●新緑の屋敷 郊外の林にある屋敷に、男は居た。 『屋敷』と言っても、豪奢な『お屋敷』というわけではない。くたびれ、朽ちかけた古いだけが取り柄の洋館だ。近所の小学生からは『オバケ屋敷』と評されている。 「ふはははは! さすが私だ、やはり研究は正しかったのだ! 私を追放した馬鹿どもに、目にモノ見せてくれるわ、はーっくしょん!!」 高らかに笑い、最後には更に大きなクシャミ。 ボサボサに伸びた髪を振り乱した小男の名は、早瀬正樹。痩せこけた身体を白衣に包み、今は屋敷の中にある『研究室』と自称している一室に篭っていた。 ギョロリとした目が、爛々と光っている。 「ぶぇっくしょん! ……ふふん、私の知性を、誰かが噂しているな……」 鼻水を垂らしながら、正樹は根拠のない自信に満ちていた。 「さぁ、あとは晴れの舞台を用意するだけだ、忙しくなってきたぞ!」 チャラリと、その格好に不釣合いな細い鎖のネックレスが光る。 ●黄金の風 「……ふぅ」 潤んだ瞳で、『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)は溜息をつく。なかなか魅力的な表情作りではあったが、いかんせんその出来は、半分だけ合格、といったところだ。 なぜなら、顔の下半分は大きなマスクに覆われているからである。 「あの、和泉さん? 大丈夫ですか?」 「……失礼しました。大丈夫です。 では、本作戦について説明を致します」 マスク越しでくぐもった声が、ブリーフィングルームに響く。だが、やはり声に張りがない。 「早瀬正樹というフィクサードが、アーティファクトを手に植物関係の学会に殴り込みをかけようとしているようです」 「なにそれ? どんなアーティファクト?」 「節くれだった枝のような見た目です。『新緑の指』と呼ばれるアーティファクトで、念じれば植物を自在に操れる力を秘めています。それを、学会を追放された早瀬正樹が手にしたのです」 「また面倒なことを……」 心底イヤそうな声があがるが、考え方によっては重大な事件に結びつきかねない。当然それが判らないリベリスタではない。言葉ではイヤそうでも、任務はキッチリこなす。 「そもそも、早瀬正樹ってのは、なんで追放なんかされたの?」 「それについては……。追放、と言いますか、元から相手にされていなかったようです。 どうも、自由気ままに歩く植物、みたいなモノの研究をしていたようで……」 少々バツが悪そうな和泉。決して和泉に責任はないのだが 「そんなの、アニメん中だけでいいじゃん」 「馬鹿と天才は紙一重と言うからな……」 「そりゃ追放されても何も言えないですねぇ」 口々に呆れられてしまう始末である。 「更に間の悪いことに、屋敷の近くにある林にD・ホールが開き、まさに意思を持ち、自在に歩き回る植物のようなアザーバイトが現れてしまったようです。 現在、そのアザーバイトはアーティファクトの力により、早瀬正樹の思うがままのようですね」 「色々面倒ごとが重なった感じですね……」 「そのアザーバイトと、アーティファクトで動かしている植物を、早瀬正樹は自らの研究成果と勘違いしているようです。 早瀬正樹は自信過剰で喝采願望の強い男ですが、その能力とアーティファクトによる配下は油断できないものとなります。 作戦は、早瀬の撃破、または確保・アーティファクトの回収、または破壊・アザーバイトの撃破、または送還となります。 質問はありますか……くしゅん!」 最後の最後で、小さいクシャミが飛び出してしまう。 「……ハイ。質問。和泉さん、花粉症ですか?」 「……判りませんが、昨日からクシャミが出て、涙が止まりません。 余談ですが、アザーバイトは杉の木に似ているそうですよ」 一同は静かに顔をしかめた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:恵 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年03月23日(土)00:42 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
