● 「いやだからなんで、」 「人の話は最後まで聞きなさいよ、黙って話も聞けないんじゃ小学生のがましね?」 机を挟んで二人。にっこり笑った『導唄』月隠・響希 (nBNE000225)の前で、『銀煌アガスティーア』向坂・伊月 (nBNE000251)は不服と言わんばかりに眉を寄せ足を組み直した。 「……何」 「何か、星を見に行きたいんだって。狩生サンが。場所は決まってるし、泊まる場所もあるの。あたしに任されたのはあんたを誘ってくること。そう言う訳なので来てね」 以上。要件は伝えたとばかりに立ち上がる予見者に目を見開いて、伊月は慌ててその背に声を投げる。 「いやそれ理由じゃねえしお前こそ最後まで人の話って言うか返事聞けよ!」 「……え、嫌よ。連れてきてください、って頼まれたんだもん。あんた星座とか詳しそうじゃない、これもアークのお仕事って事でついてきなさいよ」 それじゃあ当日ね。ひらひら、振られる手。ブリーフィングルームに一人残された青年は、悪態を吐きながら机に置かれたままの資料を取った。 ● 「……、星を見に行く。以上。あ、違う。暇な奴いるなら一緒に、とも書いてあった」 机に放られた紙の束。リベリスタ達を目の前にして、伊月は酷く落ち着かさなげにその視線を彷徨わせた。 「向坂伊月。……まぁ色々あって、此処所属になった。まー宜しく。 で、……まぁなんだ、お前らを誘え、って事なんで、話をしに来たんだけど。暇なら聞け」 色々についてはまぁその内。そんな言葉を告げながら、その指先が資料を捲る。地図と、天体図。そして、何枚か続く星座の写真。 「それは行く場所。んで、そっちは春の星座の大体の位置。残りは、まぁ適当に、有名そうな星座つけといたんで。暇なら見ればいい。 ……狩生さんの発案らしくて、一応泊りがけ。宿泊地も確保してある。お洒落な洋館らしいけど、そっからでも星は見えるってさ」 伝えるのはそのくらいだろうか。確認するように資料を眺めて、青年は僅かに目を細める。 「まぁ、この時期の夜空って悪くない。冬程澄み切っては無いけど、少し暖かくなってきて、でも星は綺麗だ。……興味あるなら資料どーぞ。じゃ、宜しく」 ひらひらと、手が振られる。去っていく背は心なしか楽しげだった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:麻子 | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年04月03日(水)22:52 |
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● 「お待たせしました。……これで宜しいですか?」 「抜かりなく揃えたのじゃな。では、乾杯ー!」 かつん、と触れ合う日本酒のグラス。洋館の屋根の上、晩酌に付き合えと狩生を捕まえた瑠琵は上機嫌でそのグラスを傾けた。本当なら、同じ姓を持つ彼女の様子を見ようかと思ったのだけれど。 それは、予見者に任せた方が得策の様だから。今日はこの青年と星見酒。つまみも希望通り柿ピーであることを確認して、一気に飲み干した。足元の玄関から、連れ立って出ていく影はもう幾つめだろうか。 「ぷはーっ、酒が甘ったるくなる空気が漂ってるのぅ」 生まれてこの方、色恋沙汰とは無縁だけれど。人のそれを酒の肴にするのは止められない。人の不幸は蜜の味、なんて言葉とよく似ている感覚かもしれなかった。からからと、グラスを揺らして微かな苦笑を見せた狩生に視線を向ける。 「ところで狩生よ。うちの一族の娘と見合いせんかぇ?」 「私ではとてもとても。もっと素敵な男性が他に居るでしょうから」 ひらひら、振られる手。上手い事言い逃れたな、と目を細める瑠琵とは離れた屋根の上。携帯を見詰める亘は少しだけ目を細めた。そっちも良い夜を、何てメールは最初に比べて随分優しくなった気がして。 やはり彼女を誘えば良かっただろうか、少し考えて、ふと目に止まった銀髪にひらひらを手を振った。 「御機嫌よう、そして初めまして向坂さーん! 宜しければ最高の席で一緒に星を眺めませんかー!」 振り向いた瞳が驚いた様に見開かれる。満面の笑みで手を振り続ければ、軽く頷くのが見えて。ふわり、と地面に下りた。手を取って、そのまま一気に屋根まで。予想外の浮遊感に僅かに固まった彼と視線を合わせて、急なお誘い申し訳ない、と告げた。 「向坂さんとはどうしてもお話してみたくて……星の事、そして貴方の事を教えてくれませんか?」 「……良いけど。何が聞きたい訳?」 不機嫌そうな表情はけれど、決して此方から視線を外さない。折角だ。この出会いから友情の切欠が芽生えれば最高だと、亘は楽しげに笑った。 沈黙が落ちていた。きらきらと、星空だけが綺麗で。ティアリアはただ、何も言わぬままに空を見上げていた。適当な位置に腰を下ろした響希も、特に口を開かぬままに空を眺める。 「……今光って見えるあの星が、一体どの位残っているのかしらね」 ぽつり、と。零れた言葉。此方を向いた瞳になんでもないわ、と笑って。もう一度空を見上げた。星とは、不思議なものだと思う。気の遠くなるような遥か昔に飛ばした光が、今に届いて光って見えて。 まるで、それは今この瞬間輝いているように見える。本当はもう、残っていないのかもしれないのだ。綺麗だけれど儚いそれ。僅かに目を伏せて、ねえ、と呼んだ。 「星は何のために輝くのかしらね。自らの命を燃やしてまで」 「さあ、分かんないけど、……仮に其処に感情があるのなら、覚えて置いて欲しいからじゃないの」 人が誰かと言葉を交わす様に。何かを残そうとする様に。星のそれは輝く以外に無いのではないだろうか。赤銅の瞳が、僅かに揺れて伏せられる。誰の目にもつかないのは悲しい事だわ。と。囁く声がした。 「…そう、ね。ふふ、ありがとう。変な事聞いてごめんなさいね」 大切な人が待っているだろう、と笑えば、誘ったのティアリアサンなのに、と響希は目を細めた。無理しないでね、と背を撫でた手を見送って。もう一度、空を見上げた。 星が、命の輝きであるのなら。流れ星とは何なのだろうか。考えて、出ない答えに首を振った。外は、一人でいるには少し寒かった。 「あれが、おおぐま座です。北斗七星があって、うしかい座のアークトゥルス、おとめ座のスピカを辿ると……」 指先が結ぶ星と星。春の大曲線を飾る星は、とても美しくて。知識ばかりしか知らなかったそれに、リリは嬉しそうに微笑んだ。