● 三高平市南駅上りホームにいつものアナウンスが響いた。 「3番降車終了。準備できましたらドア扱い願います」 車内の清掃が終わり、ドアが開かれた。階段の下から複数の足音と唸るようなざわめきがかすかに聞こえてくる。 アーク本部より緊急指示が出されていたため、本日はこれがいつもより数時間早い最終列車だった。ホームに上がる前に駅長から、中心部への一般人の輸送はあらかたすんでいると聞かされている。この電車に乗り込むのは最後まで残っていた駅職員だけのはずなのだが……。 車掌はがらんとしたホームを見渡して身震いした。同じく列車を下りてホームに出ていたクリーニングスタッフたちも不安げに互いの顔を見渡している。 冷たく乾いた風にのって、甘くすえた、鼻を刺すような臭いがホームに吹き上がってきた。冬場であっても数が纏まればさすがに臭うようだ。 階段の下から死者の第一陣が顔を出した。 ● 三高平鉄道は時村ホールディングスの子会社により運営が行われる鉄道で、三高平南駅は折り返しの始発駅である。他社鉄道との接続はやや不便で、長い連絡通路を南へ南へとひたすら歩くとJRの駅にたどり着く。電車に乗ればたった数分でアーク本部のある三高平センタービルの前までたどり着くことが出来てしまう。そのため、リベリスタとその関係者以外の人間や物の出入りのチェックが改札や連絡通路に設置された監視モニターで密かに行われていた。いま、そのシステムが役立ったのだ。 「連絡通路を駅へ向かう死者の群れを監視カメラが捕らえています。このままでは三高平南駅は死者に占拠されてしまうでしょう。最後に引き上げる予定だった駅職員のリベリスタたちがホームで応戦していますが、残念ながらそう長くは持ちそうにありません。駅に停車していた列車を奪われてしまうのは確実です。三高平南駅から三高平駅までは列車で約5分。みなさんには列車に乗って三高平南駅へ向かっていただきますが……」 急遽広場に集められたリベリスタたちを前にして、アークの職員は言いよどんだ。リベリスタたちひとりひとりに苦痛に満ちた目を向ける。状況が乱雑に殴り書きされた紙をぐっと握りつぶすと、おもむろに口を開いた。 「途中で死者を乗せた列車に飛び移っていただくことになります。列車が川を越す前に、死者の群れとそれを操る劇団員を倒してください」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:そうすけ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年03月14日(木)23:16 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● リベリスタたちが屋根に登ると同時に、車輪がごとりと音を立てて動き出した。列車は二機のライトで夜の闇を切り裂きながら疾走する。 声のかかったタイミングがタイミングだったので、リベリスタたちは事前に話しあう時間がなかった。凍りついた架線とパンタグラフの間で散る火花の音を耳に、風に吹かれながら対向車に飛び移ったあとで誰がどこへ向かうのか取り決めた。 雪待 辜月(BNE003382)が最後をしめる。 「死者を弄び混乱をもたらす人たちを許すことは出来ません。これ以上の犠牲を出さないために絶対に止めます」 そっと手を伸ばして『破壊の魔女』シェリー・D・モーガン(BNE003862)の指を取った。きゅっとにぎりしめ、その細い指先に宿る温かさから勇気をもらう。 (安心せい、おぬしと妾が居るのだ。失敗などさせぬよ) 励ますようなシェリーの気配が闇の中を漂うように伝わってきて、辜月はぐっと胸をはった。 「誰一人欠けることなく、この夜を乗り越えましょう」 「うむ。さて、そろそろ橋が見えてくる頃合じゃ……」 惚れた男の手をしかと握り返し、シェリーは街へ顔を向けた。 リベリスタたちを乗せた臨時列車が橋を渡る。 海から街へ。