●重ね重ねて 「ずいぶん遅れてしまったわ」 船上に少女の声が響き。 「ずいぶん遅れてしまったね」 その隣で少年の声が重なる。 「アナタが船に乗りたいだなんて我がままを言うからよ」 「ボクが船に乗りたいなんて我がままを言ったからだね」 声が重なり言い終わるのは同時に。同じ顔の二人が同じ声で紡ぎ、共鳴し合うように響き重ねる。 「まあいいわティノ」 「でもいいねクレオ」 二人手を合わせ頷きあい。 「沢山おともだちが手に入ったわ」 「沢山おもちゃが手に入ったから」 二人笑ってそれぞれの楽器を口につけ。 姉のクレオはコルネット。 弟のティノはトランペット。 二人は距離を開けて演奏を始める。途端に響くのは美しい二重奏――いや、三重奏。 二人の立ち位置のちょうど中間で音が共鳴し、より深い音色が生み出されていた。 二人は満足げに周囲を見やる。周囲には二人がお友達と呼んだ者達が大勢いた。もっとも誰一人拍手の一つもしなかったが。 当然だ。そんな気の利くような、生きてる者など誰もいないのだから。 嗚呼それにしてもこれから起こる大きなパーティに遅刻しなくてよかった―― 「面白くなるわね」 「面白くしようね」 くすりくすりと笑い合って。おもちゃ箱をひっくり返したようなパーティにしよう。 「シアー様のために」 「シアー様のために」 ●波を波を 嵐の前の静けさだった。 ――ケイオス様の次の手は恐らくアークの心臓、つまりこの三高平市の制圧でしょう―― 塔の魔女の予想は外れてはいないだろう。 第一の理由は『楽団』の構成員の問題。最大数千にも及ぶアークの構成戦力に比べれば極少数である楽団が、持久戦を嫌うのは確実であると言えるからだ。 第二の理由は――死を超越したケイオスはその身に有り難くない存在を飼っている。それはソロモン七十二柱が一『ビフロンス』。ケイオスと親しい間柄にある『魔神王』キース・ソロモンの助力を疑ったのだ。伝承には『死体を入れ替える』とされるビフロンスの能力をアシュレイは空間転移の一種と読んだ。魔神の力を借りれば『軍勢』を三高平市に直接送り込む事も可能であろう。 第三の理由はあの『ジャック・ザ・リッパー』。その骨がアーク地下本部に保管されている事である。芸術家らしい喝采願望を持ったケイオスは自身の『公演』を劇的なものにする事に余念が無い。ケイオスが地下本部を暴き、ジャックの骨を手に入れたならば大敗は勿論の事、手のつけられない事態になるだろう。 アシュレイは二つの提案を口にした。 一つ目は三高平市に大規模な結界を張り、ケイオス側の空間転移の座標を『外周部』まで後退させるもの。 二つ目は『死者の軍勢の何処かに存在するケイオスを捉える為に万華鏡とアークのフォーチュナの力を貸してもらいたい』という『危険』なもの。無限とも言うべきケイオスの戦力を破る為にはケイオス自身を倒す事が必須である。しかし、慎重な性格の彼は自身の隠蔽魔術の精度も含め、簡単にそれをさせる相手では無い。『塔の魔女』はケイオスがその身の内に飼う『不死(ビフロンス)の対策』を口にすると共に究極の選択をアークに突きつけたのである。 「ピンチはチャンス。ここが正念場デースよMiss.Mrリベリスタ!」 防衛能力の高い三高平市での決戦はピンチであると同時に千載一遇のチャンスでもある。『廃テンション↑↑Girl』ロイヤー・東谷山(nBNE000227)もテンション高めにサムズアップ。 そんな彼女の周囲に集まっているのは二十数名のリベリスタ。その多くは普段はリベリスタとしては活動していない、三高平に住む能力者達だ。 「ミナさんには『第一防衛ライン』を守ってもらいマース。海からの侵略者を叩いてネ」 いくつかに分けた防衛ライン。それぞれを守り敵の侵攻を防ぐのだ。ケイオスを捉えるその時まで! 