● 窓のない部屋に陽光は射さない。唯一の入り口であるドアには、それを開けるための何か、例えばドアノブや、引き戸の溝らしいものは何一つない。ドアだと認識しなければ、それはただの壁だ。部屋の天井の所々に、通気口と思われる腕一本程度の穴が散見される。部屋の両端にはやや背の高い机があり、気味悪く思われる程均一な感覚で燭台が並べられていた。部屋の奥には祭壇があり、そこに一人の男が立っていた。司祭服を着たその男は、柔和な笑みを浮かべてクイと眼鏡を上げた。 「あなた方に今一度チャンスを与えましょう」 男はゆっくりと視線を左から右に流す。十の椅子が横一列に並び、十の人間がそこに座っていた。虚ろな二十の目がうつらうつらと揺れていた。四十の手足はだらりと垂れ下がり、二百の指の内幾つかが空虚に空を掻いた。だが、その動きもほんの僅かだ。 「その手に再び武器を取るのです。そして奪いなさい。さすれば与えられるでしょう」 平坦な声が部屋中の空気を震わせる。酷く冷淡な言葉はその実、心を刺す鋭さを伴っていたが、感情を示すものは誰一人としていない。好奇心というものを剥奪されてしまったかのような放心。しかし男が懐を弄りだした時、僅かではあるがそれをたぐり寄せてギョロリと視線だけを男に向けた。やがて右のポケットから取り出したのはペンダントの束。些細なアクセントもない鉄の鎖が互いに擦れ合って、じゃらじゃらと音を立てる。おおよそ十程のそれを、男は右から順に首へと掛けていく。オリンピックの表彰のごとき仰々しさは滑稽でもあった。 男は一番左の人間から手を離すと、彼ら全員から目を離さぬように見回しながら、後ろに歩いた。そして元居た位置に戻り、そのにこやかな笑みで残虐性を口にする。 「それを外してはいけません。それを外した瞬間あなた方は死に至ります。しかしそれを外さなければあなた方の命は保障されるでしょう。それを着けている間、あなた方には自由があります──もちろん、完全な自由などないことは、あなた方にはもうお分かりでしょうねえ?」 再び無感情に身を任せた空間は、男の言葉に価値を見いださない。恐らくこの部屋にいることそのものが、彼らにとって無価値なのだ。監獄。牢獄。それに近しい何かであった。 「これは、そう……ゲーム、実験のようなものです。あなた方はただ自分自身を実行すればいい。それが我々に対する最高の供与となる」 彼は嘘めかしく言うと、ペンダントを取り出したのと逆のポケットからスイッチのようなものを取り出す。滑らかにそれを押下すると、ドアがゆっくりと開いた。まるで大罪人の首を狩るのを今か今かと待ち構えるギロチンのように、上へ、上へ。 二十の目が瞬く間にドアの方へ動いたのをにこやかに見ながら、男はそっと言った。 「行きなさい──それともまだ、ここに留まっていたいですか?」 誰かが、椅子を蹴った音がした。 ● 「彼らに自由はない、というか、もう人格を剥奪されていると言ってもいいかもしれないね」 まだ『自由』はあるみたいだけど、と言う『鏡花水月』氷澄 鏡華(nBNE000237)の口調は軽快ではあるが、軽薄ではない。まだ何も起こっていないという幾らかの余裕と、これから確実に異常が起こるという危機感が綯い交ぜになった、ある種の混乱だ。鏡華の口は整然と異常を放出する。 鏡華の話では、とある民家の地下室で会合が行われているという。地下室といってもかなり『凝った』作りになっていて、アジトと呼んでも差し支えないレベルだという。ただしそこを管轄しているのは一人の男だ。 「行徳幸四郎。恐山のフィクサードだね。『罪人教師』とかいう渾名もあるみたい。行徳はその地下室の一室で、十名の男女と会っている。どうやら、かつて恐山の作戦を妨害したリベリスタやフィクサードみたい。彼らを拉致、監禁、そして拷問し、抵抗の意思を失くした所で、行徳の元に回されてきたんだって」 行徳は彼らの教師だ。