湿った風が川をさかのぼって焦げた匂いと破壊の音を運んでくる。 列車の屋根から街を見渡せば、いたるところで火の手があがっていた。 破壊されていく風景に心を痛め、恋する乙女が絶叫した。 「ぎぃやー、さおりんの街がぁ! おのれ楽団、ゆるすまじ!」 『ぴゅあわんこ』悠木 そあら(BNE000020)が地団駄を踏む。 「さおりんに代わって未来の妻であるあたしがギッタンギッタンに成敗してやるですよ!」 「おちつけ、そあら。その……なんだ、さおりんのとか未来のとか云々はともかく、みんな気持ちは同じだ」 『系譜を継ぐ者』ハーケイン・ハーデンベルグ(BNE003488)はそあらをなだめにかかった。戦いの前に興奮しすぎるのはよくない。 「大事なことはただ一つ。死者の大群の侵入は阻止せねば――」 「来たよ」 ハーケインの言葉をさえぎると、『死刑人』双樹 沙羅(BNE004205)は胡坐をといて立ち上がった。 遠くに光点が二つ。徐々に近づいてきている。 三高平南駅からきた死者の列車だ。 「あはは! 楽団が向こうから来てくれた!!」 大鎌を一振りして肩に置くと、仲間たちの方へゆっくりと振り返った。 月明かりに刃をきらめかせ、嬉しいね、と影の中で笑う。 『ハルバードマスター』小崎・岬(BNE002119)79がどんと列車の屋根にハルバードの柄で打った。よし、と短く気合を入れる。 「一網打尽と行こうぜー、アンタレス!」 「みなさん、がんばりましょう」 辜月が放った光がそれぞれの背に小さな翼を作った。 ● 『閃拳』義桜 葛葉(BNE003637)はパンタグラフのある一両目を避けて2両目に飛んだ。移った列車の屋根に張りつくと、すぐさま後部列車に向かって走り出した。3両目を過ぎ、4両目の真ん中であわや屋根から落ちそうになっていた辜月の腕をつかんだ。 「大丈夫か、辜月?」 言葉を失くして青い顔の辜月がうなずく。 そのすぐ横に、シェリーの腕をとった『勇者を目指す少女』真雁 光(BNE002532)が飛び移ってきた。 シェリーの手を辜月に返すと、光は遠ざかっていく列車を見送りながら、「川を越えられるとアークのピンチなのですね……」と呟いた。 「ああ。だから急ぐぞ。辜月、駅員たちを退避させてくれ」 葛葉と光が先頭車両へ向かうと同時に、ハーケインは夜の影よりもなお暗い瘴気を最後尾の車両に向けて放った。 シェリーからの連絡を受けて屋根へあがった駅員たちを追って、楽団の操り人形と成り果てた死体が屋根へ登ろうとしていたのだ。 意思なき者の頭を、黒い矢のようなハーケインの瘴気が次々と吹き飛ばしていく。 「大丈夫ですか? 応戦に来たのです」 そあらは駆けよってきた職員たちの傷を急いで癒すと、ハーケインと並んで小さな魔法の矢を死体へ放った。 シェリーも魔方陣を展開して、駅職員を追ってきた死体を串刺しにする。 車掌以下、8人がリベリスタたちの後ろへ退避した。 「もう大丈夫です、私たちに任せて無理されずに……」 逃げてください、と辜月。 「ありがとう。すまない、戦力になれなくて」 「いいえ、よくがんばってくださいました。さあ、後のことは気にせず」 翼の加護を受けた駅員たちが屋根のふちに立って飛び降りようとした瞬間、4両目の窓ガラスが一斉に吹き飛んだ。同時に車体を揺らす大音響とともに赤い炎をまとった電光が車内からほとばしり出て、屋根を舐めるように広がっていく。 駅員たちが次々と炎に包まれ、苦痛に身を踊らせながら線路へ落ちていった。 「ああ、そんな!」 「くそっ!」 リベリスタたちは戦いなれていた分だけ駅員たちより行動が素早かった。 飛んで危険を回避できた駅職員は2人だけだ。 線路に落ちた炎の塊りがぐんぐん遠ざかっていく。 もう回復の手は届かない。 「まだ気を抜くでないぞ! さがれ辜月、妾の後ろへ!」 煙でくすぶる屋根の上に炎をまとった新手が現れた。肉の焼ける匂いを放ちながら、破れた窓からぞくぞくと這い上がってくる。 死んでいるから痛みを感じない。