●異世界の怪物 「あまり、いい生き物はいないねぇ」 深夜。路地裏。饐えた異臭漂うゴミ置き場で鼠を摘まみ上げ、ローブに身を包んだ初老の男性はそう呟いた。白い髭に、灰色の目、眉間に刻まれた深い皺。楽しいことなんて何もない、とでも言うような渋い顔をして、低く唸る。 「この世界に来たのは、失敗だったか? 妙な気配は感じているのだが、そこかしこを行き交う奴らはみんな、しょぼいしなァ」 やれやれ、と重い腰を上げて老人は立ち上がる。右腕に付けた無数の丸鏡を撫でて、溜め息を吐いた。 「実験材料くらいにはなるか」 鏡に映るのは、老人の顔でも周囲の景色でもない。そこにいたのは無数の異形の怪物たちの姿だった。おおよそこの世界の生き物ではない外見の怪物たち。そしてそれを鏡の中に飼う老人もまた、この世界の住人ではなかった。 「召喚しとくか? 否、もう少し、様子を見てからか。余計な混乱は招きたくないものなぁ」 実験動物の捕獲は、素早く、じっくり、スムーズに。それが彼の信条であった。路地裏から通りを眺め、捕獲する対象を選別する。 「そこのあなた、少しいいですか?」 と、そこに1人の警官が通りかかる。ふむ、と老人は警察官へと視線を向けた。脚の先から頭の上まで一通り警察官の姿を観察する。 「そんなところで何をしているんですか? 職務質問させていただいていいですかね? お名前は?」 矢継ぎ早に質問を繰り返す警察官。 老人は、ふむ、と頷き言葉を返す。 「そうだな。名前はトム・キャロル……にしておこう」 「は?」 首を傾げる警察官に対し、老人は右腕から外した手鏡を向ける。鏡の中に、警察官の姿が映り込んだ。次の瞬間、手鏡から黒い腕が伸びる。腕は、警察官の体を掴むと、そのまま力任せに鏡の中へと引きずり込んだ。 「少々せっかちな奴みたいだが、捕獲完了。帰るとしようか……」 くるりと踵を返し、老人はその場を後にする。トム・キャロル、というのは恐らく偽名であろう。老人が向かう先は、街の外れの廃材置き場。そこに、ディメンションホールがあるらしい。 明るい月に照らされて、トム・キャロルは人混みに紛れて歩き去っていった……。 ●召喚師 「本名を名乗ると、何か問題でもあるのかも……? なにはともあれ、彼は警察官を1人捕まえて、元の世界へ帰ろうとしている。警察官を救出してきて」 廃材置き場を映すモニターの前で、『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)が溜め息を零す。廃材置き場をゆっくりと進む、薄汚れたローブの老人。トム・キャロルと名乗ったアザ―バイドである。 「トムはどうやら数種類の怪物を召喚する能力を持っているみたい。本人には大した戦闘能力はないけど、一時的に対象を鏡の中に捕獲する術を使うから気を付けて。それから、万が一にも囚われている警察官を殺してしまわないように」 どうやらキャロルは、使役する怪物を探しにこの世界に来たようだ。しかし、たいして有用そうな生物が見つからなかったので『人間』を捕獲して帰還するつもりらしい。 もっとも、それを許すわけにはいかないのだが……。 「鏡に捕獲された際は、その鏡を破壊することで脱出が可能。鏡の破壊は外からしか行えないみたいだけど」 鏡に捕まってしまった場合は、誰かが助けてくれるのを待つしかない、というわけだ。 「討伐か送還かは任せるから。ちなみに、彼の召喚した生物は彼が消えても残り続けるみたい。そちらの対処も任せるわ。Dホールの破壊も忘れないように」 なんて、説明している間にもモニターの中のトムは廃材置き場を進んでいく。 この光景は、起こり得る未来の光景だ。だが、時間はあまり残されてはいない。 異世界から来た召喚師を、このまま元の世界に返すわけには、いかないのである……。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:病み月 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年03月24日(日)00:56 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●異世界から来た召喚師 今にも崩れ落ちそうな程に高く詰まれたガラクタの山。