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特攻隊員の明日

●腹に抱えた爆弾
 一九四五年四月六日、俺は死んだはずだった。長年ずっと連れ添った愛機のゼロ戦ともに、沖縄の菊水作戦に参加して、米軍空母に体当たりした。
 群青の空がどこまでも続いていた。俺はもう帰れない。この雲ひとつない大空を視界に焼きつけて最後のフライトに飛び立った。
 当たった瞬間のことは何も覚えてない。ただ最期まで夢中になってスロットルレバーを握りしめていた。雨霰のように降りそそぐ敵の機銃掃射を掻い潜った。ついに目標の敵空母に激突するその瞬間――突然、目の前が白い光に包まれた。
「おはようございます。今日も天気がいいですね」
 目が覚めたのは、病院の白いベッドの上だった。若い看護婦がまるで昔からの知り合いのように俺に話しかけてきた。
 俺はあまりの彼女の自然な笑顔に一瞬、自分が夢でも見ていたのではないかと思った。
 しかし、つい今までゼロ戦に搭乗していたことを覚えていた。もう二度と帰ることができない特攻隊に選ばれて、華々しく死ぬことを決意したあの日の朝のことも。
 目が覚めてからの一週間は俺にとって信じられない出来事の連続だった。
 最初に驚いたことは今いるこの世界は俺が過ごしていた一九四五年ではないことだった。この世界では大戦はすでにとうの過去のものとなっていた。そして驚くことに大日本帝国はアメリカに戦争で敗北したという。
 そして、この世界の日本はすでに経済大国として復興し、戦争とは全く無縁の世界有数の平和な国になっているということだった。
 そんな馬鹿なことがあるはずなかった。神国の日本が負けるはずがない。俺は誰もが嘘をついているのだと信じて、強引に帰ることを主張した。
 幸い愛機のゼロ戦は腹に抱えた爆弾と共に無事だった。病院の後ろの林に不時着したままだ。そのとき倒れていた俺をあの看護婦が見つけて助けてくれたという。
「待ってください、無理しないで。まだ傷が治っていないの」
 腹に巻いた包帯から出血がひどくなっていた。俺は仕方なくしばらく傷が治るまでの間お世話になることにした。
 その時のその判断が俺の人生を狂わせてしまうなんてことも知らず。

●同じこの世界の下で
「進藤喜一郎中尉。神風特攻隊員。パラレルワールドの異世界で戦争をしている兵士だ。彼のいる世界ではすでに2ヶ国のみで最期の覇権を争っている。彼の所属する大日本帝国は最後の手段として特攻という決死の体当たり作戦を開始した。もちろん、生きては帰れない非情な作戦だ。途中で引き返すことも許されない。その特攻の最中に進藤はリンクチャンネルを通し、アザーバイドとしてゼロ戦とともにこの世界にやってきた」
 『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)がいつになく神妙な顔つきで言った。居合わせたリベリスタたちは伸暁のいつもとは違う様子に戸惑ってしまう。
「そう、簡単な話だ。進藤中尉に元の世界にゼロ戦と帰ってもらえばいい。幸いD・ホールは明日の昼に病院の上空に再びぽっかりと開くことが予期されている」
「なんだ、驚かせないで下さいよ。今の話では、進藤喜一郎も元の世界に帰りたがってたみたいじゃないですか。そもそも彼に危険性はないんでしょう」
 リベリスタは肩透かしを食らったと文句を言った。
 その時だった。伸暁が机を大きくバン、と叩いた。
 リベリスタはびっくりして彼を見た。
「簡単な話じゃなくなったんだ! 進藤は、元の世界に帰りたくないと言いだした。元の世界に帰れば自分は特攻隊員として死ぬ運命にある。それはできないと。平和なこの世界に留まって一生暮らしたいと言っているんだ。彼のいた世界で戦争は日常茶飯事だった。だが、この世界に来て争いのない平和な日常というのを彼は知った。戦争で人を殺し合うのは、間違っている。俺はもうこれ以上誰も殺したくないし、自分も死にたくないと」
「だってそれは――」
 リベリスタは反論しようとしてできなくなった。
「ああ、そうだ。進藤のいうことは正しいし、俺には反論もできない。戦争なんか間違っているのはみんなが知っていることだ。だからこそ――説得が難しい」
 それは究極の矛盾だった。アザーバイドとしての進藤中尉はこの世界に留まることは決して許されない。
 しかし彼を元の世界に戻すということは、すなわち彼を戦争の世界に再び送り返すことを意味する。
 そして、彼は特攻隊員であり、それはほとんど彼の死を意味した。
 事情を知ってしまったリベリスタたちは、押し黙ってしまった。誰もが俯いたまま顔を上げようとしない。いったいどうすればいいのかまったくわからなかった。
「あろうことか進藤はその世話をしてくれた看護師に想いを寄せてしまった。名前は佐倉美那子。偶然にも向こうの世界で結納を交わした奥さんにそっくりだそうだ。もちろん奥さんと進藤は出征前に会ったきりだ。おそらく元の世界に戻れたとしても、奥さんと再び会うことは絶対にない。それが分かっているから余計に進藤は帰れないんだ」
 ただでさえ、説得が難しいにも拘わらず、この世界に好きな人ができてしまった。 ますます問題が複雑になっている。
「だが、好きな人ができたということは、逆にいえば彼女の言うことなら進藤は聞くかもしれないということだ。そこに問題の突破口があるかもしれない。ただ、彼女に頼んで進藤に帰ってくれとそのまま言わせるのは酷だろう。進藤もそうだが、彼女本人にとっても相当つらいはずだ。時間はない。なんとかみんなで進藤に元の世界に戻ってもらえる方法を考えてほしい」








