●実あれど蓋無し 目の前を転がっていく球状の『もの』を追いかけていく野犬が見えた。 たったそれだけだったし、その後どうなるのか、どうなったのか、どうすればいいのかなど考える必要もなかったはずだ。 其処から離れてしまえばいい。――足がすくんで動かないが。 見なかったことにすればいい。――背筋が凍るような悪寒がソレを許さないのだが。 何も聞かなかったことにすれば幸せなのだ。――野犬の悲鳴のような鳴き声が、耳にへばりついてしまったけれど。 「ぁ、 」 絞りだすように吐き出された声(或いは呼気)は、破砕音にかき消された。 視界が空転した。右足の感覚が失せた。 頭部を打った。どこに? 多分、アスファルトか、公演の車止めか……もう一度、声が出ればと喉を鳴らす。 喉は既に、砕けていた。 ●信仰の繭の中に 百足と、頭蓋骨。 『Caution!!』とイエローバックに赤で表記された文字と、その二つのイラストは『それに準ずるものが苦手ならやめておけ』という事を意味する……らしい。 『無貌の予見士』月ヶ瀬 夜倉(nBNE000202)の言葉なので、事実かどうかは元より、近い意図はあったものと思われる。 「ノーフェイス、フェーズ2『一頭ノ双ツ百手』……先日、リベリスタの救出と同時進行で撃破を目途とした当該エリューションですが、頭部のみを残し撃破を逃れ、現状に至ります。……フェーズ進行前に捕捉できたのは幸運でしたが、形態が変化した関係上、大きくその特性を異にしています。前回同様、容易い相手ではないと思って頂いても構いません」 「その口ぶりだと、リベリスタは保護出来たんだな」 「ええ。命を大事にしてくれることは何より有難かった、ということです。ときに、このノーフェイスの素性ですが。新興カルト宗教団体『一思総散(いっしそうさん)』――ああ、フュリエの諸君は意味など理解しなくても構いません。謂わば常識を理解できない御仁の総称です。その教祖でした。で、誰あらん彼女自身の精神状態が生み出したのが百足上の人体だった……というのは中々に笑い話ですが」 「それで百足のイラストか。ということは、現状は」 「はい。形状としては生首一つ。ただ、その髪が特殊な特性を得たとのことで……簡単に言えば、一般の生物の命を奪うことでエリューション化させることが出来るようです。尤も、アンデッド限定らしいですが」 「つまり、ほっとけば兵を蓄えて……何処のフィクサードだよ、そんなもん」 「『兵を蓄え進軍』? そんな理性のあることをエリューション如きが考えつくとでも? 話はもっと単純で、もう少し厄介ですよ」 「……もったいぶるな」 ふう、と深い溜息がブリーフィングルームに響き、その後。 「ただの、餌ですよ『それら』は。再び自らを形作るだけの、リソース」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:風見鶏 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年03月25日(月)23:08 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●理解されない、理解すまい ごろごろと転がる音が闇間から響く。 するすると伸びる音が街灯を避けて溢れだす。 蹴鞠の鞠が転がるように、人の心を忘れるように、その音は幾度と無く流れ溢れ、その地を確実に食んでいた。 貪っていた、蝕んでいた。 だから。 「頭蓋骨は好きなんだけど……生首はなあ」 しゃれこうべと生首では、厳密には大きく定義を異にするものである。 遠雷の様に響き渡る声――であるかすら解らない音の羅列に顔を顰め、『孤独嬢』プレインフェザー・オッフェンバッハ・ベルジュラック(BNE003341)はDisappear into a windを開き、暗視ゴーグル越しに投影されるその有様に数歩後ずさった。 ごろりと転がるそれは、たしかに生首だった。だが、周囲一帯を乱し、尚侵食せんと食指を伸ばすその髪はまるで自らの信仰を外に吐き散らす怨念そのものだ。 「やれやれ、とんだホラーだな」 魔術書を手に、遠間からその姿を視認した『ピンポイント』廬原 碧衣(BNE002820)は、口にした悪態以上にその視界に滑りこむ異形に眉根を寄せる。 