●それは、恋の季節 いつからだっただろう……隣の家の、弟みたいだった男の子を、こんなふうに見上げて話すようになったのは。 大人しくて目立たなかった子が、中学に入って身長がにょきにょき伸び始めた頃から「クール♪」「かっこいい♪」なんて言われちゃって、モテだして(慣れてる人にはよく喋るんだよ、クールだとかじゃなくて、ただの人見知りなのに)。 いつのまにか、あたしの呼び方も「はるなちゃん」から「はるな」に、学校では「佐枝」なんて名字で呼び捨てされるようになって(そういうあたし自身も、なんか照れくさくて、学校では名字で呼ぶんだけど)。 他の女の子が秋人と話してると、胸のところが、ちくちくする。 ふたりきりでいると、時々へんに緊張して、顔が見られなくなる。 こんなふうになっちゃったのは、いつからだっただろう……。 * 芽吹きの季節を告げる、暖かな日差し。気持ちが浮き立つような、春の訪れの気配。 公園のあちこちに咲き出した梅や白木蓮の花がそよと揺れて、沈丁花のいい香りが、風に乗って漂ってくる。空は優しい水色で、池の水面はキラキラして、こんなにいいお天気……それなのに。 池のほとりで微睡んでいた野良猫たちが、急に立ち上がって、一目散に逃げ出した。 好きな人と一緒に見つけることが出来たら結ばれるって噂の、ハート模様の猫がいる公園。見つけられたらいいなと思って、なんだかんだと理由を付けて通った遊歩道。 秋人とあたしがそこへ差しかかった途端、何かに追い立てられるように全速力で逃げ去って、猫は1匹もいなくなった。まるで、あたしの恋が叶うことなんかないって、告げるみたいに。 「なんだ? 変な猫だな」 「うん、どうしたんだろうね……(涙目)」 へろへろとベンチに座ると、秋人も隣に腰掛ける。 うつむいたら、買ったばかりの花柄ワンピースの、マカロン色。今日のこと、とってもとっても楽しみで、気合いを入れて買った春の新作。なんであたしってこう、空回りしちゃうのかなあ。 「……紅茶の良し悪しなんて、素人には理解できないもんなのかな。俺にはこれとの違いが分からなかった」 さっき行った、カフェのこと。ペットボトルの無糖紅茶を飲んで、秋人が言う。 「うん……ごめん、たぶん、お店まちがえた……」 新鋭パティシエールの作るケーキ……のわりには普通だったし、イケメン店長さんって聞いてたけどモヒカンのこわいひとだったし、お店の奥から電子レンジの「チン♪」って音がしてたし……たぶんというか、確実に、まちがえた。 「……そういうことは早く言えよ、全く。はるなは方向音痴だから、俺に店名教えろって行っただろ。今から正しい店、行くか?」 「ううん、いいの、もうおなかいっぱい」 自分がおばかすぎて胸が苦しい……むしろ、おなかがいたい……。 バレンタインのお返しに、ホワイトデーには食べたいものを何でもおごる。それがここ数年の、秋人とあたしの定番だった。 秋人は小さい頃から甘いものが大の苦手で、おかきとかお煎餅ばかり食べる爺くさい子供だったから、今年はパンを焼いたんだけど……何回も練習して、ラッピングも(秋人はラッピングの事なんて全く気に留めないだろうとわかってはいたけど)わざわざ専門店まで行ってこだわって……そのくせ、当日は緊張して「はるなお姉ちゃんがついでのおまけにバレンタインのプレゼントを恵んであげるから、ありがたく受けとりなさい! さあ、おがみたてまつれー!」とか言っちゃって。 絶対義理チョコ……いや、義理パンとしか思われてない。 あたしと同い年でも、百戦錬磨の手練手管で恋愛の猛者な女の子はいっぱいいるのに。臆病でこどもっぽくて弱虫なあたし。こんなじゃ、うまくいくはず、ないよね。 あたしが知ってるかぎり、秋人は今年、4人の女の子に告白された。 なんて答えたの? 付き合ったりするの? すごくすっごく気になってるくせに、返事が怖くて、未だに聞けないなんて。 ああ、それにしてもほんとに、おなかいたい……。でもこんな日に、こんなときに、トイレ行きたいなんて言いたくないよーー! 「はるな、顔青い。 ……具合悪いのか?」 「ヘ イ キ ダ ヨ !?」 そんなとき、遊歩道を一人の女の人が歩いてきた。