たとえ火に焼かれようとも、灰になるまで動きつづける。悪魔の命じるままに。 「き、きりがないです」 燃える腕を闇雲に振り回して近づいてくる死体たち。 辜月の指示に従い、ハーケインとそあらが2人の駅職員をかばいながら応戦する。 駅員たちも最後の力を振り絞って気糸を放つが、いかんせん敵の数が多すぎた。 「シェリーさん! このままでは囲まれてしまいます」 「わかっておる!」 シェリーは魔炎で架線を焼ききった。 垂れた電線が最後尾のパンタグラフに絡まった。火花を散らしながら、屋根のうえからもげ落ちる。 だが、それでもなぜか列車は止まらない。 「ええい! 前の4人は何をしておるのじゃ!?」 ついにリベリスタたちは燃える死者たちに囲まれてしまった。 ● あたり一面に腐った肉の焼ける匂いが立ち込める中、男は燃え崩れた死体を踏みつけて連結部を越え、揚々と3両目に入った。黒いスーツに蛇のようにくねる青白い電気をまとわせ死者の間を歩く。顔には微笑みが浮かんでいた。ファゴットを手に鼻歌を歌いながら2両目へ向かう。男に戦う者の緊張感はない。 ● 運転席は文字通り、死体でぎっちり埋っていた。 葛葉が面接着の利点を生かし、フロントガラスを割って中の死体を一体一体引きずり出しているが焼け石に水。一向に制御盤が見えてこない。それもそのはず、あとからあとから車内の死体が運転席に詰め入ってくるのだ。死体の流入を止めない限り、ブレーキはかけられないだろう。 そこでリベリスタたちは先に1両目と2両目を切り離すことにした。そうすれば最悪、運転席を制圧できなくても川を渡るのは1車両だけになる。 葛葉はその場に残って作業を進めることにし、光、岬、沙羅の三人で連結部に向かった。 「あちゃ~、こっちもびっしり詰まってるよ」、と連結部を見下ろしながら岬。 敵も考えたもので、運転席と同様に連結部もまた死体が詰まっていた。あまたの骨が列車と列車をつなぐ鎖となり、しっかりと固定している。リベリスタたちが乗り移ってから、行動を予測した楽団員が指示を出したのだろう。 岬は瞬時に決断を下した。 ここを攻めても無駄だ。2両目、3両目の死体が壊れた部分の代わりを務めるだろう。こうなったら窓から車内に入って1両目に残っている死体を一掃するしかない。 「岬さんの言うとおりだと思います。突入しましょう! ボクが道を切り開きます!」 ゆうしゃのつるぎを鞘から抜き放つと、光は列車の真ん中あたりで腹ばいになった。そろりと顔を突き出して、窓から明るい車中をうかがう。 見守る岬と沙羅の背を衝撃波が襲った。 「なんだ!?」 叫びながら岬は振り返った。 後部車両が炎に包まれている。 「……木管吹きのやつ、あっちで遊んでいるのか。ちぇ」 こっちはハズレかよ、と沙羅が舌打ちする。 「ぐすぐずしていられません。はやく電車を止めるのです!」 ぐっと身を乗り出すと、光は窓に映る顔を見つけて群がってきた死体に電撃を見舞った。 ガラスの割れる音が響き、車内の明かりが落ちる。 目をこらして暗がりの中を覗くと、黒こげになった死体がひくひくと床の上でのたうっているのが見えた。 「いまです! ここから中に入るのです!」 剣で窓枠に残っていたガラスを払い、光は車中へ。 岬が後に続く。 次はボク、と沙羅は屋根のふちでしゃがみ込んだ。手を伸ばして窓枠を掴む。肌がぞわりと粟だった。姿勢はそのままに、首だけをまわす。 二両目の中ごろあたりか。 屋根をするりと抜けて、楽器を片手にした金髪の男が浮かび上がってきた。 沙羅は先に中に入ったふたりに、「ちょっと遊んでくる、あとはよろー」と告げると、窓枠から手を離してゆっくりと体を起こした。一足飛びで2両目に移ると、大鎌を楽団員に突きつけた。 「おまえ、名前は? 殺される奴なんか興味無いけど名前くらい覚えておいてやる」 「God kveld.やあ、威勢のいい坊や。私の名はクルト・ヴィーデン。君の名は?」 「ボクは沙羅。強者が大っ嫌いなやんちゃな男の子の名前だよ」 名乗るなり沙羅は大鎌を真横に振り抜いた。 