● 桜も開く3月も終わりに近いある日、リベリスタ達はアークのブリーフィングルームに集められた。『運命嫌いのフォーチュナ』高城・守生(nBNE000219)は集まったメンバーの確認をしている。しかし、その表情はどことなく落ち着きがない。 嫌な予感を感じたリベリスタの1人が促すと、守生はため息混じりに説明を始めた。 「分かった。それじゃ、説明を始めるぜ。……百聞は一見に如かずだな。まずはこいつを見てくれ」 守生が端末を操作すると、1人の男性が表示される。 そこに映ったのは藍染の羽織を羽織った、初老の男。アークのブリーフィングルームで見せられる以上、事件の被害者か事件を起こすフィクサードのどちらかである可能性は高い。そして、男の纏っているオーラは、明らかに戦士のものであった。 見紛ごうはずもない。 頭から生えた白虎の耳。 間違いなくこれは、「剣林派首領」剣林百虎だ。 映像からでも伝わってくる凄みに、リベリスタ達は全て理解した。 「そういうことだ。今回相手にしてもらうのは……こいつになる。あるリベリスタ組織に襲撃を仕掛けようとしているんだ」 普段ぶっきらぼうな口調の守生も、言葉を選んでいる。万華鏡越しとは言え、その恐ろしさは十分伝わっているのだ。 守生の話を纏めるとこうだ。 アークと友好関係にある『ウォール』というリベリスタ組織があった。彼らは先の『楽団』との戦いで有力な構成員の大半を失い、彼らが保管していた危険な破界器の保管を依頼してきたのだ。しかし、その移送の準備がようやく終わろうとした所で、剣林は襲撃を仕掛けてきた。三高平に運ばれる前に奪取するつもりなのだろう。 対『楽団』では同盟を結んだものの、いまやその楽団は一部の幹部を残して瓦解した。そして、剣林は本質的に『アーク』と敵対しているのだ。 「当然、この予知があった段階で、ウォールとの連絡は取っている。それでも、わずかに間に合わない。破界器を守る人間が必要なんだ」 『ウォール』の構成員とてリベリスタ。フィクサードと戦う当然はある。しかし、万全の状態であってすら実力も規模も『アーク』には程遠い組織だ。日本最強の異能者にかかれば、いともたやすく破界器は奪われてしまうだろう。 「ある程度の時間を稼ぐことが出来れば、土地勘があるウォールの連中が逃げ切ることも出来る。正直、困難は百も承知だし、危険な話だ。だけど、多数の破界器が剣林の手に渡るのは避けたい事態だ。……よろしく頼む」 どれだけ気を付けても気を付けたりない相手ではある。しかし、出し抜く隙は必ず存在するはずだ。 「説明はこんな所だ。資料も纏めてあるので目を通しておいてくれ」 説明を終えた少年は、その鋭い瞳で睨むように、リベリスタ達に送り出しの声をかける。 「あんた達に任せる。無事に帰って来いよ」 ● 「……以上が、事の顛末。ケイオス・“コンダクター”・カントーリオによる日本襲撃事件ということだ」 「ガッハッハ! 見事なもんだ。やっぱ、若ぇ連中は勢いがあって良いやな」 盃に注いだ酒を一気に飲み干すと、白虎の耳を持つ男は豪快に笑って見せる。 そんな友人の姿に初老の男――『剣林』付きのフォーチュナ赤坂はほっと安堵のため息をつく。一連の事件の中でこの友人は冷静な面を見せたものの、ケイオスの居場所が分かっていたなら他の状況を全て無視して乗り込みかねなかった男だ。彼自身、今回留守番を決め込む羽目になったのは面白くは無かったのだろうし、今までの経験上そうした場合に荒れることも珍しくは無い。それを考えると、『アーク』の戦いぶりは友人にとって、たまらなく痛快だったのだろう。 『楽団』による三高平襲撃から数日が経った。 『剣林』としてはそれなりの被害を出しつつも、自分達の縄張りを守ることに成功した。結果としては上々と言えるだろう。加えて言うと、一連の戦いの中で友人にとって「天敵」と言える男が『アーク』との戦いに敗走したのも、彼の機嫌を良くしている一因なのかも知れない。 「そんな言葉が出るとは、さすがの剣林百虎もいい年ということか?」 「馬鹿言ってんじゃねえ、雅の字。むしろ、ここからが面白いんじゃねえか」 そう言って、赤坂の古くからの友人――『日本最強の異能者』剣林百虎――はニヤリと口元を歪めて笑う。楽しげに笑いながらも相手を威嚇するような笑み。こんな笑い方をするのは、英雄か大悪党か、そのいずれかだろう。付き合いの長さゆえに赤坂は慣れてはいるが、並みの人間であれば気絶しかねない迫力を秘めている。 極東の神秘情勢において、『アーク』の株は右肩上がりだ。逆凪派首領、逆凪黒覇は『アーク』のことをBIG8の1角と評したという。赤坂はこの言を聞いた当初、評価に過ぎるのではないかと思ったが結果として正しかったと言わざるを得まい。 そして、それと同時に極東の神秘情勢に大きく均衡を崩す存在、『アーク』の台頭は波乱の香りを漂わせている。百虎が「面白くなってきた」と評するのは、それを確かに感じているからなのだろう。 「で、頼んでいたものの調査は終わっているんだろうな?」 「勿論だ。