● 三高平の直接制圧。 『塔の魔女』アシュレイ・ヘーゼル・ブラックモア(nBNE001000)が楽団――否。ケイオス・"コンダクター"・カントーリオの次の手をそうと読んだ理由は、ひとつではない。 日本全国各地に少なからぬ被害を撒き散らした楽団にとって、先ごろの戦い――『混沌組曲・破』と呼ばれる日本各地への襲撃――は、しかし楽団の者たちにとってはいくらか不満足な結果に終わった。 もっと壊し、もっと殺し、もっと恐怖させるはずだった事件は、アークのリベリスタを含む日本の異能者たちの抵抗によって、彼ら楽団の構成員すら失わせる事態となったのだ。 彼らは、『アークのリベリスタがどれほどしつこいか』を知った。『アークのリベリスタがどれほどの戦力を持つか』を知った。例えば一人殺されるたびに一人殺し返すとしても――先に『数』が尽きるのがどちらなのかは、考えるまでもないのだ。 もう一つ。アシュレイは、ケイオスの首を刎ねられても笑っていた様から、あることを推測した。 ケイオスはバロックナイツ第五位『魔神王』キース・ソロモンの助力を受け、ソロモン七十二柱が一『ビフロンス』――伝承には『死体を入れ替える』能力を持つとされる――をその身に飼っているのではないか、と。アシュレイはビフロンスの能力が空間転移の一種であると読んだ。その魔神の力を借りることで、彼らの『軍勢』を三高平市に直接送り込むことも可能だろう。 そして、もう一つ。 アーク本部には『The Living Mistery』ジャック・ザ・リッパー(nBNE001001)の骨が眠っている! ● 「つまり、こっちとしてはそこまで向かわせないための策を講じる必要があるわけだ。 ――メモで見る限り、このあたりのはずだな。見ての通りだが、この辺りは地図がまだ曖昧だ」 地図の、『何も描かれていない』場所を示して『まやかし占い』揚羽 菫(nBNE000243)が唸る。 大災害(ナイトメア・ダウン)の跡地で行われている三高平市の復興計画(プロジェクト・アーク)は、年数にしてようやく二桁を数えた所なのだ。中心部ならともかく――外周に向けば向くほど、その手は回りきらず、手付かずの場所も増えていく。もっとも、三高平そのものが『神秘』を知る者にしか居住できない土地であり、全てが時村の管理下にあると言っても過言ではないのだが。 「居住区の、ちょっと外あたりか。このあたりに今まさに建築中のマンションがあるはずだ。『万華鏡』でそう見たからな。このあたりに、楽団の一部が来ることになりそうだ」 ああ、こいつらだ――と言いながら広げた写真に映る、白い髪の女と、金髪の男。 「何度か遭遇したらしいな? その結果、いろいろわかったことがあると聞いてる。例えばこの男が得意とするのは『死体の強化』。過去、革醒者の死体にこだわったのはそのためらしい。楽器の演奏をしながらでないとスキルを使わせられないらしいが――命令だけなら声でもできる、と」 アンジェロ、と言う名の楽団員の写真を示して、菫が一度言葉を切った。 「スキルを使わせることや、命令については、相棒の女も同じ。音さえ供給できていれば、言葉ひとつで命令ができる。楽器と言ってはいるが――実際のところ、このネクロマンサーたちの場合、音がやんだ所で『命令を変えられなくなる』だけらしい。面白い弱点だとは思うが今回はその恩恵に預かれそうにないな。ほとんどの死体に出された命令は、『三高平で暴れる』、以上。その結果で死者が出るならそれを兵に加える――たちの悪い話は、楽団に共通したものだから」 やれやれ、と首をふる。 「数体、革醒者の死体があるようだが……そいつらにはまた別個で指示を出しているみたいだな。 クミ、っていうのか? リベリスタの死体。そいつの、過去のリベリスタとしての活動履歴も洗った結果だが、ピンポイント系のスキルはだいたい得意としてたらしい。ハイパーピンポイントを仕えたかどうかの記録はないが――使えないとたかをくくるのは危険だろうね。