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<混沌組曲・急>Corpus Chaos Carol

●Recollections Remembrance Day.
「やめて……」
 悲痛な訴えが虚空へと消えて行く。
 力なくうな垂れ、僅かに視線を落とせば、そこには煮え立った硝子様の大地が見える。

 そこは、ほんの僅か前までアスファルトだった。
 そこには、ほんの僅か前まで仲間達が立っていた。
 瞬く間のうちに消えてしまった。信号機やゼブラゾーンと共に、文字通りに蒸発して居なくなってしまった。

 崩れ、燃え上がるビルの合間。遠影に揺らぐ悪夢に立ち向かう姿は、既に十数名を数えるだけになっていた。
 ここは戦場の端。死線のこちら側。
 女は足元が震え、視線もおぼつかない。滲んだ涙に目の前がぼやけている。
「お願い……」
 だから、女――宮部茜はもう一度だけ愛しい恋人へと向けて声を振り絞った。
「九郎は往った」
 灯堂紅刃が返した言葉はどこまでもすげない。

 太刀を握り締める紅刃には、強大すぎる敵の他には何も見えていなかった。

 ――勝てるわけがない。

 そう思う恋人を見透かし、軽蔑さえ孕んだ眼差しで射抜く紅刃は戦友の後姿を追う。
 手を伸ばす茜は中空を握り締めた。

 1999年8月13日。ナイトメアダウン。
 それが英雄灯堂紅刃、そしてリベリスタ宮部茜にとって最後の戦いであった。

 それから。
 十四年の歳月が流れ――

●Nightmare after the Nightmare.
「いい香りね」
 呟く『死を踊る』フェネラル・”フィドラー”・フォルテが天を仰ぐ。
「――やっぱり悪趣味ね、アナタ」
 言葉を返す『生を悼む』ラクリマ・”リューテニスト”・ルクレツィアはオルタネイトを爪弾く。

 彼女等の遠目に聳えるのは巨大なビル。僅か十数年のうちに作られた都市『三高平』の中核であり、この数年、瞬く間に成長を遂げた日本神秘界八派が一柱『アーク』の中枢だ。
 そしてそれはこの日、彼女等の標的でもあった。

 だが攻める彼女等楽団にとって問題はいくつかある。
 まず間違いなくそこへと攻め入る前に、かの万華鏡を有するアークのリベリスタに迎え撃たれるであろうこと。
 常軌を逸した精度を誇り、これまでアークに立ちふさがった数多くの難題解決の土台を支えてきたソレは、一流の死霊術者であり、神出鬼没を誇る彼女等楽団員をもってしても脅威そのものであることに違いはない。

 そしてなにより――
 フォルテが額を押さえる。
 ケイオスが指揮した『混沌組曲・破』にて、アークのリベリスタに斬られた彼女は、その術を以って命を失うことはなかったが、死を超越しているわけではない。敬愛するケイオスとは違う。
 彼女自身は無事であったが、この混沌組曲の演奏中に、幾人もの楽団員の命が失われたと聞き及んでいる。
 楽団の得手は、戦死した敵を味方に取り込みながら、じわじわと嬲り殺す様な戦いである。
 だがアークはどうか。殺しても死なぬ、運命を味方にしたかのような戦いによって、戦死者は驚くほど少ない。
 稀に見る死とて、アーク構成員と楽団員のトレードでしかなかった。
 頭が痛い。――嗚呼、本当に――それは頭が割れるように痛い問題だった。
 彼女は指揮者ケイオスを崇拝すらしているが、否だからこそ、その心中とて察して余りあるものだった。

 それでも、三高平に足を踏み入れた彼女の機嫌が急速に回復したには訳があった。

 彼女が弾くフィドルの音色に合わせて、一組の男女が剣の舞いを踊る。
 その姿は透けて、向こう側さえ見渡すことが出来る。

「これで、いい曲が弾けそうじゃない?」
「そこは否定しないけれど」

 あの生ける伝説ジャック・ザ・リッパーを打ち破るまで、極東の空白地帯とまで揶揄されたこの国が、そう呼ばれるに至った元凶――ナイトメアダウンの戦場となったのはどこであったのか。
 神秘界隈に名を轟かせたリベリスタ達は、どこへ消えてしまったのだろうか。

 Requiescat in Pace.
 答えは簡単、墓の中。

 みんなここで死んでしまったのだとフォルテは哂う。
 だからこんなに、この土地は死者の匂いで満ち溢れているのだと嗤う。
 それがずいぶん過去の事であるならば。残るは想いの欠片、魂の残滓に過ぎないのであるならば。英雄と呼べるだけの力を持っていたのであるならば、一流の死霊術者揃いの楽団員と言えど、そう簡単に呼び覚ますことなど出来ない筈だ。

 だが何の因果か、あるいは重なり合った偶然か。
 彼女等が拾い上げ、傀儡とするフィクサードの魂があったならば。
 そこに眠る英霊がそのフィクサードの師であり、恋人であるならば。
 かつて運命に導かれ、共に惹かれ合った魂と魂の波長は、神業をもってしても繋ぎ得ないチャンネルを一致させるに至ったという事だ。

 故に。
「出来てしまったのだから仕方ないじゃない」
 そう言い、姦しく笑うフォルテにルクレツィアはため息一つ。
 騒々しい天才肌の同僚を好きにはなれないが、その強運だけは評価しようと、彼女はリュートを一弦だけ弾いた。

 生を悼み、死を踊り、気高い英霊の魂すら冒涜し――
 引き連れた数多の死霊と共に、少女達は常闇を舞い歌う。

●Nightmare before the Nightmare.
「いよいよ攻めてきやがるってことかね」
 アークのブリーフィングルームに集う一同の表情は浮かない。
「はい……」
 桃色の髪の少女『翠玉公主』エスターテ・ダ・レオンフォルテ(nBNE000218)が小さく頷く。

 其れは魔女の予言通りに――

 以前の戦いでケイオスの能力を看破したアシュレイは、アーク本部で恐るべき未来を口にした。
 それはケイオスによるアークの心臓――つまり三高平の制圧である。
 アシュレイが述べた推測の理由はいくつかあった。
 エスターテがスクリーンに資料を開き、マウスポインタでラインを引く。
「第一の理由は構成員の問題、と」
「はい」
 楽団は一流のフィクサードによって構成された実戦部隊ではあるが、末端まで含めれば数千にも及ぶアークの構成戦力と比較すれば数は少ない。そしてケイオスはこれまでの戦いでアーク構成員の運命を味方につけたかのようなしぶとさを肌で実感していた。蹂躪出来ぬまま持久戦で命のトレード等していては分が悪いのだろうという事だ。
「それから、ケイオスの能力について、と」
 第二の理由にあげられたのは、アシュレイが横浜外人墓地で観察したケイオスの能力についてである。
 死さえ超越したケイオスの身には、何らかの『干渉力』が働いているのは確かだ。魔女はそれをソロモン七十二柱が一『ビフロンス』と推測したのである。バロックナイツ第五位『魔神王』キース・ソロモンの助力が高いと疑ったのだ。この魔神による『死体を入れ替える』という伝承上の能力を魔女は空間転移の一種であると読み取った。それによってケイオスはその軍勢を三高平に直接送り込むことが出来るということである。
 そして第三の理由。それは三高平にはかの伝説ジャックの骨が眠っていた。ケイオスがその骨を暴き、ジャックの骨を手に入れたのであれば、大敗は勿論の事、手のつけられない事態になってしまうだろう。

