●男爵と屍獣の行軍 死人が踊り生者が叫ぶ戦場に、獰猛な獣の声が響く。 一人の男に導かれ、三高原近郊の地を死したる獣達が突き進む。 「さぁ、我輩と共に長き旅を続ける同胞達よ。今こそ最大の障害に立ち向かう時が来た!」 両の手に持つマレットを振るい、先導者たる男が空を弾いて高らかな打音を響かせる。 三度『アーク』の前に立ち塞がらんとするこの男の名は“男爵(バロン)”ジャン・ブレーメン。死した人ではなく死した動物を操る死霊使い。 ケイオス・“コンダクター”・カントーリオ率いる楽団の中でも異彩を放つこの男の軍勢は、今回の旅の終点である三高原市を前にして尚意気高く。 不意に彼の傍に、一匹の死したる大型犬が何かを咥えてやってくる。 「おや、それはもしや……貴君の主人の物であるかな? なるほど、主の住まいがこの近所だったのであるな」 屍犬は男爵の問いに咥えた物を食い千切る動作で肯定を伝える。その仕草に男爵は満足げに頷いた。 「蘇り、主人と共に永劫を過ごしたい。その願い、叶ったようで何より!」 歓喜の声を上げる男爵を、そして愛する主を手に掛け念願を叶えたその屍犬に、周囲の獣達は祝福するかのように鳴いた。 男爵に従う屍獣、彼らは死したる身で『愛する主人との再会し、また一緒に、ずっと一緒に過ごしたい』という叶わぬ願いを持っていた。 彼の能力で新たな道を手に入れたそれらは、変わらぬ願いを、しかし死したるが故に、理から外れたが故に違えて叶えようとしている。 それは彼らが願っていた真なる願いと、本当に同じ物なのか? かつて彼に、『それは詐欺だ』と言い放った勇敢なリベリスタがいた。 男爵はそれを否定しなかった。何故ならそれが狂っているのだという事を知っていたから。 死から蘇ったそれは、如何な理由があろうとも、もう元の何かではないのだから。 だがそれでも、彼らの夢が、後悔が叶うなら良いではないかと、この男は本気で思っていた。そこには死霊使いたる彼の内に秘めた何かがあるのかも知れないが、それは今ここで語られるべき物でもなければ、望まれぬままに語るべき物でもない。 「さあ同胞諸君! ここに夢を叶えた者がいる! 諸君らもこの戦いの先、自らの終着点へと向かう事が出来よう!」 男爵が狂った死体達を扇動する。彼の死霊使いの力が無ければ動く事も叶わぬ生命だった物を。 今はただ煽られるまま、導かれるままに、ただ一つの願いを信じて彼らは行く。高らかに歌声を上げながら。 「立ち塞がるアークのリベリスタ達へ問う! 我輩達の行軍、止められる者はいるのであるか!?」 ●101体との真っ向勝負 「楽団メンバーによる三高原市襲撃が始まりました!」 緊迫した様子で、『運命オペレーター』天原・和泉が集まったリベリスタ達に声を張った。 「展開された結界の効果により強襲こそ回避されましたが、それでも事態は急を要する事に違いありません」 言葉と共に次々とコンソールに映し出されるのは三高原センタービルを中心とした周辺の地図と、その中で予想される大きな戦場となる場所のマーク。赤く表示されたそれらが、先日の日本全土を襲った楽団の事件と重なって見える。 「既に市内の方々には本部へと退避を指示済みです。皆さんには攻め来る楽団の迎撃を、三高原の防衛に当たって貰う事になります」 もはや日本随一と言っても良いリベリスタ組織、『アーク』の本拠地である三高原市。ここを失う事はリベリスタ達にとって、延いては世界にとって絶対に避けなければならない事態である。 聞けば敵もこちらのしぶとさに辟易したからこその強襲だと言うではないか。であればこの戦いは、誰かの言った言葉の通りにチャンスであるとも言えるだろう。 「第一防衛ライン付近にマレットを振るい総勢100体の動物の死体を操る楽団員が確認されています。