● 紙煙草の先端がちりちりと燃え、僅かに赤く燻った。 一息だけ口の中に煙を溜めて、すぐに吐き出す。 できることなら肺の隅々まで煙を行き届かせたい所だが、いたずらに健康を損なうべきでないという医師の忠告を自分なりに守ったが故、こうした妥協に行き着いた。 ハリウッド映画に憧れて煙草を咥えた、青い青い青年時代を繰り返すようで気恥ずかしい。だが電子煙草などというオモチャに甘んじるより遙かにマシだ。 「まもなくです軍曹、ご準備は?」 ごてごてとしたボディアーマーに身を包んだ若者がにやけ顔で問いかけてくるので、肩をすくめて返してやった。 「誰に聞いてんだ、ダサいぜ」 最近の若者はすぐこういうジャパニメーションじみたオモチャをつけたがる。ジョン・トラボルタに憧れて飛行訓練を受けた経験がある以上ひとのことは言えないが、どうにもついていけない。 「いつでも行けるぞ、ハッチを開けろ」 「了解!」 肩に固定されたベルトを外し、椅子から立ち上がる。 金属床の感触を、革靴ごしに確かめた。 大丈夫だ、今日も順調にステップが踏める。 目の前のハッチが開いていく。 薄暗い部屋を照らし出す太陽の光。 一瞬だけ吹き込む風が急激に逆流し、外側へ吸い出す暴風となった。 差し込んだ陽光を照り返すように、自らのスーツが艶めいた。 上下セットの白いスーツ。ジャケットは二重になっていて、上着の前はフルオープンになっている。 暴風に煽られっぱなしになった上着を見て、若い兵士が失笑した。 「軍曹、そろそろ支給したボディーアーマーを着てくださいよ。うちの部隊がほかからなんて呼ばれてるが知ってますか? 『ナイトフィーバー隊』ですよ」 「最高にホットじゃねえか。入場曲にしようぜ」 「勘弁してください」 上を向いて首を振る若者兵士。 「士戸錠司……『発進』!」 そう長くはない床を駆け抜け、斜め下へと傾いた床を踏み込む。 ヘリから空中へとエキジット。 高度約三千メートルの上空に、パラシュートなしで放り出された。 まるで体操選手よろろしく体をコンパクトに丸めて回転。充分に急降下を楽しんでから体を広げた。 全身を打ち付けるかのような空気抵抗。 しかし体はびくともしない。 眼下に目をこらすと、ずんぐりとした巨体が見える。 着地予想地点は山に囲まれた森だが、今は不自然に均されている。 「敵影を肉眼で確認、ねじ込むぞ!」 『了解、グッドラック!』 ヘリで待機しているであろう兵士たちが無線で応答してきた。戦いのスイッチが入っている。これでいい。 頭を下にしていた体勢を反転。足を下に向けると、ずんぐりとした『赤い巨人』に向けて強烈なスタンピングを叩き込んでやった。 「ショウタァイム!」 瞬間的に衝撃が来る。簡易飛行を発動して重力を制御、相手にのみ勢いを流し込む。このテクニックを磨くのにそれこそ十年の歳月がかかった。だがそれだけに強烈なはずだ。 足は『赤い巨人』の首後部に命中。そのまま相手を折りたたむかのように踏みつぶすことに成功した。 が、必殺技となるのはこの一発限りだ。ここから先は地道に蹴るしかない。 「敵陣への『闖入』に成功。これより戦闘を開始する」 『隊長、やはり我々も……』 「馬鹿かお前、近づいただけで死ぬのがオチだろうが。急いで離脱しろ」 『……了解!』 周囲を見回す。 先刻踏みつぶした『赤い巨人』と同じタイプの化け物が周囲に五体。 彼らの足下には、踏みつぶされた『兵隊だったもの』が存在していた。 若者たちが好みそうなボディーアーマーが無残にひしゃげ、中にあったであろうものが、落としたストロベリーパイのようになっていた。頭の中で冥福を祈ると、即座にその場から飛び退いた。 先刻まで立っていた地面が噴出した。いや、『赤い巨人』のパンチがたたき込まれたのだろう。まるで爆発でも起きたかのような衝撃が走り、土砂と樹木の破片が空へと舞い上がっていく。 ぎりぎりで回避できたが、それは本当にぎりぎりだった。つまり次はないと言うことだ。 