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<咎花堕つる>愛盲イドラ


 生温いのだと、思った。
 頬を伝って落ちていく紅は涙と同じ温度を持っていて。
 それを洗い流す様に降りかかる、未だ鮮やかなあかは思っていた以上に温くて、ぬるりとした熱を持っていた。
 熱に浮かされた様に手を伸ばしたってその行いは何処までも生温く。掴み取るものもやはり、脈打つ熱を失い冷えていくのだ。
 ああどこまでも生温い。微温湯の中で生き続けたこの手は結局その程度のものしか得られない。
「――奈落はもう居ないのね。阿国も、トムもバイマも。みんなみんな、行っちゃったのね」
 自分に差し出された手は少なくは無くて。まるで真綿で守る様にけれど毒を含んだ笑いを湛えて面白がるように。
 彼らは自分を見詰めるのだ。普通を厭い足掻く自分を、檻の中の動物でも眺める様に。

 一つ、瞬いた。薄くあかい靄のかかった視界の中で、淡い燐光が零れていた。
 蝶々が飛んでいる。神秘の煌めきが満ちている。ゆらゆらと、揺らぐ紅の瞳がぼんやりと、『親愛なる友人』が居る場所を眺める。
「ねえ、縁破は喜んでくれるのかしら。それとも悲しんでいるのかしら。
 ……嗚呼、だれかを理解するのってとってもむずかしいのね」
「『ええそうね、でも貴女は嬉しいのでしょう?』」
 唇から零れ落ちる声は全く同じで、けれどあまりに異なるいろを持っていた。
 煌めきと鉄錆のにおいに満ちた世界はうつくしくて。まるで、瞳を開いたままに夢を見て居るようで。嗚呼、――これが全て夢であったなら、何か違っているのだろうか。
 伸ばした指先が触れた狂気はもう取り返しがつかないのにあまりに生温い。
 届かないのだと言う事は誰より自分が一番よく知っていた。
 足を止めるべきでけれどもう、止めた足を引く事が出来ない事も。
 みんなみんな知っていて、けれど、知らなかった。

 愛が目を塞ぐのだ。真白いままであって欲しい、なんて優しい少女の願いにさえ目を瞑ったのだから。
 もう、盲いた瞳には幻想しか映らない。
 結局、自分は何にもなれないのだろうとぼんやり思った。
 誰よりも何よりも黄泉ヶ辻である筈の自分は、そうであるが故に何にもなれない。
 逆凪にも、六道にも、恐山にも、剣林にも、裏野部にも、三尋木にも――黄泉ヶ辻にさえなれなかった自分はいったい何処に行くのだろうか。
 答えは見えなかった。見えないままで良かった。
 目隠しを、してしまいたかった。

「早く来て頂戴、私の大好きな箱舟さん。私をおかしくしてくれる愛しい愛しい正義の味方。
 ……嗚呼でも、憎らしいのかしら。お兄様に触るなんて。傷を付けるなんて。お兄様の視線を独り占めにするなんて」
 操り糸を操るしなやかな腕に、深く刻まれた傷を思い出した。そして、それ以上に酷く楽しげで満足げな表情を思い出した。
 嗚呼。愛おしい程に憎らしい。自分のものにはならないのだとしても。誰かに奪われるなんて許さない。
 血の抜けて白くなった死体を投げ捨てた。もう何個目か。『目薬』代わりの、自分と同じ形のモノを掴み上げた。
 ぶつり、と裂いた首から噴き出す紅はやはり、生温くて。
「さあ、唄いましょう。可愛い可愛い箱舟さんのお仕事のオテツダイだわ。
 ――世界を壊すノーフェイスのお掃除なんて、私ったらとっても親切」
「『糾未ったら、冗談が上手ね! さあもっと頂戴、わたしを呼んで、糾未』」
 わたしは必ず貴女をおかしくしてあげる。甘ったるい声は何処で聞こえたのだろうか。
 緩々と、目を閉じる。紅の涙はまだ止まっていなかった。
 変わったのはその身だけで、その心は何も変わっていないのかもしれなかった。
 けれど、それももう全て如何でも良い事だ。
 ――彼女は何時だって愛と言う名の幻影に殉じるのだから。 


「……緊急の依頼よ。聞いたらすぐに向かって貰う事になる。準備は大丈夫?」
 モニター前、椅子に身を預けた『導唄』月隠・響希(nBNE000225)は、時間が惜しいと言わんばかりに机に資料を差し出した。
「……先日も千葉で大暴れしてくれたあの黄泉ヶ辻首領の妹、黄泉ヶ辻糾未が、本格的に動いた。
 黄泉ヶ辻の一派が動いてる、って情報は先に入ってたのよ。何らかの儀式の準備を行ってる様子で……そっちは今八雲サンと望月チャン、メルちゃんが対応してくれてる。
 けど、その肝心の『儀式』も、首謀者も視えなかったの。……何時だか逆貫おじさまが予知したウイルス『バグズ・フレア』の効果に似たものが、その一帯にはあったのよ。
 だから……まぁ、直に確認してきた。ジャミングされる以上、範囲に入らないと何も視えないから。結果、居たのは糾未。行われていたのは――大規模儀式の、準備」
 ここ最近、動き続けていた妹君は、邂逅したリベリスタに告げていた。次は、もっと大きな舞台を用意する、と。
 その為の前準備として行われた改造ノーフェイス作成事件と、アーティファクトを用いた『舞台』の下見の事件の記憶は、担当したリベリスタの記憶にも残っているだろう。
 鈍く咳き込んだフォーチュナの首元から覗く白。恐らくは安全な確認作業では無かったのだろう。一枚、資料のページが捲られた。
「ジャミング効果を持っていたのは、糾未のアーティファクト『憧憬瑕疵<こえなしローレライ>』……って言うか、それが招いたアザーバイド。識別名『禍ツ妃』。
 詳細は不明だった。ただ、前回の報告と合わせるなら……このアーティファクトやアザーバイドが持つ能力は恐らく『喰らう』事。
 概念的なものよ。例えば、息をしよう、と言う意思を食べられれば人は死ぬわ。食事をしようと思わなければ何時かは死ぬし、生きよう、と言う意思が無くなれば何もしないまま死んでいく。
 あたしがあたし、という存在を食われたなら、あたしは生きているけど死んでいるのと同じ。まぁ革醒者に対してはその効力を大きく減少させるみたいだけど。……それって、緩やかに世界を壊すと思わない?」
 緩やかに人は死に至る。居る筈なのに居ない人間が増えて行けば、社会が、世界が、内側から崩れていく。静かで緩やかな死の道程。それを示すのが、この『声を失くした歌姫』なのだと。
 予見者は告げる。徒にリベリスタの気を引く為に、無力な者を痛めつけていた『普通』の女はもう居なかった。彼女の心は『普通』であるままに覚悟を決めてしまった。
 その身自体を、狂気に浸す覚悟を。
「勿論、このアーティファクトが糾未自身を喰らわない筈がないわ。……あの、ペリーシュのアーティファクトだしね。兄に出来ても、彼女が従え続けられるとは限らない。
 彼女が未だ彼女と言う枠組みを保っているのは、ひとえにアーティファクトが完全に目を覚ましていないから。この間の、あんたらとの戦いの中で……まぁ、糾未はアーティファクトの起動方法を知ったのよ。
 皮肉な話だけどね。『革醒した者の血』が、トリガーだった。でも、この前浴びたくらいじゃ足りなかったのね。だから、彼女は舞台を用意した。
 アークのお手伝い、なんて言いながらノーフェイスを増やして、倒して見せてくれるそうよ。そして、その血を瞳に使う。今度こそ、歌姫の目を完全に醒ます為に」
 面倒な事だと、細い溜息を漏らす顔色は何処までも白い。流れ落ちる紅い涙を、未だ酸化していないあかで洗い流すような。ただただ血腥いだけの光景を思い出す様に、その目が伏せられて。資料が、もう一枚捲られた。

