● 「ふぅん……ここが箱舟の本拠地ってヤツか」 三高平市商業地区を視界に捉え、『salvatore』クライヴ・アヴァロンはこの時、珍しく余裕を見せずに考える仕草を見せていた。 否、そうせざるをえなかった。 「……また、私は盾?」 隣に立つ『incensatrice』パトリシア・リルバーンの抑揚も感情も感じさせない質問こそが、クライヴに余裕ではなく戦略を考えさせる要因である。 またそれが彼をイラつかせる原因でもあり、追従者を無慈悲に殴りつけるには十分な理由でもあった。 「うるせぇよ、今考えてるところだ、黙ってろ」 救済者を名乗るクライヴ・アヴァロンにとって、追従者であるパトリシアは使い捨ての人形と言っても過言ではない。 材料となる人間さえいれば、パトリシアの代わりとしての自我の無い人形など、いくらでも作る事が出来る。 クライヴ自身を守る盾として、使い潰せば良い――これまでの戦いでは、それで良かった。 しかし今回だけは、少々クライヴにとっても勝手が違う。 「この数を動かすなら、コイツを盾にしている余裕はなさそうだな……さて」 軽く、クライヴは思案する。 引き連れている死体は、京都で『救済』したリベリスタ集団『剣狼』や一般人を含めて150を超える大所帯である。 当然ではあるが、コレだけの死体を操るだけならば単なる頭数の多い部隊でしかない。そこへパトリシアを盾として傍に立たせるならば、遠くの戦況までは把握し辛くなってしまう。 「コイツ等のような雑魚が相手なら、どうって事は無いんだがな」 進撃を阻止しようと行く手を阻むリベリスタ達は、現時点では統制もまともに取れない有象無象だ。 だが進んでいけば、統制の取れた集団とかち合う事もあるだろう。 「……仕方ない。パット! お前、前に出ろ。盾になる必要は無い」 下した判断は、使い捨てて構わない存在のパトリシアを前面に出す事。早い話が最も危険な死番のそれに近い。 そして死体で左右を固め、自身はより強力な死体である『剣狼』のそれを配置し後方に立つ菱形の陣形だった。 「これで戦況は見渡せるな。ちと防御型の陣形だが……あの二条城だっけ、とかいう城を防衛しろとか言われるよりゃ、よほど楽だ」 ふと、彼は先日に占拠した城を思い浮かべる。 楽団は死体を兵として操る事はするが、楽団員自体の数はそれほどに多くはなく、クライヴとて共に戦う楽団員はパトリシア1人だけだ。 たった2人で死体を操り、戦況を把握しつつ城を防衛しようなどというのは確実に無理な話でしかない。 それに比べれば、防御陣形を取りつつ攻撃した方が部隊としての能力は向上するだろう。 「まぁ……後は様子を見ながら進むとしようか。さぁ、行くぞ! アークの連中を救済だ! 踊れ、踊れ!」 進撃を開始するクライヴ・アヴァロン。 動乱の三高平市を舞台に、アークの心臓を守る戦いが始まろうとしていた――。 ● 「来たわよ、楽団が」 事態は緊急を要すると桜花 美咲 (nBNE000239)は告げた。 全国各地を襲撃した『混沌組曲・破』による傷痕も癒しきれていない中、組曲は新たな楽章へと進む。 横浜外国人墓地での戦いでケイオスの能力を看破したアシュレイの口から飛び出した、 「ケイオス様の次の手は恐らくアークの心臓、つまりこの三高平市の制圧でしょう――」 という未来が現実となり、楽団は三高平市を攻撃対象としたのである。 その未来が訪れると判断した理由は、いくつかある。 1つは、楽団員の頭数の問題。 死体の数で膨れ上がっているものの、楽団員自体はそれほど多く存在しているわけではない。 対するアークは予備役も含めて非常に多くの人員を有し、『混沌組曲・破』においても数人の楽団員を倒すに至っている。 人数で劣る楽団が、この人員の死をトレードするような攻防を嫌うのは当然の話だ。 2つは、ケイオス自身が『首を刎ねられても』死ななかった問題。 これについてアシュレイは、ケイオスが『魔神王』キース・ソロモンの助力を得ていると考えたのである。 ソロモン72柱の序列46番、ビフロンス。 死体を入れ替える能力を持つと伝承にある地獄の伯爵の能力を、アシュレイは空間転移の一種と読んだらしい。 