横っ飛びに地面を転がり、一旦体勢を立て直そうとしたその矢先に、いきなり右側から『赤い巨人』の足が襲ってきた。 かろうじて残っていたであろう樹木をまるごとへし折りながら空中へと放り出される。土砂を纏ってボールのように蹴り飛ばされ、地面をバウンドした。ワンバウンドで土砂をはじき飛ばし、二度目のバウンドで簡易飛行を発動。高速でスピンすると、直立体勢をとった。 「くそ、やべえな……」 正直、俺一人じゃあ手に余る。 ● 「以上が、協力組織のリベリスタ『士戸・錠司』が死亡する三十秒前までの出来事です」 「三十秒前……」 当たり前のように述べられた数字に、リベリスタたちはぐっと息をのんだ。 「彼らは治安維持のため、主に人外系エリューションやアザーバイドとの戦闘を行なうリベリスタ集団です。一応アークのことは知っている筈ですが、独自のプライドや理念があるため迎合には至っておりません」 とはいえ高い戦力をもっているかと言えばそうではなく、飛び抜けて戦闘経験の高い士戸錠司を除けば非常にレベルの低い集団であるという。 「普段は手に負える範囲の敵とだけ戦闘を仕掛けている彼らでしたが、あるとき急に敵が強力になり、手に負えなくなってしまったというのが……今回の件ということになります」 彼らは敵を人里に出さないよう誘導しながら長期敵と交戦。味方の兵隊を十名以上喪った段階で、隊長単独での戦闘に切り替えた様子だが、それも今回で終わりとなってしまう。 「急行すれば、この『三十秒前』ラインの前後で割り込みをかけることができるでしょう。今回はこの戦闘に加わり、敵の殲滅を行なっていただきます」 戦場は盆地になっており、周囲の山もあいまって非常に奥まっている。安全に身を潜めつつ敵に接近するにはやはり陸路がいいのだが、その場合時間がかかりすぎて士戸錠司の生存は絶望的になるだろう。 「今回は空中からの降下強襲をお勧めします。ヘリの運転と降下に必要なサポートはつけますので、その点の心配はなさらないでください。続いて、敵の情報です」 敵。アザーバイド『赤い巨人』(仮称)。 正式名称不明。 全長五メートル前後の巨人で、体の表面に拒絶フィールドのようなものを形成することができ、接触した物体を強制的にはじき飛ばすことができるという。それに加え、半自動的な自己修復機能も持ち合わせているという。 「確認されているだけで五体。全員で力を合わせて戦えばやっと勝てる、という程度の戦闘力を持っています。決して油断しないようにしてください」 一通りの説明を終え、頭を下げるフォーチュナ。 「以上です、この先の運命を託します」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:八重紅友禅 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 9人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年04月11日(木)23:28 |
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■メイン参加者 9人■ | |||||
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●幸運は空から降ってなどこない 『高度の安定を確認。目標の直上を通過します。リベリスタ各員、降下できます。……皆さん、ご武運を』 運搬用ヘリの格納エリアにて、スピーカー越しのくぐもった声が聞こえた。 同時にゆっくりと開かれていく後部ハッチ。 差し込み広がる青い光。 風はやがて暴風となり、遠くの雲を呼び寄せた。 「空を飛ぶのは慣れたものですが……まあ、今回は落ちるだけですな」 自らの仮面を撫で、『怪人Q』百舌鳥 九十九(BNE001407)は小さく息を吐いた。 一呼吸。 すぐに斜面を駆け下り、体を大の字にして大空へと飛び降りた。 