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●昏い蔵にて
 淀んだ空気と重苦しい雰囲気。
 射し込む光と云えば、重い鉄扉の僅かな隙間から漏れる一筋のそれのみ。
 数年、いや、何十年も見ることの出来ていない外の世界。目映い陽射しに包まれ、はしゃぐ娘や婚姻を結んだ女に袖を通して貰ったのは、もう遥か遠い出来事のよう。
 母から娘へ。そうして、娘の更に娘へ。
 あの頃はこのような意志など無かったけれど、代々受け継がれてきた己には誇りがあった。
 しかし、今やこの身を包むのは薄汚れた誇りだけ。

 口惜しい。口惜しい。嗚呼、外の世界が視たい。
 あの日のように、あの頃のように、誰かの身を着飾る栄光を――。
 それが出来ぬのならば、全てを壊し尽くすことも惜しまぬ程に。嗚呼、口惜しい。

●彩絹の衣
「一言で云えば、着物のE・ゴーレム」
 単刀直入。『サウンドスケープ』斑鳩・タスク(nBNE000232)は自分が視たエリューションについて語る。
 それらは何十年も古い蔵に放置されていた代物であり、いつしか異様のモノへと変じてしまった。その敷地は廃屋の裏庭なのだが、現在はその場所を管理する者はいない。廃屋の方ですら誰も手入れをしないというのに、得体の知れない蔵の方を気に掛ける者などいないだろう。
「暗い蔵の中、着物達は衣架……つまり和装用の衣紋かけに掛けられた状態で置いてあるみたいだ」
 意志を持ったそれらは言葉は発せないが、『外に出たい』という思いを強く持っているようだ。
 今は扉を開けるという思考力こそないものの、このままフェーズが進めば自ら蔵を壊して外に脱出しようとするだろう。そうなれば近隣にどれほどの被害が及ぶかは分からない。
「だから君達にはソレらを倒してきて欲しい。引き受けてくれるよね?」
 断られるなどとは思って居ない様子で、タスクはリベリスタ達に挑戦的な眼差しを向けた。

「E・ゴーレムの数は三体。俺は着物には詳しくないけれど、どれも綺麗な柄に視えたよ」
 便宜上、柄から其々を『黒椿』『青扇』『紫蝶』と名付けたタスクは注意を告げる。
 三体の着物ゴーレムはどれも動きが素早く、回避が異様に高い。ひらひらと宙を舞う様は蝶の如く、此方を翻弄するかのように動きまわる。繰り出す神秘の一撃は手馴れの者を一撃で沈めてしまう可能性も孕んでいる。
「蔵の中は埃だらけ。置かれた物の所為で随分と狭くなっているようだ。四人が入れば動き辛くなる程度の狭さなうえ、敵はたった四人だけでは倒せない程の力を持っている強敵なんだよね……」
 だから、リベリスタ達は選び取らなければいけない。
 四人で交代を続けながら蔵の中で戦うか。それとも、着物達を蔵から出してから戦いに持ち込むか。
 しかし、前者は交代の際に不利な状況に陥る可能性が高く、後者は着物達が宙を舞って逃げ出してしまう危惧がある。外の方が全員で掛かれる為、何とかして気を引けば戦闘に集中させることも可能だが、一体でも逃げ出せば追走は困難を極めるだろう。
「どちらを選ぶかは君達次第。どう戦局を進めるかも、君達の思う侭に」
 選び取った戦略が功を奏すと信じている。
 そう告げたタスクは其処で説明を終え、リベリスタ達の武運を祈った。そして、少年は埃まみれになっているであろう着物を思い、ふと独り言を呟く。
「そりゃそうだよね。あんな場所に閉じ込められていたら、外の世界に焦がれるのも当たり前さ――」


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:犬塚ひなこ  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2013年03月25日(月)23:09
●現場
 廃屋の庭の隅にある蔵の中、衣架に掛けられた状態で古着物があります。
 簡易なかんぬきタイプなので蔵を開けるのに鍵は要りません。

 蔵の中、蔵の外の庭、どちらで戦うかは皆様で決めてください。
 それぞれの長所と短所はOP内で挙げた通りとなります。

●E・ゴーレム
『黒椿』:黒地に椿が描かれた着物。
『青扇』:青地に扇が刺繍された着物。
『紫蝶』:紫地に蝶が舞う柄の振り袖。

使用能力は『彩糸(神遠単/麻痺/隙)』『闇光(神遠複/呪い)』。いずれも回避がずば抜けて高く、宙を舞いながら攻撃します。
言葉は喋れずとも大まかな意志のようなものはあるようです。
呼び掛けてみたり、行動で気を引いてみるのも逃走阻止になるかもしれません。
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
クロスイージス
日野原 M 祥子(BNE003389)
クロスイージス
浅雛・淑子(BNE004204)
ソードミラージュ
桃村 雪佳(BNE004233)
レイザータクト
アンドレイ・ポポフキン(BNE004296)
ナイトクリーク
衣通姫・霧音(BNE004298)
ナイトクリーク
纏向 瑞樹(BNE004308)
ミステラン
ファウナ・エイフェル(BNE004332)
ミステラン
ルナ・グランツ(BNE004339)