「とにかく防衛ラインを死守するコト! 細かいことはいーんだヨの精神で頑張ってネ!」 あまりにもいい加減だが今回は普段は戦いに身を置いていない者も多く混ざっている。今から難しく考えさせる必要もない。細かい現場判断はある程度経験を積んだ自分達が出さなくては。 勿論そのまま行けという話しでもないだろう。ロイヤーが見えたものを出来る限りまとめたという資料を手渡した。自分達が相手をすることになる楽団員のデータだ。 「双子の子供デス……実年齢は知りまセンけど。これまでの騒ぎに参加していナイ、遅れてきた連中。所謂補充要員デースね」 だから弱い、ということはない。特にその所持するアーティファクトは。 「二人は音を共鳴させマス。その力は増幅され、より強力な音をその中心部で発生させマス。わかりマースか? 二人はそれぞれ左右で戦いながら、ソノ中央でも力を発揮できるのデス」 頑強な死体の大群を連れ姿を隠しながら、自分達がいないところでも攻撃を行う。強敵だろう。 「本人達があまり丈夫でないのが狙い目でショー。さあ勝利を掴みましょうヒーロー!」 後はない。だから前を見て。ヒーロー達は負けないのだ。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:BRN-D | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年03月11日(月)23:21 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●並べ並べて 「ねぇティノ」 港に降り立った姉の声に。 「なにクレオ」 弟の声が追従する。 正面に広がる港湾地区。そこをクレオが指差せば、続いてティノが指を差す。 「たくさん来たわ。ワタシ達のオトモダチになりに」 「いっぱい来たね。ボク達のオモチャになるために」 そこに広がるリベリスタ達23名、その決死の表情を見渡して。響くのは姉の笑い声。追従する弟の笑い声。 響き、重なり、共鳴する。くすりくすりと声並べ。 「攻撃三倍の法則だったかしら?」 古くから述べられる、攻者が勝利を収めるための防者との兵力比率。それだけ兵力戦においては防衛側が有利であるということなのだが――今日この場所で行われる戦いの人数はその比率どころではない。23名対152名。それがリベリスタ側と死者の軍勢の人数差だった。 「三倍どころじゃない数だけど、よくこれだけ集めたものだわ」 すごいわねと口にして。港湾地区を目指す死者の軍勢を見やり、蔵守 さざみ(BNE004240)はそう思う……その程度しか思わない。 圧倒的人数差。だから何だと言うのか。何が変わるというのか。これからやるべきことは何一つ―― 「さて、いつも通りにやらせてもらおうかしらね」 ――何一つ変わらない。 死者は行進する。そこに生者への恨みはない。何もない。ただただ使われるだけのモノ。 「死者を使うなんて……ボクたちには信じられないよっ」 死者は行進する。その中に紛れる悪意。命をオモチャと呼びはばからない者。 ――これが楽団。 ……正直、怖い。震える声を口の中に隠して、『アメジスト・ワーク』エフェメラ・ノイン(BNE004345)は強く弓を握り締めた。 恐怖は伝染する。ひとたび引きつった声を上げれば、戦い慣れしていないリベリスタの多くが足を竦めるだろう。 意思だけは負けちゃいけない。だから――その手が上げられた時、誰もがその男を見た。 「俺は、俺の全策略を尽くし、一人でも多くの者が生きて帰れるよう努力しよう」 視線を集め、『Dr.Tricks』オーウェン・ロザイク(BNE000638)は故にと続ける。 「皆死力を尽くし、役割を果たせ!」 