●吹き上がる災厄(花粉) 「……革醒しても、花粉症ってなるものなの?」 鬱蒼とした林の奥、件の屋敷を前にしてポツリと『ファントムアップリカート』須賀 義衛郎(ID:BNE000465)が疑問を口にする。 「あ、ボク、花粉とか効かないから。くっしゅんっ! や、まじでまじで。くっしゅんっ!!」 かなりの説得力で『死刑人』双樹 沙羅(ID:BNE004205)が答えるが、目の端に溜まる涙は何故なのであろうか。 「花粉症か…。 俺自身は、症状が無い為にどれだけ辛いのか、などが良く分からんのだが。…とはいえ、厄介である事だけは俺でも推測は出来る」 「ニホンでは何も無いのにクシャミしたら、誰かが噂をしているって言うんだったっけ?」 『閃拳』義桜 葛葉(ID:BNE003637)と、ちゃっかりマスクを着用している『月奏』ルナ・グランツ(ID:BNE004339)も口を開くが、義衛郎の疑問に対する答えにはならない。 革醒者でも花粉症になりえるか。なかなかに重大なテーマかもしれない。 「……シエル様、先ほどからご様子がおかしいようですが、大丈夫ですか?」 「くしゅん! うう…私、杉花粉には強い筈なのですが強力ですね…。花粉対策に所持の内服薬を飲んだのですが…」 目を瞬かせ、鼻声になっている『紫苑』シエル・ハルモニア・若月(ID:BNE000650)。うつらうつらとしている彼女を『風詠み』ファウナ・エイフェル(ID:BNE004332)が気遣う。 どうやらシエルは、服用した薬の副作用で若干の眠気に襲われているようだ。花粉症とは別の方面でつらそうである。 「革醒してても花粉症になっちゃうかもしれないし、一度発症すると大変らしいよ~」 ルナと同じく、しっかりと花粉対策としてマスクを着用した『メイガス』ウェスティア・ウォルカニス(ID:BNE000360)があっけらかんと言う。 当人としては花粉よけのつもりでその美しい翼を羽ばたかせているのだが、どう見ても花粉を巻き上げているように見える。 確かにウェスティアには花粉が飛来しないかもしれない。だが、その周囲の仲間には……。 「くっしゅん!! なんか鼻水すごいし目は痒いし。いや認めない、ボクは花粉症とか認めない、認めたくない!!」 「はくしょん! お待たせしました。あ、ボク花粉症じゃないんですけどね! 全然違うんですけどね!」 自称・花粉症ではない沙羅と同じく、花粉症ではないのだがクシャミと鼻水、目の痒みを患いながら『贖いの仔羊』綿谷 光介(ID:BNE003658)が仲間の下へとやってくる。 「屋敷を覗いてみましたが、二階の奥にある部屋に、正樹さんはいらっしゃるようです。同じ部屋に杉山さんもいるみたいですね」 涙目をこらし偵察を行ってくれた光介。その目は涙で濡れ、充血している。 「ありがとう、綿谷さん。しかし、これだけクシャミ連発してたら、早瀬さんも気付きそうだよね」 義衛郎の意見ももっともだが 「全然こちらに気付いている様子はありませんでしたよ。なんか、正樹さんもクシャミ連発して机に向かってました」 「……ある意味、見上げた根性だな」 あっさりと光介が返答する。呆れる葛葉。 「よーし! じゃあ行こう! 悪いことを考えている子がいるなら、止めさせるのがお姉ちゃんの務めだもん!」 ルナが力強く宣言する。うとうとしかかっていたシエルも、しっかりと目を開けた。 「……処で、花粉症って何ですか?」 ファウナの小さな質問は、士気を高めた仲間達には届かなかったようである。 ●ドキッ! クシャミだらけの研究室! 「…お邪魔させて貰おう。早瀬正樹、覚悟して貰おうか」 ばぁんと扉を蹴り破り、葛葉が研究室に転がり込む。 「ぬぅ! 貴様、何者だ! 天才の研究を邪魔するとは、相応の覚悟はしているのであろうなーっくしょん!!」 仰々しく白衣を翻し、正樹が突然の乱入者へと向き直る。最後に我慢しきれなかったクシャミが炸裂してしまった為、いまいち意味の判らない台詞となったが。 「アークだよ、あとは判るな? ……判るよな?」 「あーく? 聞いたこともない研究機関だな、ぶぇっくしょい! 私の研究成果を盗みにきたか!」 沙羅が一縷の望みを賭けて言ってみるが、やはり伝わらなかったようだ。微妙に沈痛な面持ちになる一同。どうも正樹とは会話が成り立ちにくいようだ。『箸』と『橋』について論議している気分になる。 「あー。正樹とかいったっけ? 