●Recollections Remembrance Day. 「やめて……」 悲痛な訴えが虚空へと消えて行く。 力なくうな垂れ、僅かに視線を落とせば、そこには煮え立った硝子様の大地が見える。 そこは、ほんの僅か前までアスファルトだった。 そこには、ほんの僅か前まで仲間達が立っていた。 瞬く間のうちに消えてしまった。信号機やゼブラゾーンと共に、文字通りに蒸発して居なくなってしまった。 崩れ、燃え上がるビルの合間。遠影に揺らぐ悪夢に立ち向かう姿は、既に十数名を数えるだけになっていた。 ここは戦場の端。死線のこちら側。 女は足元が震え、視線もおぼつかない。滲んだ涙に目の前がぼやけている。 「お願い……」 だから、女――宮部茜はもう一度だけ愛しい恋人へと向けて声を振り絞った。 「九郎は往った」 灯堂紅刃が返した言葉はどこまでもすげない。 太刀を握り締める紅刃には、強大すぎる敵の他には何も見えていなかった。 ――勝てるわけがない。 そう思う恋人を見透かし、軽蔑さえ孕んだ眼差しで射抜く紅刃は戦友の後姿を追う。 手を伸ばす茜は中空を握り締めた。 1999年8月13日。ナイトメアダウン。 それが英雄灯堂紅刃、そしてリベリスタ宮部茜にとって最後の戦いであった。 それから。 十四年の歳月が流れ―― ●Nightmare after the Nightmare. 「いい香りね」 呟く『死を踊る』フェネラル・”フィドラー”・フォルテが天を仰ぐ。 「――やっぱり悪趣味ね、アナタ」 言葉を返す『生を悼む』ラクリマ・”リューテニスト”・ルクレツィアはオルタネイトを爪弾く。 彼女等の遠目に聳えるのは巨大なビル。僅か十数年のうちに作られた都市『三高平』の中核であり、この数年、瞬く間に成長を遂げた日本神秘界八派が一柱『アーク』の中枢だ。 そしてそれはこの日、彼女等の標的でもあった。 だが攻める彼女等楽団にとって問題はいくつかある。 まず間違いなくそこへと攻め入る前に、かの万華鏡を有するアークのリベリスタに迎え撃たれるであろうこと。 常軌を逸した精度を誇り、これまでアークに立ちふさがった数多くの難題解決の土台を支えてきたソレは、一流の死霊術者であり、神出鬼没を誇る彼女等楽団員をもってしても脅威そのものであることに違いはない。 そしてなにより―― フォルテが額を押さえる。 ケイオスが指揮した『混沌組曲・破』にて、アークのリベリスタに斬られた彼女は、その術を以って命を失うことはなかったが、死を超越しているわけではない。敬愛するケイオスとは違う。 彼女自身は無事であったが、この混沌組曲の演奏中に、幾人もの楽団員の命が失われたと聞き及んでいる。 楽団の得手は、戦死した敵を味方に取り込みながら、じわじわと嬲り殺す様な戦いである。 だがアークはどうか。殺しても死なぬ、運命を味方にしたかのような戦いによって、戦死者は驚くほど少ない。 稀に見る死とて、アーク構成員と楽団員のトレードでしかなかった。 頭が痛い。――嗚呼、本当に――それは頭が割れるように痛い問題だった。 彼女は指揮者ケイオスを崇拝すらしているが、否だからこそ、その心中とて察して余りあるものだった。 それでも、三高平に足を踏み入れた彼女の機嫌が急速に回復したには訳があった。 彼女が弾くフィドルの音色に合わせて、一組の男女が剣の舞いを踊る。 その姿は透けて、向こう側さえ見渡すことが出来る。 「これで、いい曲が弾けそうじゃない?」 「そこは否定しないけれど」 あの生ける伝説ジャック・ザ・リッパーを打ち破るまで、極東の空白地帯とまで揶揄されたこの国が、そう呼ばれるに至った元凶――ナイトメアダウンの戦場となったのはどこであったのか。 神秘界隈に名を轟かせたリベリスタ達は、どこへ消えてしまったのだろうか。 Requiescat in Pace. 答えは簡単、墓の中。 みんなここで死んでしまったのだとフォルテは哂う。 だからこんなに、この土地は死者の匂いで満ち溢れているのだと嗤う。 それがずいぶん過去の事であるならば。残るは想いの欠片、魂の残滓に過ぎないのであるならば。英雄と呼べるだけの力を持っていたのであるならば、一流の死霊術者揃いの楽団員と言えど、そう簡単に呼び覚ますことなど出来ない筈だ。 だが何の因果か、あるいは重なり合った偶然か。 彼女等が拾い上げ、傀儡とするフィクサードの魂があったならば。 そこに眠る英霊がそのフィクサードの師であり、恋人であるならば。 かつて運命に導かれ、共に惹かれ合った魂と魂の波長は、神業をもってしても繋ぎ得ないチャンネルを一致させるに至ったという事だ。 故に。 