当該神秘を楽団員“男爵”ジャン・ブレーメンであると判断しました。この場の皆さんには特にその対処をお願いします」 通常の死体に比べて機動力に長けた動物の死体は、こと襲撃作戦においては特に注意が必要な存在となる。一点でもその速さで突破されてしまっては、後はその小さな穴から多くの死者達が群がり道を作られてしまうだろう。 また今までの報告から、ジャン・ブレーメン個人の戦闘能力の高さにも気を付けなければならない。 「幸いこれまでの交戦記録から、敵の使う能力にはおおよその分析が済んでいます。戦う際には注意をよろしくお願いします」 何度もぶつかったが結果に得られた情報は、この戦いにおいてきっとリベリスタ達の助けとなるだろう。 それこそが、何度でも耐え抜き戦い続ける彼ら『アーク』のリベリスタの特性が生きた結果と言えた。 「相手も皆さんの力量を十分に警戒している事だと思います。くれぐれも油断無いよう。全力で事に当たって下さい」 真剣な表情の和泉に、リベリスタ達は皆一様に力強く頷き応える。 ――言われなくても、と。 その言葉に、和泉は緊張で張った表情をほんの少しだけ緩めると、よろしくお願いしますともう一度だけ言った。 リベリスタ達の絶対に負けられない防衛戦が、始まる。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:みちびきいなり | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年03月11日(月)23:23 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
●夜天の対峙 生活の火が消えた夜の居住区を、変わらず街灯が照らしている。 そこかしこで響く剣戟の音や砲撃音。そして何よりも強く響き渡る旋律と、それに負けぬよう張り上げられる叫び。 日本随一のリベリスタ組織『アーク』の本拠地三高原市は今、決戦の地となっていた。 「笑止! されどその心意気や良し!」 この街を守るため、死したる獣達の猛追を躱し決意の一撃を放ったリベリスタの攻撃を、受け止め、弾き飛ばして“男爵”ジャン・ブレーメンが笑う。 「やはり強いな、アークのリベリスタ!」 尚も抵抗を続けようとしたのを至近からの追撃で黙らせ、男爵は言う。 「立ち塞がるアークのリベリスタ達へ問う! 我輩達の行軍、止められる者はいるのであるか!?」 高らかに求めたその問いに、彼の強さを目の当たりにした多くのリベリスタ達が動揺し息を飲む中、どこか気の抜けた……もとい、愛嬌のある声が答えた。 「ここにいるぞー!」 現れたのは声に負けない愛らしい顔立ちに不釣り合いな禍々しい武器を持った少女、『ハルバードマスター』小崎・岬(BNE002119)だ。 「これはこれは、勇ましくも愛らしい少女なのである」 周囲の者達を下げ集団の先頭に立ち、男爵が古式の戦に宜しく声の届く所まで歩み出る。 「可憐な勇者よ、名はなんと?」 「小崎岬だよー。そしてこっちはアンタレス!」 「なるほどなるほど。しかし何とも張りのある声であるなぁ、その明朗さ実に快である!」 「……和やかになり始めてるところ悪いが、続けさせて貰うぞ」 その言葉と共に岬に続き、『侠気の盾』祭 義弘(BNE000763)を始めとする仲間達が集団から姿を現す。 「何時ぞやの霊園ぶりだな? 熨斗付けて借りを返しに来てやったぞ、男爵」 「前回はいいように遊ばれた気がしてな。今回は、必ず打ち倒す」 『ファントムアップリカート』須賀 義衛郎(BNE000465)と義弘。先の序幕にて男爵と対峙した男達は、油断無く武器を構え、相対する。 「久しく。