 朽ちかけた廃屋の裏、砂埃の舞う其処には古びた蔵があった。
 異様へと変じた古着物を滅するべく、リベリスタ達は重厚な作りの蔵扉の前に集う。数年、否、十何年以上も前から放置されたであろう物に、感情が宿ったならば口惜しいと思うのも当たり前か。『百叢薙を志す者』桃村 雪佳(BNE004233)は内部に眠るモノを思う。
「長き年月を経たものは付喪神へと化すと言うが……まさしくそれだな」
 確かに、こんな所で忘れ去られ、埃を被っていては無念だろう。『攻勢ジェネラル』アンドレイ・ポポフキン(BNE004296)も同意の意思を見せる。
「生物でも、道具でも、必要とされなくなる事は哀しい事でゴザイマスネ」
 それらが外に出たいと願っているのならば、世界を見せてやろうではないか。アンドレイをはじめとしたリベリスタ達が決めたのは、扉を開け放って戦いに持ち込むこと。『風詠み』ファウナ・エイフェル(BNE004332)は仲間に翼の加護を施し、小さく頷いた。
「ええ。記憶に残るかつてのように在りたいと、尚も想っている。その在り方は、哀しいですね……」
「受け継がれてきた誇りかぁ。それなら死蔵させたままにはしたくないね」
 けれど、誰かを襲うなんてことはもっとさせたくない。『先祖返り』纏向 瑞樹(BNE004308)は、着物達をここで止めないといけないと誓い、己の傍に影を具現化させた。『月奏』ルナ・グランツ(BNE004339)も同じくして自分の力を高め、受けた加護を利用して低空へと浮遊する。
 そして、仲間達の準備が終わったことを確認したルナは蔵の扉へと手をかけ、勢いよく開け放った。
「――さぁ、出ておいで。陽の当たる外の世界に」
 途端に蔵へと明るい光が差し込み、大量の埃が舞う。
 咳き込みそうになり、口許を押さえた『blanche』浅雛・淑子(BNE004204)だったが、しかと暗い蔵の奥を見据えて呼びかけた。
「外へ出たかったのでしょう? 身を飾る、その為に作られたという誇りを取り戻したいのでしょう? 此処にはその全てがあるわ。出ていらっしゃいな」
 すると、外の光を目指して宙を舞う着物が飛び出してくる。下手をすればエリューション達はそのまま空へと飛んで行きそうだった。だが、『蜜月』日野原 M 祥子(BNE003389)が翼を使って前に飛び出し、紫蝶柄の着物へと肉薄する。同様に瑞樹とアンドレイが黒椿を捕らえる最中、祥子は振り上げた一撃に神聖な力を込めた。
「埃だらけね、綺麗な着物みたいなのにもったいないわ」
 敵を穿とうとする祥子だが、ひらりと舞った着物には当たらない。しかし、それも承知の上。
 『禍を斬る緋き剣』衣通姫・霧音(BNE004298)は、素早く立ち回った雪佳と共に青扇の相手を担う。そして、霧音は着物へと微笑みと眼差しを向けた。
「御機嫌よう。暫し、私達と踊りましょう?」
 何代も継がれてきた美しい着物が死蔵され、埃に塗れているなんて悲し過ぎる。
 ねえ『緋桜』、と自分が身に纏う鮮やかな緋色の着物に小さく語りかけた霧音は思う。あの着物達と緋桜の違いは、一体何だったのだろうか、と――。