フォーチュナの強化に金を使ってもらえると、俺はもっと楽になるのだが」 「その内考えてやるよ……ふん、まぁこんなもんか」 赤坂は銀縁のメガネのズレを直すと、もう1つ持ってきた百虎への「土産」を差し出した。百虎はプリントアウトされた紙束を受け取ると、楽しげに笑っていた表情から、獲物を狙う猛虎のそれに変わった。これがこの男の持つ本性である。 赤坂が渡したのは『ウォール』と呼ばれるリベリスタ組織の拠点地図。襲撃計画を立てるために調査を行っていたのだ。もっとも、懸案事項はかなり多い。 「しかし、人選はどうする? こう言うのもなんだが、うちの連中は『楽団』との戦いでかなりの負傷者を出している。無論、我々が動けばアークも護衛を出すだろう。分は良くないぞ?」 それでも、百虎が声を掛ければ――下手をすれば掛けずとも――剣林のフィクサード達は向かうだろう。好ましくない消耗が発生することは目に見えている。武闘派を名乗る以上当然の話だが、組織としてはあまりよろしくない。前線で戦う連中ならともかくとして、フォーチュナとして後詰めを行う赤坂としては当然の感想であった。 しかし、百虎に作戦を変えるつもりは無い。 「おいおい、雅の字。さっきの言葉、そっくり返すぜ。てめぇも年を取ったなぁ。ちょうどいいのがいるじゃあねぇか」 「どういう意味だ?」 「そいつはちょうど楽団連中が暴れている間は静かにしていてな。幸か不幸か、負傷はねぇ。それでいて、アークと戦う気も十分だ」 「おい、百虎」 赤坂は嫌な予感を感じて、友人の言葉を止めようとする。 百虎との付き合いは長いが、この手の嫌な予感が外れたことは無い。 「オマケに実力も十分だ。アークの精鋭が相手だろうと、そう簡単に負けてやるつもりはねぇ」 「おい、百虎」 そして、赤坂自身も分かっていた。こうした時にどれだけ止めても無駄だということを。それでも、止めずにはいられない。 しかし、この世界の神は無情だ。この数十年、幾度と無く繰り返してきた答えを、日本最強の友人は事も無げに口にする。 「俺が出陣する。後のことは任せるぜ」 まるで花見にでも行くような気軽さで。 されど、その男が向かう以上、血の雨が降ることは想像に難くない。 それが、『武闘派』剣林の首領、剣林百虎と言う男だ。 「……あぁ、任せておけ」 それでも、赤坂は友人の言葉に頷くしかなかった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:KSK | ||||
■難易度:VERY HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年04月14日(日)22:59 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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● 土煙と桜の花びらに包まれた戦場で、剣林百虎は刀についていた血糊を払うと、目の前に立つ女に視線を向ける。少々意外そうな顔をしているようにも見えた。 「次の相手はてめぇか? 一応聞いておくが、てめぇ。なんか戦い方を変えたりはしてねぇよな」 「ふふ、当たり前でしょう? ホリメだからって、後ろでただ怯えているだけだと思わないで」 『慈愛と背徳の女教師』ティアリア・フォン・シュッツヒェン(BNE003064)はクスリと笑って鉄球を構える。並みのホーリーメイガスよりは近接戦闘の心得はあるつもりだ。もっとも、目の前の日本最強相手では気休めにすらならないことも分かってはいるが。 「ただ一撃で切り捨てられても構わない。貴方を少しでも足止めできるのであれば、この身を投げ出す事くらいはできるわ」 「まったく、てめぇもそうだが、命知らずな連中ばっかだぜ。え? 銀髪の姉ちゃんよ」 そう言いながら、微塵も体から発する気を緩めようとしない百虎。 既にここに至るまでの戦いで、リベリスタ達のしぶとさは十分に味わっている。 「じゃ、時間も無ぇ。そろそろ行くぜ」 「えぇ、剣林白虎。ここは絶対に通さないわ」 日本最強と言われるフィクサードの前に立つティアリア。 既に恐怖は無い。 自分の後ろに信じることが出来る者がいるから。 ほんのひと時であっても、命を懸けよう。咲き誇る桜の木のように。 花の散る最後の一瞬まで、咲き続けて見せよう。 ● わずかばかり時間は遡る。 桜の木の下で『まだ本気を出す時じゃない』春津見・小梢(BNE000805)はカレーを口に運んでいた。普段の彼女を知る者にとっては、いつも通りの光景ではある。花見カレーなんだな、と思うだけの話だ。 しかし、普段のそれとは若干意味が違っていた。 今、カレーを食べているのはこれからの戦いに備えるため。 「最強を冠するフィクサードが相手、流石に気が抜けないね、この仕事。とりあえずやれるだけの事はやるつもりでいくよ」 『日本最強の異能者』剣林百虎から破界器を守る戦いの準備だ。小梢にとっては自身をリラックスさせる手段であると同時に、エネルギーを蓄える作業である。