●獅子と虎 ギャオオオオオオオオン―― 飼育係がそろそろ餌をやりにいこうとしていた時間だった。時刻は消灯間際だった。とつぜん、ゾウのケージのほうから獣の叫び声がして急いで駆け付けた。 「うっわああああ」 飼育係の男は思わず悲鳴をあげた。 巨大なライオンがゾウを食っている。ゾウほどもある巨体だった。大きな鋭い牙がゾウの身体に食い込んでいた。辺りはすでに血の海になっている。 肉塊が飛び散り、鮮血で壁一面が塗装されていた。バリバリと骨を砕く音がケージの中でこだましている。 ガツガツとゾウの巨体を貪り食っていた。あまりの悲惨な光景に男は金縛りにあったかのようにその場に動けなくなる。 見る見るうちにゾウは骨だらけになっていった。すると、喉をグルルと鳴らしたライオンが男を振り返る。 男はすぐに身の危険を感じて逃げようとした。だが、飼育ゲージに背を向けようとしたとき後ろから何かの気配を感じた。 嫌な予感がする。男の直感が告げていた。背中に冷や汗が流れる。 それでも飼育係の男は勇気を出した。このまま巨大なライオンに食べられてしまうわけにはいかない。おそるおそる振り返る。 ガァルルルルルルルル―― 「あ、あああ、あ」 男は思わず息を漏らした。 そこには、またしても巨大なトラがこちらを睨みつけていた。舌を出し、よだれを垂らしながら凶暴な牙を見せつけてくる。 夜のせまい園内にはどこにも逃げ場はなかった。 「ぎゃあああああああ――」 その瞬間、あたりに飼育係の断末魔が響き渡った。 ●毒殺された猛獣 「都内のU動物園で、夜中に飼育係がE・フォースに襲われる事件が発生した」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、淡々とした表情でその動物園で起きた深夜の惨劇を語った。 「E・フォースはライオンとトラの二体。どちらもゾウと同じくらいの巨体。鋭い牙でどんな獲物でも襲って食べる。また口から火炎球を吐く。非常に足も速くて危険。いまは、深夜にしか現れないみたいだけど、そのうちに昼間にも現れるようになるかもしれない。そうなると、被害は動物園を訪れる親子連れや子供たちにまで被害が及んでしまう。そうならないうちに一刻もはやく倒してきて」 イヴはそれだけを言うと、今日はこれでおしまいとでもいうようにブリーフィングルームを立ち去ろうとした。あまりにあっさりした説明に一人のリベリスタが疑問に思った。イヴはまだなにかを隠している。 「ちょっと待って。いまE・フォースって言ったよね? どうしてE・ビーストじゃないの。ということは、死んだライオンとトラの未練か怨念が、何らかの形によってエリューション化したってことが考えられるけど――」 リベリスタの言うことはもっともだった。普通は生きている動物がエリューション化してE・ビーストになる例がよく聞く例だ。E・フォースになった動物というのはないわけではないが最近の依頼では珍しい。 イヴは躊躇したようにドアの前に立ち止まった。言うべきか言わざるべきか迷っているようだった。だが、しばらく考えたあと、ようやく重い口を開けた。 「実は、そのライオンとトラは戦時中に飼育員によって毒殺されたの。当時は戦況が悪化して満足に動物たちに食料を与えることができなかった。人間でも栄養失調で亡くなった人もいるくらいだったの。とくにライオンやトラは多くの食料を必要とするからね。このまま飢え死にさせるよりはって、餌にわざと毒を入れて殺したの」 イヴの話を聞いてリベリスタたちはようやく彼女の意図に気がついた。この話を聞いてしまったら今までのように意気揚々と倒せなくなってしまう。実際にその話を聞いてリベリスタたちは意気消沈してしまった。あまりの非情さに思わず言葉を失ってしまう。 「そのライオンとトラは園内で当時の一番の人気者だった。とくに子供たちはつよい動物が好きだからね。殺されるときは皆さすがにショックだった。その時は戦争だからしょうがなかった。でも、最近U動物園では、ゾウやパンダが人気だったの。今はやりのゆるキャラが、ゾウやパンダをモチーフにしてたからその影響ね。たぶん、死んだライオンとトラは妬ましかったんだと思う」 だが、いくら妬ましいといってもこれ以上、園内の人や動物たちを殺させるわけにはいかない。気持ちはよくわかるだけにリベリスタたちは決意を込めて立ちあがった。 「そのライオンとトラによろしくね。