 再び流れる沈黙。空気が重い。
「以上、だそうです」
「なるほどな」
 この状況に際してアシュレイはアークに対して二つの提案を行った。
 一つは三高平市に大規模な結界を張り、ケイオス側の空間転移の座標を『外周部』まで後退させるというものだ。
 二つ目はあの経歴自慢の魔女殿に万華鏡を貸し与えるというものだ。雲隠れが得意なケイオスの探査に一役買うと言うのである。当然それはあの魔女にアークの中枢をさらけ出すことも意味していたのだ。

 頭が痛い話だが兎も角。リベリスタ達が今考えるのはそのことではない。
「こいつは」
「はい」
 モニタを指差すリベリスタに、エスターテは再び資料の窓を開いてみせる。
 この戦域の敵は二名の楽団員と多数の死者、それから宮部茜の亡霊――
 彼女はナイトメアダウンの際に参戦、そのまま逃亡したらしい。
 それから己が未熟を恥じ、ただ技量を追求せんが為、狂犬のように戦い続け、フィクサードとなったのだ。
 彼女は奇しくもジャック、シンヤと交戦の折、リベリスタの前に立ちはだかり、やがて死闘を求めてリベリスタと轡を並べ、決戦の中で死んだ。
 それからもう一体の亡霊は――
「こちらは、そのナイトメアダウンでR-TYPEと交戦。死亡しています」
「勇者サマの亡霊ってことかよ」
「……はい」

 よりによって、とんでもないものを引き出してきたものだ。
 ブリーフィングルームに漂う空気の重みは過去に例を見ない。
 これまで通り敵の数は多く、恐らく厄介極まりないときている。
「それでも、こればっかりはやるしかないだろ?」
 それに悪い話ばかりではない。戦場には三高平に住まうリベリスタ達の増援も見込まれるのだ。まさしく総力戦の様相である。
「はい……」
 それでも少女の返事はか細いものだった。

 箱舟の航海に今、過去最大の嵐が到達しようとしていた――



■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:pipi  
■難易度:HARD ■ ノーマルシナリオ EXタイプ
■参加人数制限: 10人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2013年03月12日(火)22:58
 pipiです。きゅ~。

●目標
 敵フィクサードの撃退。生死は問いません。

●ロケーション
 夜中。暗いです。
 三高平市中心部。
 センタービルの直ぐ近くで敵を迎え撃つ形になります。
 辺りの一般人は避難を終えています。
 敵は死者達を外周、フィクサードを中心に円陣を組み、三高平センタービルの敷地内へ向けて進軍して来ます。
 戦場は広く、戦闘には差し支えありません。

●敵
『死を踊る』フェネラル・”フィドラー”・フォルテ
 フィドル奏者。強力なネクロマンサーで、命中、回避に優れます。
 自分自身が直接戦うこと、傷つくことを嫌い、死者を盾にします。
 アーティファクト『屍弦ネクロヴァリウス』を所持。
 以下、推定所持スキル。
・複数対象に悪霊をぶつける技:神遠複、麻痺
・Draを大きく上昇させる自付
・悪霊によって生気を蝕む大技:神遠単、致命、ダメージ大

『生を悼む』ラクリマ・”リューテニスト”・ルクレツィア
 リュート奏者。強力なネクロマンサーで、神秘攻撃力に優れます。
 自分自身が直接戦うこと、傷つくことを嫌い、死者を盾にします。
 アーティファクト『冥弦グレイヴキャスター』を所持。
 以下、推定所持スキル。
・複数対象に悪霊をぶつける技:神遠複、麻痺
・Draを大きく上昇させる自付
・広域を悪霊が喰らい尽くす大技:神遠複、Mアタック、ダメージ大

『屍鬼、幽鬼』×250体以上
 哀れな犠牲者の死体や亡霊です。すごい数です。
 命中回避精度は高くありませんが、極端にタフです。
 モブフィクサード、モブリベリスタの死体もここに含まれ、生前の攻撃スキルに似たものを使います。
 回復、補助、付与等は出来ないようです。

『魎鬼』マダーレッド・ファントム
 宮部茜というフィクサードの亡霊。
 生前の面影は無く闘争本能に支配されています。
 物理攻撃が効きづらいようです。
・驟雨:物近単、連
・幻魔:物近範、混乱
・天雷:物近範、雷陣
・幽体:ブロック不可

『英霊』クレナイ・ファントム
 ナイトメアダウンで戦死した灯堂紅刃(とうどうくれは)と呼ばれるリベリスタの英霊。
 腐ってもガチ英雄の霊です。なまら強いです。
 生前の面影は無く闘争本能に支配されています。
 物理攻撃が効きづらいようです。
・天雷:物近範、雷陣
・紅蓮:物近単、火炎、業炎、獄炎、呪い
・幽体:ブロック不可

●アークのモブリスタ
 士気の高い20名程度。
 種族やジョブは雑多です。
 知人友人という設定でも構いませんが、名前は出てきません。
 言うことは多少無茶でも良く聞いてくれますが、指示が無ければ無難に戦います。

●重要な備考
 このシナリオは『第三防衛ライン』担当です。
『第一防衛ライン』シナリオが失敗した場合、『第一防衛ライン』に大きな、『第二防衛ライン』に小さな防衛値減少があります。
『第二防衛ライン』シナリオが失敗した場合、『第二防衛ライン』に大きな、『第三防衛ライン』に小さな防衛値減少があります。
『第三防衛ライン』シナリオが失敗した場合、『第三防衛ライン』、『アーク本部』に大きな防衛値減少があります。
 それぞれの『防衛ライン』が壊滅した場合、その他の『防衛ライン』に悪影響を与えます。
 又、『アーク本部』が陥落した場合、リベリスタ側の敗北となります。
『<混沌組曲・急>』は上記のようにそれぞれのシナリオの成否(や状況)が総合的な戦況に影響を与えます。
 予め御了承の上、御参加下さるようにお願いします。

●Danger!
 このシナリオはフェイト残量によらない死亡判定の可能性があります。
 又、このシナリオで死亡した場合『死体が楽団一派に強奪される可能性』があります。
 該当する判定を受けた場合、『その後のシナリオで敵として利用される可能性』がありますので予め御了承下さい。
参加NPC
 


■メイン参加者 10人■
覇界闘士
御厨・夏栖斗(BNE000004)
覇界闘士
テテロ ミーノ(BNE000011)
ホーリーメイガス
悠木 そあら(BNE000020)
デュランダル
結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)
ナイトクリーク
斬風 糾華(BNE000390)
デュランダル
新城・拓真(BNE000644)
インヤンマスター
焦燥院 ”Buddha” フツ(BNE001054)
覇界闘士
設楽 悠里(BNE001610)
ナイトクリーク
レン・カークランド(BNE002194)
ソードミラージュ
リセリア・フォルン(BNE002511)

●See how they run.