彼らを更正させるための教師。しかしそれはどの視点からの更正かといえばやはり、恐山だ。恐山の意思に従って動くように彼らの思考を矯正し、世に放つための、教師。 「行徳の仕事は彼らを叩き直すこと、そして彼らの意思を恐山の意思に書き直すための、アーティファクトの授与」 『クルール・カラー(残虐の首輪)』という名称がそれにはついていた。ようは身につけたものの残虐性を増長するためのアーティファクトだ。思考の傾向そのものに影響を与えるためか遅効性で、効果を発揮するまでの時間に多少のばらつきはあるが、大体一ヶ月から一年もすれば、身につけた者は殺人を始めるという。それは確実な未来だ。 かといって外せば、アーティファクトの残虐性に取り込まれて少なからぬ傷を負う。場合によっては死に至ることもあるだろう。頑丈に作られたそのペンダントはちょっとやそっとの神秘では、壊れるべくもない。結局彼らは死ぬか、殺されるかの螺旋に取り込まれて、逃げ場を失っている。残る道は残虐性に身を任せ、殺されないために殺し続けるしか、ない。 「皆にお願いするのはアーティファクトを所持したフィクサードたちの殺害。それと出来れば行徳の捕縛か殺害、だね。結末が予測できている以上、彼らを外に出すわけにはいかない。幸い、この家には神秘避けの類はないみたい。出入り口は正面と裏口、あとは人間が通れるとしたら窓が一つくらいだね。鍵を壊して入るか、出てくるのを待つか、その辺は任せるよ」 家の中に彼ら以外の人影はない。地下室への階段は家の奥、正面玄関から最も遠く、裏口から最も近い所にある。リベリスタが到着した頃、フィクサードは丁度地下からの脱走を始めるだろう。なりふり構わぬ彼らはまず逃げることを中心に考えるに違いない。そのためにどれだけのことをするのか、わかったものではないが。 「じゃあ、よろしく」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:天夜 薄 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年03月25日(月)23:06 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
● 「まったく、連中もイイ趣味してるわ。連中の私兵獲得にこんな裏があったなんて……」 憮然として言った『炎髪灼眼』片霧 焔(BNE004174)の視界には一軒の家屋がある。他の家屋と同じく、石塀で囲まれた住宅は殺風景で、静閑そのものだ。見ている限りでは何の異常もない。 今は、まだ。 「わーお! 今回はいっぱい殺せる楽しいレジャー☆ 今日の為に人を殺すの我慢してきたからチョー楽しみ!」 「じゃ、奴らが来る前にさっさと始めんぞ」 『殺人鬼』熾喜多 葬識(BNE003492)の声が陽気に弾むのを遮り、『Gloria』霧島 俊介(BNE000082)は静かに告げる。一刻も早くフィクサードを囲う『檻』を成さねばならない。焦燥とは裏腹に、俊介は滑らかに詠唱を始める。それを合図に、未だ静かな家屋へとリベリスタは駆け出した。 「裏口ってくらいだからそりゃあ後ろの方だよねー」 葬識は千里眼で家の内部の隅々を、舐めずるように見回す。人の気配は未だない家の中は、生活感で満ちていながら、人が住んでいるような雰囲気はなかった。まるでカモフラージュ。人が住んでいますよとアピールするかのようだ。 一方で地下では、フィクサードがちょうど動き出した所のようだ。すぐそこに狼がいるとも知らず虎から逃げる様は、見ている葬識にはやや滑稽に思えた。 葬識が裏口の場所を伝え、裏口に回る。ガタガタと音の鳴る室内を気にやりつつ、『影なる刃』黒部 幸成(BNE002032)はゆっくりと家の壁に身体を寄せる。 「少し待つで御座る」 幸成は目の前の壁をスルリと抜け、室内に到達する。