その様子に頬をひくつかせる『ソリッドガール』アンナ・クロストン(BNE001816)。 「ひ、ヒモなしバンジー……こ、これだから……」 「後がつかえてるんで、はいはい」 『第35話:毎日カレー曜日』宮部・香夏子(BNE003035)はスプーンをくわえたまま抑揚無く言うと、アンナの背中をぽんと押した。 「これだから神秘ってやつはあああああああああああああ!」 おかしな悲鳴をあげて落下していくアンナと、何かもぐもぐしながら一緒に落ちていく香夏子。 「あら、まあまあ……」 上から覗き込んでみれば、赤いグミ状の巨人を何体か見ることが出来る。 恐らく士戸錠司もあそこにいるのだろう。 『天邪鬼』芝谷 佳乃(BNE004299)は頬に中指を沿わせ、まどろむように目を細めた。 「素敵な殿方ですわ……佳いではございませんか」 「イイ? ああ、カッコイイよな。燃えるよな! 正義の味方ってやつだぜ」 支給されたゴーグルを目に下ろし、『スーパーマグメイガス』ラヴィアン・リファール(BNE002787)は佳乃と共に斜面を駆け下りていく。 「十年磨かれた技、失われるのは、もったいない、ね」 あまりスパンを開けること無く一足飛びで降下しはじめる『無軌道の戦鬼(ゼログラヴィティ』星川・天乃(BNE000016)。 とはいえあんまり団子状になっても空中でぶつかってしまいかねない。 『破壊の魔女』シェリー・D・モーガン(BNE003862)と『紅蓮の意思』焔 優希(BNE002561)、そして『魔獣咆哮』滝沢 美虎(BNE003973)は頭の中で秒数をカウントしながら青空を見やった。 上体固定用バーから手を離す。 「命を賭してひとを守るその正義、賛嘆に値する。妾は決めたぞ、絶対に死なせぬ……」 「ああ。ここから先は俺たちの第二幕としよう」 「絶体絶命の場面にキャンセル・アンド・デストロイ。これぞアークの真骨頂だもんね!」 同じくバーを手放す優希と美虎。 彼らはほぼ同時に斜面を駆け下りると、空中前転のフォームで高速降下を開始した。 風よりも早く。 雨よりも早く。 彼らは一路、戦場へと降下した。 ●人の血ですら花は咲く 震える手でシガレットケースを弾く。 僅かに飛び出た一本の煙草を咥えて抜くと、士戸錠司は胸ポケットに手を当てた。 あった筈の硬いふくらみがない。映画で見て以来必死に探し回って買った、憧れのジッポライターだったが、どうやら途中で落としたようだ。 「クソ、死に際くらい一服させろっての……」 片腕は赤く染まっている。白いスーツが台無しだと思った。 痛々しくえぐれた地面で仰向けに寝そべり、空に向けて毒気づく。それが精一杯の抵抗だった。 左右両サイドを挟むように、赤い巨人が見下ろしている。 ぱらぱらと土を落としながらふり上がった足の裏に、誰かの断片をみつけて歯ぎしりした。 そこに自分も混ざるのか。 足が下りる、その寸前。 それは急に訪れた。 巨人の足が不自然な方向にねじれたと思うと、まるで握りつぶしたスライムのようにいびつな変形を起こした。 異変を察して左右を見回すもう一方の巨人もまた、掲げようとした腕を体にべたんとくつけ、またもいびつに変形する。 「まずは一撃っ……!」 「援護、する」 錠司の真後ろに、パラシュートも翼もなく、一人の少女が着地した。 煙草をくわえたまま上体を起こす錠司。 「天使っ……いやダメだ、天使は下着くらいはくもんだ」 「何のことかわからない」 かくんと首をかしげる天乃。 一拍遅れ、幻影の翼を広げた香夏子がばさりと錠司のそばへと着地する。 「とりあえず1~2体はトれると思うのです、ほら」 自らに巻き付いた糸を引きちぎろうとぐにゃぐにゃに変形する巨人。 その直上から優希と美虎がまっすぐに急降下してきた。 二人の土砕掌が頭部(と思しき部分)に直撃。べっこりとへこんだ巨人をクッションにして一旦倒立バク転をかけると、地面を転がって器用に受け身をとる。 が、それで終わりではない。 「超必殺、メテオ・バースト!」 