛えた。一応は髪飾りのお返しはしたが、こうして理由をつけてでも君に逢いたかった、というのが本音なのかもしれない。アリステアもまた、自分の話はつらないかもしれないと心配になるが、何でも優しく聞いてくれる彼の傍に居るのは心地良かった。 「おにぃちゃんとお話してると、あっという間に時間が過ぎちゃうね」 温かいお茶と美味しいお菓子、そして一緒に過ごしてくれる人がいることに少女は頬を緩める。 すると、涼は不意に口を開いて真っ直ぐに告げた。 「ああ、そう言えば前も言ったかな。俺は君のことを妹だなんて思ってはいないから」 「私は本当の妹じゃない……けど、あの……?」 「うん? 一人の女の子として魅力的だと思っているよ」 突然の言葉にアリステアは疑問を浮かべる。どういう意味? と聞いてみたりもしたが、彼は次までの宿題だと笑って答えを返す。その笑顔が優しすぎて、ふと思いあたった“それ”は、上手く形にならなくて。 それ以上何も聞けなくなってしまうアリステアの頭を軽く撫で、涼は微笑んだ。 暖かな春の日。 二人の間に過ぎ行く時間は、ゆるやかに刻まれてゆく。 以前に交わした約束を叶える為、今日の魅零とタスクは喫茶店でゆったりと過ごしていた。 「バニラパフェみっつ! あと温かい紅茶かなっ!! タスク君は?」 「俺はワッフル。それから……チョコパフェも、良い?」 やや遠慮がちに問う少年に、魅零は大丈夫だと答える。お姉さんに任せて、と言いつつも歳の差が気になる魅零は胸の奥底に緊張を押し隠していた。 そうして、テーブルに並べられた甘味は、幸せな心地を運んでくれる。身体に沁みる味を堪能しながら、魅零は不意に街を騒がせていた事件を思い返し、双眸を緩めた。 「そういえば例の一件は大変だったね、お疲れ様だよ。タスク君も頑張ったね」 撫で撫でしてあげる、と手を伸ばす魅零。だが、少年はふいと横を向いてその手を避けた。 「いや、その……そういうの恥ずかしいから、止めてよ」 口調は拒否めいていたが、褒められ慣れていない少年の頬は妙に赤く染まっている。そのことを見逃さなかった魅零は不思議と微笑ましい気持ちを覚え、伸ばしていた手をそっと引っ込めた。 平和が一番だけれど、血塗れた未来を視る君たちの支えになれれば良い。 そんな思いを抱きながら、魅零は窓辺とグラスに映る三高平の景色を暫し眺めた。 街を散歩がてら、瑠琵は喫茶店を見つけて足を踏み入れる。 「ふむ、では春苺のケーキセットと珈琲を所望するのじゃ」 店主にお勧めを尋ね、進められるがままに注文をした彼女はのんびりと休憩時間を楽しむ。普段は和菓子ばかりだが、偶には洋菓子も悪くない。ほんのりと甘酸っぱい苺の味に舌鼓を打ち、瑠琵は珈琲のカップを傾けた。 「平和は平和で退屈なのじゃ。イタリアにでも行こうかのぅ。うむ、そうと決まれば――荷造りをせねばのぅ」 ふと思い立った瑠琵は近くの店で必要な物を揃えてしまおうと考える。 そうして、パフェのお代わりを注文した彼女は、出立に向けての計画を練りはじめた。 「……マスター、いつもの」 新規開店の店に入り、どや顔で注文する喜平。勿論そんなものは存在していないが、一度は言ってみたかった台詞を取り合えず言ってみる荒行を敢行したのだ。 「お客様……ええ、はい」 くすりと笑った店主は不思議な客に難色を示すこともなく、お勧めメニューを彼に持ってくることに決めた。 似非ハードボイルドを気取る面倒な客、と自分の認識した喜平だったがあっさりと受け入れられたことに内心でほっとする。存外に気が小さい彼なのだが、どうやらこの喫茶店では暫し穏やかに過ごせそうだった。 そんな中で義弘もまた、喫茶店でのんびり過ごす者のひとりだ。 暖かい日溜まりの席で雑誌を捲りつつ、彼が注文したのはジャンボサイズのパフェ。 「似合わない? ほっとけ」 独り言を呟き、義弘はスプーンでパフェを掬い取る。