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悲運のセイレーン


『ラーラー……ラララー……♪』
 海を見渡せる崖の上で、1人の少女が歌う。
 透き通った歌声は風に乗り、離れた位置にいる人々にも届く事だろう。
『うん、今日も気持ちよく歌えるわ……』
 少女は歌う事が何よりも好きだった。
 毎日この場所を訪れては静かに歌い、海を眺め遠き異国へと想いを馳せる。

 あぁ、何時か色んな人に私の歌を聞いてもらいたい。
 あぁ、そのためにはもっと練習して、上手く歌えるようにならなくちゃ。

 少女はそんな夢を抱き、歌い続けていた。
 だが、少女は知らない。
「良い歌声だ……。だけど……力が抜ける……」
 近くを通りかかった旅行客が、その歌声によって眠るように命を落としたことを。
 少女は知らない。
 何時の間にか、自分の歌が人を楽しませるものではなく、傷つけるものへと変貌していたことを。

 少女は、運命に愛されなかった存在。
 ノーフェイスと化した彼女の歌は、人を害する歌声。
 離れた場所からでも聞き惚れた者を寄せ付け、死へと導く歌声。

 さながら、セイレーンのように――。


「現実として、運命は決して全てを平等に愛さない。……そういう事よ」
 運命に愛され、リベリスタとなるかフィクサードとなるか――その選択すらも出来なかった少女は悲運なのだと、桜花 美咲 (nBNE000239)は言った。
 本来ならば、ただ歌を沢山の人に聞いてもらいたいと願うだけの少女だった。
 しかし知らぬ間にノーフェイスと化した彼女は今、討ち果たさなければならない存在である。
「その歌声を聴いた人は、少なからず害を受けてしまうわね。ただ、一部の動物はそれでも死ななかった影響かしら、エリューション化しているのよ」
 少女の歌声は人を害すると同時に、周囲にいた動物に影響を与えて、その配下としてしまったらしい。

 本来ならば、綺麗な歌声を響かせる少女の周囲を動物が取り囲み、聞き入っているような絵になっていたはずだ。
 実際にその姿を目の当たりにした時、誰もが『絵本の世界』や『童話』を想像する事だろう。

「ほんと、運命って残酷よね……」
 今のノーフェイスと化した少女の姿と、想像する限りの本来の少女の姿を想い比べ、美咲の表情が曇る。
 周囲に死を振りまいても、その夢を少女が叶えるか。
 それとも、夢を夢のままで終わらせるか。
「……場所は崖の近くだから、落とされないようにだけ注意してね。この子の歌声……衝撃波を伴うものもあるみたいだから」
 最後にそう注意を促した後、美咲は出せる限りの情報を纏めた資料を集まったリベリスタ達に手渡した。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:雪乃静流  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2013年03月17日(日)23:23
雪乃です。
純粋に夢を追う少女の悲運の結末は、参加する皆様にかかっています。

成功条件:ノーフェイスの少女『許斐・由紀』の撃破

戦場は海の見渡せる崖となっており、リベリスタは陸地から海の方へと進む形となります。
許斐・由紀は崖っぷちギリギリにある大きな岩に座って歌っており、基本的にはそこから動きません。
しかしリベリスタの到着前にはすでに歌い始めているため、近付いただけで彼女の攻撃を受けることとなるでしょう。

エリューション詳細
許斐・由紀(フェーズ2、神秘型)
知らぬ間にノーフェイスと化しましたが、知らないので日課の歌の練習を行っています。
やさしい性格であり会話も可能ですが、歌っている間は自分の世界に入り込んでいるので言葉は届かず、会話をするためには彼女に近接する必要があります。
戦闘は歌の邪魔と感じるため、歌を中断させるような戦い方をすると注意するように叫びます。この状態になったらしばらく会話不能となります。
また夢を破るような発言等、彼女のアイデンティティを否定するような発言も同様に怒りを買い、会話不能となります。
絶対者でもあるため、歌声を止めるためには攻撃するほかに道はありません。

透き通る歌声(威力小、神・遠2・全、命中補正は並)追:[ブレイク]異:[魅了][致命][必殺]
由紀は何もない状態では、常にこの歌声を響かせています。
この歌声は耳を塞いでも効果を及ぼし、『庇う』が通用しません。