扇動の声に誰もが頷き声を上げた。手にした盾が、斧が、杖が強く音を鳴らす。 その様子に小さく微笑んで、エフェメラも弓を構え叫んだ。その視線を死者の群れに向け。 「よーしっ、いくよぉっ!」 恐怖は伝染する。同様に。 勇気もまた、広がっていくのだ。 動き出した死者の群れ。三つの塊に分かれ進軍するそれらに合わせ、準備を済ませたリベリスタ達も左右へと陣を分けていく。 仲間を護る守護の結界が念と共に構築されれば、左右に散る仲間を見、共に中央に残る仲間を見、迫る90名の死人の群れを見て。それから目を閉じて『お砂糖ひと匙』冬青・よすか(BNE003661)は見えない敵を思う。 ――誰かの為とか、嫌いだよ。自分の意思が、介在しないなんて、ただのままごとだもの。 クレオが笑っている。それにティノが追従して。シアーのためにと笑ってる。 「奏でるのは誰かの為だなんて、寂しい人」 戦場に音が共鳴する。今、港湾地区攻防戦が始まった―― ●迎え迎えて 死者の腕がリベリスタの肩を掴む。必死に振りほどこうにも、次々に伸びる腕が傷と恐怖を蓄積する。左方では30の死者を5人のリベリスタが防ぐ戦いが行われていた。 力の差を数の差が凌駕する。死者の軍勢を抑える彼らの傷はいよいよ深く―― 「皆、まずは自分の身を守ってね!」 5人のリベリスタをすぐ後ろで見守り『蜜月』日野原 M 祥子(BNE003389)の声が、その熱がリベリスタの身体を癒す。 傷ついたならその傷を癒す。けれど死んでしまえば癒せない。護る為にきたのだ。街を、人を。それならここにいる人達だって護ってみせる! 「とにかく向こうの皆がティノを倒すまで耐えて!」 おうと頷き死者を切り払うリベリスタ――その身体が震え、直接脳を揺るがす音の暴力に絶叫を上げた。華やかに、輝かしく、透き通った音は不可視の破砕を生み出して。 「きたわねクレオ!」 左方に潜むのは姉のクレオ。その小さな身体を死者の群れの中に隠して力を振るう。けれど。 「見て攻撃してるはず! ならこっちだって見えるのよ!」 わずかでも手がかりがある。そしてそれを見つけるのは祥子の得意分野なのだ。 動きを鈍らせた仲間に神秘の浄化を施し、当たりをつけた場所に目掛け声を出す。 たくさんのアンデット――また罪もない人達を殺したの? 「死体の陰に隠れてないで、あたしと勝負しなさいよ!」 くすりと笑い声が響いて。 「イヤよ、オトモダチになったらそうしてあげる」 死者の壁の奥で、笑い声だけが―― 瞬間爆音が鳴り響く。炎を纏った衝撃が死者をなぎ払い、小さなクレオの身体が露出した。 激しく鳴り響く心音を押さえつけ、エフェメラが再び矢をつがえて。 戦いは怖い。でも、アークのこういう経験を何度も乗り越えて――ボクたちを助けてくれた。 「なら、今度はボクたちがアークの為に勇気を振り絞らなきゃねっ!」 周囲の大気が彼女の力となり、小さなフィアキィがその身体を発光させた。 「いくよっ、キィ! ボクたちの全力全開っ!」 放たれた矢は天へと登る――炎纏い降り注ぐ力となって。 顔を歪めてコルネットに口をつけるクレオ。その眼前に。 「こんな戦い、すぐ終わらせるんだから!」 祥子の全力を込められた満月が迫っている。 中央を突き進む死者は90名。それを迎えるのはよすか率いる10名のリベリスタ。圧倒的不利な状況で、誰もが高い士気を誇っていた。もっともそれは、この中央がもっとも危険な場所であり、それ故の悲壮な覚悟の賜物であるのだが。 他の陣より数m後ろに布陣し前に進む。防衛ラインぎりぎりで止まれば敵の容易な突破を許すことになる為、左右の姉弟の直線位置に入らぬ様気を配りながら前へと出る必要があった。姉弟の共鳴攻撃への対処――だが、音が不可視の力であることが災いする。 