もっとも、戦う相手のことを考えると常人の神経なら食欲など起きる状況ではない。それを思えば、彼女の強靭な精神力が為せる技と言うことも出来よう。 「夕暮れ時の桜並木かー、なかなかに綺麗だねぇ。どーせなら酒でも持って、おねーちゃんと一緒に歩きたいねー」 煙草をふかしながら『道化師』斎藤・和人(BNE004070)は独りごちる。 この場はちょうど桜が見頃だった。単に花見でここを訪れたのならば、どれ程気楽だったろうか。このメンバーとアークの予算で花見と言うのでも楽しかっただろう。しかし、この場に来たのは任務のため。それもとびきり危険な任務のためである。 和人としても七派の首領格と戦う任務など、そうそう受けたいものではない。とは言え、ここまで来た以上――この場にいる女の子達の手前――逃げる訳にも行かない。 その時だった。 「来ました……!」 フォーチュナから告げられた方向へ最大限の警戒を行っていた『絶対鉄壁のヘクス』ヘクス・ピヨン(BNE002689)が皆に告げる。 どうやら、相手が来たようだ。 ヘクスの言葉に『鬼虎』鬼蔭・虎鐵(BNE000034)はサングラスを外す。先ほどから彼はずっと桜の木に背を預けていた。目を見せないようにしていたのは、仲間にも心の内を見せたくなかったからか。 「たとえ日本最強だろうと、絶対死守だ」 『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)はアクセス・ファンタズムを起動すると、仲間達に視線を送る。頷いたリベリスタ達は事前に定めた陣形に散って行く。 あの男が陣形の整う前に斬りかかってくるような男でないことは分かっている。アレはいわゆるバトル狂の類ではないが、戦いに美学を持ち楽しんでしまうタイプであるのは間違いない。 以前遭遇した際には、百虎の勝利を許してしまった。 そして、あの時は互いに中立と呼べる立場だったが、今度ははっきりと敵対する形になる。脅威度で言えば、前回以上だろう。 それでも、止めてみせるのが、その無茶を為すのがリベリスタの使命だ。 「よぉ、アークの。話は聞かせてもらったぜ。この間は随分と大活躍だったみたいじゃねぇか」 その時、唐突に百虎の声が聞こえてきた。 彼我の距離はまだたっぷりとある。 それなのに、悠然と歩いてくるその男の声はよく通った。 「剣林百虎……首領直々のお出ましとハ。褒めていただくのハ結構だガ、ここは通行止めなのダ」 「ふふ、また会ったわね、日本最強。前は出し抜かれてしまったけれど、今度は通さないわよ」 『夢に見る鳥』カイ・ル・リース(BNE002059)とティアリアは道を阻むように、慎重に距離を測りながら立つ。これから仲間の支援をする以上、迂闊な動きは出来ない。でも、いざとなれば自分自身を盾にして、あの男を防ぐという覚悟位は出来ている。 「そうかい、そうかい。ま、好きにするといいや。俺の流儀……特に銀髪の姉ちゃんはよく分かっているだろ?」 「えぇ、通さないといった所で無理に押し通るつもりなのは知っているわ」 以前、百虎と出会ったことのあるティアリアは経験として分かっている。たしかに、それなりに話に乗ってくるタイプだ。しかし、同時に本質はフィクサードであった。自分の願いのためであれば、力を振るうことに一切の躊躇はない。 「貴方達が何を企んでいるかは分からないけれど、貴方みたいな大悪党にアーティファクトを渡すとろくな事にならない気がするのよね」 ティアリアとて一般人の感性と比べると、かなり歪んだものを心に抱いている。だが、譲れない。いや、だからこそ譲れない。何故、その歪みが生まれたのかを考えれば当然の話だ。 「ガッハッハ、違ぇねぇ!」 「桜舞い散る夕暮れ時なんテ、粋な舞台設定なのダ。お望みのお宝が何かは知らんガ、百虎さん、とりあえズ我々と遊んで行ってくレなのダ」 カイはアクセス・ファンタズムで時間を計りながら挑発する。自分達の仕事は剣林百虎の歩を止めることだ。自分だけの力ではそれが極めて困難なのは分かっている。だけど、仲間とならそれが可能だと信じている。 「悪いが今日はてめぇらと遊ぶつもりは無ぇな」 「どういう意味なのダ?」 「もちろん、うちらの都合もあってここの連中が持っている破界器を奪いに来たわけだ。だが、それだけじゃあねぇ」 相変わらずゆっくりと歩を進める百虎。 しかし、何かが変わりつつあることを、カイは確かに感じていた。 「俺は今日、てめぇらと戦いに来たんだ」 百虎が言葉を発した途端、強烈な風が戦場を吹き抜けた。 男はただ言葉を発しているだけなのに、空気が重い。 「改めて、ちゃんと自己紹介しておくぜ、アークの。俺が剣林百虎だ。虎が100匹で百虎、これを間違えた奴は剣林だと殴って良いことになっている」 距離はまだ離れている。しかし、その存在感が明らかに増してきている。 ティアリアはふと気付いた。 そう言えばあの時も、以前戦った時にも百虎の腕に巻きつけられていた布は重力と風に逆らってたなびいていた。何かしらのアーティファクトだとはなんとなしに感じていたが……。 「別に隠す程大したこっちゃねぇ。こいつが俺の持っている『盤古幡』だ。