宝石の様な煌めき、こんなに素敵なはじめてをまたひとつ。 隣の腕鍛と重ねられた事が嬉しくて。視線を交えれば、真剣に話を聞いていた彼も優しく笑った。星を見るのは好きだけれど、詳しくは無い。そんな彼に示す様に、指先は寄添い合う二つの星を示した。 アルクトゥルスとスピカ。色違いの其れは、中国では青龍の角だと言われるけれど。日本では夫婦星とも呼ばれるのだ。自分達の様だろうか、とリリがはにかめば、腕鍛は少しだけ目を細めて、知っている事があるのだと告げた。 「星と星は、近くにあるように見えても実は何光年も離れてる事があるらしいでござる」 遠い、何て言葉では表せない程の距離。手を伸ばしても触れあえないそれを思って、リリは少しだけ表情を曇らせた。離れるのは嫌だ、と素直に告げる声に笑い声を立てて、おどけた腕鍛の腕がリリの身体を包み込む。 「大丈夫、関係は確かに似ているのかもしれないでござるが、拙者とリリ殿との距離は0mmでござるからな」 寄添う身体に、思わず笑った。未だ少しだけ寒い夜。春の星空はとても綺麗で優しくて。けれど、それよりも、何よりも。この温もりは、リリだけの特別な優しさを持っている。 「……次は、ドイツの星空を一緒に見ましょう」 次のはじめてはどんなものだろうか。約束をまた一つ。幸せな夜は過ぎていく。楽しげな笑い声の間を、一人。歩いて行く宗一が見上げる夜空。何も語らぬ彼は、零れ落ちそうなそれに何を思うのだろうか。 「……新人同士、仲良くしてくれたら嬉しいよ」 きっと経験は伊月の方がずっと先輩なのだろうけれど。そう言いながら、ヘンリエッタは笑った。所属を移したと言う彼に興味があったから。親睦を深めたい、とかけた誘いに彼は素直に応じた。 座り込んで、広げたのは未だ新しい星座盤と星の本。驚いた様に此方を向いた視線に首を傾げて、まだあまり知らないんだ、と告げる。 「興味は勿論尽きないけど……地上の、自分の足元の事さえも未だ侭ならないでいるからね」 空を見上げるよりは、本に目を落とす事の方がずっと多い。リベリスタのようになりたい、と歩き出した彼女にとって、この世界は知らないものがあまりに多くて。躓かない事に精一杯だった。 その様子を何も言わずに眺めていた伊月は、けれど不意に隣に腰を下ろす。抱えた本を取り上げて。片手が、開けた空を示す。 「……空、綺麗だと思うか?」 「うん、綺麗だ。あのひとつひとつに、それぞれの名前や意味があるのだと思うともっと」 その名前がひとつきりではないのだとも聞いた。やはり興味は尽きなくて。手元に戻らぬ本に首を傾げれば、言葉を探す様に星色の瞳が彷徨う。 「俺は、星が好きだ。……好きだから知ろうと思った。だから、あー……綺麗だ、って思うなら、それで良いんじゃねぇの」 学ぶ事は後からきっと付いて来るだろうから。まずは見たいものを見ればいい。指先が空を示す。星座をなぞる指先を目で追った。ボトムの人は、星が好きなのか、と呟いた少女は、その視線を伊月に戻す。 「あなたの好きな星はどれ?」 「此処には無いな。……シリウスって言って、全天で一番明るい星が好きだ。一番明るいから」 大真面目に言う声に、面白そうに笑った。ボトムのそらは、とても綺麗なものだ、と思った。 ● 予習はばっちり。北極星も、おとめ座も、春の大三角形だって分かるのだ。だから大丈夫。凛子と隣同士。腰を下ろしたリルは、一緒に同じ星を探せるように空を示す。 「あれがスピカ、真珠星っていうらしいッスね」 同じものを見たい。そう思って示して行けば、隣の凛子の視線を感じて視線を戻した。つまらなかっただろうか、と問われれば、ただじっとその横顔を見詰めていた凛子は緩やかに首を振る。 「リルさんが一生懸命なのでつい見とれていたのですよ」 ふわり、とはにかむ表情。頬の熱が一気に上がった気がして、リルは視線を彷徨わせた。真っ直ぐな言葉はどうしても照れてしまう。そんな様子に目を細めて。そっと、手を繋いだ。 其の儘するり、とコートに滑り込む手と手。未だ寒い夜でも、それはとても暖かくて。少しだけ鼓動が早まった。 「アルクトゥルスの先に北斗七星とおおぐま座なのですよ」 今度は凛子の指先が、空を示す。優しいアルトの声に、誘われるのは眠気。遅くまで頑張った予習の所為だろう、うとうと、重くなる瞼を何とか持ち上げようとすれば、不意に後ろから回る腕。 大好きな温度に甘えるように擦り寄った。一気に溶けていく。視界も、頑張って保っていた意識も。それを安心させる様に、撫でる手が心地良くて。 「こうしていれば温かいですよ?」 「凛子さんが――」 こんなにも、暖かいからだろうか。ふわふわした意識はすぐに沈んで。それでも、凛子の手は離れない。ただ静かに、綺麗な星空をその瞳は眺めていた。 「――星、お好きですか?」 拓真と連れ立って。星を眺めに来た悠月の声に、振り向く銀髪。嗚呼、と覚えのある顔に首を傾げた彼の名を呼んで。悠月は僅かにその視線を落とした。 一度目は、敵だった。二度目は味方であったけれど。まともに名乗り合う程の時間は存在しなかったのだ。失われたものは多かった。散ったものが、存在していた。けれど、今ならば。 「風宮悠月と申します。……宜しく御願い致します」 「新城拓真だ、宜しく頼む。……元剣林か、場所が場所であれば手合せを願っていたが」 名乗られる名前と、酷く残念そうな顔。驚いた様に幾度か瞬いた瞳が、居心地悪げに彷徨う。沈黙が僅かに落ちて。漸く上がった視線が二人の顔を見遣って、知ってる、と小さく答えた。 「向坂伊月。どーぞ宜しく。……流石に、お前とサシでやり合って勝てる気はしないんだけど」 専門外だ、と肩を竦める。そんな彼に尋ねたい事があるのだ、と拓真が告げれば、僅かに傾げられる首。知っている範囲で良い、と前置いて、拓真は口を開き直した。 「『捷脚』要。彼女の事を教えて欲しい」 「顔は知ってる。ただ、俺はシンヤさんの件で剣林を抜けてるんで。大した面識は無いな。……栃木の一件では無事だったけど」 互いに敵同士。必要以上に知る事は無いのかもしれないけれど。そんな問いかけに悪いな、と眉を寄せた伊月に、もうひとつ問いを投げたのは悠月だった。 「一緒に居たあなたの相方……神崎・剣人、でしたか。彼は……?」 小山で生き延びた筈の彼。アークに来るのなら、寧ろ彼の方だろうと悠月は思っていた。積み重ねたものの影響があったのだろうか、と問えば、無事だ、と告げて伊月は肩を竦めた。 「革醒した子供向けの孤児院の運営してる。