 ――ル リイ ル レイ。

 ――――ル リイ ル ライ。

 謳うは混沌拝領のキャロル。

 今宵、かすれた歌声に耳を傾ける者は居ない。
 微かに弾んだ息遣いも、そのほんの些細な高揚を知らしめるには十分足りえない。
 古英語の歌詞を無残に穢された十六世紀の聖歌は、ただ謳う少女の耳にだけ響いている。
 時は夜。辺りは漆黒なれど、死者達の行軍が辺りを覆い尽くしているから。
 それになにより、どこか禍々しさを孕んだフィドルとリュートの音色が響き渡っているから。

 掲げられた死者達の掌を踊る少女の右手に握られたフィドル弓は真新しく、年代物のフィドル『屍弦ネクロヴァリウス』とはずいぶん不釣合いである。
 どことなく手に馴染んでいない気さえする弓の存在が、少女『死を踊る』フェネラル・”フィドラー”・フォルテに苛立ちを与えている。アークのリベリスタとの幾度かの交戦の中で、彼女の弓はリベリスタに折られ、楽器は傷付けられ、あまつさえ額を割られ、生死の縁に立たされたりもした。いかに一流の能力者と言えども、死に直結してもおかしくない脳を傷付けられたのだから、不死身の力を旨とする楽団員とて焦りもするのだろう。
 そんなアークとの交戦を経てから、フォルテは躁鬱が激しく、どこか挙動不審気味な所も多かった。
 そうした様子がトレモロを爪弾く『生を悼む』ラクリマ・”リューテニスト”・ルクレツィアにはどこか不安を与えているが、彼女はすぐさま自らの不吉な思念を打ち払う。
 彼女等は一流を自負するフィクサードである。音楽界の名声をひとえに集める世界最高の指揮者であり、世界最強のネクロマンサーたるケイオスの楽団員なのである。彼女個人を例にとっても生まれてこの方、勝負に負けたことなど一度たりとてありはしない。ポーランドのリベリスタがなんだったと言うのか。彼女等は一国の全てを相手取り、圧倒的で揺ぎない優位を確保したまま彼等を蹂躪せしめたのだ。
 バロックナイツの敵はバロックナイツだけだ。
 そしてなにより、未だ同僚フォルテの表情に笑みが張り付いているのは一つの事実、つまり彼女の目の前をたゆたう二体の霊が故であった。
 一体はフォルテの力作だった。もう一体は、彼女が起こした奇跡と呼んでも差し支えない出来栄えなのである。

 なにせそれは。

「ナイトメアダウンの英雄――ね」

 死臭たゆとう春風の中、皮肉気な笑みを浮かべるのは『合縁奇縁』結城 竜一(BNE000210)だ。
 ケイオスの楽団員である二人の少女と、死者の群を挟んで対峙するのは多数のリベリスタ達である。
 呟く竜一の視線の遠く先に見えるのは、二体の霊体だ。
 アーク本部の情報によれば、その内一体は名うてのフィクサードの霊、もう一体は十四年前のナイトメアダウンに散った英霊の残滓だと言う話だ。
 握り締める二刀を重ね、切っ先が示す先に呻く亡者は数多。
 それに引き換え、この地を守るリベリスタは、通常十名を割る編成と比べて多いとは言え、差は十倍に近い。
「そんなのが相手でも殺すだけだろ」
 だからどうしたと、にべもなく吐き捨てる。
 ここで為さねば、『過去』の英雄に託された『今』のリベリスタ達が、彼等にどう顔向け出来ると言うのか。
「過去から今へと渡されたバトンは、きっちり、次の世代へと俺たちが渡す!」
 だから――
「容赦はしない」
 剣を振りかざす。迷いも衒いも微塵もない。
 眼前に立ちはだかるのが英霊であろうと、それを操る楽団員が美少女であろうと、全て打ち砕くのみ。
 だから胸を張り、名乗るのだ。
「アークの銀腕! 設楽悠里のお出ましだァ!」
「おい!」
 センタービルを背負い、この地に立つのは偶然か必然か。
 突然、名を呼ばれた『ガントレット』設楽 悠里(BNE001610)がすかさず突っ込みを入れる。
 それにしても錚々たる面子が集ったものだ。二十名もの有象無象を率いるが如く、前方中央に位置する十名は正真正銘、誰もがアークきってのトップリベリスタ達であった。
 その数、全て合わせて三十名。
 やや後方に陣取るリベリスタ達に張り詰めていた緊張が僅かに緩む。これほど心強い仲間が居るだろうか。
 彼等の後方に立つリベリスタの少女は最近、漸くランク二に分類されるスキルを扱えるようになったばかりだった。いっぱしと言えばいっぱしではあるのだが、フェーズ1、2のエリューション相手なら兎も角、一流のネクロマンサーである楽団員相手に力不足は否めない。数々の報告書に記された苦戦の様子に、失われた命の記録も記憶に新しい。だから不安がないと言えば嘘になる。その証拠に彼女の膝は先ほどまで震えていた筈だ。
 それが今はぴたりと止んでいる。

「道を開けな! でなきゃ――」
 竜一は剣を握る親指の先だけで真隣を指す。
「こいつがこじ開けるぜェ!」
「やっぱりボクかよ」
 憮然と返る言葉に死線を踏み越えながらもリベリスタ達は各々苦笑を一つ。
 そんな竜一とて、アークきっての紛れもない英雄の一人である。マジメなときこそ不真面目にとは彼独特の矜持である。こんな状況でそんなジョークすら飛ばす竜一達の背は、後背を預かるリベリスタ達にとってあまりに巨大で――
 悲壮な状況と、鬱々とした死臭の只中で、尚も笑えるのは紛れもない強さの一つ。
 彼女等とてアークのリベリスタたるもの、ただ守られる心算などありはしないが、それでも、これだけの安心感の中ならば、その力とて十二分に発揮出来るであろうから。

「わんだふるさぽーたーミーノ、いっくよ~」
 天真爛漫に胸を張り、ぱたぱたと手を振り上げる『おかしけいさぽーとにょてい!』テテロ ミーノ(BNE000011)を囲むように、名もなきアークのリベリスタ達も陣を張り終えた。
「ミーノ! がんばるの!」
 緊張を強いられているリベリスタ達の表情が、心なし和む。
 彼女が纏うのは小学生の幼女のようなゆる~い空気だが、その実力が折り紙付きであることは誰もが知っている。
 彼女が張り巡らせた翼の加護は、機動性や回避力を向上させつつ、暗闇の中で縺れがちな足場の対策にもなる。
「いっせきにちょう、でしょ!?」
「偉いな、ミーノは!」
「ミーノえらい!」
 きりりと唇を結ぶミーノ。桃色に染まるほっぺが膨らんでいる。
 戦場に灯りが灯る。
「Σ」
 もしかして。『ぴゅあわんこ』悠木 そあら(BNE000020)は首をふる。
 戦場に光をもたらす二人に挟まれて、自分の立ち居地はかなり目立つだろう。これって(´・ω・`)ピンチなのではないか。
「よっしゃ、そんなカンジでヨロシク!」
 快活に笑う『てるてる坊主』焦燥院 フツ(BNE001054)が周囲を見渡せば、リベリスタ達が力強く頷く。
「安心しな、悠木。俺が守るって」
「フツさん!」
 愛しのさおりんとは、彼女の中では比べ物にならないけど、彼だってけっこう頼れるのだ。
 フツが提示した作戦は、アーク最精鋭たる彼等を前方中心に据えた鏃のような突撃陣だ。
 やや技量に劣る名もなきリベリスタ達は前衛が両サイドを固め、中央に後衛を固める。
 そして脆い程ではないが遠距離攻撃が出来る中衛に後方を任せて陣の瓦解を防ぐというものだ。
 相手が円陣であるならば、そして敵の一体一体が強くないのであれば、正にこれしかないという陣だろう。
 これを護る要がきゅっきゅと元気一杯体操に勤しむミーノと、今日はどこか不機嫌そうなそあらなのである。
 センタービル間近まで侵入を許してしまったのは、アークとしては痛い話だ。
 敵の数も多い。なんせ十倍も居る。
 それでもここは絶対に食い止めねばならないのだ。

