● 荷物をまとめ終えた彼女は、部屋の中を見回した。 埃と絵の具の匂いのする美術室。美術部に所属していた彼女は、ここで毎日のように絵を描いていた。 明日、彼女はこの学校を卒業する。春からは念願かなって東京の美大に進学することが決まっていた。 早く部室に置いてある荷物を片付けなければと思いながら、そうするとまだわずかに残っているはずの高校生活が完全に終わってしまいそうで、先延ばしにしてきた。 卒業式前日の今日になって、ようやく重い腰を上げたものの、彼女の手は止まりがちだった。春休み中のこととて、ほかに登校している生徒はいない。無人の教室は、思い出に浸るには格好の場所だった。 イーゼルに付いた絵の具。彫刻刀の傷のある机。友人や後輩の描いた何枚ものキャンバス。笑いもしたし、喧嘩もした。どうしても思うような色が出せなくて、泣いたこともあった。…… 午後早くに始めた片付けをようやく終えたのは、日も暮れた頃であった。 最後に彼女は、一番のお気に入りだった石膏像の腕をひと撫でして、誰にともなく「じゃあね」と呟いた。 荷物を持ち上げてドアの方へ向かった彼女の足は、しかし途中で止まった。 背後で何か、物音がしたような気がする。振り向こうとした時、再びその音がした。 「行かないで」 そう聞こえた。 全身の毛が逆立った。 誰もいなかったはず。誰もいないはず。きっと気のせいだ。聞き間違いだ。 自分に言い聞かせる彼女を嘲笑うかのように、今度ははっきりと声が聞こえた。 「行かないで。ここにいて」 背後で、何かが蠢いている。 逃げ出したいのに、どうしても足を動かすことができない。 耳許で声が囁いた。 「ここにいて」 反射的に振り向いた彼女の前にあったのは、石膏像の群れだった。 いや、元は石膏像だったモノが、人間と同じ大きさとなってそこに立っていた。 半裸の女神が。全裸の奴隷が。投石機を肩にかけた古代の英雄が。 青白い肌はそのままに、動く肉と意思をもって。 円盤投げの像が、おもむろに円盤を彼女の頭に振り下ろした。 自分を愛した少女の血に染まってなお、その表情が動くことはなかった。 ● 「三高平高校、美術室の石膏像がエリューション化しました」 『運命オペレーター』天原・和泉(nBNE000024)の言葉は、ブリーフィングルームに集まったリベリスタ達に少なからぬ動揺を与えた。 リベリスタの中には、現に三高平高校に在学している者、卒業生である者も多い。親族・友人まで含めれば、ほとんどのリベリスタが三高平高校と何らかの関係を持っていると言ってもよかった。 そんな場所で事件が起こるとは。 リベリスタ達は表情を引き締める。 「最初の被害者は、卒業式を翌日に控えた女生徒と予想されています」 「……ひどい」 リベリスタ達の中から声があがった。 和泉は小さくため息を吐く。確かに、希望に満ちた一歩をまさに踏みだそうとしている若者が襲われることは痛ましい。しかし今回予想される事態は、さらに残酷だった。 「彼女は美術部に所属していました。 最初にエリューション化したのは、彼女が最も気に入って、よく描いていた石膏像です」 リベリスタ達は息を呑んだ。 モニターに映像が映し出される。 「この円盤投げの像がそうですが、……今では他の石膏像3体にも革醒が及んでいます。フェーズは2。 どうやら、人に対する執着が異常に強まっているようですね」 彼らは、人を永久に自分の側に留めようとする。件の女生徒のように、自分に親しみを見せた者ならばなおのこと。 「しばらく美術教室で過ごすだけでもいいかもしれませんが、石膏像に好意を示せば確実でしょう。汚れを拭くなり、デッサンするなり」 考えてみれば哀れではある。この石膏像達はこれまで何百人もの生徒を見送ってきたのだろうし、これからも見送り続ける運命にあったのだろう。 寂しかったのかもしれない。 だからといって……いや、だからこそ、生徒を害させてはならない。 エリューションとなってしまった今はせめて、少女に愛された美しく穢れない姿のまま送ってやりたい。 和泉はリベリスタ達を見回した。 「どちらにとっても悲しい事態が起こる前に、対処お願いします」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:天夜 薄 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年04月14日(日)22:36 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