俺等もそこの出だけど、管理者が居なくなったから」 人当たりの悪さは自覚があるのだろう。僅かに眉を寄せて、俺は出稼ぎと告げる彼に少しだけ笑って。是非彼とも話してみたい、と拓真は告げる。 「案外、話が合いそうな気がしてな」 「多分合うよ。まぁ、今度こっちに来る時は声かける」 言葉が途切れる。改めて、2人を見遣った伊月はまた視線を彷徨わせて。これから宜しく、と短く告げて踵を返した。 並ぶ足音は二つ。恐らくは知っているのであろう、星の良く見える場所。邪魔でないなら一緒に連れて行って欲しい、と告げたエレオノーラに、狩生は嬉しそうに頷いて。 洋館から離れた、森の先。少しだけ緩やかな坂道を登れば、開ける視界。星空以外何も見えない世界が其処にはあった。 「雪や雨と同じ位には星も好きよ」 「私もです。静かな美しさは、心を穏やかにしますね」 寒くは無いですか、とかかる声に首を振った。星空を眺めれば思い出すのは、小さな頃。父と星を見た時に、砂糖菓子みたいで美味しそう、と言って笑われたのだと告げれば、薄い肩が微かに震える。 我ながら風情の無い子供だと思う。きらきらと、瞬く星はあの頃と同じ煌めきを持っていた。甘くて美味しそうな、砂糖にも似た。 「星や砂糖みたいな人生とは程遠いけど。最近は多少辛くは無くなったかな、と思うわ」 変わったものがあった。取り巻く世界は移ろっていく。例えるなら、少しだけ砂糖を零したような。そんな世界は悪くは無かった。それは、皆のお陰であって、隣の青年のお陰でもある。 見上げれば、銀月の瞳は酷く穏やかに細められていた。きっと気晴らしがしたかったのだろう彼に、今日はとことん付き合うつもりだった。 「良いバレンタインのお返しを頂いたからね、コレ位は付き合うわ」 「……戻ったら紅茶でも如何ですか。星の代わりに砂糖を溶かして」 春の夜は未だ寒いから。少しだけ面白そうに笑う声を聞きながら、眺める星空はやはり、変わらぬきらめきを持っていた。 「うわぁー! 綺麗ー♪ やっぱりボトムって全然違うねー!」 かの世界の夜空もこんなに綺麗なら長い夜も退屈しないのに。満天の星空に感動し切りのエフェメラは、抱えた本を広げて見比べる。一つ一つに名前がある訳では無く、一際大きな星にだけ名前がついているらしい。 すごいなあ、と呟けば、丁度通りかかったエリスも、小さく頷いた。星は何時眺めても良いものだ。季節の移り変わりにと共に変わるそれは美しい。地上の事など目にも留めず、ただ見下ろす星々。それが良いのか悪いのかは分からないけれど。 「見上げれば……星々が……あることに……安心できる」 どれがどの星かなあ、と首を捻るエフェメラに、ぎこちなく、目立つ星を指し示して。エリスは思うのだ。あるだけで良いものなのだと。月日が移ろっても、変わらず星があるのなら、それでよかった。 「こうやって、夜空を見るだけでも感動できるボトムって、ホントに素敵だねっ」 まだまだ知らない事ばかりの世界だけれど。守っていかなくちゃと思える程に、目に映る世界は美しかった。 ● 「卒業おめでとう、レナーテ。就職するんだよね」 「ありがと。まあそうね、と言っても、リベリスタ辞める訳じゃないし、二束の草鞋のままなのは変わらずだけれど」 生活は勿論だけれど。自分の護るものを忘れない為に。普通に働くのだと言うレナーテに頷いて。快は自分もまた、就職活動の時期だと少し笑った。 実家の酒屋は、まだ継ぐ予定は無かった。まだまだ現役の父が、息子であるなんて理由で継がせてくれる筈も無く。それなら、もっと世の中を広く見られるような仕事に就いて、多くを知りたかった。 「がんばってね。室長に言えば何とでもなりそうだけれど、それはしたくないでしょうし」 折角、選択肢の多い学生なのだ。その特権を放棄するには余りに勿体無い。候補は幾らでもあるのだ。流通、商業、そういえば警備の人からも声をかけられたらしい快は、先を思う様に視線を投げる。 警備何て似合いそうだけれど、社会を知るには商社だろうか。そんな声を聞きながら、快は不意に、思い出した様にレナーテに視線を向ける。 「大学生カップルで片方が就職とかって、別れるのが多いタイミングだよね……」 「……その振りは何かしら。別れたいの?」 いやそんなまさか。首を振る快に少し笑って、レナーテは緩く首を傾げる。まだまだ一緒に居たい、と告げる声に、快は表情を緩めて。そっと、彼女の手を取った。 「勿論、これからも一緒に居たいに決まってる」 リベリスタとしても、自分がこの先社会人になっても。この手を放すつもりなんて無かった。 小高い丘のベンチに2人。借りて来た天体図を広げながら、祥子と義弘は空を見上げていた。夜は未だ少し冷えるから、距離は何時もより近め。綺麗、と囁く声が耳元で聞こえるようだった。 「街では夜でも明るくて、ほとんど星なんて見えないけど、ここでは小さな星までたくさん見えるのね」 こんなにも広い空の沢山の星の中で。偶然同じとき同じ場所に生まれる事が出来て、出逢えて。こうして居るなんて奇跡みたいだと、祥子は目を細める。まさしく奇跡だな、なんて。 何時もなら甘い言葉は柄じゃないと飲み込んでしまうのだけれど、この空を見ていると見栄なんて些細な事に思えて。義弘の口も素直に、言葉を紡ぐのだ。何も言わぬまま、少し冷えた身体を抱き寄せて。 少しだけ強引に、唇を重ねた。驚いた瞳が此方を見ていて、覚えた気恥ずかしさに苦笑する。 「……まあ、柄じゃないが、たまには、な」 夜は冷えるから、此の侭。そんな彼に身を委ねて、響いて来る心臓の音に覚える心地良さ。体の大きな彼は、心臓も大きいのだろうか、何て思って。そっと耳を寄せた。 こんばんは、と声をかけて。伊月を誘った霧音を追いながら。遥紀は、隣を歩く銀髪にその視線を向けた。気付いたのだろう、此方を見返す瞳に苦笑いを返して。 「……この前は庇ってくれて有難う、自重しないと、だ」 「…………別に。お前が倒れたら困るから、手出しただけだし」 人の事を言えた事ではないけれど。怪我は大丈夫なのかと問えば、問題無いと振られる手。目の前を歩く霧音にお疲れさま、と告げれば、紅の瞳がゆるりと此方を振り返った。 星は良いものだ、と感じた。こうしてゆっくり見る事なんて今までは無かったけれど。そんな感情の代わりに、口に乗ったのは少しだけ面白そうな笑み。 「それにしても。最初は強引に巻き込まれたようだけど……資料まで用意しちゃって、一度やると決めたらとことんまでやっちゃうタイプかしら?」 