翼を鋭角に広げ、上下反転状態で突っ込んできたラヴィアンとシェリーが、大きな炎となって巨人に叩き込まれたのだ。 着弾と爆発はほぼ同時だった。まるでトマトやゼリーをたたきつぶしたかのような、それはそれは派手な粉砕であった。 四方八方に飛び散る巨人の残骸。 舞い上がる粉塵の中で、すっくと立ち上がるシェリーたち。 「ヒロイン登場じゃ。ちと幼いがな」 よっしゃ五接地回転法! とかよく分からないことを言って立ち上がった美虎が、腰の辺りでぐりっと錠司へ振り返った。 「アークのリベリスタだ! この場はわたしたちに任せて逃げて!」 「アークってあのアークか。ありがてぇ、それじゃ俺はスタコラサッサだぜ……てなるか!」 錠司は勢いよく立ち上が……ろうとして、怪我した腕を抑えて呻いた。 地面に杖を突き立てるシェリー。 「今は余力が無いのだろう。酷だがおぬしは足手纏いだ」 錠司はそれでも納得がいかないという顔で煙草の先端をついっと上げた。 ゆるく腕組みする天乃とラヴィアン。 「貴方の仲間が、死を望むかどうか……」 「絶対部下たち、あの巨人に挑んじまうに決まってんだろ」 「おう……もう一声だな」 「今もう一声って言った?」 「ならこういうのはどうだ」 闖入者たちの様子を見るように、じんわりと包囲しようとする巨人たちを見回しながら、優希は赤い拳法着を引っ張って見せた。 「士戸亡き後、お前の組織に潜って赤い道着を流行らせるぞ」 「よし、それいただき」 ぽんと手をグーで叩く錠司。 「ちょっと、それ、どういうやりとりなのよ……」 翼をつけたアンナが、錠司を羽交い締めるようにして引っ張り上げた。 彼を運ぶには多分これが一番フォームとして安定するのだ。ベルトでも接続すれば完璧である。 「悪いな。男の子ってのはバカでクールな理由じゃなきゃ逃げられねえんだ……ってうお、エンジェルじゃねえか! お前アークだったのか!?」 「エンジェル言うな! 何だと思ってたんだ!」 何となく意味も理由も分かってはいたが、否定しないわけにはいかないアンナである。 「まあ何にせよ、隊長が死んだら組織の再建が大変になるでしょうからなあ」 「あら、お話まとまりましたの?」 着地直前で翼を広げ、舞い散る粉塵の中でホバリングする九十九と佳乃。 直上離脱するアンナを確認しつつ、九十九はマントの内側に、佳乃は帯の下に手を這わす。 「『男の子』ですか……ふむ、あのまま素直に退きますかのう?」 「まあ、お退き頂けないでしょうねえ」 九十九は銃のグリップを。 佳乃は刀の柄を握り込んだ。 折った指を唇に当て、しゃなりと首をかしげる佳乃。 「美学は大切でしょう? 『男の子』には」 引き抜かれるえもの。 放射状に広がった風が、大地を駆けた。 ●発狂的イージーゲーム 飛行状態のリベリスタが成人男性一体(仮定70キログラム)を運搬するにおいてどれだけの苦労があるかについて、アンナはそれなりに理解しているつもりだ。 だがしかし。 「エンジェル、右だ!」 「だからエンジェル言うな!」 足をバネのようにして10メートル以上の高度へ飛び上がってきた巨人には、流石に驚かざるを得なかった。 全身を思い切り横に振って回避行動。アンナの足を巨人の拳がかすっていく。 それだけで空中制御を失い、後部プロペラを失ったヘリコプターの如くのたくった回転をかけて空中を滑った。 「下ろせ、後はなんとかできる!」 「馬鹿言わないで、一撃必殺型のアンタを放置したらどうなるかぐらい予想つくわ!」 既に被害がでているのだ。それだけでもアンナにとって重苦しいというのに、実の部下を失っている錠司がどれだけの気持ちか、分からないわけではない。 「舌噛まないように気をつけて下さい!」 回転中に聖神の息吹を展開。無理矢理体勢を維持すると、地面を片翼で削るようにして駆け抜けた。 スタンピングする巨人の足をぎりぎりのカーブでかわす。 不意に手を伸ばした錠司が、地面に転がったジッポライターを拾い上げた。 拳をコキリとならすラヴィアンとすれ違う。 「ここは任せろ。