●棄てられたゴミたち カア、カア、カア、カア―― 夥しいカラスの群れが一か所に集まってナニかをついばんでいる。強烈な異臭が立ち込めている。周辺には視界一杯のゴミの山がどこまでも広がっていた。 港に近い埋め立て地。綺麗に舗装された場所を離れると、すぐそこにはまだむき出しになった大量のゴミの廃棄場が現れる。人々はこの場所を夢の島と呼んでいた。 「おい、オレにもよこせ」 トオルは群がっていたカラスを手で追い払った。最初は抵抗していたカラスだが、トオルがアーミーナイフを取り出すと、やがておとなしく退散した。 内臓を抉られた胎児の死体が転がっていた。カラスに食べられて目玉が飛び出しているが、まだお腹の方は肉が付いている。 「よっしゃ、久しぶりの御馳走だ。一週間前にネズミ食ったきりだったしな」 トオルは器用にアーミーナイフで胎児の死体を切開した。やがて、手頃な大きさに切り分けると、ライターでもって火を付けた。そして、じっくり焼いたあとで、トオルは空き缶のソースの残りで味付けをした。 ようやく食事が終わると、トオルはゴミの山に昇って寝転がった。まるで手を伸ばせば届きそうなほど空と海が迫っていた。 この場所は何でも手に入る。ナイフやライターやマッチもある。太ったネズミやゴキブリやフナムシも。そして、たまにこうして棄てられた胎児の死体。 トオルも夢の島に棄てられた子供の一人だった。今では一人しか生き残っていないが、去年の冬までは他に同じ仲間が二人いたこともある。 むろん来た当初は親を恨んだ。なぜオレを捨てたのか。理由はわかっていた。空に向かって伸ばした手には指が三本しかついてなかった。 トオルは生まれつきの奇形児だった。指は両手とも三本しかなく、顔にも黒い大きなあざが付いていた。実の両親からでさえ化け物扱いされ気味悪がられた。 だからトオルはここに棄てられたことを後悔していなかった。ここでは化け物扱いする奴は誰もいない。そうつい先日まで――思っていた。 「なんだ、この化け物は! ひいいいい。ここ、こっちに来るな!」 時刻は夜中。不法投棄にやってきた連中に顔を見られた。トオルは何か食べ物はないかとこっそり見張っていたつもりだったが、運悪く見つかってしまった。 トオルは、その男の顔が――自分を捨てた父親の顔に見えた。 「や、やめてくれええええ!」 男の悲鳴が轟いた。気がつくと、トオルはアーミーナイフで男の胸を抉っていた。殺すつもりではなかった。しかし、トオルは認めざるを得なかった。いつの間にか自分が本当の自分じゃなくなりつつあることを。 後悔しても遅かった。オレはもう人間には戻れない。 なぜならオレはもう―― ●空と海 「夢の島で男が真夜中にE・アンデッドに襲われる事件が発生しました」 『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)が、集まったリベリスタたちに向かって説明した。一刻も早く事件を解決しなければさらなる犠牲が増えるに違いない。 だが、説明を聞いていたリベリスタの誰もが表情を曇らせていた。中には詳しい説明を聞いて怒りの感情をぶちまけた者もいた。 「絶対、許せねえ。これじゃ、棄てられた子供が可哀想だ! 親は子供を何だと思ってやがるんだ」 和泉もあえて反論はしなかった。最近はこの手の事件が多かった。ニュースで報じられる年間に棄てられた子供の数は、国内だけで実に200件以上にも上るという。 もちろんこれは相談されたケースだから実際はこれよりもっと多い。 この場にいる誰もが、やるせないという想いを抱いた。それでも和泉は説明の続きを喋るために顔をあげた。 「トオルはまだフェーズ2の段階に留まっています。しかし、このままにしておけば彼は怪物になって手がつけられなくなります。犠牲を増やさないためにも彼を説得してください。もし、それが出来なかった場合は――倒してきてください」 その言葉にリベリスタたちは顔を俯けた。 誰も発言しようとしない。 「トオルは人間に対して強い恨みを持っています。もし、説得できたら彼はこれ以上、人を殺して食べることもありません。すぐに弱ってそのまま死ぬでしょう。いずれにしても彼はそう長くは生きられません。説得するか打倒するかはあなたたち次第です。それでは無事に成功するように心から祈っています」 リベリスタたちが部屋を出て行ったあとも、和泉はひとり思い悩んでいた。他にトオルを救う方法はこれしかなかったのか。 