キッチンと思われる部屋の向こうにはドアを隔てて広めの部屋が見える。別のドアは閉まっていて中の状況は見ることは出来ないが、何やら騒がしい音が響いていた。幸成はその向こうに地下室への通路があると予測する。 幸成は状況を確認しつつ、速やかに裏口のドアを開けた。室内に雪崩れ込むリベリスタ。迫ってくるフィクサードの足音も次第に大きくなる。 「急ぎましょう」 『朔ノ月』風宮 紫月(BNE003411)の声に従い、幸成は地下室の通路に続くドアを開ける。目に入るのは雑貨などの入った段ボール。建前上は物置として使われているのだろう。少し視線を横に移すと、四角形の溝があった。リベリスタの何人かがそこに視線を集中させた時、爆発したように蓋が弾け飛んだ。焦燥を身体中に纏ったフィクサードが、バタバタと慌ただしく駆け上ってくる。 「行かせない。暫く付き合ってもらうわよ?」 視線が交錯する。狂気を孕んだ瞳が、瞬く間にどんよりと濁る。 「サーテ、お前等の人生ハどうなるかは知らんガ。 マァ、ドンマイ?」 『光狐』リュミエール・ノルティア・ユーティライネン(BNE000659)は挑発するように言い、全身のギアをトップスピードに切り替えた。 ● 罪人教師とは言い得て妙だと『シスター』カルナ・ラレンティーナ(BNE000562)は思う。恐山の罪人から世界の罪人へ。望む望まざるに関わらず、そうなるべく教え込まれるのだ。無論この暴挙、つまり罪人を作り出すこと、そして罪人を罪人たらしめることは、赦してはならない。 「必ずここで止めてみせましょう──これ以上罪人教師による被害者が出てしまう前に」 「ええ、必ず」 『騎士の末裔』ユーディス・エーレンフェルト(BNE003247)は目の前の家の最奥、今し方『教え子』を送り出したであろう教師の方へと視線を向ける。他の七派とは明らかに毛色が違う恐山という組織。マフィアか何かのようなその組織の得体は、計り知れない。 「通路の封鎖、上手くいっているといいのですが」 「そうだな、だが、こっちのが速い!」 俊介の身体から、魔力が発散する。 「やっほー☆ おしゃれにも気を使う系?」 「な、なんだよお前ら!?」 裏口から抜け出そうとした男の首に、葬識の手にした得物が真っすぐ向かっていく。男は血の気の引いた顔で後退する。男の眼前を駆け抜けた得物に続き、葬識の満面の笑みが通り過ぎていった。 「や、やだ……死にたくないぃぃ!」 男が無様に叫びつつ、進行方向を塞いでいた焔を突き飛ばすが、幸成に足をかけられて勢いよく倒れ込む。男が視界に捉えた幸成の背後では、影が命を狩る死神のように、暴れている。 「運が悪いで御座るな。このようなことに巻き込まれるとは」 「や……やめろ!」 追撃を必死の形相でかわし、男は幸成から距離をとる。その最中にも、フィクサードは次から次へと地下室から這い出ていた。 室内はそれほど広くはない。フィクサード全員が出てくる頃には裏口を含むキッチンのスペースからはみ出ることを余儀なくされていた。 幸成は裏口を遮るように位置を取り、フィクサードを追い立てる。リュミエールと焔が逃げ惑う彼らを追って地を蹴り、猛然と刃を向けた。 「どこに行こうって言うの? ここから出すわけにはいかないんだけど」 「うるせえ、邪魔だ!」 男は震える唇から懸命に声を捻り出す。焔の拳から飛び散る火の粉を払い、男はその拳を真っ正面から受け止めた。だがその胸元に焼け焦げを残す程の衝撃に抗うべくもなく、その周囲のフィクサードもろとも地面に倒れ込む。 「ナァ二、ダメだったときはちゃんと終わらせてヤルヨ、安心シナ」 得物をちらつかせながらリュミエールは流暢に言う。彼女がフィクサードらと距離を詰めようとした瞬間、その場の全員の身体をビリビリとした感触が通り過ぎた。周囲を駆け巡る神秘の気配。リベリスタの誰もがその意味を知っていた。 