● ――ケイオス様の次の手は恐らくアークの心臓、つまりこの三高平市の制圧でしょう―― 魔女が告げた『予測』。精鋭揃いの『楽団』を率いる『指揮者』の思惑は、圧倒的数を誇る『箱舟』との持久戦を避ける事だけでは無い。 彼が身に飼うのは親しき『魔神王』から借り受けたモノ。恐らくは――ソロモン七十二柱が一『ビフロンス』。 死体を入れ替える。そんな伝承を持つそれの能力は空間転移。『指揮者』に最も合致する魔神は、その力で容易く死の軍勢を此処、三高平市内に送り込む事が出来得るかもしれないのだ。 その上。この地には『箱舟』の心臓以外にもう一つ、『指揮者』にだけは奪われてはならないものが存在する。 『あの』ジャック・ザ・リッパーの骨。血染めの聖夜で倒した殺人鬼は今箱舟の地下に眠っている。芸術家は何時だって喝采を望む。それは『指揮者』も例外ではない。 公演は常に劇的に。それを果たす為に伸ばされる手が求めるのは殺人鬼の骨。死者の拠り辺となりうるモノと、『指揮者』の技量が合わさればその先は容易く想像出来る。 負ける事も、奪わせる事も出来ない。その状況で魔女は迫ったのだ。究極の決断を。 三高平。『箱舟』の心臓である此処は落とされてはいけない拠点であると同時に、堅牢な砦でもある。此処での戦いはリスクと同時に、千載一遇のチャンスでもあるのだ。 慟哭が響く。望まぬ死と言う名の生を背負う者達を目の前にして。リベリスタは戦わねばならなかった。 ● 『聞こえる? ……敵は見えたかしら』 ノイズ交じりの『導唄』月隠・響希(nBNE000225)の声。ああ、と告げる声と共に聞こえる音色に、通信の向こうのフォーチュナは微かに溜息を漏らした。 『あんたらの相手は、フレデッツァっていう女の子。……其処に居るだろう『烏ヶ御前』を呼び覚まして留めてる方よ。 やってらんないわ。神秘的に言うなら『格』が足りないらしいのにね。まぁいいわ。『運命』聞いて頂戴』 微かに紙を捲る音。敵は大きく分けて3人、と、フォーチュナは告げた。 『まず、第一はフレデッツァ。彼女は、姉であるフロットラと、御前の操作を分担してるの。死体と、その分担――勿論全くずれない演奏が出来なきゃ駄目なんだけど――のお陰で二人は御前を操作出来てる。 だからまぁ、片方倒せば弱体化するし、両方倒せば御前は止まるわ。次に、もう一人の楽団員。ベムレクト、っていうヴァイオリニストね。 御前の操作に全力を注ぐ二人の代わりに、死体を動かしてんのはこいつね。こいつ倒せば、死体は一気に減ると思う。フロットラは別働隊が対応してくれるんで安心して』 言葉を切る。資料を捲る音がまた、微かに聞こえた。 『……お願いはシンプルよ。とにかく、楽団員だけを何とかしてくれればいい。其処で食い止めて貰わないと、その存在は確実に大きな被害を生むわ。 危ないと思う。でも、……あんたらにしか頼めない。どうか気を付けて』 後は宜しくね。それだけを告げて、通信はぷつりと途切れた。 ● 嗚呼愉快だ、と思った。 痛いだろうか。悲しいだろうか。苦しいだろうか。もう何も残っていない死体に問いかける。ねえどんな気持ちなの。無理矢理引き戻されて感じるのは痛みばかりなのだろうか。 それが知りたいな、と思った。流れ落ちる黒い髪。すすり泣いているようね、と姉が言ったのを思い出す。 「ねえ、折角もう一回目が覚めたのに、あなたはかなしいの?」 答えなんて無いと知っていた。それでも、きっと痛くて哀しい筈だから。やっぱり愉快だと小さく笑った。 優しい夢なんて永遠に続いたら面白くないのだ。 痛みを伴うもう一度。嗚呼どんな結末になるかしらと、少女は楽しげに笑うのだ。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:麻子 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年03月14日(木)23:19 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 死のにおいに満ちていた。