長い黒髪のすっごい美人、スタイルもよくて、女優さんみたい。その美人さんが、あたしたちの前でふらりとよろめく。秋人が咄嗟に立ち上がって、倒れかけた彼女を支えた。 「ごめんなさぁい……持病のしゃくと動悸息切れとインフルエンザがぁ……」 「……大丈夫ですか? 頭でも打ったんですか」 女の人は、秋人にしな垂れかかって、ばいんばいんのお胸をおしつけてる……ように見える。 「あぁん、もうダメ、これ以上歩けそうにないわぁ……ねぇ可愛いボク、タクシー乗り場まで連れて行ってくれないかしらぁ?」 長い睫毛に縁取られた瞳が秋人を見つめて。ううっ、やだなあ……って、だめだめ、この人は急病なのに何嫉妬してるのよ、あたし! 「いや、俺の連れも今体調が優れないんで、悪いですけど」 「う、ううん! あたしは大丈夫だから、ついていってあげて! (それに、トイレにこもるチャンス!!!)」 「そうよ、この子なら大丈夫よぉ~。う゛っ、ぐるじい、死んじゃう゛~~~」 「……」 秋人が心配そうな顔であたしを見るから、ぐいっとその背中を押しやった。 「いいから、行ってきて! ここで待ってる」 「わかった……ごめん、はるな。タクシーつかまえたら、すぐ帰ってくるから」 * 「……っくしゅん!」 何組ものカップルが、あたしの前を通り過ぎていった。みんな、ギクシャクしてたり、どっちかが落ちこんでたり、喧嘩していたり。今日は全部の星座の恋愛運が、最悪の日なのかなあ。 秋人はまだ帰ってこない。携帯鳴らしても、出ない。 美人さんの病状が悪化して、病院についていったとか? まさか、事件や事故に巻きこまれたんじゃないよね? 心配になって二人が向かった公園出口のほうへ小走りする。 「そこのお嬢さん」 並木道の途中で、あたしを呼び止めたのは易者のおじいさんだった。 「はい?」 「貴女は今、美しい女性と消えた、幼なじみの男の子を探しとる。事件や事故に巻きこまれたんじゃなかろうかと、心配しとる。 ……違うかな?」 「な、なんでわかるんですかっ!? まるで心を読まれたみたい……」 心の中をじろじろ見られているような、なんだかいやなかんじ。ぼったくられちゃったら困るし、はやく立ち去らなきゃと思うのに、足がすくんで動けない。 「なになに、金を取ったりはせんよ。貴女のような、可哀相な運命のお嬢さんからはの」 「え……?」 おじいさんの濁った眼が、あたしを見据える。やだ、こわい……! 「お嬢さんはその男の子に懸想しとるようじゃが……その想いが叶うことは無いのう。金輪際何があろうとずぇったいに無い!! かわいそーにのう、ひょひょひょ」 「……っ」 占いなんて、100%当たるわけじゃないって、知ってるのに。おじいさんの言葉は正しいんだって、そんな確信が、こころのなかにべっとりと貼りついていく。 人前で泣いたりなんかしたくないのに。涙が零れて止まらなくて、ベンチまで走って戻った。マカロン色のお花模様の上に、ぼたぼた涙の染みができていく。 秋人、ちゃんと戻ってくるよね。易者のおじいさんが言ったこと、本当だと思いたくないよ……。 「ひっく……ふえーーん……」 ●キューピッド出動! 「このあと、はるなは日が落ちるまで3時間待ち続け……風邪をひいて1週間寝込むことになる。秋人からは何度も謝罪があったが、関係はそれからぎこちなくなってな」 『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)が、モニターを背に語る。 「で、はるなの風邪が治った頃。秋人は一夜のアバンなチュールの責任を取って件の黒髪美人と付き合うことになり……はるなはショックを受けてさらにもう1週間寝込むというわけだ」 「…………ひでえ」 アーク本部、ブリーフィングルーム。集まったリベリスタたちに向けて、伸暁はニッと笑んだ。 「だが、これは未来の出来事だ。如何様にも変えることの出来る、未来。――これをどうにかするのが、今回の依頼だ」 モニターの映像が切り替わり、4人の男女がぼんやりと映し出される。ショッキングピンクのモヒカン男、映像には現れなかった悪童じみた少年、黒髪美人に、易者の老人。 