注意する叫び(威力大、神・遠2・全、命中補正は非常に高い)追:[ブレイク][ノックバック]
歌を阻害したり、アイデンティティを否定されると発する叫び。
透き通る歌声と違い『庇う』は通用しますが、状況次第では崖下に転落するため、戦線復帰は困難となるでしょう。
この叫びの後、『この人達にも歌声が届け』と、再び由紀はしばらくの間、透き通る歌声を響かせ始めます。

ほっと一息(神・自付、物防・神防アップ、HP小回復)
歌の合間にほっと一息。
およそ6ターンに1回の割合で一息つきます。
会話状態の時は終了するまで休憩することでしょう。

烈火の怒り(神・遠2・全、命中補正は非常に高い)異:[虚弱][崩壊][雷陣][必殺]
あまりに歌の邪魔をされる、アイデンティティを否定されるなどして怒りが頂点に達した場合に使用します。
この状態になれば、この攻撃以外を使用してこなくなります。

来世へ馳せる想い(神・自付与、全能力ダウン)
E・ビーストの全撃破の後に会話による説得に成功した場合、由紀は来世へと想いを馳せて能力をダウンさせます。


E・ビースト×16(フェーズ1)
兎や犬、猫などが由紀の歌声によって覚醒しています。
基本的に噛み付いたり引っかいたりと、それぞれの動物の特徴的部位を使って攻撃を行うようですが、ソードエアリアルのような強襲攻撃も用いるようです。
体当りを行うこともあり、まともに食らえば吹っ飛びます。
またエリューション化した事で総じて素早さに特化した変化を見せており、速度と回避が高くなっています。
基本的に由紀の周囲から離れる事はありません。

――どういった結末となるかは、参加される皆様次第。
それでは、ご参加お待ちしております。
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
覇界闘士
鈴宮・慧架(BNE000666)
ナイトクリーク
アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)
クリミナルスタア
曳馬野・涼子(BNE003471)
デュランダル
芝原・花梨(BNE003998)
ホーリーメイガス
海依音・レヒニッツ・神裂(BNE004230)
クリミナルスタア
貴志 正太郎(BNE004285)
スターサジタリー
宵咲 灯璃(BNE004317)
ミステラン
メッシュ・フローネル(BNE004331)

●歌声は空に響く
 例え地上から離れた空の上であっても、少女の歌声が耳に届く。
 海を眺め、歌に耳を傾けているらしい動物達が周囲でノンビリと寝転がる中、少女は歌声に夢を乗せる。
 少女の上空には8人の人影。
「良い歌声だね……。これなら、曲も合わせやすいよ」
 その中の1人、『愛を求める少女』アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)は絶対音感に導かれるがまま、少女の声が奏でる音色から頭の中で楽譜を作り上げていく。
 譜面を作り上げる事は、至って簡単だった。
「ローレライと冠する人もいましたが、セイレーン……歌が上手な人ほど悲運なのは何故なのでしょうね」
 と『大雪崩霧姫』鈴宮・慧架(BNE000666)が『上手い』と評するほどに少女の歌声は透き通り、威力を発揮しない効果範囲の外で聞く分には心地良ささえも感じる事が出来るからだ。
 同時に彼女は、歌う少女が悲運だとも言う。
 上空を飛ぶ彼等リベリスタは、覚醒し、運命に愛された存在。
 しかしこの綺麗な歌声を持つ少女は、知りもしない、望みもしない覚醒を果たした上に――肝心の運命には愛される事がなかった。
「一体誰をぼっこぼこにすれば、こういう子が生まれずに済むって言うのよ……」
 ともすれば、芝原・花梨(BNE003998)が『万人を愛さない気まぐれな運命』に歯噛みし、
「やっぱ俺は降りるぜ。あいつの最期の歌なんだ、正面から受け止めて、聴いてやりてえのさ」
 傷を受けるのも覚悟の上と『男一匹』貴志 正太郎(BNE004285)が仲間達から離れ、1人地上へと降り立ったのは、少女の悲運に辛さを感じたからに他ならない。