重なり合うサックスの音色と、それに沿うようなヴァイオリン。優雅なそれはあまりに戦場に不似合で、けれどそれに耳を傾ける余裕も無く。『鷹蜘蛛』座敷・よもぎ(BNE003020)は浅くなった呼吸を整える様に深く、息を吸った。 前に立てる人間は多くない。その中の一人であるよもぎは兎に角、死体の数を減らす事だけに専念していた。澱み無き連撃が首を刎ねる。少しずつ。確実に、足を進める事だけを考えて。僅かに後ろを振り向き、状況を確認する。 「増援の皆は無理はしすぎないでおくれよ、死んだら元も子も無いんだ」 この力はきっと、全てを救うには足りない。不安もある。けれど、情けない所なんて見せられなかった。同じ場所に、彼がいる。すらりと伸びた長身が僅かに見えた。嗚呼、負ける事なんて出来やしない。 そんなよもぎの横から、前に出るのは『咆え猛る紅き牙』結城・宗一(BNE002873)。その姿が滲んで、残された実体持つ影が幾重にも死体を切り裂き道を開ける。鬼。懐かしい存在だった。あの頃から、全ては大きく変わってしまった。 けれど、その中にも変わらないものは存在するのだ。その一つは、想い出で。それを踏みにじる行いを、宗一は許せない。 「……お前のその苦しみ、アイツに代わって俺が解放してやるぜ。邪魔だ、どけ!」 小さく、呟く。けれど。どれ程宗一が秀でた剣士であろうと、数の暴力の前ではその真価は発揮されない。突出しない、その言葉はある種の合言葉として仲間の中に存在したはずだが――彼は、少しばかり前に出過ぎていた。 流れ込む死体が、退路を阻む。分断される。けれど、そちらに手をやる余裕など、リベリスタには無いのだ。死の海を掻き分けて。『黒魔女』霧島 深紅(BNE004297)の握った銃口が空を向く。引金が引かれた。弾丸の代わりに、拡散するのは荒れ狂う雷撃。 「アークに来て早々アークが大ピンチとか笑えないなぁ」 忙しいんだね、なんて飄々と肩を竦めた。まぁ、同じ戦場には兄がいるらしいし。頑張ってみようと、そっと胸元を押さえた。声が聞こえる。自分ではない、誰かの。そんな彼女の目の前、『猫かぶり黒兎』兎丸・疾風(BNE002327)の2刀が閃く。 地面を踏み鳴らすステップは何処までも軽やかに、弾むように。奏でられる音色に合わせて、楽しげに。死者の腕を、足を、首を、胴を。引き裂き断ち切り踏みつぶし。楽しげに、その口角を上げる。 「何時までも動き続ける、なんてバイオハザード! まぁそれなら、動けない様に切り刻めば良い話なんですけどね」 まるで籠城戦。三高平と言う城に敵を引き込んだならば、後は全て打倒するだけだ。嗚呼、久々に心が躍る。楽しくて仕方ない。ふわり、と兎の耳が揺れる。そんな彼の背後から、滲み出し溢れる命無き漆黒。愛らしいワンピースが舞い上がった。 敵を喰らうそれは何処までも暗く、何処までも深い。嗚呼まるで憎悪にも似た愛情だ。否。愛情にも似た憎悪だろうか。『ファッジコラージュ』館伝・永遠(BNE003920)は、丸く美しいあおいろを瞬かせて、緩々と笑みを浮かべた。 「御機嫌よう、鬼の……いえ、愛の化身を目覚めさせた方」 其処にあるのは愛か、それとも皮肉か。くすりと笑い声を立てて、けれど少女は答えを求めない。何方であろうと何も変わらない。自分が伝えるのはこの、殺意と言う名の『あいじょう』だ。 「僕は永遠。永遠のトワです。僕と愛を語り合いませうか」 「愛とか恋とか、あんまり興味無いんだけど、教えて頂戴永遠ちゃん」 それがどれくらい滑稽なものなのか。けらけらと、笑う少女と興味を示さぬ男。それを、きつくきつく見据えるあおいろはもう一つ。まだ手に馴染まぬ武器を握り締めて。『月奏』ルナ・グランツ(BNE004339)は小さく、息を吸った。 許せないと、思ったのだ。泣いている彼女を見てしまったから。此処からでは手は届かないけれど、それでも、出来る事があると聞いた。だから。自分は此処に立っている。 「戦うよ。貴女をもう一度眠りに付かせる為に。皆の明日を守る為に!」 声に応える様に。ふわり、と舞い上がった翅持つ小さな友人。