己の見た目から柄ではない事は分かっていても、すきなのだから止められない。寧ろ甘いもの好きに悪いやつはいないんじゃないかなどと考えながら、 義弘は自分なりに幸せなときを噛み締めるのだった。 喫茶店の一角にて、ひとりの休息を楽しむのは彩花も同じ。 「年を越してからというもの、事件続きで碌に休む暇もありませんでしたからね」 今日ぐらいはゆっくり休息を取る事にしようと、のんびりティータイムを楽しむ。普段が人前に出る事が多い分、たまには一人きりで過ごしたくなるのが心情というもの。静かなひととき、彩花はふとした思いを抱く。 「……少し寝てしまおうかしら?」 どうせ戻ったらまた、鞄の中の書類との格闘が待っているのだ。 ほんの少しならば、と眼を閉じた彩花は麗かな春の陽射しを感じて眠気に身を委ねた。 ● 思えば、こうして過ごすのも久々だ。ロアンは目の前の席に座った壱和にふと問うてみる。 「最近どうかな、元気にしてたかな?」 「ボクの方は少しバタバタしていましたが、元気です。ロアンさんも色々大変だったみたいですし、いっぱい食べてすっきりしましょう」 壱和は笑顔を返し、喫茶店のメニュー表を眺めた。取り敢えず珈琲、と頼んだロアンに合わせて同じものを壱和も頼んでみる。だが、彼女は運ばれてきたカップの中に角砂糖をぽいぽいと放り込んだ。 「大人の味が分かるまでは、もう少し辛抱です……」 「無理しない、無理しない。今分からなくても、いつか良さが分かる。案外そういうものだよ」 微笑ましさに双眸を緩め、ロアンは次々と苺のメニューを頼んでいく。 運ばれてくる品々がまるでバイキングみたいだとほんの少し驚いた壱和だったが、興味津々に並ぶ料理を見ておずおずと聞いてみた。 「少し貰ってもいいでしょうか?」 「好きなものをとうぞ。まさにいちご一会だし、全部食べておこうかなって。……人生と似てるかな?」 なんてね、と冗談を零した彼に対し、壱和は笑いを堪え切れずにくすくすと笑う。 でも、こんなひとときだってすごく楽しい時間だ。こんな風にやりたい事を色々とやってみたら良い。いつでも応援してる、とロアンから告げられた言葉に笑みを返し、壱和は和やかな心地を感じていた。 春といえば苺。ということで今日は苺三昧。 風とフィオレットと達哉の三人は互いに連れ立ち、新規開店の喫茶店へと赴いていた。 「あ、私はイチゴのタルト。もちろん三人分の食事代は兄さんのおごりね♪」 「おごりやったー! 有難く頂きます!」 フィオレットと風が早々に注文を済ませ、二人を見守った達哉は自分もメニュー表を眺める。そして、上から下までにざっと目を通した彼は追加の注文をした。 「苺か。しかし、ここは敢えて桜を推そう。桜のロールケーキを僕はオーダーするよ」 「桜……それもありましたか! 見落としてました」 苺とはまた違う春の味に風がはっと眼を見開く。そして、三人のテーブルに甘味が運ばれてきた。フィオレットはタルトをフォークで掬い、一口ずつを味わって食べてゆく。 「そうそう、この味だよねー。こういう系統の味って好きー」 ほんわりと広がる甘酸っぱい味にフィオレットは舌鼓を打ち、風もパフェの苺を口に運んだ。 三人で過ごす時間、巡る話題は様々。特にこの喫茶店のレシピについて風が知りたがり、本職である達哉がアドバイスや新たな案を語っていく。 「そろそろ夏のスイーツを考えないとな。僕としてはオレンジゼリーのスイーツで勝負してみようと思う」 「夏にオレンジゼリー! いいなぁ、食べたいです!」 流石は如月さんです、と目を輝かせた風は自分も執事として雇い主のあらゆるオーダーに応えられないといけない、ともぐもぐと食べ続けながら決意した。 「自分を高める事、いつでも忘れたくないですよね」 「七月君の気持ちはわかるわ。最高の音を出すにはどうしたらいいかって私も悩んでるしさ」 境遇は違えど、フィオレットも共感してしっかりと頷く。