そう考えれば、直接に楽団を三高平市に直接送り込む事も可能だろうと彼女は推察していた。 そしてその読みの通り、クライヴ・アヴァロン率いる軍勢や他の楽団員も、三高平市に襲撃をかけてきている。 3つは、かのジャック・ザ・リッパーの骨がアーク地下本部に保管されている問題。 三ツ池公園を襲撃したモーゼス・“インディゲーター”・マカライネンが、ジャックの残留思念を呼び出す事さえ出来なかった理由は、彼の格の問題であると共により強く此の世の拠り辺となる『ジャックの骨』がアークの地下本部に封印されていたせいでもある。 ケイオスが地下本部に到達し、ジャックの骨を手に入れれば最悪の事態となる事は容易に想像できるはずだ。 アークに襲い掛かる危機。しかしこれは逆にチャンスでもある。 幸い、アシュレイが展開した結界のおかげで楽団は三高平市の外周までしか転移する事が出来なかった。 『万華鏡とフォーチュナの力を貸してほしい』 という彼女の提案に対する結論はまだ揺蕩っているが、ケイオス自身を倒すチャンスでもある。 そのためにはまず、迫り来る楽団を阻止する事が何より重要といえるだろう。 「クライヴ率いる一団は、商業地区を襲撃しようと進軍しているわ。今までの戦い方によると――」 そう言った美咲は資料をぱらぱらとめくる。 最初の寺での戦いも、2回目の京都での戦いも、クライヴは大きな被害を出した強敵だ。資料をめくり伝えるべき情報を見せようとする美咲も、その惨事を想像したのか手が震えている。 だが、過去2回の彼の戦い方には共通点があった。 「この男、相当に戦略眼に長けているわね。相手の出方を見てから、戦略を変えてくるわよ」 混沌組曲を初めて間近にした美咲でもわかる、1つの戦い方。 クライヴ・アヴァロンは戦いの序盤、常に戦いの様子を眺めて直接的に戦闘に参加してはいない。 相手がどういった構成で、どういった戦い方をしてくるか。 それを『観察』した後、次に取るべき行動を決めるのだと美咲は言う。 序盤は戦力をある程度割いて相手を消耗させ、その上で堅実な手を打つクライヴ・アヴァロン。 今回に置いても防御に主眼を置いた陣形を取っており、彼に辿り着くのは決して容易ではない。 しかし今回は、パトリシア・リルバーンを死番として扱っているせいか、彼自身の盾は『剣狼』を中心とした死体に留まっている。 「これをどう見るか……それが重要かもしれないわね」 負けられない戦いだ。 別の戦場では、見知った顔も敵の中にある。京都で戦い生き残ったリベリスタ達には、『剣狼』も一応は見知ったリベリスタではあるか。 痛みの『生』に慟哭する彼等を救い出す事も含めて――箱舟の航海に今、過去最大の嵐が到達しようとしていた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:雪乃静流 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年03月12日(火)22:53 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●進軍する救済者 「京都の時と同じ陣形か。……連中もあの時に、正面からは難しいとは感じたはずだ」 クライヴの展開した陣形は、京都で使った陣形を発展させた魚燐の陣に近い。 ならば対応策は向こうも整えてくるはずだと、彼は思考を巡らせていた。 「何としても止めるんだ!」 楽団の進撃を阻むリベリスタの壁は、脆く薄い。統制も取れずにただ攻撃を仕掛けてくるだけの存在は、クライヴにとって路傍の石と同じ。 真に己の力を振るう時は、統制の取れたリベリスタとぶつかった時だと彼は考えていた。 「御厨夏栖斗だ! おまたせ! んじゃま、ここからは攻勢で行こう」 そしてその期待に応えるかのように、颯爽と進軍する道を塞ぐ格好で『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)がその姿を現す。 