 さおりんは――

「あたしが絶対に守るのです」
 そもそもセンタービルは彼女がさおりんと一緒に頑張って一生懸命お仕事しながららぶらぶする大事な場所なのだ。 一緒にランチして、お仕事の成果を褒めてもらって、デートなんかもして、それからそれから。
 夜。夜です。二人きりのディナーなんてあったりしちゃったりして。

『そあら――』

 そうそう、突然顔を近づけるさおりんなのです。

『米粒、ついてんぜ』

「あたし……」

 そんな妄想も吹き飛ぶ。

「……ちょっと本気で怒ってるです」

 死体だのなんだの、なんか邪悪ロリっぽいのまで居たりして、心が落ち着く暇もない。
 それに、なんなのだ、この失礼な妄想は。さおりんもあたしも、こんなじゃない。
 兎も角、さおりんに近づこうとするやつは全員処分するのだ。もう、それしかない。
 そあらは耳を澄ませ、とちおとめを抱きかかえる。こいつを目一杯ぶちかましてやるのだ。

「あいつらの好きにはさせない――」
 後背から見渡せば、鏃のような魚鱗陣が整いつつある。
 唇をかみ締める『red fang』レン・カークランド(BNE002194)は抱えた二冊の魔術書を両手の平に開く。
 この街も、世界も、彼等が守るのだ。
 それが――今の彼に、彼の手に出来る唯一の事だから。

 こうして――準備は整った。
 悪趣味な演奏の中心へと向けて、リベリスタ達が一斉に駆け出す。

 過去の英雄の魂も、一般の人達の死体も――
 フィクサードの魂すらも、お前たちに穢す権利なんてない。

 悠里は拳と拳を打ちつけ、眼前の死霊に拳を叩き込む。
「お前たちをここで倒して、彼らの魂を解放する!」
 竜一に言われるまでもない。やってみせてやると。
 拳の先から迸る炎は死者の胸板を貫き、荒れ狂い、敵陣を一気に焼き尽くす。

 夜の帳は獄炎を纏い、戦端は開かれた。
「おっけ、そー言うノリね」
 アドレナリンが一気に駆け巡る『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)の全身は、燃えるように熱い。夏栖斗の身に死者が迫る。
 伸ばされる腕を蹴撃で打ち払い。人ならざる爪牙は十字に重ねた旋棍で受け流す。
「三高平を守れるのは僕達だけだ」
 こんな相手は物の数ではない。不敵に笑んだ。
 燃え盛る死者の群に放たれる連撃は、死者もろとも虚空を劈き、どす黒く濁りきった鮮血が夜空を覆う。

 彼等の立つ戦場は三高平の中心部である。敵の侵入を深くまで許してしまったが、これは彼等の責任ではない。
 数多くの戦場のいずこかで楽団員を指揮するケイオスと、彼が借り受けた魔神『ビフロンス』の為せる秘技――空間転移が所以である。
 だが、だからといって、リベリスタ達が敵のそれ以上を許容する理由には成り得ない。ここから先になど、一歩たりとも通すつもりはなかった。
 夏栖斗が再び旋棍を構える。その背に負うのはアーク本部が位置する三高平センタービルだ。
 それはアーク中枢であり、彼等リベリスタの母屋であり、戦闘能力を持たぬ指令、室長、フォーチュナ達、そして多数の協力者達が今も指揮と懸命に後方支援を続けているはずだ。
 そここそが、絶対に踏み入らせてはならぬ最後の砦なのである。その存在は何よりも重い。
 それでも構いやしない。重い位で丁度いい。だから――

 夏栖斗があえておどけ、真似てみせるのは報告書に残る金髪眼鏡(マブダチ)の記録。

 あの日、日常と非日常。生と死の狭間を踊る境界線。
 そして別の日。鬼道を前にして獣のように、無様に、地を這うように守り抜いた――

「――ここが! 僕達が!」

 境界線(-Borderline-)だ――!

●Before The Storm.
 春の夜風が運ぶのは、咽返る砂埃だけではない。
 吐き気を催す濃密な死臭は、夜の街から灯りを奪い、音を奪い、現世に悪夢を呼び起こしている。
 禍つ、その中心部。
 フォルテは、なぎ払われる死者達の頼りなさに苛立ちを覚え始めている。

 混沌組曲の前構成『破』では『死の川』と呼ばれた死者の大軍に向けて果敢に切り込むリベリスタ達は、早くも敵陣を塞き止め、大穴をこじ開けつつある。
『蒼銀』リセリア・フォルン(BNE002511)はセインディールを横薙ぎに払う。
 死者の首が腕が跳ね飛ぶ。どす黒く濁った血液が舞う。首を失ってもまだ腕を伸ばし、爪を振り下ろす死者の動きは把握済み。半身だけ退き、爪は虚しく宙を切る。彼女の役目は大物『魎鬼』との斬り合いにある。ここで消耗している訳にはいかない。
 リセリアと『魎鬼』は、思えば長い因縁がある。相手には、もはや命はない。
 元はと言えば同じソードミラージュ同士であり、死して尚、彼女の眼前に立ちふさがり続けているソレは、当時彼女の技量をすら上回っていたように思う。あの時、リセリアは防戦一方に追い込まれながらも足を止め、作戦を完遂した。あれから一年以上が経過し、死者の一員と成り果てた『魎鬼』の技は生前と幾分も変わらなかった筈だ。それでも、今やその技量はリセリアが上回っていた。それから僅かな時が流れ、彼女はほんの僅かではあっても、更に強くなっている。
「今度こそ」
 決着をつけるつもりだった。
 ともあれまずは順調に進みつつある突入を完璧に成し遂げることが肝要である。