可能性は低いけど、まだ、彼らは皆によくしてもらったあの頃のことを覚えてるかもしれない。本来は見た目に限らず大人しい子たちよ。それと、彼らのお墓は動物園のすぐ後ろの霊園にあるから。そこだけは戦闘で壊さないように注意して。それじゃ、くれぐれも気をつけて行ってきてね」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:凸一 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年03月23日(土)00:49 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●想いの欠片 深夜の動物達は寝静まっていた。昼間はあれほど賑やかだった園内は、すでに動物達の寝息に変わっている。消灯間際の餌を食べ終えたばかりで幸せそうな顔をしていた。 パンダ小屋では笹を食べ終えた親子が一緒になってケージの奥で眠っていた。いったい何の夢を見ているのだろうか。少なくとも悪い夢ではなさそうだ。 だが、もうじき凶暴な野獣がやってくることを彼らは知らない。リベリスタは安らかに眠るパンダの幸せそうな様子を見て複雑な思いがした。 「エリューションフォースの撃破。今の神秘界隈じゃ何処にでもあるありふれた依頼だ。まあ人間のエゴに付き合わされ、挙句の果てに人気まで取られたんじゃ、恨みたくもなるよな」 『アウィスラパクス』天城・櫻霞(BNE000469)が重い口を開いた。 「E・フォース……思念が変質して形を成したもの。妬ましい、という想い。死んでも、彼らの想いの欠片は残って、永く視続けていたんですね」 『風詠み』ファウナ・エイフェル(BNE004332)も死んだ彼らのことを思ってうなずく。 「殺処分された動物の思い……彼らも、人間を信じていたから裏切られた、許せない……いまなら私たちにも分かる気がします」 『胡蝶蘭』アフロディーテ・ファレノプシス(BNE004354)が、過去の戦いを思い出したようにつぶやいた。他にいるフェリエ達が神妙な顔をする。 「センソウって良くわからないけど、この前のボクたちとバイデンの戦いみたいなもの? それで、飼えなくなっちゃったから殺しちゃったんだね……なんか、悲しいな」 『アメジスト・ワーク』エフェメラ・ノイン(BNE004345)も同意する。 「かつての人気者の嫉妬か。なんだか昔好きではしゃいでた身としちゃ、なんか微妙な気分だ。別に気にしないでもいいじゃん。好きな人は今でも好きだと思うし」 『ハティ・フローズヴィトニルソン』遊佐・司朗(BNE004072)がまるでかつての自分に言い聞かせるように発言する。 「そりゃあ恨まれてもしゃあないな。だからといって殺させるわけにもいかんけんど。死んだおかげで助かったやつらもおる。それを殺させてしもうたら、死んだ意味がなくなってしまうけん。でも全部わしらの勝手やけん、納得してもらおうとは思わんぜよ。できればさ、自分の意思で消えて貰えたらわしらも嬉しいんやけどな」 『人生博徒』坂東・仁太(BNE002354)がその場にいるリベリスタの気持ちを代弁するように言った。 「可哀想な生涯だったようだが……凶行を許すわけにはいかないね。悲劇を拡散しないように、ここで終わらせてあげないと」 『砂塵纏う』スィン・アル・アサド(BNE004367)が決意を新たにして言う。 「やりにくい。元来動物を相手に消滅を望みたくなど無いんだ。しかして、動機は頂けない。純粋な恨みでは無く嫉妬だと言う。百獣の王に密林の王者。両王らしくない事だ。可能性が残されているのならばその細い糸を手繰ってみよう。その上で崩界への懸念は排除し撃滅する」 『生還者』酒呑 雷慈慟(BNE002371)が自分の思いを口にする。居合わせたリベリスタも雷慈慟の言葉を聞いて身を引き締めた。可哀想だが、これ以上犠牲を出さないために必ずしとめなければならない。それが不幸にして死んでいった彼らの供養にも繋がると信じた。 ●仲間を想う気持ち キリンやカバのゲージの方が急に騒がしくなった。危険を察知して一刻も早く逃げようとしている。リベリスタの間にも緊張が走った。 見ると、闇の向こうからライオンとトラがゆっくりと近づいていてくる。 ゾウほどもある巨体だった。口から涎を垂らして、鋭い目つきはまさに獲物を狙う厳しい目線だ。まっすぐにパンダ小屋に向かってきた。 