●廃病院でいじける彼女 「……………………………………………はぁ」 と、盛大な溜め息を吐いたのは白い病人服に身を包んだ少女だった。白い長髪は、あちこちへと飛び跳ねている。見るからに不健康そうな白い顔と、紫色の唇。 まごう事無き、病人である。 ただ、少々おかしな点が存在する。それは、病室のベッドには厚く埃が積もっていて、明りも付いていない。窓ガラスは余す事なく砕けていて、一見してここが廃病院であるということが分かる。 なぜ、こんな廃病院に少女が、患者が存在するのか。 それは、彼女が人ではないからだ。E・フォース(さおり)。それが彼女の名前である。 「死んじゃいたいなぁ……。死ねないものなぁ……。はぁ。憂鬱。怖いなぁ。暗いものなぁ。誰か来ないかなぁ。来ても嫌だなぁ。コミュニケーションとか、取りたくないものなぁ」 はぁ、とさおりが溜め息を吐く度に、周囲の気温が低下していく。どんよりとしたオーラが辺りを満たしている。それがさおりの、E・フォースとしての能力だ。 膝を抱え、ベッドの上で蹲るさおり。そんな彼女が、ふと顔を上げた。視線の先には、2、3人の男女の姿。懐中電灯をさおりに向け、驚愕に目を見開いている。 「……………………………………ほ、ホントに居た。ホントに居たよ」 「廃病院の幽霊……。ただの噂じゃなかったのか?」 「だって、目の前にいるよ。廃病院の幽霊、さおりだろ」 なんて、恐怖に顔を引きつらせながら男女は口々に言葉を発する。さおりは溜め息を1つ吐いて、じっとりとした暗い眼差しを彼らへと向けた。 さおりと視線が会った瞬間、3人の体は一瞬で氷に包まれる。 「…………さおりん、って呼んで」 男女が氷に包まれ、動き出さない事を確認すると、さおりは再び膝に顔を埋めてしまった。 どうやら彼女、この場から出るつもりはないらしい。 ひたすらに後ろ向き、ネガティブにしかものを考えられないE・フォース(さおり)。放っておいても害らしい害はないのだが……。 被害者の方から被害を受けに寄っていくのでは、どうしようもないのであった。 ●ネガティブガール 「とにかく、物ごとを後ろ向きに考えてしまう……そういう存在みたいね。元々そういう性格なのか、なにかあってそうなってしまったのかは分からないけど」 E・フォース(さおり)の元から凍りつけになった男女を助け出してきて、と『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)はそう告げた。 モニターに映るのは、ボロボロになった廃病院。木造建築なのは随分前に破棄されたからだろう。高さ自体も3階建てと、あまり大きくない。ただ、横に広い構造をしているので部屋数だけは無駄に多いようだが。 「本体のさおりの他に、全部で10体さおりの分身がうろついている。分身はあまり強くないけど、さおりを倒さない限り消えることはないみたい。ベストなのは、分身に遭うことなくさおりの元へ辿り着きさおりを倒すこと」 厳しいと思うけど、とイヴは言う。 「さおり分身体は、主にこちらの行動を阻害するタイプの能力を持っている。呪いとか、ショックとか、そういうタイプ」 一方、さおり本体は見て分かる通り、氷属性の攻撃を得意としているようだ。 廃病院へ踏み込んだ男女が凍りつけにされたのは、その能力によるものだろう。 「かわいそうだけど、このまま放置は出来ないから……。結果がどうなるかは分からないけど、貴方達に行ってきて貰いたい」 お願いね。 と、そう告げて。 イヴは仲間達を送り出すのだった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:病み月 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年03月26日(火)23:12 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