モニターにはそんな彼女の想いとは別に、夢の島の綺麗な空と海がいつまでも写し出されたままになっていた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:凸一 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年03月08日(金)23:57 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●「想い」の覚醒 空は快晴だった。海はとても穏やかで静かだった。 夢の島にはたくさんのものが捨てられている。不法投棄された物、車や冷蔵庫などの大型ゴミに交じって腐った生ゴミもある。 カラスたちが争うようにしてその獲物を啄んでいた。 至る所にゴミのタワーができており、崩れ落ちそうなほど高く積み上がっていた。 上陸したリベリスタたちはその夢の島の光景を見て絶句する。 この中のどこかに棄てられた子供たちの死体が埋まっている。そう思うとやるせない想いに駆られた。 「こういうの捨て子っていうの? 私らフェリエにはない文化だから、する側の気持ちはわからないけど……されたら哀しいっていうのはなんとなくわかる。怒りとか憎しみとかそういうのが少しでも癒されればいいなって思うよ」 カメリア・アルブス(BNE004402)が重い沈黙を破って言った。 「相手は既にエリューションなんでしょ? だったら1秒でも早くこの世界からご退散願いたい物なんだけど……」 『重金属姫』雲野 杏(BNE000582)は、それでもエリューションに対して厳しい態度を取らなければならないことを口にした。このままにしておけば、他の周りのゴミや動物が覚醒してしまう恐れもある。 「リベリスタさんの仕事は、難しいね。何が正しいのか、まだ分からないけれど、トオルを化け物なんて言わせたくない」 『The Place』リリィ・ローズ(BNE004343)が、まだ迷う心の内を素直に明かした。 「それでもトオルは人だ。なんとかしたい」 『祈りに応じるもの』アラストール・ロード・ナイトオブライエン(BNE000024)が決意を込めて言った。 「トオルは人間だよ。誰も教えてくれる人が居なかったんだね……」 『金雀枝』ヘンリエッタ・マリア(BNE004330)も哀しそうにつぶやく。 「人として、かぁ……まあ、わかる、んだけどね。でも、なんだろう。うん、ボクには上手く言えないや。ボトムって楽しいけど……こういう面倒な事は、嫌だな。なんで、こういう「想い」が覚醒しちゃうんだろうな」 同じフェリエの『アメジスト・ワーク』エフェメラ・ノイン(BNE004345)もカメリア、ヘンリエッタやリリィたちの気持ちにうなずいた。 「これはやるせないものではあるな。なんとか説得できればいいのだが。さて、どうなることやら……」 「とりあえずうまい飯一緒にトオルと食べたい。今回はラシャと一緒だ。精一杯尽くせばきっとトオルにも必ず通じるはず。だから心配するな」 『刹那たる護人』ラシャ・セシリア・アーノルド(BNE000576)の弱気な口ぶりに、姉である『永久なる咎人』カイン・トバルト・アーノルド(BNE000230)が優しい言葉をかける。 リベリスタたちは、それぞれに想いを胸に秘めていた。たとえ倒すことになったとしてもトオルに人として最期を迎えさせたい。その気持ちはこの場にいる全員が共通している想いだった。 ●最期の覚悟 先頭にいるアラストールが周囲の地形を確認しながら歩いていると、ゴミのタワーの向こうにカラスの群れが飛んでいくのが見えた。 リベリスタたちは足元を気にしながら近づいていく。ちょうど丘の上から下を覗きこむと一人の少年がいた。 「おまえら誰だ? 何しにここに来た」 トオルだった。 まだ、幼い顔をした少年だった。顔にあざがあり、指は三本しかついていない。爪が鋭く曲がっていた。後ろではカラスがいつでもリベリスタたちに飛びかかれるように威嚇を行っている。 「行ってきなさい。もし危なくなったらすぐに攻撃するから。アタシはここでタバコでも吹かして待ってるわ」 「僕もアンズさんと一緒にちょっと離れて見てる。気をつけてね」 杏とエフェメラに励まされてリベリスタたちが警戒しながら、丘をすばやく降りて行く。 「ちょっといいかな? お話したいんだけど……」 カメリアの問いかけにトオルがこちらに視線を向けた。 「私はアラストールという者だ。貴方と話をするためにここに来た」 アラストールがまず自己紹介をした。