そんな中で風はふと彼女の胸元に視線を向け、食べた分が全て胸に入るのかと純粋な疑問を浮かべた。だが、そんなはずがない。 「胸の大きさは遺伝よ遺伝。そんなもんなのよ」 「遺伝。なるほどです」 他愛もない会話を交わしながら、彼女達は穏やかな休日を過ごしてゆく。 大きな事は何もないけれど、こうして流れていく時間こそが日常というもの。甘い香りと春の光の中、巡る会話は楽しさに包まれていった。 喫茶店の一席に向かい合って座る、あひるとフツ。 席の横には服や靴が入った紙袋が置かれており、四月から大学生だから大学生っぽい服を選びたいというフツの願いがあひるの手伝いによって叶えられたことを示していた。 「良い感じのものを一緒に選んでくれてありがとな。前から、あひるはオシャレだなって思ってたんだ」 「オ、オシャレ……えへ……そうだと、嬉しい……!」 明るく笑んだフツはスプーンでパフェを一口分掬い、お礼に、と彼女の口許に持って行ってやる。 一口頂戴、というまでもなく運ばれた甘味にアヒルはご満悦。 「疲れちゃった後の甘い物って良いよね。はい……フツにはケーキをどうぞ」 あひるからもお返しのお返しにケーキが振舞われ、彼もまた満足そうにご馳走になった。 たくさん買い物をして、甘い物も食べて、いっぱいの時間をフツと過ごせたこと。そして、この後も一緒だということが嬉しくてあひるは満面の笑みを湛える。 「でも、気付いたら、あひるのも、一緒に買っちゃった。お財布、からっぽ……」 少しだけしょんぼりとする彼女の様子がおかしくてフツは笑みを堪えつつ先程の買い物を思い返した。 「服を選ぶあひるは、真剣だったり嬉しそうだったりで、選んで貰えて本当に良かったぜ」 「ほんと? じゃあ、次のデートでは、今日買ったの着てきてねっ! ぜひ……っ!」 優しい言葉にあひるは嬉しげに瞳を輝かせる。 そんな二人を照らす春の陽射しは柔らかく、あたたかな心地を宿してくれていた。 ● 春眠暁を覚えずとはよく言ったもの。 「暁どころか、昼間でも眠くなる始末だ。ふわあ、あふ……」 「はは、ベルカ眠そうじゃん。俺はまだ……ふああ」 欠伸を噛み殺したベルカの様子に耕太郎が笑いを堪え、運ばれてきた珈琲を差し出す。奢るぜ、といわれて連れて来られた少年もつられて欠伸をしそうになって慌てて口許を押さえる。思わず笑みが巡り、二人は不思議なおかしさを共有した。 「私はバニラパフェを追加注文してみようかな。お前さんも甘いのどうだい、犬塚」 「おう、じゃあ言葉に甘えて!」 冷たい刺激と暖かい珈琲で、ゆったりのんびり。推理小説を持ち込み、店内に流れる音楽を耳にしながら午後を楽しむ。何とも居心地の良い時間に、ベルカの瞼が徐々に落ちてゆく。 いつしか耕太郎も自然とゆっくりした気分になって欠伸をして――結局、振り出しに戻るのであった。 喫茶店の隅の席にて、ヘンリエッタはリッカを手招く。 「大丈夫、乙女をえすこーとする為の振る舞いは身につけている。ボトムの男はこうするんだよね」 椅子を引いて勧め、それから着席。メニューを見易い様に差し出して、ヘンリエッタは淡く微笑んだ。 「ボトムの男って……ヘンリエッタさん女性ですよね?」 これもボトムの影響なのかと首を傾げ。リッカは勧められるままに椅子に座る。そんな彼女の様子に緩やかな眼差しを向け、自分も席に付いたヘンリエッタは春苺のケーキセットを注文した。私はロールケーキを、とリッカもオーダーを済ませ、おもむろにお手伝いで貰ったという紙幣を取り出す。 「こんな紙切れ一枚でいろいろなものを手に入れることができるのですね。ボトムはすごいところです」 「ふふ、この世界ではとても大切な物だからね」 二人の会話は、慣れてきた日本での暮らしへと移ってゆく。 何でもリッカは今、学校に通っているのだという。ヘンリエッタも通い始める予定らしく、どんな場所なのかと問い掛けて興味を向けた。 