さっきも言ったが、得意科目は『強化』ってやつがいるわけだから」 一気に喋ったからか、菫は少しうんざりした顔でスポーツドリンクをがぶ飲みする。 「戦場となるのは、さっきも言ったが建築中のマンション周辺。より正確に言うなら、その横の立体駐車場になる。普通車用だから、天井は高くない――3mぎりぎり、あるかないか。 幅50m、奥行き20mくらいか。そこかしこに鉄骨があるが、まあ、視界の邪魔にはならないだろう。 最上階が――3階。残念ながらここも雨よけのために天井がある。しかも半透明の材質だ。晴れた日には気持ちいいだろうね。さて。あえて私はここまで、奴らの軍勢の数を言わずに来た。 死体の数、1階3階は50ずつ、2階に30の凡そ130。四国を押さえたにしては少ない気がするだろう? 使い勝手を考えたか、屈強で大柄な男性ばかりだ。もう少し見目ってものも考えてほしい所だな」 冗談めかしたのは、真剣に考えれば憂鬱にならざるを得ない状況を説明する重責のせいだろう。 「楽団員と、革醒者の死体は2階に集中している。良かったとみるか悪かったとするかは、また別だ」 言い終えた菫は席を立ち、ブリーフィングルームから出ようとし――そこでリベリスタを振り返った。 「私もだが――戦えない人間は本部に避難している。だが、確実に安全だとは誰にも言えないだろう。 忘れないで欲しい。三高平の住人すべてが、この戦いに命を預けていることになる。 お前の背中、自分一人のものだと思うな」 ● 「星がよく見えるねー。ここ、海も近いし。5つ星の公園の、ワビサビって感じの雰囲気も良かったけど。……日本ってしみじみ、面白い場所だと思うんだ」 立体駐車場から身を乗り出して空を見上げていたアンジェロが、真ん中の方へと引き返していく。 ビアンカはヴィオラに弓を走らせ、納得したように頷いた。 「弓の新調に少し時間がかかりましたが、転調には間に合いました。 これは貴方の分です、アンジェロ」 「……本当、そういうの、好きだよね、アンジェラ」 そう他愛もない会話をしながら、二人がヴィオラを構え、音色を奏で始める。 近づく敵意を、迎え撃つために。 車の出入りをするための通路の前で、今にも飛び込もうとする人影が、5名ほど。 ――三高平という土地に居を構えるすべての人間が、神秘に関して『無関係ではない』。関係者しかいない世界で、しかし全ての人間が戦闘できるわけではない。 戦える人間が、「自分は関係ない」だの、「一般人だから関わらない」など言ってしまったら――戦えない人間は、早晩『戦える死体』に変えられていくだけだろう。 だから、こそ。 人が蜂起するのは、平穏が脅かされた時――己の守るべき人が危険にさらされた時。 三高平の長い一夜が、ここでも始まろうとしていた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ももんが | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年03月15日(金)23:46 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 四駆がタイヤゴムを真新しいコンクリートにこすりつけ、黒々とした痕跡を刻む。 「早まって無茶しなけりゃいいんだがな」 『銀の盾』ユーニア・ヘイスティングズ(BNE003499)がハンドルをきるその横で、『戦奏者』ミリィ・トムソン(BNE003772)は顔を顰める。もう、5人の人影は視界に入っている――いつか本部で顔を合わせたことのある連中ばかりだ。 「気がついていますね。ですが警戒が強い――もしかして、どこから来るかはわかっていない……?」 「上等! おい命知らずの馬鹿野郎ども! アーク最高の指揮官様とその盾が助けに来てやったぜ」 にやりと口元を歪めたユーニアが、車窓を開けて絶叫する。 こちらの任務は、陽動だ。それと気がつかれていても、無視できないように暴れてやれば良いのだ。 