左右の陣のぶつかり合いにやや遅れて、数m手前で剣を交える。だが、だ。 よすかは見た。左右の陣からの中間地点が揺らぐのを。目に見えぬ何か。強力な音の共鳴。それが――その場を支点に共鳴する! 「くる、よ」 よすかの注意にリベリスタ達が慌てて防御の姿勢を取る。その彼らに届いた、激しい熱情の響き。 中間地点を支点に20m。それが大気を焼き炎を振りまいて迫る音の距離。幾人かの死人ごと巻き込んだ荒れ狂う力の暴力! 絶叫は上がらない。巻き込まれたリベリスタは二人。その二人ともが、炎の消えた後に言葉もなく倒れ伏す。すぐに無数の死者の手が伸びて――身体は群れの中に呑み込まれる。嗚呼。 「……下がって」 一人の力の比ではない。二人の力が合わさったそれは、同時に発動することを考えれば二人分の攻撃より更に強い。 焼かれた死人は5名。リベリスタは2名。吊り合うものなんかじゃない。 歯噛みし態勢を立て直すリベリスタを無数の死者が襲う。数の差が敵を広げ前に進めさせれば、よすかに届く複数の手。 振り回された手がよすかに届く――その手が歪み捻じれ空間に弾かれた。 エフェメラが作り出した力場がよすかを護っているのだ。息を吐き、陣を纏める。 そう、まだ壊滅なんてしていない。音の射程を考え、とにかく共鳴の範囲を離れるのだ。 ――こんな所でへこたれて、意味が、ないでしょ? 勝たなければならない。よすか達は、リベリスタなのだ。 (お父様、お母様。どうかわたしたちと、この街を護って) 祈りは亡き両親に。『blanche』浅雛・淑子(BNE004204)の祈りと共に振り切られた大斧が死者を断ち切る。 30の死者の群れの中にティノもいるはず。対する自分達は5人で、戦況の悪い中央を急ぎ助ける為にも早期決着を義務付けられた立場だ。 様々な思いを笑顔で呑み込んで。 ――女の子は優雅に。 強くあれと奮い立たせて。 周囲の大気を味方につけて、『月奏』ルナ・グランツ(BNE004339)が杖をかざす。その心にあるものはヒーローの姿だ。 ――あの時私達を助けてくれた皆は、私達のヒーローだったんだ。 「今度は私達が皆を助けるんだから!」 小さなフィアキィが薄青く光り、大気が氷を纏っていく。その集中の合間に淑子が声をかけた。 「グランツさん、ティノの位置はわかった?」 「ううん、感情が読み取れないの……向こうにいるクレオは感じ取れるのに」 死者の群れに紛れたティノの発見こそ早期決着の要。だがいるはずのティノの感情がどこにも感じ取れなかった。死者の感情が邪魔をしているわけではない。彼らの感情などほとんど霧散してしまっている。なのに、ティノの感情もまるで死者と同じように探査できないのだ。 ……焦らないでいい。どこかに必ずいるはずだから。 ルナが近づく死者の群れを冷気で押し包む。凍った死人を淑子の斧の一撃が粉砕した。 ――大丈夫、負けたりしない。 二人の言葉が重なった。ヒーローは、勝利を掴むものだから。 重々しく響く音が場を支配する。音を聞くや身体を押さえつけられたような感覚に襲われて。 音は反響して発生源は掴めない。どこから音を出している――鈍る身体に殺到する死者を蹴り飛ばし、オーウェンは片目を閉じた。現状を分析する際の彼の癖だ。 戦況を見渡せば、不可視の音に襲われる恐怖、そんなものを一切感じさせない少女が一人。『第34話:戦隊の掃除しない方』宮部・香夏子(BNE003035)は影を従え戦場を駆け回る。不可視の音に捉えられるより早く、駆け抜け振るう刃が死人を討つ。 しばらく考え込んでいたオーウェンが一点を示した。 「宮部氏」 「合点です」 踏み込む一歩は呪力の形成。ステップが赤の月を描けば、指し示された位置の死者が象る赤に呑み込まれる。 