●Nocturne of Chopin 静かで情緒的なピアノの調べがコンサートホールに木魂する。目を瞑って聞いていると、今いるこの世界を忘れそうになった。 ショパンのノクターン。 ステージで弾いているのは真っ赤なドレスを着た女だった。 彼女――伊集院頼子の引き込まれるメロディに観客の誰もが耳を凝らす。その気持ちのよい音色に思わず眠りを誘われた。 二百人いたコンサートホールは静まり返る。誰も起きている者はいない。 「佳奈美ちゃん、ママの演奏を聞いてる? あなたの大好きだったショパンよ」 頼子は誰も息遣いをしなくなったホールに突然、話しかけた。 「ええ、ママ。ちゃんと聞いてるわ。もっと聞かせてちょうだい」 少女の声がどこからか聞こえた。音源の元は頼子が首元からぶら下げていたポータルのカセットプレーヤーからだった。 今ではほとんど見ることのできない古いカセット。壊れかけて音の調子が悪くなっている。佳奈美が生まれた時に今はいない父親が買ってきたものだ。 頼子はカセットプレーヤーに向かって頷くと、指を鍵盤に走らせた。音調が畳みかけるように激しくなっていく。 本当なら今日のコンクール、佳奈美がこの場所で弾くはずだった。だが、佳奈美は今日という晴れの舞台を迎える前にこの世からいなくなってしまった。 頼子は途方に暮れた。もともと生まれた時から病弱で長くは生きられないと医者からも言われていた。 父親は離婚して遠の昔に消息を知らない。シングルマザーとして頼子は佳奈美を育てた。皮肉なことに音楽好きな父の影響でピアノを習い始めた佳奈美はすぐに才能を見出した。 「ねえ、ママ。あたしたちずっと一緒だよね」 気がつくと涙があふれていた。 佳奈美がいなくなってから訪れた暗黒な日々。生きる希望を失って頼子は佳奈美のあとを追うことも考えた。だが、ある日彼女の形見であったカセットから声が聞こえるようになった。頼子は嬉しかった。また、佳奈美と一緒に生きていける。 「もうあなたをどこにも行かせはしないわ」 ●The final concert 「コンサートホールの会場でいま二百人の観客が命の危険に晒されている。ピアノを演奏している伊集院頼子は、アーティファクトのカセットプレーヤーに操られているからそれを撃破してくるんだ」 『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)が焦った口調でまくし立てた。聞いていたリベリスタたちも一刻の事態に唾を飲み込む。 伊集院頼子の演奏に眠らされた観客は、あと一時間目覚めることがなければ息が止まってそのまま死にいたる。方法は頼子の演奏を止めさせること。演奏がやめば観客たちは十分ほどで全員目を覚ますことができるという。 「むろん、それだけでは問題解決にならない。さっき言ったように娘のE・フォースが乗り移ったカセットプレーヤーを破壊する必要がある。頼子を元に戻らせるにはその方法しかない。だが、佳奈美も攻撃をしてくる。スピーカーを通じて音による衝撃波で遠くにいるものをすべて切り裂く。また、やっかいなことに壊そうとすると、大音量の超音波で壊そうとする者の鼓膜を破壊しようとする。これは非常に危険だから気をつけろ」 音による攻撃は物理的な攻撃と違って防ぐ対処が難しい。単純に耳を塞いでもかなり漏れが出てしまうからだ。また、普通の耳栓では効果が全くないほど、超音波は強力なものであるという。リベリスタたちも説明を聞いて表情を思わず曇らせた。 「くれぐれも会場にいる観客に被害が出ないようにしてくれ。相手は観客を巻き込むことに関して全く躊躇しない。また伊集院頼子も一般人だからなるべく危害が及ばないようにしてほしい。今回はいろいろ制約があってやっかいな案件だが、お前たちなら無事に解決できると信じている。頼んだぞ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:凸一 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年03月10日(日)23:08 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●Requiem for daughter コンサートホールは死のメロディが流れていた。 