■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:凸一  
■難易度:EASY ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2013年03月14日(木)21:28
こんにちは、凸一です。
はじめましての方は、はじめまして。
これからもよろしくお願いします。

今回は戦闘ではなく、説得になります。
難易度はeasyになっていますが、御覧の通り決して簡単な依頼ではありません。むしろ失敗も十分ありうるでしょう。



◎任務達成条件
進藤喜一郎の説得

◎進藤喜一郎中尉の詳細
年齢二十六歳。正義感が強く、真面目な性格。
一度決めると最期まで信念を曲げず、融通の利かない側面も。
結婚式の時の妻と撮った写真や日の丸の寄せ書きを今でも大切に持っている。
美那子の優しくて明るく、そしてどこかほっておけない一面が妻とどこか似ていて想いを寄せるようになった。
この世界に来てから、平和の世界を希望し、人を傷つけあう戦争を憎むようになる。

◎佐倉美那子
年齢二十歳。優しくて思いやりのある性格。
スポーツが好きで明るくて活発な一面もみせる。
おっちょこちょいな所もあり、たまに失敗をすることがある。
お年寄りから子供まで病院内の人気者。
喜一郎の壮絶な人生を知って同情し、世話をしているうちに、彼の強い信念や真面目で一途な性格に惹かれるようになった。

◎その他補足
進藤喜一郎は、特攻の際に受けた機銃掃射による深手を負っている。一命は取り留めたものの、このまま何も手術をしなければ二週間以内に命に係る危険性を持つ。まだ、そのことは、本人はもとより美那子にも知らされていない。
かろうじて操縦はできるが満足に動ける程にはまだ至っていない。





参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
デュランダル
新城・拓真(BNE000644)
覇界闘士
宮部乃宮 火車(BNE001845)
レイザータクト
ベルカ・ヤーコヴレヴナ・パブロヴァ(BNE003829)
ホーリーメイガス
★MVP
海依音・レヒニッツ・神裂(BNE004230)
ホーリーメイガス
伊吹 千里(BNE004252)
インヤンマスター
八潮・蓮司(BNE004302)
ミステラン
ヘンリエッタ・マリア(BNE004330)
ダークナイト
ヴィオレット トリシェ(BNE004353)