●嘆きの廃墟 「正直、ついこの間1人で心霊スポット行ったばかりやから、この3人を怒るに怒れへん言うか……」 真っ暗な廃病院。崩れかけの床板をこつんと蹴飛ばし『レッドシグナル』依代 椿(BNE000728)がそんなことを呟いた。少々バツが悪そうなのは、今回、この廃病院に囚われている数名の男女と、怪談好きの彼女が同じ穴の狢であるからか。 「信念が残りし地に軽い気持ちで乗り込むのは危険の極み。今後は気をつけてくださいまし……」 「せやね」 なんて『紫苑』シエル・ハルモ二ア・若月(BNE000650)が言う。いつでも使用できるように、方手に懐中電灯を握ってはいるのだが、今のところ使うつもりはないようだ。この廃病院、囚われた男女の他に、10体ほどのE・フォースがうろついているのである。 「確かに危険な事に自ら進んで行くのは問題かもしれないけど、だからってあの子たちを見捨てる理由にはならないよね……」 暗闇に目を凝らし、感情探査で敵の居場所を探す『月奏』ルナ・グランツ(BNE004339)。子供と見紛う小柄な体つきながら、その実、今回この場に居る中では最年長である。 「大丈夫、お姉ちゃんに任せておいて。絶対、ゼーッタイ、あの子を助けて見せるから!」 拳を握って、ルナは言う。現在、廃病院の1階。迷路のような通路を進む一同の前に倒壊した壁と崩れ落ちた階段が現れる。 どうやら老朽化と災害によるものだ。通行できないと判断し、踵を返す。じっとりと湿ったほこり臭い空気が漂っている。どんよりとしていて、辛気臭い。 「こんな場所に1人きりでいたらそりゃネガるだろ……」 翼の加護で得た羽で、僅かに浮かぶ『刹那の刻』浅葱 琥珀(BNE004276)。やれやれと盛大に溜め息を吐いた。 「えぇ本当に。こんな鬱々とした場所なら本人も鬱屈するでしょう。ネガティブなのは構いませんが他人を巻き込むのは勘弁して下さいよ」 手にした地図に×印を描きこんで、『ヴァルプルギスナハト』海依音・レヒニッツ・神裂(BNE004230)が、ここもダメ、と首を振る。こうしてマッピングしながら進んで通行可能な道とE・フォース(さおり)の居場所を探っているのである。 2階へ上がる階段は他にもある。さおりが居るかもしれない部屋もだ。 と、その時……。 『なにしに来たの……?』 『邪魔しに来たの……?』 『放っておいてよ』 廊下の影、暗がりの中から囁くような声が響く。ふわり、と姿を現したのは子供程の背丈の少女たち。可愛らしい、しかしそれでいてどんよりと暗い顔をしている。 E・フォース(さおり)の分身体達だ。声を聞いているだけで、気が滅入る。 「何とも、やるせねぇ気分にさせてくれるもんだぜ」 はぁ、と小さく溜め息を吐いて『蒼き炎』葛木 猛(BNE002455)が拳を握る。戦意があるようには見えないが、3体のさおり分身体はじわじわとこちらへ接近してくる。 分身体の1体が、するり、と滑るように移動し『天邪鬼』芝谷 佳乃(BNE004299)に纏わりついた。半透明の体をエクトプラズムのように薄く細く伸ばしている。 『出来れば何処かへ行って欲しいの……。そっとしておいてよ。どうせ私達を苛めに来たんでしょ? 見せ物じゃないのよ?』 ぶつぶつと呟くさおり分身体。眉をひくひくさせながら佳乃はそっと目を閉じる。 「ネガティブな方が居る事を否定するつもりはありませんが、私はネガティブで居る事は嫌ですね。だって人生、楽しまないと損ではありませんか」 『楽しいの? ベッドの上で、真っ白な部屋で、何を楽しむの? 注射? 点滴? それとも検温? 誰も来ないの。お見舞いにも来ないの。治る見込み、ないんでしょ?』 治る見込み、というかそもそもさおりは、すでに死んでいるのであろうが。 その呟きを聞いていると、気分がどんどん沈んでくる。 「俺様も落ち込むことくらいあるけどな……。人命がかかってる。容赦せずに行くぜ!」 自動小銃を構えた『銀狼のオクルス』草臥 木蓮(BNE002229)が叫ぶ。眼前に漂う、残り2体の分身体を射線上に捕らえ引き金を引いた。 ノズルフラッシュ。暗い廊下が、爆ぜた火薬で真っ白に染まる。 ●ネガティブガール、遭いに行くよ 「うぅ……。