いつぞやに見せて貰った勇気と頭の冴え、錆びていたりはせぬ様であるな……そちらのMadchen(乙女)は、今回は隠す怪我も無さそうで何より」 声を掛けられた『もぞもそ』荒苦那・まお(BNE003202)は、しかし何も答えずその大きな瞳でじっと男爵を見返すのみで。 「テメェの歩みはここで止まりだ。テメェらの夢もここで終わりだ」 拳に力を込めて『ヤクザの用心棒』藤倉 隆明(BNE003933)が吠える。自らの守る場所を侵す外敵に、何の容赦もする事は無いと意志を込めて。 しかし多くの敵意、多くの意志を一身に受けて、それでも男爵は愉快気な笑みを崩さない。 「相見えた者、初めて会う者。何れも皆良い目、良い意志をしているのである。どうやらお主達を突破しなければ、我輩達の道に先は無さそうであるな」 「ボクらは壁だもん。ボクらから見たらそっちが壁だけどねー」 「止められる者がいるかっつったな? ならその目で俺ら一人一人の顔を、よぉぉぉく覚えて、死んで逝け」 啖呵を切り、岬と隆明が改めて武器を構える。 「然り。しかとこの目に焼き付けよう。我輩達が踏み越えて往くべき勇者達の姿を!」 高らかな声と共に、男爵がバックステップを踏み後方へ跳んだ。直後に着弾し炸裂する閃光弾。聞こえるのはしくじりに舌打つ音。 「ふんっ、流石にそこで引っ掛かるほど馬鹿じゃないわよね」 「状況が動き始めます! 皆様、気を引き締めて!」 『Le blanc diable』恋宮寺 ゐろは(BNE003809)の呟きに『Dreamer』神谷 小夜(BNE001462)の放つ強気の声が被さった。 「さぁ我が輩達よ! 果てなる地へ行かんとするならば声高らかに前進せよ! 全ては己が願い(ロマン)の為に!」 男爵のマレットが空を撫で、流れる様に金管の音色が響けば、それが彼らの戦いの始まりを告げる合図となる。 次々に咆哮を上げ動き出す死したる獣の群れに、リベリスタ達はそれぞれに己が得物を向け立ち塞がる。 「私には、貴方達の様に叶えたい願いはありません……ですが」 大業物を構えた『カゲキに、イタい』街多米 生佐目(BNE004013)が小さく呟く。 「私の尊ぶ仲間の為、彼らの意志を守る為。……その願い、我々が必ずに打ち倒します」 静かに燃やす闘志。深い覚悟を伴って、リベリスタと死霊使いはここにぶつかった。 ●騒々曲 まず小型の犬がその小さな体を活かして飛び出した。赤い目を闇夜に燃やし、前衛に立つ義衛郎へとその牙を向ける。しかし、寸での所で小夜の翼の加護が間に合いその歯は届かない。 「お前に用は、ない」 義衛郎は躱したその足で敵の鼻っ面を踏み、大きく跳躍する。得た勢いのままに狙うのは、空を縦横無尽に駆け巡らんとする鳥の屍兵達である。 彼の持つ打刀『鮪斬』が煌き、未だ戦場に展開し切れずにいた鳥達を氷刃の霧が包み込んだ。直後、霧は鳥達を切り裂きその肉を微塵と裂く。一匹を除いて。 (外した? いや、避けられたか) 傷つきその身を凍らせる鳥達をよそに、義衛郎の一撃を回避した一匹はその鋭い双眸を崩さず、高く飛び上がり彼から距離を取った。 その動きは冷静沈着その物で、動物の本能以上に研ぎ澄まされた何かを感じ取る事が出来た。 (明らかに動きが違う、読み通り精鋭はその動きから判断できそうだ) 己の直観でそう判断した義弘は、その事を即座に他のリベリスタ達に伝える。一行は優先するべき相手であるそれらを、情報を頼りに目視で探す。 「って、一匹明らかに変なのがいるよ!」 声を上げたのは岬だった。彼女の視線の先には一匹の獣の死体が動いている。巨大で、毛むくじゃらで、胸に白い半月の毛を持った…… 「熊じゃねぇか!?」 隆明の叫びに応える様に、熊の屍獣が叫びと共に二足歩行を披露する。