●クロス・ロード
 病院の待合場所には様々な人が行き交っていた。看護師に付き添われながら車椅子で病室に向かおうとしている老人。足を骨折してギブスを嵌めた松葉づえの青年。元気にはしゃぎ回っているパジャマ姿のこどもたち。乳飲み子をあやす若い夫婦。
 独特の薬品の匂いに混じって、それらの人たちがそれぞれ思い思いに過ごしていた。何度きてもやはりこの病院の独特な喧騒の雰囲気に慣れることはない。
 死を迎える人からこの世に新しく生きて行く者までいる空間は、他ではみることができない特別な場所だ。
「パラレルワールドの住人か。この世界を訪れた事は、彼にとって幸運だったのか。それとも、不幸だったのか――」
 行きかう人を見ながら『誰が為の力』新城・拓真(BNE000644)がまるで独り言のようにつぶやいた。ただじっと前を見つめながら思いにふける。
「平和な世界に辿り着いたのに、死ににいけという冷たい宣告。ああ、神様、世界は斯様に悲劇であふれています」
 『ヴァルプルギスナハト』海依音・レヒニッツ・神裂(BNE004230) も拓真と同じ意見だった。彼がこの世界に来たのはただの運命の悪戯なのか。できればそうでないことを祈るしかない。
「オレも同じ異世界から来た人間として気持ちはよくわかる」
 『金雀枝』ヘンリエッタ・マリア(BNE004330)が言葉少なげに言った。どうして自分達は許されて彼はこの世界に留まることを許されないのか。そう考えるとあまりの残酷さに何も言えなくなってしまう。
「争いのない平和な日常。戦争真っ只中に居たんじゃあ、そう思っても無理はねぇかも知れねぇなぁ。少なくともこの世界じゃあ、平和を勝ち得たのは粉う事無くオレ等の先達。住む次元違えど、中尉みてぇな連中の活躍あってこそだ」
 『消せない炎』宮部乃宮 火車(BNE001845)が喜一郎の気持ちを代弁するかのように発言した。それを聞いた他のリベリスタたちも小さくうなずく。
「私も同じ気持ちだ。中尉のような人は尊敬に値する。だからこそ中尉にはわかってもらいたい。この世界では誰も救えないことを」
 『リング・ア・ベル』ベルカ・ヤーコヴレヴナ・パブロヴァ(BNE003829)が同意しながら火車の意見に付け足した。
「特攻隊の歴史は学校で習いました。アークは同じような人がたくさんいて正直複雑な気持ちです……」
 『放浪天使』伊吹 千里(BNE004252)が思い出したように言う。この世界でも同じように命をかけて戦っている人がいる。世界や時代が違っても争い事はけっしてすべて無くなったりするわけではない。
「自分の命賭けて他人守るなんてのは、俺にゃ正直真似できる自信ねーし、すげぇと思うけど、実際は兵士の使い潰しなわけで正直気に入らないっすね」
 八潮・蓮司(BNE004302)は誰に言うでもなく怒りをぶつけた。ぶっきらぼうな言い方の奥には喜一郎に対する優しさが溢れていた。
「そうね。負けたのに平和になっている。それが解って帰すための説得。私だったら、そんな状況で帰れない。希望がなければ、前を向いて生きられない」
 ちょうど『中二病になりたがる』ヴィオレット トリシェ(BNE004353) が受付から戻ってきたところだった。蓮司の言葉に即座に反応して答えた。
「喜一郎さんは今病室にいるみたい。私たちがくることについては事前に彼におおまかに伝えられているみたいだわ。ちなみに美那子さんは患者さんのお散歩で外に」
「それじゃ、ワタシは佐倉君を探してきます。彼の方はよろしくね」
 海依音が一足先に待合場所を後に外に出て行く。
 リベリスタたちはようやく重い腰をあげた。これから喜一郎を説得して元の世界に戻ってもらわないといけない。一行は言葉少なげに喜一郎の病室へと向かった。