「シロウサンもライジドウサンもがんばってっ」 エフェメラがまずハイバリアを司朗とつづいて雷慈慟に施した。司朗もみずからに流水の構えで自己強化した。二人はそれぞれトラとライオンに対峙する。 トラとライオンはそれぞれ二人に牙を向けて突進してきた。おおきく口を開いて呑みこもうとする。 「みすみす食べさせることはさせません!」 食われようとした瞬間、アフロディーテがトラの足を狙って、アーリースナイプを放つ。見事命中してトラの足が止まった。 「わしも黙って見てるわけにはいかへんで」 仁太がライオンの足を狙ってバウンティショットを食らわせる。突然の攻撃にライオンは顔をしかめて急ブレーキをかける。 怒ったライオンはガルルと吠えて火炎球を繰り出してきた。 「遊佐君への攻撃は何としても自分が防ぐ」 雷慈慟が身体を張って攻撃をブロックした。当たった瞬間、思わず後方へ倒れそうになったがバリアがあったおかげで倒れずに済む。 続いてトラの方も火炎球を口から放ってきた。 司朗が身体で受け止めて何とかしのぐ。もっとも攻撃の勢いがあってあやうく飛ばされそうになったがなんとか堪え切った。 トラは足を傷つけられて動きが鈍くなっているようだった。それでも今度は司朗に向かって噛みつこうとする。 「私も援護させて頂きます。これでも食らいなさい!」 動きの鈍くなったトラにファウナがエル・レイで後ろから攻撃した。ブロックされてよく見えなかったトラはまともに逃げることができない。 「ガアアアアアア――」 トラの叫び声が深夜の動物園に木魂する。それを聞いたライオンも先ほどよりも強力な火炎球を続けざまに連射した。 「ぐああああっ」 さすがの雷慈慟も攻撃を受けて突っ伏した。流れ弾がパンダ小屋のほうへ飛んで行ってしまい、檻が破壊されてしまう。幸いなことにパンダは無事だったが、驚いたパンダが空いた穴から続々と逃げ出してしまう。 「大丈夫ですか? しっかりして」 スィンが回復をすると雷慈慟もようやく起き上がる。すぐにまたブロックの構えを見せた。何度倒れても這いあがる。目にはその決意が現れていた。 スィンは、今度は逃げ出したパンダをブロックするように立ちはだかった。 「君たちの不幸には同情もしようが、動物園のヒーローに罪を背負わせるわけにはいかないな」 なるべく動物を殺したくない気持ちから出た勇敢な行動だった。檻は壊さずに戦闘を進めたいところだったがこうなっては仕方ない。 被害を最小限に食い止めるためにも総力戦は必至だった。 ライオンとの攻防が繰り広げられている間に、トラも最後の力を振り絞って横に突っ立っていた櫻霞に突進してきた。 「ぐはっ!」 不意を突かれて櫻霞は身体を噛みつかれる。司朗がブロックしようとしたが、一瞬のすきを突かれてしまう。櫻霞に牙が食い込んでなかなか離れようとはしない。 「はやく放してあげてっ」 そのとき、エフェメラが仲間を助けるために援護射撃した。 頭に命中したトラは昏倒する。大きなダメージを食らってその場に倒れるように突っ伏した。そこでようやく櫻霞を手放す。 「そろそろ終わりにしようか。好きな動物のタッグとか燃えるし、戦いを見る分にはいいけど……象が自分とか普通に嫌だ。好きな動物相手でも食われて死ぬとか冗談じゃないしね」 司朗がトラに詰め寄る。逃げようと背中を向けたところで、容赦なく壱式迅雷を繰り出した。 「ガアオオオオオオン――」 トラのひと際高い悲鳴が起こる。司朗のトドメにトラは動かなくなった。ライオンは助けにいくことも出来ずに哀しげにトラを見遣る。 ●王様としての誇り ライオンは仲の良かったトラが死ぬと、ますます凶暴な目つきになった。おそらく目の前で親友を殺された恨みが増幅しているようだった。先ほどよりもさらに大きな火炎球を容赦なく打ち込んでくる。 雷慈慟だけでなくファウナも一緒になってブロックする。ファウナの方は堪え切れずに押されてしまうが、なんとかすんでのところで守り切る。後ろにはスィンが守っている逃げ出した動物達がいる。ここだけは絶対に通さない。ファウナは必死になって激しい攻撃に耐え続けた。 スィンとファウナが傷ついた仲間に適宜回復を施してなんとか守り切れていた。それでもこれ以上攻撃が続くと体力がどんどん消耗していってしまう。 はやくライオンを倒さないとそろそろ危険だ。 「聞け百獣の王、貴君等は何故斯様な事を行う。無抵抗の者への攻撃は王のする事では無い。