舞い踊るそれの周囲の空気が凍てつく。水分が凍り付く音がした。きらきら、舞い散る氷の破片。きん、と冷えた空気が死体を凍てつかせ、その場に縫い止める。 仕留め切れて居ない敵を把握し狙いを定め。『紫紺のスターティス』静夜 紫月(BNE004386)の振るった刃が死体を地に沈める。ナイフについた返り血を払って、僅かに目を細めた。 リベリスタにも、楽団にも。それぞれ戦う理由があると分かっていた。そして、その上で。自分がすべきはただひとつ。 「僕達の世界を守るため、そして生き延びるため、戦い、勝利する。……それだけだ」 何処までも冷静な紫月の傍、親愛なる友人が齎した氷結の魔術が敵を凍てつかせたのを見ながら『ガンスリングフュリエ』ミストラル・リム・セルフィーナ(BNE004328)は魔導式を打ち出した銃を握り直して胸を張った。 「ふんっ、妾の新しいねぐらを襲うなぞ絶対に許さんぞ、後悔させてやるのじゃ」 この世界にあるらしい土下座とやらでもして貰おう。鼻で笑いながらも、ミストラルの心は今にも恐怖で萎えそうだった。戦争は怖い。でも、此の侭では同じフュリエであるルナにその気持ちはばれてしまう。 頑張らなくちゃ、思えば思うほどに足は震えて、辛くてめげてしまいそうで。けれど。此処で逃げたら、自分は何も変われないのだ。怯えて縮こまっているだけの自分に戻るのか。そう、心の中に問いかける。 それは、否だ。怖い事よりももっと嫌だった。変わりたいと願ったのだ。だから。 「頑張るしかないよ、わ、私だってやれるはず……!」 小声で、呟いた。泣き出しそうな瞳がきっと前を見る。此処でやらなければきっとこの先もずっと逃げ続けるだけだ。決意を固めた彼女の銃が、再び前方へと向けられた。 ● 決意と志と。それは人を動かす原動力だ。恐怖と不安を飲み込んで。その足を先に進める為の力だ。けれど。 それだけでは、世界は微笑んでくれやしない。どれ程美しい志も、その行動が伴わないならただの絵空事だ。ただ黙って実を結んではくれないのだ。 「負けない……生きて、帰る……っ」 身を裂かれた。運命は容易く飛んで、けれど立て直す間も無く次の一撃。それでも、限界ギリギリで振りかぶったナイフが目の前の死者の仮初の命を奪い取る。其の儘、力を失った身体が地面へと崩れ落ちる。安寧の地は無い。地に伏しているだけで死にかねない其処で、彼を引きずりあげたのは深紅の手。 「そんな所で寝たら危ないよ。死んだら駄目だよ、死んだら終わり」 だから死なせない。掴んだ身体を、即座に手を伸ばした名も知れぬリベリスタへと預けた。其の儘、彼女の手が撃ち出す幾度目かの雷撃。壊れ潰れていく死体を見ると、自然と口角が上がった。壊すって楽しい。殺すって楽しい。 楽しくて楽しくて、深紅は漏れ出す笑いを抑え切れなかった。嗚呼嬉しい。こんなにも、壊すべき死体が沢山あるのだ。全部壊していいのだ。なんて、幸せなのだろうか。これがずっと続けばいいのに。楽しさだけを追い求める少女は笑った。 快楽は刹那だ。けれど、だからこそ酔いしれる。もっともっとと、掻き立てられる欲望は麻薬のようだ。足りなくなってしまったら、もっと凄い次を見つけないといけないのだけれど。 「嗚呼、壊して壊されて、ゾクゾクするスリルがとっても好きだ」 当分はこの命のやり取りで十分だ。増援の中から響く癒しの音色が傷を癒す。ミストラルの銃が撃ち出した魔導式が、妖精の手を借りて仲間を支える。けれど、その彼女にも死者の手は襲い掛かる。 身を挺してルナを庇うよもぎの手は、伸ばしたくとも届かない。運命が燃えた。血を吐き出して、痛くて、苦しくて、それでも、変わろうと決めた少女は立ち上がる。 「妾は、……御主等が何故その様な事をするか理解に苦しむ」 痛みを与える、だなんて相手にも自分にもするべきではないのに。どうしてそんな事をするのか、と。未だ無垢な異界の少女は問うのだ。戦い以外も知っているだろうと。こんな事は止めて欲しい、と。 けれど、返事代わりにと撃たれたのは死霊の弾丸。腹部を撃ち抜き食らい尽くす悍ましいそれに、華奢な体は耐え切れない。