 敵陣に大穴をこじ開ける為の主力の一人『告死の蝶』斬風 糾華(BNE000390)は彼岸ノ妖翅を放つ。生と死の境界を舞い『イノチ』を運ぶ不滅の蝶は、鋭利な翅で死者達を次々に切り刻んで往く。
 あの時、眼前の『死の川』は真正面から太刀打ち出来るものとは思われなかった。
 今をもってしても、それは事実だったのだろうと実感出来る。あの時、アークは作戦上の敗北を期したが、策の方向性は誤っていなかった筈だ。
 銀色の髪がそよぐ。
 結果として、あの時のリベリスタ達は楽団の侵攻を止め、追い返すという作戦目標が達成出来なかった。
 死屍累々、多くの躯が築き上げられてしまった。
 だが、勝っていたとすればどうなのか。非情にも見捨てるべくを見捨て、楽団を斬り捨てることに注力したならば、あるいはあの場では追い返すことが出来ていたのかもしれないとは思う。例えば、後一歩踏み込み、フォルテに与えた程度の打撃をルクレツィアに叩き込んでいたならば、恐らく記録上の結果は違ったのだろう。
 それでもそれが最善だったとは今でも思わない。それは決して負け惜しみではなく、怜悧な思考から紡ぎ上げられる事実の一端でもあった。そうなればあの時、轡を並べたリベリスタ『ダムナティオメモリアエ』の面々は半減していたろう。アークの面々とて、全員が無事だったかは分からない。そうなれば今、対峙する死者達の群の中に、きっと混じることになってしまった。
 楽団員の命を奪うことが出来ていたとも限らない。恐らく、出来なかったのではないかとも思う。
 命と引き換えてでも為すという選択肢がないわけではないだろうが、それこそケイオスの思考ではないが、楽団員とアークによる命のトレードに過ぎない。それでは意味がないのだ。
 だから、彼女等が居なければ命を落としていたであろう『ダムナティオメモリアエ』の面々が全員無事であった時点で、試合に負けて喧嘩に勝ったと言えなくもないのだ。
 それでも彼女は、彼女が守りたい日常を、どれだけ守れているのだろうか――
 気が滅入る話だが、そうでも思わなければ、たとえ一般人ただ一人であっても犠牲者を出し、そも、日本に攻め入られている時点で勝利などというものは有り得ないのだから。
 一般人の犠牲者を救いきることが出来なかったのは痛いが、作戦が成功していたとしても、さして数に変わりはなかっただろう。
 数――渦巻く思考の中で糾華は吐き捨てる。彼女の明晰な頭脳はそれを数で捉えることこそ出来るのだが、その心境はそれを唾棄すべき邪念と斬って捨てていた。
 彼女が守るのは、そんな無機質な概念ではない。
 常夜の蝶は消えぬ痕を背負い、夜空を舞う。
 今宵、彼女が守るのはこの街そのものだ。
「何時ぞや振りね……」
 フィドラーとリューテニスト。
 この死体の氾濫『死の川』を、今度は正面から打ち崩すのだ。
 あの時と今とで、さして差がある訳ではない。
 精神論に頼るならば、ここはホームである。
 後は彼女等自身と万華鏡がもたらした数々の情報と、最早新米とは呼べないが、頼るにはどこか物足りない後輩達が在るだけだ。
 その程度が出来ずして、この街を護りきることなど出来ようはずもないのだから。
 物理的な意味で、唯一つ違うとすれば、建造物の谷間に川のような長陣を敷かれていたあの時と違い、敵が円陣を組んでいるという事だ。それならば中心部に切り込んでゆくのは、押し寄せる水流に真っ向から立ち向かう程には難しくはないだろう。

「フォルテ?」
「分かってるってば!」
 こじ開けられつつある大穴に、二人の楽団員達は僅かな焦りを禁じえない。
 自身が傷つくのを嫌う彼女等のこと、人一倍強い死への恐怖は分かりきった鬼札の投入も遅らせている。
「con fuoco(火の様に)」
 だがそれでも彼女等は退かなかった。そもそも元来、攻められれば攻守自在に退いてみせるのが彼女等の常道の筈だ。彼女等は死を恐れても、彼女等の兵は恐れない。消耗戦、撤退戦は得手中の得手である。ゴミのような有象無象を率いて、泥試合の末に勝ってみせるのが彼女等のやり口だ。
「Prestissimo....(速く)」
 演奏が急速に速さと激しさを増す。
 今の彼女等に、まるで退く様子はない。

 なぜか。

 ――

 ――――

 それは今から七十年前の事。ミラノ生まれの一人の少女チェロ奏者が居た。
 名はフォルテ・ロッカと云う。
 庶民の出ながら貴族の後ろ盾を得て、留学したウィーンの音楽学校では常に主席であり、天才の名を欲しいままにしていた。
 その貴族の家には病弱な娘が居た。その身体こそ弱くとも、叙情性溢れるハープシコードの演奏、技の巧みさから彼女は神童と謳われたらしい。
 この、フォルテより三歳上の少女の名をルクレツィア・ヴィスコンティと云う。
 やがて時は流れ、社交界と音楽界は彼女等を世界の深淵へと引きずり込んでいった。
 そこで起きた事象は、彼女等にもう一つの才能を目覚めさせるに至ったのだ。
 こうして、手に持つ楽器は変わった。二人の生き方も変わった。
 それでも彼女等の矜持だけは変わらなかった。

 それは誰にも負けないこと。
 天性の才を誇示し続けること。

 二人にとって生涯最高の出逢いは、技を高めあった好敵手たる互いではなく、ケイオス・”コンダクター”カントーリオその人との出逢いであった。一流の演奏家は、一流の死霊術者となった。彼の背を追い、常に共に居れば、己は最高の演奏が出来る。己が音才全てを引き出すことが出来る。
 決して譲れぬことは、この法悦さえ禁じ得ぬ組曲をフィナーレまで完遂することだ。
 たとえ退くとしても、それは断じて今ではない筈なのだ。

 彼女等の選択は、突進力の高いリベリスタに対して円陣の左右を崩し前進させ、左右から締め上げてゆくことだ。
 それは同時に、これ以上は前方を補いきれぬことも意味する。しかし今の彼女等には陣を後退させながら左右の死者に正面を補強し続けるなどという真似は出来ない。
 視界の両端を覆う死者の群が一斉に軌道を変える。仮に疲弊狙いの後退戦術が常道ならば、それはやがてどちらかの撤退に終わるのが目に見えている。これまでの戦いで、彼女等はこれを幾度となく繰り返してきた。あくる晩も、そのまたあくる晩も彼女等はやってくる。死者の一部は粉みじんに打ち砕かれてしまうが、大抵のリベリスタはそれ以上に死んでいく。二週間は持たない。いつもならこれでよかった。
 だが彼女等は非凡だった。
 彼女等はリベリスタの撤退など赦すことが出来ない。そして矢張り、自身が傷つくつもりさえ微塵もなかった。
 だから左右のコマを前進させるという決断を行ったのである。
 このままリベリスタ達を包囲、殲滅、蹂躪するのだ。
 指揮者と奏者は一心同体。それは混沌組曲・急であるが所以の策でもあった。

 それを遮るのは――

「リベリスタ、新城拓真」
 朗々と響く『誰が為の力』新城・拓真(BNE000644)の声。
「生憎と此処から先は通行止めだ」

●Dear brother.
 楽団と死者の群に、こんな所にまで踏み込ませたのは癪ではある。それに相手はナイトメアダウンの英霊なる強力な手駒もそろえていると聞く。識別名クレナイ・ファントム。それはフィクサードが名づけたものだが、本来の名、生前の『炎の剣匠』灯堂紅刃と言えば彼の祖父『誠の双剣』にも比肩するであろう使い手の筈だ。
 大正一の一刀流だとか。どこかの戦争で装甲車を斬り捨てた、とか、刀一本で戦艦を沈めたであるとか。今となっては本当か、話についた尾ひれかも分からない逸話が残っている。
 己の剣を、試したい気がないわけではない。
 だが、今の彼には義務(やるべきこと)がある。
 左右に回り込んでくる死者の群を、拓真は撫で斬り、せき止め、銃弾の雨を降らせる。

 もう誰も犠牲にはさせない。
 レンの術書が舞い上がり、虚構の月を天空に躍らせる。迸る不吉の波動が死者を貫き、激しい激突を続けるリベリスタ達を襲う爪牙を蝕み、あらぬ方向へと滑らせる。
「いまなのよ!!」
 続く閃光が、動きの鈍い死者の群に突き刺さる。
 ミーノが放った光は結果として、かなりの数の死者に打撃を与えることに成功した。とはいえそもそもの狙いでは、当たろうが当たるまいがどちらでも良かった。
「みんな! ミーノのしんきせんこーのひかりで、てきのいちやかず、かくにんできるのっ!!」
 ミーノ、かんぺきなさくせん! かんぺきなしき!
 少女が放つ神なる光は死者を妬き、その動きを鈍らせるのみならず、僅か一瞬照らしあげられた戦場の様子をリベリスタ全員がつぶさに確認出来るのだ。癒しが必要のない場面では、これを何度も繰り返す。そうすれば死者の動きを封じるばかりか、戦場を照らす灯台にもなるのだ。