『完了だ! 後はよろしく頼む!』 俊介の威勢の良い声がリベリスタの耳に入ると、リベリスタの動きが俄に活気づいた。 「了解ー。それじゃあ殺し合いの時間だね☆」 葬識の言葉は弾むようでありながら、一層の鋭さを増す。 「──沢山だ、沢山なんだよ!」 フィクサードは狼狽えつつも、戸惑いつつも、散り散りになって逃げ場を探す。彼らの本能は、一刻も早くこの場から逃げ出すという思考に侵されている。利益も損失も眼中にない現実からの逃走。それに躍起になっていた。 リベリスタの間を縫い、裏口に、玄関にたどり着いたフィクサードが、醜態さえ厭わずその身体を外にさらけ出す。どれだけ醜くても、浅ましくても、ここから逃げられれば万々歳。そうした希望的観測は、周囲に漂う気配に瞬く間に押し潰されていった。 そこは彼らの知っている屋外の雰囲気とは全く異なっていた。神秘に囲まれている感覚。景色が平然としているからこその異様。 当惑に足を取られながらもフィクサードが駆け出そうとした矢先、彼らの目に映ったのは身構えるカルナとユーディス、そしてニヤリと笑う俊介の姿だ。俊介は彼らに残った最後の希望を叩き潰すように、高らかに言った。 「よう、俺の作った疑似世界で、楽しくヤろーぜ!」 ● フィクサードの胸元には綺麗に磨かれた鉄製のペンダント、否、鎖と言った方が正しいだろうが、それが擦れて耳障りな音を立てていた。俊介は戦況を読みながら、それの内包する神秘に目を向ける。 着ければ殺人、外せば死。そのアーティファクトは事前の情報通りの代物だ。効果に嘘偽りなし。しかし俊介が疑問を持ったのは、何故彼らがこのアーティファクトを着けさせられたのかだ。恐怖による束縛、あるいは恐山の望むように、彼らの意識を最適化するためのもの。 だとすれば。そう考えた瞬間、俊介はそれを何となくではあるが理解する。確かにそれは外部からの攻撃に対して圧倒的に頑丈だ。だがある条件、例えば恐山の望んだときに、望むだけの死体を生み出せる殺人マシーン、そんな者になるようなことがあれば、アーティファクトは自然と内部から自壊する。そういったアーティファクトなのだろうと、俊介は理解する。 だがそれを理解した所で、それは彼の中に最後に残っていた希望を抉り取ったに過ぎない。事実を突きつけられた俊介の口から空虚に言葉が漏れる。 「罪なき人は、殺したくないんだけどな……」 俊介はアクセス・ファンタズムを握り、意を決して言う。 「全面清掃……つまり、全部殺せってこった。駆逐すんぞ」 「仕方ありませんね──討ちましょう」 ユーディスの槍から仄かに光が漏れ始める。がむしゃらに放たれた相手の攻撃を受け流しつつ構えたその槍は瞬く間に光量を増し、振り下ろした槍先の軌跡を描いていった。 「残念ですが、貴方方の運命はここで終わりのようです」 癒しの音を奏でながら、カルナが冷徹に言う。その口調はどこか冷めていて、殊更に彼らへの興味を持たないように平坦だ。 「嫌だぁぁうぅぅ」 その顔を歪めたのは恐怖か、狂気か。 大袈裟に振り上げられた剣は、カルナを思いきり弾き飛ばす。鈍い痛みが突きつけられた箇所を摩りつつ、カルナは男を哀れに見つめていた。 「無念、命運は尽きたようで御座るな」 変幻自在の影を纏った幸成は自分の言葉を置き去りにし、フィクサードの合間を高速で縫っていく。彼らに触れた痕跡は斬撃を理解した後に激烈に襲う痛みだけだ。家の所々に血痕が飛び散り、不快なアクセントとして残る。 俊介の報告を受け、リベリスタの攻撃の目的は完全に殺害という段階へ移行していた。彼らが突入前に抱えていた思惑は、既に過去のものと成り果てている。 「ひゃっほーい! 安心しなよ、残虐性なんて誰でも持ってるものだしね!」 ある意味制限から解放された葬識の目は爛々と輝いていた。彼の享楽はその言動から漏れだし、フィクサードすら戦かせる。 「どけよぉッー! 