「ついで、もう一手」 飛び込んだオーウェンが練り上げた気を衝撃に変えれば、左右に割けた死者の道。その先で、わずかに見えた白をオーウェンは見逃さない。 「ティノをロックオンです」 オーウェンの指示に、香夏子が死者の群れに切り込んでいく。 邪気を祓う淑子の浄化の意思が、仲間を音の支配から解き放てば。 固めた拳に魔力の刻印が浮き上がる。それを突き出し気を吐けば、炎の衝動が死者を薙ぐ。 燃え上がる死者の群れの中で、神秘の炎を打ち消したその姿をさざみもすでに捉えていた。 「隠れんぼはお終いね。遊びに付き合ってあげたお代は貴方の命でいいわよ」 視線の先で。ティノの表情は死人の影で未だ見えない。 ●音を音を さざみのガントレットに込めた炎が死者を焼き焦がし、開いた道を香夏子が、淑子が駆け抜ける。 道を塞ぐように前に出た死人が凍りづく。後方からルナが積極的に狙っていくよと微笑んで。 「もう隠れれませんよ!」 香夏子が破滅を言葉と共に具現化させ飛ばせば、表情も変えず迎撃し音を放つそれは間違いなくティノ。 (……どういうことだ?) だがオーウェンの心に疑惑が浮かぶ。同様に、さざみも違和感を感じていた。 言葉もなく表情もなく、今のティノはただ反応し戦うモノに過ぎない。まるで―― ――姉の言葉に追従する弟。姉の音や行動に合わせ共鳴する弟。同じ顔で、同じ声で、姉の言葉にのみ反応し共鳴する―― ――まるで、周囲の死者と同じ―― 「――っ!」 飛び込んだオーウェンがティノの身体を蹴り飛ばす。そこに構えた淑子の、大斧のフルスイングがまともに捉えた。 切り裂かれ、倒れるティノ。仰向けに転がったティノの、その表情がようやく動いて。 『あら、壊されちゃったのティノ』 その舌先から、流れる声。 「うん、壊されちゃったよクレオ」 反応し共鳴するその姿は。 『また生き返らせてあげるからね』 「また生き返らせてくれるものね」 ネクロマンサーとアーティファクト。二つの力で動く死人形。 舌先のアーティファクトを引き抜いて。 「――クレオを倒すわよ」 事前に弟へ抱いた違和感は直感によるものか――動かなくなったティノに目もくれずさざみは走り出す。 死人達は止まらない。彼らを操るのは姉のクレオ。故にティノの周囲の死者は未だ港湾地区を目指し。 この場の掃討は。中央は無事か。クレオは―― 「わたしが残るわ」 淑子が斧を振るい群れの前に立つ。 迷う暇はない。駆け出す仲間達を信じ、淑子は小さく呟いた。 「女の子は窮地こそ優雅にあるべきよね」 ――沢山の人の群、まるで津波だね。 一人が十の死体を抑える中央。よすかの献身も限界が近い。一度でも癒しの歌を紡ぐのを止めれば、多くのリベリスタが向こう側へと落ちていくのだから。 誰もが意思だけで立っている。ひとたび折れれば二度と立てないだろうそれを必死に奮い立たせて。 音が響く。音が響く。音が音が―― 「……音が、止んだ」 それが何を表すかは明確だ。 「もう少し、耐えて」 あと少し、仲間が来るまでの間――けれど限界が近い。体力もだけど。精神もだけど。防衛ラインの限界が。 圧倒的な数の差が仲間を押していく。十数mも下がれば水際のラインを超えてしまう。そこから死者の軍勢は街に紛れ自由に破壊して回るだろう。 これ以上は下がれない。足を止めたよすかに迫る、腕、腕、腕。 ――腕が凍りつく。フィアキィと共に大気を凍りづかせたルナがよく頑張ったねと微笑んで。 「後はお姉ちゃんに任せなさい! 絶対、ゼーッタイ、大丈夫だから!」 ついで響く轟音は、オーウェンがAFから出したトラックを弾丸に見立てて死者の群れを蹴散らす音。 まだ終わっていない。なら、よすかは。 歌が響く。シアーの為にと響く音ではなく、よすかは癒し護る歌を歌う。 それは自分の為に。 