●元には戻れない
 進藤喜一郎はベッドから腰をあげて窓を見ていた。
 なにかを想い悩んでいるようだった。
「初めまして、進藤喜一郎中尉殿。俺は、新城拓真……あなたに幾つかの事実を述べに参りました」
 拓真の挨拶に喜一郎が顔をこちらに向けた。
進藤は年に似合わず落ち着いた精悍な顔つきをした青年だ。腹に巻いた新しい包帯が痛々しい。彼はまだこのままだと死ぬことを知らない。自己紹介をするリベリスタたちの胸中は複雑だった。そんな想いを知ってか知らずか、喜一郎は突然現れたリベリスタたちに別段驚くこともなく冷静に対処した。
「話は聞いてるよ。リベリスタ……というんでしたか。今日は私のためにわざわざ遠い所をお越しいただきありがとう」
 丁寧な喜一郎の物腰に一同は戸惑ってしまう。それでも今日来た使命を思い出して強気に出なければならないと心に誓った。
 リベリスタたちはこの世界の法則とフェイトのことについてまず喜一郎に簡単に説明した。初めて聞く喜一郎は最初戸惑った様子をうけたが、適宜質問を加えた。喜一郎は飲み込みが早かった。さすが戦闘機乗りだけのことはある。戦闘機パイロットは頭脳も優秀でなければ試験に合格できない。
「オレも異世界から来たんだ。キミとの違いは、この世界に存在する事で崩界を齎すか否か。キミの存在はこの世界を脅かす」
 ヘンリエッタの耳とフィアキィを見てさすがの喜一郎も声を失った。
「単刀直入に申し上げます。我々は、中尉殿が元の世界に帰還される事を希望しております。私個人としては、貴官の滞在を歓迎したい。ですが、世界がそれを許さないのです。運命の恩寵無き者は、一時たりとも留めおけない」
 ベルカが喜一郎を気遣うように言った。そんな彼女の真摯な言葉に喜一郎もしばらく言葉を失った。おそらく事前に説明を受けた時からある程度は覚悟していたのだろう。喜一郎の表情に迷いが見られた。
「私の存在がこの世界では、歓迎されないことはわかった。それでも、私はこの世界に留まりたい。私は元の世界には帰りたくないんだ。もう誰も死ぬところは見たくない。もう戦争なんてこりごりだ」
 喜一郎はまるで自分に言い聞かせるように言った。
「進藤さんの殺したくないし、死にたくないって気持ちは何にも間違ってないですよ。もしあなたの世界の人達全部が否定しても、私は肯定します。きっと佐倉さんもそうでしょう。ただ私に言えるのは、ここはあなたが生きるべき世界ではないということ。あなたの目指すべき明日があるのは向こうの世界です」
 千里が喜一郎に想いをぶつけた。
「ハッキリ言ってオレは感謝してる。戦争で散って行く覚悟をした兵隊は間違いなく。後に残る連中の為に往ったからだ。でなけりゃ今のオレ等は無ぇ。御存知の通り、こっちでも日本は負けてる。負けてるが、アンタ等の魂は確実に残ってる。命が惜しいのは当然だ。死にてぇ奴なんざ中々居ねぇ。それでも中尉、色んな事を放りだして、いまのアンタに何が残る?」
 千里と火車の問いかけに喜一郎はただ黙って頷いた。二人の言葉が重くのしかかる。言葉を絞り出すように喜一郎はようやく顔を上げた。
「無責任なのはわかってる。私はわがままなのかもしれない。でも、知ってしまったんだ。アメリカとの戦力の差は歴然だ。もう私が帰ったところで何もならないことを。この戦争は確実に負ける。私一人の力ではもう誰も守れない。妻も家族も戦友も私の力では……」
 無念さを押し殺すように喜一郎は言う。もうすでに日本が負けることを予期していた。こんな無謀な作戦をするようでは日本の将来は目に見えている。何よりも未来のある若者たちが何も知らずに死んで行くのが我慢できない。
 だが、俺は逃げていただけなのではないかと喜一郎は思う。つらい現実に目を背けているだけだ。たまたまこの世界にやってきた。それに満足して俺は元の意思を失いかけているのかもしれない。
「中尉殿。俺はこうも思うのです、貴方は本来であれば一度死ぬ筈だった。だが、どういう訳か生き残り、この世界に赴いた。それは決して、意味の無い事では無いと俺は思います。俺の祖父は……強大な敵に立ち向かい、自らの命を絶って俺達を守りました。……間違いだったとは言いません。仮に俺が祖父であればそうしたでしょう。置いていかれた身としては、苦しい物でしたが……」
 勿論、俺の勝手な言い分ですが、と拓真は付け加えた。
「貴方の身体には、今だ治らぬ重度の怪我が有る」
 そして拓真は重要な事実を喜一郎に伝えた。このまま手術をしなければ二週間以内に死を迎えてしまうことも。
 喜一郎はさすがにショックを隠し切れなかった。