 着物達へと攻撃をしたことによって、それらの意識は此方に向いた。
 どうやら『綺麗』だという言葉にも反応したらしいが、着物は敵意からの反撃を仕掛けてこようとしている。倒さねばならずとも、リベリスタ達は彼等を救いたいと願っていた。
「――永く、寂しい想いをしてきたのですね。貴方達を、迎えに来ました」
 ファウナは優しく語り掛け、掌の上に小さな光球を作り出す。解き放った光は真っ直ぐに着物へと飛翔したが、それもまた避けられてしまう。ルナも火炎弾を降り注がせるも、三体のうち二体に回避されてしまった。その状況を察したアンドレイは左目を細めると、己の効率動作を共有させ、仲間の戦闘能力を大幅に向上させる。
「敵の能力が高い? ナラバこっちも高くしテしまえば良いのでゴザイマス」
 幕を開けたのは自分にとっての戦争。
 大胆不敵。痛快素敵。超常識的且つ超衝撃的に勝利するのがリベリスタとしての己の在り方。アンドレイからの支援を受けた雪佳は百叢薙剣を振り上げ、高速で飛び上がる。彩糸を飛ばす青扇の一撃を身体で受けながら、彼は一気に刃を下ろす。
「美しい物を美しいと感じる事くらいは俺にだって出来る。ああ、その扇紋は実に綺麗だな」
 一閃を見舞い、雪佳は着物に語りかけた。だからこそ君達の本懐を思い違わないで欲しいと思いを込め、青年は青扇と相対し続ける。霧音も気を引くように緋桜の袖を翻し、破滅の力で連続撃を見舞った。
 着物相手から向けられるのは嫉妬か、それとも羨望か。
「どちらにしても私は受け止めるわ。あなた達の思いごと、しっかりとね」
 霧音が決意を口にした瞬間、黒椿が放った闇の光が彼女ごと仲間達を覆った。
 同時に戦い続けていた淑子と祥子にも攻撃が向き、其処に気付いたファウナがすかさず癒しの力を帯びたフィアキィを呼び出して仲間を支えた。瑞樹もまともに受けた衝撃を堪え、翼を使ってやや上空に飛び上がる。彩糸に対抗するようにして気糸を放った瑞樹は、見事に黒椿の衣を縛りつけた。
「アナタ達、随分汚れているよね。そのまま人前に出ると自身を貶める事になるかもしれないよ」
 その際、逃走を引き止める為の言葉も忘れてはいない。
 だから汚れだけでも落とそう、と瑞樹は問う。ひらひらと舞う着物の意志は感じ取れなかったが、逃げないという事は何かしら気になる点でもあったのだろう。そうして、合間に集中を重ねたルナが再び火炎の雨を降らせ、三体の着物を巻き込む。
「ずっと暗い場所に閉じ込められて、辛かったよね。もっと皆と触れ合っていたかったよね」
 ルナは後方からじっと着物を見つめ、それらの重ねてきた時に思いを巡らせた。彼等は人と触れ合う為に生まれてきたのだから役目を果たさせてあげたい。それがルナの思いだった。
 二人で挟み込み、言葉を掛けている甲斐もあって敵に逃走の気配は見えない。
 しかし、二撃に一度は回避されてしまう上、相手からの攻撃も激しいものであった。
 黒椿をブロックするアンドレイも攻撃へと転じて断頭の悪斧を振り下ろし、雪佳も青扇の一撃を受け止めながら紫蝶へと衝撃を飛ばし続けた。
 淑子と祥子。偶然にも同じ響きを持つ少女二人は浴びせかけられる闇黒の衝撃に耐え、紫蝶と直接相対し続ける。十字の光で敵を撃ち抜きながら、祥子はふとした言葉を零した。
「思えばあたし、色々忙しくて結局成人式も行ってないし、着物きたことないのよね。もしよかったら、着てみたいんだけどなー」
 あなたなんて素敵だわ、と祥子が視線を投げ掛けると紫蝶はくるくると舞う。
 それはきっと、着てみて欲しいという意志だったのかもしれない。だが、動いた着物は祥子に纏わりつきながら彩糸を絡め付けた。痛、と仲間から苦しげな声が漏れ、淑子は緩く唇を噛み締める。
 変じてしまった以上、それは屠るべきもの。
「……とっても綺麗なのに、こんな出会い方しか出来なかったのが残念ね」
 本当なら、傷すらつけないまま着てあげたかった。だが、それは叶わぬことなのだろう。
 淑子が振り上げた大戦斧が鮮烈に輝き、破邪の力が満ちる。風すら裂きながら揮われた一閃はひといきに紫蝶の衣を引き裂き――其処に宿る神秘の力を奪い取った。