● 美術室の扉を引くと、足下のレールが耳障りな金属音を立てる。中に入ると、ここに通っている生徒なら一度は見たことがあるはずの画材や美術作品、独特の匂いと雰囲気に出迎えられる。件の石膏像はまだ室内に溢れる備品の幾つかに過ぎず、過ぎ行く時を淡々と眺めている。 「ここが学校……」 未だ知らないことばかりのボトム・チャンネル。その一端である学校という場所を訪れて、『金雀枝』ヘンリエッタ・マリア(BNE004330)は思わず呟いた。ヘンリエッタはここが学びの場だということは知っているが、そこで送られる生活がどのようなものかを理解してはいない。そんなことを学ぶために、通ってみてもいいかもしれない。ヘンリエッタはそんな風に思っていた。学校の至る所に、彼女には理解の及ばない様々な感情が残されている。 「この間まで普通に授業受けてた場所で仕事するなんて思いもしなかったわね」 部屋に入る直前、『薄明』東雲 未明(BNE000340)は平淡に言った。見回した部屋のあちこちに思い出の影がうずくまっている。時折その方向に目をやって、未明はしみじみとしている。明日で卒業。向かう先がどうであろうと、この景色をしばらく見ることはないのだろうと、未明は少し不思議な感じを覚える。未明は教室を掃除する時のように机の上に椅子をひっくり返して置き、一つずつ部屋の隅へと押しやった。 『鋼脚のマスケティア』ミュゼーヌ・三条寺(BNE000589)は美術室の隅にある掃除用具入れからほうきとちりとりを取り出して、未明が机を退かした傍から掃いていく。いつも私服通学の彼女も、今日ばかりは制服に身を包んでいる。卒業とはいっても、彼女は大学部に移るだけ。それでも名残惜しさはそれほど変わるものではない。 同じようなことを、石膏像たちは感じているのだろうか。『シャドーストライカー』レイチェル・ガーネット(BNE002439)はふと石膏像に目をやる。壁際に並べられたそれらの一つとふと、目が合う。まだ動き始めてはいないから錯覚かもしれないけれど、窪んだその瞳はやたらと寂し気に見えた。その気持ちは決して理解できないものではない。人間とて惜別の情は手に余るものなのだから。 けれどそれがどれだけ辛いものであったとして、この運命は決して笑って流せるものではないのだ。『ヴァルプルギスナハト』海依音・レヒニッツ・神裂(BNE004230)はカミサマが面白半分で捏造した運命をひっくり返す所存であった。思い出とはかくも美しく優しくあれ。門出を祝う日にはそれこそ相応しい。 椅子と机のほとんどを壁際に退かし、ミュゼーヌが一カ所に集めたゴミをちりとりに収めた。綺麗になった部屋が顔を出す。空いたスペースで、彼らは思い思いの時間を過ごし始める。ヘンリエッタは拝借した椅子を部屋の隅に置いて座り、気を張りつめて部屋の様子に目を凝らしていた。海衣音もまた同じように座るが、彼女は何となく皆の様子を見ているばかりだ。 「部員に大切にされてきたのだろう」 『正義の味方を目指す者』祭雅・疾風(BNE001656)は英雄像の肩にほんの少しだけこびり付いていた埃をサッと払いつつ呟いた。石膏像は経年劣化のためか所々にひび割れが見えるものの、非常に綺麗な白色をしている。所々に黒ずみが見えていはいるがそれも少なく、定期的にケアされていたのだろうとうかがえた。他の石膏像はもちろん、どの備品も丁寧に管理されている。 親しみを込めて丁重に扱われてきたそれらが、寂しさを覚えるのも頷ける話だ。『極黒の翼』フランシスカ・バーナード・ヘリックス(BNE003537)は奴隷像を乾いたぞうきんで優しく拭う。奴隷像を満遍なく吹き終えると、フランシスカは上機嫌で近くの椅子を取って腰掛け、紙と鉛筆を取り出して奴隷像のデッサンを始める。見よう見まねのその様子は、何だか覚束ない。 「んー……こうかな……あれ、なんか違う」 フランシスカがあれやこれやと格闘している最中、『戦奏者』ミリィ・トムソン(BNE003772)はせっせと女神像を拭く。