気分が暗い」 ルナが呻く。感情探査でさおり分身体の感情を覗いた結果がこれだ。マイナス思考を煮詰めたような強烈な負の感情の塊である。 「じわじわと体力が減っていきますね……」 佳乃は素早く刀を引き抜き、居合いの要領で分身体を叩く。分身体は表情を変えないまま、しかしエクトプラズムの尾を引きながら廊下の果てへと吹き飛ばされていった。 「はっきりとした戦いの意思も、朽ちる身もない方には放置プレイがお似合いですわ」 ルナを先頭に、空いた空間へ佳乃が駆けこんで行く。感情探査で敵の位置を探りながら、可能な限り安全なルートを進む為だ。 「効いているのか分かり辛いな……。戦闘不能になるのか、これ?」 蜂の群にも似た弾丸の嵐。途切れる事無い弾幕を張りながら木蓮が唸る。2体の分身体は弾丸の雨を浴びながらずっと変わらず暗い顔をしていた。 「ギャロップ、いる?」 「否、いい。それより先に進んでくれ」 手助けを申し出る琥珀にそう言って、弾幕を張る木蓮。その間に仲間達はその場から離脱する。全員脱出したのを確認し、海依音は木蓮の襟を掴み引っ張る。 「基本的に分身は無視ですよ」 低空飛行で木蓮を引き連れ、その場から離れる。追ってくる分身体は木蓮の銃弾で牽制する。 「スタコラサッサだぜぇー。真面目に相手なんざしてられるか!」 「同感やな。スル―しとこか」 猛と椿は、そう言いながらも背後を振り返った。分身体は追ってくるのを止めたようだ。暗い顔のままだが、どうしてだろう、少しだけ得意げに見える。 「そう言えば、できれば何処かへ行って欲しい、とおっしゃっていたような?」 と、シエルが首を傾げて見せる。 何処かへ、とはこの病院内から何処かへではなく、その場から何処かへという意味だったのかもしれない。積極的に敵意を持って襲ってくる相手ではないということか。 「癒しの息吹よ……在れ」 シエルがそう唱えると、彼女の周囲に淡い燐光が舞い踊り始める。燐光は仲間達に纏わりつき、その傷を癒す。 場所は2階端の1室。ここに来るまでに数回、さおり分身体との遭遇、戦闘を繰り返して来た。その度に僅かながらもダメージを受けてきたわけだが、塵も積もれば、と言う奴でそろそろそれなりにダメージも蓄積してきた。故の回復である。 2階にあがるとすぐに、廊下の温度が下がっているのが分かった。恐らく、さおりの居場所が近い。 「さおりんのネガティブ、俺のポジティブで受け止めてやる!」 そう宣言し、琥珀は部屋を出ていった。残りの仲間達もそれに続く。一際暗い感情が漂っている1室がある。ルナの案内でその場へ向かうと、部屋の前の廊下はかちこちに凍りついていた。 『なにしに来たの……。次から次に、疲れる』 部屋の中から、ぼそぼそとした声が聞こえる。E・フォース(さおり)の声だ。部屋の入口付近に並ぶ3つの氷像。凍りつけにされた男女である。 「凍える時を溶かし、生命に活力を……」 シエルがそう唱える。燐光に包まれ、氷が溶ける。それを見て、さおりは小さく『何なの?』と呟いた。 「スポット巡りなぁ……。自分ら運えぇなぁ、こんな体験して生きて帰して貰えるんやから」 気絶して、廊下に倒れた男女を見降ろし椿が言う。倒れた3人を猛と海依音が助け起こす。気絶した人間を運ぶのはなかなかに手間のかかる作業のようだ。おまけに廊下の向こうから、分身体が迫って来ている。さおりに呼ばれたのか、それとも単なる偶然か。 『誰か居るの?』 『なにしに来たの?』 『帰ってよ』 口々にそんなことをぼやく分身体達。猛と海依音の前に滑り込むようにして、進路を塞ぐ。 『楽しそうで良いね……。見せ付けに来たの? ねぇ? 新手の苛めなの?』 するり、と分身体の1体が猛に纏わりついた。耳元で拗ねた言葉を囁いている。窓から飛び降りようとした矢先に動きを阻まれ、猛は僅かに舌うちを漏らした。 次の瞬間。 「うふふ、後ろ向きですわね。苦境が苦境にしか思えないうちは永遠にそのままですわよ?」 刀を一閃、分身体を切り裂く佳乃。明らかに一線を超えてしまった感のある性癖を持つ彼女が言うと、奇妙な迫力や裏の意味を感じてしまう。