「出来てしまったのだから仕方ないじゃない」 そう言い、姦しく笑うフォルテにルクレツィアはため息一つ。 騒々しい天才肌の同僚を好きにはなれないが、その強運だけは評価しようと、彼女はリュートを一弦だけ弾いた。 生を悼み、死を踊り、気高い英霊の魂すら冒涜し―― 引き連れた数多の死霊と共に、少女達は常闇を舞い歌う。 ●Nightmare before the Nightmare. 「いよいよ攻めてきやがるってことかね」 アークのブリーフィングルームに集う一同の表情は浮かない。 「はい……」 桃色の髪の少女『翠玉公主』エスターテ・ダ・レオンフォルテ(nBNE000218)が小さく頷く。 其れは魔女の予言通りに―― 以前の戦いでケイオスの能力を看破したアシュレイは、アーク本部で恐るべき未来を口にした。 それはケイオスによるアークの心臓――つまり三高平の制圧である。 アシュレイが述べた推測の理由はいくつかあった。 エスターテがスクリーンに資料を開き、マウスポインタでラインを引く。 「第一の理由は構成員の問題、と」 「はい」 楽団は一流のフィクサードによって構成された実戦部隊ではあるが、末端まで含めれば数千にも及ぶアークの構成戦力と比較すれば数は少ない。そしてケイオスはこれまでの戦いでアーク構成員の運命を味方につけたかのようなしぶとさを肌で実感していた。蹂躪出来ぬまま持久戦で命のトレード等していては分が悪いのだろうという事だ。 「それから、ケイオスの能力について、と」 第二の理由にあげられたのは、アシュレイが横浜外人墓地で観察したケイオスの能力についてである。 死さえ超越したケイオスの身には、何らかの『干渉力』が働いているのは確かだ。魔女はそれをソロモン七十二柱が一『ビフロンス』と推測したのである。バロックナイツ第五位『魔神王』キース・ソロモンの助力が高いと疑ったのだ。この魔神による『死体を入れ替える』という伝承上の能力を魔女は空間転移の一種であると読み取った。それによってケイオスはその軍勢を三高平に直接送り込むことが出来るということである。 そして第三の理由。それは三高平にはかの伝説ジャックの骨が眠っていた。ケイオスがその骨を暴き、ジャックの骨を手に入れたのであれば、大敗は勿論の事、手のつけられない事態になってしまうだろう。 再び流れる沈黙。空気が重い。 「以上、だそうです」 「なるほどな」 この状況に際してアシュレイはアークに対して二つの提案を行った。 一つは三高平市に大規模な結界を張り、ケイオス側の空間転移の座標を『外周部』まで後退させるというものだ。 二つ目はあの経歴自慢の魔女殿に万華鏡を貸し与えるというものだ。雲隠れが得意なケイオスの探査に一役買うと言うのである。当然それはあの魔女にアークの中枢をさらけ出すことも意味していたのだ。 頭が痛い話だが兎も角。リベリスタ達が今考えるのはそのことではない。 「こいつは」 「はい」 モニタを指差すリベリスタに、エスターテは再び資料の窓を開いてみせる。 この戦域の敵は二名の楽団員と多数の死者、それから宮部茜の亡霊―― 彼女はナイトメアダウンの際に参戦、そのまま逃亡したらしい。 それから己が未熟を恥じ、ただ技量を追求せんが為、狂犬のように戦い続け、フィクサードとなったのだ。 彼女は奇しくもジャック、シンヤと交戦の折、リベリスタの前に立ちはだかり、やがて死闘を求めてリベリスタと轡を並べ、決戦の中で死んだ。 それからもう一体の亡霊は―― 「こちらは、そのナイトメアダウンでR-TYPEと交戦。死亡しています」 「勇者サマの亡霊ってことかよ」 「……はい」 よりによって、とんでもないものを引き出してきたものだ。 ブリーフィングルームに漂う空気の重みは過去に例を見ない。 これまで通り敵の数は多く、恐らく厄介極まりないときている。 「それでも、こればっかりはやるしかないだろ?」 それに悪い話ばかりではない。戦場には三高平に住まうリベリスタ達の増援も見込まれるのだ。まさしく総力戦の様相である。 「はい……」 それでも少女の返事はか細いものだった。 箱舟の航海に今、過去最大の嵐が到達しようとしていた―― |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:pipi | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年03月12日(火)22:58 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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