楽団員の感情を探るミリィには、駐車場二階にある生きた視線が今、自分たち、つまり走り来る車体に向けられているのだと理解できている。呻き、怨嗟、声にならない声――日本各地から調達されてきた死体が蠢く今の三高平で、リベリスタのホームのはずのこの場所で――アウェイだからこそ籠城を選ぶような例の楽団員の『たちの悪さ』は、以前戦った時にも目にしたとおり。 もっとも、警戒しているのは一人――もう一人は、酷く楽しそうで、この感情がアンジェロのものなのだろうということは考えるまでもなく。彼の愉悦は、この街で指揮棒を振るうコンダクターの望むままに。 「だからといって、このままむこうのペースで演奏を続けさせてなるものですか」 バロック音楽中期、ある作曲家は自分の指揮杖で足を打った怪我が元で亡くなったという。 ミリィはそんなことを思い出しながら瞳を閉じ――そして、決意を込めて瞼を開いた。 「任務開始。さぁ、戦場を奏でましょう」 ● かたたたたた、たんっ。 彼女の足音は軽く、おそろしく疾い。建材の転がる中を突っ切って、踏み切った音は、そのまま翼が風をきる音に続く。戦闘論理がはじき出す、最適な襲撃の棋譜。駐車場の中央を陣取った楽団員たちは――騒ぎ乗り込む様を陽動と看破しようとも、どこから攻め入ってくるかをまだ見いだせていない! 「……挨拶代わりだ、受け取れ!」 隣接する、建設途中のマンション。そこを駆け抜け、駐車場の二階へと直接急襲し、その厳然な一喝とともに放たれた光。『シャドーストライカー』レイチェル・ガーネット(BNE002439)――自己申告に従って、彼女をレイと呼ぶ――の閃光を浴びた死体達がひるみ、その隙を、ギアの切り替わった速度で駆け抜ける少女のような姿。壁の予定地に、天井に、張り巡らされた鉄骨をたん、と蹴って『逆月ギニョール』エレオノーラ・カムィシンスキー(BNE002203)が灰色のナイフを構えたまま少女の亡骸へと襲いかかる。本部の支援なくとも戦おうとしていた者の顔を、そこに向かった陽動組の顔を思い浮かべ、長い睫毛を少し伏せた。 (戦うその決意は素晴らしいからこそ、一瞬も無駄に出来ない) 彼より幾らか年上に見える少女屍体はさくりと額を切りつけられ、しかし濁った瞳は真直ぐなまま。彼女の心はここにない。その眼の奥に、既に在るはずのない感情を探すのは、その姿が未だ活きているかのように腐敗を見せないからか。『フェアリーライト』レイチェル・ウィン・スノウフィールド(BNE002411)は、いつか生きていた彼女を抱き上げた時のように、背に生やした借り物の翼を伸ばす。 「これで最後にしたい――ううん、そうするの」 天井にして3階の床、それに届く高さで、軽く首を振って口にした決意。それと同時に、展開した魔法陣が僅かに震え、弾け飛ぶように魔力矢を射出する。 「ま、それはそれだ。とりあえず今を切り抜けよう。死体共のしぶとさを考えると一掃とはいかんが――」 同じ高さから、呪力の赫月を生み出した『燻る灰』御津代 鉅(BNE001657)がレイチェルの気負いをほぐす。鉅にしても、生前のクミを見たことがある――意識なく、機械に頼って血液を巡らせる姿。それでも生きていた姿。形としては防衛戦だとしても、関わった事は放り出せない性分の彼には復讐戦の方が近い。 (クミにしてみれば、楽団から守りきれずに連中に自身の身柄を持っていかせたこちらにこそ復讐したい気分かもしれんが) 思考をそこで切り上げ、煙草をぷ、と吐き捨てた。鉅の影がその火を消す。呪月が告げた不吉は少なくない数の死体たちを苦しめていた。 「んー? アンジェラちゃんとアンジェラちゃんと、アンジェラちゃんか」 「――良い街ですね、ここは。 ウインドウショッピングすれば、いくらでも新しく素晴らしい楽器が手に入りそうです」 演奏の手を止めることなく――その演奏と、階下から喧騒が聞こえるのとは無関係ではないだろう――楽団員たちは襲撃者に向き直る。金の髪の男、白の髪の女――アンジェロと、ビアンカ。 「――日本観光もここまでね。