●失われた約束 「恭一くん、来年いっしょに帰ろうね! 約束だよ」 「まあ、何にもないとこだけどな」 「そんなことないよ。きっと素敵なところだから。自信もって、ね? 私、今からとても楽しみだよ。早く来年にならないかなぁ」 千春が俺に向かって笑顔を向ける。どうしてそんなに楽しそうにできるのだろう。 たかだが俺の故郷の街を訪れることが。 俺にはその時、千春が嬉しそうにしている本当の理由がわからなかった。 本当に何もない街だ。山に閉ざされ、冬は雪がたくさん降る。何もない退屈な田舎に来ても遊ぶところは一つもない。それなのにどうして千春はそんなに嬉しそうなのか。 今になってから思う。千春は俺がどのような場所で生まれ育ってどのように生きてきたかをこの目で確かめたかったのだ。 俺が三高平高校に転校して日下部千春と出会った。最初は不器用で何を考えているかよくわからない奴だったが、ある依頼で一緒になり仲良くなった。普段とは違う一生懸命な姿を見ているうち、いつしか彼女のことを気にするようになった。 そして、二人が付き合ってから初めての彼女の誕生日のこと。 来年の千春の誕生日、俺は自分の故郷を案内する約束をした。 脳裏に一つの光景が浮かんでいた。街全体が見渡せる小高い山の上。あそこに一本の大きな桜の大木がある。あの下で冬の星空を一緒に眺めたいと思った。 俺たちは高校を卒業して大学に進学した。 それから間もなくのことだ。 俺はリベリスタとしてある強力なフィクサードに関連した事件に携わった。 そこで俺は、仲間をかばって運悪く命を落としてしまった。死闘の末、敵を倒すことができたがその時取り返しのつかない傷を受けた。 結局俺は千春との約束を果たすことが、できなかった。 だが、彼女は俺がいなくなったにも拘わらず、誕生日になると毎年俺の街にやってくるようになった。ただ駅まで来て――そして、帰るだけだ。 俺の実家や墓があるところにも行かない。彼女自身、まだ俺がいなくなったことを認めたくないのだ。 最初は嬉しかったが、彼女のつらそうな表情を見ているうちに俺は次第に苦しくなった。 彼女ももう大学を卒業する年だ。千春は俺がいうのも何だが美人でモテる。はやく 俺のことは忘れて他の人と幸せになってもらいたかった。 それには、やはりあの約束を――守らないと駄目なのだろう。 ●こないはずの彼 「――というわけで、あなた達が代わりに千春の約束を果たしてきてほしい」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)が、集まったリベリスタたちを見回して言った。 依頼の主は、元リベリスタの芳川恭一。いまだに成仏できずにE・フォースとしてこの世に留まっている。恭一の代わりに彼の故郷の町を案内して日下部千春を満足させる。彼女が満足して彼をふっ切ることができれば恭一は消滅するという。 「そう今回集まってもらったのは恭一と千春をよく知るあなたたちだけ。彼らのいきさつは私がここで語らなくても十分良く知っていると思う。だから要点だけを話すわね」 聞いていたリベリスタたちは誰も口を開こうとはしなかった。イヴが語る事実をありのまま受け止めて、それぞれが別に物思いに沈んでいた。 「千春は自分の誕生日、つまり今度の日曜日の朝八時、A町にやってくる。K駅前のベンチに座ってこないはずの彼を待っているわ。一日彼女を案内してきてね。行先は――彼の思い出の場所。恭一は千春が来るのをそこで待ってる。あなたたちの幸運を祈ってるわ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:凸一 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年03月18日(月)23:29 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●雪の降る街 空からは粉雪がひらひらと舞い落ちる。白い吐息が口から零れた。思わずマフラーに首を深く埋めてそっと目を瞑る。 脳裏に思い浮かぶのは彼のはにかむ表情。遅刻したことを何度も謝る彼に、私は絶対に許さないとダダをこねる。 頑なな態度にとても困った顔をみせた。しまいに彼は本気で泣き出しそうになって、あわてて舌をだしてごまかす。 ようやく私が怒っていないことを知って、彼は一番のとびきりの笑顔をみせる―― もう約束の時間だよ。 いつまで待たせば気が済むの? 私、凍え死んじゃうよ? いやならはやく迎えにきて。 ねえ、恭一。私はいつまで待てばいいのかな? 