「察しのいい奴は気付いたかと思うが、これはフィクサードの仕業だ。『恋愛フラグへし折り隊』と称する4人組でな。クリスマス、バレンタイン、ホワイトデーと言ったカップルが増えるイベントの時期に、E能力を使って恋愛フラグをへし折ろうとする連中だ」 出現場所を説明するから、資料を見てくれ。そう言われて、リベリスタたちは渡された資料のページをめくる。 ◆恋愛フラグへし折りPOINT1 ◇出現フィクサード:隊員1号(モヒカン) 空き店舗を使い、『Secret Garben』という人気店と紛らわしい名前のカフェを開設。 辺りに店のチラシを貼りまくり、人気店へ行こうとする客を勘違いさせ、カップルの片方に緩やかに効く下剤入りケーキを食べさせている。 (※秋人は甘いものが食べられないため、100%はるなが下剤入りを食べるはめになる) 来店後に間違いに気付いた客も、【幻影】で扉を消す・脅す等して食べ終わるまで帰らせない。 はるなたちが本来行きたかった店は『Secret Garden』。 あまり混み合うとお客様が寛げないという理由で、マスコミ取材は全て断っている隠れ家的カフェ。 ウェブサイトも目立つ看板も無いが、探せば『Secret Garben』と少し離れた場所に見つけることは可能。 ◆恋愛フラグへし折りPOINT2 ◇出現フィクサード:隊員2号(悪ガキ少年) 「ハート模様の野良猫を、好きな人と一緒に見ることが出来たら結ばれる」というジンクスで、周辺に住む女子中高生にとても有名な池。 【ファミリアー】を使い、池のほとりで暮らす数匹の野良猫を支配。カップルから全力で逃げさせて、ジンクス成立を妨害している。 本人はカップルたちの反応が見られる場所に潜伏。親にまだ早いと言われ、携帯は持っていない。 リベリスタにお仕置きされると知れば、操った猫たちを盾にしてくる可能性もあり。 (※出来るだけ猫は傷つけないでくれよな。 by黒猫) ◆恋愛フラグへし折りPOINT3 ◇出現フィクサード:隊員3号(黒髪美人) 公園周辺を徘徊し、いい男を物色。 カップルの男性を【魔眼】で誘惑・催眠状態にし、彼女から奪い、取って喰おうと目論んでいる。 万華鏡で見た未来では秋人が狙われたが、もっといい男が先に現れれば、その限りでは無い。 E能力者はじっと見ることで相手をE能力者と識別するので注意。 しかし、隊員3号は一度に一つのことにしか集中できない鶏頭なので、ある程度までは気付かないかもしれない。 ◆恋愛フラグへし折りPOINT4 ◇出現フィクサード:隊長(易者老人) 公園出口へと続く並木道に占い師セットを一式設置。 【魔眼】と【ハイリーディング】を悪用し、カップルに絶望的な未来を宣言してショックを与えている。 E能力者なので一般人のお年寄りよりは頑丈だが、腰痛持ちで杖使用のため、逃げ足は遅い。 機械操作と細かい文字が苦手で、携帯は持っていない。 ――――資料から目線を上げたリベリスタの表情は様々だった。 「なんというか、手が込んでいる上に悪質なあほだな……」 伸暁は苦笑すると、改めてリベリスタたちに向き直る。 「命までは取ることもないだろうが、昔から『人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られてDead or Alive』って言うしな。奴らの悪巧みを、なんとか阻止してほしい。……ついでに、恋のキューピッド役をしてやってもいいんじゃないか?」 よろしく頼むぜ。 伸暁に見送られ、リベリスタたちはうららかな春の町へと向かう。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:鳥栖 京子 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2013年03月26日(火)23:09 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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