とはいえ、さおり達にとってはそんなことどうでもいいのだろう。『あー……』なんて言いながら、廊下を吹き飛んでいく。 「妙な手応えですこと」 顔をしかめて、佳乃がそんなことを呟いた。 その隙に、2人は二階の窓から外へ、男女を抱えて飛び降りていった。 「突然皆で押しかけてごめんね、さおりんちゃん」 なんて、さおりを刺激しないよう柔和な笑みを浮かべてルナが部屋に入っていく。さおりは、どんよりとした視線をルナに向け『出てって』と呟いた。瞬間、突如巻き起こった衝撃波がルナの体を部屋の外に弾き飛ばす。 「きゃぁぅ!?」 ルナは壁に激突して廊下に転がる。ルナに近寄る分身体を銃弾で追い払いながら、木蓮はさおりに声をかけた。 「俺様は木蓮って言うぜ。もっきゅんって呼んでな!」 『さおりんって呼んで。あと、出て行って』 弾幕を張って分身体を追い払いながら、木蓮は眉間に皺を寄せる。どうもコミュニケーションが通じている気がしない。 そうこうしている間にも、続々と二階に分身体が集まってくる。中には、遠巻きに様子を窺うだけでこちらに寄ってこないものや、チラと横目で見たきり立ち去っていくものも居る。 『うるさいなぁ』 『なにしに来たのかな?』 なんて言いながら数体の分身体が近寄って来た。分身体に巻きつかれた佳乃が戦線から離される。 「怖がるなよ、会話のキャッチボールは楽しいぞ」 と、琥珀はさおりに声をかけるが、さおりは膝を抱えて俯いたままだ。 『一方的な感情の押しつけ。ドッヂボールになってるって気付いて』 嫌な思い出でもあるのだろうか。さおりの周囲に氷の矢が展開し、琥珀へ向けて撃ち出される。血が飛び散って、琥珀の体が氷に包まれた。 「居るだけやのに倒すんは可哀相やけど……放置したらオカルト好きが被害に遭ってまうからな」 椿が呟く。すでに3名、被害者が出ているのだ。このまま放置して帰るわけにはいかないのである。やれやれと溜め息を1つ零して、リボルバーの撃鉄を起こした。不吉な影が銃に纏わり付く。 「う……ここは?」 短い呻き声と共に、救出された男女の1人が目を覚ます。頭を振って現状を確認しようとするその後頭部に白い杖が振り下ろされた。 ガツンと一発、それで目を覚ました彼は再び眠りに落ちる。 「もうほんとに面倒!」 そう言いながら、海依音は他の2人が眠っているのを確認。猛と共に、翼を使って2階へと戻る。窓から2階へ再侵入。2階廊下は、6体ほどの分身体で埋め尽くされていた。エクトプラズムが広がって煙って見える。 「やんやん❤ 増えてるじゃないですか」 閃光を放ち、纏めて敵を薙ぎ払う海依音。分身体が怯んだその隙に、猛は部屋へと飛びこんで行った。体から雷を放ちながら、素早い動きでさおりへと接近する。 「死にきれてなかったんだろ? ならこいつで送ってやるよ! 逝ってこいや、大霊界ィ!」 壱式迅雷。突き出された拳が、さおりを捕らえる。止まる事無い連続攻撃。ベッドが粉砕されさおりの体が宙へ投げ出された。さおりは膝を抱えた姿勢のまま、宙を舞う。 『月が綺麗。こんな夜に……無粋』 窓から覗く夜空を見ながら、さおりはそんな事を呟いた。途端に周囲の温度が急低下。猛の体に氷が纏わり付く。猛の体を無理やり引き戻したのは佳乃であった。 気付くと、病室の中は冷凍庫みたいな有様である。霜と氷に包まれて、冷気が漂う。 そんな中、さおりはじっと、膝を抱えて座り込んでいた。 ●少女・さおりと氷の廃墟 「癒しの息吹よ……在れ」 傷ついた仲間たちを癒すのがシエルの役割だ。狭い廊下は、シエルの燐光と分身体のエクトプラズム、さおりの氷で散々な有様である。 「味方と縦に並ばんよぉ気ィつけてね」 リボルバー方手に、仲間へ注意を促す椿。とはいえ、廊下はあまり広くないためいくら注意しても限界と言うものはあるわけで。 射出された氷の矢が、壁を貫き猛へ迫る。それを庇ったのは、佳乃だ。刀で矢を弾く。全ては防ぎきることができず、いくらかの矢が手足に突き刺さっている。 「うおっ!? 悪い!」 