廃車に冷蔵庫、鉄骨、木材、果ては穴の空いた犬小屋なんてものも討ち捨てられている。 そんな中、ひっそりと歩むローブを着込んだ初老の男性。白い髭と鋭い眼光。右腕に付けた大量の鏡。鏡に写るのは異形の怪物達だ。だが、そのうちの1つには怪物でも何でもない警察官が囚われている。 警官を捕らえ、この世界から立ち去ろうとする老人の背後に迫る影。 「そこの異邦人、足を止めて貰おうか」 と、そう声をかけたのは『閃拳』義桜 葛葉(BNE003637)だ。その後ろには他の仲間達の姿も見える。彼らはアーク所属のリベリスタ達である。声をかけられた老人は、ピタリとその歩みを止めた。 「この私になにか用か? ふむ、どうも先に捕らえた男とは少々違っているようだが」 右手の鏡を一撫でし、老人は言った。瞬間、鏡の表面が僅かに歪み老人を守るようにして岩の巨人が姿を現す。鋼鉄の腕を交差させ、老人の壁となった。 「名乗りは必要かな? トム・キャロル、というのだが。君達、私の使い魔になる気はないか?」 そう問う老人、トム・キャロルに対してリベリスタ達は武器を構えて戦意を返す。 それを受け、老人はくくくと喉の詰まったような笑い声をあげるのだった……。 ●神秘探求 「私も魔術師の端くれとしては研究とか探求自体は否定するところは無いんだけど、人に迷惑かけちゃいけないよね」 魔導書を手に『メイガス』ウェスティア・ウォルカニス(BNE000360)はそう言った。黒い翼の生えた少女を見てトムは一瞬、眼の色を変えた。 「ま、召喚みたいなのは興味が無いわけじゃないわ」 トムを守る岩の巨人、ゴーレムを遠巻きに見ながら『重金属姫』雲野 杏(BNE000582)は愛用のギターの弦に指を乗せる。一風変わった武器ではあるが、それもまたトムにとっては興味の対象なのだろう。ウェスティアの羽から、今度は杏のギターと、それから翼へと視線を移した。 「ほぅ? 翼の生えた人間か……。セイレーンなどに通じる所があるが、しかしあれらよりは格段に知能が高そうだ」 なんて呟いて、トムはすっと右手を上げる。と、同時にゴーレムが1歩、前へ出た。鋼鉄の両腕を高く掲げ攻撃体勢に入る。 「厄介ですねぇ。お帰り願いましょう」 愛用の大鎌を掲げて『スウィートデス』鳳 黎子(BNE003921)が薄く笑う。交渉を行う余地もなく、トムとの戦闘は開始されてしまった。トムの合図でゴーレムが前へ。足元に転がっていた鉄骨を拾い上げると、それを投げ飛ばして来た。 「趣味に生きる、というのは素晴らしいことですわね。異世界からわざわざやってくる行動力もまた、熱意が感じられるものです」 飛んでくる鉄骨に向かって駆け出したのは『天邪鬼』芝谷 佳乃(BNE004299)だ。着物の裾を翻し、腰の刀を引き抜いた。一刀のもとに鉄骨を斬り捨て、そのままゴーレムへと駆けていく。振り下ろされた鋼鉄の腕が地面を叩く。周囲に積み上げられたガラクタの山が揺れる。 「さてさて、そのような方に、こちらの世界の「愉しみ」を教えて差し上げましょう」 鋼鉄の腕に飛び乗って、佳乃はそのままゴーレムの腕を駆けあがっていった。 「力づくで止めるまで……」 佳乃に続き、葛葉もまたゴーレムへと駆けていく。 「ふむ……。早いな。速い。とても人の速度とは思えぬが……」 気になるな、と呟いてトムはくるりと踵を返す。決して戦闘が得意ではない彼は、ゴーレムが暴れている隙に物影へ避難しようと考えているらしい。 だが……。 「お願い。逃げないで」 一瞬で、トムの進行方向に氷が走る。『The Place』リリィ・ローズ(BNE004343)のエル・フリーズだ。ちっ、と僅かに舌うちを漏らしトムは視線をリリィに向けた。 一見すると、普通の人にしか見えないリリィ。だが、トムは彼女の尖った耳を見逃さなかった。リリィの周りを飛びまわる青い妖精の存在もだ。 「面白い。皆、こうか?」 「概ねな……。このまま帰すことは出来ないな。変身!」 一瞬で装備を身に纏った『Brave Hero』祭雅・疾風(BNE001656)がトムの眼前に周り込む。エル・フリーズの発動と共にトムの傍へと駆けこんで来ていたのだ。 「そんなお荷物は解放しなよ、俺達の方が優良物件だって」 魔導書方手に、疾風とはトムを挟んで反対側へ姿を現したのは『刹那の刻』浅葱 琥珀(BNE004276)である。