綺麗になった石膏像と、僅かな汚れの移ったぞうきんを見比べて、やがて目を離す。何人もの生徒を見送ってきた石膏像。今まで口にすることも出来ず、見送ることしか出来なかった彼らの気持ちに、ミリィは共感さえすれど、そのために誰かが命を落とすことなど望んでいない。 行かないで、此処に居て。 かつて自分も告げた台詞。気持ちは痛いほど分かる。けれど彼らの望む結末は、ただの独りよがりなのだ。 未明は拭き終わった円盤投げの像を部屋の中央に移動させる。それに続いて全ての石膏像が集められ、女神像だけは若干は慣れた場所に置かれている。 彼らは未明とミュゼーヌの方へと集まった。 一緒に過ごした教室も。 学校という場所での時間も。 今日でお別れ。そのための合図。 ● 「……ミュゼーヌ君は今年卒業ですか、おめでとうございます」 「未明もそう言えば卒業だったっけ? おめでとう」 海衣音とフランシスカは未明とミュゼーヌに声をかける。 「もうそんな時期なのね。少し、寂しいわ」 ミュゼーヌがその顔に称えた微笑は、石膏像たちの内側にある琴線をそっと撫でた。床を何かが擦る音が聞こえ始める。 「思えばこういった子たちにも、ずっとお世話になってたのよね」 未明はあからさまに石膏像に視線を投げ掛けてみせる。石膏像の完全に人の形をしてはいなかった石膏像が、その身体を伸ばして人型を構築していく。首が、手が、胸が、元の石膏像と同じ物質で形作られていく。 「卒業おめでとうございます、お別れですね」 レイチェルがそう告げる頃には、石膏像たちは完全な人型を為していた。石で構成された身体は人間のそれよりも遥かに屈強そうに思えた。 「お二人とも、卒業おめでとう御座います。此処ともお別れする事になるのですね。 ──ですが、もう少しやる事は残っています」 ミリィがポツリと呟いて、石膏像を見る。石膏像たちの惜別の情は、既に殺気に変化しつつある。 円盤投げの像がその手に掴んだ円盤を振り回す。未明は猛然と突き進むそれの前に立つと、円盤投げの像の振り下ろした腕を払って受け流した。 「行かないで欲しいのなら、力づくでいらっしゃい」 「在校生たちの為、高校生活最後の仕上げよ」 ミュゼーヌが石膏像の視界に入らないように注意しながら、銃に手をやる。その銃口の先にはミリィと、彼女に襲いかかる女神像の姿。ミリィは女神像と対峙しながらも指揮を執り、攻撃と防御を統括する。 「任務開始。さぁ、戦場を奏でましょう」 ミリィから放たれた閃光弾が、強烈な音を発して石膏像の怯みを誘う。英雄像は自分に向かってきた閃光弾をはたき落として、投石機の矛先をミリィに向けようとする。 それを遮ったのは、疾風。 「生徒らに害をなすのは見過ごせなくてね。変身!」 疾風は叫ぶと共にアクセス・ファンタズムを取り出して、装備を纏う。瞬時に装着を終えた疾風は、全身の気を制御して戦闘の構えを取る。疾風が睨みつけた英雄像が、ふと彼に気を取られる。 「此方が相手だ!」 挑発にのった英雄像が小型の投石機から砲丸のような石を射出する。硬質化した身体でそれを受け止め、疾風は跳ね返した。その背後から奴隷像が両腕をいっぱいに広げて近付こうとする。しかしその意識は、傍らから振り下ろされた暗黒の魔力に粗方削がれてしまった。 「奴隷が自由にできるなんて思っているの?」 フランシスカの握る得物からちらちらと吐き出されていた黒色の粒が、彼女の身体に纏わり付くオーラと同化する。巨大な鉈に弾き飛ばされた奴隷像の右腕にはヒビさえ生じていなかったが、衝撃の加わった部分が薄らと凍り付いている。 奴隷像は氷結した部分を払ってそれをぬぐい去ると、フランシスカに猛進していく。荒々しいその動作から垣間見えるのは、どんな形であっても親密であった誰かに傍にいて欲しいという、妄執。 「困ったわねぇ。入学してくる後輩達のために、あんたたちにはいて欲しいのに」 未明は飛んできた円盤を避けながら呟いた。石膏像が別れを惜しむほどの親愛を示しているからこそ、それは今後会うことになっていただろう多くの生徒に愛される存在となっていただろうに。 残念だな、と未明の脳裏を過る。しかしそれをしみじみと噛み締めている暇は、なかった。 ● 怯みを克服した女神像が大仰に広げた両腕の間から眩い光が発散する。