「あんたらに頼むのは、糾未側の対応。……どれだけ急いでも、あんたらの到着時に儀式は始まってる。防衛ラインも当然張られているけど、そこの対応は数史おじさまが行ってくれてるわ。
 糾未は、蒼い『ヘテロクロミア』を所持してる。これ、二つで一つのアーティファクトなのよ。もう片方、紅の『ヘテロクロミア』を持っているのは、縁破。
 条件は一緒。ノーフェイス『ハッピードール』と、『ヘテロクロミア』両方揃えればいい。でも、威力が違う。幾つも上がってる報告書であった下見の意味はこれだったのよ。
 力場が、アーティファクトと共鳴を起こしてる。この場所で儀式を行えばその威力は絶大よ。範囲内に入る人間は必ずノーフェイスになる。……但し、所有者の方が持たないから、時間はかかるみたいだけどね。
 儀式のメイン会場、縁破の方に関しては世恋が対応してる。だから、あんたらが相手にするのは糾未って訳。……彼女は、ノーフェイスの殺戮と、その血を求めてるわ」
 互い違いの瞳は、互いに干渉し合う。一般人に強制的な革醒を促すのが紅であるなら、それを招き寄せ力を与えるのは蒼なのだと、予見者は告げた。
「糾未の『ヘテロクロミア』はノーフェイスを呼ぶ。だから戦場には、大量のノーフェイスが存在するわ。糾未の目的はそれの殺戮。だけど、当然邪魔が入れば戦闘を行うわ。
 彼女の実力は、あの義眼で底上げされてる。元々戦闘に秀でているホーリーメイガスだから、十分に気を付けて。今までの能力に加えて……今回は義眼自体も、不完全だけど使用できるから。
 その詳細はこっちね。……それで、嗚呼、ええと。もし、縁破側の『ヘテロクロミア』が壊された場合は、糾未の方がノーフェイス生成の力を得る。当然力は弱くなるけど、両方壊せない限り儀式は終わらないと思って頂戴」
 僅かに椅子から身を起して。資料を閉じたフォーチュナは、真剣なままの瞳をリベリスタへと向ける。
「現場には糾未のほかに、側近である遥斗と、ハッピードール、その上位個体のヘブンズドール、そして黄泉ヶ辻のフィクサードが数名居る。……危険な依頼だと思う。でも、現状これ以上の人は割けない。『ヘテロクロミア』さえ如何にか出来れば此方の勝ちよ。
 気を付けて、行って来て頂戴。……後は宜しくね」


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:麻子  
■難易度:HARD ■ ノーマルシナリオ EXタイプ
■参加人数制限: 10人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2013年03月30日(土)23:34
お世話になっております、麻子です。
黄泉ヶ辻なのです。ご協力頂いた皆様に感謝を。

以下詳細。

●成功条件
アーティファクト『ヘテロクロミア』の破壊若しくは奪還。
黄泉ヶ辻糾未・櫻木遥斗の18T以内の撤退。

●場所
山梨県甲斐市、駐車場跡。
時間帯は夜です。近隣に住民の姿はありません。灯りは無し。
駐車場中央に糾未、周囲にハッピードールが居ます。
遥斗及びフィクサードはハッピードールよりさらに外側に居ます。
既に、儀式で作られたノーフェイスが集まってきているようです。
(2~3Tに1度、10~15ずつ増えていきます)
仇野・縁破(しいなST依頼)の居る洋館の裏手に当たる場所ですが、相互干渉は不可能です。


●黄泉ヶ辻・糾未
主流七派・黄泉ヶ辻首領、黄泉ヶ辻・京介の妹。
ヴァンパイア×ホーリーメイガス。
一般戦闘・非戦闘スキル所持。
聖神の息吹、灰は灰に塵は塵に、神気閃光に加え
EX:花葬ラメント 全 BS死毒、魅了 不殺
を所持しています。

登場シナリオは『<黄泉ヶ辻>仮初デッドエンド』『<晦冥の道>裏表パラフィリア』。

●櫻木・遥斗
黄泉ヶ辻・糾未の側近。ビーストハーフ(ネコ)×ナイトクリーク。
一般戦闘・非戦闘スキル所持。
ナイトクリークRank3スキルまでから4つ所持。ギャロッププレイ、ブラッドエンドデットが判明しています。
登場シナリオは『<黄泉ヶ辻>仮初デッドエンド』『<晦冥の道>洗脳セミナー』『<晦冥の道>裏表パラフィリア』。

●黄泉ヶ辻フィクサード×3
ホーリーメイガス、レイザータクト、クロスイージス。詳細不明。

●ノーフェイス
初期20。儀式により生み出されたフェーズ1のノーフェイス。
単純な攻撃しか行えません。糾未により殺されていきます。

●アーティファクト『ヘテロクロミア』
所在、形状不明。アーティファクト『カオマニー』の母体。糾未所持はブルー。
その効力を発動させることで一般人をノーフェイス化させる事が可能。
又、ハッピードール・ヘブンズドールははヘテロクロミア(カオマニー)に対応する術式を脳に刻み込まれている為に使役する事が可能となります。
加えて、今回はしいなST側の儀式強化と、生み出されたノーフェイスを引き寄せる事が出来ます。

●ノーフェイス『ハッピードール』×6
脳味噌に魔導式を書き込まれ、能力を高められたノーフェイス。完全に狂気に陥っている。
フェーズは2。
・ブレインキラー:近単、物防無、虚弱
・ブレインバインド:遠単、ショック、麻痺
・ブレインショック改:遠2複、混乱

●ノーフェイス『ヘブンズドール』
ハッピードールの脳味噌に強化術式を書きこんだことで、エリューション化が進行したノーフェイス。
2.5mほどのサイズ。幸福な笑顔を浮かべ、両腕が翼のような肉へと変じています。
フェーズは3。

・幸福感染:P
近くにいると何だか幸せな気持ちになる。近接射程に踏み込んだ者へ毎ターン鈍化の付与を試みる。
また、広範囲に渡って非E生物に干渉して深い幻惑状態にさせ、ヘブンズドールの指揮下に置く事も可能。

・ブレインヘブン:近範、物防無、虚弱、ノックB
・ブレインコキュートス:遠範、ブレイク、氷像
・ブレインショック&ショック:全、呪い、ショック

●アーティファクト『憧憬瑕疵<こえなしローレライ>』
ペリーシュ・シリーズのひとつ。意思と知性持つ、義眼型アーティファクト。
完全な目覚めは迎えていませんが、その力を糾未は使いこなし始めています。アザーバイド『禍ツ妃』を呼び寄せます。
存在や概念、意思を喰らい、緩やかに世界を壊すものです。