俺は、ただ、生きてぇだけなんだよ!」 「悪いナ、それが無理ナンダヨ」 男が突き出した拳は、確かに打った感覚はあったものの、彼の視界にリュミエールの姿はなかった。リュミエールは彼の周囲に光の飛沫を残して、彼の背後にいた。 「お前を縛ッテンノハその首輪ダ。そいつをしてる限りハ、お前らを出す訳にはイカネーンダ」 「どっちにしたって、終わりじゃないか!」 中空に浮いた大鎌が、無造作にリュミエールに振り下ろされる。身体を引き裂かれるような痛みにリュミエールの顔が歪む。だが依然その口は滑らかに言葉を紡いでいく。 「そうだナ。じゃあお前は諦めるんだナ?」 「何?」 「ここにいても私らに殺される。なら自分の運命に賭けてみるのも、ありジャネーカ?」 リュミエールの言葉に、男の身体が静止する。リュミエールはその様子から、彼の答えを漫然と読み取っていた。この男の足は、意思は、決して前を向いていない。 一度恐怖から背いた意識は、そう簡単に矯正されるものではない。 「戯れるんじゃねえよ!」 「度胸ネーナ、お前」 嘲るように言った彼女の得物が、目の前の男たちのそれと交錯した。 ● 「そりゃ、しぶといですよね……」 紫月は再確認するように呟いた。目の前に倒れている男が一人。傷つきながらも、獲物を狩る獣のごとく血走った目をした男が何人か。仮でもなく生死を賭けた戦い、それも彼らは死から何としてでも逃れようとしているのだ。その意思が強靭でない訳がない。 「生きるか死ぬか──生きようとする意志に罪はなく、悪いとも言いませんよ」 「だったら、退いてくれ……行かせてくれよ!」 間髪なく抜き打たれた銃弾が、紫月の脇をかすめるようにして飛んでいく。焼けるような痛みが身体を通り過ぎるのを感じながらも、紫月は素早く弓を引く。 「……押し通りたければ、この場を突破する事です」 業火を帯びた神秘の矢がフィクサードに降り注ぐ。死へと確実に誘っていくそれは、彼らに取っては地獄の業火にも近しいものだ。 それでも。彼らは抗わずにはいられないのだ。どれだけ身を焼かれようと、裂かれようと、肉が崩れ、腕が消え、身体が機能不全に陥るその時まで、諦めることなど叶わぬのだ。 「奪い合おうよ、殺し合おうよ、それが最も冴えた殺り方だよ」 葬識が煽るように言う。彼らはそこから逃げ出すために戦っている。だがそこに行くしか彼らに道はない。 「殺人の概念、いいね、生き様ってところだよね☆ 殺されたくないなら殺す。うん!そういうの生きてるって実感あるね! ほら? 後ろの誰かが殺そうとしてるよ☆」 死ぬか殺すかの選択しかないのならば。 殺される前に殺すしか、あるまい。 フィクサードの一人が堰を切ったように飛び出した。意図のない攻撃は無謀とすら感じさせられる。暴れるように、もがくように、唐突に放たれた攻撃は、明確に誰を捉えるでもなく、無秩序に誰かに当たれと願われた一撃だ。 理性を喪失した彼らは相次いでその無謀に身を投じていく。殺さなければ殺される。殺せば、少なくとも今は殺されない。単純明快な論理が難解な思考を否定する。板挟みの恐怖は終には混乱を掻き切って、精神に奇妙な静寂を与えていた。 「もう意志はないのですね……」 ユーディスががむしゃらな一撃を得物で弾きながら、小さく漏らす。先ほどまでの彼らに確かに意志はあった。恐怖を認知し、逃亡を欲望し、理性に従って戦えるだけの、意志が残っていた。 だが今の彼らならば。意志をかなぐり捨てた彼らならば。 「……死ねた方が、救いでさえあるのかもしれませんね」 受け止めた攻撃を弾き、ユーディスは勢いよく斬り込む。 「一度閉じた檻からはそう簡単には出られない。そうでしょ?」 猛然と向かってくる相手を宥め、言い聞かせるように、焔は告げる。 「檻を閉じたのは誰だよ!? いいから、開けろ!」 強引に突き出された剣先が焔の肩口を通過する。飛び散る鮮血。