赤坂茜はこの世の不幸を背負って生まれてきたような女性だった。 生後すぐに捨てられた茜は児童養護施設に引き取られた。そちらでは友達ができず、孤独な少女時代をすごした。 生まれつきの不器用で引っ込み思案な性格が災いし、学校にも仕事にも馴染めなかった。いくつもの職場を転々とした結果、騙されて押し付けられた借金だけが膨らんでいった。 最後に勤めたデパートで茜は退職金代わりとして真紅のウェディングドレスを引き取った。これは茜本人が希望したもので、せめて空想の中で自分を慰めようとの寂しい想いからだった。 ところがこのウェディングドレスを手に入れてから茜の人生は一変した。たまたま立ち寄った先で運命の出会いを果たし、あれよあれよという内にその男性との結婚が決まった。 まるでこれまでの不幸を清算しているかのようだった。 まさに茜は幸福の絶頂にいた。 「最初は純白だったウェディングドレスがどうして赤くなったのか、わかる?」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)の問い掛けに集まったリベリスタたちは眉をしかめた。アークからの依頼で赤い色が関わってくるとなれば、考えられる答えは一つしかない。 リベリスタたちを一瞥したイヴは椅子に座ったまま軽く目を瞑り、話を続ける。 「このウェディングドレスは所持者を理想の男性と引き合わせる力を持ったアーティファクトなの。あくまで出会いを演出するだけでその後のことは本人次第だけど」 それだけを聞けば人畜無害なアーティファクトである。だがアークの扱う事件がそれだけで済むはずがなかった。 「このアーティファクトの力で出会った人とは決して幸せにはなれないの。結ばれたその日にウェディングドレスの力によって殺されてしまうから」 所有者の血を吸ったウェディングドレスはさらにその身を赤く染め上げて次の獲物を探す。こうして何十人、何百人もの女性が犠牲になっていった。 「この呪いを解くのは簡単。アーティファクトを所有者の意思で手放してしまえばいい。でもそれと同時に理想の男性との縁が断ち切られてしまう。どちらにしても結ばれることはない、女性にとっては最悪のアーティファクトよ」 たとえ一時でも結ばれることを選ぶか、人生で最良の男性を自ら諦めるか。所持者は困難な二択を選ばされることとなる。 ブリーフィングルーム内に重い空気が流れる。できれば茜の命を救いたい。これは共通の認識である。だが、ただでさえ不幸な人生を送ってきた茜に理想の男性を諦めさせることが本当に彼女の幸せになるのか。自暴自棄になりはしないか。悩みは尽きなかった。 苦悩を我が事のように理解しながらも、それでも依頼を出さなければならないイヴは、椅子を回してリベリスタたちから背を向けた。 「目的は、アーティファクトの回収。それ以上の結果に関してアークは干渉しない」 幼い少女の精一杯の気遣いに、リベリスタたちは視線をその小さな背中に集める。 イヴは再び椅子を回してリベリスタたちに向き直った。 「赤坂茜にとって何がいちばん幸せな結果なのか。彼女が本当に望んでいることは何なのか。本人に会う前に、考えてみて」 答えはイヴの中にもない。それぞれが最良と信じる道を選択するしかなかった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:霧ヶ峰 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年04月19日(火)23:39 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●零れ落ちた光 「もし、このような呪いのドレスを持ってしまったら、茜さんならどうしますか」 突然の問い掛けに、赤坂茜は目を丸くして『夜波図書館の司書』ハイデ・黒江・ハイト(BNE000471)を見返した。 結婚式場の一室がしばし沈黙に包まれる。式場関係者に扮したハイデはお色直しの打ち合わせと称して赤坂を連れ出し、頃合を見て呪われたドレスの話を持ち出した。例え話という前提でのことだったが、言われた本人は困惑を隠しきれない様子だった。 「どうして急にそんな話を」 「結婚は一人でできることではありません。ご自身と婚約者の方、そして双方の両親。多くの方に多大な影響を与えるものです。これからのことを真剣に考えるためにも、どうかお付き合い願えませんか」 ともすれば真顔になってしまいそうなところを堪え、穏やかな表情を維持するよう努める。