このアーティファクトの所持者は現状下記スキルを得ます。
アンイデアリスム(全/BS崩壊、呪い/精神を喰らう感覚を与える視線です)

●アザーバイド『禍ツ妃』
戦場を無数に飛び交う、漆黒の蝶々の姿をしたアザーバイド。飛び交う蝶全て合わせて1体です。まだ完全にその姿をこのチャンネルに持ち込めては居ません。
『憧憬瑕疵<こえなしローレライ>』そのものであり、アザーバイドでもあります。
上記アーティファクトの性質上、このアザーバイドもまた喰らう者です。
禍ツ妃の存在する戦場では『結界、強結界、及び陣地作成の様な構築するタイプのスキルは全て喰われます』。
糾未が戦場を撤退しない限り、この効果は永続です。
また、糾未を中心とした一定範囲でらるとSTの『<逆凪>騒がしい子供達』に登場した『バグズ・フレア』に似た予知に対するジャミング能力を持つようです。

●補足
この依頼は『<咎花堕つる>Conditio sine qua non』との結果連動です。
加えて、『<咎花堕つる>惑え、眠れ、汚れなき悪鬼たちよ』の成否の影響を受けます。

●Danger!
このシナリオはフェイト残量によらない死亡判定の可能性があります。
また、『<咎花堕つる>Conditio sine qua non』とは同一PCで同時に参加不可となっております。




参加NPC
 


■メイン参加者 10人■
ソードミラージュ
坂本 ミカサ(BNE000314)
ナイトクリーク
斬風 糾華(BNE000390)
クロスイージス
ウラジミール・ヴォロシロフ(BNE000680)
スターサジタリー
桐月院・七海(BNE001250)
デュランダル
ランディ・益母(BNE001403)
マグメイガス
宵咲 氷璃(BNE002401)
クリミナルスタア
坂本 瀬恋(BNE002749)
ホーリーメイガス
エルヴィン・ガーネット(BNE002792)
ホーリーメイガス
ティアリア・フォン・シュッツヒェン(BNE003064)
デュランダル
水無瀬・佳恋(BNE003740)


 普通と言うのは何と便利な言葉なのだろうか。『血濡れの薊』黄泉ヶ辻・糾未にとってその言葉は最も失いたいものでありながら最も失いたくないものであったのかも知れなかった。
 そして同時に、どうしても失えなかったものであったのかも、しれなかった。自己同一性を自己嫌悪。自己嫌悪が崩した自己同一性の先は何なのか。否。何かがあるのか。
 答えはもう知っているのだと、黄泉ヶ辻の女は哂った。きらきらと、着物に隠れた手首で煌めくあおいろは美しくて。少しだけ、熱を持った目の奥が痛かった。
 血と痛みで濁った視界の先、きれいなあおいろが、整ったかんばせが、酷く悲しげに、苦しげに、憎らしげに歪んでいたのを思い出す。
 ――嗚呼、貴女はやっぱり、喜んではくれないのね。
 つぶやきは声にならなかった。頭の中で響くこえがもっともっとと言うままに。細腕は運命に弾かれた忌み子を殺す。血を浴びる。踏み外した足が、底なし沼へとまた一歩。
 それでも、少女は共に居てくれるのだ。黄泉ヶ辻と言うものを見せてくれる少女は。兄に似たものを持つ彼女は。愛おしくて羨ましくてたまらなく憎らしい、私だけの『樂落奏者』は。
「ねえ、残念ね。――もう、戻れないのよ」
 ころころと哂った。共にありつづける少女は誰より大切な友人であると同時に誰より自分を裏切らない忠実な部下だった。そう、たとえ。
 こうして自分が、彼女の向ける願いを完全に裏切ったのだとしても、だ。
「それでも私は貴女が大好きよ。ねえ、貴女もそう思ってくれるでしょう?」
 嗚呼なんて白々しい、もう一度声を立てて笑った。

 愛と劣情を押し売って。同じものを求める子供じみた愛情確認。
 好きだと言うには余りに汚れていて、愛していると言うには余りに何かが、足りなかった。
 愛にも恋にも友情にもなれなかった感情は、普通であり普通の狂気しか得られぬままに進んでいく女と同じだった。
 そこに、優しくて明るい未来なんて、存在しやしなかったのだ。