三高平の見物料に命でも置いていって貰うわ」 自分が『女性』にカウントされていることを知って目を瞬いた後、紺の瞳に澄ました表情を浮かべ、エレオノーラはナイフの柄の薔薇をなぞった。 少女屍体――クミ――は手にした糸玉を、手を使わずに解き始める。まるで遊んでいるかのような動きのまま、しかし糸は複雑に駆け巡り、執拗に鉅を狙う。二度の糸を受けた鉅へと、駆け寄った拳闘家の死体が掴みかかって地面へと叩きつける。楽しそうに――心底楽しそうに――アンジェロが笑う。 「いいね、そろそろ新しい人形が欲しかったんだ。アンジェ「アンジェラ」」 クミが、と言うニュアンスだったのだろうか、言いかけた言葉を途中で遮られ、アンジェロが僅かに毒気を抜かれた顔をした。かぶせた『弓引く者』桐月院・七海(BNE001250)の耳がぺいぺいと動く。 M・G・K――ミタカダイラ・ガード・ナイツの一員として、七海は、自分の仕事は『一体でも多く、速く死体を減らすこと』だと理解している。紫の弓に番えた矢は、業火を纏って放たれる。 「今日が来るまでに腕を磨いて間に合わせたんだ。存分に堪能するといい」 蓄積した損耗に、数体の、特に当たりどころの悪かったらしき死体が燃え崩れ始める。 「迷惑な演奏。日本のこんな所にまで、実に結構な事だ」 マフラーをかけ直しながら、『Friedhof』シビリズ・ジークベルト(BNE003364)が笑う。この街全体が、いままさに数で見ればあまりに明らかな劣勢。――彼がこの状況に、熱くならない理由などないのだ。 「潰してやろう。あぁ、須らくな。さぁ――行こうか」 その宣言とともに降り注いだそれは、神々の黄昏を名乗る、殲滅のための加護。 ビアンカは彼我を冷静に見る。単純な数はともかく、『強力な』戦力の差は、リベリスタたちに有利な状況だ。ならば、数の多い相手と戦う時の定石は――当然、数を減らすこと。一気に弓を走らせると剣士の死体を操り、鉅に肉薄させると荒れ狂った闘気で押し飛ばさせた。 ● 減らしたはずの死体兵の数が、増えている。 レイはそれを認識し、尻尾を膨らませた。10体程増えているのだろうか――ならばその分、こちらの狙う数も増やすだけだ。念じ、気の糸を一気に撃ちだす。放射状に幾筋も伸びた擬似物質は楽団員を含め少なくない数を貫くが――もし地上にいればその射線はうまく通らなかっただろう、現に今も、小柄なクミが体格の良い男の影に隠れてうまく狙えなかったのだから。 それはしかし、逆もしかり。 翼を畳んで見上げるアンジェロと、しっかりと目があった。 「四国からここまで、わざわざご苦労な事です」 「そーなんだよアンジェラちゃん聞いてよ大変だったんだよ。あ、サヌキウドンツユ、いる?」 「地方土産の名前より相手の名前を優先して憶えてください、アンジェロ」 「また逢えて嬉しいですよ、アンジェロ」 相変わらずマイペースな楽団員たちと対照的に、レイは少ない表情に感情だけを強く表した。 「また逢えて嬉しいですよ。……借りを、返させてもらいましょう」 逆襲を誓い、撃滅を決める、そんな目がアンジェロ達を見据える。 「女性の名前も覚えない男と一緒にいてよく疲れないわね」 それはつまりビアンカにすら興味が無いと言うことだろうと。クミを急加速とともに幾度も切りつけるエレオノーラ。彼に呆れとも冗談とも付かぬ仕草で揶揄され、ビアンカは不快を示した。 「何を馬鹿な。疲れているに決まっているでしょう」 「…………」 エレオノーラの絶句は想定外によるものではなく、どこか呆れを含んだもの。 明らかに狙われている鉅――死体兵は皆に襲いかかったが、楽団員の指示の下、彼を狙った死体は明らかに多かった――に、レイチェルは光の鎧を着せる。それを受けた鉅はクミの真横まで接近し、気の糸を幾重にも絡みつかせた。それは死体の足を止めるまでには至らなかったけれど。 「――時間を雑魚の相手に使い切るわけにもいかん」 サングラスの奥で、陽動中の階下の状況が知れぬものかと目をやる。 楽団員たちは演奏にその神経を傾けている。