とりあえず溜めて、『アレ』あとで撃ってくれ!」 「お気遣いどーも」 煙草に火をつけようとする錠司。 軽く舌打ちするアンナ。 黙ってポケットにライターを戻す錠司。 そんな彼らを背にしたまま、ラヴィアンは無数の鎖を顕現。アンナを追いかけようとする巨人めがけて狙いも適当にぶっ放した。 無数の鎖が巨人の胴体や腕を貫通。触れた部分をぶちぶちと溶解させ、はじき飛ばしていく。 しかし巨人の腕は鎖よりはるかに大きかった。広げた手のひらがラヴィアンへと伸びる。 「さっせるかぁー!」 ラヴィアンを突き飛ばして割り込む美虎。彼女をがっしりと掴み取る巨人の手。 「踏まれないか、心臓バクバクですな」 その直後、下方から九十九による銃弾の連続射撃。美虎を握りつぶそうとした腕がぐねぐねと奇妙に歪んだ。 「あなた、啼いてくださらないのですね」 ひゅんと風切りの音をたて、佳乃が腕の横を通過。くるりとスピンして振り返る。 閃いた刀と共に髪を大きく弧を描いた後ろ髪。その後ろで、輪切りにされた巨人の腕が地面に落下した。 美虎、素早く離脱。短くなった腕を駆け上る優希。 「まずは頭だ。関係のなさそうな見てくれだが、試しに潰させて貰う!」 巨人の肩を踏むことなく跳躍。掌底でもって巨人の頭を強打した。水を派手にひっかいたような音をたててはじけ飛ぶ頭。 首無しになった巨人はたたらを踏むが、両足の間を天乃がエイトターンで駆け抜け、キュンと束ねた糸をひっぱった。 「動く、な」 絡まった糸で膝を突く巨人。 倒れ込む直前、胴体近くでぷかぷか浮いていた香夏子が頭上にバッドムーンフォークロアの疑似月を顕現。片手をずぶりと月に突っ込むと、迫り来る巨人の胸めがけて叩き込んだ。 爆発的なエネルギーでもって、巨人の胸から上が跳ね飛んだ。 くるくると、スローモーションで宙を泳ぐ上半身。 「今宵の妾は加減がきかんぞ」 下半身と上半身の直線延長上。ロッドを対物ライフルかのように構えたシェリーが、赤い目をキュウと細めた。 目元に開く小型の魔方陣。 その延長上に開く中型の魔方陣。 更にシェリーの前後を挟むように展開する大型魔方陣。 それらが一斉に逆方向へ回転をはじめ、エネルギーの渦を生み出した。 「英霊たちへの手向けだ」 ロッドの持ち手上端を叩く。しゃらんと鳴る遊環。 途端、高エネルギーのシルバーバレットが発射され、巨人をまるごと貫通。 巨大な穴をあけ、周囲を渦巻き状にねじ切って消滅させた。 そんな彼女の真後ろにかかる赤い影。 振り向くシェリーの目には、組んだ両拳を振り上げる巨人の姿がありありと映った。 と同時に、彼女の横をすり抜けるラヴィアンの姿。 「うりゃ!」 急制動と同時に発射した葬送曲の鎖が複雑に巨人へ巻き付く。 ラヴィアンの両肩を足場に飛び出す天乃と美虎。 天乃の放った気糸が巨人の膝に接触。と同時に爆発を起こす。 バランスを崩した巨人が斜めに回転し、地面へと落下を始める。 そんな巨人の後頭部に飛び乗り、美虎が渾身の掌底を叩き込んだ。 「本邦初公開、とらダーンク!」 地面に頭から突っ込み、それこそ地に落ちたゼリーのようにはじけ飛ぶ巨人。 それでも右半身だけは生きていたのか、じたばたと暴れて地を叩く。 と、そこへ。 「待たせたな!」 上空から降下した錠司が、凄まじいエネルギーを纏って巨人にスタンピングキックを仕掛けた。 地面を盛大に掘り返し、巨人もろとも吹き飛ばす錠司。 煙草(非着火)を咥えたまま親指を突き上げる。 「ナイスパージ、エンジェル! また頼む!」 「だからエンジェ……ああもういい!」 ツバメが獲物をさらうかのように、アンナが高速で錠司をさらっていく。 先刻まで彼が立っていた地面を、別の巨人が蹴りでもって掘り返した。 土砂が跳ね飛ぶ。 丁度アンナが巨人の脇を通り抜けようとしたその時、巨人がやみくもに振り回したと思しき腕がアンナへと直撃……しなかった。突進飛行でもって彼女を突き飛ばした佳乃が、かわりに直撃をうけたのだ。 バチンという雷のごとき反発音。