「おまたせ、待ってたかい」 千春はとつぜん呼ばれて目が覚めた。突然のことに鼓動がはずむ。 ありえないと思った。恭一はもうこの世にいない。だから今日も一人ぼっちだ。このまま夜までベンチに座って、そしてまた帰るだけ。 その瞬間、千春は期待感で胸が張り裂けそうになった。 なのにどうして。 「あなたは――?」 ●向き合う気持ち 「随分と沈んだ顔をしてやがるな……ま、気持ちは判らんでもないが」 『足らずの』晦 烏(BNE002858)に、千春は一瞬、誰? といった顔を見せた。 烏はそこで毎度の覆面をつけて見せた。 千春の目が瞬間大きく見開かれる。 やっぱり覆面で認識してたかと誰ともなしに言い、烏はタバコに火をつけた。 「虫の知らせって言うのかな。急に恭一が懐かしくなって。もしよかったら一緒に歩かない? あいつのことを話しながらさ」 『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)の言葉に千春は一瞬、我を失ったように動けなくなった。あまりに突然のことに言葉が出てこない。 「晦さんに、快くんも……いったいどうして?」 「日下部ちゃん、エスコートさせてね。誕生日のプレゼントだ。待ってる人じゃないけど……でも、わかるよね」 『殺人鬼』熾喜多 葬識(BNE003492)も顔を出す。 千春が見知った三人を目の当たりにして戸惑った。 「恭一からの依頼でこの街を案内しに来たんだよ。あなたの所為で恭一が成仏できないんだってさ」 『断罪狂』宵咲 灯璃(BNE004317)が横から口をはさむ。見知らぬ女の子にとつぜん、恭一の名前を出されて千春はようやく事態を悟った。 後ろには、千春がよく知っている人やまったく知らない人もいた。おそらくこれはアークの依頼なのだ。千春はこれでも同じリベリスタだった。依頼内容は容易に想像がつく。 「お墓参りって案外用意するものが多くて面倒だよねー」 灯璃がぶっきらぼうに言った。その言葉とは裏腹に、事前に買って用意したものであろうと思われる掃除用具や供え物、お花などが入った袋を手にしている。 「それじゃ、参りますかね。芳川君の故郷をさ」 烏は灯璃の荷物を持つと、先へと進みだした。千春の同意もなしに彼らはどんどん前をすすんでいく。 霊園墓地は駅からほど遠くない場所にあった。周りは山や田園に囲まれている静かなところだった。恭一の名前が彫られてる墓石はすぐに見つかった。 「これが、恭一の……」 千春はまだ信じられなかった。この下に恭一が眠っている。あのやさしかった彼が一人さびしく雪に埋もれてこんなところにいるのだ。 墓前の掃除をみんなで行った。灯璃がてきぱきと指示をだす。それにならって千春も弔いの準備を手伝った。まず積もった雪をどける。水をかけて花を生ける。供え物をしてようやく準備が整った。焼香の順番がきて目を瞑り、恭一のために祈る。 「そりゃま、整理はつかないわな。人間なんてそういうもんだ、だがどこかで区切りをつけてやらねぇと」 焼香が終ったあと烏が千春に声をかけた。 「でも私は恭一を助けることができなかった。もしあの時無理にでも付いていってたら今頃は」 千春は後悔していた。恭一が死んだのは少なからず自分のせいでもある。だからこうやって墓前で改めて自分の気持ちに向き合うのが怖かった。 「何もせずただ待ち続けるだけだったあなたを見ていると、危険な状況下で的確に回復を施せたとは思えないよ」 灯璃がきびしく追求して千春はなにも答えられなくなった。ただ唇をかみしめてじっとこらえた。いまの自分に反論する資格はない。 千春は墓参りの間、ひたすら自分を責め立てていた。 ●過去の罪 「こんちはっ、ボクはエフェメラ・ノインっていいますっ! 今日はよろしくお願いしますっ!」 「私はアガーテ・イェルダール。これから芳川さんの中学校にご案内いたしますわ」 『アメジスト・ワーク』エフェメラ・ノイン(BNE004345)と『陽だまりの小さな花』アガーテ・イェルダール(BNE004397)が改めて元気よく挨拶をする。 千春は一目見てフェリエであることがわかった。最近アークに着たばかりだが、彼女たちの活躍は目覚しい。千春自身も他のフェリエと一緒に依頼を受けて、その努力する精神は見習わなければならないと日頃から尊敬していた。おそらく私のことは他の誰かから風の噂で聞いたのかもしれない。 中学校は平地を下ったとこにあった。今はもう廃校になっていて誰もいない。時間が止まったように中は荒れていた。恭一が初めてエリューションの事件に巻き込まれた場所だ。 