 荒れたアスファルトは、向けた灯りをてらてらと反射していた。鼻をつく、きつい鉄錆のにおい。零れ落ちた淡いピンクの臓物と、滑る血と脂肪の混ざったもの。それらを撒き散らす中心。
 広がる、唐傘が見えた。斑に染まった真白い羽織。酷く頼りない後姿を見遣って、『運命狂』宵咲 氷璃(BNE002401)は夜色の天蓋を差しなおして、緩やかに首を振った。
「――哀れね。哀れで愚かだわ」
 何処までも普通だった女。そんな彼女にとっては、世界を蝕み壊しゆく神秘そのものが毒だったのだろう。奈落に飛び込んでも女は女の儘だった。何も変われやしなかった。それは何処までも哀れで、本当に、愚かだった。
 さらり、と夜よりも暗い髪が流れた。女のかんばせに乗るのは少女の如き無邪気な笑み。血化粧鮮やかなそれが、酷く上機嫌にリベリスタを見渡して。すてきなよるね、と囁いた。
「悲鳴が聞こえてね、血のにおいがするの。それになにより、私を見る目がこんなにたくさん。嗚呼、ああ、私」
 ――もう、しんでもいいわ。酷く軽々しく。けれど何かに酔いしれる様に、女は愛をささやいた。血を失った、人だったものが放られる。それを、合図にする様に。ふわり、舞い上がった紅と、白雪の髪。滴り落ち、地面を濡らす筈の鮮血から紡ぎ出される呪縛の黒鎖が戦場を駆け抜ける。
 血が欲しいと言うのならくれてやろう。その命さえも縛り上げ壊してしまう、鎖で良いと言うのなら。整った、ビスクドールの口角が微かに上がった。全てを巻き込んだ氷璃の魔術に続く様に、ひらひらと、舞ったのは艶やかな翅持つ揚羽蝶。
 真白い指先が指し示すのは戦場全ての『敵』。攻撃を受けようと誘われる様に歩き続けるノーフェイスも迷わず巻き込んで。降り注ぐ、美しい翅の雨。生にも死にも誘う妖翅を従えて『告死の蝶』斬風 糾華(BNE000390)は緩やかに首を振った。
 紅の瞳が孕むのは、呆れにも似たいろ。全然なっていない、とその唇は溜息を吐き出した。目的を知らぬ訳では無く、感心は出来ずとも理解は出来ていた。けれどだからこそ、糾華には見えてしまう。
「……そんなメンタリティではそれこそ全然足りていないのだわ」
 女と、狂気の先は対極に位置しているのだと。彼女の選ぶ手段は全て何処までも『普通』だ。普通の人間が考える普通の悪事。そんなものでは何にも届かない。馬鹿みたい、と小さく笑った。そんな少女と視線を合わせて。糾未はくるりと、手元の傘を閉じる。
 紅を乗せた唇が弧を描く。何も言わぬままに、紡がれたのは甘ったるい葬送の哀歌。どろり、と耳から染み込む歌声は猛毒だ。くらり、と視界が回る感覚を覚えながら正面を見遣れば、女はまた酷く楽しげに笑った。
 その笑みに乗るのは、以前の様な、何処までも普通で優しいいろではない。何もかもを諦めたような、そう、言うなれば終わりを望むようなそれを眺めて、『墓掘』ランディ・益母(BNE001403)は微かに眉を寄せる。
 女を動かすものは、狂気の享楽では無かった。誰かへの深すぎる恨みでもなく、何もかも求める渇望でもなく、理不尽な人生への怒りでも無く。それは、愛とすら呼べない矛盾だった。その感情の名前を、ランディは知っている。だからこそ、酷く苦い表情で彼は首を振るのだ。
「募るのは恨みだけだぜ。――ついて来い、坂本!」
「了解です、……また会ったね、黄泉ヶ辻糾未」
 僅かな、憐憫にも似た何かを振り切る様に。唸りを上げた大斧が巻き起こす暴威。吹き荒れ切り刻み押し潰すそれが掻き消え開いた道の先、構える癒し手の目の前に立つ人形へと伸びる一筋の気糸。肩口を貫いたそれを指先から払って、『fib or grief』坂本 ミカサ(BNE000314)は表情さえ変ええずにランディの背後に立った。
 何度か、見えた相手だった。前回負わされた傷は未だ記憶に新しい。ひらひらと振られる手を見遣って、僅かに目を細めた。僅かに胸を過る感情を音にする間もなく、前線に飛び込む鮮やかな金色。同じ色の、猫の様な瞳が楽しげに笑って。長い爪が閃いた。敵も味方も関係無く。切り裂き抉って広がる血溜まり。酷く楽しげな笑い声が耳を擽った。
「ようこそリベリスタ。今日もご協力ありがとう! うちの歌姫の成長をどうぞ最後まで見守ってやってね」
 けたけたと。主人さえも嘲笑う声に続く様にフィクサードが動く。最適化した防御動作が、癒しの技が戦場を満たすのを横目に、引き絞られた紫の弓。打ち上げた一矢が齎す神の矢雨。地に落ち爆ぜた爆炎の煽りに長い髪を揺らして、『弓引く者』桐月院・七海(BNE001250)は表情を伺えぬ前髪の奥から戦場を眺める。
 何もかもを燃やし尽くし。『目薬』を少しでも減らす為のそれが肉を焼く胸が悪くなるようなにおい。こんなものを、否、これよりもっとひどいものを見続けるであろう黄泉ヶ辻に生まれ、生き続けながら。その『普通』を保った女は果たして本当に『普通』だったのだろうか。
「……周りに全く染まれないのは、異常な気がするけど」
 その事実を女は理解しているのだろうか。理解しようと彼女は変わらないのだろうか。どちらだろうと考えて、無意味な事だと微かに息をついた。選択肢はもう、選ばれてしまっているのだから。そんな彼の前方。ドールと相対した『ザミエルの弾丸』坂本 瀬恋(BNE002749)の拳が振り抜かれる。頬骨をへし折って続け様に回した足で名も知れぬノーフェイスを叩き伏せ。
 全てを喰らい尽くす捕食者の、苛烈ないろが黒い瞳に揺らめく。纏わりつく血を払って、良く分からない奴だと小さく漏らした。踏み外した道を進み続ける覚悟がある様で、理不尽に泣き喚いて自棄になった様でもある。酷い、矛盾だった。
「まぁ、どっちだろうとアタシには関係ねぇな」
 自分は自分の信条の為に。無関係の人間を巻き込む相手が気に食わない、それ以外にこの拳を振るう理由は必要なかった。


 奇声が響いた。翼の如き腕を広げて、幸福人形は微笑む。ぼたぼたと、その口の端から涎が零れて、振りまかれる幸福感と言う名の病原菌。その危険性を頭に置いていたのは、ミカサと氷璃のみ。
「離れなさい! その幸福は感染するのよ」
 氷璃の警告は僅かに間に合わない。蠢いた巨躯に迫られた瀬恋は明らかに重くなる身体に眉を寄せた。けたけた。笑い声が響き渡る。振り上げた腕が齎すであろう暴威がソレの近くの仲間たちに襲い掛からんとする前に。受け止めたのは、ハンドグローブを嵌めた一つの手。
「――任務を開始する」
 何処までも冷静に。遥か北方のсолдат、『T-34』ウラジミール・ヴォロシロフ(BNE000680)は目標と相対する。その手に握られるのはかの国特有のコンバットナイフ。実用性と機能性のみを追求した、艶の無い刃が幸福人形の腕を突き刺す。
 普通普通と言うけれど。その普通程狂気に満ちたモノはない事も往々に存在する。まさしく、今の彼女の様に。そんな逡巡は表にも出さず、薄氷の瞳は先に進めと言わんばかりに視線を動かした。
 『普通』の女が引き起こすであろう悲劇を阻止する。それが今回の任務であるのならば。自分の役目は成功を阻むであろう化け物の相手。作戦遂行に、私情は要らないのだ。そんな彼を、そして仲間を支える様に、戦場に吹き抜けたのは癒しの息吹。
「あぁ、残念だわ。生まれさえ違えばいいお友達になれたでしょうに」
 くすくすと、愛らしい少女を想わせるような笑い声が聞こえた。ふわりと広がるドレスを揺らして、『慈愛と背徳の女教師』ティアリア・フォン・シュッツヒェン(BNE003064)は戯れる様に手を振って見せる。
 折角趣味が合いそうなのに。今この状況ではそんな事も叶いやしない。なんて残念なのだろう、と肩を竦めて見せれば、糾未は酷く詰まらなさそうにその目を細めた。
「生まれが違ったら、きっと貴女は私に見向きもしないでしょうに。随分つまらないもしも話ね」
「『糾未の一番のオトモダチはきっとどんな未来でも私だわ!』」
 貴女とは気が合わなそう。吐き捨てる様な言葉を耳にしながら、純白の羽根を想わせる刃を振るう『戦士』水無瀬・佳恋(BNE003740)は、またか、と小さく溜息を漏らした。また、黄泉ヶ辻。近頃は黄泉ヶ辻やら楽団やらそんなものばかり相手取っている気がして、僅かな頭痛を覚える。
 他の仕事もして居る筈なのだけれど、こうも脳裏に焼き付いて離れないのは印象の強さだろうか。覚えるのは嫌悪感と、世界を害するものへの怒りにも似た何か。それに任せて戦ってはいけない事は、重々承知しているけれど。
「……共感も理解もできない相手というのは、戦いやすいですね」
 全然嬉しくも無い事実だが。理解は、共感は、刃を鈍らせる。躊躇いを招く。終わりが、心に傷をつける。だからきっと、この相手は理解しない方が幸せなのだろうと佳恋は思う。理解出来ない儘で居た方が、きっと。
 戦況は一進一退としか言いようが無かった。流れ込むノーフェイスの数は一向に減らず、振りまかれる呪いや魔術は確実にリベリスタの体力を削っていく。ティアリアが払い切れなかった猛毒が、足を鈍らせる重みが、リベリスタの優位を阻む。
 けれど。唐突に戦場を切り開いたのは、一片の穢れさえ許さぬ真白き神の煌めき。どんな脅威さえも打ち払うそれの残滓を纏う杖を握って、『ディフェンシブハーフ』エルヴィン・ガーネット(BNE002792)は前に出る。癒し手でありながらもその頑強さ、そしてあらゆる呪いを受け付けぬ身は仲間の盾であり支え。
 誰かを護る為に、突き詰め続ける戦い方は今この時まさに仲間の危機を救っていた。その視線の先、何処までも楽しげな黄泉ヶ辻の女を見詰めて、『兄』であるエルヴィンの心境は何処か複雑だった。
 兄の傍に近付きたい。もっと言うなら、兄に自分を見て欲しい。難しい事ばかり絡み合って行方知れずになっているけれど、彼女の願いは言ってしまえばそれだけなのだ。
「……こうも迷惑じゃなけりゃ、可愛らしいと思わなくもないんだがな」
 妹が自分を好いていて、付いて来るのが嫌な兄はきっと居ないだろう。けれどそれは、その先に、妹の手が離れて他の誰かと歩き出す未来があるからこそなのかもしれなかった。こんな風に、兄を追う為に無理矢理に一人で立つ姿に喜びなんて覚えられるのか。きっと、覚えられないだろうと首を振った。
 兄は、妹に真似され追われ続けたいわけではないのだ、と。呟いた声は女の耳には届かなかった。