その殆どが日本の家庭で見られる様な動物達である中で、それは正しく異様だった。 「動物好きをこじらせたにしたって、頭いかれてんじゃないのあのオッサン! って、アンタ狙われてるじゃん! 回避回避!」 隆明に向かって熊の手が振るわれる寸前、ゐろはの指示が飛び隆明は直撃を免れる。 「チッ、図体がでかすぎて手前しか見えねぇじゃねぇか、よ!」 身をチリと焼く痛みを感じながらも、隆明は受けた勢いをそっくり拳に乗せ真っ正直に打ち返す。その拳は正確に熊の鳩尾を捉え、胴の肉をぐちゃりと貫いた。 その時生まれた隙に、中型の、猫にしては大型の屍獣が付け込もうと姿を現すも、その動きはまおが許さない。 素早さを売りにしていたであろう猫の動きよりもしなやかにその身を躍らせ、鋼糸を繰り、絡め取る。後は自分自身の動きで、猫の屍獣はその身に傷を負った。 「敵は今みたいに攻めてくる事が多いと思うのです。重々気を付けていきましょう」 「りょーかいりょーかい、それ!」 まおの言葉に明るく返事をした岬は、その体全体を使って己の相棒『アンタレス』を振るい、隆明が動きを止めていた熊に更なる重撃を加えた。 一方その頃、小夜と二人で浮足立っていた他のリベリスタ達を取り纏めていた生佐目が、中衛に上がりゐろはと合流していた。 「恋宮寺さん。男爵の動きは?」 「最初に指示出したっきり。一応見てるけどただ突っ立ってるだけでなーんにも動いてない」 「不気味、……でもない、か」 「?」 生佐目の言葉にゐろはは首を傾げる。何かを言おうとして、しかしそれは続く生佐目の言葉に遮られた。 「多分支援は一度。そうしたら、来ます」 それは彼女の勘だった。が、三度相見える彼女だからこそ察した何かであった。その直後、状況は生佐目の言った通りの流れを見せる。 「さぁ、波は打ち合い、高くその頂を築き上げた。なればそこから、どちらの波が相手を飲むのか、それを知らしめる時が来るのである!」 その言葉と共に、男爵は再びマレットを振るう。 先程の流れる様な旋律とは異なる、激しく打ち付ける鼓舞の打音。聞く者の心の臓を根から打ち抜く、高揚感を与える金属音。 それは特に彼の眷属たる者達にとって、魂を震わせる快音であった。 「だああああ!」 掴んでいた小型の鳥の屍獣を地面に叩き付け、続く振り降ろしでそれを叩き潰した義弘は、この旋律を耳にして即座に直観する。 (やっこさん、仕掛けてくるか……!) 義弘は心胆深く身構えた。 本隊が最前線で敵の多くを受け持つ中、小夜の居る治療班を挟んだ両翼でも激戦が繰り広げられていた。 「ぐあああっ」 「!? いけない!」 イタチ屍獣の群れによって深手を負ったリベリスタ達を、小夜の広範囲に展開する癒しの息吹が労わり戦意を取り戻させる。 「傷の深い方はすぐに言って下さい! 自己回復が出来る方は私達の支援に頼らずご自身の意志で治療をお願いします。ここを突破されない事が第一です!」 戦場における治療班は、正しく彼らの生命線。ここが潰されればリベリスタ達の勝利は無いだろう。 小夜はその中で中心となり、強気な言葉を吐き続け、皆を鼓舞し続けていた。 (例え上っ面だけでも、多少強気で居る事で仲間が安心できるのなら……) 死霊使いとの戦いはこれが初めてでは無い。だが彼女の中にある、死者が操られる、自らもそうなるかも知れないという恐怖を、彼女は払拭しきれていなかった。 しかしそれでも、彼女は声を張り、仲間を癒す。 決して最優を名乗れぬこの身でも、何かを為す事が出来ると信じているから。 「危ない!」 そこに突如として飛来する物がいた。それは誰かが危険を知らせた声よりも早く鋭い鉤爪を振るい、小夜を肩から大きく引き裂いて飛び去っていく。 彼女を傷つけた後大きく中空で反転すると、それ……男爵の精鋭たる鳥の屍獣は小夜に再び襲いかからんと滑空した。 