京の字みたいに凝った能力は無ぇから安心しろ。てめぇらが持っている破界器と同じよ。俺にちょっとばっか力をくれるのさ」 ちょっとばっかとかふざけるな、その場に居合わせたリベリスタ達の正直な感想だった。 盤古とは天地開闢を行ったと伝えられる神の名。 天地そのものとも言われている。 盤古なる存在が本当にいたのかを答えられるものはいまい。しかし、『盤古幡』は天地に眠るチカラを吸い上げて持ち主に与える。そのチカラの奔流はあまりにも強大で、革醒者すらも消し飛ばしてしまうような代物だ。 破界器が与える膨大なチカラを御し、自らのものとしているのが剣林百虎なのである。 出来ることは極めて単純。 しかし、その単純を突き詰めた結果が、日本最強の異能者の正体なのである。 「ヘヘヘ……アーッハッハッハッハ!」 百虎がみるみるその力を高めていく中、唐突に『消せない炎』宮部乃宮・火車(BNE001845)が大きな笑い声を上げる。 名の通り、火の点いたような盛大な笑い声だった。 「おう、この状況で笑い出すたぁ、どういうこった」 「笑わせるぜ、おっさん。噂に聞いてた通りのヤバさじゃねぇか。これで日本最強止まりとか、世界広すぎるんか?」 火車の目の中に消せない炎が灯る。世界の全てを焼き尽くさんばかりに、それは盛大に燃えていた。 「日本最強程度のレッテルに満足してんのか? もっと必要な何かあんのか……部下の為とか言うならなんとも……」 火車の言葉を聞きながら、初めて百虎が歩を止める。 首を指で回して、コキリと音を立てた。 「力のワリに案外小せぇおっさんだなぁ! 笑うぜ、剣林! なら世界奪れや!」 火車に言わせれば、日本最強「程度」は踏み台に過ぎない。この世界にはまだまだ潰すべき敵がいるのだから。 それゆえ、哂う。 同じく力を、いや自分以上に力を有しながら、それを上に向けようとしない男を。 だからこそ、そんな奴は餌でしかない。 「こちとら身の回り……日本だけじゃねぇ。崩界現象やらバロックナイツやらミラーミス…… 何から何まで潰し抜いて、全上位世界まで勝ち奪んだからよぉ……!」 「言ってくれんな、兄ちゃん。若ぇ頃の俺みてぇだ……だがよ」 火車が言葉を、いや気を放ったのを見ると、百虎は刀を抜いて再び歩み始める。 「偉そうなこと言いたきゃ、勝ってから言いな!」 今度は百虎の気がリベリスタ達にぶつかる番だった。 別に攻撃をしてきた訳でも無い。しかし、その迫力だけでリベリスタ達は吹き飛ばされそうになる。大地が揺れ、衝撃が放たれたような気がする。ただの人間がここにいれば、命も危ういかもしれない。 レイチェルは思わず唾を呑みこみ、和人は咥えていた煙草を仕舞いこむ。 「ま、その辺にしといたら? 折角の桜が散っちゃうでしょ」 止めに入ったのは『群体筆頭』阿野・弐升(BNE001158)だった。いや、止めに入ったというのは適切な表現ではないだろう。単に自分もこの戦いに割り込みたくなっただけだ。そろそろ我慢が効かなくなってきた、とも言う。 「黄昏時の夜桜……血戦にはちょうどいい舞台だ。こんなにもいい景色だから、殺り合いましょう?」 幾人もの首を落してきたギロチンの刃が、弐升の手の中で妖しく光を放つ。 その刃もまた、目の前にいる極上の首(しるし)を獲物と定めているのだ。 「日本最強か……安っぽい字面だけど、中身は本物。怪物蔓延るこっち側の世界の、正真正銘の怪物だ」 ごくりとつばを飲み込む『フェアリーライト』レイチェル・ウィン・スノウフィールド(BNE002411)。 話には聞いていた。資料も確認した。 しかし、想定していたよりもなお、目の前で刀を抜いた男の与えてくる圧力は強大だった。自然と体が震えてしまう。レイチェルだって数多くの「化け物」を見てきたつもりだ。それでも、戦いに向かって研ぎ澄まされた猛虎の牙は彼女の心に恐れを抱かせる。 「日本最強、ねえ」 和人は自分が咥えている煙草が、知らず知らずのうちに震えていたことに気付く。 無理も無い。 夢見がちな餓鬼や頭の螺子が飛んだ奴が、その言葉を吠えているのは見た事がある。それだけありふれた言葉だ。しかし、目の前の男にはふさわしい称号なのだろう。あいつが掛け値なしに強いのは分かってしまう。 ただ、 「まー分かったところでやる事ぁ変わんねー」 「うん、そうだね」 いつものようにへらへら笑いながら、和人は咥えていた煙草を処理する。相手の力が強い時に、真っ向から力比べをやるのは趣味じゃない。自分には自分の戦い方がある。 和人の言葉に頷くのはレイチェル。しかし、怯えているような雰囲気とは裏腹に、その瞳はどこか昂ぶっているものを感じさせる。 (身体が震える。けど怖くはない。 なんでだろう。あたし、わくわくしている) レイチェル自身が驚いていた。 自分はこれ程までに闘争的な性質だっただろうか。 あるいは、この春の風がそう思わせるのか。 「準備出来たようですね、始めましょうか」 ガッと大地に背丈よりも大きな石の壁を突き立てるヘクス。自分の矜持は防ぐこと。何者が来ようとそれを先へと進ませないことだ。 