 少女は、ただ1つだけの夢を想って歌う。
 色んな人に私の歌を聞いてもらいたい、そんな願いを夢として歌う。
 だが、気まぐれな運命は小さな願いを容易く引き裂いた。

「この世界のしくみは不思議だな、一体誰を憎めばこんな悲劇が終わるのだろう」
 花梨と同じ意味合いの言葉を口にし、『悪芽の狩り手』メッシュ・フローネル(BNE004331)は小さく息をつく。
 少女は何か夢を破かれるような、悪い事をしたのか?
 否、していない。
 少女は何故、運命に愛されなかったのか?
 その答は『運命の悪戯』に集約される。
「運命を引き寄せるまでに高められたウタ。けれどその運命は彼女を愛することが出来なかった……と言う事ですね」
 説明する『ヴァルプルギスナハト』海依音・レヒニッツ・神裂(BNE004230)に頷いたメッシュは、静かに少女の歌う岸壁へと視線を向けた。
 視線の先では、先に降り立った正太郎が動物達の警戒心を煽ったのだろう。今にも飛び掛りそうな雰囲気で、威嚇する動物達が目に留まる。
 だがそれは、彼が『全てを受け止めるため』と望んで行った事。
「わたしが行こう。無茶したいみたいだしね」
 そんな彼を守らんと、『ならず』曳馬野・涼子(BNE003471)が正太郎の近くへと降り立ったのは、『由紀を殺す以外に道はない』と判断を下しているからだ。
 自分の思うがままに由紀の歌を聞き届けたいと想う正太郎の気持ちは、理解出来る。
 理解は出来るが、彼女は胸の内を決して明かさない。
「いつもどおりの仕事、か。いつもどおりのひどい仕事だ」
 猫パンチを繰り出した猫から正太郎を庇ったその呟きが、涼子の気持ちの表れではあるのだろう。
「……すまねぇな」
 庇われた事に礼を述べた正太郎は、その気持ちをしっかりと察していたらしい。

 ノーフェイスは、倒さなければならない存在だ。
 しかし純粋に夢を叶える事を願う少女を倒す事を、大半のリベリスタは望んでいない。
 望んではいないが、割り切らなければならない。

(それじゃあ、精々納得して貰った上で殺そうか)
 そんな感情を持たずに由紀の命を断てる存在がこの場にいるとするならば、それは『断罪狂』宵咲 灯璃(BNE004317)だけである。
 由紀が納得しようとしまいと、灯璃は彼女の命を奪う事を躊躇いはしない。

『……ふぅ、気持ちの良い風……』
 由紀の歌声が、止まった。
 ふっと空を見上げた彼女が見たのは、自身に運命を告げる天使達の姿――。

●悲運のセイレーン
『……鳥? いえ、羽が生えた人間でしょうか? えっと、……先に写真を取らないと??』
 見上げた空に見つけたリベリスタの姿に、由紀は一瞬だけ目を奪われたものの、はっと我に返った直後に取ろうとした行動は『撮影』の2文字。
 その考えと動作は極めて普通の一般人的な行動であり――。
 逆に言えば、エリューションだとかそういった事を全く知りもしない、感じてもいない『一般人』としての感覚の持ち主である事を容易に理解させる。
(まったく普通の子なんだよな……)
 空を飛ぶ人間に目を奪われているせいか、傍らで座って歌声を聴いていた正太郎の存在にすら由紀は気付いていない。
 運良く正太郎が歌声に魅了されなかったのは、最後まで由紀の歌を聞き届けるという想いと、傷ついても構わないという気迫が起因しているのだろうか。
「ようやく、一息ついたみたいだね」
 彼を庇い続けた涼子がそうならなかったのは、正太郎を守るという思いが歌声の魔力に耐え切るファクターだったからだろうか。
 ともあれ、少女の歌声は一旦止まった。
 この時間、この瞬間にどう動くかがリベリスタの……ひいては由紀のこれから先の『僅かな未来』を左右する事だけは間違いない。
 ほんの僅かな間だけの休息を逃せば、少女は再び透き通った歌声を響かせ始めるからだ。