 戦況はある意味で泥沼と化していた。癒し手を庇うクロスイージスを引き剥がして癒し手を狙い、けれどそれを糾未や癒し手に癒されまた庇われるの繰り返し。辛うじて狙いだった癒し手と、庇い続けた騎士を落としたものの、費やしてしまった時間はあまりに長かった。
 ランディの大斧が軋みを上げる。全身全霊。己が持ち得る全力を込め振り抜いたそれが撃ち出す暴力の弾丸が遥斗の脇腹を抉る。冷静に状況を見極めるその瞳にあるのは、僅かな焦りだった。
「時間は待っちゃくれねぇぞ、集中しろ!」
 撤退を狙うべきは糾未と遥斗で。壊すべきはヘテロクロミア。限りある時間はこの日はまさにリベリスタにとって最も強大な敵だった。弾かれた弦の、震える音が耳を揺らした。一気に水分を失いゆく空気が喉を、肌をひりつかせる。
「不毛ですね。違う生き方で近づけばよかったのに」
 業炎の雨を降り注がせて。七海はやはり、表情さえ窺わせぬままに言葉を紡いだ。これ程の事をして、未だ女は言うのだ。自分は『普通』だと。彼女が納得しない限り『普通』は終わらない。どうかしていると、口許だけが嘲りを浮かべた。
「名乗れよ! 『普通じゃない』黄泉ヶ辻のフィクサード! そしてその上で、全てを台無しにさせてくれ!」
「ああそうね、折角の舞台で御挨拶もしてないなんて。――糾未よ。黄泉ヶ辻の『血濡れの薊』!」
 どうしても欲しいと手を伸ばし続ける姿は素敵だ。美しい。只管に求める姿に差し伸べるのは凶器だ。全力で、その全てを台無しにするための。戦場を焼き払うそれを掻い潜って、伸びた人形の脳波が頭の中を掻き回す。ぐらぐらと視界が回って、けれど七海はその膝を折らなかった。
 運命が燃えゆく音がする。口の中に溜まる鉄錆味を吐き出して。七海は弓を握り直す。運命は手を貸してはくれないけれど。無邪気に笑い続けるそれを壊すまでは、膝なんて折れる筈も無い。
「もっと求めろよ、まだ普通だって言うのなら、手を伸ばせるんだろ!」
 滴る血は少なくない。そんな彼の少し前。一際大きな体で奇妙な笑いを漏らし続ける幸福人形と相対するウラジミールは僅かに落ちかかる前髪を雑に掻き上げナイフを構え直す。頑強な心身は感染する幸福など意にも介さない。
 ただ只管に、守りを固めながらもその瞳を引き付け続ける彼の軍服はじわじわとその色を濃くしていた。
「……この程度で終る訳にはいかない」
 どれ程の血が失われようと、傷が痛もうと。彼はきっと足を止めないのだろう。為すべき任務がある限り。何処までも実直で揺らがぬ軍人の在り方。弾痕残るドッグタグが小さく音を立てる。破邪の煌めきを纏ったコンバットナイフが、翼の如き腕に突き立てられた。
「どうした、まだ立っているぞ。――自分ぐらい倒して見せろ」
 絶叫にも似た奇声が鼓膜を揺らす。それでも足を引いたりはしなかった。引き付けて引き付けて。倒してしまっても良いのだから手を休める暇などない。そんな彼を視界の端に捉えながら、瀬恋は敵を殴りつける手を止めない。邪魔な敵を薙ぎ払い道を開け、漸く視線を交えた紅のそれを真っ直ぐ見遣った。
 噴出したばかりの血を想わせる紅と。煌めく日差しを湛えた海を想わせる蒼。容姿もその在り方も余りに対局な女と少女を思って、浅く溜息を吐いた。対局だなんて大嘘だ。だって、彼女たちはこんなにも似ている。
『黄泉ヶ辻』になりたい『普通』に『普通』になりたい『黄泉ヶ辻』。纏うドレスが違うだけで。その中身は何処までも似ていた。
「自分にない、どうしようもないもんを求めてるとことか特にな。……姉妹みたいだ」
「縁破のこと? ふふ、だってずーっと一緒だもの。あの子が未だ小さな子供の頃から。私とあの子はずっとずっとお互いが欲しくて仕方ないのよ」
「『あら、糾未は他の子が良いの?』」
 自分の口から零れた声に曖昧に笑った。其処にあるいろはやはり諦観で。けれどそれでも足掻く矛盾だった。きっと誰より彼女自身が信じて居ないのだろう。自分が狂えるのだと。兄の様になれるのだと。嘲笑ってやりたくて、けれど出て来るのは呆れにも似た溜息ばかり。
「シケタツラだな。……『普通』の自分を肯定出来るか、狂えると心底信じれればマシだったのかね」
「……そんなの、どっちも出来なかったわ」
 己の可能性なんてものを信じるには周囲があまりに特異だった。けれど、そのままに甘んじるには余りに周囲の目が優しくは無かった。否。そもそも、その『目』さえ向けられなかったのだから。紅の瞳がほんの少しだけ、寂しそうに笑った。
 瞬きと共に零れ落ちた紅は誰のものか。其処にある寂しさにも似た色は何なのか。考えかけて、もう今更かと首を振った。答えは変わらない。選択肢はもう選ばれた。拳を固める。
「テメェがやってる事は気に食わねぇから殺す事に変わりはねぇ。精々派手にやろうぜ、黄泉ヶ辻のお姫さん!」
 振り向きざまに叩き込んだ肘がノーフェイスの膝を折る。殴って蹴って踏み躙って叩き潰す。圧倒的暴力で敵を捕食する瀬恋を見遣って。女の手は静かに、次のノーフェイスの腕を掴んだ。
 