赤いドレスを着た頼子は一心不乱に演奏をしている。まるで全身を血で浴びたような格好は見る者に凄惨で残酷な印象を与えた。 現場に到着したリベリスタたちの間にも緊張がみなぎっていた。このまま何もしなければ二百人もの命が一気に奪われてしまうことになる。 観客は一人残らず眠っていた。ショパンの素晴らしい演奏だった。本来ならずっと聞いていたいが、あいにくそうはいかない。リベリスタたちは気を引き締めた。 「アーティファクトに操られた対象の保護。一般人の救出及び無事、アーティファクト本体の破壊と。思った以上に随分やることの多い仕事だな」 『アウィスラパクス』天城・櫻霞(BNE000469)が、自分に言い聞かせるように今回の任務内容を口にした。いろいろ制約が多いため、いつも以上に気を引き締めなければと心に誓う。 「今回はアーティファクトに操られた一般人の保護か。楽じゃないんだよねぇ、こういう仕事ってのはさ」 『ティンダロス』ルヴィア・マグノリア・リーリフローラ(BNE002446)も愚痴を零して櫻霞の意見にうなずく。 「親子の絆かぁ。ボクたちフュリエは世界樹から生まれた存在だから、正確にはその気持ちはわからないんだけどねっ。でも、その想いを逆に利用するなんてっ!」 つづいて『アメジスト・ワーク』エフェメラ・ノイン(BNE004345)が、強い口調でまくし立てた。 「大事な人を亡くすって辛いよね。その事は良く分かる。だから止めなきゃいけない。きっとここにいる観客の人達も誰かにとっての大事な人、なんだろうしさ」 カメリア・アルブス(BNE004402)が周りを見回しながら言った。ここにいる誰もが家族を持っている。だから絶対に許すわけにはいかない。 「そうだ。俺も早く止めさせたい。こんな無意味なことは一刻もな」 ジェイク・オールドマン(BNE004393)もカメリアと同意見だった。 「佳奈美は、生前は大人しくて優しい子供だったみたいね。なんとしても私たちの手でこんな悲しいことは終わらせたい」 『小さき梟』ステラ・ムゲット(BNE004112)が、事前に採集してきた生前の佳奈美の写真をみて呟いた。そこにはあどけない笑顔の女の子が写っている。 「どんなに望んだとしても、死者と共に歩む事は出来ないのよ、絶対にね」 横からステラに写真を見せてもらった『炎髪灼眼』片霧 焔(BNE004174)が決意を込めて言った。 「普通にピアノのコンサートなら問題なかったのでしょうが……これはもう『普通』ではありませんわ。どんな理由があろうとも、これが私達の仕事です。みなさん参りましょう」 『プリムヴェール』二階堂 櫻子(BNE000438)の呼びかけにリベリスタ全員が頷いてみせた。すぐにコンサートホールの中ほどに移動する。 ステージ上の頼子はそこでようやく新たな侵入者であるリベリスタたちの存在に気がついた。 頼子は一瞥してニヤリとほほ笑んだ。一目見て頼子は完全に操られていることがわかる表情だった。 ●Bonds of parent and child 「あなたたち、私たちを引き裂きにきたのね? もしそうなら容赦しないわよ。だってママと私は一心同体。誰にも引き裂かせはしないわ」 カセットから聞こえてくる声はとても少女のものとは思えないほど、大人びたものだった。やはり油断していると危険かもしれない。 「突然で申し訳ないけれど、貴女を止めに来たわ。自覚しているかは知らないけれど、このまま演奏を続けてしまえば貴女の曲を聴いていた皆が死んでしまうの。周りの事を少しは考えて欲しいわね」 焔がまずアーティファクトの佳奈美に対して呼びかけた。 「佳奈美といったか、貴様は親を殺人者にしたいのか?」 つづいて櫻霞が厳しい口調で問いかける。 「構わないわ。これは私とママのコンサートなの。邪魔者はみんな死んでしまえばいい。この素敵なメロディで逝かせてあげるわ」 佳奈美はまったく悪びれた風もなく言い放った。 「現状貴様には二つの選択肢がある。選んでみろ。親の怪我も厭わず戦って壊されるか、自ら俺達に壊されるか」 櫻霞は強気に迫った。このままにしておくわけには絶対にいかない。最後通牒を放って佳奈美に意見を求めた。 「交渉決裂ね。もちろん、選択肢はあなたたちの死よ」 そのとたん、ステージに設置されたスピーカーから大量の衝撃波が放たれた。 