 パチパチパチパチ……。

 本来ならば絶対に由紀が聞く事は無い、拍手の音。
 聞いた者を魅了し、死に誘う歌声の持ち主に送られる事は決して無い、賞賛の音色。
『え……?』
「オレは芸術なんてものは、わからねえ。だが、オマエの歌は確かに胸の奥に響いたぜ」
 思わず由紀が振り向いた先で、傷つきながらも最後まで歌を聞き終えた正太郎の素直な感想が、少女にじわりと熱いものをこみ上げさせる。
 同時に兎の体当たりを食らった涼子の表情が少しだけ歪むが、『……すごく、懐かれてますね』と、まさか本当は戦っているなどとは考え付いていないようだ。

 では、もっと聞いてください。

 そう言いかけた由紀ではあったが、大地に降り立ち小気味よい靴の音を鳴らしたリベリスタ達の存在が、その言葉を口から出る前に飲み込ませた。
「こんにちわっ。此処で毎日歌っていたのはあなた?」
 元気よく、灯璃が笑顔と共に挨拶の言葉をかける。
「え、えっと……すばらしい歌声ですね……。だけど何でそんなに悲しそうに歌うのかしら? よかったらあたし達に理由を聞かせてくれないかな?」
 続けて問う花梨ではあるものの、実際のところ由紀には別に悲しいと言った感情はない。
 見る限りではそう見えたのかもしれないが、少女は夢と想いを歌声に乗せていただけなのである。
『えっと……あなた達は?』
 訝しげな視線でリベリスタ達を見渡す由紀の動きは、状況が把握できずに困ったといった感情の動きそのままであり、反応としてはこれも一般人のそれと大差は無い。
「貴方はその歌を人々にどう聞いてほしいのかな? 色々あると思うの。でもね、貴方が幸せでなきゃ、元気でなきゃ、希望を持ってなきゃ……その思いは伝わらないの」
 少女の問いにに答える前に、己の想いを告げる花梨。
 もしかしたら彼女は、こう考えていたのかもしれない。
 由紀が夢を持って歌いながらも、心の奥底では『叶わないのではないか』『本当に私の歌が人に響くのか』といった不安を持っているのではないかと。
『幸せ……ですか』
 答えた由紀の表情が、少しだけ曇る。
 実のところ、花梨の言葉は少女の胸の奥底に隠された不安を確実に見抜いていた。

 夢を叶えたいならば、前に進まなければならない。もっとやるべき事がある。
 ――しかし、自分の歌が通用するかは別の話だ。

 そういった不安があるからこそ、由紀はこの場で1人、歌声を響かせていたのだ。
 希望と、不安。
 相反する存在に葛藤する由紀に、花梨は続けて言った。
「だから、貴方には自分に自信を持ってほしいの。自分の歌に力がある、そう思えば、その思いは貴方も幸せにするはずよ」
 出来る事ならば、この少女を討ちたくはない。殺したくなんてない。
 その思いの強さから、花梨は『少女が真に覚醒すること』を願っていた。
(オレのフェイトを、由紀に分けてやれよ! こいつは、ただみんなに歌を届けたかった。ただそれだけだろう?)
 近くにいた正太郎も同様に由紀の覚醒を願うが、結果は決してすぐには出ない。
 もしも全員が一丸となって願っていれば、あるいはその可能性と結果はもう少しは違ったのだろうか?
 論じられることでも、確実な結果が出るかもわからないが――残念な事に、彼等は少しだけ急ぎすぎた。急がざるをえなかった。
「ねぇ、この子達に悪戯を止めるよう言ってくれない?」
 決して自分達からは手を出さず、動物達の攻撃を受け止めた灯璃が由紀にそう願う。
 そう、動物達の攻撃の手は由紀からは『じゃれついている』ようにしか見えないが、実際は何度も受け続けていれば手痛い一撃でしかないのだ。
『懐かれてるのでは……』
 思ったことを素直に口にした由紀ではあるが、リベリスタ達が後顧の憂いであるこの動物達を先に何とかしていれば、或いは花梨や正太郎の願いも時間をかけて届かせる事は出来ていたかもしれない。
 多少は怒られる可能性があっても、出来うる限り音を伴う技を使わず静かに、由紀が歌っている最中に動物達を蹴散らした時、初めて由紀には時間の余裕が出来たのだろう。