まるで野球ボールのごとく吹き飛ばされた佳乃は、地面へ『着弾』した後バウンド。近隣の樹木を軽くへし折って空中に投げ出された。 「おおっ、佳乃さん!?」 慌てたような声をだし(つつもなんだか冷静そうに)巨人へ回り込み射撃を仕掛ける九十九。 螺旋状にねじ込まれた弾丸が切れ目のように開き、巨人の体を奇妙にねじまげていく。 「大丈夫ですかな?」 「いいえ、もう、もう……」 吹き上がった粉塵の中。 佳乃は頭からだくだくと血を流し。 ぺたりと額から頬にかけてを手のひらで撫でた。 熱い吐息を漏らし、目を細める。 「荒々しくて……私、いってしまいました」 「フェイトを使用したから無事、とみてよろしいですな」 「お恥ずかしいですわ」 やはりというか何というか、冷静に対応する九十九である。 佳乃は佳乃でうろんな目をして体を捻っている。 何なんだろうこの人たち。 「ラストなのです」 先刻の巨人の足首と肩にぐるぐると気糸が巻き付き。その先端を香夏子がしっかりと握り込んだ。 佳乃に追撃をかけようとしていた巨人の動きが鈍り、小刻みに震えながら糸を一本一本引きちぎっていく。 「トドメ、どうぞ」 「承った!」 巨人の背後から一気に飛びかかる優希。 「……一気呵成に、打ち抜く!」 人間で言えば脊髄にあたる部分を、優希は高速で突っ切った。 まるで自らを弾丸とするかのように、巨人の背から胸にかけて大穴をあけ、空中で停止。息を吐きながら『やすめ』の構えをとった。 背後でどろどろに崩れ落ちる巨人。 一度閉じた目を再び開き、優希は呟いた。 「任務完了」 ●新風紀委員会第三隊現場指揮官、士戸錠司軍曹。 「サンキュ、助かったぜ。アークのリベリスタ。名前、聞いといていいか?」 独特なデザインをしたメタリックな名刺を(不作法にも二本指で)突きだして、錠司はそんな風に言った。 無残に掘り返され、あれやこれやがごちゃ混ぜになった地面を適当にならし、俺曲がった木の棒を二十本ほど突き立て、手を合わせたばかりのことである。 この場に転がっていた死体を回収しようにも、暴れ回った巨人のせいでろくに原型をとどめておらず、そのうえ土にまで埋もれ、どうしてもというなら土ごと持ち帰るしかないという有様だった。 だからこそアンナたちも気が重かったのだが、当の錠司がこの調子なので、いくらか気持ちは軽くなった。 佳乃はなんだかうっとりしたままだし、香夏子はカレーを食う作業に戻っているし、天乃やシェリーたちもまたそれぞれ勝手に帰る準備を始めていた。 名刺を受け取り、目を見開く優希。 それを左右から覗き込むラヴィアンと美虎。 「……説明は、してくれるのか?」 「そう怖い顔すんな。千葉炎上事件の前後に脱退したヤツがそれなりの数いるんだ。平城山光斗とか、知ってるだろ」 「いや、あまり知りませんのう」 顎をなでる九十九。 「そうか……」 「まあ、その後の委員会は知っての通りなんだが、残った俺らもそれなりに思うところがあってな」 そこでようやく、煙草に火をつける錠司。 「俺たちが単にフラストレーションを晴らしたがっていたのは事実だ。そのはけ口を委員長に求めてたのもな。カッコ悪いぜ、いい大人がよってたかって女の子を担ぎ上げてよ。そのくせ神輿は磔台ときたもんだ」 「……」 優希は何も言わない。『彼女』の肉体を二度破壊した。二度目はたしか、磔台の上だった。 「ま、名前が残ってんのはそのせいだ。俺らで、自力でなんとかしようって気持ちの表われとも言うな」 「それじゃあ……」 顔を上げるアンナ。 同時に、二台のヘリが着陸した。 アークのものと、錠司たちのものだ。 「じゃあな、アーク。今度もまた、味方同士で会いたいもんだぜ」 それぞれを乗せたまま、ヘリは地上を離れ、空を駆けていった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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