左右を敵に阻まれて、トムは眉間に皺を寄せる。 「自慢の召喚獣で俺達をぶっ飛ばして土産にしなよ。勝つ自信、あるんだろ?」 なんて、挑発するように琥珀は言う。 「いいだろう。出て来い、ヴェノム・ワーム」 トムの手が鏡を一撫でする。姿を現したのは、巨大な黒い芋虫だった。姿を現すなり、芋虫は口から無数の黒い針を吐き出す。吐き出された針が琥珀へ降り注ぐ。咄嗟に氷の影に隠れて、それを回避する琥珀。 一方、疾風はナイフと拳銃を両手に持ってトムへと接近していた。ヴェノムワームを召喚したその一瞬、露になった右腕の鏡。狙うのはその中の1つ、警察官の囚われている1枚だ。 「あぁ、いらんな。これは……」 疾風のナイフを、鏡で受け止めたトム。ナイフが右腕から鏡を引き剥がした。宙を舞う鏡と、それに気を取られ動きが止まった疾風。 「囚われよ……」 と、トムは呟く。右腕の鏡から伸びた無数の腕が、疾風の体を捕らえ鏡の中へと引き摺り込んだ。 「く……このっ!」 鏡に吸い込まれる寸前、疾風は鏡へ向けて弾丸を発射。弾丸は鏡の縁に命中。鏡は、仲間達の方向へと弾かれる。 「救出するよ!」 ウェスティアが放つ無数の弾丸。彼女の周囲に展開された魔方陣から放たれたものだ。弾丸が鏡や周囲のガラクタを打ち砕く。瞬間、空中に投げ出される警察官の体。崩れ落ちるガラクタの山に押され、トムがその場に尻餅をついた。 「おっと! 救出優先ですよー」 倒れたトムをスル―して、空中で警察官の体を受け止めたのは黎子だ。そのまま、器用に姿勢を立て直しながら地面へ落下していく。しかし……。 「やはりそこを狙ってくると思っていた……。オーガ!」 姿を現す2つ頭の巨大な鬼が辺りのガラクタを黎子へと投げつける。警察官の体を突き飛ばし、ガラクタの射線上から退避させた。黎子の背に壊れた冷蔵庫が激突する。 「う……っきゃ!?」 「はは。上手く行くものだな。ヴェノムワーム」 トムの指示に従い、ワームが移動。警察官を咥えてトムの傍に控える。先ほどまでヴェノムワームと交戦していた琥珀の姿が見えないのは、どこかへ避難したからか。 「見当たらないが、まぁいい」 トムの指示で、オーガは2つの頭、2つの口で周囲のガラクタを次々に喰らいはじめた。それから両腕を地面に付いて、姿勢を低く固定する。大きく開いた口が光り、轟音と共にガラクタで出来た砲弾が発射される。 「見た事のない技術や技を使うね」 砲弾の射線上に居たのはリリィであった。咄嗟にエル・フリーズで氷の壁を作るが砲弾はそれを打ち砕き、リリィへと迫る。砕けた氷が降り注ぐ中、リリィの前に杏が飛び出す。 「これがアタシ達のお仕事~♪ 明日の御飯の種~♪ マネ~♪」 杏の前に燃えさかる火球が現れた。大きく振りかぶった改造ギターでそれを打つ。打ったのが野球のボールであったなら、ナイスバッティング、と声がかかるところであろう。火球は真っすぐ砲弾へ向かい、空中で激突。相殺して弾けた。周囲に熱と火の子、ガラクタの破片が飛び散る。 「やらせな~い♪」 にひ、と笑って杏はギターを担ぎ直すのであった。 「こいつは必要ないのだがな……。まぁ、いい。実験体は多いにこしたことはないか」 鏡に捕らえた疾風と、ヴェノムワームの咥えた警察官。両方に目をやり、それからトムは戦場へと視線を向けた。彼としては、容姿の特殊なフライエンジェやフュリエなどを捕獲したいのである。 「否、一度引くか」 相手がなかなか手強いと判断し、踵を返すトム。彼は自身があまり戦闘には向いていない事を理解している。向かう先は、Dホール。いつでも逃げられるように、ということなのだろうが……しかし。 「トリッキーな爺さんだな。油断できない」 物影から、一瞬の隙を突いて飛び出して来た琥珀。オーラで作り出した道化のカードを、トムの足元へ投げつけた。僅かに怯んだトムの眼前に躍り出ると、握り拳で右腕の鏡を叩き割る。 「くっ、姿が見えぬと思ったが」 鏡から解放された疾風が地面に倒れる。再び疾風を捕らえようと腕を伸ばすトムだが、琥珀に阻まれそれは叶わない。 「うっ……。この鏡は厄介だ」 頭を抑えて呻きながら、疾風がゆっくり立ち上がった。幸い、状態異常は受けていないようである。