その成果だろう、クミはアンジェロと同じ角度で首を上に向け――すなわち、翼を得て高さのある全てのリベリスタがその視界に収まる。糸玉が一気に拡散し、リベリスタたちに二度襲いかかった。引き換えに、闘士の死体はその技を振るえずに鉅に噛み付く。 先の業火で未だ燃えている死体も少なくない中、七海は髪に隠した目を開く。コマ送りの視界の中で殺到する死体の数をかぞえ、嗤う。狙い通り、麻痺毒に屈しない自分に彼らを引きつけることができた! 皆に神の声に従う加護を与え続けるシビリズは、巨大な鉄扇を開くと、ぱん、と閉じる。 「私には数で勝る敵に効率よく攻撃する術が無い故――この光は絶やさん。光が続く限り闘い続けよう」 そう告げた彼自身の全身から守護のオーラが沸き立つ――相当なものを誇る彼の打たれ強さと守りの堅さは、まさに女神の盾と呼ぶにふさわしい。 ● 「OK、魚は食いついた。大漁だぜ。だが上からの分は勘弁だ――後は任せた」 通信の向こうへと声をかけていたユーニアが唸る。 合流地点に陣取って、四駆は道を塞ぐように止めてある。上がろうとする死体達はこれでせき止めることができても、降りてくる死体達まで塞ぐのは――如何せん、2階に上がろうとする奴らまで道が塞がれていると把握すれば柱や外観を登ってでも向かおうとする。それを全て留めるのは、二人では至難だったろう。 二人なら。 「このっ、降りろ!」 登ろうとする死体の腕を獲物で打ちのめし、それを阻止しているリベリスタが見える。 「怪我はありませんか?」 数を相手に疲弊した仲間に、回復の声をかけるリベリスタがいる。突入時に見かけた5人のリベリスタたちは階下での陽動兼足止めという策に――不満を見せたものもいたが――合流していた。 「少しでも数を減らしましょう!」 ミリィが注目を出来る限り自分に集めさせる。それでも階上へと無理な登攀を試みる死体たちもいたが、他のリベリスタが何度でも引き剥がし続けている。 そして――集められた死体達がミリィに襲い掛かろうとするのを、ユーニアは只管にかばい続けた。麻痺毒を受けようとも、揺るぎない絶対を秘めた少年が動きを止めることなど無い。 「――俺は盾だ」 砕かれても倒れても、守ることは決してやめない、その信念。 (運命の加護のある限り俺は誰にも止められない、それが俺の在り方だ――!) ユーニアの背に庇われて、ミリィはふと、予知者の言葉を思い出した。 「私達の背に、三高平全ての住人の命が掛かっているですか。 楽団と戦う以上、いつかこの時が来る事は分かっていたのです――ですが」 (――分かっていたけれど、その事実が何よりも重い。此処は私に居場所をくれた場所だから) 防衛機構に満ちた都市だ。その中枢たる本部に出入りする彼女たちが、三高平をただ平穏が続く街だなどと、思ったことはないだろう。それでも、蹂躙を目指す敵の侵略となれば――敗北が何を齎すものか、考えたくもない。しかし考えずにいることは出来ず――だからこそ、結論はひとつに収束する。 「だからこそ、負けられないのです。皆と同じ明日を過ごす為に、貴方達にはこれ以上負けない!」 背後から聞こえた、自分よりも幼い少女の言葉に、未熟な騎士は緑の目を細める。 まったくもって、そのとおりだ! 目の前で腕を振り上げる死体に笑いかけてやる。 その向こうで、急いで回復を用意しているリベリスタが見える――間に合うかは怪しそうだ。だが、まだ運命はユーニアの手元にある。 「悪ぃがお前らじゃ役者不足だぜ、でくの棒ども。ここで俺と一緒に燻っててもらおうか」 蟻の子一匹、通すものか。 ● レイの気糸が幾度かアンジェロの動きを止め、エレオノーラのナイフがクミを切り裂く。 鉅が赫月で、七海が炎で死体を減らしていく一方で、集中攻撃を受けて一度膝をついた鉅をシビリズが何度か庇い、楽団員たちが鉅を狙うのを諦めてからはシビリズの膂力で振り回される双鉄扇がビアンカに向けられる。勿論、常にリベリスタたちに有利に回ったわけではない。己を前線に出さぬように戦うこの楽団員たちは、死体のある限りそれを前に出したり庇わせたりを続けるのだ。