 ぜ、と。整わぬ荒い息と共に、口端を伝った鮮血を拭った。可憐なドレスは既に血の色。燃え飛ぶ運命の残滓がティアリアの紅の瞳の奥で燻った。嗚呼、何と厄介なのか。嫌々と首を振って、肩を竦めた。
 己が身に与えた煌めく鎧を突き抜けて。降り注ぐ紅の月光は緩やかにティアリアの体力を削っていたのだ。血を失って冷たくなる指先は白く。同じくらい、白み始めた視界の中で。それでも、彼女は微かな笑みを崩さない。
 折角の、『特別製』相手なのに。それを楽しむ暇さえないなんて実に厄介でつまらない。微かに眉を寄せて、指先と変わらぬ温度の鉄球を手繰り寄せた。
「……まあ、悪意が外に向きすぎていていまいち面白みには欠けるけれど」
 人と言うものを壊すのだとして。それがただ単に、宿主ごと食い破られて終わるのだとしたらそれは何とも味気なくつまらない。そんなものを失おうと失わなかろうと、ティアリアの目に映る女は既に狂人なのだから。
「やっている儀式はそれなりに面白いのだけれど、ね。貴女、既に狂ってるじゃない」
 これ以上なんてないんでしょう、と酷くつまらなさそうにティアリアは告げる。抱けたのは狂気だけで。その先何てこの女には無いのだ。つまらない。本当につまらない。嘲りにも似たその声音に、糾未は口元だけを笑みの形に歪めた。
「例えばだけど。普通の人は言うわ。人を一人殺しただけで、そいつは気が狂ってるって」
 普通の『狂気』とはそういうものだ。己の常識から外れれば頭がおかしいと、狂っているのだと人は言う。唐傘の先が、真っ直ぐにティアリアへと向けられて、くすくすと笑う声が響いた。
「だからきっと、貴女から見れば私は狂気の黄泉ヶ辻なんでしょうけど。こんなんじゃ足りないの。良かったわね、貴女はとっても『普通』の人なんだわ」
 小さく紡がれたまじないと共に、浮かび上がる聖なる刻印。熱を伴わぬ白炎が、灼熱の激痛を齎す。ぐらり、と視界が回った。おやすみなさい、と笑う声を聞きながら、崩れ落ちるティアリアの身体。
 地に伏せているのは彼女だけではない。紅い水溜りに浮かぶ、紫の弓。もう誰のものか分からない、真っ赤なそれで全身を染め上げた七海も既にその運命の加護を削り切っていた。恐らくこの面々の中で最も、儀式の道具、ヘテロクロミアの破壊を可能とする事が出来た彼が倒れた影響は小さくない。
 きん、と冷えた空気が指先に合わせて踊る。生み出された氷の矢が狙うのは、斑に染まる着物の袖から微かに見えたあおいろ。冷たく相手の命を削るそれは、手首を傷つけたものの肝心のものの破壊には至らない。
 微かに眉を寄せた氷璃と同じく、神速の抜き撃ちで狙いを定めた瀬恋も掠める事しか出来ぬそれに表情を歪める。的は小さく、しかも動くのだ。舌を打った。そんな仲間の、目の前で。敵の合間を擦り抜けた影。
 ノーフェイスを抱える女の目前。ふわり、と舞う艶やかな紺と、灯りを弾いた真白い刃。己の全力をその一撃に乗せて。勢いのままに振り抜かれた佳恋の刃が齎すのは烈風と言う名の暴威だ。皮膚が裂ける。真白い着物の切れ端が舞った。
「っ……また会ったわね、会いに来てくれたの?」
「『もう、糾未ったら何人可愛い子がいるの?』」
「今更、貴方達と語り合う舌など持ちません!」
 からかう様な声音に、まだ年若い彼女は答えない。ただ只管に真っ直ぐに。糾未の動きを止める為に放った烈風は其れこそ叶わなかったものの、浅くは無い傷をその身に与えていた。
 佳恋には理解出来ない。理解しようとも思わない。己が身に息衝く神秘と言うものの存在を呑み込み『納得』と言う感情で背負い込んだ彼女だからこそ。糾未とはどれ程言葉を交わしても分かり合えぬのだろうと、気づいて居た。
 飛んで来たレイザータクトの攻撃に、零れた血が髪を濡らして行く。息が苦しくて。けれど、それを支える様に吹き抜けたのは癒しの烈風。手に、握り締めたものがあった。何かを護ると言うのは如何言う事か。教えてくれた人が居た。
 もうその人はいなくても。その教えは確かに記憶に残っている。この手に、残っている。使い込まれた盾を翳して、背筋を伸ばした。
「俺がここに立っている限り、皆の自由は奪わせねぇ!」
 何一つ奪わせない、なんて言えるほどこの手の届く範囲は広くは無くて。けれどそれでも、痛む身体を押して彼は立つ。叩き付けられる攻撃に意識が遠ざかりかけても、その瞳が向く先は、黄泉ヶ辻の『妹』。小さく呼吸を整えて、笑ったその雰囲気は柔らかく優しく。他の仲間が与える言葉が鞭であるのなら。エルヴィンが糾未に与えるのは飴だ。
 とびきり甘い、迷いを生む為の。
「兄って立場として言わせてもらうなら。……上はな、真似されても嬉しくねぇんだよ」
 後追いは退屈なだけだ。そんな言葉に、僅かに動きを止めた糾未は酷く困った顔でエルヴィンを見返す。ぽたぽた、ノーフェイスから滴る血がその瞳から滑り落ちていくのが見えた。
「お兄様の為にやっている訳じゃないけれど、お兄様に嫌われるのは嫌よ。怖いわ」
「君は兄のようになりたいのか? ……兄に自分を見て欲しいんじゃないのか?」
 同じになりたいのではなくて。その瞳を向けて欲しいだけではないのか。その問いに、紅の瞳が驚いた様に瞬いて。満面の笑みを浮かべた女は嬉しそうに頷いて見せる。見て欲しいのだ。兄に、他の誰かに、自分を。自分の事を。
「逸脱者に興味なんて無いわ。特別になりたい訳でも無いわ。貴方は分かってくれるのね、私が、本当に欲しいもの!」
 嬉しい、と笑う顔に表情を緩めて。エルヴィンはそのまま言葉を続ける。彼女の興味を引く言葉。誰かの瞳を集める為の、特別な鍵をその手は差し出す。意外性だ、とその声は告げた。
「どうせ逸脱するなら黄泉ヶ辻を逸脱しちまえばいいんだよ」
 箱舟の入り口は、何時でも開いてるんだぜ? 誘う様に伸ばされる手。女の瞳は幾度か瞬いて。けれどすぐに、酷く悲しげに首を振った。そんなんじゃ駄目よ、と女は呟く。
「誰も見てくれないわ。覚えてくれないわ。黄泉ヶ辻の妹だと、お姫様だと笑うのよ。まるでお菓子のおまけみたい。お兄様が居るから。私がお兄様には届かないから!」
 自分を救い、自分の遥か先に立ち続ける兄を愛していた。けれど同じくらいに憎かった。抱いた憧憬はどうしようもない瑕疵を内包していたのだ。
 矛盾だった。其処に存在するものは総て。愛して居ながら何より憎く、別の存在として見て欲しいのに同じになりたいと手を伸ばす。振り切るように首を振って、女はエルヴィンを見据える。
「大好きよ、箱舟。でも同じくらい憎らしいわ。其処に行ったって同じなのよ。向けられるのは好奇と憐れみと憎しみばかり。元黄泉ヶ辻と、あの京介の妹だと、動物園の動物みたいに見られるだけ!」
 だからそんな馬鹿な事言わないで。吐き捨てるような声と共に視線を逸らした女を見遣って、掌の蝶々から手を離した糾華は馬鹿みたい、ともう一度呟いた。可哀想な子らしい女が糾華はどうも気に食わない。冷やかに目を細めて、くすりと笑った。
「家庭環境がアレソレでお兄さんみたいになりたいって言うじゃない? ……嗚呼ほんと、中途半端に憧れちゃってさ。馬鹿みたい」
 逸脱とはそういうものではないと、彼女自身が一番身に沁みている癖に。心底馬鹿馬鹿しいと思った。叶わないと知りながら夢を見続けるなんて、あんまりにも無意味だった。信じる事も諦める事も出来ないならそれは何だと言うのだろうか。
 僅かに、沈黙が落ちる。彼女に覚える苛立ちはそれだけでは無かった。ふわり、と裾のフリルを揺らして。一歩踏み出した糾華は微かに眉を寄せる。まぁそんな事より何よりも。自分がこの女の事が気に食わないのはもっと簡単な理由で。
「それにね……貴女何だか名前が似ていてムカツクのよ」
「斬風糾華でしょう。聞いた事があるわ。――ねえ糾華、知ってる? 糾って、縁り合わせる、って意味があるのよ」
 貴女は誰と寄り添い合って咲く華なのかしらね、なんて。未だ何とも寄り合えぬ名を持つ女は小さく笑って、その瞳を細めた。