千春自身も話にすこし聞いていたが、あまり詳しいことまでは知らない。 「キョウイチさんはね、三年生のときにクラスメイトを亡くしているの。ある一人がとつぜん教室で暴れだして親友を殺した。もちろんエリューションの覚醒だね。すぐに彼はアークから来たリベリスタに討伐された」 エフェメラが事前に調べてきた恭一の情報を伝える。 「その彼こそ――芳川恭一さんね。芳川さんは親友をこの手で殺した」 アガーテの相槌に千春は感情を揺さぶられた。恭一がある事件でリベリスタになろうとしたいきさつは知っていた。だが、彼はほとんど事件のことを語ろうとしなかった。 「討伐されたキョウイチさんは死ぬはずだったけど、一命を取り留めた。そして奇跡的なことにフェイトを得ることができた。だからその力を使って今度は人助けをしたい。それが殺してしまった親友の弔いにもなるってキョウイチさんは考えたの」 千春は知らなかった。恭一自ら事件の首謀者だったこと。自らの手でほかならぬ親友の命をうばったこと。自責の念に駆られてリベリスタになることを決意したことを。初めて聞く真実に千春は何も考えられなくなった。 「芳川さんの、どのようなところが好きだったのでしょう?」 アガーテが話題を変えるように千春に問いかける。彼女の暖かい感情のこもった言葉にようやく千春は落ち着きを取り戻した。恭一が誰にでも親切で優しかったことや明るくて笑わせることが得意だったことを語る。 自分で話しながらようやく気がついた。恭一の明るい性格に隠された過去の一面。それが恭一を形作った原点だったのだと。何もしらない自分は本当におろかだったのだと。 ●命をかけて守るもの 噴水が綺麗に噴射して飛沫が舞い落ちた。あたりは一面に雪が積もっている。あまりの冷たさに体は及ばず心までも凍ってしまいそうな感じがする。 恭一が死んだ場所。にくきフィクサードに倒されて恭一はこの場所で仲間をかばって野たれ死んだ。できればここにだけは着たくなかった。千春はその場にしゃがみ込んだ。 「厳しい戦いだったって聞いてる。俺達の戦いはいつも格上相手ばかりで。それで勝っちまったんだから、恭一達、すごいよな。千春さんが悔やむ気持ちは俺も分かる。俺だってたくさん失敗してきた。助けられなかった。あいつ、仲間を守った戦いで死んだこと、後悔してると思う? 俺達の戦いは、いつだって誰かを護るための戦いだった。だから、後悔は無かったんじゃないかな。いつか俺が戦いに倒れたとして、それが誰かを護るためだったなら、きっと後悔はしないから」 快が座り込んだまま動こうとしない千春に声をかけた。よく三人は一緒だった。大学でランチを食べたり授業をうけたり遊びに行ったり。年下だけどリベリスタとしては先輩で尊敬していた。お似合いのカップルで――そんな二人のことが正直うらやましかった。 「日下部ちゃんの命はまだこれからなんだよ。命はどれも尊くて大切で愛しいものだよね。 芳川ちゃんが守った命。大切にしないとバチがあたるよ。だから、彼が死んだこの場所を分水嶺として思い出に変えないといけない。死に魅入られたらダメだよ」 葬識も気持ちは同じだった。殺人鬼の自分にも屈託なく接してくれた。そんな彼のやさしさがすごく嬉しかった。 千春はただ黙って二人の話を聞いていた。咀嚼するように何度も頷きながら、噴水をじっと見上げている。まるで最後に彼が見た光景を目に焼き付けるように。 「ただ、未練はあったと思う。それは、千春先輩を一人残してしまったこと。いつまでも自分の思い出で、千春先輩を縛ってしまっていることだと、俺は思う」 「君は生きている。彼の元に行きたいなら、俺様ちゃんが首を落としてあげるよ。理不尽を君にあげてもいいよ。でも、そんなこと芳川ちゃんが許してくれないよね」 快と葬識がまるでそばにいる恭一に向かって言うように声をかけた。二人の言葉に千春自身も本当にそこに恭一がいるのではないかという気がしてくる。 だけど、恭一はどこにも見えない。もう二度と会えないのだと思うと、とうとう千春はこらえきれなくなった。 ●辿り着いた先に 「今日一日ご苦労様でござる。僭越ながらここから先はそこのシスターと拙者、鬼蔭虎鐵がご案内仕ろう」 『ただ【家族】の為に』鬼蔭 虎鐵(BNE000034)と『ヴァルプルギスナハト』海依音・レヒニッツ・神裂(BNE004230)が千春の最後の案内役を買ってでた。 陽は沈んで辺りは暗くなっていた。ようやく動揺の収まった千春と共に一向は最後の目的地である丘の上の場所を目指した。 夜の明るい街中がそこからよく見渡せた。あの明りの一つ一つに人々の営みが見える。