元より感情の変化があまり顔に出ないハイデではあったが、幻視によって誤魔化された耳は緊張のあまり後ろに伏せられていた。 「一瞬でも結ばれることを選ぶか、愛する人と別れることを選ぶか、ですか」 「ご自身の幸せはご自身でしか決められない、と私は思っています。当人にそれを決断させる残酷さも承知の上ではありますが」 「ハイデさんだったら、どっちを選びますか?」 予想だにしない切り替えしに言葉を詰まらせる。自分ならどちらを選ぶか。依頼を受けたときからずっと考えてきたことではあった。現時点でもぼんやりとした答えはあるが、当事者となったときに同じ思いを抱けるかどうかは、ハイデ自身にもわからなかった。 「やはり、真実を知らなければ話は始まらないか」 軽く一礼したハイデが部屋のドアを開ける。外ではラキ・レヴィナス(BNE000216)と『天女の末裔』銀咲 嶺(BNE002104)が控えていた。驚く赤坂を尻目に二人は室内に入り、ハイデがドアを閉めるのに合わせて軽く自己紹介をした。 「ハイデの話を聞いたな。悪いがそれは真実だ。すぐにそのドレスを渡してくれ。お前も含めてこれ以上の犠牲者を出さないためだ」 言葉と共にマネキン人形に着せられた真紅のドレスを見やる。ラキが歩み寄ろうとすると、赤坂は立ち上がってそれを遮った。 「な、なんなんですかいきなり。あれはただの例え話じゃ」 「口で説明したってわからねぇよなそりゃ。だが実際に神秘体験をしてみたらどうだ」 テレパスによって赤坂の頭の中に直接語りかける。ドレスの呪いは本物だ。このまま結ばれればお前は死ぬ。耳を塞いでも聞こえてくる声に赤坂は半狂乱になって髪を振り乱した。 「や、止めて下さい。私は呪いなんて、そんなもの信じません」 「だったらお前の頭に響く声をどう説明する。ドレスの呪いは確かに存在するんだ。俺はなにがなんでもお前を死なせねぇ。死と引き換えの幸せなんてものは絶対に認めねぇぜ」 「い、いやっ! 声を、声を止めて! そんなこと、私に聞かせないで!」 求めに応じてテレパスによる送信を止める。呼吸を荒くしてカーペットに沈み込んだ赤坂は瞳に涙を溜めながらも、必死の形相でラキを睨み付けた。 「彼の、真一さんのご両親に頼まれて、こんなことを」 「お前らを別れさせてくれってか? だれがそんなくだらない依頼を受けるかよ」 「信じられませんそんなこと。今までだってそうでした。私たちがどれだけ妨害を受けたか。それでも彼は、ご両親と縁を切る覚悟をしてまで私と」 「茜さん」 自分を呼ぶ声に眉を逆立てたまま顔を向けた赤坂は、自分の瞳に映る光景に息を呑んだ。それまでの勢いは完全に削がれ、大きく開けた口を震わせながら声の主を指差す。 目の前では幻視を解いた嶺がフライエンジェの羽を広げて浮かび上がっていた。純和風の着物に身を包んだ天使は赤坂を眼下に見据えたままゆるやかに羽を羽ばたかせる。 「そのドレスが神秘を帯びた物品である事、信じてはいただけないでしょうか」 赤坂は圧倒されたように嶺を見上げる。頭に直接響く声に突然現れた天使。もはや神秘の存在を否定する材料など残されてはいなかった。 「私は貴方の決断を尊重したいと思います。ですがそのためにはまず事実を認めていただかなくてはなりません。現実を否定した先に得る幸せなどありはしないのですから」 うつむいた赤坂は無言のままそこに座り込んでいる。リベリスタたちは赤坂が決断する時を根気強く待った。 突如として赤坂は立ち上がった。おもむろにマネキンからウェディングドレスを脱がせ、赤く染まった生地をじっと見つめる。 真紅のドレスを胸に抱いた赤坂は逃げるように部屋を飛び出していった。ハイデとラキが急いで後を追う中、床に降り立った嶺は白い体躯を晒したマネキン人形に目を向けた。ドレスを剥がれて裸になったマネキンは赤坂の心を映すかのように物悲しかった。 「愛する人と結ばれるということは、どういうもの、なのでしょうね」 だれに尋ねるわけでもなく独り言ち、少し遅れて赤坂の後を追った。 ●見守る想い 逃げ込んだ部屋の中では赤坂の養親が見知らぬ男性二人と向かい合っていた。 一人は緑色のシャツに目立つ黄色のズボンを身に着けた男性、『ラテン系カラフル鳥』カイ・ル・リース(BNE002059)であった。カイはその精悍な顔付きに似合わず目元が潤んでおり、赤坂を見るなりズズッと鼻をすすり上げた。 もう一人はハイデのように式場スタッフを思わせるスーツを着込んだ『市役所の人』須賀 義衛郎(BNE000465)である。こちらはカイとは逆にあまり感情が表れておらず、飛び込んできた赤坂に軽く頭を下げて見せた。 