 明らかに、時間は足りて居なかった。刻限はもう間近。只管に敵陣を裂いて敵を減らして、けれど未だ、糾未と遥斗は健在だった。傷こそ負ってはいるものの、その身を犠牲にしようと糾未を庇う人形やレイザータクトの壁は、決して薄いものではなかった。
 血溜まりに、フィクサードが3人沈んでいた。崩れた人形が、血に塗れたノーフェイスが。そして、深く傷付いた仲間が、同じように倒れていた。それに構う暇も無く。夜色の翅に混じって舞った揚羽が、遥斗を縫い止める糸を撒く。
 けれど、そんな彼女を、そして未だ立つエルヴィンを巻き込むように。降り注いだのは無慈悲な絶対零度。ウラジミールと相対するそれが、気まぐれの様に降り注がせた冷気が内側から外側からその身を凍てつかせる。運命が燃えた。鈍く咳こんで、吐き出す鉄錆味。
 そんな仲間達と同じく前衛。精神の同調に全力を傾け続けていたミカサの瞼が緩やかに上がる。襲い来る人形の衝撃波を流す様に、漆黒が舞った。
「君を見ているとね、違和感を覚えるんだ」
 閃くインバネスが紫を覗かせる。零れ落ちる夜のいろが指先に従って蠢き敵を喰らうのを眺めながら、ミカサは雑に頬に跳ねた鮮血を拭い取った。辛いと、悲しいと泣く女はけれど、その現状から出ようとはしない。
 背伸びを止めれば楽だろうに。彼女はそれ所か、自ら首を絞めるのだ。まるで、可哀想なままで居たいとでも言うかのように。嗚呼、この違和感を何と呼べばいいのか。正体の知れぬそれの答えを求める様に、紫が彩る指先が伸びる。目を、抉ったら分かるのだろうか。
 また出来ない事をと笑うのかもしれないけれど。軽く肩を竦めて、レンズ越しの漆黒は真っ直ぐに紅を見遣った。もう幾度目か。傷を負う事に怯えた女はもう居なかった。
「臆病で、我儘な俺と君は確かにお揃いだ。……自分で自分を台無しにするのが好きなんだね」
 傷つきたくない、傷つけたくない、でも。子供の様な我儘と臆病さをミカサは知っている。同じだった。求めるものに手を伸ばす為なら、己の事は顧みない。如何思う、と尋ねる声に女は小さく笑って、違うわ、と囁いた。
 彼と彼女は同じで、けれど違った。緩やかに首を振った女の唐傘がノーフェイスの首を刎ねる。溢れて零れる血を浴びながら、女はくすくすと笑い声を漏らす。
「認めているわ。諦めていないわ。貴方は私じゃない。可哀想な男の子のままじゃあないじゃない」
 踏み出した足はきちんと地を踏みしめているだろう。悲哀の向こう側。泥や血に塗れ真っ直ぐには進んでいないのだとしても。その足は底の見えない場所に飛び込んだりしていない。何処までも、後を追っていく。何にもなれない私とは違うわと、その声は告げる。
「……例え君が何になれなくても、それでも君と言う個は俺に刻み込まれているよ」
 黄泉ヶ辻糾未、と名を呼ぶ。所属でも、妹でもなく。ただ、女個人の名を呼ぶ声に、紅の瞳がゆらゆらと揺れた。滴り落ちる紅の涙は明らかに目減りしていて、ぱちり、と瞬くそれ。
「覚えていてくれるの? ずっと? 私の声も言葉も、私が貴方に付けた傷もみんな、貴方の中に残るの?」
 ねえ答えてよと、女は表情を歪めた。何よりも誰よりもどんなものよりも一番に、深くその心に刻んでくれるのかと、並べた言葉と共に零れ落ちた涙は透明。
 僅かに開いた間に、女は泣きながら笑って、首を振った。そんなの有り得ないと、答えも聞かぬままに。
「出来るならやめてあげるわ。お兄様の代わりに私を見てくれるなら。ねえ、『お揃い』の貴方なら出来るのかしら」
「『あらあら、糾未ったら私を裏切るの? もうすぐ、私は目を覚ませるのに!』」
 響く声は同じで、けれどあまりに孕む感情の色が違い過ぎた。嗚呼。彼女は未だ気付かないのだろう。彼女が抱え続けるその感情の名前を。邪魔な敵を大斧で薙ぎ払って。ランディは、本当に僅かに、その瞳を細めた。
「……ソレは狂気じゃねぇ。欲求でもねぇ。分かるか、糾未」
 諦め切れず、失くした物も手放したくない。欲求に似ている感情はけれどそんな名前ではない。だって、それが無理な事を、戻る事が出来ない事を、彼女自身が知っているから。兄への愛情でも無く。己への憎悪でも無く。
 彼女が抱え続けるその感情の名前は、酷く簡単で人間的なものだ。
「それは、未練ってんだ。……今の死にたそうな目より、以前の目の方が優しくて好きだった」
 お前の良さだったのに。小さく、漏れた溜息に含まれたのは諦めだろうか。晦冥の道は終わって。咲いてしまった咎の花は何も残さずにもっと深みへと堕ちていくのだ。女が、小さく笑った。
「そうね、でも――」
 はじまってしまった舞台の幕は、物語の終わりまで下ろせはしないから。囁く様な声と共に、不意に足元に広がる魔方陣。リベリスタよりも誰よりも、糾未の瞳が驚いた様に瞬いた。
「――縁破?」
 零れ落ちる名前は酷く不安げで。それ以上に、リベリスタの側に走ったのは焦り。あちらのヘテロクロミアは壊れた。ならば、此方にやってくるのは一般人と、ノーフェイスの両方。互い違いの瞳を両方潰さねば儀式は終わらないのだ。ふらふらと、此方に向かってくる人影達に眉を跳ね上げて、氷璃は己を護る夜闇の天蓋を一度回した。
 零れ落ちる紅が、既に誰とも知れぬ紅に塗れたドレスの周りで舞い上がる。
「世界を喰らうもの、徒に革醒を促すもの――世界に仇為すものは全て、私の敵よ」
 血が欲しいのなら幾らでも。この、呪力の鎖で良いのならくれてやろうと氷の魔女は冷やかに笑った。全てを薙ぎ払うそれが過ぎても、倒すべき相手は未だ立っている。傷は浅くなかった。どれ程の強者であろうとも、癒し手である糾未の傷は浅くはない。
 あと少し。もう少しが足りないのだ。退けねばならないのに。白鳥の刃が軋みを上げた。地面を蹴って。佳恋は駆け出す。嗚呼、それが世界を護る為に必要であるならば。
「私は、私の力は、この為に――っ」
 刃が迫る。それを見遣って、酷く大人しかった側近の男は楽しげに、その口角を上げた。主人と呼ぶべき、愛しい女と視線を合わせる。恐らく、この一撃は彼女の意識を奪うには十分だった。それでも備えんとした彼女の手を、掴んで。
「糾未。言えよ。『私の為に死ね』って」
 ひくり、と喉が鳴った。誘われる様に唇が震えて。わたしのために、と。聞こえたのはそこまで。刃がめり込む感覚が、掌全体に広がった。噴き出す鮮血が、佳恋を、そして、糾未をべったりと、濡らして行く。笑い声が響いた。
 胴の半ばまでを深々と抉られて。遥斗は酷く楽しげに音にならない笑い声を立てていた。その身を挺して主人を庇った男は、引き抜かれた剣に合わせてぐらり、とその身を揺らがせる。其の儘、崩れる様に糾未に寄りかかって。もう一度だけ低く笑った。
「血を見る時にでも思い出せよ、糾未。ぼくは君の為に死ぬんだ。君が、言ったから――」
 かくり、と力を失う身体。呆然と、己を濡らして行く血と、重たい身体を支える彼女の隙を見逃さず、瀬恋はその拳を振りかぶる。全力の一発はけれど、寸での所で唐傘が受け止めていた。
 ぼたぼた、と。頬を、肩口を、伝って落ちていく紅。間近の瞳から零れ落ち続けていた紅い涙は止まっていた。開き切った瞳孔と、交わった視線。本能が、不味いと叫んだ気がした。
「『――お早う、壊れゆく世界と愛しい子』」
 ばちり、と瞬いた瞳が齎す捕食の音が、脳内で響き渡った気がした。