 少女は、再び運命に愛される事はなかった。

「こんにちは、天使の歌声の君。貴方は神に寵愛されました」
「こんにちは、ヒトの歌姫。美しい声は日々の賜物だな!」
 挨拶と共に次々に言葉をかける海依音とメッシュの言葉が、由紀の目を引く。
 訝しげな視線を向ける彼女の目には、『神に寵愛された』という言葉に対しての素直な疑問も含まれていた。
 どうやら話を聞いている限りでは、彼等は『ミューズの使い』であるらしい。
『はぁ。それで、そのミューズの使いの方々が、何の御用でしょうか……?』
 当然ながら、由紀は空から降り立った彼等を目の前にしても、半信半疑だ。
 それはそうだろう、現実として空を飛んだ人間は2つの目でしっかりと見たが、ここまでの動きがあまりに非現実的過ぎた部分はある。
「あなたの歌、良かったよ。……だから音もすぐに再現できるし、しやすかった」
 アンジェリカが手にしたヴァイオリンを弾き始め、少女の歌に音色を付けた事は、少しだけその神秘を現実と由紀に認識はさせた。
 響くヴァイオリンの音色に由紀の歌声が乗れば、素晴らしいコンサートだって開催出来たことだろう。
『綺麗な音色……。この音にあわせて、歌いたいと心から思いますね』
 当の由紀もその情景を思い浮かべたのか、優しい笑みを浮かべて歌おうかと思い始めている。
 だが彼女が歌い始めれば、会話を続けるどころの話ではない。
「貴女の歌声を遠くまで響かせてみませんか? ココではなく高く遠く遥かな場所で、遠い所いってみませんか?」
 遮るかのように、慧架が本来の目的をオブラートに包んで言う。
「その歌声を神は愛しました、ですので迎えにまいりました。天で貴方の歌声を待っている人がいます。過ぎた美しさは、神をも魅了いたします」
 彼女の歌声が神をも魅了すると評した海依音は、慎重に言葉を選んで本題を口にはしない。
 本題を告げたのは、
「天は君の歌を欲す。ただ天へは体ありきではいけない。少し痛むだろうが解るかな?」
 意味合いは理解できるだろうと判断した上で、直接的な表現だけを避けたメッシュだ。

 神が少女の歌声を欲す。
 しかしそのためには、死ぬ必要がある。

 端的に言ってしまえば、リベリスタ達の説得の言葉はこうだ。
「貴方の歌声を三千世界に広げるために、天に召されていただけませんか?」
『……はい?』
 そしてメッシュの言葉を受けて直接的に表現した海依音に対し、少女の返答がこうなる事は誰もが予想しえた事だろう。
 どんな理由があるとはいえ、『神様が聞きたがってるから死んでくれ』と言われたとして、『わかりました』と答えられる人間は早々いない。
 それを判断させるための要因が、この時点のリベリスタ達による説得には足りなかった。
「あなたの願いは純粋だけど、あの子の傷はなぁに?」
 現時点で、その要因が存在するとするならば――それは歌を聴き続けた正太郎の、そして彼を庇い続けた涼子の傷以外には無い。
 そこを突いた灯璃は手にしたガトリングから弾丸を放ち、動物達に深い深い傷を与えていく。
『……なんて事をっ……!』
「降り掛かる火の粉を払っただけだよ」
 自身の歌を聞いていただけの動物を、無慈悲に撃つ存在。由紀の目に映った灯璃は、そんな風に見えていた。
 しかし、
「それに、あなたの歌でこの2人は傷ついた」
 といった意味合いの言葉を告げられている由紀の方にも、返す言葉がなかった。

 私は歌う事で人を幸せにしたい。笑顔にしたい。
 ――じゃあ、どうしてこの人達は傷ついているの?

 普通に歌っているだけならば、人が傷つく事など絶対にありはしない。
 じゃれあっているだけならば、目の前の現実を突きつけた灯璃が動物達を撃つ事もなかったのではないか?