「キミが茜さんだネ」 カイの呼び掛けにびくりと身体を震わせた赤坂は養父の下に駆け寄り、腕にしがみ付く。血の繋がりはなくとも信頼しあった家族の姿にカイは涙を流した。急いで目元を拭い、赤坂の頭に優しく声を響かせた。 「こ、これ、あの人たちと同じ」 「ドレスのことは聞いてるネ。キミの両親にも話をさせてもらったのダ」 「どうしてそんなことを。お父さんとお母さんに余計な心配掛けたくなかったのに」 「勝手なことをしたのは済まないと思ってるのダ。だけどキミの両親は陰ながらキミを見守り、ここまで支えてくれていたはずダ。両親のことを省いてキミのこれからのことを決めることなどできるはずがないのダ」 赤坂は自分の養親の顔を見上げる。カイからすっかり事情を聞き、テレパスによる神秘体験をした二人は、半信半疑ながらもドレスの呪いが存在することを受け入れていた。その表情からは愛する娘へどう声を掛けるべきか困惑している様が見て取れた。 「お父さん、お母さん」 「ああ、茜……私たちは」 「両親の気持ちは決まってるのダ。キミに生きて欲しイ。そう望むのが親なのダ」 「そんなこと、言わないでください。私が今までどれだけ辛い思いをしてきたか、貴方は知らないでしょう。だからそんなことが言えるんです」 「キミにはキミの結婚を祝福シ、キミの幸せを望んでいる両親がいるじゃないカ。それだけでも不幸なだけの人生だなんて言えないのダ。生きなきゃいけなイ! 自分の手で幸せを掴むためニ!」 感極まったカイは止め処なく流れ出す涙を拭うことすらできなかった。赤坂の姿が自分の娘と、養親の姿が自分と重なってしまい、一つ一つの言葉が他人事ではなく自分の家族への感情として溢れ出していた。 半ば冷静さを失っているカイを横目に見つつ、義衛郎が話を引き継いだ。 「幸福と命、そのどちらを選ぶかは茜さんの自由だ。オレちゃんはその意思を尊重する。ただ」 養親に視線を送り、続けてカイを見やる。最後にまた赤坂と目を合わせた。 「その結末から目を逸らさないことが関わった者の責務だと思う。だから茜さんも、自分の決断が周りにどんな影響を与えるか、それから目を逸らさないで欲しいんだ」 義衛郎からはそれだけだった。返す言葉の見つからない赤坂は養親を一目見て、すぐに顔を伏せる。義衛郎が背を向けると、上目遣いでその行き先を見守った。 入り口の前まで来たところで勝手にドアが開く。現れたのはリスベスタたちと、彼らに説得を受けた赤坂の婚約者、瀬戸真一であった。 義衛郎は来客を一瞥してから、再び赤坂を直視した。 「それともう一つ。関係者に自分の言葉で伝えること、だな」 努めて事務的に言い放ち、これ以上の来訪を拒否するようにドアを固く閉じた ●共に歩んでいくということ 赤坂と瀬戸は最初にお互いの名前を呼んだきり、なにも話さなくなった。 占い師に扮した『ロストフォーチュナ』空音・ボカロアッシュ・ツンデレンコ(BNE002067)が勇気を出してと後ろから声を掛ける。それでも瀬戸は動かず、見つめ合う二人はどちらともなしに目を逸らした。 「真一さん、貴方のところにも」 先に声を出したのは赤坂だった。向けられた視線に空音は小さくうなずいて答える。 「不幸の影が見える。そうお伝えさせていただきました」 「どうして、こんなに大勢で私たちのことを」 「貴方に生きていて欲しいからです。真一さんがこうして同行してくださったのも茜さんのことを心から愛しているからこそ」 瀬戸もまたリベリスタたちの言い分を信じた。赤坂が死を選ぶことを危惧して空音は協力を取り付けた。それでも真紅のウェディングドレスを大事そうに抱える花嫁を見ると、想いが言葉として出て来ないようだった。 「真一さんは、呪いとか占いとか、そういうのは信じない人だったのに」 「神秘を否定する者には明確な証拠を提示するのみです。どうぞ、ご覧ください」 『原罪の蛇』イスカリオテ・ディ・カリオストロ(BNE001224)が小脇に抱えたファイルを差し出す。内容は限りある時間で調べ上げた呪われたドレスの詳細だった。 「この血塗られたドレスはこれまでに何百人もの花嫁を死に至らしめてきました。その出生まではわかりませんでしたが、犠牲者は日本だけではなく世界数ヶ国に上る。白いドレスが徐々に赤く染まっていく様が見て取れるでしょう」 イスカリオテと嶺が手分けして調べた資料には犠牲者の出身地や名前の他に、ウェディングドレスを着て写る花嫁の写真も添付されている。それぞれに色味は異なっているが、デザインは赤坂が持っているものとまったく同じであった。 