 レンがもたらす不運の波動、ミーノの閃光に天性の指揮は、多数の軍勢がぶつかり合う戦場に向いている。
 今この時こそが、二人の性質をこれ以上ない程発揮させることが出来る場であった。

「いくです!」
 不吉の月の下、ふわりと舞い上がる大粒の苺が弾け、きらきらとした光、甘酸っぱい香りが戦場に広がる。

「ここには――」

 ここにだけは。

「あなた達のような死者を弄ぶような輩に踏み入って欲しく無いのです」
 心からの叫び。答えるのは飢鬼の呻き。死者達が中空から殺到しつつある多数の霊体の足を引く。互いに互いの身を食いちぎり合う。そあらが放つ苺の魅力に惑わされているのだ。
 死者達を操るその演奏が精緻であるが故に、その技量が卓越しているが故に、死者達を動かす擬似的な精神は神秘の力に惑ってしまう。
 それは楽団員にとって皮肉すぎる事象ではあるが、それでもこれはあくまでそあらが身につけるに至った特殊な技巧に寄るものであることは明らかだ。なにより、こうなることは楽団員にも計算出来はしない。
 繰り広げられる凄絶な同士討ちは、楽団員の円陣前面を大きく抉りぬく。

「限界ね――」
 フォルテが唇をかみ締める。左右を進撃させたからには正面は補強できない。正面の軍勢は僅か数十秒のうちに、リベリスタの猛攻によって削り取られて行く。
「転調しましょう」
 ルクレツィアがリュートを爪弾く。彼女等は焦らない。天賦の才は揺るぎない。

 ならば。

「やはり、来ましたね――」
 色素の薄い唇の内に、リセリアが呟く。

『魎鬼』マダーレッド・ファントム――宮部茜。

 天空から叩きつけられる雷撃を伴う太刀の一刀は、生前と変わらぬ得手である。
 速い。仮に後方、左右に回避しても、大気を焼く電撃はリセリアの身を貫き通すに違いない。
 魎鬼は味方である周囲の死者をものともせず、大地へ向けて一気に降下する。
 大気を焼く紫電に屍肉が焼け焦げる。
 だが、リセリアだけには届かない。彼女はそれを前進して避けたのだ。
「貴方の相手は私です。今一度――」
 歯がゆいのか、魎鬼は声にならぬ咆哮をあげる。
「――決着を望みます。宮部茜……!」
 セインディールが走る。真空の刃が魎鬼――宮部茜の霊を切り裂く。

 剣士二人が、悪趣味な二重奏に鋼の歌声を合わせ始めたその時、その真隣にも一体の霊が降り立っていた。
「身に余る光栄ってとこか」
 英雄揃いの部隊中でも、とりわけの。アーク筆頭たる夏栖斗とて、その背筋に何も感じぬ訳ではない。

『英霊』クレナイ・ファントム――灯堂紅刃。

 いっちょ胸を貸してよ――――センパイ。

 口調だけはどこまでも軽く。
 背筋を駆け抜ける戦慄は冷たく、重く。
 直後に叩き込まれる灼熱の一刀が、夏栖斗の胸を斬り裂く。
 溢れ舞い上がる鮮血が地を濡らす前に蒸発する程の熱量が肺を焼く。

 褐色の口元を彩る血の味も――

 違うよね。

 そんなじゃあないよね。こんなもんじゃないよね。

 もっと。

 旋棍が業炎を帯びる。
「小手試しどうも」

 先輩がどういうものか。もっと僕に教えてよ。

 一息になぎ払う。
 視界を緋色に覆い尽くす程の圧倒的熱量が炸裂した。

●Spectral Force
 左右から突出してきた死者の群は、いよいよリベリスタ達の体力をこそぎ、削り始めている。
 このまま回り込まれれば、魚鱗の突破力で稼ぎ上げたアドバンテージは裏返る。

 だが。しかし。
 この戦いを踏み越えられなくて、どうして此処から先の戦いを生き抜くことが出来るであろうか。
 死者の胸板を一刀に貫き、拓真は唇を引き結ぶ。
 断じて、そんな道理はない。

 この戦場で勲章を引っさげているのは何人だろうか。
 神秘界隈の新参であるアークという組織が、これまで踏み越えた死線、戦いの数は既に尋常ではない。
 密度が違う筈なのだ。
 拓真が死者を斬り捨てる。煌く生に追いすがるように、死者が伸ばすその腕を斬り、返す刃で胴を凪ぐ。
 そのまま倒れた背の向こうへ放つ銃弾は、次々と死者の眉間を穿ち、転倒させてゆく。

 彼が。新城拓真がその力を振るう理由は何か。
 例えば強くなりたい事だとか。助けたいという事だとか。
 それがはっきりしている人間は迷わない。それ故に揺るがないと言う言葉は祖父から聞いた。
 一連の戦いの中で仲間を失い、迷わなかったと言えば嘘になる。
 犠牲を受け入れられず、作戦上の勝利、大きな成功の中、死んでいった人々。彼の目の前で死んでいった友、別世界へと旅立っていった友、報告書の中にうずもれていった戦友達の姿は瞼に妬きついたまま離れなかった。
 その姿をいつまでも引き摺り、捉えられていたことも認めざるを得ないだろう。
 だが、それでも。
 拓真には目指す物がある。
 その両手を伸ばし、襲い来る亡者を拓真は一刀の元に切り伏せる。
「……俺には」
 義務(背負う物)がある。

 ──未来を作るのは俺達なんだ!

 ────歩みを止めては居られない!

 故に。
「お前達には負ける心算は、無い!」
 微塵にも。

 英霊。魎鬼。
 夜を舞う糾華。その鱗翅を以って亡者に架すのは死の刻印。
 かつてこの地を、世界を護る為に戦い散った存在が、この地を脅かす為に使役われる。

 その皮肉――
「笑えない冗談ね」

 灯堂紅刃……

 宮部茜…………

「どうせ捨てた命でしょうに、このような使われ方をして……」
 月に吼える。
「今一度、矜持を示して見せなさいよっ!」

 拓真の背に守られるように、名もなきリベリスタ達も懸命な交戦を続けている。
 祖父の背を追う拓真が開く道場にも、いつしか門下生の姿がある。
「気持ちの面で、決して退くな! 気を抜けば空気に呑み込まれるぞ!」
 彼に寄り添う大切なパートナーの姿もある。
 市内には戦場を別にする仲間達が居る。
「見せてやれ、昔では無く現代のリベリスタの意地と言う奴を──!」
 背後に聳えるビルの地下には、未だ戦闘をサポートし続けているであろうフォーチュナ達が居る。

 彼等の心は、決して過去の英霊に負けていないのだと。必ずや証明してみせる。

「我が双剣」

 それが――意志を継いだ者の責務だから。

「耐えられると言うなら、耐えてみせろ…………ッ!」

 死者の軍勢に、後背に回りこませることなど許さない。
 過去の英雄を、思い出を、伝説を穢し、今を、未来を破壊することなど、拓真の信じる正しさが捨て置くことなど出来る筈はない。
 彼と志を共にする仲間達も同様。英霊達との交戦にも夏栖斗が、リセリアが、倒れることはない。