彼の名声は実力に違わぬ音を轟かせている事もあり、クライヴも名前を耳にしたことはあった。 「やっと来たか、骨のありそうなヤツが」 そんな男が来たのだから、ここからはリベリスタ達も統制が取れてくる事だろうと考えるクライヴ。 「あんた等と一緒なら、守りきれると思えてくるぜ」 事実、統制も取れずにバラバラに仕掛けてきていたリベリスタ達も、彼の指示に従う気配を見せている。 「小手調べといくか。気を抜くと俺が救済してやるからな、覚悟しとけ!」 クライヴ率いる楽団は、それでも前へと進む。 相手がどういう出方をするかは、まだわからない。横や後ろからの奇襲も十分にありえると、陣形を崩さずに進むのは警戒心の表れだ。 「救済? 自分が救われたいのか。いやはや勝手にのど元に刃差し込んで死んでればいい物を……ヘタレてるなら代わりに押し込もうか?」 「残念だが、死は救済にならないんだぜ?」 覚悟を問われたリベリスタ達の中で、そう言葉を返したのは『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)と『パニッシュメント』神城・涼(BNE001343)の2人だ。 死が救済ならば、まず自分が死んでみせろ。 そして自身が生きる事を望むならば、死は決して救済ではない。 2人の言葉は至極当然の一般論であり、正論であり、転じてそれが『楽団を倒す』覚悟を成す。 「そこの殺戮大好きな変態ヤロー。お前、殺戮スルならサレル覚悟はあるんだろう?」 一方で『瞬神光狐』リュミエール・ノルティア・ユーティライネン(BNE000659)の発した言葉も、また正論だ。 殺すなら、殺される覚悟を持て。 リュミエールは当然の事ながら、その覚悟は出来ている。そして、クライヴを殺すというアクションに対しては一切の躊躇を持ってはいない。 「は! そういうのは聞き飽きたな」 だがクライヴにとって、そんな言葉は聞き飽きたものとしか感じられはしない陳腐なもの。 故に彼は言う。 「俺を止めてから言えよ?」 ――と。 迫り来る死者の一団。 さながらホラー映画の一幕が現実となった光景は、見た者を恐怖に陥れるだろう。 「ゾンビとかうちまるで駄目なんやけど……いい加減麻痺ってきたわ」 とはいえ、何度も戦っていれば流石に感覚が麻痺したのか、恐怖感が薄れたと『ビートキャスター』桜咲・珠緒(BNE002928)は言う。 沸々と湧き上がるのは、恐怖心以上に怒り。 「わしって死人が怖くてさ、これまで楽団員との戦いは避けとったんよな。わしが行って変わったのかはわからんけんど、仰山死なせてもうた」 彼女の隣では、『人生博徒』坂東・仁太(BNE002354)が『怖いものは怖いものだ』と同意する意見を口にした。 その感覚は誰もが持ちえるものではあるものの、こと『混沌組曲』においては命を散らせたリベリスタも決して少なくはない。 「もう遅いけんどさ、怖いとかいってられん。これ以上死なせんためにも、戦うぜよ」 先の戦いで散った友のためにも、彼はその恐怖心を乗り越えてこの場に立った。 「そうやね。何とかして、音楽の力で一泡吹かせたる」 頷く珠緒は、自身の奏でるギターの音色で進軍を止めると覚悟を見せた。 「数の暴力は圧倒的……だからこそ対応策も絞られる。クライヴ・アヴァロン、ここで貴様を討つ!」 力強く握り締めた拳を武器に、『紅蓮の意思』焔 優希(BNE002561)が夏栖斗と共に前を行く。 これだけの大兵力を前にすれば、確かに採れる戦略などたかが知れている。 であるが故に、一気に前から叩き潰す戦略をリベリスタ達は取っていた。 「マグメイガスの者共は妾に続け! 死体を焼き尽くす砲となろうぞ! 多くの死者たちを弔う炎を上げてやろう!」 ともすれば、火力が最も重要だ。先んじて戦っていたリベリスタ達の中からマグメイガスを纏め上げ、先端を竜の顎門に模した術杖を高く掲げた『破壊の魔女』シェリー・D・モーガン(BNE003862)の魔力はこの戦いでも大きな力となるだろう。 「他の皆も後ろに下がってくれ。ついてこれるなら両翼についてくれると助かる」 残ったデュランダルとホーリーメイガス達には、夏栖斗からの指示が飛ぶ。 