膝をつき、意識を手放しかけた彼女を嘲笑うようなヴァイオリン。 「それが仕事だからだ。――それ以外に理由が必要なのか、リベリスタ」 相容れない。その事実をどこか遠くに聞きながら、宗一はたった一人、己を囲む死体を切り払っていた。回復を望み下がろうとしても、厚い死者の壁は進む事も戻る事も許さない。ならば、自分に出来るのは少しでもこの敵の数を減らす事。 増援は勿論、此処に居るすべてのリベリスタは、この先を担う大事な存在だ。誰一人、此処で欠けさせる訳にはいかない。己の血で滑る刃を握り直して、血塗れた金髪を払った。 「……やらせるかよ、絶対に!」 全力を込めた一撃を叩き下ろす。挽き潰した肉塊を払い除けた。背を裂いた爪に運命が燃え飛ぶ。それでも、倒れ伏すだなんて出来なかった。戦況は悪い。けれど、着実に進み続けたリベリスタの手は、ヴァイオリニストまであと一歩のところまで迫っていた。 英霊の加護を持つ武器が、永遠の手の中で魔力の煌めきを帯びる。可憐な容姿にはあまりに不似合いな、けれどその愛情にも似た殺意には最も相応しい、暗黒色の呪いが放たれる。 死霊とはあまりに違う、甘ったるい程の殺意が敵を喰らう。永遠の愛は如何ですかと、笑った。 「意地悪な方。愛を求めて死んだのに、また愛を皮肉る為にその姿を見せさせる」 全てを喰らう様な、凄まじい魔力が戦場を満たした。皮膚が裂けて、鮮やかな髪に差す紅。この痛みは愛だと、永遠は思う。誰かの声が届いたのだろう。此処にあるのは間違い様も無い、誰かを殺してしまいたいほどの愛情。 殺してしまいたい程に愛して。けれど、失うのなら壊してしまおうと、願った女と永遠は少しだけ似ているのかも知れなかった。紙一重の愛情。これが愛であるのなら、幾らだって甘受しよう。 「僕の腕が届くのならば。僕も愛を返しませう。夢から覚めても紛い物しかないのでしょう? なら」 もう一度が想い出を汚す前に、永遠の愛と言う名の終わりを。傷付いた身を癒す様に、疾風の放った符が煌めきを放つ。彼の傷も浅くはない。運命は一度燃えて、それでも、高揚する気持ちは抑え切れなかった。 「戦いというものは、どんな状況でも心が躍ってしまいますね」 例え相手が反応の薄い死者であっても。余りに不似合な音楽ばかりを奏でる、奏者たちであったとしても。命のやり取りは何時だってその心を掻き立てる。小さく笑い声が漏れた。 誰も彼もが血に塗れて。それでも、一人も退きはしない。激戦は、終わりを見せなかった。 ● ぶつり、と。深々と断ち切られた腕が皮一枚で繋がっているのが見えた。仲間を癒しながらも前に立ち続けた疾風の意識が断ち切れ、そのまま地面へと崩れ落ちる。これで3人。そして、辛うじて歌が届く位置にいた宗一も、遂に限界を迎えていた。 「櫻の誇り、返してもらうぜ……っ」 振り上げた刃は、奏者の肩口を裂くに留まる。背後から襲い掛かる死者に、その身が崩れた。そのまま飲み込まれそうになる彼の手を、何とか掴んだのはよもぎだった。息が苦しかった。艶やかな黒髪は血で張り付き、ぬるつく紅で刃を握るのさえ困難で。 それでも。後悔だけはしたくなかった。己が全力を尽くせば救えるものがあるのなら。この程度なんだと言うのだろうか。 「覚悟はしてきたよ。……でも、それは此処で死ぬ覚悟じゃない」 生きる覚悟だ。出来るのなら、全員で。必ず生きて帰る為の覚悟なのだ。茫洋とした瞳に、はっきりと宿る決意の色。それでも、傷付き、折れかかる名も無きリベリスタの心を支えたのは、 「大丈夫、大丈夫だよ! 私達は負けない、前を見て!」 優しくも力強い、ルナの声だった。 渇いた喉が痛くて。負った傷も少なくはなくて。それでも、ルナは足を退かなかった。退けなかった。同じ場所に、戦う子等がいる。自分達を救おうとした者がいる。誰も彼もが傷つき苦しみ、それでも退かないならば。どうして自分が逃げられようか。 「──だって私、お姉ちゃんだもの」 笑った。戦いなんて知らなかった。こんな痛みも。けれど、知ったのだ。生は痛みを伴うものだ。約束された安寧など、存在はしなかった。 だから。その痛みを飲み込んで。抗って。自分達は生きねばならない。