二度目の衝撃を覚悟し、小夜が目を閉じ身構える。だがその瞬間は、いつまでたってもやって来ない。 代わりに聞こえてくるのは鉤爪と刃が唾ぜる音。 恐る恐る彼女が瞳を開けば、彼女と怪鳥との間に一人。誰あろう義衛郎が割り込み庇っていた。 「く、ぐ……」 押し込まれた爪が彼の肉を刺し、血を溢れさせる。男爵の鼓舞により強化された攻撃は、より鋭く、より確実に彼を傷つける。 義衛郎は湧き上がる痛みと血の不快感に顔を歪ませながらも、その硬直を解こうとはしなかった。 単純な力の押し合いでは負ける。それでも勝負を捨てないのは―― 瞬間、義衛郎は護身用である『柳刃』を逆手に、それを相手へと思い切りに突き立てた。 喉元を貫かれ、生前の癖か、獣は本能に従い攻め手を緩ませる。そこでもう決着はついた。 「もう一度、お眠り」 いつか呟いた言葉をもう一度。義衛郎の放つ幻影の刃が、地に落ちた屍の鳥に迷い無く止めを刺した。 「んう!」 散々前衛の邪魔をして来た熊の屍獣が、その肩に飛び乗ったまおのダンシングリッパーによる激しい斬撃により遂に倒れた。 まおの剣舞はそのまま周囲の小型中型の敵をも巻き込み決して無視できない傷を与える。 その攻撃で足の千切れた犬の屍獣が、痛みを訴える声を咆哮を上げながら、尚も戦おうともがいている。 (色んな意志があるからこそ、生きているのに……) 今の彼らは一つの妄執に囚われた何かでしかない。それは、まおにとって決して受け入れられる物ではなかった。 不意に、もがいていた屍獣達を暗黒が包み、呑み込む。 「まおちゃん。よそ見してる暇はもうないぜー?」 打ち漏らしにキッチリとケリを付けた岬が、相棒を軽々と振り回して地面に突き立て、道の先を示す。 見れば、そこには物凄い勢いで迫り来る敵の大将とその取り巻きの姿があった。 「ボク達の仕事はあれに巻き込まれちゃうと全うできないと思うよー?」 「です、ね」 頷き合い、それぞれに改めて標的を定めて動き出す。 彼の相手をするのには、自分達よりも相応しい人がいる。その人を信じて、自分達は自分達の役目を果たせばいい。 「鳥はあらかた片付きましたし、残る精鋭を探しましょう」 「うん! それじゃあ行くよー。アンタレス!」 必要なのは踏み止まる地力と、押し返さんとする気迫と、運を味方に付けるツキ。 「さあ、相手になって貰うぞ! 男爵!!」 正面から、義弘は男爵達の行軍に相対した。 足を大地につけ、丹田に力を込める。 「笑止! 我らの行軍を一人で止めようとするなど、蛮勇を通り越した愚かさなのである。それを認める仲間も含めて愚の骨頂!」 挑発する男爵の言葉も、彼の意志には波紋の一つも起こさない。 故に、彼は敵の初撃を迷わずに受け止めた。 「……!!」 マレットが叩いたのは彼の目の前の空間。打たれた場所は空気の振動を起こし、打音と共に義弘を打ち抜く。 だが彼の足は、膝は、ピクリとも動かない。 「なるほど、相変わらずの強靭さよ」 「そりゃ、どうも!」 食いしばった歯から流れた血を吐き、義弘は男爵の前に立ちはだかる。 そして鳴る、炸裂音と閃光。 男爵に追従せんとした屍獣達が、タイミングを見計らっていたゐろはのフラッシュバンによって行動不能に陥った瞬間であった。 (なんといやらしい時期に。賢明で美しいご令嬢よ!) 「よそ見してんじゃねぇぞ!」 死角を突き、隆明の真正直な拳が男爵へと放たれる。その一撃は確かに横腹を捉え、振り抜かれた。 「ぐ、ぬぅ!?」 「もう一度言うぜ。テメェの歩みはここで止まりだ!」 動く事適わぬ屍達を踏み敷いて、隆明の二度目の啖呵が炸裂した。 ●克己 男爵が、突如両手を空に掲げて声を上げる。 「なんとも、なんともはや気持ちの良い勇者達だろうか! この戦場を我に与えたもうた事、万物に、混沌に感謝するのである!」 