それを目の前の男相手にやり切れる自信は無い。 だけど、1分は防いでみせる。 だから、自らを鼓舞するために、ヘクスはいつもの言葉で挑んだ。そして、その言葉は奇しくも開戦の合図となった。 「さぁ、日本最強! 砕いて見せて下さい! ねじ伏せて見せて下さい! この絶対鉄壁を!」 ● 大地を踏み締めていたヘクスは内臓が吹き飛んだかのような感覚を味わった。 相手は抜いた刀で攻撃を仕掛けてきた訳ではない。逆手の、刀を持たない拳を見舞ってきたのだ。 しかし、それでもヘクスの防具を貫いて衝撃が伝わって来た。それも、彼女のタフネスを以ってしても膝を付きそうになる強烈な一撃だ。 「どうした、アークの! ガキ1人に任せて、かかって来ねぇのか! 誰か1人位殺されねぇと本気出せねぇってか!?」 拳を振るい、リベリスタ達を挑発する百虎。 すると、紅く、禍々しい何かが、百虎に飛び込んでいった。 「勝手に決めんな……!」 ギィン 2本の刀が火花を散らす。 与えられた翼の勢いを利用して、全ての力を刀に託し、一振りの刀となって虎鐵が斬り込んできたのだ。 「まだ始まったばかり……戦いの中で全てを伝えるのが剣林流だろうが!」 そのまま鍔迫り合いに持ち込もうとする虎鐵。 しかし、百虎は難なくそれを流して躱す。その際に口元が歪んだのを虎鐵は見逃さない。 そして、体勢を立て直すと虎鐵は改めて構えを取り直す。既に今まで全身にかしていた枷は外れている。後は自分か相手が倒れるまで刀を振り続けるだけの話だ。 ほんの一瞬、ヘクスが自由になったのを見て仲間が癒しの術を放つ。 一方で虎鐵は低く構えると、鋭く死地へと踏み込んでいく。 「待っていた……この日この時をな。 勝負だ、親分……いや、百虎。鬼蔭虎鐵……推して参る!」 鬼蔭虎鐵は今でこそアークのリベリスタとして知られているが、かつては剣林に名を連ねるフィクサードだった。戦いを愛し、闘争の愉悦に生きる男だった。それはひとえに、最強という言葉に魅せられてしまったからだ。 「てめぇに剣林を語られるってのは心外だなぁ……あぁん!? 良いだろう、付き合ってやらぁ!」 しかし、百虎にとってはそのようなことは関係無い。かつて後宮シンヤが裏切った時と同様だ。身内にはやや甘い所のある男だが、敵に容赦する男ではない。自分を裏切ったものであるのなら当然の話だ。 だから、赤と白、2匹の虎が剣を交わす。 2合、3合。 桜の舞う中で2人の剣士は刃をぶつける。 虎鐵とて日本の神秘界隈では知る人ぞ知る達人。その力量はアークにおいても指折りだ。 しかし、それを以ってしても、百虎の技は遥かに上だった。虎鐵がフィクサードとしての戦い方をしていたら、瞬く間に倒れていただろう。 しかし、今の虎鐵はアークのリベリスタであった。 「1人位死ねば……って言ったよね? そんなこと、あたしがやらせない!」 レイチェルが詠唱を歌い上げると、その場に優しい風が流れる。 その風は、日本最強の起こした強風に比べると遥かに小さい。しかし、たしかに仲間の元へ花びらを運び、その傷を癒していく。 「相手が最強だろうと怪物だろうと、やることはいつも通り。あたしは死なない、みんなも死なせたりしない」 「試してみな! その甘さがてめぇらの強さなんだろ?」 レイチェルは年相応の可憐な少女だ。時に暴走することはあるが、本来このような死地にいて良いようなものではない。にも拘らず、彼女が戦場に立つのはいつだって誰かを死なせないためだ。今までにそれを常に為し得てきたかと問われれば、そんなことは無い。 あの時出会った、「百虎以上の怪物」を前にして、それは叶わなかったのだから。 でも、あの時よりも自分は強くなっている。 だから、今度こそは、この戦場では……! そんなレイチェルの願いを込めた風を背に受けて、ヘクスが虎鐵を庇うように立つ。 「ヘクスの絶対鉄壁、砕けると思わないで下さい!」 「万全だったら、そうだったのかもな」 その瞬間、ヘクスの目の前から百虎の姿が消える。 「まずい、アレは!」 快が叫ぶ。 快は知っていた。 そして、相手の技の速さに、本質を見誤っていたことに気が付く。 今、目の前で虎鐵が使っているデュランダルの技と同じものだ。鋭い踏み込みで相手の間合いに踏み込み、破壊のための力を込めた刃で叩き切る。それが剣林百虎の「百虎真剣」。 ただ、その踏み込みの速さ故に神速。 目標を破壊し尽くすその威力は一撃必殺だ。 しかし、 「ヘクスはまだくたばっちゃぁ……いません、からね。絶対に、1分は、持ちこたえて、見せますよ。それが、ヘクスの、プライドです……」 ヘクスはその小さな体を運命の炎で必死に支える。 斬られた胸が熱く痛みを放つ。 「その年で大した胆力だぜ。だがな、こっちだっててめぇらに『一撃必殺』が通じるなんざ、最初っから思っちゃいねぇ」 ヘクスの胸から、今度は派手に血飛沫が上がる。いつの間にやら、2撃目が刻まれていたのだ。 倒れるヘクス。 その姿はリベリスタ達の心に火を点けた。 「ガンガン攻めるのダ!」 「ウォォォォォォォォォォ!!」 カイが十字の光で百虎を狙う。 