つづいてリベリスタたち全員が名乗ってここに来たいきさつを説明する。 「はやく帰れ! オレの邪魔するな。ここはお前らが来る場所じゃない。さもないとタダじゃおかねえぞ!」 だが、トオルは話を聞くとすぐに怒った。まだリベリスタたちを信用していない。トオルの目には不法投棄にくる他の大人たちと同じように写っていた。 「なあ、お腹すいてないか? よかったら一緒に食べようと思ってラシャとサンドイッチ弁当を作ってきたんだ」 カインが弁当箱を取り出して見せた。その途端にトオルの目の色が変わる。美味しそうな匂いに思わずトオルが身を乗り出した。 「こーら、急に飛び掛るでない! お前のために持ってきたのに一緒に食べれなくなるではないか!」 すんでの所でカインが弁当を取り上げる。 トオルは舌打ちをして引き下がった。すきあらば、食料を奪い取ろうとする姿勢を崩さない。そんな様子を見てラシャが言った。 「私たちに敵意はない。よかったらごはんを食べながら話を聞かせてくれないか? 大切な仲間だった――亡くなったミカやアツシのことを」 そのとたん、トオルが激しく動揺した。キッとリベリスタたちを睨みつける。 「お前らに何がわかるんだ! オレたちはな、棄てられたんだ。誰にも必要とされずに死んでいったんだ。もうたくさんだ。そうやって甘い言葉を投げかけてオレたちを騙そうとする。どいつもこいつも結局最後は裏切るんだ」 トオルの目は誰も信じていなかった。ずっと誰からも見捨てられて、人としてちゃんと扱ってもらえなかったのだろう。 「自分がどんな変化にさらされているのか把握しているかな。少なくとも察してはいるようだね」 「ああ、そうだ。オレは化け物だ。お前もオレが怖いんだろう?」 ヘンリエッタの問いにトオルが自虐的に答えた。 「ボクは知ってるよ。見知らぬ子の世話をしたり死者に花を手向けたりするのは、人間のする事だ。人を人として形作るのは心だと思う。身体の変化を心が受け入れてしまったら、キミは本当に人でなくなってしまう。大切なものも忘れてしまうんだ。そんなのは、悲しいだろう?」 トオルははっとした。傍らにたむけてあった野花に目を向ける。そこには小さな石で作られた墓が二つあった。 紛れもなくそれはミカとアツシのものだ。そこだけゴミがなく綺麗に掃除されている。トオルが毎日綺麗にしていることがよく見てとれた。 「このまま人を食べたら、ダメなの。キミがキミでなくなっちゃう。自分でも感じてるんじゃないかな。恨んでもいい。怒ってもいいよ。ボクも、許せないことはずっと燻っているから。でも、飲まれないで。ワガママだけど、優しいキミで居て欲しいの。それはそこに眠っているミカとアツシも一緒だと思う」 リリィの言葉にトオルは嗚咽を漏らした。これまで堪えていた想いが身体から溢れだしてくるようだった。 トオルは感じていた。ようやく初めて自分を人として扱ってくれる人たちが現れたのかもしれないと。不法投棄にくる連中とは違う。 自分の想いを素直にぶつけてもいいのではないか。何も迷うことはない。 だが、一方でミカとアツシに対してすまない気持ちもどこかに持っていた。このままオレだけが幸せになっていいのか。 ミカとアツシは飢えの中で死んでいった。誰からも愛されずただこの世に生まれて死んでいっただけの存在だ。誰も彼らが生きていたことを覚えていない。なのにオレだけが幸せそうにごはんを食べてよくしてもらうことはできない。 トオルはその瞬間、心を鬼にすることに決めた。 気配を察したカラスたちがリベリスタたちに襲い掛かった。 ●トオルの未来 「危ない! 避けるんだ」 後ろから見ていた杏が叫びながら丘を降りる。 つづいてエフェメラも急いで駆け降りた。 アラストールが迫りくるカラスに向かってジャスティスキャノンを放った。不意をつかれた数羽がダメージを食らって墜落する。 「そっちにも何羽かいった! 気をつけて」 ラシャが仲間に呼びかけながら、自身も疾風居合い斬りでカラスを狙う。見事に攻撃に成功しカラスは瞬く間に半分になった。 それでも鋭いくちばしを使って一斉に猛攻を仕掛けてくる。 「オレにまかせて!」 ヘンリエッタが援護射撃でカラスを狙った。 ダメージを受けたカラスが群れを崩して落ちてくる。そこをすかさずカメリアがエル・フリーズで追撃して残りのカラスを駆逐した。 トオルは一瞬、つらそうな表情をした。そして戦場を離脱して、その場を逃げようとする。 「待ってください!」 覚悟を決めたリリィがトオルに向かってエル・レイを放った。 