謳いあげる言葉は喜色に満ちて、今しがた受けたダメージ等まるで無かったかの様に彼は笑う。 「ああ真に申し訳なきは我が主よ。我が同胞よ。我輩ここで潰えるやも知れぬ……されど」 その瞬間、男爵の纏う雰囲気が変わる。 とぼけた初老の男が持つには余りに異質な、若々しく、荒々しい気配。 「我輩の死力を尽くし、眼前の勇者へと立ち向かうのである!」 直後、鳴り響く金管の音。一瞬の内に駆け抜ける青い焔。そして突如として咳き込み、血を吐く……義弘。 『魂通し』――防ぎ様の無い霊的なこの一撃を、義弘はよく知っていた。 「な、ろぅ!」 追撃に掛かろうとする男爵を、正拳を打ち込んで隆明が止める。しかし今度はその隆明へ、縛めから解き放たれた屍獣達が喰らいついた。 動きを止めたと確信した男爵は、リベリスタ達の生命線。治療班目掛けて大地を蹴る。 まおが、義衛郎が、岬が、ゐろはが、その前に立ちはだかろうと身構える。だがその誰よりも早く、男爵の進撃を止めた者が居た。 「……おいおい。こっちはまだ、くたばっちゃいないんだぜ?」 手を伸ばし、足首を掴んでいたのは。 「耐えたのであるか!?」 「俺達は、生きている。その意思がある限り、何度だって立ち続けるさ」 血反吐を吐きながらも、義弘は立っていた。 そしてこのチャンスに、この一瞬を信じて見守っていた生佐目が動く。 スケフィントンの娘。闇の霧で構築したこの黒い箱は、使用者の体力を代償に狙った物を苦痛の中に閉じ込める。 僅かに生まれたその一瞬の内に、男爵の身を炎が、氷が、毒が、痺れがそして止めどない出血が苛んだ。 「な、んと!?」 驚き、生佐目を見やる男爵。その視線に正面から応えながら、生佐目は叫ぶ。 「今です!」 敵の只中に単身乗り込み無防備を晒したフィクサードに、リベリスタ達の最大火力を込めた集中攻撃に耐えうる手段など無かった。 「……無念!」 呻きと共に、男爵の体を衝撃が奔った。 ●謳われたのは、乗り越えるという事 決着はついた。 既に男爵に戦力は無く、彼が操っていた動物の死体達も動かない。 武器であるマレットも折れ、コンクリートの大地にその四肢を投げ出した男爵は、心底悔しげな顔をしていた。 「最後の最後でアークのリベリスタのしぶとさを失念していたのである」 「残念でしたー」 「っつーか最後のあれ、自爆じゃん? ダサッ」 岬にからかわれ、ゐろはに完全に言い負かされ、ぐうの音も出ないのか男爵はしょんぼりしたまま言った。 「……怨敵、捕縛等という生ぬるい手は考えておらぬであろうな?」 「そりゃな。キッチリ逝かせてやるさ」 ふらふらながらもきっぱりと言い放つ隆明に、動けないながらもホッと胸を撫で下ろす様にため息を吐く。 男爵はもう、誰がトドメを刺さずとも後少しすればその生涯を終える程に傷付いていた。だがその瞬間を悠長に待てる程、今のリベリスタ達に時間は残されていない。何故なら今この瞬間にも、三高原市は他の楽団メンバーに襲撃され、危機を迎えているのだから。 「一つ聞きたい。何故……」 「無論。我輩の信じる浪漫の為である」 義弘の問いに被せて男爵は言う。 「死して尚、生きようとする意志に出来る範囲で応えたまでの事」 「……そうか」 それ以上は問わず、また何も答えず、そして男爵はトドメを刺された。 「急ぎましょう、まだ戦いは終わっていません」 「ああ」 リベリスタ達は、先を急かす時の流れのままに新たなる戦場へと向かう。 生きる意志を持った、生者である限り。 あやふやに出来ない、一線を守るために。 彼の者が謳った浪漫を打ち破った者として。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|