虎鐵は戦場を駆ける光を目くらましに百虎へと斬りかかる。 虎鐵のテンションは完全にフィクサード時代へと戻っていた。 戦いが楽しくてたまらない。 百虎の攻撃の直撃を受けて倒れそうになる。しかし、久々に開放した闘争心故に、既に痛みは感じていなかった。 「役不足ですまねぇな……! だが、俺は今胸が熱い。久々に戦いを楽しいと感じている! あんたはどうだよ!」 「戦いは終わっちゃいねぇ、そうだろ?」 虎鐵と百虎は一瞬だけ微笑みを交し合う。 ある意味で、それが答えと言うことも出来る。 「さて、てめぇを倒しても、まだ8人残っているんだ。この辺でてめぇは終わらせてもらうぜ」 そう言って、百虎が天に手を掲げる。 すると、天に無数の輝く剣が浮かんでいた。戦場の全てを覆い尽くすかのように。 アレが攻撃だというのなら、助かりはするまい。 しかし、虎鐵の心に恐れは無かった。 百虎に対する尊敬の念はいまなお強い。しかし、自分は百虎を越えなくてはいけない。 バロックナイツを倒すために、ここで立ち止まっていられないというのもある。 しかし、それ以上に同じ「虎」の形象を受けた革醒者として越えなければならなかった。 例えそれが不可能だとしても、蛮勇だとしても。 「俺は、この刀を振るう事をやめねぇ。それが『俺』だからだ!」 虎鐵の捨て身の一撃が百虎の腹に突き刺さる。 そして、それと同時に戦場へと無数の魔剣が降り注いだ。 ● リベリスタ達と百虎が死闘を繰り広げている頃、その近場で剣林派のフォーチュナ赤坂は煙草の煙を吐き出していた。近くに咲いている桜の木は見頃だ。ここに来た用事がただの花見であればと思わずにはいられない。 今しがた、遠くから聞こえてきた破壊音にそんな感想を抱く。 「赤坂さん、行かなくても大丈夫ですか?」 そんな所に、連れてきたフィクサードの1人。トモエという少女が声を掛けてくる。 「億が一にもあり得たら困る事態」に備えて来てもらったフィクサード達だ。百虎相手には「アークがつまらない戦いを見せた時には代わる」と言って、誤魔化してある。 「あぁ、必要無いだろう。むしろ、このタイミングで突入した日には、俺達が百虎に殺されちまう」 赤坂が肩を竦めると、トモエは引きつった笑いを浮かべる。 赤坂とて剣林百虎が負ける等、あり得ないと思っている。バロックナイツの上位ならいざ知らず、こと真正面からの殴り合いであるのなら、国内にあの男を降せるものはいないはずだ。 しかし、アークには単純な戦闘力のみでは測れない何かがあるということを、赤坂は最近とみに感じていた。アークには定められた運命を捻じ曲げる程に強力な運命の加護がある、というのはよく耳にする。『万華鏡』による精密探査や、仲間内での強固なコンビネーションをアークの強さとするのも妥当な話だ。 そうした中で、赤坂が脅威を感じるのはリベリスタ達のしぶとさだった。 フェイトを潤沢に持った状態で危険に身を晒すなら、まだ理解できる。しかし、彼らはそれをフェイトすら尽きようとしている状態で行う。そして、その執念が勝利を掴み取って来た図式を、何度も報告に聞いていた。しかも、そうした執念を持つリベリスタの数は多く、実力を見ても中堅どころを脱しつつあるものが増えてきている。 そんな組織が、主流七派と比して語られるようになったのは当然の話だ。 「あぁ、必要無い、はずだ」 リベリスタ達の執念を考えれば、「ウォール」の逃亡までの時間位稼いでしまうのではないか。そんな気もしないではない。しかし、それはさしたる問題ではない。計画に遅れがつこうが、修正は可能だ。 しかし、赤坂が何よりも恐れるのは、箱舟の執念が猛虎の喉笛に迫る日がいずれ来る。そんな、普通に考えればあり得ない想像だった。 ● 「大丈夫か、ティアリアさん?」 「快のお陰で、何とかね……」 全身に裂傷の残る快の背中で、ようやくティアリアは息をつく。 もし、快が庇っていなかったら、間違いなく倒れていただろう。丈夫なクロスイージスだからこそ立っていられているが、少なくともタフさに劣るホーリーメイガスが喰らって良いような攻撃ではない。 もうもうと砂煙が舞う中、パッと見に仲間の様子も百虎の様子も伺えない。 しかし、この状況で自分が行うべきことは1つ。仲間の治癒だ。 この状況を作った百虎が帰るということはあり得ない。それ以上に、仲間達が傷つきこそすれ、全滅していることだってあり得ないからだ。 そして、煙が晴れた時、真っ先に百虎へと向かっていったのは弐升だった。 「群体筆頭アノニマス、いざ尋常に推して参る。ぶっ飛べ!」 ゲテモノじみた両手斧を手に弐升が突っ込んでいく。 その襲来を予期していた百虎は虎徹で防ぐ。しかし、その勢い、重量までは止められなかった。 「チッ」 予想外の一撃に吹き飛ぶ百虎。大地を踏み締めて倒れることは避けたが、それでも勢いを殺し切れるものではない。 「攻撃は最大の防御なり。何処までも足掻いてやる!」 「そうこなくっちゃなぁッ!」 そして、そこに小梢が体当たりを仕掛ける。 「燃えろ、私のカレーパワー!」 リベリスタ達に驚愕が走る。 そもそも、虎鐵の一撃が当たったことが驚きであった。