「よすかは、自分の為に、世界を守ってあげる」 リベリスタに押し寄せる死者の腕を矢が射抜いた。 「絶対に負けないんだからっ!」 エフェメラの叫びに頷いて、祥子は癒しの歌を紡ぐ。激情的に響く音が混乱を招いても、邪気を祓う祥子の意思がリベリスタを護る。 クレオ自身の力は大したことはないのだ。この地点を護るだけなら今の人数でなんとかなる。 もっとも、90という数で押し寄せる中央を抑え続けるのは不可能だ。その突破が巻き起こす混乱がクレオの勝機になるだろう。 「あなたの弟は死体だったの?」 祥子の問いにくすりと笑って。 「ワタシがいる限りティノは死なないの。一緒に産まれて最期まで一緒。素敵でしょう?」 くすりくすりと音が響く。けれど。嗚呼けれど。 「あたしにはとてもそうは思えないわ」 姉の言葉に反応し言葉を吐くだけの弟。それを弟と呼べる気持ちを、わかりたくはない。 中央の防衛ラインは後わずか。いよいよ多くのリベリスタが倒れた状況で、オーウェンの援護射撃を受けてよすかが、ルナが決死の覚悟で防戦する。二人の運命の支えが、防衛ラインを後わずかで永らえさせていた。 余裕の表情でそれを眺めるクレオ。もはや数十秒も持たず、この地は制圧されるのだ。 「諦めて、ワタシのオトモダチになりなさいな」 「ちょっと無理です」 声が予想外の場所から返ってくる。 影を伴い中央を全速で駆け抜けた香夏子、その狙いはただ一つ。 「さあ破滅のお届け物です!」 中央の防衛ラインが崩れる前にネクロマンサーであるクレオを倒す。それがこの戦場に存在するたった一つの勝利条件! 魔力のカードがクレオを穿つ。突然の救援に浮き足立つクレオに―― 「――驚かせるくらい、できるのよ!」 祥子の放つ意思の閃光がクレオの足を止めたのだ。 わずか数十秒の攻防。 悲鳴を上げて死者の群れを防御に回すクレオの意思は届かない。 「キィ! いまだっ、凍らせちゃえっ!」 薄青く光ったフィアキィが周囲の死者を凍らせたのだ。エフェメラの支援で孤立したクレオの身体を、香夏子が、祥子が強かに叩く。 「早くワタシを護りなさい! あと少し、あと少しで――」 焦り叫ぶクレオ。周囲に死者が集まり、その身を盾とすればもはやクレオを討つ手段はないのだから。 そう勝利は目前にある。 けれど。 勝利は常に揺らいでいるものなのだ。 魔力の刻印は炎。拳に浮かぶそれが轟音と共に突き穿たれれば。 ――クレオの悲鳴は炎に消える。 周囲の死者が崩れ落ちるのを、さざみは確認してから拳を降ろした。 いつも通りに戦って、いつも通りに敵を討った。それだけのこと。 クレオの呼吸が閉じていく。 ――嗚呼、ワタシは死ぬのね。死んでしまったらあの子も―― 「――ごめんねティノ」 反応し共鳴する、弟の声は続かない。 生き残ったリベリスタ達が手を叩いて喜びの声を上げた。 「うーん終わりましたね」 働きすぎたと呟く香夏子に、ルナとエフェメラが健闘を讃え、倒れた者達を介抱していく。 両親に感謝を呟いて、淑子は遥か高みの完璧に一歩踏み出せたかなと誰にともなく問いかける。 「なんとか間に合ったな」 ひとりごちたオーウェンに。 「正義の、リベリスタだもの」 ――なんちゃって、ね? よすかが小さく舌を出す。 全てが終わった戦場で。 ごめんね、か。でも―― オトモダチと口にするクレオに、反応し返すティノはオモチャと答えた。 クレオの意思で動くなら、ティノの答えはクレオの本心―― 「……もうこのいたたまれない気持ちでアンデットと戦うのはうんざりよ」 祥子の呟きが音の止んだ港に深く響いた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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