君を処理するために来たよ。処刑人自ら、断頭しにきてやったから覚悟して」 気を取り直して、沙羅が手にした鎌を正樹へと向ける。 「ほぅ、面白い。私とて、タダの植物学者とはワケが違うのだ。やれるものならやってみるが良い! 目覚めよ、我が研究の成果よ!」 その言葉と同時に、正樹の横にあった樹木がのそりと動き出す。それはまさに杉の木だった。恐らくこれこそが、アザーバイトなのだろう。 同時に巻き上がる黄色い煙。室内が全て黄色くなりそうなそれは、言うまでもなく杉山さんから発せられた花粉である。 「私はこの研究成果を世に知らしめると言う崇高なる使命があるのだっくしょん! 邪魔立てすると言うのなら容赦はせんぞ!」 「いちいちクシャミしながらカッコつけるなんて、大変だなぁ……。とにかく、悪いことする前にぶん殴って止めさせてもらうよっ!」 やはり翼を羽ばたかせ、花粉を押し返しつつウェスティアも戦闘態勢を整える。 「行くぞ!」 身体能力を上昇させた葛葉が、まるで地面を走るかのように壁を駆け、正樹へと肉薄する。そのまま正樹の首元に光る『新緑の指』を狙うが 「おのれ、猪口才な!」 意外に素早い正樹の反応。際どいところでガードされてしまった。 「貴方の相手はオレだ!」 のそりとした足取りで主の危機へと駆けつけようとした杉山さんだが、義衛郎がそうはさせじと行く手を阻む。 「貴方様が高名な植物学者の早瀬正樹様でございますね…。 天災…こほん…天才は得てして理解されぬ存在。でも私、早瀬様がどうすれば後世に名を残せるのか、考えました!」 未だに残る眠気と薬の副作用でぼんやりとしたシエルが、おっとりとした口調で語る。正樹としても、なかなかに気になる議題だ。 「面白い! 娘、言ってみるが良い! 私ほどの天才であれば世に認められるのは必然だが、参考程度にはしてやっても良いぞ!」 「天才は突然の失踪や早逝により後世に名を広く残し、その功績は燦然と輝くのです!」 「……なるほど一理ある! だが私は、この研究成果を学会の馬鹿共に認めさせるまで死ぬわけにはいかん! はくしょ、はっくしょい!!」 「シ、シエルさん、シエルさん! しっかりして!」 見かねた光介がシエルを揺さぶる。揺さぶられるうちに、徐々にシエルの目にも光が戻ってきたように思える。 シエルを気にかけつつ、光介はチラリと杉山さんへと視線を走らせる。 涙目になりながらも、バラ撒かれている花粉が尋常のものでないことは察せられた。革醒者であろうとも厄介な代物だろう。 その杉山さんが、目の前に立つ義衛郎に向かい枝を振るう。ムチのようにしなる一撃を、義衛郎はなんとか手にした刀で受け止めた。同時に巻き上がる、黄色い粉。 「ッくっしょん! 花粉症に縁はないけど、これは強力だな……。埃っぽくて咳き込みそうだよ」 正樹の傀儡となり襲い掛かる杉山さんを、一同は悲しげに思った。資料によれば、元は優しいアザーバイトなのだ。 そりゃ、撒き散らされる花粉には辟易とするが。 「その方を解放し、元の世界へ帰らせてあげてください」 優しい口調だが、はっきりとファウナが正樹へ言葉を投げる。だが 「解放とは何事だ、私の研究によって動けるようになったというのに」 聞く耳を持たない、というか、言葉が正確に伝わっていない。勘違いもここまでくれば、天賦の才と言えるかもしれない。 「……残念ですが仕方がありませんね」 意を決したファウナの美しい指先が、小さな光球を作り出す。 「これ以上は問答無用、実力行使とさせていただきます!」 そのまま正樹へと一直線に撃ち出される光球。美しい軌跡を残し、正確に正樹の胴を打った。 「ぅおのれぃ! これ以上の狼藉、許すわけには行かぬ!」 正樹の怒鳴り声と同時に、キン、と甲高い音が僅かに聞こえた。『新緑の指』が仄かに輝いている。 それと共に鉢植えのアネモネが元気よく飛び跳ね、プランターに植わっていたデイジーが駆け出し、花瓶に生けられていたラナンキュラスが舞い上がる。 ある意味、とてもファンシーな光景だった。それこそ、アニメの世界のようだ。 「ふははははっくしょん! これこそが私の研究の集大成だ!」 正樹を庇うかのように踊りだす色とりどりの草花。チューリップの葉に絡まれそうになった葛葉は、一旦距離を取った。 「なんとも面倒な……」 「私にまっかせて! まとめて縛り上げちゃうよ!」 