異形が侍らす配下……ともすればそれも一個の異形として完成されているのだが、それすらも只の餌の延長線上にあると聞いた時の怖気とは如何ばかりか。 「サーチアンドデストロイじゃ。ぬかるでないぞー」 既に彼我の距離に入った以上、『デストロイ』すべき、されるべき段階にあることを『デンジャラス・モブ』メアリ・ラングストン(BNE000075)とて理解して居ないわけがない。 自らへ飛び込んできた偽りの信仰の体現を今しがた魔力手甲で弾いた彼女にどうこう語るのはお門違いだとしても、だ。 徐々に包囲を狭めるそれらを視界に収め、ああ確かに、と再確認すべきは対する相手の存在だ。 ……確かに、『ヒーロー』であるべき一部のリベリスタに任せるには似合わぬ作業だ、と。 「……私の不甲斐なさが今回の事件を起こしちゃったんだよね」 件の信仰者と対峙し、それを取り逃がしたという苦い敗戦は『月奏』ルナ・グランツ(BNE004339)の心を乱すには十分すぎる要素だった。 彼女にその原因が薄いとしても、彼女は自らを責め苛むだろう。それが間違いであったとしても、だ。 誰が、何が正しかったなどというのは今更だ。目の前で起きた出来事、その結果だけが彼女にとっての真実である。 フュリエたる彼女にとって『怒り』は未だ、なれるものではない。だが、その感情と向きあわなければきっと戦えないのだ、ということは理解している。 「迷惑かけられねぇからな……しっかり見極めて戦うぜ」 大弓を握り、ジェイク・オールドマン(BNE004393)は状況を冷静に観察する。 経験こそ薄いが、彼とてリベリスタである。何が正しく、何が誤りなのか程度は理解しているつもりである。 だが、それでも首だけの異形を相手取るというのは常識外にも程がある。兆候を観察しようにも、異常なまでに情報量が少ないのだ。 それは、速度を是とするこの戦いで致命的となる躊躇を生み出す要素であったが……彼は、慎重であると同時に拙速が尊ばれる状況であることも知って居た。 全ては、『闇狩人』四門 零二(BNE001044)の存在あればこそ……と言うことになろうか。 戦況を冷静に見やる観察眼は、既に強い敵意と共にある状況である。 時間がない。それはこの状況に於いても、自らの感情を制御するに足る時間に対しても述べられよう。 早急に倒さねばならない。早急に、湧き上がる感情を御して挑まねばならない。 何よりも。自分が撒いた種を刈り取るのは誰あろう彼の願いでもあるのだから。 (……犠牲を出してしまった) 眼前に現れたエネミーは、本来なら被害を被るはずのなかった一般人や路傍の生物たちだ。それらの犠牲を生んだのは自分たちが至らなかったばかりに――『レーテイア』彩歌・D・ヴェイル(BNE000877)の視線は鋭く、意志は固い。 論理演算機甲χ式「オルガノン Ver2.0」・Mode-A。一網打尽に複数の敵を討つ為に切り替えた状態のそれが神経系とリンクし、自らの思考をより加速させる感覚。 自らの役割を理解している、覚悟の目。 「次は、逃がしてやらない」 逃すなどと、言うはずもなし。 敗北など、二度とゴメンだとばかりに。 『狂奔する黒き風車は標となりて』フランシスカ・バーナード・ヘリックス(BNE003537)から立ち上る戦意は未だ衰えない。 正眼に構えた黒の刃を闇で染め抜いて、彼女の視線はただ前にだけ釘付けになっていた。 敵は多い。状況は拙い。 それでも打ち砕く意思が欲しい――握り直したそれを振り上げて、一足に踏み込んだ。 ●不明瞭限界 過ちは何度も続くものではない。状況は言うほど拙いものではない。 零二の放った閃光弾が通常を遥かに超える範囲を照らしだし、種子と母体を纏めて染め抜いた。 その光源を再び闇に塗り替えようとたたきつけられたのは、フランシスカの追撃たる闇夜だ。 叩きつけた刃が数体の種子を巻き込んで吹き飛ばし、振りぬいた闇は直ぐ様公園の死角に混じって抜ける。 まるで絶叫。まるで慟哭。胃の腑から這い出し、力とともに吐き出されたそれは正しく彼女の意思の結晶と言っても差し支えあるまい。 「ソレでももう負けないって、決めたから……!」 