「嗚呼、確かに星見のお誘い、楽しそうだったね? 案外可愛い性格してるのね、何て笑う霧音に、片目を瞑って微笑む遥紀。言葉を探せず一瞬黙った伊月に小さく笑って、からかう訳では無いのよ、と告げればそっと霧音はその瞳を伏せた。 誰かの事を、言うつもりは無かった。そっと胸元を押さえて。告げるのは、自分自身の言葉だ。 「ようこそアークへ、向坂伊月。これからよろしく、ね」 「どーぞよろしく。まぁ、精々死なない程度にやるさ」 そんな彼の様子に少し笑って。遥紀は空を見上げた。届かないけれど、何処か暖かい星は遥紀も嫌いでは無かった。見えなくても其処に居て、寄添ってくれるから。折角だから成り立ちも教えて欲しい、何て問えば、示され始める星空。 これから先も、見えていく星は違って。それ以外にも、季節の移ろいと共にイベントは増える。星色の瞳が此方を見たのを確認して。また遊びに行こう、と告げた。 「伊月の事、もっと知りたいな」 「……覚えてたら、行ってやっても良い」 つっけんどんな物言いに、また小さな笑い声が響いた。正直に言えばただ飯狙いだし、そのまま部屋の中に居てもよかったのだけれど。折角だからと散歩に出た瀬恋はふと、目に留まった後姿にあ、と声を立てた。 振り向く予見者。嗚呼、と表情を緩めた彼女を見遣って、飴玉を転がしながら思い出す。確か、彼女は。 「えーっと、月隠のネーサン。こうやって会うのは初めてだったかね、飴食う?」 会うのはいつも仕事ばかりだ。貰う、と差し出された手に飴を乗せて。そう言えば、と思い出した。首を傾げる彼女の彼氏。 「アンタの彼氏ってあの坂本のニーサンらしいね。あの気難しそうなのをよく落としたね」 「っ……い、いや、そ、そうね……」 「それに月鍵のネーサンとも仲いいらしいじゃん。……坂本とセレンと仲が良くて、アタシの名前が坂本瀬恋」 ちょっと面白い偶然だな、と告げれば、視線を彷徨わせていた響希が確かに、と少しだけ表情を緩める。言葉は続かなくて、星空を見上げた。悪くは無いけれど、やっぱりガラではない。 首を振って、踵を返した。またな、と告げればひらひらと振られる手。夜も更けてきた。此の侭、部屋でのんびり朝を待つのも悪くは無いだろう。 星を見るぞー! と一言叫べばばっちり丁度良い場所につく。流石地の文さんである、なんてそんな事言わないでください。資料を抱えて一人、空を見上げるベルカはどれどれと資料を捲っていく。 ぴたり、と止まる其処にあるのはりょうけん座。その名の通り猟犬をかたどった星座はまさに自分向き。遥か先まで見通す瞳を使って、星々の煌めきもより鮮やかに。 「どれどれ……なるほど、春の大三角形がこれで……あの星か」 何か良い謂れでもあるのだろうか。楽しみにしながら資料を辿るも、書いてあるのは新しい星座なので神話は無い。の一言。思わずつんのめって、首を振った。 何だか納得がいかない。こうなったら資料作成者にお勧めの星座を聞くのが一番だろう。走って行った彼女が、どんな星座を勧められたのかは彼女だけが知っている。 ● 「……久し振りだね」 出会いは丁度1年前だ。伊月に声をかけて、人気のない森の奥にやってきた悠里は何処か硬い表情で、その口を開いた。出会いはまさに、最悪だった。 今も忘れはしない。忘れるなんて出来なかった。目の前で失われた幼い命の事を、悠里の記憶はあまりに鮮やかに訴える。それが己の力が及ばなかった結果だと、思っていても。 それでも、その終わりを齎した相手を歓迎出来るほど、自分は大人では無いのだ。淡々と、告げる声からも目を逸らさずに。黙って耳を傾ける伊月を見返した。 「僕は、君を恨んでるよ」 「……正義の味方になればすべて帳消し、何て思ってねぇよ、当然だ」 言葉を選べるほど、器用では無かった。告げる言葉にも目の前の瞳は揺らがない。恨んでいる。けれど、同じ位思う事があった。あれ程リベリスタを嫌う彼が、此処に居る理由と、散った少女が遺したであろうもの。 それを否定なんて出来る訳がないのだ。したくもない。抱く感情は酷く矛盾していて。ぶつける言葉は本当に身勝手だ。けれど、それでも伝えるべきだと思うから。 「でも、君のことを仲間として信用したいとも思ってる」 今の自分には、まだそれは出来そうにないけれど。その日が来るように努力したい。並べられた言葉は真っ直ぐで裏表なんて無くて。真っ直ぐに此方を見ていた銀色が、初めて僅かに揺らいだ。 言葉を探す様に彷徨ったそれが、もう一度。悠里の瞳を見返す。 「……間違いだったとか、申し訳ない、とか言う気はない。どんな御託並べようとやった事はやった事だ。無くならない」 どれ程救おうと、謝ろうと。戻らない事を知っている。許される事はあっても無かった事にはならないのだと、理解している。だからこそ、伊月は硬かった表情を僅かに崩して、首を振った。 「……その言葉に応えられるようには、するつもりだ」 お人好しばっかりだ、と。呟いた声は最初に聞いたそれよりずっと、優しかった。 凄まじい速度で空気を切る音がする。切っ先が見えぬ素振りをアラストールは只管に続けていた。後10回。ほんの瞬きの合間に終わったそれをそっと収めて、熱を帯びた身体を覚ます様に、空を見上げた。 田舎の森と言えば修行だと思っているけれど。郷に入れば郷に従えと言う事で。とても一度では視界に収まらぬ星空に、先人は神や数々の幻想を見出した事を思い出した。化学が神秘を駆逐していったのが現代であるけれど、神秘は今も尚こうして世界に存在している。そうで、あるならば。 「――星々に人が見出した幻想には真実もあるのでしょうか」 呟いた。それを知る事が出来るのは何時の日か。緩やかに瞼を伏せた騎士から少し離れた、木の上は、何時もより空に近い場所。安定した枝に腰かけて空を見上げる那雪は、足元で聞こえた微かな音に、視線を下げた。 「手を伸ばしたら、星に手が届きそうだと、思わない?」 「そうですね、こんなにも綺麗なら確かに」 降りようと腰を上げれば、差し出される手。そっと重ねて地面に下りた。高い所から見る星空は綺麗だったから。見せてあげたい、と告げれば少しだけ楽しそうに笑う声。空を舞うのは便利ですね、何て声を聞きながら、もう一度空を見上げた。 「狩生さんは……彼らに、少し似ているわ……」 だから、星を見ていると落ち着くのか。緩々と、伏せられた瞼と胸元を押さえる手。驚いた様に此方を見下ろす銀月を、もう一度見返した。 「近くにいるのに、何だか遠い気がして……なんでかしら、ね?」 