「こちらに向かってくる! 気をつけろ!」 タクティスアイを発動させたジェイクがいち早く後方から仲間に注意した。その言葉に即座に反応したルヴィアがスターライトシュートを放つ。 その瞬間、空中で双方の攻撃がぶつかった。 大きな衝撃音が辺りに木魂する。さいわい観客に被害は出なかった。 「娘さんはきっとこのコンクールを楽しみにしてたよね。皆が笑顔になれるはずの素敵な舞台、こんな血なまぐさいものにしちゃいけないよ」 カメリアがそう言いながら、隙をついて援護射撃を行った。攻撃はスピーカーではなくピアノの方に向かう。 「しまった……!」 佳奈美の舌打ちが聞こえた。すぐさま第二の衝撃波を放つ。 「いくよっ、ボクたちの全力全開っ! エル・バーストブレイクっ!!」 エフェメラが追撃をすぐさま繰り出した。 衝撃波に攻撃が当たって、またもや空中で大きな爆発が起きる。霧が晴れるとスピーカーの一つとピアノが破壊されていた。 「よくも邪魔してくれたわね!」 佳奈美は言い放った。さいわい頼子に大きな怪我はなかった。すんでのところでピアノから逃げ出したため全身を打っただけで済んだ。 だが、それはアーティファクトのカセットも同じこと。それにもう片方のスピーカーは無傷のままだった。 頼子の額からは血が流れていた。カセットを庇ったときにできたのだろう。もっとも命に別条はなさそうだが、親子の執念の深さをまざまざと感じさせた。 「娘の意思が宿るってのもレアケースだから聞くけど、親だと思ってんなら庇わせるかね普通?」 手を止めたルヴィアが佳奈美を責めて言った。 「あなたたちに何がわかるっていうの? 私たちは親子なのよ!」 そのとき、だった。 十分が経過して、観客が次々に目を覚まし始めた。 櫻子がすぐさまワールドイズマインを使用して観客の注意を一気に引き付ける。 「コンサートは中止になりました。舞台には近づいてはいけません。慌てず騒がずこのまま真っ直ぐ家に帰りましょう」 魔眼に魅了された観客たちが一斉に出入口に向かって歩き出す。混乱が起きないようにルヴィアと協力しながら観客を外に誘導していく。 「そうはさせないわ!」 佳奈美が、残ったスピーカーから衝撃波を繰り出した。 ●Broken cassette 「もう一波がくるぞ!」 ジェイクの注意に今度はステラが反応した。トラップネストで攻撃を空中でまたもや相殺させることに成功する。 それを見ていた頼子は相変わらずの無表情だ。さっきから一言もしゃべろうとしない。大事そうにカセットを抱え込んで事の成り行きを見守っている。 「もし、あなたが本当に娘を思う気持ちを少しでも持っているのなら……これでどうですか!」 ステラがそんな様子の頼子に向かって話しかけた。そして、一瞬頼子がこちらを振り向いた隙に佳奈美の幻影をステージ上に作りだした。 それは、作戦前に見せたあの写真そのものの佳奈美の姿だった。 「あんたも……いい加減目を覚ませ! 辛いかも知れない、苦しいかもしれないけどな、どんなに今逃げても……娘さんは、佳奈美ちゃんは帰ってこないんだよ! もう、亡くなってしまったんだよ! 辛いのも苦しいのもその痛みも全部、あんたが佳奈美ちゃんを愛して、佳奈美ちゃんがあんたを愛してきた証拠なんだろ! いいのか、そんな大事な気持ちすらあんたは捨てて今……無関係な人たちを苦しめてるんだぞ! 同じ痛みを、多くの人に与えようとしてるんだぞ!?」 ジェイクの必死の呼びかけに頼子がはっと目を覚ました。 「佳奈美ちゃん? 佳奈美ちゃんなのね……!」 無表情だった頼子の目に光がともった。目に涙を浮かべて幻影のほうへよって行こうとする。 「ママ、それは私じゃない。本物はここよ!」 「佳奈美ちゃん、佳奈美ちゃん」 佳奈美の声に耳を貸さず幻影の方へ頼子は手を伸ばす。 「いまだ! スピーカーとカセットを同時に狙え!」 櫻霞が皆に向かって叫んだ。 隙をついたエフェメラとカメリアが協力してスピーカーとカセットに攻撃を加える。 「そんな……!」 佳奈美が同時攻撃に一瞬迷いが生じた。なんとかカセット本体の方は衝撃波で相殺できたが、スピーカーは間に合わなかった。 衝撃波を出すのが遅れて、とうとう頼みの綱だったスピーカーが壊されてしまう。 「俺は敵と定めた標的に手抜きはしない主義でね。これも仕事だ、悪く思うなよ」 そのとき、ステージに接近していた櫻霞が1¢シュートをカセットに向かって放つ。