圧倒的魔力を吸い上げ、吐き出す杖の感覚はルナの身には未だ重い。 遠くあるだけの敵の気配だけで全て持っていかれそうになる不快感。 それらを飲み込んで食らいつき飲み下し、しかし彼女は倒れることを是としない。自らの魔力を振り絞り、全ての可能性を一点に凝集した火炎弾が、戦場に降り注ぐ。 優しさだけでは決して御することはできなかっただろう。ならば、これが彼女の、彼女たちの『怒りの形』の通過点なのだろう。 吹き飛んだ姿見は宙を舞い、二重三重に張り巡らされた気糸が連続して貫きにかかる。 碧衣の、彩歌のそれが引き戻されれば、それらは一度で吹き飛んだ。 その包囲を更に避けた幸運たる姿には、更にとばかりプレインフェザーの一射が飛ぶ。完全な包囲は、それだけで彼らに敗北の恐怖を植え付けるに足る行動の殺到だった。 ――否、ほんの一手でその姿を失うほどには彼らとて弱くはない。だがただ一時、リベリスタ側は確実な優位を生み出すことに成功したのは間違いではない。 そこに、思考が流れ込む。 ノイズだらけで指向性も無く、既に人であった時の形も残しては居ないのだろうけれども。 それは確実に、何かを信じた者の思考回路であり。それは確かに、誰にも理解されない狂気に満ち満ちている事だけは明らかだった。 「いつも波立ってる髪が弛緩した……多分、それがタイミングだと思うぜ!」 何から伝えていいか分からなかった。先を見据えようと視線を向けた先で、ジェイクは奇跡的にも対象の行動のなんたるかを咄嗟に理解できたのだ。声を上げることしか出来ないけど、それだけできるなら上等だ。 それに……彼自身、それを察することが出来なければ、今の一撃で動くことすらままならなかっただろう。それは確かに彼が刻んだ『成果』なのだ。 「お言葉を頂くわけにはいかん……顔の向きに注意じゃ!」 魔力を引き出し、即座に癒しへと転じたメアリが大きく叫ぶ。 一見してリベリスタが有利、加えて彼の敵の配下はその力を削がれ、十全ではない。……だが、それは陣容に余裕があれば活きること。数の上では、前に出られる数は敵方が未だ多い。 無理に前線を切り開こうとすれば、待つのは敵からの集中砲火に過ぎないのだ。 それはどうあっても回避せねばならない。それは、自らの癒しすら超えてジリ貧を引き込む可能性がある。 放つ言葉に狂言回しめいた部分がありこそすれ、彼女は一介のリベリスタだ。冷静に、確実に、仲間たちをサポートする義務があるのだ。 「……すまない」 身体を沈め、地面を踏み抜いた零二は一足で至近の種子へと接近し、一撃を叩きこむ。感触は固く、倒すには未だ難い。 それでも、前に進めるわけには行かなかった。その存在に、それ以上害悪を与え、死恥を晒させる訳にはいかなかった。 無念は晴らす。 彼の喉から振り絞られた決意は、果たしてそれらの抜け殻に届いたのか、どうか。 ●報いあらば 状況に瞬時に即し、活性化させた意識でメンバー全員の魔力を増幅にかかる碧衣の嗅覚には、徐々にではあれど確実に近づきつつある勝利の匂いが漂いつつあった。 否、事実として勝利は近づいていたのだ。少なくとも、最悪の事態は回避されつつある。 リベリスタ達の戦意は高い。 それが雪辱を賭けている故か? 否。 敵の生み出した被害は感化できないからだろうか? 否。 戦いに高揚を覚えているから? 断じて否。 現に、ジェイクの表情は張り詰めたそれのまま、一瞬とて緩みはしなかった。 戦闘経験に乏しい(と、自覚している)彼にとって、リベリスタを退けたエリューションなど対峙するだに恐ろしい。 仲間と共に――言うは易い。数に任せ勢いに傅けばそれはそれは楽なのだろう。だが、誤らない。誤ってはならない。 声を上げ続けなければ、此処に居る意味は無い。無力感に打ち克ち、拙くとも前に進まなければ意味は無い。 震える足を強引に縫い付け、ヘビーボウを引き絞る表情は最後の最後まで和らぐことなど、無いだろう。 業火を視界に収めたプレインフェザーは、ルナが再びの準備に入る前に動き始めていた。 動きは遅く行動も拙く、御するには全く問題ない彼らを押しとどめる意味では彼女はこの戦場で誰よりも優れていた。だから危うい。 異邦の少女が取りこぼした敵が因果となって彼女を襲う――面白くもない。