痺毒に耐性のないリベリスタは何度かその動きを止められその隙を狙われ、運命を燃やし――回復手の要であるレイチェルもその中に含まれた。 「人が死ぬのは、もうたくさん……! 逃がしたら、また人が死ぬんだ!!」 それでも、彼女自身の高い意志力は、この戦いの中で大きな意味を持っていた。 目の前で暴れる、体を動かしているのに生気などどこにもない死体たち――それが、どうしても思い起こさせるのだ。この間の、各地で暴れた楽団員たちが『収穫』としてこの街に持ち込んだ、あの人々を。 「操ったその仲間の手をどれだけ血に染める気なの……趣味の悪い趣向はもうたくさんなのよ!!!」 血を吐くような訴えに、レイもまた頷いてみせる。 「クミも、彼らも、楽団員も。 今度こそ、しっかりと殺してやる。……それが、彼女達にできる唯一の事だから」 「面倒だなあ……アンジェ「アンジェラ」……みんな玩具になってくれたらいいのに!」 七海の茶々にとうとう短気を起こしたらしいアンジェロが、クミを操って恐ろしく細い糸を操らせようとして、そこで違和感に顔を顰めた。 「――こいつが自由に動くと、うまく攻めきれん」 少女の死体を、それこそ糸の絡まった操り人形のように完全なまでに戒めた、鉅の気糸。 糸の中でもがく胸の中心に、すとん、と両刃のナイフが突き立った。 「糸遊びはもうお終い。さあ、良い子は寝る時間よ」 あやすような声色のエレオノーラが、クミの手から転げ落ちた糸玉を踏むと、それはあっけなく砕けた。 「アンジェラちゃんが――!」 驚いた声のアンジェロを無視して、ビアンカが覇界闘士にレイチェルを襲わせる。 「倒させんよ。我が身に変えてもな……!」 その掌打を己の体で受け止めて、シビリズが不敵な笑みを浮かべた。 ● ビアンカのヴィオラから、びん、と音を立てて弦が跳ねた。レイの気糸が切り裂いたのは、楽器を狙ってのものではなく――それが彼女の目を打ち据えた。致命的な深手になりかねないその怪我に、ビアンカはヴィオラを遂に手放した。 「アンジェロ。これ以上は付き合いきれません」 「そっかー、それじゃあねアンジェラ」 「ビアンカです。本当に、貴方と来たら……」 「逃すか……!」 呆れきった声をあげたビアンカに、レイチェルが噛みつかんばかりに叫ぶ。気楽な様子のアンジェロもまた、その肩を気糸が貫通した痕跡がある――ビアンカに向けてばいばい、と手をふろうとして妙な顔をした。うまく腕が動かない――当然だ。エレオノーラの、瞬時の加速による突撃が、その腕を深く、深く切りつけていた。 「ああ……これじゃ、もうヴィオラ、弾けないね」 とても悲しそうな声でアンジェロは新しい弓を取り落とすと――顔を上げ、無垢な顔でにこりと笑った。 「この間のアンジェラちゃんを見て、思いついたんだ、これ」 「!」 酷く嫌な予感に、エレオノーラは飛び退こうとしたが――間に合わない。 不可視の刃が次々とアンジェロを中心に生み出され、転移するはずの幻刃はそのまま荒れ狂う! 「あはははは、楽しいねえ、楽しいなあ! あはははは!」 ビアンカやエレオノーラ、近くにいた鉅、さっきまで楽団員を庇っていた死体たち――。 周囲の者を全て巻き込んだ刃の嵐が止んだのと、哄笑が消えたのと、どちらが先だっただろうか。 結局、全ての後に増えた死体は、アンジェロと、1階の足止めの中で麻痺毒の回復が間に合わず命を落とした2人のものを加えた、3体。 そして術手袋を嵌めた、女性の右手首から先がひとつ。 それ以外の箇所は見つからなかったが――これでは戦力となるまい。 「まだ終わりじゃない。ここからが本番です」 「……うん」 納得がいかず項垂れるレイチェルの背をレイが叩き――リベリスタたちは、この戦場を後にした。 <了> |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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