攻撃は見事に命中した。 紐が切れて舞台の隅に転がっていく。 「――そろそろ終りよ、佳奈美。生者と死者がずっと一緒に居る事なんて出来ないの。ソレでも、道を示すことは出来るわ。貴女が本当に親を思う子なら、彼女を縛るだけでなく前を向くように言ってあげなさい」 舞台袖から焔が出てきて奇襲攻撃をかけた。 だが、負けじと佳奈美も超音波攻撃を食らわせる。もちろん、避けることもできずに焔はまともにダメージを食らってしまう。歯をくいしばって堪えた。このくらいの怪我ならばなんとか堪えられる。焔は足を止めなかった。 痛覚遮断とハイバランサーとで体勢を保つ。 そして、斬風脚をカセットに向かって力強く放った。 攻撃はカセット本体に命中した。 「きゃああああああああ――」 佳奈美の叫び声が瞬間、コンサートホールにこだまする。 「佳奈美ちゃん!」 気がついた頼子が後ろを振り向いたが、遅かった。 攻撃を受けてカセットはバラバラに砕け散った。急いで頼子が幻影を振り払って壊れたカセットのほうへ戻ってくる。 もう二度と戻らない残骸を抱き締めて頼子はその場に倒れ込んだ。 ●Nothing lie 戦いが終わってすぐに頼子は気絶した。アーティファクトに操られて、本来の体力を上まわる力を発揮していたからだろう。 すぐに櫻子が頼子を治療した。 幸いなことに命に別条はない。だけどしばらくの間入院する必要があるという。 「ありがとう。おかげで何とか助かったわ」 「ええ、どういたしまして。でも、あまり無理しないでくださいね」 焔が受けた傷も櫻子が手当をした。こちらもなんとか大した怪我にはならずに済みそうだ。もっとも焔の体力の強さと櫻子の治癒力がなければ取り返しのつかないことになっていたかもしれない。一同はほっとした。 「最初はどうなるかと思ったけど、無事に終わってよかったよ。誰も犠牲が出ずに済んだしね」 カメリアが安堵して言った。 「そうだねっ。ちゃんと最後まで守りきったしっ。あとは頼子さんが無事に目覚めてくれればいいけどっ」 エフェメラがカメリアに同意したときだった。 櫻子に介抱されていた頼子がふと、目を覚ました。 「私は、いったい……」 そして不意に、カセットの在りかを無意識に探ろうとした。 「何時までも後ろ見てちゃ、子供が浮かばれねえだろ? いい加減前見てやんなよ、親ならな」 ルヴィアが頼子を覗きこんで言った。 瞬間、頼子は悟ったようだった。もう佳奈美がこの世にいないことを。 もともと遠の昔に佳奈美はいなくなっていた。それが不思議な力か何かでカセットに佳奈美の霊が乗り移った。 もしかしたら、それは本当の佳奈美ではなかったのかもしれない。それでも頼子はずっと佳奈美と一緒にいたかった。 「ごめんよ。大事なカセット壊しちまったな……」 「そうね、仕事とはいえあなたには悪いことしました」 ジェイクとステラがすまなそうに言う。 「いいえ、もういいんです。佳奈美はもうこの世にはいないんですから」 頼子は謝るジェィクとステラを制して答えた。つらそうにまた頼子は伏せてしまった。どうすればいいのかリベリスタたちも途方に暮れる。 「娘はお前の幸せを心底願っていた、生きて娘の分も幸せになれ」 そのとき、櫻霞は魔眼を使って頼子に暗示をかけた。するとみるみるうちに頼子の表情が戻っていく。 「ほんとうにそうかしら。佳奈美は私のこと……」 「ああ、間違いない。だから前を向いて歩いて行くんだ。まだあんたの先は長い。もう娘にはしばられないであんたの道を歩いて行け。それが娘の――佳奈美のためにもなる」 櫻霞の言葉に頷いて頼子はコンサートホールを後にして行った。見送りながらどこかむなしさを感じていた。本当にこれでよかったのだろうか。 「は……茶番だな、ああ実にくだらない嘘だ」 煙草を咥えて吐き捨てるようにポツリと呟いた。 「たった一つの嘘が救いに、希望になる場合もありますわ。それは私達らしくありませんけれど」 櫻子が慰めるように答えた。 まるで、その場にいるリベリスタ全員に向かって問いかけるように―― |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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