「……少なくとも、今は君の一番近くに居ますよ」 居なくなりませんよ、と笑う彼は、まるで永遠の様で。だからこそ星のように、ひっそりとその輝きを止めてしまいそうな気がした。居なくなってしまわない様に、と。その服の袖を掴めば、僅かに見開いた瞳が、柔らかく細まる。頭に乗った手がそっと、髪を撫でた。 結んだ指先は、優しい温かさを帯びている。二人並んで星空の下。楽しかった学校生活を振り返りながら、あひるはほんの少しだけ眉を下げた。ついこの間まで、同じ高校生だったフツとあひるは、この春から高校生と大学生。 同じ学校で会う事は無いのだと言う事実が心に齎すのは、寂しさと、少しの不安だ。大学生と言う言葉はあひるにとって随分先の、自分とは遠い大人の響きを持っている様な気がしたのだ。 一緒にお昼を食べたり、図書室で勉強会をしたり。そんな当たり前だった事が、今年一年出来なくなる。ほんの一年だと誰かは言うのかもしれないけれど。それでも、寂しかったのだ。 「フツが学校終わるまで、あひる待ってるから……これからも、一緒に帰ろう……?」 小さな声。其処に含まれる不安は、勿論フツだって気付いていた。繋いだ指先に少しだけ力を入れて。何時もの様ににっこりと笑って勿論だと頷いた。 「大学の方が、多分終わりは早くなると思うんだよな。だから」 これからは自分がバイクで迎えに行こう。校門で彼女の学校が終わるのを待って。そのまま帰ったり、少し遠回りをしてみたって良い。勉強会だって出来るし、お昼じゃなくても一緒にご飯を食べる事は出来る。 驚いた様に此方を見上げる緑色を見返して、フツは笑った。何にも心配する事など無いのだ。少し変わるだけ。心は少しも離れて居ない。 「学校行くときもオレが送ってやる。そうすると、あひるもマイヘルメット買わないといけないな」 「やった、やった! 学校行く時も、一緒に行く! フツ、約束、約束だよ……!」 不安だった心も、気付けば何時も通り優しい色。嬉しくて安心して、思わず零れた笑みごと、フツはその小さな身体を抱きしめる。未だ少しだけ、夜は寒いけれど。心はとても温かかった。 フツの腕の中、あったかい、と。囁いた声はとても幸せそうな響きを持っていた。 「伊月ちゃん、こっちこっち!」 「はいはい、……足元気を付けろよ」 誘われたなら誘い返す。迷惑でなければ、と差し出したルナの誘いの手に、伊月は了承と共についてきていた。森の中で一番綺麗に星が見える場所。囁き交わす木々に、教えて、と問うた。 ずっと此処に居る彼らだからこそ知っている道を歩く姿を、興味深げに眺める伊月を手招いて。辿り着いたのは、人が足を踏み入れた気配が殆ど無い、小さな空間。灯りも何もない其処で、冴え冴えと光る星に瞳を輝かせた。 「ねっ、ねっ。伊月ちゃん、お星様が一杯だよ! あれはなあに?」 「あれが北極星。今の北極星は、こぐま座のポラリス。……見えるか?」 尋ねる声に頷いて。もっと教えて、と言えば目の前の星の色の瞳が酷く嬉しそうに細められる。北極星は変わる星なのだ、と小さく呟いた。不変に見える星空は、常に変化を続けている。 「それこそ、人間には永遠みたいな時間だけどな。……変わらないものは無いって教えてくれるんで、俺は星が好きだ」 「……季節によって、違うお星様が見えるんだよね」 星空を見上げる彼に問えば、頷くのが見える。その時はまた教えてくれる? と首を傾げれば、酷く気恥ずかしげに瞳が逸らされた。覚えてたらな、なんて台詞は了承と同じだろう。会話は途切れて。ただ、星空だけが煌めいていた。 ● 春の星に詳しくは無いけれど、素敵なものである筈で。それをこの、手を繋いだフラウと一緒に見る事が出来るのならその素敵さは増す気がした。確りと握り合って。フラウと五月は森の中を進んでいた。 繋いだその手は温かくて。晒された脅威の中で失われなかった事への安堵を何より強く感じさせてくれる。不意に、足が止まった。 「あ、着いたみたいっすよ。此処なら星が良く見える」 「フラウは寒くない? オレは手を繋げるから暖かいぞ」 うちも大丈夫っす、と答える声に表情を緩めて。開けた其処に、二人並んで座った。星空は美しかった。空は何時だって其処にあって、同じように見えても少しだけ違う顔を見せてくれる、なんて。 言ってみたけれど、あまり星には詳しくない。肩を竦めたフラウを見遣って、五月は少しだけ目を細めた。空は変わりなく、其処にある。変わらない事は良い事かもしれない。 変わりゆくものも確かにあるのだけど。例えるならそう、空がずっと其処にある様に。変わりなく、ただ傍に居られればいいと、五月は思うのだ。この、繋いだ手の先の温度と。 「メイはお星様に詳しかったりするっすか?」 「……うん、オレもお星様はあまり詳しくないけれど伊月に聞いたんだ」 あれがスピカ。あれはポラリス。指差されるそれの名前を一つ一つ告げれば、楽しげにフラウが笑って。それが幸せだった。また、星を見ようと囁く。約束をしようと、その手は結ばれた。 「今度と言わず。ずっと君を守るよ。約束しよう、」 変わらない空の下ずっと一緒にいると。結んだ手に少しだけ力が籠る。約束の証は、星空だけが見つめていた。 どうせぼっちなので星はみません。悔しくなんかないんだからね。何て言いながら。一人森に入ったエーデルワイスは全力で大木に向かってボディーブローを連発していた。 気分は非公式・桃子`sブートキャンプ。銃撃ばっかりで鈍った格闘術を鍛え直すらしい。抉り込む様に打つべし殴るべし。退かない・媚びない・省みない。 誰が何処でロマンティックしてようと、自分は独自の道を行くのだ。一発、二発。容赦なく叩き込まれるそれ。 「リア充共が何ぼのものだァァァァぁァァァ!?」 「……申し訳ありませんが、此処の森は宿主さんの私有地なので」 その様な事はいけませんね、と。微笑む狩生に止められたエーデルワイスがどうなったのかは誰も知らない。 「心の洗濯も兼ねて、夜の森を散策しない?」 「散歩か……たまにはいいわね。行きましょうか」 決着がついて、漸く一段落。防寒はきっちりとして、雅と瑞樹は二人のんびりと、星降る森の中を歩いていた。音が吸い込まれるほどの静けさを、破ったのは瑞樹の声。 「そうね……みんなでわいわいとやるのも好きだけど、こういうのも好きよ」 周囲の空気を楽しみつつ、けれど視線は確りと合わせて。そっか、と瑞樹が呟けば、そっちは如何なの、と問う声。少しだけ、話が弾んで。瞳を細めた。