側にいたミリィがそれに晒されると、身体がどこからともなく石化を始めた。ヘンリエッタの張った対物理力場をかいくぐった神秘に、抵抗しようとする意志も、力もなす術がなく削がれていく。 「あなたの動きも、封じさせてもらいます……!」 女神像の背後の射線を確保したレイチェルが、巧みに気糸をその周囲に張り巡らせる。レイチェルとミリィ、双方に気を取られた女神像は、瞬く間に身体中の主導権を奪われた。まるで空間に固定されたように動きを失くした女神像。逃げ場のないそれを、数多の銃弾が覆っていく。 「ここにいる事は……出来ないわ。人は、歩みを止められないの。 分からない訳じゃないでしょう?」 固い女神像の身体が銃弾で抉られる。身体中にできた幾つものほんの僅かな凹み。痛覚のない女神像は痛がる様子もない。けれどミュゼーヌはあまりにも平坦なその顔面から、やっと感じ取れるほどの悲痛を見つけ出す。 多くの生徒たちを見送ってきた石膏像。彼らの身体に許されたのは美術室を見守ることだけ。どれだけのさよならの言葉を彼らは聞いてきたのだろう。どれだけの寂しい背中を見送ってきたのだろう。彼らの石で固められた口は音を発することすら叶わない。彼らはさよならを伝える手段さえ持っていない。彼らの暴走は、別離を惜しむことが出来ぬのなら、それを押し潰して永遠に一緒にいたいという感情の発露した結果なのだろう。それがどれだけ哀しい行為であったとしても。 女神像が気糸を引きちぎって光を拡散させる。光に当てられぬように注意しながら飛ばされた石を避け、疾風は円盤投げの像を牽制しながら女神像に向かっていく。 「卒業生達を応援して欲しいな。彼ら彼女らを大事だと思うのなら! それに新たな出会いもすぐそこだ」 神秘を右腕に、左腕に、右足に集中させて、女神像の身体を抉っていく。衝撃に弾かれる身体が作った隙を、海衣音が眩い閃光で貫いた。 「才ある我が子を見送る一抹の寂しさはあるんでございましょうが、ソレを笑顔で見送るのが、あなたがた先達の努めでございましょう」 四体の石膏像に突き刺さったそれが溶けた跡には裂傷が見える。彼らの身体を繋ぎ止める神秘は、つまり悲しみに縛られた彼らの心は、徐々に削がれつつある。 「愛情が故に革醒。笑えない冗談ですね」 「宿った心の望んでいた変化は、こんな風に残酷なものじゃなかったと、思うんだけど」 滞りなくハイバリアを張ったヘンリエッタが、フィアキィと共に踊る。空中を優雅に舞うフィアキィの周りに集中した冷気が、その周辺を凍結させる。鋭く突き刺さる冷気が、身体においても、心においても、女神像の足を止めた。 その脇から、未明が一気に距離を詰める。女神像は残像はおろか、実体に反応する間もなく剣の軌道に飲まれた。 崩れない体勢は受けた衝撃を感じさせない。身体中の傷も依然として浅い。 だが未明が振り向いたとき、女神像の身体に一筋の亀裂が入った。それは瞬く間に女神像の身体中に広がると、それまで僅かほどの乱れもなかった形を歪める。神秘によって繋ぎ止められていた身体がバラバラと崩壊し、見るも無惨な破片へと姿を変えた。 その破片を、奴隷像が無造作に踏みつけた。奴隷像は気に留めることもなく駆け出して、フランシスカの首に纏わり付いた。苦し気な表情を見せた彼女は即座にそれを振り払うと、奴隷像の身体を払うように得物を振り上げた。鋭い斬撃が、奴隷像の身体を一閃する。 「まだ感傷に浸っている暇はない、か」 言うと同時、ミュゼーヌは思いきり引き金を、引いた。 ● 奴隷像が地にひれ伏した。物乞いのごとくうつぶせになった身体が、粉々に砕け散る。拳大の破片に纏わり付いていた黒色の瘴気がサラサラと空中を漂っている。 得物を引いたフランシスカの肩に、痛烈な痛みが走る。石の円盤が肩をゴリゴリと削る感覚。闇のオーラがそれを僅かに軽減するものの、痛みが去ると同時にオーラも消えた。フランシスカは息つく間もなくその矛先を英雄像に変える。 英雄像は淡々と落ちた円盤を拾い上げ、側にいた疾風にそれを振り下ろした。疾風は柔らかくそれをいなして、攻撃で体勢の崩れた身体に蹴りを叩き込む。腕があらぬ方向に曲がり、そのまま英雄像の重い身体が地面を滑った。仰向けに寝転んだ英雄像の首に閃光が突き刺さり、焼けるような熱さが身体を覆う。 その軌道上で、ミリィが見下すように見ている。 