 紫蝶が地に落ちて動かなくなったことで、残りは二体となる。
 敵からの攻撃も厳しかったが、アンドレイは怯まない。心情を抜きにすれば戦いは単純明快な殴り合い。舞い飛ぶ彩糸が身を穿っても、彼は口許を薄く緩めて見せた。
「血みどろにどつき合うのは小生、大好きでゴザイマスヨ。覚悟はよろしうゴザイマスカ」
 敢えて大振りに攻撃を繰り出し、アンドレイは斬撃を見舞う。脳筋とは、脳も筋肉も駆使する者の事だと聞いたのだから、それを貫くのが戦いだ。
 彼が作り出した隙に攻撃の機会を見出した瑞樹も、掌を広げて幾度目かの気糸を迸らせる。
「あんまり無茶すると破れちゃうよ。ちょっとじっとしててね」
 狙いを的確に定めた一撃は衝撃を与えながらも、まるで解れた箇所を縫うようにして華麗に舞い踊った。攻撃をしつつも着物を破きたくないという瑞樹の思いは、そんなところにも現れている。
 麻痺も幾度か与えられていたが、縛りを振り解いた着物はリベリスタ達を闇に包もうとした。
 その度にファウナが呼び出すフィアキィが癒しに回り、齎された呪いの力は祥子による邪気除けの神光によって祓われる。そうして、長く続く戦いの間にルナは再び己の力を蓄えた。
 風に舞い踊る絹衣の姿は、例え永きを経て汚れようとも本当に綺麗だとファウナは感じた。
「衣架に掛けられていたという年月を思えば、実に悲しいことです」
 それでも、このまま彼等の自由にはさせてはいけない。人に、この世界に害を成す存在となってしまうならばこの場で討つのがリベリスタとしての務め。ファウナは戦場に吹き抜ける風を感じながら、緑の双眸で敵をしかと捉える。
 しかし、その間にも青扇が猛攻を仕掛けてくる。
 運悪くも巡った激しい一撃は淑子へと迸った。自分を縛り付ける痛みを堪え、淑子は倒れそうになる身体を自ら支える。
「わたしは、こんなものに縛られてなんていられないの……!」
 着物の嘗ての姿を取り戻す事は出来ない。けれど、全力で戦うことが自分に出来る唯一のこと。体勢を立て直した淑子は黒椿へと刃を振り下ろし、敵から体力を奪い返しつつ問い掛けた。
「ねえ、あなたはなぁに? 女の子を、人を傷つけるための存在ではないでしょう?」
 ――願いを教えて。叶えられる事なら、どうか聴かせて。
 思いと共に戦い続ける淑子が無事なことに安堵を覚え、祥子は雪佳達の居る方へと向かった。
「逃げたりなんてしないで。心配しないでいいわ、私達が着てあげるから」
 祥子が其方に回ったことで、残る着物二体の包囲はより強固なものとなる。霧音は青扇へと妖刀を向け、凛と言い放った。
「その無念、晴らしてあげたいけれど今は刃を向けるしか出来ないわ。……ごめんなさい」
 相変わらず、舞う敵の動きは捉え難い。ならば、美学に基く鮮やかな剣舞で必中を狙おうと己を律し、霧音は雪崩の如き連続攻撃を仕掛けてゆく。
 同様に雪佳も意思を固め、弱っている黒椿の方へと狙いを向けた。
 見れば、不利を悟ったらしき着物は戸惑うようにはためいている。アンドレイや瑞樹がブロックしている故にすぐに逃走することはないだろうが、憂いは絶つべきだ。
「絹を裂くなど気は進まないが……逃がす訳にはいかないんでな」
 怨みや思いが募り、それが暴走してしまうのならば止めてやる。強い言葉と共に解き放った風の如き一撃は黒椿を穿ち、一瞬にして地に落とす。
 これで残るは青扇のみ。ルナは光の球を紡ぎ、最後の着物に呼びかけた。
「私はまだこの世界を知らない。だから、もっと見て、触れ合ってみたいの。もし良かったら私と一緒に世界を見て回ろ?」
 ね、と向けた眼差しは真摯なもの。その言葉に嘘はなく、心からの思いとして伝えられる。
 そして、ルナは最後まで戦うことを胸に誓い、更なる光球を撃ち出していった。