戦わねばならない。親愛なる友人の癒しを、仲間へと運んだ。それに支えられながら。深紅は命を刈り取る魔の鎌をを敵へと叩き付ける。 眩暈がした。運命は失われて、もう、立っているのも精一杯。けれど、悲しそうな女鬼の顔を見ると、倒れ伏してはいられないと本能が言うのだ。悲しいのは嫌だ。楽しくないから。そんなの嫌だ。 子供の様に首を振って。深紅は楽団員を、女鬼を、交互に見詰めた。悲しそうなのは駄目。ああ、其れなら。 「御前の顔、笑顔にしてみたいな! ね、楽しそう、それいい考え!! ってことで」 死になよ。逃がさない。けらけらと無邪気に笑いながらもその瞳は何処までも冷たい殺意に満ちていた。彼女の笑顔の為に。邪魔なんだから死ねばいい。リベリスタっぽい言葉だと、また笑った。 けれど。もう立っていられない。失い過ぎた血と、どんどん倒れていく仲間の隙間から迫る爪が身を裂いた。ぐらり、回る視界。ああ、もっと遊びたいのに。伸ばした手は届かない。これ以上は、戦えないかもしれなかった。 立っているのはよもぎとルナ、そして永遠だけ。残り僅かな増援達も、もう長くは持たないだろう。けれど、退くと言う選択肢は其処に存在していなかった。 「ほら、永遠は此処ですよ。まだ立ってます。奏でて、楽団員様」 ──おわらないあいを。 切られて裂かれて血みどろで。けれど未だ、永遠は一度だって己を愛した運命を燃やしては居なかった。寵愛は一方通行だ。彼女は運命を愛さない。生き死にさえ縛り付けられるなんてまっぴらだった。運命なんて無くなってしまえばいい。 真っ直ぐに、前を見る。愛らしい少女はけれど誰より苛烈な殺意を隠しもせずに向けるのだ。少しだけ泣き虫で弱虫な少女の顔は今此処には無い。戦うのなら。愛を交わすのなら。弱虫でなんかいられないから。 「僕は唯、貴方方と愛を語りたいのみ。痛みさえも愛でせう」 この痛みは愛だ。与え合うこれは骨の髄まで侵す深すぎる愛情だ。愛をください、と少女は微笑む。愛こそが全てだ。殺してしまいたいと願う事も死んでしまえと憎悪する事も全ては愛情に帰結する。 だからこそ。永遠の痛みを贈ろう。包み込もう。痛みと言う名の暗い死の色で。甘く優しく、真綿で首を締める様に。 「大丈夫。僕の暗闇は、僕の痛みは、貴方を裏切らない――」 だいすき、と。零れ落ちる甘い毒。傷つき爪先まで真っ赤に染まった指先が撃ち出した痛みの呪いがヴァイオリニストを深く傷つける。蝕む。ぐらつく足は、けれどぎりぎりのところで踏みとどまった。 このまま、最期まで戦うのか。伏せた仲間を背に庇いながら、3人はそれぞれに覚悟を決める。どうせ足掻くのなら、一太刀でも多く。重くなった身体を奮い立たせ、前を見据えた、直後。 ――ぷつり、と。 重なり続けた片方の音色が、止んだ。同時に動きを止めた女鬼の姿に、楽団員の顔がにわかに焦りを帯びる。 「――おい」 「うん、……ごめんね永遠ちゃん、最後までその愛情って奴を見せて欲しかったんだけど」 公演はもう終わりみたい。サックス吹きが微かに、憎しみに似た色を湛えてリベリスタを見遣った。恐らくはあちらが楽団員を仕留めたのだろう。特別な玩具を失った彼らの撤退は、早かった。 またね、と振られる手。追いすがる気力はもう残っていなかった。ぐらり、と崩れた膝をついて、ルナは動きを止めた死者の中で倒れ伏す仲間達の傷を確認する。 浅くは無い、傷ばかりだった。けれど、誰一人死んではいない。失われなかったのだ。僅かに、安堵の吐息を漏らす。 3月の夜風は、まだ冷たかった。春の気配は遠いようで、けれど、鉄錆のにおいを洗い流した微風が含むのは、優しく暖かな木漏れ日の香り。ふわり、と。桜の花弁が、永遠の手へと舞い落ちる。 「御前様の愛も、永遠の愛なのでせうね」 ぽつり、と。呟いた声は、眠りについた彼女に届く前に風の中へと溶けて行った。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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