トムの指示で、ヴェノムワームが動く。口を開け、針を撃ち出そうとするワームの背後に大鎌を振りあげた女性の影が現れた。 「貴方に囚われてしまった兵隊さんとこの世界に来た貴方自身。どちらが不運か運だめしといきましょうか」 鎌を振り下ろす黎子。飛び散った鮮血が、雨となって降り注ぐ。その中を軽いステップを刻みながら飛びまわり、嬉々として大鎌を振り回す。刃に切られワームがのた打ち回る。それを見て、そこを離脱しようとするトムの前に疾風と琥珀が立ち塞がった。 「黎子さん。彼を安全な場所へ」 と、疾風は言う。黎子は1つ頷いて警察官の体を担ぎあげた。 「兵隊さん達を仕舞って、大人しく帰ってくれるのでしたら負わないのですがー。面倒ですし、帰ってくれませんかね?」 なんて、トムに笑いかけ黎子はその場を離脱する。 トムは悔しそうな顔で、その背を見送る。 オーガの吐き出すガラクタの弾丸が地面にクレーターを作る。飛び交う戦火と、飛び散るガラクタ。かすり傷を負いながらも、その中を駆ける影が2つ。葛葉と佳乃である。剛腕振り回すゴーレム相手に、一進一退の攻防を続けていた。弾き飛ばされては復帰し、と繰り返しているのである。 「こちらも、別段殺しを好むわけではないのだが。行くぞ。我が体術の速度に着いてこれるか……!」 ゴーレムの腕を駆け上がる葛葉の体が、幾つにも分裂して見えた。実体は1つだけで、その他は幻影でしかない。しかし、急に分身した葛葉を見てゴーレムの動きが明らかに鈍る。困惑するように腕を振り回し、地面に叩きつける、という動作を繰り返すのだが、生憎と面接着を持つ葛葉は、落下することはない。 「元の世界に帰るのは諦めてもらおう」 葛葉の手刀が、ゴーレムの肩に振り下ろされる。腕は鋼鉄で出来ているが、その他は岩の塊でしかない。それでも随分な強度ではあるが、度重なる攻撃の果てに崩れかけている。 そこに来て、渾身の多重残幻剣。正確に弱点を貫き、腕を切り落とす。 右腕は地面に落ち、左腕も半ば半壊。そんな状態のゴーレムへと突っ込む人影。体中から大量の電気を放出し、さながら稲妻のような勢いで駆け抜けるのは佳乃である。刀を大上段に構え、疾駆。 ゴーレムは、砕けかけた左腕を佳乃へ向けて叩き降ろす。 「あぁ、いいですわ。素敵な召喚獣さんですこと」 鉄腕が地面を叩く直前、佳乃は宙へと飛び上がる。そのままゴーレムの腕を駆け上がり、身体ごと、頭部目がけて突っ込んでいった。捨て身の一撃。振り下ろされる刀。弾ける雷光。衝撃、轟音。 そして一拍の静寂。その後、ゴーレムの頭が砕けて散った。 「生きるか死ぬか、殺すか殺されるか。或いは自ら血を流し、相手を傷つける」 地面に降り立った佳乃は、口の端から血を流していた。攻撃の反動によるものか。膝を付き、咳き込む彼女に肩を貸したのは、両の拳を血で赤く染めた葛葉であった。 荒い呼吸を繰り返す2人の頭上から、大量のガラクタが降って来たのはその直後である。 降り注いだガラクタは、オーガの吐き出したものだった。ガラクタの砲弾と、杏の火球が空中で衝突、相殺した結果である。 「ちょっと……」 と、リリィが杏に声をかける。杏は、僅かに表情を凍らせ「やばー」と一言呟いた。オーガは、ゴーレムの腕を喰らっている。次はそれを砲弾として利用するつもりなのだろう。 地面に積み重なったガラクタ。漂う土煙り。生き埋めになったであろう葛葉と佳乃。 これは不味い……と、誰もが思ったその時。 「あぶないですねー、もう」 土煙りの中から2人を抱えて、黎子が姿を現した。警察官を避難させ、戻って来ていたようである。土に塗れ、血を流していはいるが2人とも存命、意識もある。もっとも、無傷とはいかなかったようではあるが。 「一気に押しきった方がジリ貧回避できるかな?」 「否、治療を優先して貰ってかまわないわ」 杏にそう言われ、ウェスティアはその場から飛び立った。向かう先は傷を負った仲間の元。口の中で呪文を刻む。 ウェスティアの周囲を、淡い燐光が舞い踊った。燐光は佳乃と葛葉の体を包み込み、その傷を癒していく。 「ちょっとお仕置きしてげないとダメだね、これは」 そう言ってウェスティアは、暴れるオーガへと視線を向けるのだった。 オーガが地面に両手を付いて砲弾を吐き出した。