 本当はファウナとて着物を在るがままにしておきたかった。
 だが、変質した今のままの彼らを連れて行く事は出来ず、きっちりと屠らなければならない。
「御免なさい。そろそろ決着を付けさせて頂きましょうか」
 ファウナは切れかけた翼の加護を掛け直し、仲間の補助に回る。残るのが一体だからこそ気は抜けない。ルナも翼で宙に舞い上がり、いつ敵が逃げ出して良いように備えた。
 リベリスタにじわじわと周囲を囲まれてゆく青扇も流石に状況がまずいと感じたのか、更に上空に逃げようと舞った。
「みんな、気をつけて。空の方に上ろうとしているみたいだよ!」
 しかし、ルナが呼び掛けたことで即座に上に羽ばたいたアンドレイがそうはさせない。
「逃げてどうすると言うのデス? 逃げた先に何があると言うのデス?」
 必要とされない。働きたいのに働けない。道具としてあるべき姿でいられないのは辛い事だろう。だが、それが過去に成した労働は称賛に値するモノだとアンドレイは紡ぎ、全力の一撃を放った。見事に命中した攻撃によって着物が落下し、均衡を崩す。
 それを淑子が追い、鋭い斬撃を加えた。
「わたしの髪、あなたの色に映えると思わない? 着物としての誉れを望むのなら――委ねて」
 懸命な言の葉と共に斬り放たれた一閃は、着物を追い込む。
「無念だったでしょう。袖を通される事無く忘れ去られて、朽ちて行くのを待つしかできなくて」
 続けて霧音が剣舞を繰り出し、多大な衝撃を与えた。
 雪佳と祥子も畳みかけようと攻撃へと移ったが、着物は二人の一撃をひらひらと舞ってかわす。それでも、祥子達の動きは相手を追い詰めるのに一役買っていた。
 最後の足掻きか、着物は雪佳に向けて渾身の彩糸を絡めようと動く。
「来るわ。注意して!」
 祥子が声を上げるが、雪佳の身体は一瞬のうちに縛り付けられて体力を削られてしまった。意識が遠退き、地に落ちそうになるが、彼は運命を引き寄せて果敢に耐える。
「未だ、だ。倒れて堪るか……!」
 剣の柄を握り締めて前を見据えた雪佳の背を、祥子の紡いだ天使の歌が包み込んだ。
 あと一撃で敵が倒れる。そう感じた瑞樹は、ボロボロになった青扇へと最後の気糸を放った。光を反射して煌いた糸は着物を貫き――瑞樹は崩れ落ちるそれへと優しい言葉を掛ける。
「大丈夫だよ。アナタ達が悲しむような事は絶対にしないから」
 そして、先に舞い落ちた着物に折り重なるようにして青扇がひらりと落ち、辺りに静けさが満ちた。


 戦いが終わり、霧音は地面に落ちて汚れた着物を拾い上げる。
 その中でも無事だった黒椿を手に取った霧音は「少しだけ良いわよね」と前置きをして、その場で緋桜を脱ぎ去って着物を身に着ける。
「――!」
 突然のことに雪佳が驚き、慌てて顔を背ける。一瞬だけ見てしまった霧音の肢体は忘れ去るように努力し、青年は仲間が着た着物へと視線を向け直した。
「艶やか且つ華やかだな。これで無念が晴れると良いんだが」
 雪佳の言葉に祥子が頷き、小さく微笑む。
「そうね、すごく綺麗だわ。他の二着もボロボロだけど、リメイクして小物を作るのも良いかも」
「ええ。傷付いていても繕って、活かす道をみつけてあげるから」
 祥子は青扇と紫蝶の埃や土を払ってやり、淑子も一着は直せば着られるだろうと安堵を覚えた。
 彼等に宿っていた意志は消え失せたが、その思いを無碍になどはしない。在るべき形のままで、相応しい物として在れるように、と――少女達は願う。
「元あったまま、在りし日の姿ではなくなるかもしれないけれど……」
 彼らだったものに想いを果たさせてあげたい。そう願ったファウナの思いはきっと、届くはずだ。
 瑞樹も同意するようにして頷き、ふと扉が開いたままの蔵へと視線を巡らせた。
「あと、他にも死蔵された物が中にあるはずだよね。それって勝手に持って帰っていいものなのかな?」
「うーん、この世界のルールはわからないけど、もう管理する人が居ないなら良いんじゃないかな」
 瑞樹の疑問にルナが答え、仲間達もきっと大丈夫だろうと答える。
 そうしてルナ達は何処かわくわくとした様子で蔵へと駆けていった。きっと、この奥には着物達と同じように使われずに眠っているものがたくさんあるはずだ。アンドレイは仲間達の背を見送ると、朽ちた着物へと静かな思いを告げた。
「小生は貴方達を忘れない。ダカラ、誇りを胸に天へと向かいなさい」
 永き時を受け継がれて着た彼等は、立派な働き者だったのだから。
 見上げた天には抜けるような青い空が広がっていた。不意に吹き抜けた風は少しの埃めいた香りを運んでくる。だが、それでも――其処には誇りに満ちた思いが宿っているような気がした。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
彩絹の衣に宿った思いは、皆様の力によって昇華されました。
意志は消え去ってしまいましたが、それらが皆様に着て頂いたり、直して頂けることでこれからも確かに生き続けていくのだと思います。

ご参加、どうもありがとうございました。