 ……由紀の中で、何かが音を立てて崩れていく。
 幸せを運びたいがための歌が、人を傷つける歌へと変貌している事を知った。

「天に昇れば貴方の歌も地上に届く頃には人に影響を及ぼさなくなる。それに天からなら全世界に歌を届けられるんだ」
 静かに、アンジェリカが言う。
「あなたの歌声は、この世界には荷が重いみたいだね」
 運命に愛されなかった以上、世界は由紀の存在を認めないと灯璃が告げる。
(クソッ、何が運命だ、ふざけやがって! こんなもん、許せるか……!)
 仲間達の言葉を聞きながら、正太郎は決して由紀に悟られまいとしながらも、胸の内は無慈悲で不平等な運命への怒りに燃えていた。
「……うまくいくかな?」
「信じるしか……ありません」
 一方では、『降りかかる火の粉』を払わんと、涼子と慧架が動物達と戦いながらその様子を見守っている。
 経過はどうあれ、結果は決して変わらない。
 運命に愛されなかった由紀は、倒さなければならない。
「今は、出来る事をやりましょう」
「そうだね。本当にひどい仕事だ……」
 仲間達の言葉が届く事を信じ、2人は動物達を1匹、また1匹と仕留めていく。
(結果がどうあれ、撃ち抜く気持ちに変わりはないよ)
 そして説得の結果がどちらに転んでも、再びガトリングの弾をばら撒いた灯璃は決してぶれる事はない。
 エリューションならば殺す。そこには躊躇いも何もなく、冷徹に任務を遂行しようとする気持ちだけが存在していた。

「……よかったら天国で歌を仲間達にも聞かせてくれないかな?」
 震える声で、辛い気持ちを必死に抑えた花梨が問う。
 もう、動物達は1匹とて動いてはいない。
 ここで彼女達の言葉を拒否したとて、自分はきっと同じ事になるのだろう。
『……わかりました』
 ならばせめて、来世で夢を叶えよう。
 静かに目を閉じ、少女は祈るような姿勢をとってリベリスタ達に背を向ける。
 死ぬのは、誰だって怖い。
 少女の肩が、小刻みにかたかたと震えている。叫びたい気持ちを必死に押さえていても、体の震えだけは抑えることが出来ない。

 それは殆どのリベリスタとて、同様だ。
 せめて苦しまないようにと考えていても、慧架の拳は構えられたまま、振り下ろされてはいない。
 不吉を届けるカードを握ったアンジェリカも、隣で構えた正太郎や花梨も寸前で手が止まっている。
(罪なき者を殺す。エクスィス、ボクは悪い子です)
 意を決し、決定的行動に出ようとしたメッシュを制する海依音の手。
 軽く首を左右に振り、海依音は無言のままに少女の心臓を射抜く――。

●来世への想いを風に乗せて
「どうやら杞憂だったようだね」
「全員が遠慮していれば、仕事は終わらなかったからね」
 もし誰も撃てる気配がなければ、自分達が撃とう。
 そう考えていた灯璃と涼子だったが、結果的には海依音が由紀を導いた。
(何でこの世は残酷なんだろう。彼女は何故世界から見放されたのだろう……)
 考える慧架ではあるが、運命は決して誰にも平等ではない。
 幸運を得る者もいれば、不幸を得てしまう者も少なからずいる。それが現実だ。
「君の歌、ボクは覚えられたよ。それを歌おう……君への、鎮魂歌だ」
「私は貴女の歌声をきっと忘れない」
 ゆっくりと、メッシュが少女の歌っていた歌を響かせていく。
 動かなくなった由紀の頬を撫で、慧架は少女の来世での幸福を願う。
「いつか生まれ変わった貴方と歌の高みを目指したい。同じ歌を愛する者として、ライバルとして。ずっと待ってる、待ってるから……」
 アンジェリカの頬は、とめどなく溢れる涙で濡れていた。
(俺も、お前の歌を歌うぜ。ほんの一欠片でも、由紀の夢を歌い継がせてくれよ……)
 溢れ出る思いを漏らさないように堪えながら、正太郎はメッシュの歌声に生前の由紀を思う。

 運命の残酷さを噛み締めたリベリスタ達に看取られながら、少女は小さな夢を来世に託し、逝く――。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
お疲れ様でした。
相当に重たい雰囲気のシナリオでしたが、いかがだったでしょうか。
今回は、多くは語らず。

またのご参加を、お待ちしております。