「学校はフュリエだけじゃなくて色々な種族、役割の人が色々なことを学ぶ場ですね」 色々な考えの人がいて楽しいと語るリッカの言葉にヘンリエッタも頷き、未だ見ぬ場所を想像する。 「……ふぅん、そうなんだ。そっちで会ったら宜しくね、『せんぱい』 」 確か、学校ではそう呼ぶのだったか。不思議なくすぐったさの交じる呼び名は何だか新鮮で、それでいて嬉しいもののように思えて――。二人は笑みを交わし合い、暫しの和やかな時間を楽しんだ。 誕生日が近いミリィの為、今日は自分が奢るとリンシードは一念発起した。 「では喫茶店へでかけましょう、そうしましょう。私が奢ります、お仕事なんて後です」 「わわっ!? り、リンシードさん!?」 ぐいぐいと引っ張る彼女の突然の行動に吃驚しつつ、ミリィ勢いに押されて喫茶店へと連れられてくる。申し訳なさを感じながらも、その好意はとても嬉しい。春苺のケーキセットと珈琲を注文したミリィに合わせてリンシードも同じ物を頼み、真剣な眼差しを向けた。 「えと……この前の決戦、お疲れ様でした。ミリィさんの活躍、凄かったですね……」 どうしたらそんなに立派になれるのだろうか。自分は注文も決められないくらい優柔不断で判断力もないのに、と瞳を伏せたリンシードに対し、ミリィは首を振った。 「いいえ。私がこうして前を見ていられるのはリンシードさん、貴女や皆が居るからです」 皆が居るからこそ、私は勇気を出して前を見据えていられる。 そう真っ直ぐに告げたミリィの言葉に、リンシードは顔を上げた。そして、そっと告げ返す。 「私もミリィさんの負担を少しでも減らせるように、がんばります。だからあまり無茶しないでください」 お互いの存在は大切な日常のひとつ。 一人だけではなく、皆が皆そうなのだから、と思いを言の葉にした二人は胸にそっと気持ちを静めた。 そして、最後に少しだけ笑いあった少女達は手を重ね、確かな握手を交わし合う。 人通りも多い休日の最中、瑞樹は隣を歩く優希の手へとおそるおそる自分の手を伸ばした。 「えっと、ごめんね。人が多いから手を繋いでいても……いいかな?」 「あ……ああ、勿論だ。逸れぬよう傍に居るといい」 遠慮がちに触れた手に驚き、彼は瑞樹を見遣る。その手の暖かさは初めてなのに何処か懐かしくて、なんだか切なくもあった。それでも嫌ではなくて、出来るならばこのまま繋いでいたいと瑞樹は思う。優希もまた在りし日のことを思いながらも、彼女の手を強く握り返した。 複雑な感情が入り混じるも、今日の一番の目的は雑貨屋での買い物だ。 様々な品が並ぶ店内。瑞樹は日記帳が飾られた棚へと向かい、その中の一冊を手に取った。 「あった! 買うのはね、日記帳だよ。非日常に立ち入るからこそ、日常を忘れないようにしないとね」 日記帳を胸に抱いた少女は、これからの日々へと想いを馳せる。その姿に“彼女”を重ねた優希は、そこに魂が受け継がれていく様を感じていた。 「日々の記録は、在りし日の日常を、いつでも思い出させてくれる良いものであるな」 これからの記憶を瑞樹ならではの視点で――。そう願う彼は今度こそ彼女を守りたいと己を律し、言葉にならぬ思いを奥底へと仕舞い込んだ。 楽しい事も、悲しい事も、全部を書き留めたい。瑞樹も明日への希望を胸に、明るい笑みを浮かべた。 「今日はありがと! 公園か何処かに寄って何か食べる? お礼に奢っちゃうよ」 「では今日は、お言葉に甘えるとするかな」 瑞樹につられた優希も笑顔を返し、二人は歩きはじめる。 ゆっくりと進み、思い出を重ねていけば良い。まだこの道は、未来へと繋がっているのだから――。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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