●誰のために
「こんにちは、お話いいですか? 懺悔でもなんでも聞いちゃうシスター海依音ちゃんと申します。すこしおしゃべりしましょう」
 海依音がちょうど患者を送り出して院内に戻ろうとしていた美那子に話しかけた。とつぜん現れたシスターに美那子は笑顔を向ける。美那子も今日、リベリスタたちが喜一郎を訪れることは知っていた。だが、詳しい話の内容までは聞いていない。ぜひ事情を知りたいと思っていただけに二人はすぐに打ち解けた。
「貴方は好きな方が居るんでしょう?」
 海依音の言葉に美那子ははっと声を失う。
「でも貴方が助けたあの方は自分の世界に愛する人がいます。貴方がその人に似てるから、彼の信念が揺らぎました。彼がこの平和な日本で暮らすと、じわりじわりとこの世界を壊すことになるんです。単刀直入にお願いします。貴方から彼に帰って欲しいと伝えてもらえませんか?」
 美那子は突然顔に手を当てて泣き出してしまった。嗚咽がまじる。そんな美那子をやさしく介抱した。泣きやむまで自由にさせてやる。
「私、知っていたんです。喜一郎さんは大事に写真をもっていました。私には決して見せようとしませんでしたが、それが大切な人の写真であることを。だから彼がいないときにこっそり見てみたんです。びっくりしました。まるでその人は私にそっくりだったんです」
 美那子の懺悔に海依音はだまって頷いた。そして追い打ちをかけるように言う。
「ねえ、『代わり』でいいんですか? 貴方は彼の信念を曲げてるんです。いちばん好きな部分を壊しているんです。貴方は彼のどこが好きになったんですか? ねえ、大好きな人の大切な何かをなくさせていいんですか? ねえ、貴方は彼を引き止めるべきじゃないと思いませんか?」
 海依音は重大な言葉を付け加えて言った。彼をこのままにしておけば二週間以内に死に至ることも。どちらにしても彼は長生きできない。
 それを聞いた美那子は海依音を置いて走り出して行ってしまった。

「それじゃ、治療をほどこしますね」
 千里の言葉に喜一郎は頷いた。しばらくして腹の傷がほとんど癒えてしまったことに喜一郎は驚きの声を上げた。
「ありがとう。おかげで傷は大丈夫です。こんなに親切にしてくれて本当にどうお礼をしていいか……」
 千里は微笑んで頷いた。
 治療したことによって喜一郎の表情に明るさが戻ってきた。居合わせたリベリスタたちはほっとした。だが、いよいよこれから喜一郎の本心をついていかなければならない。一同は気を引き締め直した。
「キミが歩んできた道を、キミ自身が否定するような事はせずに居て欲しい。戦に塗れながらもキミを育んだ世界を、幸福をともにした奥方を、どうか切り捨てないで貰いたい。それは、キミにとって大切なものではなかったかい? 大切なものから手を離してはいけないよ。心からも失われてしまうのは、悲しいだろう?」
 ヘンリエッタの言葉に喜一郎は動揺した。いままで一時たりとも妻のことを忘れたことはない。こうやって自分ひとり平和な世界に留まることが果たしてよいことなのか。もしかしたらただ自分勝手に振舞って周りに迷惑をかけていただけなのかもしれない。
「中尉殿がこれまで成してきた事、成さねばならぬ事、そのすべてに嘘を吐き、投げ捨てる事になっても良いのですか。『あなた』の任務の後ろに、守るべきモノが何も無かったとは言わせない!」
 ベルカの言うとおりだった。俺はあの世界の人たち、自分を応援してくれていた全ての人たちを裏切ってしまっている。同じく志を共にして死んでいった戦友たちにどうして顔向けができるか。妻に何と申し訳を言えばいいのか。なによりこの状況は――美那子までも裏切っていることにならないか。
「ひとつ聞きたいことがあるんですけど、進藤さんはどうして戦地に向かったんですか? 何故戦いに赴いたか、奥様か戦友か国の為か理由が聞きたいです」
 ヴィオレットが喜一郎に問いかけた。
「理由はひとつに絞れない。その全部が当てはまる。だが、やはり妻のことは一度も忘れたことはない。他になにがあってもあいつだけは死なせたくなかった。あいつが死ぬなら俺が身代わりになってもいい。そういう気持ちで特攻に志願した」
 喜一郎の傍には寄せ書きと妻と撮った写真が置いてあった。大事に扱われていたからかほとんど傷一つない。いかに喜一郎が大切にしていかがわかる。
「奥さんのどういうところが好きだったんですか?」
「誰にでも優しくていつも笑顔で――元気なところが好きだった」
 ヴィオレットの問に喜一郎は淡々と結婚の経緯から結婚生活に至るまでつつみなく喜一郎は喋った。
「喜一郎さんは、奥様と美那子さんを重ねているのね」
「ちがう――俺はそんなことけっして」
「――奥様を愛していたのね」
 ヴィオレットの言葉にとうとう喜一郎は堪え切れなくなった。だが、そんな様子を無理に隠そうとはしなかった。
 喜一郎は皆の前でシーツに嗚咽を漏らし続ける。