日本最強と呼ばれる男に、一撃を与える領域にまで、アークのリベリスタ達の実力は至っていた。 そして、弐升の攻撃でその構えを崩したことも。そう、「日本最強のフィクサード」と言えど、突き詰めれば「強い人間」ということだ。血を流せば、不死不滅の生命体ではない。 3つ目が小梢の瞳だ。普段ぼうっとして、カレーを食べてばかりの彼女。常にだるそうにしている彼女の瞳が、敢然なる聖騎士の如く「本気」に輝いていた。先ほどの衝撃で眼鏡は吹き飛んでいる。このような表情は親しいものですらそうそう見たことはあるまい。 小梢が革醒によって与えられた最高の防御力は、剣林百虎の攻撃にも耐えきった。 「カレーがあれば、最強を挫く為の盾になれる!」 「俺も美味い酒が飲めたからよ!」 本気を出した小梢に対して、百虎は刀を振りかざす。相手が何者だろうと切り伏せる。それが彼のやり方だから。そしてこの瞬間なら、この少女、いや戦士を切り伏せることにだけ心を注げばいいのだから。 「お、おい。ちょっと待て、本気かよ!?」 しかし、この桜の夜に起きたドラマはまだ終わっていなかった。和人が慌てたような声を上げる。 4つ目の衝撃がリベリスタ達を襲う。 「当たりめぇだろうが! ここで押し込まずして、いつ出るよぉ!」 続いて飛び出したのは火車だった。 本来、リベリスタ達の作戦では範囲攻撃を避けるために少数ずつぶつかるはずであった。 しかし、百虎が後退してくれたのなら、むしろそれはリベリスタ達の側にとって有利な材料。なにより、百虎の範囲攻撃は居場所を工夫した所で避けられるような代物ではない。だったら、いっそ近くで移動を封じてしまった方が良い。 「分かったよ。護り手の本領発揮って奴だ」 似合わない言葉と共に苦笑いを浮かべて共に百虎に向かっていく和人。 そんな和人の心中を気にせず、火車は猛然と炎を纏った拳で殴りかかって行く。 「その肩書き奪ってくぞ、なぁ?」 打打打打打打打打打打打打打打打打打打打! 火車の真価は追い詰められた時の底力にこそある。 ピンチこそが彼を強くし、瀕死の底でこそ起死回生の一打を放つ。 その意味で、この場程彼の真価を発揮できる戦場は無かった。 そして、傷付く仲間がいれば十全の力を発揮するのが、レイチェルと言う少女だった。 「覚悟も無しにこんな所に立ってるわけはない。命張ってるのよ!!」 ティアリアと共に満身創痍の仲間達へ癒しの風を与える。 自分自身も運命の加護が無ければとっくの昔に倒れていたはずだ。だから、出し惜しみはしない。快が仲間達に与えてくれた聖戦の加護が力を与えてくれる。何よりも、ここで倒れたら何もかもご破算だ。 まさに綱渡りのような戦いだ。 ほんの一手間違えば、瞬く間に皆が倒れてしまっているだろう。実際問題として、仲間達は1人、また1人と倒れて行っている。 しかし、そこに生まれた隙が、また仲間に立ち上がるための時間を与えてくれる。 百虎はこの人数を捌いて戦ってはいたが、決してリベリスタを甘く見ているような様子はない。文字通り虎の子であるExスキルを切ったのがその証左だ。それはリベリスタ達の実力を認めた証拠であると共に、ここで勝ちを譲るつもりが無いという決意表明でもある。 「ああ畜生、愉しいなぁ……! この時がずっと、続けばいいのに……」 弐升は膝を付き、腹から流れ出る自分の血を眺めながら呟く。 その横には自分を庇った小梢が血だまりに倒れている。 その姿を確認すると、自分に向かって刀を向ける男に向かって、笑顔を向けた。 「なあ、百虎さんよ、あんたも愉しめたかな。それだけは……気掛かりだ」 そして、刃が閃き弐升は倒れた。 「まったく……七派の首領ってのはこんなのばっかしなのかね」 和人は盾を杖代わりにして百虎の前に立ち塞がる。 ふと頭に浮かんだのは、先日交戦した黄泉ヶ辻京介のこと。奴もとんだ化け物だったし、目の前の猛虎とどちらが上かは甲乙つけ難い。しかし、少なくとも戦闘能力に関して言うのなら、コイツの方が上なのだろう。 「それほどの強さがあったラ……人生楽しいだろうナ! だガ、誰もが平伏する訳ではないのダ!」 カイの声に応じて、傷だらけの和人に英霊の加護が授けられる。その力は魂を奮い立たせて、再び戦う気力を与える。 「別に平伏しろだなんて思ってねぇさ。それにあちらこちらの人間が言うほど、俺自身強ぇのかって言われりゃ、首ひねる所だ。弱ぇつもりもねぇがな」 「ム?」 日本最強と呼ばれる男の意外な言葉に意表を突かれるカイ。 「実際、日本最強とか言われて調子に乗っていた時期があるのは否定しねぇ。だが、ここ数年色んな奴らが――てめぇらも含めて――暴れているのをみると、何とも言えねぇってのが正直な所さ。」 ほんの一瞬、戦場を静けさが支配する。 しかし、それはほんの一瞬のこと。静けさを作った男は、自らの手でそれを破壊した。 「だから、楽しいんじゃねぇか! このお祭り騒ぎ! てめぇらも! バロックナイツも! 俺達、剣林が捻じ伏せる! そうすりゃ、俺達剣林が最強さ!!」 「言ってくれるなぁ! てめぇが強ぇのは解ぁってる。だからこそ! 