闇を切り裂く風切り音とともに、真空の刃が楽団員めがけて一直線に飛んでいく。 その真空の刃の下を、クルトが放った稲妻が沙羅に向かって走る。 沙羅の足元で青白い火花がはじけた。体が吹き飛び、背中から一両目の屋根に叩きつけられる。すぐさま跳ね起きようと試みるが、手足が痺れて思うように動かせない。 すぐ下で、岬と光が死者を切り伏せる音がしている。 「いたた。いきなりひどいじゃないか、坊や。沙羅くんといったっけ? この腕では今夜はまともな演奏ができそうにないよ」 どうやらとっさに楽器を持たぬ腕で胸をかばったらしい。クルトは血まみれの腕を振った。どす黒い血で沙羅の体を穢す。 「……ま、多少の手伝いぐらいはして帰るとしようか」 クルトがぱちりと指を鳴らすと沙羅の体に付着した血が燃え上がった。 「まずはひと――」 ごっ、と風が唸る音。 危険を察して振り向いたクルトの頬に一筋の傷が入った。 焼けて黒ずんだブーツが再びクルトの顔面を狙う。が、これはフェイクだった。 蹴りをかわしたクルトの傍をハーケインが抜けていく。 シェリーが四色の魔光で、ハーケインを攻撃しようとしたクルトを牽制。 更に魔法の矢がクルトの足元に打ち込まれ、動きを封じた。 「あたしが相手ですぅ!」 そあらが見えを切りながら、楽団員のもつ楽器へ続けて魔法の矢を放つ。 やはりクルトは楽器をかばって体で攻撃を受けた。 「ふっ、なかなかいい音だ。では音楽家らしく応えようか、君たちの演奏に!」 クルトはファゴットを構えるとリードを口に咥えた。木管を震わせて響く濃厚な闇色の音とともに、炎をまとった雷光がクルトを中心に渦巻きながら広がっていく。やがて炎は巨大な翼となって立ち上がり、いかづちに絡め取られたリベリスタたちを飲み込んで空へ舞い上がった。 「ストラヴィンスキー『火の鳥』、アレンジバージョン。お気に召していただけたかな?」 だが、音にいつものキレがない。 クルトは不本意な演奏に思いを苦くして、血まみれの左手に目をやった。 予想以上に腕の傷が深そうだ。 「しょぼい火の鳥だね」 一閃。 自身も火に焼かれつつ、沙羅が大鎌で炎の壁を割ってクルトの後ろに出てきた。 そのままの勢いで楽団員の背を袈裟懸けに切る。 「……っ!?」 振り返ったクルトの憎悪の眼差しに、沙羅は焼けただれた頬に凄みのきいた笑みを浮かべて応えた。 クルトの血まみれの腕を見て、 「あれれぇ? もしかして、演奏の不調はボクのせい?」 「ちぃぃ! 死に損ないめ、キミはうしろの死体と遊んでいたまえ!」 連結を解いて屋根にあがってきた死体たちが、沙羅の背を襲った。 ● ハーケインは車両の先頭に立つと葛葉を屋根の引き上げて叫んだ。 「トラックを置いて脱線させる! 岬たちと後ろへ行ってくれ。早く! 沙羅たちを連れて飛べ!」 「わかった!」 橋はもう目の前だ。もはや一刻の猶予もない。 ぐっと奥歯を噛みしめ腹を据えると、AFからトラックを呼び出した。なるべく前方に置いたつもりだったが―― 衝撃で列車が傾いた。トラックはあっさり列車に弾き飛ばされて、反対車線に転がった。 ハーケインは飛び立つきっかけを失い、倒れつつある車体から線路の上へ放り出された。鉄のレールに胸を激しく打ちつけ息を詰まらせる。目を白い閃光が焼き、一瞬意識を失った。 「かはぁ……っ!」 空気を求めてあえぎながら巻き込まれを避けるために立ち上がった。ふらつく足で線路を越し土手にたどり着くと、横滑りしていく列車を目の端で追いながら頭から坂に倒れこんだ。 ハーケインが土手の下を走る道に落ちた頃、1両目を押しつぶしながらそれでもなお走っていた2両目がついにレールを外れて吹っ飛んだ。1両目の飛び越えて橋の鉄筋にぶつかり、爆音で夜空を震わせながら大破して線路を突破った。続いて3両目が敷石を撒き散らしながら1両目の上に乗り上げて止まった。4両目と5両目は連結を保ったまま、ハーケインが転がった土手の反対側を滑り落ちていく。