本当は攻撃したくなかった。でも、トオルがこれ以上犠牲を出さないためにもリベリスタとしての仕事を果たさなければならなかった。 それはなによりトオル自身のためでもある。 不意をつかれたトオルが背中越しに攻撃を食らった。だが、トオルもその場に倒れ込みながら急にこちらを振り返った。 トオルはカラスが殺られると、今度はアーミーナイフを次々にリベリスタたちに投げつけてきた。あまりの素早い攻撃に避けることができない。 「私が杏さんを守ります!」 カメリアが狙われた杏の前に立ちはだかる。 「バリアはオレたちに任せて」 ヘンリエッタとエフェメラが同時にバリアを張ってカメリアを守った。 アーミーナイフの攻撃をカメリアが受け止める。凄まじい怒涛の攻撃にフェリエたちは押されそうになったが、なんとか持ちこたえた。 「へえ、なかなかだね。アナタたち。あとはアタシに任せな。こうなったら仕方がないけど、大切な仲間が殺られるのを黙って見られないのはアタシも同じよ」 杏は攻撃態勢に入った。 ありったけの力を込めて手加減なしのチェインライトニングを放つ。 「ぐあああああ――」 トオルは避けなかった。まるで攻撃を正面から受け止めるように。 その瞬間、辺りに絶叫がこだました。 リベリスタは急いでトオルの元へ駆けよった。彼はまだ呼吸をしていた。 「さあ、トドメをさしてくれ……」 トオルは息絶え絶えに言った。それを聞いたリベリスタの誰もが口を聞けなくなった。 「まさか……わざと攻撃を?」 ラシャが声を震わせて言った。 思い当たる節はいくらでもあった。トオルは最初から本気でリベリスタたちに向かってこようとはしなかった。 なによりもミカとアツシが眠る場所を避けるようにしたこと。トオルは墓を戦闘で壊されないようにわざとその場を逃げようしたのだ。 「なあ、最後に飯……食わせてくれ、ないか?」 トオルはカインに向かって言った。 「気持ちはわかった。だから元気出せ。死ぬな!」 カインはトオルを膝枕しながら、ナイフでサンドイッチを小さくして食べさせた。トオルは堪え切れず途中何度も吐き出してしまう。 みそ汁もなかなか飲み干すことができなかった。トオルの身体がみるみる内に冷たくなっていくのが手に取るようにわかる。 「そこにある花は君の仕業だろう? 私達は君のために来た。私達はちっぽけで飯を一緒に食べる位しかできない。悲しいことに君の未来は変えられん。ただトオル、君はちぁんとここにいる……この先、どうしたい?」 カインの言葉にトオルは最期に小さく頷いて笑った。 どうしてほしいかカインにはわかった。もう迷はなかった。 大きく手を振り上げる。 トドメを刺すと、トオルの口は二度と動かなくなった。 ●忘れ物 ミカとアツシの隣に新しく墓が造られた。フェリエのヘンリエッタもカメリアもエフェメラも手が真っ黒になっていた。どこか疲れた表情を見せている。 作業中誰も言葉を発しようとしなかった。 「優れた答えは出せない。だけど、君がどう思ったのか、どう生きたのか、それは忘れないと誓う」 アラストールは墓の前に野花を捧げて祈った。 その場にいる誰もが同じ気持ちだった。 「そういえば食べ物残ってたわね……これでどうかしら? まるで最後の晩餐ね……」 杏がトオルの残した弁当を墓前に据えた。もちろんミカとアツシの墓にも供えた。 もしかしたら残りの飯もあの世で食べてくれるかもしれない。 今度はミカとアツシも一緒だ。 今度こそ三人は誰にも邪魔されず静かに暮していける。 花を手向けて、リリィは祈る。トオルも花をこうやって手向けてたんだね。 「トオルは、優しい子だね」 頭を撫でて上げたかった。できれば、抱きしめてあげたかった。 頑張ったんだね。リリィは心の中で祈った。 横で同じようにカインも座り込んでいる。おそらく彼女のほうがもっとつらいにちがいなかった。 「それじゃ、忘れ物はないわね」 杏が呼びかけてリベリスタたちもようやくその場を後にする。 「姉さん……?」 ラシャの呼びかけにカインは最後まで蹲っていた。どうしようかと思ったが、あえてそれ以上問いかけはしなかった。 しばらく姉は立ち直れないかもしれない。 けれども強い姉のことだ。いつかは元気な姿を見せてくれる。 だから今だけは――そのままにしてあげよう。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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