日本最強程度! オレが強くなる為の餌に過ぎねぇ! 行くぜ、斉藤のおっさん!」 「だーから、おっさんおっさん連呼するなっての!」 火車が百虎の懐に潜り込んで、炎の拳を連打する。 まるで泥の中でのたうつ鯰のように無様な、それでいて魂を賭けた叛逆の拳。 迎え撃つように百虎は大地を蹴り、反動をつけて吹き飛ばそうとする。 しかし、和人がそれを抑え込む。衝撃だけで内臓が破裂したのか、派手に血を吐く。しかし、いつも通りにゆるい笑みが口には浮かんでいた。 「削りきられるまで延々と立ち続けてやんよ。倒されるまで倒れてやんねーぜ?」 「無様で悪ぃな。オレぁ弱ぇモンだ。だぁら何でもする! やる! 抗う! 奪る!」 「アリだと思うぜ。ってか、勝つために手段を選ばず、前のめりに足掻き続ける……最高じゃねぇか!」 「褒美に何か……って言うのなら、背骨貰ったらぁッ!!」 地面を這うような姿勢から拳を繰り出す火車。 その飽くなき闘志は、泥の中にあっても、なお煌々と燃え盛っていた。 ● 何度切り裂かれたろうか。 人間の体の中には、これ程の血が流れていたという事実に驚きを禁じ得ない。 全身を斬られ、刺され、吹き飛ばされ、ようやく火車は動きを止める。 カイもレイチェルも百虎が召喚した剣に貫かれ、倒れ伏していた。 「奇遇だな。最後に残ったのはてめぇかよ。守護神ってのは伊達じゃねぇってか?」 傷だらけの快を前に百虎が笑う。その足元にはティアリアが倒れていた。その白い肌と血化粧のコントラストは、一流の芸術家が作った趣味の悪い美術品のようだ。 百虎はというと、アレだけの戦いを繰り広げたのだ。当然、無傷と言う訳には行かない。それでも、動きを鈍らせている様子も見えない。 「俺1人の力じゃない。みんなの力だ!」 快は叫びと共に、集中に研ぎ澄ませた輝く拳を叩き込む。 百虎もいまさらその程度で倒れはしない。刀を閃かせ、最後に残った1人を切り伏せようとする。しかし、その時奇跡が起きる。快の拳の衝撃もあってか、百虎の脚がわずかにふらつく。 その隙を突いて、快は百虎に組みついた。 「剣林百虎が個人で日本最強なら、俺達アークは全員で日本最強になる!」 既に聖戦の加護は尽きている。 それでも、闘志は尽きていない。 そして、その叫びは仲間達の魂を突き動かす。 「冗談じゃねんだよ……日本最強程度に、負けて、られっか……!」 「ここから先へは……行かせない、よ……」 「まだ……ヘクスはくたばっちゃ、いません……」 「俺は……俺は、ここで倒れる訳にはいかねぇんだよ……! あんたを越えるまで……死ぬ訳には……!」 倒れながらもリベリスタ達の魂はまだ負けてはいなかった。 感心したように目を細める百虎。 「おう、快の字。強さにも色々あるもんだ。ここまで粘った奴はそうそういないぜ」 「まだ終わっちゃいない! お前を止めるためなら、腕の1本位くれてやる!」 1人の戦士として、たしかに百虎には尊敬の念を覚える。 しかし、その力は奪うための剣だ。そんな剣には負けられない。 ここぞとばかりに全身の力を込めて、0距離から拳を叩き込み続ける。防がれているのかどうかなど、既に関係無い。 その時、快は自分の身体の力が抜けて行くのを感じる。 既に痛みの感覚は無くなっている。しかし、再び百虎の愛刀「虎徹」の一撃をもらってしまったのは明らかだ。 「まだだ! 俺は……俺は……!!」 口の中にざらつく砂が入ってくる。それが何の味なのか、快は知っていた。それでも、認めたくない。 「その辺にしておきな。てめぇらの戦いに免じて、命だけは勘弁してやろうってんだ」 快の背を踏みつけ、百虎は周囲を探る。彼のもう1つの目的を果たすために。 だが、それをさせないために、自分はここに来たのだ。 「この程度の怪我で、倒れていられるか……!」 だから、運命の加護を呼び起こそうとしたが、それ以上の奇跡は起きない。既に、ここまで立っていたこと自体が奇跡なのだ。 そんな快を尻目に、百虎は目標を発見してしまった。足を放すと、早々と去ろうとする。 しかし、その前にほんの一瞬、 「だったら、止めてみな。まだ時間切れじゃねぇ。押し通れよ。俺を殺せば、連中を守れるぜ?」 背を振り向いて、言葉を告げる。 そして、その場を覆っていた圧倒的な気配が消え去った。 「ウォォォォォォォォ!」 既に体を突き動かすのは気合だけ。 人々を守るという誓いだけだ。 地を這いずり、必死に追いかける。 遠くで剣戟が聞えてきた。ウォールのリベリスタが戦いを始めたのだ。 しばらくして、空がにわかに輝く。アレが放たれたらマズい。既に感覚の無くなった手を動かして、必死に先へと進む。しかし、そんなもので進める距離はほんのわずかだ。 そして、爆発音。 「チクショォォォォォォォォ!!!」 快は叫ぶ。 その心の慟哭を慰めるかのように、桜の花は快の身体を包んでいった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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