嫉妬などと言う情に狩られて何をしている! 王としての誇りは何処へやった! 空腹を訴えるのであれば、肉を所持している。せめてもの手向けになれば幸いだ。喉が渇いているのであれば自分の血で持って潤そう」 動物会話で雷慈慟が必死になって呼びかけた。もっていた肉をライオンに向かって投げつける。だが、ライオンはその肉を跳ねのけた。 ライオンの目はまっすぐ雷慈慟を見ていた。どうやらライオンが欲しいのは肉ではなく雷慈慟の血のようだ。ライオンは仲間を殺されて憎悪が倍増している。 「ぐあああああっ!」 腕を噛みつかれて雷慈慟はもがく。だが、歯を食い縛って攻撃を受け止めた。出血がして徐々に体力がなくなっていく。 「今の内に攻撃するんだ!」 司朗の合図でリベリスタたちが攻撃の構えを見せた。 「ちょっと眩しいよっ!」 まずエフェメラがエル・レイを放つ。突然の光による攻撃にライオンも目がくらんで避けきれなかった。まともに攻撃を受けてしまう。 「おとなしくしていて下さい。時代は変わったのです。私もかわいいものは好きですが、強いものも好きです。時代が変わってもやはりそういった者もおります。どうか、怒りを静めてください。そして、願わくば、安らかにお眠りください!」 アフロディーテがエル・フリーズを浴びせる。ライオンは立て続けの攻撃に苦悶の表情を見せた。ようやく雷慈慟が牙から逃れられる。すかさずそこをトラップネストで狙った。 「それでも貴君等は強者として憧れの対象だ。雄々しくあれ」 逃げようとしたライオンに攻撃が襲い掛かる。 続けてそこへ仁太がミッドナイトマッドカノンを放った。 「ガァアアアアオオオオオオン――」 ライオンの断末魔が響き渡る。傷つきながら巨体が地面に倒れて動かなくなった。 「誰も殺したくて殺しとるわけやあない、お前らのことを思ったからこそ殺したんぜよ。二度殺すことになって、すまんな」 仁太がもう二度と動かなくなったライオンとトラに話しかけた。 ●長い祈り 逃げ出したパンダはスィンのおかげで一体も怪我がなく無事に檻に戻された。他に脱走した動物も若干いたが、すべて司朗の猟犬が見つけて保護されている。 雷慈慟と司朗は少なからず怪我を負ったが、なんとかファウナたちに回復を施してもらって事なきを得ていた。とはいってもさすがに疲労の顔は隠せない。 戦いが終わってリベリスタ達は動物園の裏にある霊園墓地に来ていた。今回倒されたライオンとトラの墓はちょうど隣同士だった。 ひと際高い戦前の墓はそれだけで当時の人気の高さを現わしていた。綺麗に掃除をして花を生けて線香を供える。もちろん肉もそえた。 「あの2匹の魂とやらがここにあるのかは知らないけど、それでも手ぐらいは合わせとくさ。子供のころ、好きだったし、いや今でもそこそこ好きだけどさ。昔かっこいいってはしゃいだり、ぬいぐるみが欲しいとか言って母さんを困らしたりしてたっけ……本当になつかしいな」 焼香を終えた司朗が他のリベリスタたちに向かって喋った。聞いていた仲間も司朗の意見にふかく頷いた。 仁太が戦いのあとに言ったように、その場の誰もが少なからず謝罪の気持ちを持っていた。人間の勝手で二度殺すことになって申し訳ないという気持ちが強かった。 だから二匹には今度こそちゃんと安らかに眠ってほしい。 これからの動物園を見守っていってくれる守護神として。 「辛かったんだと思う。でも、だからってそれで暴れちゃったらダメなんだよっ。百獣の王は堂々としてなきゃ、ねっ!」 エフェメラが励ますように墓に向かって言った。いつも明るくて元気なエフェメラの言葉に他のリベリスタ達も元気づけられた。 ライオンだけでなく、他ならぬ自分たちも堂々としていないといけない。いつまでもくよくよしていてはいけないのだ。 やらなければならないことをやっただけだ。自分達は悪くない。それに倒されたライオンも悲しむに違いない。 スィンは最後まで祈っていた。 ようやく長い黙とうを捧げるとその場を後にする。 「そんなに長いことなにを祈っていたのですか?」 アフロディーテがスィンに向かって問いかける。 「次のゆるキャラには、ライオンと虎が採用されるように、って」 スィンはそう、笑って答えた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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