言うが早いか、ウェスティアの手にドロリと血が溢れる。しかしそれも一瞬のことで、次の瞬間には黒い鎖が握られていた。そのまま跳ね起きた草花と杉山さん、正樹へと一直線に向かう黒鎖。圧倒的な鎖の奔流だ。 瞬き一つしないうちに、雁字搦めとなる草花たち。しかしそれも全てを縛り上げられたわけではなかった。いくつかの花は、その色鮮やかな花びらを震わせ襲い掛かってくる。 「ちっ!」 沙羅が、その花弁に打ち据えられる。いかに歴戦の処刑人といえど、多勢に無勢だ。……なのだが。 「……なんなの、これ」 バサバサと花弁で殴られ、葉で叩かれているが、所詮は草花。操られているとはいえ、強化が成されているわけではなかった。 「嗚呼、なんと素晴らしい! まさしく神の所業ではないか!」 正樹一人だけが、異常なテンションでエキサイトしている。 「うーん、みんな、ごめんね! でもでも、実験は爆発だーっ!」 「ごめんなさい、みんな同じ地球で生きる仲間なのに……」 ルナとシエルの身体から光が吹き上がり、一瞬にして草花は吹き飛ばされた。二人としてもかなり心苦しいものがあるが、ここで正樹をなんとかしなければ、更に大きな被害が生まれるだろう。苦渋の選択だ。 「あぁっ! 私の研究成果が! おのれ、貴様ら鬼かッ!!」 「自分で操っておいてー。それにお姉ちゃん達は正樹ちゃんを止めに来たんだから、仕方ないじゃない」 「ルナちゃん、あいつに何言っても無駄じゃない?」 口を尖らせるルナに、呆れた顔で沙羅が言う。 「こうなれば頼りになるのはお前だけだ! 行くのだ、たっぷりと天才の実力を思い知らせてやれ! べっくしゅ!!」 バサバサッと杉山さんが立ちはだかる。やはり同時に巻き上がる花粉。既に室内は黄色い空気でいっぱいだ。足元には薄く花粉が積もっている。 「はくしょん! 厄介な相手だね」 刀を構えたまま、義衛郎が呟く。できることなら杉山さんを傷つけたくはないが、正樹は杉山さんの奥に居る。 攻めあぐねている一同を嘲笑うかのように、ブワッと杉山さんの葉が膨らんだ。 次の瞬間には鋭い葉が一斉に降り注いだ。葉が当たる、などという生易しいものではない。まるで針のように鋭い弾丸がブツブツと突き刺さる。 「ッ! 呼んではいけないものを操った罪! 日本にいる間は罪が重いよ!!」 血を滴らせながら沙羅が正樹を睨む。 そのまま杉山さんを弾き飛ばし、正樹へと肉薄した。カッと開かれた口に光る、鋭い牙。 「うおお、貴様! 何をするかァッ!」 がぶりと牙を突きたて、正樹の血を啜る。さすがに即座に突き飛ばされてしまうが、口元から垂れる血が正樹へのダメージを物語っている。 「斯くなる上は、私の持てる心血を注ぎ、貴様らを排除してくれるッ!!」 白衣の懐からクシャクシャの符が引っ張り出される。パッと印を結ぶと符は鴉となり、鋭い嘴を光介に向けた。 「くっ! ま、まだまだ!」 先ほどの葉の弾丸と追撃の符を受け苦しそうな光介。膝をつくが、術式を操り、同時に暖かな光が辺りを包む。 「術式、迷える羊の博愛!」 「光介様、大丈夫ですか!」 「今治療致します」 シエルとファウナからも、傷を癒す光が届く。 「もー! 正樹さん、いい加減にしてっ!」 言うが早いか、ウェスティアの周囲に魔方陣が展開される。撃ち出される魔弾は、寸分違わず正樹の首元にブチ当たった。 「げぇぅ! げほげっほ!」 ヒキガエルが潰れたような悲鳴を上げる正樹。吹っ飛ぶその身体から、キラリと光るネックレスが跳ぶ。 宙を舞う『新緑の指』は、ウェスティアの放った魔弾に耐えることなく、そのまま粉みじんとなった。 『……う。ぼ、僕は……?』 時を同じくして、義衛郎に襲い掛かっていた杉山さんの動きがピタリと止まった。妙に涼やかな声が聞こえる。 「や、やった! ウェスティアさん、さすがです!」 深い傷を負っていた光介が、涙を流してウェスティアを褒め称える。涙の理由については、何も言うまい。 「さ、後は……」 「そうだね……後は……」 葛葉と義衛郎が、正樹へ向き直る。 「な、なんだ? 杉の木、動け! 杉の木! なぜ動かん!」 未だに杉山さんが動いていたのが自らの研究成果だと信じて疑わない正樹。ここまでくるとかなりの道化である。 「えぇぃ、もはや頼れるのは天才たるこの私のみ! 