「あら、私はただ、痛みが好きで好きで仕方ないだけですわ」 なんて、悪戯っぽく笑って見せる佳乃であった。 「なぁ、どうしてこんな所に居るんだ?」 木蓮は、分身体たちにそう声をかけるが返事はない。ただただ、こちらの動きを阻害する為に向かってくるばかり。時々吐き出される言葉も、意味のないネガティブな感情ばかり。少しずつ、こちらの行動にミスが増えてくる。分身体による攻撃の影響を受けているのだろう。 そう長くは、抑えきれない。それを悟り、木蓮の頬に冷や汗が伝う。 蜂の群にも似た弾丸の嵐は、その大半が虚しく空を撃ち抜くばかり。 「なかなかやりますね、面倒。汝が罪を改めよ、なんて諳んじてみます?」 神気閃光。廊下を眩い光が覆い尽くす。焼けるような閃光を潜り抜け、廊下を進む分身体。エクトプラズムの尾を引いて、こちらへ襲い掛かる。 そんな分身体の前に、氷の壁が姿を現す。氷漬けにされた分身体の動きが止まる。氷を放ったのは、ルナであった。 「もし望むのであれば、話し相手になりたいんだけど……」 『いらない。放っておいて』 「断られちゃったね」 残念、と呟いてルナは再びエル・フリーズを放つ。 「さおりんを天国へ送り届ける為にここまで来たんだ。送り届けるその時まで、傍に居るよ」 琥珀がオーラで作った赤い月が廊下を埋め尽くす。月のオーラに押されるようにして、数体の分身体がふわふわと後ろへ後退する。 『天国があると、思っているの?』 『天国が本当にいい場所だとは限らないもの』 『知らない場所は、怖いの』 分身体達から不満の声があがる。その声と、彼女達からばら撒かれるエクトプラズムに触れる度、琥珀は体から力が抜けていくのを感じていた。しかし、引くわけにはいかない。 分身体を喰い止めること。それが彼達の役割である。 『もう嫌……。そっとしておいてよ』 展開される氷の矢。高速で撃ち出されるそれを、猛は次々に叩き落す。放電と共に放たれる拳が、矢を砕き、或いは受け流して喰い止める。その隙を逃さず、佳乃が部屋に飛び込んだ。激しい雷を身に纏い、部屋を駆ける佳乃。大上段に構えた刀が、さおり目がけて振り下ろされる。 「精々、苛め倒して差し上げましょう」 放電と共に振り下ろされた一撃が、床板を砕き割る。氷が溶けて、蒸気が撒き散らされた。だが、さおりの姿はそこにない。佳乃の刀を避け、天井付近に浮いていた。 『はぁ……』 溜め息が、冷気と化して佳乃を襲う。氷に包まれ佳乃は僅かに顔をしかめた。しかし……。 「下手に建物を壊すなよ……。まぁいいか。椿!」 視線を後ろに向け、猛が叫ぶ。そこに居たのは、銃を構えた椿とその傍らに控えたシエルの姿。 「心残りがありましたら、言って下さいまし」 と、シエルは言う。それに対しさおりは、どんよりとした眼をシエルに向けて『ない……かも』と、答えた。ネガティブガールさおりにとって、生きていることは、誰からも忘れられたまま病魔に侵されていく人生は、辛いものであったようだ。 「そんなら、ごめんねぇ」 椿はそっと引き金を引いた。撃鉄が降りて、火薬が爆ぜる。銃口から飛び出したのは、黒いオーラを撒き散らす不吉な弾丸。さおりに命中すると同時に影が広がり、彼女の体を覆いつくす。不吉な影に囚われながら、さおりはそっと目を閉じた。 『なんだか……落ち着く』 そう言い残し、さおりの姿は影に飲まれて消え去った。それと同時に廊下を漂っていた分死体も、まるで煙みたいに掻き消える。本体であるさおりが消滅した証拠だろう。 「バイバイ、さおりんちゃん」 そう告げるルナの表情は、どこか寂しそうだった。 「……今度から、心霊スポット訪問は部員みんなで行くようにしよか」 窓から中庭を見降ろすと、目を覚ました男女3人が急ぎ足でその場から逃げていく光景が目に入った。それを見ながら、椿はそんなことを言う。 興味本位で足を突っ込むと碌なことにならない。そんな場所が、この世界にはあるのである。 さおりの居た病室を見て、椿はそっと踵を返し病院を後にするのだった。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|