まるで命のともし火のように思えた。 「芳川君はとても素敵な場所で生まれ育ったんですね」 海依音がやさしく問いかけた。まるでその場にいる全員に向かって言うように。 今日歩いてきた長い道のりを皆それぞれが胸の内で噛み締める。 桜の大木が夜空にそびえている。まだ蕾も閉ざしたままだ。それでも桜の枝はまるで血管のように星の輝く夜空に向かって勢いよく伸びていた。 「日下部君、貴方の笑顔が好きだと芳川君は言っていました。不器用だからちゃんと助けないと、って言ってました。ね、日下部君、空を見てください。この満天の冬の星空。彼が貴方に見せたかった宝箱なんでしょうね」 海依音の言うとおり、綺麗な星空が広がっていた。何万光年離れた星はもう死んでいるかもしれないと聞いたことがある。もしかしたらこの星のほとんどがすでに現実にはないものだと思うと、なんだか不思議な気がした。 「拙者はな……数え切れない後悔と罪と咎を背負ってるのでござる。それは永遠に背負い続けなければ行けないと思ってるでござる。そして、おぬしみたいな人を沢山、そう沢山増やしてきたのでござる。そしてこんな拙者がこんな事を言う資格はないと思うのでござる。ただ……拙者は……」 虎鐵はまるで自分に言い聞かせるように言った。今日一日案内しながらいろいろなことを聞いた。もともと二人は喫茶店のお客さんだったが、初めて聞くことも多かった。 とくに恭一が自分と同じく過去の過ちを背負って生きていたことに共感を覚えた。恭一は最期まで自分の罪と戦いながら自分の信念を貫いて死んでいった。 それに比べてまだ自分は人生の途中だ。恭一のように最期まで愛すべき人を守って責務を果たすことがこの自分にできるのか。 「貴方は自分を責めなくっていいんです。厳しいことを言います。もう、芳川君は死んだんです。ワタシ達だっていつ命を落とすかわかりません。覚悟していても、それは突然やってきます。でもね、貴方の笑顔を芳川君は守りたかったんです。だから貴方は彼を吹っ切らないと、芳川君がこの世界にとどまって崩界を呼び寄せるんです。そんなの、嫌じゃないですか……。誰よりも貴方の笑顔を守りたかった芳川君を討伐なんて」 虎鐵と海依音の言葉についに千春が顔をあげた。 キッと鋭くにらみ付ける。 「やめてっ! あなたたちになにがわかるの。倒すだなんて恭一を侮辱するのだけは絶対に許せない。たとえ冗談でも私は――」 「もういいんだ、千春!」 その時だった。 見知らぬ声に誰もが桜の木を振り返る。 「ひさしぶり、会いたかったよ」 木の後ろから現れたのは紛れもなく恭一だった。居合わせたリベリスタ全員も驚きの声を上げる。 「恭一くん……? ほんとうに、ほんとうに……」 千春が思わず何度も確かめた。恭一が微笑みかけると、千春は嗚咽を漏らした。あまりのことで想いが言葉にならない。どう話しかけていいかわからなかった。 「言ってやれよ恭一。これはきっと運命ってぇ奴が与えてくれた最後の愛なんだからよ。お前等二人全部何もかも吐き出せ。そしてこの時間をいつか綺麗な思い出にしろ……俺から言えるのはこれだけだ」 じゃあな、あとはよろしく。俺は先に戻ってるぜ、と虎鐵が挨拶すると、もう二人のほうは振り返らなかった。これ以上言うことがないというように。残った他のリベリスタたちも虎鐵の心中を慮ってあえて留めようとはしなかった。 「芳川君、貴方の望みは叶いましたか? 最後に日下部君に一言でも残してあげてくださいよ」 海依音もそう言うと、恭一がわかったというように目くばせした。 「千春、いままで待たせてごめん。もういいんだ。お前は俺とは違う。千春は俺みたいになにも縛られなくったっていい。自由なんだ。好きな人も作っていいし、もしその人ができたらいろいろなところに行ってたくさん思い出をつくれ。そして、そこにいる大切な友達を一生大事にしていけ。それが俺から送る最期の言葉だ」 千春はぐちゃぐちゃの顔して何も答えることができなかった。ただひたすら声をあらげて恭一を見つめていた。 「さようなら、千春」 瞬間、恭一の影が薄くなった。 「恭一!」 千春は恭一に駆け寄る。 そのとき二人は一瞬だけ抱き合った。 「遅くなったけど、誕生日おめでとう」 気がついたときに恭一の姿はどこにも見えない。 ただ千春の腕の中に小さな温もりが、わずかに残っていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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