 気付けば、戦場は生臭い鉄錆のにおいしかしなくなっていた。誰も彼もが血と肉とに塗れ。燃え飛ぶ運命に比例するように増えていくあかい水溜り。時間切れを誰もが悟っていた。僅かなすれ違いと時間の浪費は積み重なれば致命傷。
 糾華の膝が折れた。広がるドレスが紅をまた吸い上げて。けれど、運命を燃やしてその身体を支えた。未だ諦めぬリベリスタの心を示す様に。眩いほどの煌めきを纏った一振りの刃が、振り上げられる。
「――簡単にはやらせんよ」
 突き刺さったカラテルが抉るように引き抜かれる。動きを止めた巨体が、そのまま重力に従って崩れ落ちた。奇声を上げる事も出来ぬまま地に伏すそれを見遣る薄氷に流れ落ちる紅を拭う。ウラジミールの徹底したブロックは、確実に仲間の被害を減らしていた。
 ナイフに纏わる鮮血を払って。其の儘即座に仲間の下へと戻る彼の目の前で。何も言わず立ち尽くしていた女は不意に、小さく笑い声を立てた。どんどんと、可笑しくて仕方無いと言いたげに大きくなる笑い声は、やはり不意にぴたりと止んで。
「ふふ、ふ、……大好きなアークにプレゼントよ、ノーフェイスを倒すだけの簡単なお仕事! 私はもういらないから、セイギノミカタらしく頑張ってね」
 歌姫のお披露目の副題は、『大好きな貴方への嫌がらせ』。楽しんで貰えただろうか、何てまた笑い出した女は散々笑い続けて、そうして疲れた様に、溜息を吐き出した。
「矛盾と未練で誰かを愛したりはできねぇよ、募るのは恨みだけだ」
 糾未も、そして縁破も。歯がゆささえ覚える二人の姿に、ランディがかける言葉は届いているのだろう。けれど、それでも糾未は止まらない。ふわり、と夜色の蝶々が彼女の指先へと舞い降りた。ひらひら、美しい翅。それに手を伸ばして其の儘――

 ――ぐしゃり。
 握り潰した夜の残滓を払って、糾未はもう一度そのかんばせに笑みを乗せた。少女の無邪気さの裏にあるのはもうどうしようもない程どろりと濁った感情なのだろうか。足掻く様に放たれた瀬恋の弾丸が頬を掠めて、伝い落ちる紅は涙の様だった。
 偶像だった。可哀想な妹。黄泉ヶ辻の妹。兄と言う名の幻影の後ろで、女の目は盲いていく。あいじょうという名の幻影が、その心ごと目を塞いでいくのだ。其れこそが、自分と、そして親愛なる誰かにとっての不可欠条件である限り。
 さようなら、と囁く様に吐き出した。追いすがるリベリスタの道を哀れな幸福人形で塞いで。女は踵を返す。蝶々が、飛んでいた。もう視界は赤く滲んではいなかった。
「『また会う日まで御機嫌よう。私の歌姫をどうぞ宜しくね』」
 酷く調子外れな女の声だけが、夜の闇に残っていた。


 しゃらしゃらと、手首であおいろが揺れていた。
 そう言えばこんなに長く離れたのは初めてだった様な気がした。愛しくて憎らしい私の舞台の案内人。
 其処にどんな感情を抱こうと。何処までも軽やかに美しく、観客を誘う『樂落奏者』。
 失い離れるなんて有り得なかった。死が二人を別つまで。否。死が別とうとも。
「×××××」
 音にならない『五文字』は女にとっては酷く在り来たりでつまらない言葉だった。告げればきっと彼女はまた酷く苦々しげに笑うのだろう。
 小さく笑った。分かり合えないのは美徳だと、お決まりの文句はまさに自分達にこそ相応しかった。
「次は何をしましょうか。何かを一つ綺麗に消してしまう? ねえ遥斗――嗚呼、もう居ないんだったわ」
 じゃあ、縁破に聞きましょう。声は楽しげで、けれど酷く震えていた。ぼろぼろと、転がり落ちた水滴が、真白い着物の紅いしみを滲ませる。

 もう足を止めたいのだと願う事が馬鹿馬鹿しいのだと、自分自身が誰より知っていた。
 世界はこんな時ばかり皮肉にも、終わりが来ることを許さないのだ。

■シナリオ結果■
失敗
■あとがき■
お疲れ様でした。

作戦自体は良かったのではないかな、と思います。
けれど、もしもの場合の対策は考えて置くべきかな、とも感じました。
また、細かな差異や数値面も難易度相応に見て居ます。

その他、結果の理由は全てリプレイに込めさせていただきました。
ご参加有難う御座います。ご縁ありましたら、また宜しくお願い致します。