星明りが零れ落ちる金の髪はとてもきれいで。 思わず思考が横道に流れてしまう。それは、雅も同じで。雅にとって大切な『友達』だった彼女の記憶を受け継ぐ瑞樹。けれど、雅は瑞樹を瑞樹として見たかった。 だから、こんな他愛無い話も大切に思えるのだ。もっと、こんな話を重ねて。色んなことを知れたらいいと思うから。 「……何でもないこの一時が、少しでも貴女を癒せているといいな」 「こうしてのんびり過ごせるだけで心も体も癒せるから大丈夫」 心配だ、と告げる瑞樹の声に少し笑って。心配ないのだ、と雅は重ねた。それ以上言葉は続かなくて。静けさが、森を満たしていく。 都会よりも心が休まる場所。そこから眺める星空は最高だった。シェリーはそっと、目を細める。宇宙と言うものの前ではリベリスタなどちっぽけで。否。自分達だけではない。 今踏みしめるこの地球自体が、あまりにちっぽけだった。記憶が流れる。此処に来てからの事。小さな星の中で起き続けるそれは小さく、けれど、自分にとってはそれが世界の中心でもあった。不思議な事だ、と小さく呟いた。 「この世界は、あまりにも小さく、そして広大なのだな」 噛み締める様に呟いた。けれど、どれ程考えようとちっぽけな自分に出来る事等限られているのだ。それを、全力で為して、生き続けるしかない。それが命と言うものだろうから。 「……楽しめては、居る」 こんなにも小さな自分だからこそ。手に入れる事が出来たものもあるから。この人生はきっと悪いものではないのだろう。其の儘静かに、目を伏せた。 星を眺めながら森林浴。川の音色に耳を澄ませて、深呼吸して。冬よりずっと柔らかな音に満ちた世界は、春を教えてくれる様で。まだ、夜は少し寒い、何て嘘を、旭は零す。 肩が触れ合う程近付いて。手を繋いでも良いだろうか、と指先を伸ばしかけて。けれど、それより早くロアンの手がそれを包み込む。楽しく笑い合うのが良いのは勿論だけれど。こうして静かに寄り添うのも素敵だった。 「君と一緒なら、何でも楽しいよ」 表情が緩む。嬉しそうなロアンの顔に、旭はどうしても緊張で早まる鼓動を小さく飲み込んだ。あんまりにも、綺麗で気後れしてしまうのだ。いちばんきれいなおほしさまを見つけて、だいすき、と囁く。 この指先から、沢山の好きが伝わりますように。そんな願いに応える様に、ロアンの指先が空を示す。優しい春の夜空。煌めくそれを辿る指先を、目で追った。 「夫婦星っていうのがあるんだっけ? どれがそうなのかな?」 「夫婦星…たしかスピカと、もいっこ橙の星だっけ……あれ、かなあ?」 プラネタリウムと違って、見つけるのはむずかしくて。でも、こうやって顔を寄せ合って空を見上げる時間は、しあわせだった。そんな彼女に、きっとそうだね、と笑って。ロアンは横目で、その横顔を眺める。 遠い星も綺麗だけれど。それ以上に、近くの旭がきらきらと眩しくて。自分には勿体無い気がして。少しだけ、気後れしてしまうけれど。そっと、繋いだ指先を絡め直す。 こうやって、空を見上げる時間も。そして、この先も。彼女が幸せだったらいい、なんて。願いにも似た思いを、星空は叶えてくれるのだろうか。 ● 「うっす新顔さん、活躍期待してるぜ。御厨夏栖斗だ。よろしくな」 「御厨でしょ、良く知ってる。どーぞ宜しく」 握手、と差し出した手が返らないなら、無理やりにでも握って確りシェイクハンド。引き攣った顔に最初の挨拶は大事だと笑ってから、星の話を教えて欲しいと問うた。 「今度彼女にカッコつけるためにおされな奴で!」 「……美しい髪の女が、夫の無事を祈って神に願った」 彼を無事に返してくれるなら、この髪を捧げます。その願いは聞き遂げられ、夫の無事を聞いた彼女は約束通り、その髪を神殿に捧げたのだ。その髪は、美しさを見初められて星座になった。 指先が示す先。煌めく星座があった。かみのけ座だ、と告げる声に礼を言って、夏栖斗は伊月にもう一つ、と問いを投げかける。 「剣林ってさ、力を求めるのってどういうことだと思う?」 誰かが理不尽に晒されるのが嫌だった。運命も神秘も人の悪意も。理不尽なそれで傷付くのを見たくは無かった。それを跳ね除けるだけの力が欲しいのだ。真っ直ぐに語る声と共に、放られる小石が水を切る。 「伊月、あんたはナニを思って力を求めた?」 「……お前と一緒だよ。もっと言うなら、……自分みたいな子供が見たくなかった。それだけだ」 淡々と吐き出される言葉。力を求める事の理由などきっと人の数だけあって。けれどその正しさは誰にも見えない。きっと答えなど存在しないのだろうと、夏栖斗も知っていた。でも、それでも。 「結果が正しくあって欲しいとは思ってる。なかなか上手くいかないけどね」 もう一つ。放った石がまた水を切る。立派だな、と呟いた声が、せせらぎの音に掻き消えた。 焚火だ。どう見ても焚火だ。未だ肌寒い一夜に温もりを齎してくれる焚火だ。しんみりしている人々の邪魔にならない様に、何て言いつつ小川に集った竜一と火車は、酷く真面目な顔で見つめ合う。 焚火とは本来神聖なものなのだ。奥ゆかしく、荘厳で、神聖が具現化したような尊い活動なのだ。何か分からないけどすごいものなのだ。 「そんじゃ……夜間光源と暖を取る仕組みを構築する!」 「任せるから存分に燃やせ! どっからか持ってきたダンボールとかたくさんあるぞ!」 ばさっと置かれる段ボール。それ以外は? 何もありません。何の準備もしていない事実に一瞬固まった火車は、焚火舐めんなと言わんばかりに適当なサイズの枝を握り締め戻ってきた。 「素手で火ぃかき回せってんじゃねぇだろうな……」 それでも確りやってくれる火車くんマジイケメンです。ばっちり用意を整えて、枝で火の管理をする彼の横で、竜一は満足げに頷く。やっぱりばっちりだった。火車野宿だし(偏見らしいです)。 団地に家があるのに。まぁきっと空の下の全てが自分の家みたいな気宇壮大なヤツなんだろう、なんてぶつぶつ呟けば凄まじい勢いで此方を向く瞳。 「野宿じゃねぇし外レジャーだし、シティーボーイ気取りかこのハゲ!」 やってみれば分かる。実際空広くてすげー気分良いんだからな、ってやっぱりそれ野宿って言うんじゃないでしょうか。そんな彼の声を聞いているのか居ないのか。真っ赤な火に大興奮の竜一は持っていた段ボールを近づける。 「うおお! 火がないのにダンボール近づけるだけで燃えやがる!」 「止めろ!火ついたまま飛んで……あ?」 ちょこん、と。竜一の頭に乗る、燃えた段ボール。