喰らうが良い……!」 ババッと懐から幾枚もの符を取り出し印を結ぶ……が 「ぶぇっくしょーぃ!!」 本日最大のクシャミを炸裂させ、印が崩れる。結果として、符は何かを成しえることなく床に舞い降りる。 「悪いが、貴様の妄言に付き合っている暇はない。早々にその口を閉ざして貰おう」 「ちょっとやりすぎたってとこだね」 葛葉と義衛郎の幻影が踊る。その影法師もまた、意思を持ったかのように素早く鋭い舞を正樹に見舞った。 「みんな、やりすぎちゃダメだよ? お姉ちゃん、ちゃんと止めるからね?」 ルナの言葉が終わる前に響き渡る、正樹の悲鳴。 ●終わりの時(花粉散布的に) 『皆様、本当に申し訳ありませんでした』 『新緑の指』の能力から逃れた杉山さんが、一同に深く頭を下げた。幹の中ほどで折れ曲がる杉の木を目の当たりにし、ちょっとだけ心配になる。 異常なまでに黄色かった研究室から、屋敷の周囲にある林へと移動した一同。杉山さんと、葛葉と義衛郎にボコられ……お仕置きされた正樹も一緒だ。正樹はグルグルに縛られていたが。 目の前にはD・ホールがその顎を開いている。 「こちらこそ、不可抗力とはいえ傷つけてしまって、申し訳ありませんでした」 シエルが杉山さんに負けず劣らず、深々と頭を下げる。 『いえ、僕も皆様を攻撃してしまいました。申し訳ありません』 恐縮し、再び深く深く折れ曲がる杉の木。なんともコミカルな風景である。 「もう、コッチに来ちゃ駄目だよ?」 「杉山さん、どうかお気をつけて」 『ええ、気をつけます。ルナさん、ファウナさん、ありがとうございました』 「何か、早瀬に言いたいこととか、ないのか? ……はっくしょ!」 葛葉がクイッと正樹を指し、杉山さんに問う。 『……いえ、あの方も植物を愛するお心は本物でしたし、僕も不注意にこちらの世界に来てしまったわけですから。 どうか、あまり手酷いことはしないであげてくださいね』 「……杉山……」 一同からアザーバイトの説明を受けた正樹が、杉山さんの言葉に目を潤ませる。元々涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔だったが。 「……まぁ、杉山さんがそこまで言うならね。無事確保できたし、アークへ突き出そうか」 「そだね~。くっしょん!」 義衛郎の言葉にウェスティアも頷く。 「……てゆーかさ! さっさと帰らないと殺すよ、ほんとに。 この体調の悪さ、きみのせいなんだからね? わかってんのー?」 沙羅が口を尖らせて言う。 そう。発声器官を持たない杉山さんは、その葉を震わせて会話をしていたのだ。 言うまでもなく、もくもくと花粉が舞い続けているわけである。 『こ、これは申し訳ありません。では皆様、このご恩はずっとずっと忘れません。本当にありがとうございました、ありがとうござ……』 「はよ帰れや!!」 丁寧に丁寧にお礼を言い続ける杉山さんに痺れを切らし、沙羅がD・ホール目掛けて突き飛ばした。 『ああ、そんな! えと、皆様、本当にありがとうございました~……』 「杉山様、またいつか、一緒にダンスを踊りましょう」 「今度は春じゃない時にご一緒したいですね!」 小さくなる杉山さんの姿に、シエルと光介も別れの言葉を投げかけた。全員が涙を流す、感動の別れといった具合だ。 そして訪れる静寂。 「……では」 シエルが小さく祈りを捧げる。瞬時にD・ホールは砕け散り、空へと溶けた。 「はくしゅっ! このクシャミが、花粉症なのでしょうか」 可愛らしいクシャミをするファウナ。杉山さんの強力な花粉は、どうやら革醒していてもクシャミを誘発してしまうようだ。 「くしゅん! うぅ、つらいです……」 「オレも花粉症とは無縁なんだけど……はっくしょん!」 杉花粉に強いと言っていたシエルも義衛郎も、クシャミを連発する。正樹は言うに及ばず、その場に居る全員が目から涙を流し、クシャミと鼻水に悩まされている。 しかし 「花粉症の人は大変ですよねぇ……くしゅん!」 「くっしゅん! 絶対に認めない!」 光介と沙羅は、花粉症とは無縁と強く豪語しつつ、涙と鼻水に濡れ、周囲の仲間に負けないクシャミを連発していた。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|