 魎鬼の剣がリセリアの頬を掠める。
 幾度剣を交えたろう。何度血を吐き捨てたろう。
 僅かな戦いの中でどれだけの傷を負ったのか、さしものリセリアも既に途切れる吐息を肩に預けていた。
 目の前に対峙する亡霊は。数十年を剣に生き、それから十年以上も只々死線を望み続け、果てた剣鬼の魂は、彼女にとって既に手の届かぬ彼岸にあれど――
 その『始まり』を、その『理由』(わけ)を。リセリアは彼女の全てを漸く理解することが出来ている。

「最後の戦いです――宮部茜」

 呟きと共に飛翔する。
 剣と太刀が交差し――その差は僅か刹那。

 されど歴然。
 今や。やはり、リセリアが速かった。

「いい感じ、かな」
 そもそも夏栖斗にとって、英霊に立ち向かうのは能力的な相性が良いわけではなかった筈だ。
 それでも持てる能力、采配の全てを賭して、少年はここに絶ち続ける方策を探した。
 その結果が彼を未だ戦場へと留まらせている。
 彼は並のリベリスタであれば一太刀で命を落としてもおかしくない攻撃を耐え切っている。それを可能としているのはそあらとミーノのバックアップの賜物であり、運命を従えた故でもあり、そして何よりも彼自身の力だ。
 亡者の腐肉も。死霊が放つ吐き気を催す臭いさえも焼き払い、夏栖斗は旋棍を英霊に叩き込む。虚空を穿つ波動が背後の死者諸共の全てを貫く。
 既に有り得ない筈の肉体を折り曲げ、声にならぬ叫びを漏らし、英霊は少年を睨む。
 返すのは立て続けの斬撃。


 かつて――
 十四年前に男が向かったのは悪夢の巨人だった。
 この国を、世界を。破滅へと導く異世界の魔神だった。
 彼は破壊の権化を目の当たりにしても、戦友と共に歩みを止めなかった炎の鬼神となった。

 その戦いの中で、男――灯堂紅刃は灰となり、散った。消え失せた。
 彼等は記憶となり、英霊となり、歴史となった。


 獄炎が大気を焼き、揺らめく陽炎が戦場を照らす。
 夏栖斗のあばらは拉げ、鎖骨は砕けた。
 腹の中だって、どうなってるか分かりはしない。
 死ぬかなと、一瞬だけ想った。
 明滅する意識を従えて、半目を開き、運命を燃やし、それでも彼は朽ちず、折れぬ。立ち続ける。

 ――でもね。

 英霊は。ナイトメアダウンの英雄は、今この時、夏栖斗ただ一人を相手に戦い続けていた。

「それって、ちょっとだけ嬉しいよ」
 絶望の縁に立たされても、彼は来るべき運命を強固な意志で振り払い、打ち崩す。
 なぜなら。
 戦いに明け暮れ、命を賭けて死線を彷徨い、ミラーミス(異界のカミサマ)に歯向かった戦闘狂の生き様が。
 その残滓である闘争本能の一滴が。

 英雄の魂が――

 僕を認めてくれたってことでしょ。

 ――ね、先輩。

 だから。
 動かぬ筈の拳に握り締められた旋棍が炎を纏い、唸りを上げる。
 刻まれているのはNumber of the Beast(ケダモノのあかし)。
 振り上げた拳が刻み込むのは今を生きるニンゲンの誇り――

「そろそろ、もう一回眠ってよ」

●Her Last 5 Minutes.
 このまま押せば、仲間達は楽団へ届く。
 だからこのまま、この戦線を守り切って、愛しの彼女。ドエスの姫君に労ってもらう為。
「いっちょ。頑張りますか」
 傷つき、引きつった頬に、それでも勝気な笑みを浮かべて夏栖斗は叫ぶ。
「君たちにも期待してる帰る家があるなら――守り抜こうぜ!!」

 答える熱気は最早怒声の色を帯びて――
 現代の英雄の背を、横顔を尻目にリベリスタは尚も突破口をこじ広げる。

 友は。マブダチは――

 そも。彼等が蹴散らし、なぎ払われる死者とて元は罪なき一般人である。
 戦い続けることは、生を汚しているような気がして。死を穢しているような気がして。
 心の底では、本当は嫌だ。
 だけど悲劇を止めるには、境界線を守るには、やる他なかった。
 だから死線渡りの銀腕(ガントレット)は、深淵の先へ臨む為のバトンを受け取る。
 楽団員は最早目前。遮る死者は多数なれど、リベリスタの進撃を遮ることは、糾華、レンが許さない。

 レンにとって、事の発端は、友軍リベリスタ組織『ダムナティオメモリアエ』の救出だった。
 彼等は、影主は、今頃どうしているのだろうか。
 彼等とは同盟に近い関係を保っているとは言え、あくまで外部組織であるならば、常に情報の通りが良い訳ではない。いずこから現れ、いずこへ姿を消すのか。社会の闇に紛れ生きている彼等のことは、今や桃色の髪の少女とて、よく知っている訳ではないらしい。故にか否かは兎も角、今日、この時、彼等と肩を並べて戦うことは叶わなかった。
 それでも、幾度も交戦したこの楽団員、フォルテとルクレツィアを赦せるかと言えば、答えは否だ。
 こうしている今も、未だ死者はリベリスタ達に爪牙をつきたて、包囲網を狭め続けている。

「ここから先に行けると思わない方がいい」

 呟くと共に、魔術書の頁が再び宙を舞う。
 もう誰もその音の犠牲にはさせない。
 自己満足の演奏会なんて、ここで終わりにしてやる。

 決意と共に導かれた思考はどこまでも冴え渡る。弦楽器の命は弦だ。その筈だ。
 一つの答えは激戦の最中でも消えはしない。
 以前、彼が交戦した折、フォルテは楽器の傷に激昂していた。絶対に、何か鍵があるに違いない。
 この一撃で少しでも傷つけることが出来れば――
 理屈は繋がっている。
 糾華が放つ舞う翅が死者を切り裂き、盾役の死者を打ち倒した今、レンは再び凶つ閃光で死者を撃つ。

「――ッ!?」

 ルクレツィアの頬が引きつる。
 波動は倒れた死者の背を抜け、楽器もろとも彼女に降り注いだ。
 弦の一本が跳ねる。切れたのだ。
 爪弾くはずの指が、運動を司る小脳と神経に直結した指先が宙を掬う。
 卓越した演奏技術を体言させるには、手足以上に彼女と繋がる楽器が必要不可欠だ。
 それが傷ついてしまえば――レンが笑う。
 死者の動きが鈍る。ルクレツィアを守る為の盾役の補充が間に合わない。
「やめねえよ」
 フツが笑う。彼が放ち続ける極縛の陣は、これまでも氷雨と共に死者達の身体を蝕み続け、リベリスタ達に立て続けの連撃を約束していた。
「だっさ!」
 フォルテが笑う。身動きを束縛された同僚が、未だ優位にあることを信じて疑いもしないかのように。
「東洋の小坊主が、味な真似をするのね」
 憎悪の念。今度はルクレツィアさえも逃れることが出来ていない。

「いっちまいな!」
 手向けの半分は敵へ、残りは友へ。
 竜一は二刀を振りかざし、巻き起こる旋風が死者をなぎ倒す。
 切り裂く風の、ルクレツィアの身体までもをずたずたに切り裂く。
 特別に誂えたであろう瀟洒な燕尾服が千切れ、白い肌に無数の赤を刻んで行く。
 その一撃で死者の動きは尚も鈍る。ここまで重なれば攻撃すらおぼつかない。

「過去の英雄の魂も」
 演奏の息遣いさえ聞こえる距離を一気に踏み越え、悠里は拳を引き絞る。
「一般の人達の死体も!」

 行け! 相棒――!