ぎゃあああと響く悲鳴が、森中に響き渡ったのは言うまでもない。彼に髪の毛の加護あれ。 川の音が耳を擽る。冷え込みのきつい川の横。コートを羽織った響希の前で、氷璃は何時も通りのドレスのまま、星空を見上げていた。 「ごめんなさいね。付き合わせてしまって」 彼が居れば彼を誘ったのだけれど。貧乏籤を引いてもらった、なんて笑えば目の前の首が左右に振られる。誘ってくれるの嬉しい、と表情を緩めた響希に視線を向けて。そのまま、小川へとその目は流れる。 満天の星も美しいけれど。こうして水面に揺れる偽りの星空も、美しいと思わないか。そんな問いをかければ、そうね、と小さな声。 どちらも、遠く儚い光だった。日が昇ればすべて消えてしまう。差し出した指先が、夜空に波紋を広げて。屈みこんだ響希もまた、その流れに手を浸した。 同じように見えるのに決して同じでは無くて。今日見えるものが明日見えるとは限らなくて。けれど。人は、気付かないままにその変化を飲み込んでしまう。掬い上げた水が、流れ落ちた。 「――私はもう、何時も通り振舞えている筈よ」 失う事には慣れているから。あの日、心配そうな瞳を向けていた予見者に告げれば、赤銅の瞳は幾度か瞬いて。少しだけ、困った様に笑った。 「……氷璃サンは、本当に大丈夫なのかもしれないけど。やっぱり心配なのは心配よ」 あたしは失うって事がとても怖いから。視線は水へと落ちて、表情は窺えない。ぱしゃり、と跳ねた水が少しだけ、スカートの裾を濡らした。 狩生を誘って、森を歩く中。不意に聞こえた水音に誘われる様に、よもぎは小川の傍へと出ていた。夜の川も良いものだ、と目を細めて。けれど上ってくる冷えに肩を震わせる。 厚手のケープの前を合わせれば、気遣う様にかけられるインバネスコート。どうぞ、と何時もの服装で笑った狩生に、この間はお疲れさま、と告げて。星空を見つめ直す。 「そういえば狩生くんと出会ってそろそろ一年になるかな……?」 一年前の自分が今の自分を見たら、如何思うのだろうか。面白くなって少し笑った。早いものですね、と呟く青年は、あの頃から変わらない。優しくて、穏やかなままだ。 日々大きく変化していく人々が羨ましいと思う事もあるけれど、よもぎは彼のその、安定した生き方がとても好きだった。 「まあもちろん……本人も好きなのだけれど」 「……有難う御座います。ただ、……変化の無い生活は、時になにより苦痛を覚える事もありますよ」 口元を隠して囁けば、男は少しだけ笑って。どこか遠くを思う様に、その視線が流れた。それを、見遣りながら。 「……狩生くんも、もし自分自身が大きく変化したら戸惑うかい?」 「ええ、それはもうとても。……けれど同じくらい、嬉しいかもしれませんね」 変化すると言う事は、生きていると言う事だから。囁く様な声だった。表情は窺えぬまま、戻りましょう、と踏みしめられた小石が小さく軋んだ。 手を繋いで二人きり。資料片手に小川まで歩いて来たリセリアと猛は、都会とは違う澄んだ水にその目を細めた。少しだけ寒いけれど、夜空を見上げるのにはちょうどいいだろう。 「折角、向坂が色々と資料とか用意してくれたんだしな。一つずつ、星座を探していくとしようぜ」 「本当に星が好きだったんですね、あの人」 手間のかかった資料に少し笑って。ひとつひとつ、星を確かめていく。のんびりと歩きながら、猛は夜空に手を伸ばして、握ろうとして見た。やはり届かなくて、少しだけ笑った。 「星って不思議だよなぁ、手が届きそうなのにずっと遠くにあんだから」 「空気が綺麗で天気もいいから、尚更ですね……」 手の先を見詰めて。リセリアも、思いを馳せる。目に見えている筈の星の姿は、もっと昔の瞬間であるのだ、と誰かが言っていた。その感覚は理解出来なくて、やはり、不思議で。 けれど不意に、此方を見詰める猛が笑うから。リセリアも視線を戻す。 「でも、ま。……俺はもう星を一つ掴んでる訳だし、十分よな」 「って、いきなりなんですか……もう」 赤く染まる頬ごと、彼女を抱きしめた。大人しく抱き寄せられつつ顔を見返せば、そうっと重ねられる唇。 「好きだぜ、リセリア。俺の大切なお星様」 「――じゃあ、掴まえててください」 其の儘身を預けて。ぬくもりを分け合って。二人は空を見上げる。星空は相変わらず、零れ落ちそうに綺麗だった。 ● 鬱々とした日々の先、やっと訪れた休息日。灯りを消した二人きりの部屋で、星を眺める時間は直ぐ終了。喜平の手が、傍らに座るプレインフェザーへと伸びる。星よりも綺麗な人が、此処に居るのだから。 抱き込んだ後姿。髪に顔を埋めて、香りを、感触を確かめた。生きているのだと感じて、抱き締め直す。 「……約束一つと、お願い一つが欲しい」 紡がれる声に耳を澄ます。叶えたかった。命令でも、お願いでも何でも。死ねと言われるのならそれだって。そんな彼の想いを感じながら、そっと、絶対に死なない事だと、プレインフェザーは囁いた。 「……そんな約束できないってのは知ってる。でも、言葉だけで良い」 何があっても、あたしの所に帰って来てよ。其の声は常より少しだけ、震えている気がした。もう一つは、と問えば僅かに、間が開いて。いつか、とその唇は言葉を紡ぐ。いつか、戦う必要が無くなって、互いに来ていたなら。 その時は、家族になりたい。バレンタインデーのお礼には欲張りすぎかもしれないけど。苦笑した彼女の吐息ごと、飲み込む様に。重ねられた唇は言葉の代わりだった。 今この瞬間だけでは叶えきれない話だから。これは、約束の証だ。必ず果たすと、想いを込めたそれだ。彼女が少しだけ笑った。嬉しそうで、けれど、切なげな瞳が、忘れるなよ、と訴える。 星空にはこんなにも証人が居るのだから。いつの間にか振り向いていた少女の腕が、喜平の背へと回る。もう少しだけ、欲張っていいのなら。 「……このまま朝までずっと 抱きしめててくれる?」 やはり言葉は無かった。けれど、代わりとでも言うかのように。きつく、背に回った腕に力が籠った。 開いた窓から流れる空気は未だ少し冷たくて。けれどそこから見える星空は、やはりとても綺麗だった。灯りを消して外を眺めながら、ミカサは隣の響希の表情を窺う。 「……響希ちゃんは星、詳しいの?」 「んー、少し分かるくらい。歴史の方ならそれなりだけどね」 貴方はと問う声に少しだけ、と答えて。指先が示す星の場所。真白いスピカと隣り合うアルクトゥルスの橙は鮮やかで。指先を追う響希の瞳が見入る様に瞬いた。