ゴーレムの腕から作った鋼鉄の弾丸である。2つの頭から次々と射出されるそれは、空気を切り裂きこちらへ迫る。 「蹴散らしてやる」 杏の改造ギターから撒き散らさせる大量の雷。空を駆け抜け、砲弾を撃ち落とす。完全に相殺させることができずに、撃ち漏らした弾丸やその破片が降り注いだ。弾丸の1つを腹に受け、杏はその場に蹲る。口から鮮血を吐き出して、しかし、彼女は笑っていた。 「ナイスアシストよ、アナタ」 と、傍らのリリィに声をかける。杏の身を被う、半透明の膜のようなものは、バリアだろうか。はにかみ笑いを浮かべて、リリィはそっと頭を下げた。 「それじゃぁ、終わりにしましょうか。召喚獣は掃除しておかないとね」 「えぇ、これ以上ひどいことはしたくなかったんですけどね……」 悲しそうにリリィが言う。視線の先には、身体の中ほどまでが凍りついて身動きを封じられたオーガの姿。新たな弾丸を補充することも出来ずに、もがいている。 オーガが地面に手を付いた瞬間、リリィはエル・フリーズを放ったのだ。 杏の眼前に、特大級の火の球が現れた。掲げたギターを振り抜いて、それを撃ち出す。炎の球はまっすぐオーガの口へと飛び込み、爆ぜた。地獄の業火がオーガの口内で勢いを増す。 氷に囚われたオーガは、逃げることも叶わない。炎に焼かれ、やがて動かなくなった……。 ●好奇心の代償 「なんてことだ……」 散っていく召喚獣たちを見てトムは愕然と目を見開いた。3体出した召喚獣も、残るはワームただ1体。 このまま逃げるか、それとも戦うか。 Dホールはすぐそこにある。阻むのは、疾風と琥珀の2人だけ。ワームを囮にするか、降伏すれば逃がしてくれるだろうが……。 トムの探究心は、それを良しとしなかった。 むしろ、自身の召喚獣を倒した彼らに更なる興味が湧いていたのだ。是非、連れ帰りたい。と、そう思ってしまった。 右腕を掲げ、鏡を露わにするトム。 「困った訪問者だ……」 「あぁ、ギブして帰るのなら見逃してもいんだがな」 と、小さく溜め息を吐く2人。人質を救出した今となっては、積極的にトムを狙う理由もない。ちっ、と小さく舌打ちをしてトムはワームに指示を下す。 身体中から血を流しながら、それでもワームは口蓋を開く。口から吐き出す影の針が琥珀を襲う。全身から伸ばした気糸で、琥珀はそれを受け止めた。完全には受け止めきることができずに、琥珀の肩を針が貫く。 「いて……。けど、動きは止めたぜ」 元々、琥珀の目的はこちらだった。ヴェノムワームの全身に、気糸が撒きつき動きを止める。 これで邪魔者は居なくなった。 「後はお前を、送還するだけだ」 鏡を構えたトムと、ナイフを逆手に掲げた疾風。じりじりと、2人の距離が近づいていく。先に動いたのは、トムであった。鏡から伸びる無数の腕が、疾風へ迫る。トムの攻撃のほが、疾風のそれより射程が長い。疾風は素早く地面を蹴って、腕の真下を潜り抜ける。 「もう囚われはしない」 滑るように肉薄し、ナイフを振りあげる疾風。一閃、飛び散る鮮血。トムの右腕から噴き出したものだ。大量の血が地面を濡らす。 「う……ぐぉぉぉ!?」 次いで、2本、トムの指が地面に落ちた。ナイフによって切断されたものだろう。しかし、そのような状況になって尚、トムは諦めてはいなかった。左手で鏡を掴むと、それを疾風に投げつける。 もっとも、そのような付け焼刃の攻撃が効くような相手ではないのだ、疾風は。鏡を叩き割ると、そのまま流れるような動きでトムに次々と打撃を加えていく。高速で振り抜かれる両の拳が、トムの急所を的確に捕らえる。 「……っぐ、ぉぉ」 トムの体から、力が抜けた。意識を失ってしまったのだ。 「これで良しとしますよ」 意識を失ったトムをDホールへ投げいれる疾風。 次いで、ヴェノムワームへ視線を向ける。 「終わったよ。こっちもな」 そう言って笑う琥珀。頬に張り付いた血は、ワームのものだろう。頭を潰されこと切れたワームが、ガラクタの山の中、静かに横たわっていた。 ふわりと吹いた生温い風が、濃い血の臭いを押し流していく……。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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