実力に自信のある者は、死者の露払いを。 そうでない者はホーリーメイガスを守り、戦線を維持しろと。 「統制が取れてきたじゃないか」 笑うクライヴはそれでも自信の笑みを崩さず、しばらくは戦いの行方を見守る構えだ。 今のところ、前にだけしか敵はいない。 しかし激戦が始まれば、横や後ろを狙われる可能性は十分にある。 「ひとまず観察させてもらおうか。キングは動かないものなんだぜ」 自身をチェスのキングに例え、彼は手足となる駒を動かしていく。 リベリスタ達は、クライヴ・アヴァロンにチェックメイトをかけることが出来るのだろうか――。 ●救済の輪舞曲 「妾達の砲台としての役割が、戦いを左右すると知れ!」 指揮を執るシェリーの召還した魔炎に続き、マグメイガス達も同様に霊魂へと炎を放つ。 強力な火勢は霊魂を黄泉路へ送り返す篝火となり、形無き存在を焼いていく。 「これだけ的がいりゃ、弾が外れる事もないぜよ!」 一方でばら撒かれる仁太のガトリングの弾は霊魂には効果が薄くとも、死体にならば確実に効果を及ぼしていた。 「パトリシアへの血路は俺達が開く! きつい戦いになるのはわかってるが、トコトンまでやってやるぜ……!」 痛覚の存在しない死体はそれでも歩みを止める事がないものの、強大な火力は援護としては十分な役目を果たしており、踊るように刃を振るう涼が2つの死体を切り刻んで道を開く。 「気を抜かずにいけよ?」 かといって攻撃一辺倒に攻め立てるだけではなく、ユーヌの式符から生み出された影人が、珠緒を守るように傍に立つ。 次は仁太へ、そしてシェリーへ。 「ヤツがどう動くかは、これから次第だ。無理無茶はしないでくれ」 「わかっとるで。それはうちが見極めたる」 注意を促すユーヌに対し、珠緒は時間の許す限り目を通した過去の戦闘資料を思い起こしていた。 音声データは存在しなかったが、クライヴは今のところそれまでと同じように戦いの様子を眺め、次の手を模索しているらしい。 「最初はただの力比べやった。2回目は疲弊したところへ突撃しよった。なら、今回は――」 ふと、彼女の耳に届くヴィオラの音色。 「前と少しは違うって事か」 確かに、先日の京都の戦い以上にリベリスタ達の火力は高い。序盤からいきなり数体の死体を倒されたのだから、その攻撃力は目に見えてわかる。 リベリスタ達の狙いは、先陣を切るパトリシアの撃破だ。 「だが壁は厚いぞ。疲弊したら食い散らかしてやるぜ!」 それを実感させるほどの攻勢に、クライヴは壁を突破されまいと左右に展開させた死体や霊魂のいくつかを、パトリシアへの増援として差し向けたのである。 「この音、覚えたで!」 その音色を記憶し、クライヴが部隊を動かすタイミングを掴む珠緒。 しかし左右に展開した楽団の部隊は、数が減ったとはいえ健在であり――、 「後ろが主力か、まずはアレを叩かなきゃならないようだな」 クライヴは強力な火勢に対し、後方から叩くことも視野に入れていた。 「突破できるか、優希?」 「やってみせねばなるまい、アークを守るためにはな」 ともすれば如何に早くパトリシアを倒すかが重要であり、それは最前衛で戦う夏栖斗や優希、涼、 「私もいるノダヨ、忘れないでホシイナ?」 後を追うように死体を突き倒した、リュミエールの4人にかかっている。 さらには先んじて戦っていた数名のデュランダルがその左右を固め、楽団に立ちはだかる。 チー……ン。 剣戟や魔法、銃弾の放たれる音が響く中、そんなリベリスタ達の進軍に待ったをかけたのは、体ではなく心に傷を負わせるトライアングルの音色。 無言のままに『Triangolo della morte』をビーターで叩いた少女は、無表情のままだ。 「パトリシアだ、見えたぞ!」 その少女の姿に優希が声を上げる。 「死ねって言われて従うのかよ! 死霊使いのあんたは! 自分のしたい事ないのかよ!」 「……したい事?」 仲間達の援護を受けて突き進む夏栖斗は、少女に対して言葉を投げた。 しかし首を傾げる少女に、『したい事』などありはしない。 