 レンが導き出した答えは、誰の目にも明らかとなった。
 リベリスタ達の猛進撃は留まる所を知らない。漸く、死者の群の中から一体の盾役がルクレツィアの前方に張り付く。それでも道が開かれれば、ルクレツィアを守る為に道を遮る死者は最早一体に過ぎない。
 壊れた正義も、届き得ぬ理想も。その全てを握り、遍くを背負って。
 突進する拓真はそのまま彼女の盾たる死者を貫き、そのまま裂帛の気合で弾き飛ばす。
 これで誰もいない。

 ルクレツィアの瞳が驚愕に見開かれる。
「フィクサードの魂すらも、お前たちに穢す権利なんて――」
 彼女の速弾きタップに続くスウィープが、死霊を集結させて往くが――

「――ない!!」

 フツが放った極縛陣は解けない。間に合わない。
 真正面からの一撃がリュートのネックを弾き、拳が胸に突き刺さる。
「指が……」
 強張る。腕が、指が、凍てつき動かない。
「何で弾けないのよおぉぉぉおおッ!!!」
 悲痛な叫びを切り裂くように、悠里は拳を一気に振りぬく。
 弦が切れ飛び、宙に舞う。

「お前たちをここで倒して、彼らの魂を解放する!」

 高らかな宣言を止められるものは、最早誰も居ない。

 楽団員達にはいよいよ後がなかった。
 続く交戦もリベリスタ達の脅威足りえていない。
 より正確には、ルクレツィアが放つ技の威力、フォルテの立ち回りから放たれる技の切れ味はリベリスタ達に大きな傷を与えはしている。
「みんなっふぁいとっ!! みたかだいらはぜったいに――」
 戦場に満ちる暖かな光が尽きることはない。
「ぜーーーーーーーーーったいにまもるよっ!!」
 だから。
「ねたら! め、なの!!」
 そあらにミーノの癒し、トップリベリスタ達が戦闘に立つ陣の前には、無数の死者達は無力だ。
「ありがとです、よ!」
「いーってことよ!」
 最前線のリベリスタ達の後ろに位置するリベリスタ達も超一流の布陣だ。
 神秘の力に優れたそあらは、強力なバックアッパーだが、そこに全力を傾けた分だけ脆さもある。
 だがそれに支えられた最前線の突破力と、僅か溢れ、彼女等を傷付けるフツが守り抜いているから、陣の中枢は常に万全だ。
 その周囲、そして後背を守る名もなきリベリスタとて技量は劣り、傷は負えども、死者は未だ誰一人として居なかった。
 更に、度々重なる直接的な攻撃や防衛の為の演奏が行われる時には、死者達の行動精度が明らかに低下しているのが見てとれる。
 それでも未だ恐ろしいのは楽団員個人の戦闘能力の高さだ。

 だが。それでも。それさえも。

「俺はお前たちが奏でる音は嫌いだ」

 そんな人の命を犠牲にした音など、人の心に響くはずもない――!

 少年の心は。放つ頁の一枚は。
 ルクレツィアが纏う亡者を、圧倒的な死の匂いを打ち払う。
 あの時。前曲の中でリベリスタによってフォルテに与えた致命傷から、彼女を守ったのは禍々しい力だった。それと同種の力が今、霧散した。

「同感――」

 蝶が舞う。

 糾華が放つ翅がルクレツィアの喉を掻き切る。
 言葉が出ない。もう何も言えない。冥弦グレイヴキャスターは死者の足元に埋もれ、粉々に踏みしだかれる。
 喉から、口から。溢れる血がぼろぼろの燕尾服に花を咲かせる。

 その胸の中心。血のあだ花に舞い降り、その蜜を吸うように――
 舞い踊る蝶は七十余年の生涯を支え抜いた心臓の鼓動を永遠に止めた。

 フォルテの表情が凍りつく。
 信じられないものを目の当たりにしたかのように、口だけを何度も開く。
 それでも彼女一流の矜持、演奏だけは鳴り止まない。
「だけどやっぱり、私の勝ちね。方舟のリベリスタ」
 宣言する。
 戦場に再び立ち上がるのは、蒼白なルクレツィアの姿――
 たった今まで、共に戦い、共に生きた戦友の姿。

「私を守りなさい、ルクレツィア!」

「そんなに嫌かよ……」

 竜一が吼える。
 何度も何度も、罪なき人々を殺してきた彼女が、この期に及んで為すことが。友の死を穢してまで、自らの死を厭うことが。彼には許せなかった。
「傷つくことを嫌うやつが」
 竜一が刃を振るい、再び暴風が吹き荒れる。
「他人を傷つけてんじゃねえ!」
 戦場に立つ死者は未だ健在。操る力は半減したと言えど、それだけでは彼女を止め得ない。
 けれどフォルテは同僚を。親友を。――幾星霜を共にした片翼を失ってしまっていた。
 竜一の一撃は集う死者達を、立ち上がった死体を、フォルテを切り刻む。
 彼女は、最早。無力だ。

 終わらぬ予定の演奏にフィナーレが刻まれたのは、それから四十秒後の出来事だった。


 夜は未だ、明けることを知らない。
 死は今も三高平を覆い隠している。

 それでも――

 フツが念仏唱える。天へ還った先輩方が、心配しないように。
「それからこっちもな」
 フツにとって、寺での修行や、神仏のことは身に染みている。だが頭の中では今になっても分かったような分からないような気がしていた。
 ほとけさんなんて結局なんなのか。未だそんなことは分かりやしない。
 けれど。
 今しがた川の向こう目指して旅立った楽団員の連中は、さぞ死ぬのが嫌だったんだろうなあと想う。
 短く唱えるフツの経句は、死者や英霊のみならず、たった今まで戦っていた楽団員にも向けられていた。
 こんな奴等だって命は命だったのだ。落ちた地獄をあざ笑えば、それも同じ地獄だろう。それじゃあ誰も救われない。あんまりじゃないだろうか。

 小さな祈りに重ねるように、悠里は空へ消え往く英霊達の残滓へと言の葉を手向ける。
 灯堂紅刃はどんな気持ちでR-Typeに立ち向かったのだろうか。
 それを知る術が最早残されていなくとも、彼は二度とナイトメアダウンのような悲劇を繰り返さぬことを新たに誓った。

 ――ル リイ ル レイ。

 ――――ル リイ ル ライ。

「さようなら、先輩」

 赤々と燃える戦場が、弔いの灯火となるように祈る。
 アーク本拠地を背負うリベリスタ達の完全なる勝利は、来る決戦への礎になるから。

■シナリオ結果■
大成功
■あとがき■
 依頼、お疲れ様でした。
 生き汚く、非常に倒しづらいであろう敵を、よく仕留めたと思います。
 この結果は培った能力、作戦、それを遂行する阿吽の呼吸が実現したのでしょう。

 それでは。
 皆さんとまたお会いできる日を願って。pipiでした。