ややあって巨大な水柱が立った。 ハーケインは胸を押さえながら体を起こした。息をすって吐く。たったそれだけの動作で胸に激痛が走り、また気を失いそうになる。 (みんなは無事か!?) 霞む目を賢明に見開いて顔を上げると、土手のうえで燃える死体を相手にハルバードを突き出す岬の姿があった。ざっと数えたところ10体の燃える死体に囲まれて、孤軍奮闘している。今すぐ助けに向かいたいが体が動かない。胸の痛みを無視して首を回せば、坂の途中、草むらの中に倒れた姿をいくつか確認できた。 ほどなく光のやさしい歌声が流れてきて、ハーケインの胸の痛みをやわらげてくれた。それからまたしばらくすると、やわらかく温かい光がひとつ、ふたつ、草むらを揺らしながら明るくした。辜月とそあらだろう。癒しの光と風、そして歌を浴びて仲間たちが立ち上がる。 ハーケインも立ち上がろうとしたが叶わなかった。アスファルトの上に突っ伏してそれっきり意識を失った。 光は急いでハーケインに駆け寄った。その有様をみて息をのむ。 そあらやシェリーのやけどもひどかったが、ハーケインはもっとひどい。全身コゲコゲのずたずただ。辜月と駅職員の二人はほとんど傷や火傷を負っていなかったことから、三人が、とくにハーケインが燃える死者たちを引きつけ倒していたに違いない。 光は指で熱くなった目頭を抑えながら、つとめて明るい声を出した。 「すぐ手当てをします。がんばるですよ!」 歌のための空気を胸いっぱいに吸い込んだそのとき、頬に熱を感じて顔を上げた。 燃える死体が1、2……6体、草を焼きながらすぐ近くまで迫ってきていた。 みんなはもう土手の上へ向かっている。死体に囲まれている岬と、土手の反対側に落ちたであろう葛葉を助けるために。恐らくはファゴットを持つ楽団員も土手の反対側に落ちているはず……。 光は覚悟を決めた。今度は自分が勇者になる番だ。 「ハーケインさんはボクが守るですよ!」 ● 「我は義桜葛葉。名を名乗れ……楽団の奏者よ」 拳を構える葛葉。 楽団員は小さく肩をすくませた。ひどく面倒くさげに、「クルト・ヴィーデン」とだけ短く答える。葛葉の後ろ、月明かりを弾いて煌く川面に視線をやってため息をついた。 最終公演にはやはり間に合わなかったか。 「残念だ。ああ、君には分からないだろうね。天才ケイオスの芸術的指揮に導かれて死を演奏する心地よさが」 「そのような悪趣味、分かりたくもない。演奏などと称し、人々の命を、誇りを踏み躙る行為を断固として許す訳にはいかぬ」 ふん、と鼻を鳴らすと、クルトがファゴットを構えた。 楽器の動きに死者が応えて演奏者の前に二重三重の壁を作る。 「我が拳の軌道……貴様らに見極める事が出来るか? いざ、押して参る!」 静から動へ。 葛葉の速さに幻影が生じた。その幻影から次々と鉄甲をはめた拳が突き出され、死者の肉を断ち、骨を砕いていく。 炎が吹き上がり稲妻が落ちようとも、葛葉は攻撃の手を休めなかった。 次々と死体が倒れ、分厚い壁が崩れていく。 ついにクルトの顔が見えた。 白に近い金髪の下、瞳の奥で底光りを放つ鋭い眼光は、幾度も死線を乗り越えてきたものだけがもつ独特の色合いを帯びている。 追い詰められた者の目ではない。 葛葉は本能に従い、間合いを大きくとった。 とたん、顔に熱いしぶきがかかる。 ――血? 「すまないがもう腕がもたないよ。アンコールに応えられず申し訳ない、と君からみんなによろしく伝えてくれ」 葛葉は土手を駆け下ってくる仲間たちの声に気をとられ、クルトから目をそらせてしまった。 指を鳴らす音。 はっとしたときにはもう炎に包まれていた。 迷わず川に飛び込む。 葛葉が水面を割って顔を出したときにはもう、川原にファゴット演奏者の姿はなかった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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