「──寂しかったんですよね」 ゆっくりと、起き上がろうとする英雄像。その視線が、ミリィにぐっと引き寄せられる。 「置いていかれる事が、怖かったんですよね」 ミリィの身体からポゥッと光が漏れだした。再び聖なる光を拡散しようとしている。 それでも、それでも自分たちにはこうする今年か出来ないから。 世界に害を為すものには、それがどれだけ情動的でも、それがどれだけ優しく、悲しいものでも、破滅の道しか用意できないから。 「人を愛し、人に愛されたが故の革醒なら──もっと他に道があったでしょうにね」 やりきれない。言葉にしきれぬ感情を解放するように、レイチェルは気糸を目一杯に展開する。それはやおら空中を彷徨ったかと思うと、瞬きをした後には英雄像と円盤投げの像の胸を貫いていた。ミリィは、彼らを見遣り、そっと呟く。 「御免なさい。そして、今まで生徒たちを見守っていてくれてありがとう御座いました。 貴方たちと立ち会ったものとして、私は今日のことを忘れません」 決意のこもった閃光が、美術室を駆ける。 眩い閃光の覆った先に、英雄像の神秘は残されていなかった。苦し気に見上げた英雄像の身体は足下から崩れ、徐々に形を失くしていく。やがて頭が落ち、鈍い音を立てて床を叩くと、それは儚くも、英雄とは名ばかりの破片に姿を変えた。 傍らで狼狽える円盤投げの像は、身体を焼く痛みが消え失せると同時に、大きく振りかぶった。大袈裟だが力強く投げ出した円盤が、振りかぶった右腕ごと飛んでいった。それが未明に当たるのを見ることもせず、無くなった右腕があった場所を、円盤投げの像は呆然と見ていた。像が、右腕の消失を自覚すると、途端にその身体に亀裂が入る。 「ごめんなさい、寂しい思いをさせて。それでも私は貴方達の事、決して忘れないわ……今まで、ありがとう」 ミュゼーヌは悲鳴を止めた拳銃をそっとしまう。もう十分だと、そう感じたから。 その判断は正しく、円盤投げの像は瞬く間に一介の破片へと成り下がった。バラバラと、崩れ落ちる音が止むと、そこには佇むリベリスタしか、音を立てるものも動くものもなくなっていた。 「貴方は本当に運命を引き寄せるほどに愛していたんですね、生徒を」 海衣音は、ゆっくりと女神像であった破片のそばに寄ると、その一つを手に取って、指先でそっと撫でた。ざらざらとした石の感触。破片とかしても尚、綺麗な表面。 「そして愛されていたんですね。記憶を読まなくてもソレくらいわかりますよ」 海衣音は優し気に微笑んで、優しく、破片を置いた。 ● 「さすがにこれじゃ、修復なんて無理よね……」 未明は残念そうに口にする。視界にあるのは四つの粉々になった残骸。フランシスカは名残惜し気にそれらを見て、やがて視線を逸らす。 「残念だけど、処分するしかないよね」 「そうだな……こいつらが見送るのが辛いというなら、今度はオレたちが送る側に回ればいい」 ヘンリエッタはそう言うものの、悩んだように首を傾げた。 「……こういう時も卒業おめでとう、でいいのかな」 「それでいいと思うよ」 疾風が同意する。悲しい形ではあるけれども、これも一つの卒業であるに違いない。 「長い間、お疲れさま」 ヘンリエッタは微笑んで言った。 「卒業、かあ。私ももう来年なんですよね……」 レイチェルはしみじみと言う。それから彼女はミュゼーヌと未明の方を向き、ゆっくりと尋ねた。 「……こう聞くのも変化も知れないんですけど、どんな気持ち、何でしょうか」 「そうね……まだ実感がないけど、やっぱりちょっと寂しい、かな」 「そうですか……ありがとうございます」 ミュゼーヌの答えに、レイチェルはポツリと礼をした。その声は若干寂し気だ。 けれども、これは終わりじゃなくて始まり。 悲しいことじゃなくて、きっと嬉しいことだから。 「じゃあ、改めて」 ミリィが仕切り、やがて幾つかの声が重なった。 ご卒業、おめでとうございます。 この時期に相応しい、その言葉を告げる。 「あ、そうだ。いっそこのままミュゼーヌの卒業祝いでもしにいこっか?」 フランシスカが楽しそうに言った。 そうして彼らは戦場を後にする。 4人の『卒業生』に、優しく手を振って。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|