交錯する視線。 「……ま、今更よね」 固く握った拳を、彼女は迷いなく突き出した。 肉が叩き付けられる音が耳を濁らせる。家の周囲に倒れ込んだ死体はきっちり十を数えた。整然としている空気。だが未だ、張りつめている。 「行徳ちゃんとこ行こうよ! 殺しにいこうよ! あんな悪者放置はできないでしょ☆」 葬識の声を先頭に、彼らは地下へと向かう。 ● 地下は静寂に満ちている。地上で血なまぐさい戦いがあったとは到底思えない程だ。ここはあくまで『教育の場』。そう主張するように、毅然としている。 「……あそこで御座るか」 囁くように言った幸成の視線の先では、一つだけポッカリと口を開けている部屋があった。光と人の気配で溢れた空間。それを見つけた瞬間、リュミエールと葬識、次いで俊介と焔が動き出した。紫月やユーディスも後から続く。 「行徳サンちーっす! 汚れ物を掃除しに来ました!」 俊介の声が反響する。声よりも速く、リュミエールが部屋に入る。 「危ない!」 カルナの声が響く。ふと視線を上に向ければ、部屋のドアがギロチンのごとく降りてきているのが見えた。葬識は危険を感じて思わず身を引く。 鈍重なものが落ちる音。断絶の合図。 「ようこそ。最初の一人だけは、お迎えしようと思っていました」 開く様子のないドアを見ていたリュミエールが、部屋の奥にいる男を睨む。 「いずれ来ると思っていましたから。さすがに大勢で来られたら、お話しにならないでしょうからね」 「アン? 喧嘩売ってんのカ」 リュミエールは刺々しい声で言う。だが行徳幸四郎は極めてにこやかに語りかける。 「いえいえ、歓迎しますよ、リュミエールさん」 「やっぱ喧嘩売ってんダロ」 白々しく言う幸四郎にリュミエールは吐き捨てる。ジリジリと、彼女は幸四郎との間合いを詰めていく。 「なァ教師様ヨォ、私が教えるのは圧倒的速度ダ。ついて来イヨ」 瞬間、幸四郎の視界からリュミエールが消える。音を頼りに後退した彼の服が裂ける。懐に潜り込んだ彼女はすかさず彼を狙う。僅かに傷を作るが、浅い。 「成る程。いい速さです」 素直な賞賛。だがリュミエールにはそれが不気味だった。 「ですが、思慮が欠けているようですね」 リュミエールは黙って幸四郎を睨む。彼の次の動きを注視する。 だが彼女の耳は、四方から聞こえる異音を拾っていた。視線を向ければ、紐状の長い何かがうねうねと動いている。部屋の四方にあった穴から落とされたようだ。自然の生物ではない。明らかなエリューション。 「敵地に乗り込むのです。それにより想定されざる状況があるとは思わなかったのですか?」 「ツマンネーこと訊くな、お前」 素早く飛び上がったリュミエールは隙のない動きで幸四郎に一撃を叩き付ける。追撃を加えようとした彼女の足が、もつれる。エリューションがゆっくりと、彼女の足に巻き付いていた。それらは痛みは感じないながらも、彼女の自由を奪っていく。 「殺す気はありません。ただ、逃げたいだけなのですがね」 「な、に……?」 「ここの構造を一番知っているのは私ですからね。このような後だしはいくらでも出来ることを、覚えておいてください。その上で、あくまで私を殺すか、素直に退くか、選びなさい。物わかりが良ければ、自ずと答えは出るでしょう」 そう言って幸四郎は部屋のドアを開く。すかさず入って来ようとする葬識や焔に対し、エリューションはリュミエールを思いきり投げつける。後退したリベリスタの眼前を通過していくドアと、幸四郎の笑顔。 「では、良い答えを期待しますよ」 その言葉を最後に、部屋とリベリスタは切り離される。やがて陣地が消えると、幸四郎の気配も消え去った。恐らくは脅しであると共に、保険でもあったのだろう。罪人教師の姿は、その家から跡形もなく消えていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|