「この人たちは、もう」 「亡くなられています。式を上げた当日にドレスによって身体を締め付けられ、全身の血を吸い上げられてしまうそうです。そのドレス自体はどうやっても傷つかないようで、失礼」 あえて許可など得ずにドレスの裾を持ち上げ、そこにナイフを突き立てる。ファイルを落とし、小さな悲鳴を上げて赤坂だったが、ドレスにはほんのわずかな傷も残されていなかった。 「これは火を近づけても同じことです。そして所持者が自らの意思で手放さない限りは何処に持ち去ったとしても必ず戻ってくる。ドレスの呪いを解けるのは赤坂さん、貴方自身の意思のみです」 調べ上げた情報を実験によって確かな知識として得たイスカリオテは、それで満足したようにファイルを回収した。自分からは特に選択を求めず、赤坂から距離を置いて事の成り行きをうかがう。 それを良しとしない『確固たる決意の代償と責任』秋映・一樹(BNE002066)が感情を込めてドレスを手放して欲しいと頼み込む。瀬戸に対しても同じ態度で説得を試みた。一樹にとって人の命が失われることはなによりも耐えられないことだった。 「一瞬でも結ばれることを望むのは自由だ。だが残された者はどうなる。お前を失って悲しむ人の事をちゃんと考えたのか」 養親と婚約者。この場には赤坂と深く関わっている人間が勢ぞろいしている。彼らにも聞かせるように、身振り手振りも加えてより強く熱弁する。 「最愛の婚約者を不幸にしてまで一時の幸せを手に入れたいのか。不幸だったお前ならだれよりもその辛さがわかるはずだ」 「わ、私は、でも」 「命あれば人は何度でも変われる。即ち、呪われたドレスの力を借りなくとも、幸福を手に入れられるはずだ」 思いのたけをその一言に詰め込んだ。もはや一樹にとっても意地であった。 赤坂はうつむいたまま黙り込む。時おり養親と婚約者を見やり、ドレスを固く握り締める。手放そうとしてみたり、また自分の胸に抱いたりと、自分の答えを決めかねている様子だった。 そんな赤坂をじっと見つめている瀬戸に「今こそ貴方の愛を証明するとき」と空音が発破をかける。瀬戸は重々しくうなずき、赤坂の手を握り締めた。 「真一さん、私、どうしたら」 「辛い思いをさせて済まないが、その選択は、君に委ねたいと想う」 突き放したような言葉に赤坂は表情を曇らせる。瀬戸は赤坂の頬に触れ、自分に顔を向けさせた。瀬戸の表情には決意が込められていた。 「その代わり約束する。もし君が呪いに因らずとも死を選んだとき、僕はすぐにその後を追う。君をひとりでいかせはしない」 愛する者の願いを受け入れ、その責任を一身に背負う。これがリスベスタたちに説得された婚約者の答えだった。 赤坂は大きく目を見開く。口元に笑みを浮かべ、優しく添えられている手にそっと自分の手を重ねた。 「酷い人ね。私がそんなことを望んでないことくらい、わかってるはずなのに」 目を瞑った途端、一筋の涙が零れ落ちる。瀬戸の手をそっと引き離し、一樹に真紅のドレスを差し出した。 「私は、乗り越えられるでしょうか」 「もちろんだ。自分よりも愛する者の幸せを考えられるお前が救われない道理はない」 ドレスを受け取った一樹は二人の今後を案じつつ部屋を出て行った。 他のリスベスタたちもその後に続く。最後まで残った空音は震える瀬戸の背中に礼の言葉を述べた。 「まだ茜さんを愛してるなら、ドレスの力なんかに負けない愛を貫き通して欲しい。あなた達には本当の幸せを掴んで欲しいから」 答えを待たずに退室する。閉じたドアの先でどのような会話が交わされるのか。それを見ることは許されず、また、知る必要もなかった。瀬戸が生きている限り赤坂が死を選ぶことはない。この確証が得られただけでも十分すぎる成果であった。 「だけど、彼女が失うものは、あまりにも大きいな」 せめて落ち着いて話ができるよう室内を結界で囲んだ義衛郎がつぶやく。辛い選択をさせた者の一人として殴られることも覚悟していたが、それすらもなかったことが逆に心の重しになっていた。 「これが赤坂嬢にとって不幸の終わりになるのか、それとも始まりなのか。ふふ、生きていれば救いはある……というほど世界は優しくありませんからね」 人目を忍び、イスカリオテはひっそりと笑みを浮かべる。 それでも赤坂は生きなければならない。愛する者がいる限り―― |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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