●明日への出撃
「準備おっけーすっよ」
 蓮司がゼロ戦に燃料を入れ終えた事を皆に伝えた。ずっと作業していたから顔中が油まみれになってしまっている。それを見た喜一郎が丁寧にお礼を言った。
「喜一郎ちゃんのいた世界ってのは、命賭けなきゃ誰も守れない世界なんすよね。ただ、誰かがそれ変えなきゃ喜一郎ちゃんの子供や孫の代になっても、同じことの繰り返しだと思うんすよ。だから、俺は喜一郎ちゃんに元の世界に戻って、そして生き延びてその世界を変えていってほしいと思ってる。戦争がなくなった世界を見てきた人間として。……かなり無茶なこと言ってるのはわかってるっすけど」
 蓮司がすでに飛行服に身を纏った喜一郎に問いかけた。
「ありがとう。君の思いは十分にわかる。私もできればそうしたい。だけど、もうこれ以上逃げているわけにはいかないんだ。私には――絶対に守らなければならない人がいる」
「誰のためか、なんて聞かれりゃ、自分の罪悪感を少しでも軽くするためってのもあると思うんすけど、喜一郎ちゃんが生きてくれりゃ良いってマジで思ってたりもするんすよ」
 蓮司の言葉に笑顔で喜一郎は頷いた。もうなにも言わなかった。そしてとうとうゼロ戦に搭乗してエンジンをふかせる。
 空は快晴だった。すでにD・ホールが上空にできている。蓮司以外のリベリスタは病院の屋上に集まって見送りに来ていた。だが、見送りの中に美那子の姿はどこにもなかった。
 あれから海依音は美那子を探したがどこにも見つからなかった。
「とうとう来なかったね」
 ヘンリエッタがさびしそうにつぶやく。
「できれば最後のお別れを言ってほしかった。後悔がないように」
「――でも、彼女の気持ちを考えれば無理もねぇ」
 千里と火車も俯き加減に同意する。
「そろそろ出発の時間だ」
 拓真が言うと、やがてエンジンの音とともにゼロ戦が現れた。後ろから千里が飛行してD・ホールまで見送りに出る。
 ベルカの発案で皆が敬礼して見送ることにした。
 その時だった。
「喜一郎さん!」
 振り返るとそこに美那子が駆けよってくる。
「さようなら!」
 美那子がフェンスから身を乗り出す。
 喜一郎が座席から敬礼したのが見えた。
 直後、D・ホールにゼロ戦が吸い込まれて見えなくなる。つづいて海依音とベルカがブレイクゲートする。
 美那子は彼が消えたあともずっと手を振り続けた。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
みなさま、お疲れさまでした。

今回の依頼は説得でしたね。

言葉による説得は武力以上の威力を発揮することがあります。時には、人の人生そのものも変えるようなことも珍しくありません。言葉のない武力はただの暴力にすぎないでしょう。特攻隊員もそれぞれ胸に想いを秘めて散っていったことと思います。もし、彼らに自由に発言する機会が与えられていたら――と思わずにはいられません。

また、MVPは今回終始裏方に徹した貴女に。
あなたの厳しくも優しい説得がなければ、彼女は決してあの場面にでてこなかったでしょう。二人はお別れの言葉を交わすことさえありませんでしたが、喜一郎も最後に彼女の姿を見れて嬉しかったと思います。

それでは、またご縁があればどこかで。
その時はどうぞよろしくお願いします。