もとより自分の役割がそれだとしても、見ていることなど出来はしない。 襲い来るその死体の成れの果てに、意識の奔流を叩きこむ。元は犬であったろうそれは、あっけなく吹き飛び、それで、命を終える。 「ありがとうね」 驚きながらも、そのトーンを一切表に出さず感謝を述べるルナに、彼女は静かに前項を示した。 未だ和む暇など無いのだと、指し示して。 彩歌の指先が、気糸を繰る。先の一撃よりもずっと鋭く、ずっと小さいそれは、確実に居並ぶ種子達を一直線に貫いた。 数珠繋ぎの如き惨状に身をばたつかせた数体は、しかしそれきり動くことを許されない。 数は、既に半数を切った。殆ど前に出ることすら許されなかった彼らにとって、数的優位が初めて絶対値ではなく相対値として……適切となる状況下へと繋がったのだ。 その状況に会心の表情を浮かべたのは、誰あろうフランシスカだった。雪辱を。もう二度目はないと、自分へ言い聞かせて、地を蹴った。 ……ジェイクの悲鳴にも似た声が響くのが一瞬遅ければ、彼女は予見のビジュアルと同様の運命をたどっていた可能性があった。 「ちィ……ッ!」 髪が、足元から這い上がる。 腕を伝って胴を巻き上げる。 ぎちりぎちりと這いまわるそれらは、不快感の象徴ですらあった。 接近できない、という状況は、接近しなくても良かった、と言う状況である。 その刃が届いていなければ、危なかったのだろう。 ――拘束されるイメージが自らの身を引き裂いて、その状況がトレースされるより早く、フランシスカは上体を引いていた。 その胴を髪が軽く薙いで血を走らせるが、あれに絡め取られるよりは数倍マシだった、と思えるだろう。 そして、やはり、あれは許されざるものだという認識がある。 自らの戦意が愚弄される感覚は耐え難いものが在る。 だから、やはりあれは自分が制しなければいけないものなのだ。 「宗教狂との戦いは根競ーべじゃ。決して音をあげるでないぞ!」 伝う冷や汗が額から目に忍び込み、視界を奪おうとしたところで響いたメアリの言葉。 宗教狂、と切り捨ててしまって差し支えないような敵と戦うなら、自らがその狂気に首を突っ込む覚悟で前へ進むしか無い。 きっと、その場に居る誰もが自らを信じることしかできないように。味方を信じることしかできないように。 宗教狂には、信じられるのが自分ですら無い。教義でしかない。 「今度こそ、負けない」 ルナが大きく息を吸い込む。吐き出し、祝詞を紡ぐ。 振り下ろされた火炎の鉄槌は、残された種子も燃え散らし姿を奪う。 負けるわけにはいかない。自らが奪ってしまったもの、掌からこぼれ落ちたもの、掻き抱いた責任や想いや悔しさ、それら全てを嘘ではないと断言するために。 「貴女の好き勝手で……これ以上誰かを傷つけさせないんだから!」 姉妹のために立ち上がった。姉妹の信ずるものと指名を守るために立ち上がった。 ならば、足を止める道理など何処にもない。 タン、と靴音が一際高く響く。 闇間から吐き出されるようにして接近した零二の視線が生首を捉え、両者を弾くように踏みとどまった。 方や狂信的信仰の奔流。 方や倒すという意思の炸裂。 一瞬の交錯はしかし、彼に再びの一歩を与えた。 「オマエには運命も、魂も……導くべき信徒も、最早無い」 更に低く、深く。 沈められた上体が風を切って刃を閃かせ、フランシスカに振り下ろされんとしていた髪を切り飛ばす。 「こんのドタマ野郎! 今度こそきっちりたたきつぶしてやるぁぁぁぁ!!」 その状況に虚を衝かれていた彼女とて、それがどれだけの安堵であり怒りかなど語るべくもなかった。 舐められている。もののついでのように扱われるなど、自らの継いだ剣に恥じる。許さないし許されないそれを、叩き潰さなければ気が済まない。 全身の体重をかけて振り下ろした一撃が、叩き込まれる。吹き飛ばす。 「人らしく、地べたに這いつくばって死にな」 そんな、プレインフェザーの言葉を最後に。 宙を舞う宗教狂の残りカスは、今度こそその怨讐を終えて力なく。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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