隣り合う煌めきは、長い時を重ねれば本当に寄り添う距離になるのだ、と告げて。 「……同じ様に寄り添ってみようか」 そっと、絡む指先。すんなりと傍に寄る身体に寒くないかと問えば、返事の代わりに擦り寄る頭。毛布をかけて、少しだけ落ちた沈黙を破ったのはミカサだった。 「ねえ、……俺は色々と足りない人種だけれど」 受け止められない程情けない男じゃない。確りと視線を合わせれば、紅の瞳が驚いた様に幾度か瞬いた。距離は近付いて、けれど未だ、その心の奥を聞いて居ない気がして。絡めた指先に少しだけ、力を込めた。 もっと我儘を言って、甘えてよ。言い聞かせるように告げた言葉。戸惑う様に目の前の瞳は彷徨って、酷くぎこちなく、伸びた腕がミカサの背へと伸びた。触れ合う体温は優しくて、けれど、それだけでは足りない。 「こうするだけじゃなくて支えになりたいと言ったら、笑う?」 「……笑わないわ。あたしもそう思ってる。ねえ、ミカサ、」 もっと教えて。首元に寄せられた表情は窺えなくて、けれど不安がる様に背に回った腕に力が籠る。夢なんじゃないかって怖いの、と囁いた声を抱える様に、小さな背を撫でた。 天窓から除く星々の煌めきは、冬よりずっと柔らかだった。机に並ぶのはシュスタイナの持参したクッキーの詰め合わせに、甘いものばかりでは飽きるだろうとユーヌの作ったほうれん草のキッシュ。 執事の一人、ユーニアが用意したお洒落なティースタンドには、一段毎にサンドイッチとピクルス、スコーンとフルーツ、ケーキと焼き菓子。もう一人の執事風の十八番、ベイクドチーズケーキに添えられる砂糖漬けの薔薇は色鮮やかで。 セッティングはばっちり。これだけは皆でやろう、とシュスタイナが提案したお陰で、予定よりずっと早く整ったお茶会テーブルを囲んで。最初に口を開いたのはシュスタイナだった。 「……シュスタイナって言います。姉がいつもお世話になっております」 「初めまして。どうぞ宜しくお願いしますね」 落ち着いて話せるのは初めてだから、挨拶は確りと。そんな彼女の声に続いたのは風。執事なら任せろと豪語した彼は手早くポットにカバーをかけて、ひざ掛けを配っていく。 其の声に反応して。良い羊羹……基、洋館だと周囲を見回していたフランシスカが其方へと視線を戻す。 「あ、そういえばシュスタイナはアリステアの妹だってね? お姉さんには依頼でお世話になりました」 挨拶から始まるのは他愛ない会話。まだ全然、何も知らないから。教えて欲しい、なんて声。好きなものは。今までの事は。この先は、如何して行こうか。そんな会話の合間に、配られたのは桜紅茶。ふわり、と香る春の香りに目を細めれば、フロックコートも良く似合うユーニアが場馴れした様子で砂糖を差し出す。 一杯目は、春摘みダージリン・ファーストフラッシュ。柔らかな甘みは菓子とも良く馴染んでいた。勿論、アッサムやアールグレイも、身体を温めてくれるスパイスティーも用意済み。リクエストは何なりと、と口角を上げた彼を見遣って。 相槌を打つユーヌは僅かに笑って、手元のお菓子を放った。 「堂に入った給仕だな、ほら、チップだ」 「お気に召しましたら光栄です、お嬢様」 恭しく頭を下げる様子にまた少しだけ笑って。その視線は星空へと向く。少しだけ窓を開ければ、流れ込む空気は冷たいながらも春のにおいを含んで居た。星座には詳しくないから、わからないけれど。 「見た顔に似た風に見えるのもあるな?」 言ってしまえば、そう見えてきてしまうのが人間だ。共に居る面々の様だ、何て不吉な気もするけれど、今なら笑い話だ。くすくすと、笑い合う合間。外を眺めるフランシスカは小さく、息を漏らす。 「つかの間の休息、か。でもこれはこれでいいよね」 「またお茶会しましょう。……みんなでこうやって集まるのも、楽しいですから」 大変な事ばかりだけれど。こうして居られるなら良い。そんなフランシスカの声に、風も頷いて。その瞳が空を見上げた。星がこんなにも綺麗なのは、手が届かないからだろうか。楽しげな笑い声はまだ止みそうになくて。 こんなにも穏やかな時間ならば、続く限り続けばいいと、ユーヌは思う。また今度を、励みにする事が出来るのだから。 「綺麗……」 「綺麗……ですねー……」 ベッドに寝転んで、寄添い合って。開いた窓の外に広がった空は、何時かのクリスマスよりずっと、美しい輝きに満ちていた。それに見入る糾華の瞳は、けれど不意にリンシードへと向けられる。 ばっちり、合う視線。気づいて居たわ、と言いたげな糾華の瞳に、リンシードはほんの少しだけ、笑い声を立てた。 「ふふ……すみません、いつもの癖が……」 こうやって、糾華の顔を見詰めるのが好きだった。そんな事を呟けば、瞬く瞳。時々、同じものを見ているのか不安になるわよ、なんて声に首を傾げれば、そっと、隣の手が髪を撫でた。 「ねえ、貴女にはあの星空は綺麗に映っているのかしら?」 「お姉様のお陰で、星も……世界も、物凄く綺麗に見えていますよ……?」 良かった、と少しだけ笑ってくれる顔も、一緒に過ごす時間も。大切に、護っていきたいとリンシードは思う。2人で重ねていきたかった。普通の日々とか、優しい感情を。だから、こうして共に空を見られるだけで、戦いを生き抜いた甲斐があるとも思うのだ。 そんな彼女へ、伸びる腕。さらり、と落ちかかる白が視界を覆った。細い身体を、そっと抱き締め返す腕に覗く包帯。糾華の指先が優しく、それを撫でた。其処に含まれるのは不安。 「……痕、残らない?」 不甲斐なかった。彼女の囮を受け入れた事が。もしも、もう少しだけ自分が強かったなら。彼女はこんな傷を負っていなかったのだろうか。首を振って、抱き締め直した。 「ゴメンね、護りきれなくて……私、強くなるわ」 貴女に護られ、貴女を護り抜けるくらい。抱き締める腕は少しだけ震えている気がして。リンシードは緩々と首を振った。傷は直に治る。そして、この傷は自分のやるべき事を、やりたかった事をやった結果だ。糾華の所為ではない。 これからも、この先も。選ぶのは自分なのだろう。2人は一つにはなれなくて。けれどだからこそ、寄添い支え合いたいと手を伸ばす。 「私も……お姉様を手放さないようにもっと強くなろうと思います……」 結んだ手が解けない様に。寄り添う影は、ひとつだけだった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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