「テメェは何も考えねーってのは楽でイイヨナ? ダガ人間とは言えねえ楽を手に入れ、人を捨てた何かダ」 ましてリュミエールの言うように、楽を手に入れるために自身の思考を望んで捨てたわけではない。 「……私は、クライヴの人形」 「そう、俺の人形だ。ありとあらゆる苦痛を叩き込んで、従順に仕上げた人形だ」 パトリシアに対し、クライヴは救済ではなく地獄の生を押し付けた。 結果として少女の心は完全に破壊され、彼女には人形として生きる以外の道は許されなかったのである。 「クライヴが死んだらお前ドウスルンダ? 別に殺すトカに興味持ってねーんだろ?」 殺戮を好まないなら投降を考えろというリュミエールに返答があるとするならば、『クライヴの死』によって彼女は止まる。 命令する者が存在しなくなれば、マリオネットは動かないからだ。 「自我を持たぬ者、ドールよ。ここで朽ち果ててもらうぞ」 だがそんなパトリシアの不遇も、楽団員に対してただならぬ憤怒の感情を持つシェリーにとっては関係のない事でしかない。 「パトリシアを倒し、死体の統率を乱してくれる!」 「後ろを狙われている、やられる前に押し込んでいこうぜ!」 それはパトリシアへの肉薄を狙う優希や、その援護を行う涼も同じであり、彼等の攻撃には一切の躊躇も戸惑いもない。 「前からの力押し以外はなさそうだ。全軍突撃!」 「来るで!」 珠緒の注意が飛んだ時、ついにクライヴの思考が『突撃』に切り替わった。 死体の群れを総括して指揮するのは、クライヴただ1人。 僅かな手勢で後ろを突くなり、鶴翼の陣形でパトリシアを左右から挟撃して、その意識が一点に向かない戦い方を採れば、この突撃は発生しなかっただろう。 正面からぶつかり合い、疲弊したところを突破された京都の戦い。 あの時は楽団が優勢であったために力押しを選んだクライヴだが、今回は下手をすれば突破されかねない火力が全力突破を後押しさせた。 「大波だぜ、これは!」 戦場を舞い、死体を細切れに刻んだ涼の額が汗ばむ。 一点を突破する作戦は、頭さえ抑えれば対策しやすい策でしかない。そこに兵を集中させて突撃すれば、突破する勢いはどうしても鈍るからである。 「パトリシアを倒しゃ、マシになると思うぜよ!」 何度目かのガトリングの弾を乱射した仁太は、それでも楽団の2人を倒せば止まると冷静な判断を下していた。 否、実際は違う。 クライヴを倒せば、全てにケリがつく。全てを支配するのはクライヴ・アヴァロンただ1人なのだ。 だが軽々に前に出ようとしないクライヴを射程に捉えようにも、分厚い死体の壁がその行く手を阻む。 「あっちの壁は相当に厚いぜ!」 「それでも、やらなきゃならんぜよ!」 叫ぶ2人の声は怒号のそれに近い。そうなるほどの気迫が、リベリスタ達の戦いの原動力だ。 一斉に押し寄せ始めた死体の一団と、その進撃を懸命に食い止めるリベリスタ達の全面衝突――。 「危なくなったら下がれ、死体が増えても面倒だ」 「絶対死ぬなよ!」 周囲に注意を促すユーヌと夏栖斗だが、押し寄せる死体の波から下がる事は傷ついた体では相当に難しい。 「ここが正念場ぞ! 力の全てを出し切るのじゃ!」 その退路を確保するためには全力を出すしかないと、魔炎を放ち続けるシェリーがマグメイガス達と共に血路を開く。 しかし飛翔している霊魂はシェリー達の攻撃を受けて4割ほどが消滅しながらも、後ろで回復を担うホーリーメイガスに狙いを定めていた。 ●少女を操る狂気の糸 「捉えた!」 押し寄せる死体の波に穴を空け、真っ先にパトリシアへの道を作り上げたのは涼だ。 だがここに至るまでの被害は、リベリスタ達とて決して軽いものではない。 「後方に戦力を割きすぎたか?」 結構な数の死体は倒したものの、それでもクライヴの率いる隊は健在であり、ユーヌは下がりきれずに命を散らしたデュランダルが楽団の側へと変貌している事に歯噛みする。 後方での支援を担う彼女は、戦線を突破してきた霊魂からシェリーや仁太、珠緒を守るために式符を投げ続けている。 「霊魂、厄介すぎるで!」 その影人に守られた珠緒は未だ無傷であるものの、ホーリーメイガスやそれらを守るデュランダルには被害が出てもいる。 シェリー率いるマグメイガス隊も、霊魂の放つ怨念の声によって動きが止まり、上手く機能することが出来ずにいた。 「こっちまで波が来たら、終わってまう!」 懸命に息吹を仲間達に届けながら、瓦解の危険性を考えずにはいられない珠緒。 そんな中、一筋の光明がリベリスタ達に差し込む。 「夏栖斗、一気呵成に切り開くとするぞ!」 「わかってる! 作ってくれた道を無駄にはしない!」 涼が切り開いた道を進み、優希と夏栖斗がパトリシアへと猛攻をかけ始めたのだ。 物理的な攻撃に弱いパトリシアは、この猛攻に晒された時に命運は決まったと言えるだろう。 「……私も、救済?」 「投降するなら命は取ラヌヨ」 この時リュミエールの一撃がパトリシアを倒していたならば、彼女は『生の救済』を得ていたかもしれない。 「楽団全て討ち滅ぼすまで、妾の裡に巣食う憤怒が安らぎを得ることはない」 しかしトドメを刺したのは、憤怒の炎に燃えるシェリーの魔炎だった。 無言のままに、その身を炎に焼かれていくパトリシア。 傲慢なる男に生を弄ばれた少女を操る糸が、プツン――と切れる。 「少しだが、死体の動きが止まったか?」 と同時に涼に迫っていた、パトリシアの操っていたらしい死体も崩れ落ち、戦いを続ける死体と霊魂の数は当初の半分以下にその数を減らす。 「後はクライヴだけやで!」 「このまま行くとしようか」 進撃を止め、少し足を止めたクライヴの姿に『反撃の機会』を感じる珠緒とユーヌが、全員で前へ進もうと告げた。 傷を負いながらも、夏栖斗や優希といった実力派のリベリスタ達はまだ戦える。 名も無きリベリスタ達も数を半分にまで減らしていたが、まだやる気は十分にある。 「本丸を取ろうぜ!」 ならば行こうと涼の声がかかり、傷ついた体を押してクライヴへと狙いを定めるリベリスタ達。 「死ねば生きた人間は帰ってこんのに、パトリシアを使い捨てて本当に良かったんか?」 その逆撃の中で、クライヴに仁太が問うた。 クライヴは答える。 「まだ壊れてねぇだろ、ソイツは」 ――と。 「え!?」 聞いた事のある音色に、思わず珠緒が驚いた声をあげた。 リベリスタが命を落とせば、楽団の操る死体となる。 動かせる死体があれば、それは総じてクライヴの操る駒となる。 「パトリシアッ!?」 死んだはずのパトリシアが起き上がる姿に、涼の目が釘付けになった。 少女が操っていた死体も、クライヴを主として再び動き始めた。霊魂は消滅したせいで復活してこなかったが、それでも増援としては十分な数と言えるだろう。 兵の数も減り、かつ戦略も決まった今、動かせる兵を遊ばせておく必要はない。 「ここに来て復活じゃと!?」 最大級の火力を持って戦線を維持していたシェリーも、流石にこの光景には驚きを隠せなかったらしい。 加えて、楽団の操る死体は元が強ければ強いほど強力な兵となる。死したパトリシアは今、動く死体の中では最強の存在なのだ。 丁度リベリスタの前後に挟まれる中央辺りで動き始めた少女は、生前よりは緩慢な動作でビーターを叩き、彼等の攻勢に再び待ったをかけた。 「これが俺の人形だ!」 残った霊魂に後方を襲撃させ、屈強な『剣狼』の死体を引き連れたクライヴの一団が前に出る。 「押し留められんぜよ!」 「奇跡にでも祈るしかないのか……!」 運命を歪めてまで奇跡を願う仁太とユーヌの願いは、届かず。 霊魂と死体の波に飲まれ、リベリスタ達が瓦解していく。 怨霊を砲弾として撃ちこみながら進むクライヴと死体の群れに、流石の夏栖斗も優希も飲み込まれる以外の道がない。 「人んちに土足で上がりこむなよ、パスタ野郎」 「はは、お邪魔しますってか?」 懸命に立ち上がり抵抗する夏栖斗が救済されなかったのは、彼の目的が防衛ラインの突破だった故にだろう。 生者を蹂躙するクライヴ・アヴァロンの笑い声が、戦場に木霊する――。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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